ロケット団。
かつて、カントー全土に蔓延り裏社会を牛耳っていたポケモンマフィアの名だ。ポケモンの密漁、違法売買、果てにはカジノの運営等と悪事は多岐に渡り、時にはポケモンの殺害にも手を染めるロケット団には市井の人々も恐れ慄いていた。
だが、そんな組織の壊滅は突然の出来事だった。
風の噂によれば、ロケット団の首領が一人のポケモントレーナーに敗北し、自主解散したとのことだ。
これを機に事件数は目に見えて減った。数年の間は、カントーに隣接するジョウト地方において残党が起こした事件が幾らかあったが、それもまた勇気あるポケモントレーナーによって解決。ラジオ塔占拠事件で残党を率いていた幹部の敗北が決定打となり、ロケット団は事実上の解散となった。
これにて一件落着。
世間は、悪事を美徳とする反社会勢力が潰えた事実に胸を撫で下ろした。
しかし、だ。
───悪の芽は決して潰えてなどいなかった。
まだカントーにてロケット団が跋扈していた時期、在籍していた団員の一人がこう語る。
『ロケット団は、腕の立つポケモントレーナーの育成に力を入れていた』
『なぜなら、ポケモンリーグの支配も視野に入れていたからだ』
『組織に忠誠を誓う尖兵という訳だ。洗脳の手間を考えて、身寄りのない子供が適役だった』
『呼ぶとすれば……“ロケットチルドレン”。未来のポケモンリーグチャンピオン……それも『悪の』が付くがな』
詳細を知らない団員はホラ話と信じない。
けれども、現に警察が制圧した組織の関連施設の中からは拉致されていた子供が何名も見つかり、いずれもロケット団に忠誠を誓うよう教育されていたという。
その後は精神病院にて心のリハビリをし、家族が居ると判明した者は家へと帰された。
一方で戸籍のない孤児も居り、そういった者は児童養護施設へと送られ、面倒を見てもらう運びとなったのである。
願わくば、もう悪人の犠牲にならぬ明るい未来を歩んでほしい。
彼等を保護した誰もが祈る中、ただ一人、虎視眈々ととある計画を練っている少女が居た。
彼女は聡い子供だった。組織で教育されている間も、勉強、身体能力、ポケモンバトルの腕……いずれにおいても優秀な成績を収め、いずれは“悪のチャンピオン”と教育係からも期待された人材だ。
だが、組織は潰えた。
これで彼女も組織の束縛から解放された―――かと思いきや、彼女が目論んでいたのは、
(ロケット団を再興させる)
ただ一つ、孤児であった自分を受け入れた場所を取り戻すことだった。
ただし、周りに言いふらしたところで精神病院に入れられ、長い長い
だからこそ表面は洗脳が解けた普通の少女を装い、機が熟すのを待っていた。
通っていたトレーナーズスクールにて、すでに上級生どころか大人をも打ち負かすポケモンバトルの腕を磨きに磨いた。加えて、近場で開かれる大会にも出場し、難なく優勝しては自分の名前を少しずつ……着実にだが知らしめていったのだ。
そうすれば、「将来を見込んで~」等と金にがめついスポンサーが手厚い支援金を出し、自分のポケモントレーナーとしての将来に出資する訳である。
腕も磨いた。
金も貰える。
後はさっさとポケモンリーグで優勝し、チャンピオンとして地位を活かし、ポケモンリーグを裏からじわじわと根を回していくだけだ。
周囲の者達は、何の憂いもなく旅に出る自分を見送った。
旅の目的地として目につけたのは、ジョウト地方の西に存在する田舎。ポケモンリーグも二つの地方を統合し、やっと最近になって運営されるようになった。
晴れて今年が記念すべき第一回ポケモンリーグ大会が開かれるのだ。
そこの初代チャンピオンとなれば、知名度もシビルドン上り。あっという間に名声を得られる。
加えて、カントーやジョウト……または他の地方とも違い、所謂悪の組織が目立って活動した形跡がない点に目をつけた。実際に被害を受けた地方と違い、その地方はポケモンマフィア等の活動に鈍いはず。
さらに言えば、二つの地方を統合して、やっと一つのリーグとして運営できる脆弱な組織体制。バトルの本場と言えるカントーに比べ、頂点に上り詰めるのはそう難しい話ではない。
―――そう思っていた矢先だった。
「ルカリオ、“あくのはどう”」
「グワァ!!」
二本足で立ち、蒼き体毛を靡かせる獣が咆哮を上げる。
鬼気迫った面持ちを浮かべ、掌底から解き放ったのは、どす黒い力―――波動の奔流。
波動を操るポケモン、ルカリオが繰り出した“あくのはどう”は、すでに無惨な荒地と化してしまったバトルフィールドの地面を抉りながら、対峙する小さい黄色の獣へと迫っていく。
「……“アイアンテール”」
「ピッカァ!」
「!?」
刹那、視界を覆い尽くす黒が切り裂かれた。
目の前で起こった光景を信じられないと目を見開く少女は、茫然と立ち尽くしてしまう。技を繰り出したルカリオでさえ、自分が放った渾身の一撃を破られた事実に立ちすくんだ。
その一瞬の隙が勝敗を分ける。
「ピカチュウ、“ボルテッカー”」
「ピ~カ~……ヂュゥゥゥウウウ!!!」
眩い電光を纏うピカチュウが、光の速度を見間違う勢いのままルカリオに突撃した。
回避する間も与えられなかった。
否、例え与えられたとしても、この結果は変わらなかっただろう。
「ルカ……リオ……?」
稲妻が爆ぜる音に目を瞑った少女が恐る恐る目を開けば、攻撃の余波たるスパークが体に迸るルカリオが倒れていた。ピクリとも動かぬ様。戦闘不能であることは、誰が見ても明白であった。
「……俺の勝ち」
「私の……負け?」
表の世界における初めての敗北。
それも、ようやく新天地となる地方で繰り広げられたポケモンバトルにて、だ。ジムリーダーでも、ましてやジムトレーナーですらない。
ただ、目が合ったポケモントレーナーにバトルを吹っ掛けた結果、完膚なきまでの敗北を味わわされたのだ。
見誤っていたか? この地方のポケモントレーナーの腕前を。
肩を落とし、倒れた手持ちをボールに落とす少女は震えていた。
敗北など―――そうだ、光の差さない裏の世界においても一度きりだったはずなのに。
そう、ロケット団
あれから何年も腕を磨いたにも拘わらず届かない相手。彼は一体何者なのだろうか?
敗北を味わわされた怒りや絶望もある。ただ、何よりも湧き上がってくる感情があった。
“尊敬”
一人のポケモントレーナーとしての、だ。
純粋な強さへの敬意や羨望が、胸の内で渦巻く負の感情を塗り潰していった。
そして、これは好機だと悟る。
「あのっ……」
「……なに?」
「名前……教えてくれませんか?」
「……レッド」
「レッド……? お願いがあります。私を弟子にしてください」
「……はい?」
弟子入り志願する少女に驚く青年。
この時、彼女は知らなかった。
目の前に居る青年―――レッドこそが、ロケット団を壊滅に至らしめた立役者であることを。
そして、カントーポケモンリーグチャンピオンであった事実を。
「お願いします」
グイグイと来る少女。
この押しの強さは、長い間雪山にて人との関わりを断っていたレッドには堪らないものであった。
ジッと見据える瞳は、こちらが視線を外すことを決して許さない威圧感を覚える。
「……あ、あの」
「よろしくお願いします、先生」
「先生……」
「私の名前は―――コスモスです」
「あ……はい」
組織の怨敵と残党。
そこに加わるのは、師と弟子の関係。
これは、彼等がポケモン達と一緒に新天地で巻き起こす愉快な冒険譚。
話の舞台はホウジョウ地方とセトー地方。
ポケットモンスター―――縮めて「ポケモン」。
この世界に住む不思議な不思議な生き物との物語が、今始まる。
***
『───ボンジュール♪ こんな時間に俺様のポケギアにかけてくるなんて、いったいどこの世間知らずだ?』
「……グリーン……」
『ハハッ、冗談だっての。お前から電話なんて珍しいにも程があるぜ。とっくにそっちに到着したとは思ってるがどうかしたのか? まさか山が恋しくなったとか言わないよな』
「……弟子ができた」
『はぁ? ……寝言は寝てから言えよ、このコミュ障無口バトル馬鹿』
「マサラタウンにさよならバイバイさせてやろうか、バイビーカロスかぶれ」