コスモス「銀なのに赤髪の人が参戦しました」
レッド「どうも、赤なのに黒髪の人です」
コスモス「赤色ファッションなのでセーフです」
「ふぃ~……さすがは伝説のポケモン、ってとこかねェ」
ネンドールの上に掴まる男。
何を隠そうリーキの父親である彼は、手持ちのポケモンを繰り出せるだけ繰り出し、
カバルドン、ドサイドン、ハガネール、グライオン―――凛々しい顔つきのポケモンたちは、どれだけ凄まじい“プレッシャー”を放つ伝説を目の前にしても臆した様子をおくびにも出さない。
(しかし、“じこさいせい”か……こりゃ厄介だな)
だが、状況は芳しいとは言い難い。
並大抵ではないルギアの耐久力に、攻撃を仕掛けているこちら側の体力がつきそうだ。
なにより、その状況に拍車をかけていたのは体力の半分を回復する“じこさいせい”である。
「オレにはちょいと相手が悪いかねェ」
彼のバトルスタイルは持久戦。
じわりじわりと相手の体力を削り、勝利を手繰り寄せる―――それが定石であったのだが、桁違いの耐久力を有しているルギアには通用していない。
(まずは回復手段を封じにゃ始まらんか……!)
活路を拓くべく、対処すべき技に狙いを定める。
「グライオン、“ちょうはつ”だ!」
「!」
吹き荒れる暴風を見極め、滑空するようにルギアへと迫っていったグライオンが、ハサミをチョイチョイと動かすようにして煽り始める。
相手を煽って補助技を封じる“ちょうはつ”は、持久戦を得意とするポケモンにとっては天敵のような技だ。
現にルギアは“ちょうはつ”を目の当たりにし、先ほどまでの冷静さを失うや、怒り心頭といった面持ちで口腔から極太の水流を繰り出す。
「おぉっと! ドサイドン!」
「ドンッ!」
疾走する“ハイドロポンプ”を阻むように現れる巨岩。
頑強なプロテクターを身に纏ったような外皮へと進化したサイドンの進化形、ドサイドンは、苦手なみずタイプの直撃を平然とした面持ちで受け切った。
「どうだい? 砂嵐の中にいるドサイドンは、ちょっとやそっとの攻撃じゃ倒れないぜ」
いわタイプのポケモンは、砂嵐の中であれば特殊攻撃に対する防御が上昇する性質がある。加えて、このドサイドンの特性は“ハードロック”。苦手なタイプの攻撃に対する耐久力が上がっているのだ。
まさしく鉄壁。
彼というトレーナーを象徴する相棒のような存在だ。
「さぁ……こっからが本番だ! ドサイドン、“がんせきほう”を喰らわせてやりな!」
「ドサァア!!」
掌に穿たれている穴をルギアへと向けるドサイドン。
次の瞬間、穴からは見るからに固そうな角張った岩が発射される。
いわタイプの中でも最上級の威力を誇る技、“がんせきほう”。ひこうを有すルギアにとっては、例え並外れた耐久力を持ち得ているとしても、喰らえばただでは済まない威力だ。
「ッ、ギャアァース!」
しかし、微動だにしないルギアはまんまと“がんせきほう”を喰らってしまった。
直後、船がグラリと揺れたものの、男はそれが船を浮かばせるルギアの力が弱まっただけだと判断する。
「よぅし、このまま畳みかけるぞ!」
船を解放するまでもう少し―――そう意気込んだ男は、ポケモンたちへ指示を飛ばす。
繰り出される技の数々は、真っすぐルギアの下へ。
回復手段も封じられたルギアは、ただただ空に座すようにして、迫りくる攻撃に身構えていた―――が、
「カメックス!」
「ッ……なんだと!?」
突如として現れた甲羅―――否、カメックスが攻撃からルギアを庇う盾となり、男のポケモンが繰り出した技の数々を受け止める。
しかも、その方法が斬新だった。五体を甲羅に収納したカメックスが、その穴から凄まじい水流を放ちながら回転。単に頑強な甲羅で受け止めるのではなく、回転することで
―――何と凄まじい堅牢さ。
バトルの為に育成している身としては感心するばかりの男であったが、状況が状況であったが為にすぐさま我に返る。
「おいおい! お前さんは一体何者だい?! ……って!?」
「あ」
見たことのある顔。もとい、レッドだった。
先ほどまでトイレで同じ時間を過ごしていた顔に、思わず見つめ合ってしまう。
一瞬、何とも言えない空気が漂う。
けれども、たった今しでかされた所業に、男の顔が険しくなった。
「……どういうつもりだい? こんな時に邪魔なんかしでかしてくれて」
「……分かりませんか?」
「そりゃあ……ははん、なるほど。
途端に剣呑な空気と化す場。
ポケモンたちも主が敵対する空気に触発され、睨み合いを始める。
そんな中で振り返ったレッドは、たった今庇ったルギアと視線を交わす。
澄んだ瞳。その静謐さは、とてもではないが人やポケモンに理由なく危害を与えるとは思えられなかった。
言葉を交わさずとも分かる。
ルギアは敵ではない、と。
(……言葉は不要!)
意思疎通に言葉を交わす必要がないと断じたレッドは、なおもルギアとの戦いに臨もうとする男に立ちふさがる形をとった。
ルギアを―――延いてはルギアが助ける船の乗客を守るため。
ただ一つ足りなかったことはと言えば、人間との意思疎通にも言葉が不要と断じてしまったおっちょこちょいのすっとこどっこいな点であろう。
「ピカチュ?」
―――お前マジか?
頭の上に乗るピカチュウが、そんな言葉を投げかけたが、吹き荒れる暴風の所為か、ついぞレッドの耳には届いていなかった。
***
「ジバコイル、“マグネットボム”!」
ジバコイルから解き放たれる磁力の爆弾が、謎のポケモンの鎧に引かれて宙を奔っていく。
磁力を有しているからこそ、“テレポート”で瞬間移動する相手にも追尾できる。
まさしく今の状況には打ってつけの技であったと言えよう。
しかし、そう何度も喰らう相手でもない。
迫りくる“マグネットボム”を迎撃するべく繰り出されたのは“スピードスター”。威力こそ“マグネットボム”に劣るものの、視界を埋め尽くすほどの弾幕の壁に、ジバコイルの攻撃は撃墜されてしまう。
「チィ!」
「ルカリオ、“りゅうのはどう”と“あくのはどう”で追撃! リザードン、“だいもんじ”!」
すかさずコスモスが追撃を指示するが、宙を閃く攻撃はいずれも鎧のポケモンのよって軌道をずらされてしまう。
「あの“サイコキネシス”……厄介」
「おい、コスモスとやら」
「ん?」
「そのリザードン、随分鍛えられてるな。なんとか相手の懐に潜り込ませられないか?」
浮遊するジバコイルに乗ったシルバーが、コスモスに提言する。
この中で唯一鎧のポケモンにそれらしいダメージを与えられそうなのは、他ならぬレッドのリザードンであった。
「出来たら苦労してない」
「チッ……そりゃそうか」
しかし、コスモスもそこまで馬鹿ではない。
出来るのならば言われる前にやっていた。
だが、それを許さぬ程に相手の攻撃が苛烈で、防御が堅牢なのだ。
「他にポケモンは?」
「ゲンガーとフーディン、それとマニューラにオーダイルだ」
「ゲンガーは“みちづれ”覚えてないの?」
「生憎な」
「そっか」
一発逆転の手として、自身が戦闘不能になった際に相手も瀕死に陥れる“みちづれ”があれば、格上相手でも難なく倒せただろうが―――それもやはりないものねだりだったようだ。
やはりリザードンに賭けるしかない。
それは分かり切っているものの、近付こうとすれば相手が逃げる。これではまさしくいたちごっこ。永遠に終わらないどころか、こちらが先に疲弊してやられてしまう。
シルバーがジバコイルとクロバットに指示して時間を稼いでいる間、コスモスは必死に思考を巡らせる。
(どれだけ早く接近しても、きっと距離をとられる……これだからエスパータイプは)
ケーシィを捕まえようと思ったら逃げられた―――そのような手合いの話は、トレナーズスクールでも耳にタコができるくらい聞いたものだ。
正攻法では話にならない。
もっと敵の裏を掻くような方法でなければ……。
「バウッ!」
「……ルカリオ?」
突然、思案するコスモスに向かってルカリオが吼えた。
予期せぬ行動に首を傾げつつ顔を向ければ、当のルカリオは何かを訴えるような眼差しをこちらに向けている。
(一体何を……?)
しかし、どれだけ見つめられたところで理解できないものは無理なのだ。
あくまで二人の内、完璧に相手の考えを理解できるのはルカリオだけ。コスモスは思いつくだけの質問を経て答えを絞るしかなかった。真の意思へたどり着く手段は―――。
(……いや、こんな時だからこそ)
かぶりを振って過去の自分を否定するコスモス。
そうだ、
より強いポケモントレーナーとなるためには、言葉を介さずとも意思疎通を図れるだけの信頼関係を築くべきだと。
ルカリオは自分を信頼してくれている。コスモスというポケモントレーナーに、だ。
ならば、彼が信頼するに値したポケモントレーナーとして、彼の要求には自分が答えられるはずだ。
「……分かった。ルカリオ、やってみて!」
「バウッ!」
ぶっつけ本番上等と、初動をルカリオに丸投げするコスモス。
すぐさまルカリオは、自身を懸架していたゴルバットから飛び降りて、コスモスたちが乗るリザードンの背中へと移動した。
ここからだ。
ここからルカリオの意図をくみ取れるかどうかが、ポケモントレーナーの高みへと昇る自分の前に立ちはだかる壁を壊せるか否かが決まる。
「コスモスさん……」
「何が起こってもいいように掴まって」
「はいッ……!」
ギュッとコスモスの腰に腕を回すリーキ。
ルカリオだけではない、彼女の信頼も一身に担うコスモスは、柄にもなく緊張した面持ちを浮かべていた。
唇はカサつき、喉は乾く。
それを潤すために生唾をごくりと飲み込む。
「合図は任せる」
そう告げるコスモス。
今までとは違う信頼の感触。それを波動で―――いや、これだけの距離だ。肌身で感じ取ったルカリオは、不思議と心地よさを覚えながら
「クロバット、“エアスラッシュ”! ジバコイル、“10まんボルト”!」
熱の籠ったシルバーの指示が響き渡る。
カッと閃く電光の中、鎧のポケモンはまたもや“テレポート”で迫りくる攻撃から難を逃れた。
「バウッ!!」
―――今だ!!
そう言わんばかりの雄たけびと共に、コスモスたちの視界は一変した。
あれだけ遠くにいた鎧のポケモンが、今は目の前に居る。それも背中を晒して。
そして全てを理解するコスモス。自然と口角は吊り上がり、あれだけ喉が渇いていたというにも拘わらず、込み上がってきた言葉は風が荒れる音を貫くように迸った。
「リザードンッ!!!」
―――“ものまね”による“テレポート”の模倣。
―――キョウダンジムでの経験を経た戦法。
―――それを主よりも早く提案したルカリオ。
(このチャンス……無駄には
自分本位ではなく、あくまで信頼に応えるべく。
その為にコスモスは告げる。
「“ブラストバーン”ッ!!!」
炎の究極技を。
『ッ……!!?』
零距離で放たれる爆炎に全身を包み込まれる鎧のポケモン。
岩をも溶かす炎を浴びているのだ。身に纏う鎧は瞬く間に熱されていく。
甲冑の隙間からも苦悶の声が漏れることからも、
一方で背中に乗る二人は、その余波である熱に顔を顰めていた。
「くぅ……!!」
「まだ!! ルカリオ、“
熱波に堪えるリーキの一方で、コスモスは更なる追撃を二体へ指示する。
加えて、離れた場所に居たシルバーたちも、一直線に彼女の下へと駆けつけていた。
「やるじゃないか!! よし!! ジバコイル、“でんじほう”!! クロバット、“エアスラッシュ”!!」
シルバーたちの追撃も鎧のポケモンへ疾走する。
「これで……!!」
「行けぇぇぇえええ!!」
思わず拳を握る二人は、相棒が繰り出した技の行く末を瞬き一つせずに見守る。
次の瞬間、着弾した技は大爆発を起こし、辺りに嵐に勝るとも劣らない爆風を吹き荒れさせた。
リザードンは巻き添えを喰らわぬように直前で退避し、コスモスは彼の背中越しに着弾した空域に漂う黒煙をジッと見つめる。
「!」
「あれは……!」
煙の尾を引いて墜落する影に反応するコスモスたちであったが、すぐさま落下する物体の正体に眉を顰めた。
「破片……?」
「まさか……クロバット!」
「クロバッ!」
察したシルバーがクロバットに黒煙を巻き起こした風で払わせる。
すると、鎧のポケモンが居たはずの空域はもぬけの殻。少なくとも2メートルは超えていた長躯は見る影もなくなっていた。
「逃げられたか……クソッ!」
「……」
あくまで墜落している物体は、破壊された鎧の破片。
襲撃した鎧のポケモンは爆発に紛れて姿を消したのだろう。
シルバーは悔しそうに己の太腿を殴り、コスモスは帽子と深く被り込む。
(あのポケモンはやっぱり……)
死闘の熱が冷める中、思考がまとまっていくコスモスは鎧のポケモンの存在が、先日の一件に関連するのではないかと勘繰る。
謎の組織に改造されたポケモン、そして鎧のポケモン。現状においては全てが繋がっていると考えた方が自然であった。
「お……終わったの?」
「え? えぇ……恐らくは」
「はぁ~……こ、怖かったぁ……」
しかし、それもリーキの脱力した声に遮られる。
成り行きで死闘に巻き込まれた彼女は、今にも死にそうな顔を浮かべながら、尚もコスモスの腰を強く抱きしめていた。
それも仕方がない……とは思いつつも、流石に苦しくなってきたコスモスは「もう少し緩めてください」と願い出る。
と、その時だ。
―――ミシッ。
「ん?」
「あれ?」
「お?」
頭上から金属が軋む音が聞こえた。
弾かれるように見上げれば、ゆっくり―――ゆっくりであるが、空に浮かんでいた船が下りてくる光景が目に入る。
どうやら“テレポート”を連発する鎧のポケモンを追いかけている間に、三人は船の真下へと移動してきていたようだ。
「あ~……」
「えっと……ここに居るとまずくないでしょうか……?」
「下敷きになるな」
「「「よしっ!」」」
全会一致―――逃げよう。
「GO! リザードン! GO! 後でリップサービスモリモリで先生に便宜を図りますから!」
「お、お願い! 急いで~!」
「ジバコイル! お前は船に引っ張られてくれるなよ!」
途端に三人が慌ただしく撤退を始める。
落ちてくる巨影は、迫る速度こそゆっくりでこそあるが迫力満点。
二度あることは三度ある―――本日三度目の絶体絶命的危機から逃れつつ、後日巷を騒がせる大事件は収束へと向かい始めるのだった。
***
「……まさかルギアが船を助けてたとは思わなんだ」
壮絶な戦いの痕を残す甲板。
そこに胡坐を掻いているのはリーキの父親であった。
直後、彼はゆっくりと頭を下げた。これ以上なく申し訳なさそうに。
「済まなかった……!」
誠心誠意の謝罪。
一方で彼の視線の先―――船尾の最奥に佇むルギアは、知性と優しさを感じさせる眼差しを浮かべていた。
「クゥ」
「ピカピ~カ?」
「構わない」と言わんばかりに鳴き声を上げれば、もう一体、甲板に佇んでいたピカチュウが手を振って答える。
ポケモン同士にしか伝わらない会話が始まるが、そこに流れている穏便な空気が、人間の誤解より生まれた争いの傷跡を癒していく。
「……頭を上げてください」
「君は……」
頭を下げていた男の下に歩み寄るレッド。
「俺の所為でもあると思うので……」
言葉は不要と自己完結したことを反省する彼は、数年山籠もりして衰退していた自身のコミュニケーション能力を自覚し、痛く反省していた。
「いや、君は悪くないさ。地元民の癖に、手前の神様を信用できなかったオレが悪いのさ」
「そんな……」
「それよりもオレを止めてくれてありがとう。危うくルギアどころか船も危険に晒すところだった」
今一度頭を下げ、今度は感謝の意を示す。
十数秒かけた礼を終えた彼は、先ほどまでの陰気臭い顔はどこへやら。晴れ晴れとした笑みを浮かべ、レッドに手を差し出した。
「オキノジムリーダーのリックとして、心から感謝させてくれ」
「オキノジムリーダー……?」
「パパぁ~!」
「え?」とレッドが固まった直後、少し離れた場所から一人の少女が駆け寄って来た。
「おー、リーキ!! 無事だったのか!?」
「怖かった……怖かったよぅ……!」
「ごめんな、リーキ!! オレが傍に居てやれば……!!」
再会の喜びを分かつに抱き合う親子。
だが、
「……パパ、お酒臭い!? 離れて!」
「なっ!?」
ガーンッ! とショックを受けるリック。
突き放された代わりにリーキが向かったのは、後ろから現れたもう一人の少女。
「あ、コスモス」
「先生。ご無事で」
コスモスは、駆け寄って来たリーキを抱き留めながら、淡々とレッドとの安否確認を済ませた。
「大丈夫だった……?」
「先生のリザードンが居てくれたのでなんとか」
「そっか。お疲れ様、リザードン」
「グォウ」
目の届かない場所で奮闘していたリザードンを労う。
それも全ては相棒に疲弊した色を窺うことができたからだ。自慢ではないが、長い時を経て育て上げた大切な手持ちの一体である。並大抵の相手では負けるはずがないという信頼があった。
だからこそ、ここまでリザードンを疲弊させた相手が気になって仕方がない。
「ねえ……一体何と……」
「キュゥゥゥウウン!」
「っと……!?」
突如として吹き荒れる風。
どうやら、ルギアが海へ帰るために飛び立ったらしい。威風堂々とした銀の巨体は、見る者を圧倒する翼を広げ、甲板に佇んでいたコスモスやレッドたちを見下ろす。
「クゥウ……!」
「ルギア……捕まえたかった」
「今ここで言う?」
雰囲気を台無しにするコスモスの言葉にツッコんだレッドであったが、「ピ~カァ~!」と別れを告げるピカチュウに続き、自分もと大きく手を振る。
「またね……」
「是非また会いましょう」
「ありがとう、海神様ぁ~!」
「迷惑かけちまった分、今年の捧げものは弾ませてもらうぞぉ~っと!」
各々が別れの言葉を告げ終えるや、満足気な笑みを湛えたルギアは、おもむろに海面へ口を開く。
次の瞬間、途轍もない爆発音と共に海が穿たれるではないか。
吹きあがる水飛沫。見送ろうとしていた者全員が圧倒される中、ルギアは翼を折りたたみ、弾丸のような速さで海の中へと潜行していった。
再び轟音が奏でられれば、今度は巨大な水柱が上がる。
辺りを舞う水飛沫の量は凄まじく、甲板に居た者たちは全員がずぶ濡れになりかねない程であった―――が、いつの間にか晴れ渡っていた空に虹が掛かる光景を目の当たりにし、全員の顔に笑みが浮かんだ。
「っぷ」
と、水を差すようにコスモスの顔面に何かが落ちてきた。
口と鼻にへばりつく、一瞬ではあるが呼吸がままならなくさせる物体。慌てて引きはがせば、それは水に濡れて透き通るような透明感に彩られる一枚の羽根であった。
「これは……」
「それは……銀色の羽根!」
「銀色の羽根?」
「はい! ルギアの羽根ですね! ホウジョウ地方とセトー地方じゃ幸運の証とされてるんです! ちなみにジョウト地方の方でも似たように、ホウオウの羽根……虹色の羽根を手にしたら、一生を幸せに過ごせるという迷信もあって……!」
「なるほど」
リーキの力説を受けながら、じっくりと手にした銀色の羽根を眺めるコスモス。
(……とっとくとしますか)
捨てる理由はない。むしろ、今の話を聞く限りでは追々過去を語る機会に恵まれた時、エピソードにでも使えるのではないか? ―――と、平常運転な思考が脳裏を過る。
損はないとバッグにしまうコスモス。
これで一件落着。
全身が鉛のように重く感じるコスモスは、大きなため息を吐いた。
「なあ、ちょっといいかい」
「はい?」
そこへ歩み寄ったのはリーキの父親―――もとい、オキノジムリーダーのリックであった。
「娘に付いててくれたんだろう? ありがとうな」
「いえ、大したことでは」
「娘も随分君を信頼しているみたいだ。よかったら、これからも仲良くしてやってほしい」
「はぁ……」
「それに付けてなんだが、オレもオキノタウンじゃジムリーダーとして顔が利く方だからな。この船に乗ってたんだから向かってたんじゃないのか? 困ったことがあれば何でも言ってくれ」
「時期が来ればお言葉に甘えて」
この掌の返しようだ。
と、ここまでは親バカな父親としてのリックの顔つきが、途端に険しいものへと変貌する。
「ところでなんだが……
チラリと目線を向ける先。
そこにはブルブルと体を震わせるピカチュウの水滴を顔面に喰らったレッドが、海水に足を滑らせて派手に転倒していた。
一瞬何とも言えない空気が流れるも、こほんと咳払いしたコスモスは、真摯な眼差しを浮かべて応える。
「私は先生の弟子です」
「弟子? 君が?」
「はい」
「ははぁ~ん、そういう……」
含みのある言い方だ。
思わずコスモスも怪訝そうに眉を顰めるが、思わせぶりな態度もそこそこにリックが踵を返した。
「ジムで待ってるよ、
「……」
ジムを巡っていることを悟られた。
しかし、予想の範疇だ。なんら驚くような状況ではない。
だが、それにしても彼の様子が気がかりであった。ピリピリと肌を突き刺す戦意と言うべきか。流石ジムリーダーを名乗るだけのことはある“圧”を放っていたが、どうにもピタヤの時と
「先生」
「ん?」
「先生はあの人に何かしましたか?」
とりあえずレッドに話を聞いてみることにしたコスモス。
唐突な問いかけに固まるレッドであったが、考えがまとまったのか、「あぁ~」と気の抜けた声を漏らしながら言葉を紡ぎ始めた。
「あの人が勘違いでルギアと戦ってたから、それを止めたかな……」
「ポケモンバトルで?」
「うん」
「勝敗は?」
「……俺が勝った……かな」
「もっと詳細に」
「……あの人のポケモン四体をカメックス一体で倒し……ました」
「なるほど」
自然と途中からレッドの口調が畏まる。それだけコスモスが放つオーラが威圧的だったのだろう。
(これは警戒されてますね)
ジムリーダーとしてのプライドを叩き潰されたに等しい勝負の結果。
それだけのポケモントレーナーの弟子ともなれば、挑戦を受ける身としては警戒せざるを得ないだろう。
そう、リックはレッドとのポケモンバトルで敗北を喫し、彼の弟子たるコスモスも強いと断じて警戒していたのだ!
「先生……」
「……いや、その……」
「……これも試練という訳ですね」
「え? あ、うん」
「分かりました。では、不肖ながらこのコスモス、先生の用意した試練を突破してご覧に入れましょう」
しかし、コスモスはぽんこつだった。
不慮の出来事続きで高くなった壁。それを打倒せんと意気込む彼女は、師匠すらも置いてけぼりにしつつ、次なるジムへの気合いを入れるのであった。
そのジムこそオキノジム―――「揺らがぬ地面の大黒柱」、リックが構えるじめんタイプの居城だ。
「さぁ、気を取り直して行きましょう。先生」
「……うん、頑張ろうね」
***
「……『レッド』に『コスモス』……か」
二人の名を唱える赤髪の少年は、船から降りてオーダイルの背に乗っていた。
「ロケット団を滅ぼしたチャンピオンの弟子……覚えておいて損はないな」
ある種の憧憬さえ抱く偉業を成し遂げた王者と弟子。
己が抱く目的と、きっとこの先で道が交えると考えつつも、今だけは一人―――いや、ポケモンたちと先を急ぐのだった。