なし崩し的に始まった黄巾賊との初戦。
城壁から雨のように矢が降り注ぐ中を母様が、何処から持ち出したのか梯子を担いで突撃する。
そうだった、こういう人だった。と呆れの中に懐かしさが混じる。自分の命を省みない猪突猛進っぷりを目の前に含み笑いを零した。後続は
この戦は今の私が、何処まで母様の領域に近付けたのかを測る試金石になり得た。
「おおおおおおおおおっっ!!」
そうこうしている内に母様は城壁の真下まで辿り着いていた。
「ハッハァー! 腰抜けどもめ、待っていろ! すぐにそこまで行ってやるぞっ!」
ドスンと城壁に立て掛けられた梯子、そのまま勢いで乗り込もうとする母様の頭上を飛び越える。
「雪蓮ッ!? てめえっ!!」
「あははっ! 道を作ってくれてありがと、母様。先に行くわね」
「あ、こら! 待ちやがれッ!!」
梯子には手を掛けず、引き抜いた剣を片手に握り締めながら城壁まで駆け上った。
身軽さだったら前からでも負けてなかったわよ。城壁まで登り切れば、弓を持った敵兵が遠巻きに私を取り囲んだ。
まあ、こうなるわよね。一笑し、小さく深呼吸をしてから構えを取る。
「さあ来なさい! 彼の覇王と比肩すると言われた孫伯符の武技を前に臆さないのならねっ!!」
こんなことを素でやっていた母様に畏れを抱きながら覚悟を決める。
「孫伯符だって!?」
「まさか……狂虎の……!」
「孫策だ! 手柄首だ、討ち取れっ!」
臆さないか、そんなものよね。
なら武技で黙らせる、と剣を振り回した。私には母様のような膂力はない、力押しだけで軍を圧倒できるのは母様と呂布くらいなものだ。同じ手は使えない、なら的確に急所のみを狙って敵を仕留める。間隙を縫うように剣の切っ先で眉間を刺し、撫でるように首筋の頸動脈を切り裂いて、擦るように太腿の内側を傷付ける。常に自分が優位な立ち位置で居続けられるように駆け回り、時には力で剣を弾き飛ばして、囲まれないように細心の注意を払いながら城門の内側を目指す。壁下から飛んでくる矢が本当に良い仕事をしてくれる。この援護があるおかげで一歩、敵陣深くに踏み込めた。
軽挙はなりませぬぞ! と
「貴方達が愚図愚図しているせいよ! 攻め時は作ったわ! さっさと私の後ろに続いたらどうなの!?」
「言ったな、雪蓮ッ! 殴ってやるから、そこで待ってろっ!!」
追いつけたらね、と更に敵陣深くまで突き進んだ。
ここから先は階段を降りる。門の裏手まで、あと少し――だが、ここから先は祭の援護は受けられない。とはいえ、此処で立ち止まるという選択もない。駆け下りる、高さの強みを生かして敵兵を払いのける。体重を目一杯に乗せられたから余裕のある時には首を刎ね飛ばした。血飛沫を上げる、それを浴びた敵兵が臆するのを見て、その隙を突いて派手に殺した。階段を血で汚しながら最下段まで到達し、門まで辿り着いた。外から門を打ち付ける衝撃に、衝車をぶつけていることが分かる。出迎えてあげようかしら――恐怖が伝搬したせいか、遠巻きに囲む敵兵を見やって笑みを浮かべる。門を背に一振り、敵を牽制してから閂を思いっきり蹴り上げた。外れた門を思いっきり蹴りつける。開いた門の向こう側には、孫呉の兵。そして唖然とした顔を浮かべる
その姿を見て、ほっとひと息を零す。
「あら、
「おい雪蓮っ!」
背後から襲いかかる敵兵を振り返らず、切り捨てる。
「ちょっと梃子摺っているみたいだったから迎えに来てあげたわよ?」
そういって笑い掛けると冥琳は何か言いたそうな顔を浮かべた後、呆れ果てたように溜息を零して首を横に振る。
「……信じられんな」
「ふふ〜ん、ちょっとは見直した?」
「武勇にも驚かされたが、その人柄も信じられんよ」
まあ、それは――と冥琳が人差し指で眼鏡を押し上げながら表情を緩める。
「大殿様にお任せしよう」
「……ん、それって?」
「こんの馬鹿娘があっ!!」
ガツンと脳天に拳が突き刺さった。
「あだぁっ!!」
眩く視界、くらりとくる衝撃にふらつき、そのまま背後を振り返れば、鬼の形相をした母様の姿があった。
「……か、母様? なんでもう、ここに居るのよ?」
途中で振り切ったと思ったのに。
「馬鹿か? てめえが自分で此処に来たんだろが、なら俺が思い付かないと思うか?」
「ああ、なるほど。そりゃそうよね」
今回は母様の真似をしてみただけだから、そりゃ分からないはずもないか。
「母様だって同じことをしようとしていた癖に〜」
「そりゃあれだ。俺は俺だ、お前はお前だ。俺には後継が四人も居るからな、無茶やって死んでも構わねえ。だが、お前には後継ぎが居ないだろうが」
「……
「俺が産んだ子にてめえの責任を押し付けんじゃねえ」
好きをしたけりゃ孫の顔を拝ませてからにしやがれ、と言う母様にむうっと頰を膨らませる。
「虎の子は虎じゃな」
ただ一人、満足げに頷く祭に「狂った虎が二人も居たら
「それで母様、此処に来たのなら号令をかけたらどうなの?」
「ふんっ、一発じゃ足りねえが……それは後に回してやる」
さっさとしろ、そう言って母様は私の背中を叩いた。
「え? 母様が号令を掛けないの?」
「ここはお前が落とした城だろうが、娘の功績を俺が欲しがるとでも思ったか?」
「いや、そうじゃないけど……」
何かを言おうとして、やっぱりやめた。
前を見る。呉軍の将兵、全員の意識が私達に向いていることを確認し、私は手で髪を払ってみせる。特に意味はない、ただそれっぽい姿勢を取ってみただけだ。
でも、そういう強者っぽい立ち振る舞いは見て分かりやすい。
「どうしたの? 孫呉の兵は開いた門を前に御茶をする風習でもあったのかしら?」
「……ふん、全軍! 城内へ突入しろ!」
空気を読んでくれた冥琳の号令で兵達が城内へと駆け込んだ。
さて、私も――と彼らに続こうとした時、頭に大きな手が被さった。
「褒められた立ち振る舞いではなかったが……城を落としたことが褒めてやる」
ぐしゃりと乱暴に髪を撫でられる。
あ、駄目だ。不意打ちは狡い。顔を伏せて、下唇を噛んだ。今はまだ戦場、涙は見せてはならないと必死に堪える。泣きそうになるのを誤魔化すように振り返って、もう止めてよ、と不器用に笑ってみせた。「お、おう?」と動揺する母様の脇を抜けて、城内に攻め込んだ兵達に続いた。目元を拭う、泣いてない。泣いてないったら泣いてない。
その後の制圧戦、疲れていたにも関わらず、剣筋は鋭く、体はとても軽かった。