雪蓮リテイク   作:にゃあたいぷ。

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第二篇.

 黄巾の乱、それは大陸全土を巻き込んだ民草による叛乱のことだ。

 乱に参加した民草が黄巾を被っていたことから黄巾党と呼ばれるようになり、その数は数十万という規模にまで及んだ。最初こそ強い信念と結束を持っていたかも知れないが、膨れ上がった規模のせいか、元が飢饉に苦しんだ民草のせいか、最終的に彼らの行動からは明確な正義が削ぎ落とされ、蝗のように他人の資産を食い潰す畜生以下の賊と成り果てる。

 未来では、この乱が起因となり、漢王朝は衰退した。

 私が死んだ時点で既に皇帝は曹操の傀儡に成り果てていたし、そう遠くない未来には漢王朝は滅んでしまったはずだ。孫呉、曹魏、蜀漢の内、何れかが天下を統一した暁には皇帝を名乗る未来もあったに違いない。

 

 さておき、今は軍議中。此処は評定の間だ。

 玉座には母様が腰を下ろしており、私を含めた七人の側近が一堂に会している。謀略組は冥琳(周瑜)(陸遜)の二人、内務組は雷火(張昭)。武官組は私の他に(黄蓋)粋怜(程普)になる。こうして見ると懐かしい顔ぶれだ。懐かしいと思うには少し不思議な感じもするが、しかし、この面子で一処に集まるというのが珍しかった。今、見返すと、この時から雷火(らいか)には風格があり、(さい)粋怜(すいれい)の二人には少々若さのようなものを感じる。年長者としての自覚を持つのは母の死後か、今はまだ面倒見の良い先輩といった風格だ。(おん)もあまり雰囲気に変わりない。現在と未来、この中で最も雰囲気が変わっているのは冥琳(めいりん)のようだ。まだ若く、青臭さが感じられる。まあ上手く隠しているようだけど? なんというか自分は天才という自負がある為か、(魯粛)にあった傲慢さが薄っすら感じられた。

 ふぅん、へえ、そうなんだー。と私がほくそ笑んでいると「どうした?」と冥琳に首を傾げられた。「なんにもありませんよー」と笑い返せば、冥琳は何か言いたそうに私のことを睨み返してくる。

 そんな態度を取る彼女が、可愛く思えた。

 

「炎蓮様。賊の数は如何程にございますか?」

 

 冥琳を見て楽しんでいると祭が話を切り出した。

 これで冥琳は私から意識を外し、「ああ、冥琳」と母様から名指しされたことで完全に軍議へと意識を向ける。ああん、勿体ない。もうちょっと楽しみたかったのに。でもまあ未来のように余裕ある姿も良いが、今のように適度な緊張感を持って張り切る姿もそれはそれで良いものだった。

 ふふん、と上機嫌に思いながらも軍議に耳を傾ける。

 

「呉郡に入った黄巾賊は、最初こそ千程度の軍勢だったが今や総勢五千に膨れ上がっているとのことです」

「五千か……!」

 

 想像以上だったのか、冥琳からの報告を聞いた時に祭が驚きの声を上げる。

 実際、五千ともなれば、単なる賊退治では済まされない。数だけを語れば、準備を万端に整えてきた山越を相手にするのと変わりない兵力だ。穏は策を巡らせているのか考え込むような仕草を見せており、雷火は遠征にかかる物資のことを考えているのか難しい顔をしている。

 その中で、首を傾げるように蓮華(孫権)が口を開いた。

 

「千が五千とは、どうしてそこまで増えたのでしょうか?」

「黄巾党は襲った場所で農民を吸収しているらしいわよ。それでどんどん兵力を増やすのよ」

 

 まったく同じ質問をしたなあ、と感慨深く思いながら答えると「おおっ」と何故か周りから感心の声が上がった。

 

「……なによ?」

「……いや、なんでもない。今回の略奪ではほとんどの民は乱に加わることなく、呉郡へ逃れたそうだ」

 

 冥琳の情報に、当然じゃ、と雷火が鼻を鳴らす。

 

「孫呉の民はかような乱に加わるほど、愚かではないからの」

「……それでは、賊はどうして増えたのでしょう?」

 

 蓮華の質問に答えたのは、またしても冥琳だ。

 

「襲撃の成功後、戦果の拡大を狙って、徐州廣陵郡から続々と援軍が送られているそうだ」

 

 そうして情報交換が行われていく中で、未来でも私は黄巾賊の黒幕を知らなかったことを思い出す。豫州や荊州でも、此処揚州と同じように襲撃を仕掛けられている以上、ある程度の戦略眼を持つものが指揮を執っているはずだ。この図面を書いているのは誰なのか、どのような人物なのか、考え込んでいる内に軍議は終盤へと進んでいた。

 

「俺の庭での狼藉を見過ごすわけにはいかんな」

「……戦ね、母様」

 

 蓮華の静かな声に、応、と母様が声を上げる。

 

「蝗共を一匹残らず踏み潰してくれるわ!」

 

 そう宣言すると母様は皆に命を下し、拝命した者は弾けるように動き出した。

 留守居役は雷火と穏、これは前世と変わりはない。従軍するのは私の他、冥琳、祭、粋怜、そして――

 

「おい、蓮華、一緒に行くぞ」

「は、はい!」

 

 ――蓮華が選ばれた。

 緩いノリの孫呉にて、律儀に拱手する妹の肩にポンと手を乗せる。

 蘆江郡に行かなかった彼女に実戦の経験は前世ほどにはない。

 だから身を強張らせるのも仕方ないのだろう。

 

「大丈夫よ」

 

 ただ一言だけ告げる。

 妹は孫呉の教えも戦の心構えも知っている。そして乗り越えられることも知っていたから安心して背中を押した。

 それにいざという時は私が守ってあげれば良いのだ。

 

 

 歴史は変わっている。

 都城である建業を発った数日後、黄巾党が占拠した街の近くに到達した。此処までは歴史に変化はない。相手が城塞に立て篭もり、籠城戦の構えを見せるのもまた然りだ。

 だが、次に冥琳(周瑜)から齎される情報で未来と齟齬が生じる。

 

「……実は炎蓮(孫堅)様。先日、徐州から賊を追ってきた官軍が、一戦交えたそうなのです」

「んん?」

 

 母様は訝しげに眉を顰めた。あ、これは覚えていると思って軽い気持ちで口を開いた。

 

「あ、そう。それでその官軍は負けちゃったのかしら?」

 

 この問いかけに冥琳(めいりん)は首を横に振る。

 

「いや、違う。官軍は二千の兵を率いて、賊を軽く撃退したようだ」

 

 その冥琳からの報告に(黄蓋)は「なんじゃ、官軍にもできる奴がおるじゃないか」と声に出し、粋怜(程普)は「へえ、形だけかと思ったら……やるじゃない」と呟いた。あれ、私の知っている歴史では官軍は一万の兵を率いても勝てなかったはずだけど、気のせいだっただろうか?

 

「……でも打ち破ったのなら、どうして倒し切れなかったのかしら?」

 

 蓮華の疑問に冥琳が答える。

 

「どうにも、その官軍は洛陽からの援軍のようでして、補給の為に一時撤退したようですね」

「数も少なかったようじゃし、賊が散り散りになるのを嫌ったのかも知れんな」

「城塞に籠られたから手出しができなかっただけかもね?」

 

 祭に続く、粋怜の言葉に「そうかも知れません」と冥琳が答える。

 

「実際、私達の軍勢を見かけてから撤退を開始したようです」

「なんじゃそれは手柄を譲るとでもいうのか?」

「それは兵力の損耗を避けただけかも知れませんが……」

 

 この世界の官軍は頼れる? いやはやそんなまさか――とはいえ歴史が変わっているのは事実か。

 

「どちらにせよ、賊は警戒を強め、城塞にて守りを固めてしまったようです」

「やれやれ最後の面倒ごとは儂らに押し付けよって……」

 

 そこまで言って、ふと思いついたように祭が告げる。

 

「その官軍に使者を送って、我らの後詰めを頼めんかの?」

「……官軍なんて、いても邪魔になるだけじゃ?」

「いや、その官軍は攻城戦の備えはなくとも野戦なら頼りになるのじゃろう?」

 

 敵も籠城を選んだからには援軍の当てがあるじゃろう。と続ける祭に「確かに」と冥琳は首肯した。

 この時、確か前の私は使者を送ることに賛成した記憶がある。使えるんなら使って損はないわよね、とか、そんな軽い調子で。そして母様は使者を送ることには反対した。そう判断した母様の気持ちが今なら分かる。黄巾党に孫呉の圧倒的な力を見せつける意味もあったのだろうが、それだけではなかった。母様は良くも悪くも義理堅い。通すべき筋は通す性格をしていたから、あの時の母様は官軍に借りを作る選択を嫌ったのだ。

 借りとは安売りしてはいけない、袁術の犬を経験した身としては心の底から思う。

 

「冥琳、援軍はいらないわ。孫呉の力を見せつける良い機会じゃない」

「だが雪蓮……」

「よくぞ言った、雪蓮! それでこそ孫文台の娘だ!」

 

 母様は私の頭をくしゃくしゃとしながら「援軍が到着する前に、城を落とせば済むことよ!」と嬉しそうに笑ってみせた。

 

「されど炎蓮(いぇんれん)様……」

「冥琳、これは我らの戦ぞ! 賊に庭を荒らされ、官軍を頼ったとなっては孫呉末代までの恥よっ! それが一度、官軍が破った相手となってはな!」

「そうよ、冥琳。ここで二度と呉に手出しできないように徹底的に叩き潰してあげるわ」

 

 母様の言葉に私も乗っかると冥琳は溜息を零して、「わかりました」と短く告げる。

 

「どちらにせよ勝負は急がねばなりません」

 

 冥琳はこの場にいる皆を流し見て、続ける。

 

「敵の増援も気掛かりですが、なにより賊の支配を長く許せば、民にも動揺が広まり、呉郡における孫家への信頼も揺るぎかねません」

「応、せっかく官軍が初撃で崩してくれたんだ。孫呉の将兵が後始末程度も朝飯前にできなくてどうする」

 

 母様の言葉に「そうね」と粋怜も乗っかった。

 官軍が与えた被害のことも考えたら今回の戦は前よりも楽なものになるはずだ。

 いや、油断は禁物か。歴史は変わる、その前提で動いた方が良い。

 

「されば、すぐにでも城攻めに取り掛かりますか?」

「そうだな……」

 

 祭の言葉に同意し、母様は少し考え込んでから蓮華を見つめた。

 

「おい、蓮華。先程からほとんど喋っておらぬではないか、何か意見はないのか?」

 

 私が? と動揺する蓮華を母様は面白そうに眺める。

 

「ククッ、何もないのか? 孫家の娘ともあろうものが情けない」

「………………」

 

 律儀にも蓮華は考え込み始める。

 そういえば蓮華の戦の才覚って、どうなのだろうか? 未来では私の前で総指揮を執らせたことはほとんどない。とはいえ確か思春(甘寧)の錦帆賊と戦った時は勝利したんだったか。よくもまあそんな無茶をしたものだ、と思うくらいの武勇伝を聞かされたことは覚えている。

 そんなことを考えながら暫く蓮華の様子を窺っていると、ぶつくさと小声で呟き始めた。

 

「……兵力は五千、敵も五千。練度は上だから真正面からぶつかることができれば、誘き寄せるのは? 駄目、官軍に一度、打ち破られて警戒されているわ。土竜攻めをしている時間はない。夜を待って侵入、する時間もないわね。囮部隊を出して、別方面から搦手で攻撃……それだと普通の攻城戦と変わりないわ……」

 

 そうして呟き続けること数十秒、「遅い!」と堪え切れず母様が口を挟んだ。

 

「蓮華、次は何か一つ、案を出すようにしろ」

「は、はいっ!」

 

 頭を下げる蓮華に「正攻法で行くなら搦手はありだな」と再度、蓮華に問いかける。

 

「ところで蓮華、貴様ならどのように配置する?」

「もう母様、急がないと駄目なんでしょ? 蓮華をからかって遊んでいる暇なんてないわよ」

「良いから言ってみろ。採用するかは俺が決める」

 

 見ていられなくなって止めようとするも母様は私を無視して、蓮華に問いかける。

 もうっ、と頰を膨らませるのも御構いなしだ。

 

「……真正面からは母様と姉様が攻め立て、祭と粋怜は搦手を攻撃するのは如何でしょうか?」

「どうだ、冥琳?」

「ふむ。この相手ならば、それで十分だろうな。二箇所を交互に攻め、敵の指揮を混乱させるか」

「だとよ、良かったじゃねえか」

 

 そう言うと母様は蓮華の頭をくしゃりと押し付けるように撫でる。

 

「まあ、正面から一気に叩き潰してやるのだがな!」

 

 その言葉に側近の全員が驚き、母様を見つめた。

 ちょっと待って、母様。ちょっと待って。今のって蓮華の作戦を採用する流れじゃないの? 今回は特にグダグダしている様子もなかったし、絶対その流れになると私思ったよ?

 あ、なるほど。私、分かっちゃった。そういうことだったのね。

 

「母様、最初から全軍で真正面から突撃するつもりだったでしょ!?」

「応! 雪蓮も母心が分かってきたじゃないか!」

「分かりたくなかったわよ! ああもう、皆、急いで出陣の準備を!!」

 

 母様は一人でも突っ込むつもりよ、そう叫ぶ前に号令がかけられる。

 

「俺に続けぇえええっっ!!! うぉおおおおおっっ!!」

 

 この馬鹿母めぇッ!

 

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