コスモス「ルギア捕まえたかった」
レッド「代わりにジムリーダーを捕まえた」
片やエンジュ風建築が立ち並ぶ趣深い風景。
片や近代的なビル群が立ち並ぶ都会の風景。
「おぉ……」
「オキノタウン……やっと到着しましたね」
港に降り立ったレッドとコスモスの二人は、眼前に広がる様々な建物が共存する光景を目の前に、感慨深げそうに町を見渡した。
道中の船への襲撃もあり、先ほどまで船上で事情聴取を受けていた訳であるが、無事に目的地へとたどり着けたのだった。
様々なトラブルに見舞われ、疲労がない―――と言えば嘘になってしまうが、それらを吹き飛ばしてしまうくらいにオキノタウンの風情溢れる街並みに、今は心を引かれている。
「すごいね……」
「ピッカァ!」
「『古来より神々が集うとされるオキノの地は、神を祭る神社といった歴史的建造物を保護する一方、ジムリーダーを兼任するオキノ総合建設会社代表取締役社長・リックの方針により、住民に健やかな衣食住を提供すると共に、景観を損なわぬように“歴史と文明の進化の融合した町”を指針とし、現在のオキノタウンを築き上げた』……とのことです、先生」
スマホロトムの画面に映し出される町の案内書を読み上げるコスモス。
「へぇ……ん、社長?」
耳に入れるがままに感心していたレッドであったが、聞き捨てならない肩書を耳にし、弾かれるように振り向いた。
「はい。オキノジムリーダー……もとい、リックさんは大手総合建設会社の社長だと」
「シャチョー……」
「ホウジョウ地方一の上場企業ですね」
かなりの上役相手に失礼を働いていたのではないかと怖くなってきたレッドは、ピカチュウを抱きしめながらブルブルと震え始める。
今までにも社長を相手にしたことが無いと言えば嘘になるが、それもロケット団に占拠されたシルフカンパニーを救い出した時ぐらいだ。公的な場でやり取りした訳でもなかったのだから、当時にしても礼節などあってないようなものだった。
社長
「俺……消されない?」
「何の心配をしているのか分かりませんが、少なくともブラック企業ではなさそうですね」
黒は黒でも別の意味を想像していたレッドは、ホッと胸を撫で下ろす。
一方でコスモスはと言えば、
(棚からぼた餅……偶然とはいえ、良い巡り合いをしたものです)
思わぬ繋がりを得られたことに内心ほくそ笑んでいた。
地方一の大企業とのコネクションを得られれば、追々役に立ってくれるはずだろう、と。
そんな訳で、安堵するレッドの隣では、真っ黒い腹積もりのコスモスが虎視眈々とあれこれ考えを巡らせているのだった。
「それより先生。船の一件で疲れたことですし今日はもう休みましょう」
「……それもそうだね。ポケモンセンターに行って……」
「コスモスさぁ~ん!」
「ん?」
不意に背後から聞こえてくる声に振り返れば、タクシーの助手席に乗ったリーキが二人の下へと近づいてくるではないか。
「間に合って良かったです!」
「リーキ? 一体どういう意味で……」
「パパがお二人のためにホテルを取ったんです! 私はその案内を! ささっ、どうぞ乗ってください!」
彼女が言うや、タクシーの後部座席のドアが一人でに開く。
直後、見つめ合うコスモスとレッドの二人であったが、大事件に巻き込まれた疲れもあったからか、“断る”という選択肢は頭に浮かばず、「お言葉に甘えて」と乗り込むことになった。
「ホテル……ですか、因みにどこの?」
「あそこです! 屋上のムクホーク像が見えますよね?」
「ムクホーク像……」
言われるがままムクホーク像とやらを探すコスモスとレッド。
一体どこにあるのやらと車窓から町を見渡していた二人であったが、先にピカチュウが見つけたと言わんばかりに鳴き声を上げて指差した。
それを二人は視線で追う。そして固まった。
「お、おぉ……」
「大きいですね」
黒光りする外観の巨大なホテル。
それはCMやテレビ番組でも良く取り沙汰される超高級ホテルであった。一泊数万は下らない。普通に旅をする上では、絶対に利用する機会に恵まれないであろう。
そんな予想外の宿泊地に唖然とする二人に、ニコニコと笑みを湛えるリーキは続ける。
「はい! パパも『恩人のためなら!』と張り切っていましたので!」
「そ、そう……」
「社長さまさまですね」
慄くレッドに対し、コスモスは早速の得する場面に内心ホクホクだった。
「ここならきっと疲れも取れますよ!」と純粋な面持ちで語る社長令嬢・リーキであったが、何かを思い出したかのようにコスモスへと振り返る。
「コスモスさん、因みに明日のご予定は?」
「予定ですか? ジムの予約をして、後は……」
「観光でもする?」
流石に今日の明日で身体を痛めつけるハードスケジュールは避けたいところだ。
とりあえずジムの予約だけは済ませたいコスモスは、最低限の用件を口にした後、残りをレッドの裁量に任せると訴える眼差しを向ける。
それに続いて観光を口にしたレッドであったが、具体的にどこを巡るかまでは考えておらず、二人の口はそこで止まってしまうことになる。
「では、私にお任せください! オキノタウンを少しでも好きになってもらえるよう、こちらでスケジュールを組んでお迎えに上がりますから!」
と、そこで思わぬ申し出をするリーキ。
「いいの?」とレッドがおずおずと問いかけたが、彼女は快く首肯してみせる。
「もちろんです! お二方にはたくさんお世話になりましたから! ぜひぜひ遠慮せず!
あっ、もちろん送迎のお代はこちらが負担しますし、ジムの予約も私から伝えておきます!」
「それもリーキのお父さんの勧めで?」
「! ……鋭いですね、コスモスさん。はい、パパが案内してやれと……あ、でも嫌っていう訳じゃありませんから! オキノタウンはたくさんの寺社仏閣がありますし、美味しいものもたくさん! それ以外にも雑誌に紹介されるお店とかも……それこそ一日じゃめぐり切れないくらい良いところがありますので! で、でも、ちょっと恥ずかしいと言いますか……」
「?」
小声で聞き取り辛かったが「恥ずかしい」とはどういう意味か?
しかし、そこまで気にかけることでもないと断ずるコスモスは、「では、よろしくお願いします」と告げ、明日のスケジュールをリーキに任せることにした。
「とりあえず、明日は観光ですね」
「そうだね」
たまにはバトルも忘れて歴史や文化に触れるのも悪くはない。
表情にこそ出ないものの、実際は浮足立っている師弟コンビは、明日の観光地巡り―――そして何より美味しい名物を楽しみにしつつ、タクシーに揺られるのだった。
***
どこまでも晦冥が続いている。
延々と耳を劈く嵐の音は止む気配を見せず、寧ろ時が経つに連れて荒々しくなる一方だった。
すると、一つだけ影が現れる。
翼を広げる影は、空を飛んでいるにも関わらず、まるで泳いでいるかのように優雅な動きでこちらへと近づいた。
―――一体何の影?
ロクに光も差さぬ暗黒の中で懸命に目を凝らしていれば、次第に影の輪郭や体色がはっきりと捉えられた。
黒く塗りつぶされた身体は元の神々しさの見る影もなく、血のように紅く滾る瞳もまた、あの静謐な眼差しとは程遠い。
「……ルギア?」
確証を得て名を呼んだ。
体の至るところ―――もとい、全身の隅から隅まで本来の
刹那、景色が一変する。
―――誰……?
晦冥を抜けた先、グツグツと煮えたぎる……これはマグマだろうか。
活火山に設けられた施設のような場所に佇む少年と老人が向かい合っている。漆黒の巨体を有すルギアも。
しかしながら、場面は急速に飛び始めていく。
朧げなシーンを脳裏に焼き付くそうと目を凝らす。
そして微かに見えた
浮かび上がるのは、大勢のポケモンに囲まれたルギアが純銀を取り戻す姿だった。
***
「クイックボール!!!」
「ワフッ!!?」
「……むにゃ?」
目を覚ましたら見知らぬ天井。
ではなく、昨日泊まったホテルの天井であった。カーテンの隙間からは麗らかな朝日が差し込んでいる。
コスモスの覚醒し切らない意識の中、突然の寝言に驚いていたルカリオは、寝ぼける主の目を覚ませるべくカーテンを開く。
すると一分も経たずしてコスモスがベッドから起き上がって来た。
「……ご苦労様、ルカリオ」
「バウッ」
ゴシゴシと目を擦るコスモス。
覚束ない足取りで洗面所まで向かった彼女は、冷水で顔を洗い、体の内に籠る温い微睡みを一掃してみせた。
「ふぅ……」
すっきりしてきたコスモスは部屋に備え付けの時計を見て、朝食の時間を確認した。
まだ時間があると分かるや、そのままテキパキと脱衣してバスルームへと移る。洗顔とは一変、熱湯を全身に浴びるコスモスは、先ほどまで見ていた悪夢のような内容で掻いてしまった寝汗を洗い流す。
「よし……」
顔も体も清め、一日を爽やかに過ごす準備が整った。
朝食までもう少しといったところだ。
「さて、先生は……」
『ヂュウウウウウウ!!!』
「……起きたことでしょう」
防音はきちんと施されているはず。
それにも拘わらず、隣室から轟いてくる電撃音と鳴き声を耳にし、師の起床を確信したコスモスは、そのままホテルの食事処へと足を向けた。
「……おはよう」
「おはようございます」
それから程なくしてレッドと合流した。
ピカチュウから強烈な電撃を浴びたことは想像に難くない有様であるが、それにしても今日は一段と煤けた見た目である。
「ホテルのベッドって気持ちいいね……いつもより眠りが深くなって……」
「なるほど」
「あれ? 万事を理解されてる?」
彼の凄惨たる有様は、このホテルでの眠りが極上である理由に他ならない。
「ワウッ」
「ピカ……」
ルカリオも皺くちゃ顔のピカチュウを労うように礼をする。
控え目に評してもレッドの耐久力はカビゴン並みだ。起こすには一苦労どころでは済まない。
しかし、中々起きない子供を起こす母の如き苦労を覚えるピカチュウも、フロアいっぱいに並ぶ料理の数々に、すぐさま機嫌を直したのだった。
「流石は高級ホテル」
「……俺の恰好、場違い過ぎて胃が痛くなってきた」
「お金は払ってるんです。堂々としてればいいと思います」
「そういうもの?」
セレブリティな雰囲気に充てられるレッドの横で、ひょいひょいと皿に料理を盛り付けるコスモスであったが、
「……それにしても甘いものばかり盛り付けてるね」
「気のせいです」
ここぞとばかりに甘味を盛り付けていた。
閑話休題。
手持ちも含めた大勢での朝餉を済ませた二人は、チェックアウトを済ませてホテルの前へ停まっていた送迎用のタクシーに乗り込んだ。
「昨日の子……リーキって言ったっけ? あの子は……」
「現地集合すると言っていました」
「現地?」
「オキノ大社……神社ですね。ほら、あそこの」
タクシーで移動する中、目的地を指で指し示すコスモス。
指先を辿りレッドが目にしたのは、少し町から外れた海辺に建てられながらも圧倒的な存在感を振りまく高床式の神社であった。
近付くに連れて体感する巨大さ。そして神社が存在する高さ。
極太の柱の上に在る神社は、下でさざめく波の光景と相まって何とも神々しい威厳に満ち溢れていた。
蒼い空と海の間に忽然と佇む姿は、その気になれば空に浮かんでいるように見えなくもない。
まさしく、俗世から隔絶された神の社。
「祀られてるのは何か知ってたりする?」
「ルギアと三体の伝説の鳥ポケモン……らしいですが、詳しくは神社で聞きましょう」
「うん、それもそうだね」
伝説のポケモン。
そう聞くだけで二人ともあからさまに浮足立つ。
(伝説のポケモン……見てみたい)
(伝説のポケモン……捕まえたい)
と、ご覧の有様ではあるが……。
そうこうしている間にタクシーはオキノ大社へとたどり着く。
比較的朝早い時間帯にも拘わらず、人通りは多く、敷地内は賑やかな活気に溢れている。
「ここのどこかに……」
「コスモスさん! お師匠さん!」
「おはようございます、リーキ……って、その恰好は?」
「えへへ……やっぱり気づかれます?」
溌剌とした声を頼りに目を向けた先には、眩い紅白のコントラストを放つ白衣と緋袴に身を包んだリーキがはにかんでいた。
記憶にある格好。閃いたレッドが口を開いた。
「確か……舞子?」
「巫女です! 神様に仕えて祭祀のお手伝いするお仕事なんですよ! まあ、わたしはバイトですが……」
レッドの解答を訂正したリーキは、長い階段の先に佇む本殿の中へと二人を案内していく。100メートルは下らない距離であるが、歩き慣れている様子のリーキと山籠もりして長いレッドは、すたこらさっさとと進んでいく。
しかし、道中黙々と歩を進める訳ではなく、バイトとして働いているリーキがガイドとして語り始めた。
「すでにご存じかもしれませんが、オキノ大社が何を祀っているのかは知っていらっしゃいますか?」
「ルギアと伝説の鳥ポケモン……だっけ」
「はい! この地域では『海神様』と言われているルギア……そしてファイヤー、サンダー、フリーザーの三体を祀ってるんです!」
「見て下さい!」とリーキが指さす神社の屋根には、瓦と同じ素材で作り上げられたポケモンたちが飾られていた。
それらこそ伝説のポケモンを模った像。
さらには軒下に浮き彫り細工としても彫られていた。曰く、遥か古来に掘られた浮き彫りと伝えられているが、海と雷、炎、そして氷が荒れ狂う表現は、現代にも通ずる迫力ある仕上がりだ。
「そんなに所縁のあるポケモンなんですか?」
「そうですね! 四体のポケモンは大いなる循環にて、ホウジョウ地方に恵みをもたらしていると言い伝えられています」
ファイヤーの訪れが春の温もりと夏の陽光をもたらす。
サンダーの訪れが雨と稲光を大地に降らせ、秋には豊作をもたらす。
フリーザーの訪れが冬の厳しい寒波を、やがては雪解け水をもたらす。
そしてルギアは、海へと流れ出た大地の恵みを遍く生命に巡らせる。
これらの大いなる循環により、ここは人とポケモンが住まう豊穣の地と化した。
「―――やがてこの地はホウジョウ地方と呼ばれるようになり、太古の人々は恵みをもたらした神々に感謝と祈りを捧げるべく、特に生命の波動が強く感じられるオキノの地に神社を作った……」
「あの……」
「はい、なんでしょう!?」
歴史に関しては人一倍熱があるリーキは、不意に手を上げるコスモスに元気よく聞き返した。
何でも答える―――そのような空気を滲ませる彼女に対し、コスモスが投げかけた質問とは、
「ルギアに関する他の伝説とかは?」
「ルギアの……ですか?」
「体の色が変わったりだとか」
「色?」
うーん、と唸るリーキ。
「すみません……体色云々の伝説は特に。色違いとかってことですか?」
「いや、無いなら気にしなくて……」
「いえ! ルギアに関わる伝説……もとい、歴史について知らないなんて、巫女として働く身として働いているのに不甲斐ない! 後で調べてお伝えします!」
バイトにも拘わらず、聞いているこちら一歩引いてしまうような熱を放つリーキ。
いや、寧ろこれほどの熱意を持っているからこそ、社長令嬢という融通が利く身でありながら巫女のバイトに就いているのだろう。
コスモスにしてみれば非合理極まりない行いであるが、片や話を聞いていたレッドは「熱心だなぁ」と感心していた。
と、熱烈なガイドを受けている間にも三人は本殿へとたどり着いた。
遠目から見ても分かった広大な建物だ。いざ足を踏み入れれば、荘厳な雰囲気漂う室内に気が引き締まるような感覚を覚えた。
潮風と畳の香りが混じる部屋の天井には、これまた大迫力の伝説のポケモンの画が描かれている。
「……んんっ?」
「どうかしましたか?」
「これ……画が中途半端じゃ―――」
「よくぞそこに気が付きましたね!!」
「っ!?」
何気ない問いに食い気味にリーキが前のめりになる。
「そうなんですっ! オキノ大社の天井に描かれている画……ルギア、ファイヤー、サンダー、フリーザーの四体が描かれていますが、これは全体図ではないことが中途半端に途切れていることが以前から指摘されているんです! では残りの部分は? という話になるんですが、それは未だに解明されてはいないんですね……でも、わたしはきっとホウジョウ地方のどこかに残されていると信じています! 死ぬまでに残りの画を見つけ出す……それがわたしの夢の一つなんです……!」
「は、はぁ……」
「はっ!? ごごご、ごめんなさい! 一人で熱くなっちゃって……」
置いてけぼりにされていた二人を前に、気を取り直すリーキは、オキノ大社の名物ともいえるイベントの紹介を始めた。
「この後雅楽隊が演奏を披露するんですよ! わたしもそこで……その、神楽を舞いますので、ぜひご覧になっていただければと……」
「神楽?」
「端的に言えば踊りです、先生」
「やっぱり舞子さん……!」
「違います、先生」
「……」
残業明けのサラリーマンの如き皺くちゃ顔を披露するレッド。今朝のピカチュウの顔の再来である。
と、下らないやり取りに苦笑を浮かべるリーキは、「準備してきますので!」と去っていった。
緋袴の裾をパタパタと靡かせながら早歩きする様は、大社の内観も相まって非常に風情がある。
そんな後ろ姿を見送った後は、レッドと二人で演奏が始まるまで見学だ。
天井の画以外にも、障子や屏風、木彫りの像など興味が移ろう対象には事欠かさない。
「……先生」
「うん?」
「先生は伝説のポケモンに会ったことはありますか?」
「……あるね」
「ルギア以外でお願いします」
「ファイヤーとサンダーとフリーザーかな」
「めでたくコンプリートしましたね」
まさかすでに伝説の三鳥と遭遇しているとは思っていなかったコスモスが、淡々としながらも驚きを言葉に滲ませる。
しかし、だからこそ疑問が生じてきた。
「先生は……その、捕まえようと思わなかったんですか?」
「伝説のポケモンを?」
「はい。先生程の実力ともなれば、捕まえるのは無理ではないと思いまして」
「うーん……」
ポケモンバトルの―――勝負の世界で生きていくとなれば、第一に実力が必要とされる。
そこにはトレーナーの育成能力や指示の的確さ、知識量なども含まれるが、ポケモンの強さも外せない要素の一つだ。
攻撃が、防御が、特攻が、特防が、素早さが、そして体力が。
他にも技のラインナップの系統や豊富さを決めるのは、他ならぬポケモンの種族だ。
こう言っては元も子もないが、“強い”ポケモンが“強い”のだ。
ポケモンバトルは同じ種族同士を戦わせる訳ではない。育成環境や技、そして種族が違うポケモンを戦わせ合うのだ。
ならば、種族としてバトルに向いていないポケモンよりも、戦闘に特化した―――あるいは時に天災を引き起こす超越した力を持ったポケモンを戦わせた方が良いに決まっている。
それが全てと考えていないにしろ、コスモスはあえて伝説のポケモンを捕まえない理由が見つけられなかった。
「教えてください。伝説を目の前にして手に入れなかった理由を」
「……」
黙するレッド。
彼の悠然たる佇まいを目の前にし、コスモスは生唾を飲みながら答えを待つ。
その時、レッドが考えていたことは、
(バトルに満足して捕まえるの忘れてたなんて言えない……)
おっちょこちょいな顛末を辿った過去だった。
(もちろん『ポケモン図鑑のためにゲットしよう』とか、頭の片隅には置いてたけど……!)
結局は捕まえなかった。
旅路の途中、すでに手持ちが6体揃っていたこともあり、捕まえるか否かは気分次第であったことも要因だ。
自分たちは伝説にも通用する―――その達成感や充実感染みた恍惚とした感情に胸がいっぱいになり、最後には去り行く伝説のポケモンに手を振って見送った。
だが、ありのままを告げれば幻滅されかねない。
師匠である以上、「なんかそれは嫌だ」という思考が頭を過ったレッドは、あの手この手で事実をアホに見られないよう、それっぽい内容に変換しようと考える。
「……コスモスはなんで伝説のポケモンを捕まえたい?」
「それは……勝ちたいからです。伝説のポケモンは強いですので」
「そっか。でも、強くなるのに必要なのは伝説のポケモンなんかじゃないと思うんだ……」
「と、言いますと?」
「伝説のポケモンに勝てるくらい磨き上げた技とか、築き上げた絆……かな。どのポケモンを使うとかは関係ない……はず」
―――一応筋道を立てて話したつもりだ。
内心滝のような汗を流すレッド。
途端に微動だにせず思考中になっている弟子の様子を確かめる彼は、自分が口にした内容を頭の中で反芻する―――が、緊張していたせいかまったく思い出せない。
まだか、まだか……そうして待つこと数十秒。
「……なるほど、真の強者は
「……そう。寧ろ、どんな風に戦わせるかが重要……みたいな」
「参考になりました。今後とも精進していきます」
どうやら納得したようだ。
月並みな言葉であることは否定できないが、真実であることも事実。
レッドの実力に裏打ちされた言葉を鵜呑みにするコスモスは、早速「育成方法が……」とあれこれ考え始める。
「……ふぅ」
もっと言葉巧みにならなければなるまい。長期の山籠もりが言語能力に支障を来したのは間違いない―――というよりも、言葉を不要とするポケモンたちと過ごしていたことも相まって、旅に出る前よりも会話に苦手意識が生まれてしまった感がある。
何とか克服せねば。チャンピオンともあろう者が打倒せんと掲げる目標がトーク力など笑いものであるが、本人にしてみれば大事も大事なのだ。
こうしてレッドとコスモスが各々新たな目標を掲げている間にも、雅楽隊の演奏の準備が整ったようだ。
「……まあ、今はバトル以外を楽しんで英気を養おっか」
「はい、先生」
***
オキノ大社から始まった観光は、やや日が暮れてきた頃に終わりを向かえようとしていた。
「お昼に食べた蕎麦……美味しかったね」
「ガレットも中々でした」
「ピカァ!」
「ワフッ」
しかし、花より団子と言わんばかりに食い気を発揮していた二人は、ご当地名物の料理の数々を食べ歩くことで満足感を覚えていたのだった。
案内役を務めてくれたリーキのおすすめスポットを巡った一日は、実に有意義。今後の旅への英気を十二分に養えたと言えよう。
充実感にポカポカと体の内が温まる感覚を覚えながら帰路につく二人は、昔ながらのビルが並ぶ都市的な場所から、昔ながらの建物を残す通りを進んでいた。
風情を感じさせる灯篭や石畳、加えて住民やポケモンのために開放されている趣深い庭園なども窺える通りは、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に襲われるだろう。
「コスモスはジョウトを観光したりはしなかった?」
「大会の遠征で色んな町にこそ寄りましたが、観光はしませんでしたね」
「そっか」
他愛のない会話も交えながら道を進んでいると、広場に隣接した建物が見えてきた。
これまた大きな庭園を備えた邸宅ではあるが、広場との間に柵が設けられているところを見る限り、広場とは違う施設だと窺える。
何の建物かレッドが凝視する一方、コスモスは淡々とスマホロトムで位置情報から建物を検索しようとした。
その時だ。
「ザァーンッ!!」
「シャーッ!!」
突然、広場の方でけたたましい鳴き声が轟いた。
何事かと振り返る二人。その目に捉えたのは、紅白の体毛を靡かせるポケモンと、毒々しい色の細長い体をうねらせるポケモンが争う光景だった。
「あれは……」
「ザングースとハブネークですね」
「バトル……じゃあなさそう」
剣呑とした雰囲気は、とてもではないが友好的なポケモンバトルには見えない。
寧ろ野生のポケモンが縄張り争いでもしているかのような物々しさが周囲に漂っている。
「それもそのはずです。二体は遺伝子レベルでライバル関係にあるポケモンですから」
「……つまり、本能むき出しでの殴り合いと?」
「はい」
マジか、とレッドが視線を向ける先では、既に各々が技を繰り出し合う激しい闘争へと発展しているではないか。
それぞれのトレーナーと思しき人が慌てた様子で声をかけているものの、それが耳に届くどころか、無理にでも引き戻そうと放たれているリターンレーザーでさえ、二体の俊敏な動きを捉えることができていなかった。
「警察を呼びますか?」
「いや、俺が……」
安全策として警察に対応を任せようとするコスモスを制して一歩前に出る。
そのままレッドは頭上に乗っていたピカチュウを繰り出そうとした―――その瞬間、一つの影が激烈な闘争の渦中へと飛び込んでいった。
「あれは……?」
四本足で軽やかに舞うポケモン。
白とピンク色が眩い体にリボンのような触角を靡かせながら間に割って入るや、謎のポケモンは触角を争う二体へと巻き付ける。
とてもそれだけでは止まるように見えない。
誰もがそう思ったが、触角を巻きつけられた二体はみるみるうちに平静を取り戻していき、掲げていた己の武器を下げる。
「我に返った……?」
「あのポケモンは……」
傷つけることなく場を治めたポケモンに唖然とするレッドの一方で、コスモスはポケモン図鑑を調べた。
「ニンフィア、むすびつきポケモン。リボンのような触角から気持ちを和らげる波動を送り込み戦いをやめさせる……と。ほう」
「ニンフィア?」
「イーブイの進化形ですね」
「え? あれがイーブイの?」
カルチャーショック! とレッドは口をあんぐり開ける。
まさかブースターやサンダース、シャワーズの他にイーブイの進化形が居るとは思ってもみなかったという面持ちだ。後に彼は更なる別の進化形を知り、仰天する嵌めになるのだが、それはまた別の話。
何はともあれ、争いを治めたニンフィアには通りがかった人やポケモンから惜しみなく拍手と歓声が送られる。
するとニンフィアは恥ずかしそうに頬を染め、そそくさと柵が設けられた邸宅へと戻っていったではないか。
「あそこ……気にならない?」
「気にならない、と言えば嘘になります」
「じゃあ行ってみよう」
ニンフィアを追う形で当初の目的であった邸宅の目の前に訪れた二人。
そこで彼らが目の当たりにした表札には、こう刻まれていた。
「……育て屋……?」
「ほほう」
預けたポケモンを育成してくれる施設、育て屋。
コスモスにとってはまさに渡りに船。自分の知らない育成方法を熟知していると思しき場を前に、先のレッドの言葉と併せ、彼女の瞳は爛々と光り輝くのであった。
tips:オキノタウン
ホウジョウ地方の北部に存在する町。通称「神々が集う町」であり、ホウジョウ地方に人やポケモンといった命を根付かせるに至った四体の伝説ポケモン、ルギア、ファイヤー、サンダー、フリーザーを祀る「オキノ大社」と呼ばれる巨大な神社もある。
ホウジョウ地方一の大企業「オキノ総合建設会社」の本社がある場所でもあり、代表取締役社長兼ジムリーダー・リックの指針により、歴史的建造物と近代的な都市風景が融合した街並みに彩られている。
キョウダンタウンから航路で通じており、道中の水道ではミズゴロウとその進化形の巣が見える。
ご当地のグルメとしては、オキノ蕎麦やガレットなどが有名。
また、町には育て屋も存在している。