レッド「目からハイドロポンプを出せるようになった」
コスモス「どちらかと言えばしおみずですね」
冷涼な風が頬を撫でる。
特に海辺に存在する町の一角。その開放的な庭園を目の前にすれば、否応なしに足が軽やかに踊ってしまうようだった。
耳を澄ませばポケモンたちが戯れる賑やかな鳴き声が聞こえてくる。
溌剌とした、あるいは快活とした声からは、生きる活力のような力を貰いながら、逆に眠気を誘われることもあった。
苔むした岩に座っていたニンフィアは、ウトウトと舟を漕ぐ。
苔はベッドともまた違う柔らかさを有す天然の寝具のようなものだった。そこへ上から降り注ぐ陽光が背中を摩る。まるで優しい主の手に撫でられている温もりだ。
涼しさと暖かさに挟まれたニンフィアは、あっという間に夢の世界へと誘われかけていた。
「フィ……フィ……」
健やかな寝息を立て始めれば、最早眠ったも同然。
しかし、そんなニンフィアの目と鼻の先にポツンと菓子が置かれた。甘く、そして絶妙にほろ苦い味わいを舌に広げるビターチョコレートである。
きのみのピールが混ざった非売品のチョコレートを設置したのは、こそこそと忍び寄って来たコスモスであった。
無論、きのみピール入りチョコレートを作ったのも彼女であり、手持ちへの褒美として常にいくらか持ち歩いていたのだ。
それは兎も角、ほとんど鼻っ面の目の前にチョコレートを用意されたニンフィアは、夢の世界にも届く魅惑的な甘い香りに、湿った鼻をヒクヒクと動かし始める。
美味しいものを食べている夢でも見ているのだろうか。口の端から涎が垂れている。
だが、夢の世界にまで芳醇な香りを漂わすチョコレートは、次第にニンフィアの意識を覚醒させていった。
「フィ……?」
瞼を開けるニンフィア。
さっきまで食べていたスイーツはどこだ? と言わんばかりに辺りを見渡す。
と、そこへ目に入るのが目の前に用意されていたチョコレートだ。ごちそうを前に目を爛々と輝かせるニンフィアは、今一度チョコレートを嗅ぎ、しっかりと安全な食べ物か確認してから噛り付いた。
「フィア~♪」
大層気に入ったのか、一口食べたニンフィアは、そのまま二口目、三口目と凄まじい勢いでチョコレートを貪っていく。
今回コスモスがセレクトしたのは苦いきのみのピールだ。
当然ポケモンにも個体ごとに好みの味がある訳であり、好きな味を食べれば満足し、嫌いな味を食べればストレスを覚える。
栄養バランスだけを考えれば、ポケモンの食事はポケモンフーズで事足りるようにはなっているが、延々と味の変わらない物ばかりを食べさせていれば、それはそれでポケモンは不満を覚える訳だ。
だからこそ、ポケモン用の食品売り場では、専用のおやつなども販売されている。
味は大抵五種類。辛い、酸っぱい、渋い、苦い、甘いのいずれかである。
コスモスのルカリオとゴルバットは甘いものが好みであるため、おやつとして与えるものも甘いものに偏っていた。
しかし、ニンフィアは違う。じっくりとニンフィアを観察したコスモスは、彼女の性格からして苦いものが好みであると判断し、前述のチョコレートを用意した。
―――推理は当たっていた。
自分の観察眼にほくそ笑むコスモスは、そのまま建物の陰に隠れて観察を続ける。
そしてニンフィアがものの数分でチョコレートを食べ終えた頃を見計らい、ヌッと姿を現す。
突如として現れた人影に驚くニンフィア。
あからさまに驚いたニンフィアは、まじまじとコスモスを眺め―――そして彼女が手に持っている
「おいでおいでー」
「フィ……!」
コスモスは柄でもない猫撫で声を上げる。
その手に用意されていたのは、たった今ニンフィアが完食した物と同じチョコレートであった。
警戒と食欲の狭間で揺れるニンフィア。
釣られているとは分かっていても、あの魅惑的な味わいのチョコレートを一度味わってしまった以上、あの芳醇な甘さと舌の上でスッと溶ける食感が理性を蕩けさせていった。
恐る恐るといった足取りでコスモスに近づいたニンフィアは、視線でチョコレートを求める。
うるうると揺れる円らな瞳。
これにはコスモスのようにあらかじめ差し出す算段がなかろうが、可愛いもの好きなトレーナーであればおやつをあげてしまうことだろう。
「はい、あげる」
「フィア~♪」
「私が作ったチョコレート、しっかり味わって食べるんだよ」
掌にチョコレートを乗せて差し出すコスモスに対し、警戒心などどこへやらと言わんばかりにニンフィアが食い付く。
尻尾を激しく振り、喜びを全身で表現する様はなんとも愛らしい。
そのようなニンフィアは、二個目を完食した後、口の周りにべっとりと残ったチョコレートを、余韻を味わうように舌で舐め取る。
その間、計画通り警戒心を取り払ってみせたコスモスは、第二ステップとしてスキンシップを図り始めた。
なんてことはない、ただただ全身をマッサージするように撫でまわすだけだ。
だが、たった今絶品のスイーツを食べさせてもらった直後、間髪を入れず心地よい按摩を受けることとなれば、今度こそニンフィアからは警戒心という壁が塵も残らずに消え去った。
最早ニンフィアはチョコレートの虜。
そしてコスモスに心を掴まれてしまったという訳だ。
「さて……ニンフィア。チョコレート美味しかった?」
「フィ~!」
「私と一緒に来れば定期的に食べさせてあげる」
「フィ……?」
しかし、ここで若干雲行きが怪しくなる。
それもそうだ。ただスイーツを食べさせただけで靡くようであれば、育て屋の店主もあそこまで思い悩むことはないだろう。
「どう? ポケモンリーグ制覇の旅……一緒に来る?」
「フィ……」
「嫌?」
「……」
先ほどまでの溌剌とした笑顔とは一変、影が差した面を伏せるニンフィア。
しかしながら、コスモスとしてはそこまで手ごたえがないとは感じていなかった。
(見る限り可もなく不可もなく……明確な拒絶はない、と)
ポケモンとて、提案を拒否するのであればそれなりのアクションを起こすだろう。
一方でニンフィアは、首を縦に振ることもなければ横に振ることもない。快諾するつもりもないが、頭ごなしに拒絶する意思もないという訳だ。
であれば、何故そう考えているのかをはっきりさせていく必要がある。
「旅はいや?」
「フィ~」
「嫌いじゃないんだ。じゃあ、バトルは好き?」
「……」
「嫌いでもないの?」
「フィ!」
ここに来てコスモスは困ったものだと眉を顰めた。
聞いていた限り、バトルに苦手意識を抱いているようであったニンフィアであるが、どうにも完全に嫌悪している訳でもないらしい。
では、一体何が彼女に苦手意識を持たせるに至ったのだろうか?
ニンフィアの心を開かせる鍵はそこにある。
直感ではあるが、半ば確信を抱いたコスモスは、苦手意識を抱くようになった原因について質問していく方針を固めた。
「負けるのが嫌だから?」
「フィ~」
「じゃあ、痛いのが嫌い?」
「フィ~」
「相手を傷つけるのが嫌なの?」
「……フィ~」
やや応答に間があった。
的の中心を射た訳ではないが、確実に近づいているようだ。
ポケモンの言葉を通訳してくれる存在さえ居れば、このような回りくどい問答をせずとも良いのだが、ないものねだりである以上地道に答えへ近づいていく他、道はない。
「うん……自分が勝敗とか痛いのがどうとかの問題じゃない、か。じゃあ、
「ッ! ……フィ」
ピン! と耳が跳ねたニンフィアが、観念したように頷いた。
(敵じゃなくて味方を傷つけることに忌避を覚える、と。言われてみれば、ブビィとエレキッドの喧嘩の時の仲裁も速かったような……)
ここまで来れば、後は思いつくだけの理由を質問として投げかけていくだけだ。
豊かな想像力が試される訳だが、伊達にコスモスもトレーナーズスクールのテストで満点を取っていない。教科書に記載された知識は当然の如く、自分の野望に活かせそうな知識は優先的に教養として身につけていた。
ポケモンは道具―――職人気質故大切にはしているが―――と考えているコスモスにとって、ポケモンに離反されるなどあってはならない事態だ。
ポケモンがトレーナーの言うことを聞かなく理由はあらかた把握している。
ならば、ありったけ詰め込んだ教養から類似するケースを抽出し、次から次へと投げつけていけば答えへとたどり着くと、コスモスは質問攻めを始めるのだった。
「自分が勝って仲間に嫉妬された?」
「フィ~……」
「そう。じゃあ、仲間とは仲良しだった?」
「フィ!」
「そうだったんだ。でも、バトルが原因で喧嘩したりはしなかった?」
「ッ……」
「あったの?」
「……フィ」
ゆっくり……それはゆっくりと首を縦に振ったニンフィア。
嫌な思い出だったのかもしれない。見るからに陰気なオーラを放つニンフィアは、肩を落として地面を凝視していた。
自然と目尻から溢れ出す涙は、地面に点々とした染みをいくつも作る。
心なしかリボンのような触角も萎み、力なく垂れてしまっていた。
そうしたニンフィアの様子を遠目から見ていたのか、離れた場所でガルーラに見守られて遊んでいたポケモンたちが、一斉にニンフィアの下まで駆け寄って来た。
ほとんどがコスモスよりも背が低いポケモンたちであったが、数が集まれば中々の迫力である。
コスモスがニンフィアを泣かせたと勘違いするポケモンは、抗議するような眼差しを浮かべては、ニンフィアを庇う陣形を取りつつ威嚇を始めたではないか。
大した人望……否、ポケ望である。
しかし、「誤解だ!」と言わんばかりに泣き腫らした顔を浮かべたニンフィアが弁明し、あっという間に場の騒ぎを治めてみせた。
それから彼女は心配するガルーラに連れられ、この場から去っていく。
残ったのはニンフィアを心配するポケモンと、そんな彼らに囲まれるコスモスだけであった。
「う~ん……」
「なにか分かった?」
「先生」
音もなく現れたレッドが、進捗を確かめに来た―――フシギバナの蔓に足を縛られ、逆さ吊りになる形で。
「とりあえず、過去に手持ちの仲間とのバトルが原因で喧嘩したことは」
「なるほど……」
「ですが、もっと肝心な内容についてはもう少し精査が必要かと思われます」
「……そうかな?」
「え?」
逆さ吊りになっているレッドは、頭に血が上らぬよう、腹筋を筋繊維一本残すことなくフル活用して上体を起こすや、微振動しながらコスモスに訴えかける。
「それだけ分かれば、もう十分だと思うんだけれど……」
「先生……まさか、ここからすでに問題を解決できる答えをお持ちで?」
「まあ……あるには……」
「流石です、先生……! 不肖コスモス、感服いたしました」
「それよりちょっと助けて……ッ」
頭にこそ血は上っていないが、力を込めているがゆえに顔が真っ赤になっているレッドが、消え入るような声で助けを求める。
コスモスは特に疑問を抱かなかったが、彼の現状は極めて不本意な状態であった。語るには一時間以上前から始まる―――が、大した話ではないためスルーしよう。
加えて消え入る声で発せられた救援は、絶妙なタイミングで電撃を迸らせたピカチュウによって遮られた。
つまり、コスモスの耳には届かなかった。
「して、先生。その答えとは……?」
「あれ、答えなきゃ下ろしてくれない感じ……? そ、それじゃあ……バトルで喧嘩したなら、バトルで解決するしかない……と……俺はね、思うんだ」
「……と、言いますと?」
「苦手は、克服ッ……! 固定観念を、吹き飛ばすッ……! 『できない』を、覆してッ……!」
限界が近いのか、きわめて端的な返答を返すレッド。
対してコスモスは、そんな答えにしばし熟考を決める。
「うーん……」
「コ、コスモス……そろそろ……」
「ピカッ」
「……ピカチュウ?」
中々考えがまとまらないコスモスに助け舟を出したのはピカチュウであった。
チャーミングなまんまるほっぺから電光を迸らせる彼は、「嬢ちゃん、俺に任せな」と言わんばかりに彼女の前を行く。
向かう先は、散り散りになっていた育て屋のポケモンたちの下だ。
すると、やおら空を指さすかの如く腕を掲げた。
「チュッピッカァーッ!!」
威勢のいい鳴き声に誰もが反応する。
驚くポケモン、怯えるポケモン、好奇心を露わにするポケモン……三者三様の様子を見せるポケモンたち全員が、その視線を黄色い体へと向ける。
何が始まるのだろうか。
コスモスを含めて生唾を飲み込む面々の前で、改まったように大きく息を吸い込んだピカチュウは吼える。
「ピッピカチュー! チュピーピッピカァー!」
「ブビッ! ブビッ!」
「レキィー!」
「ピカ! ピカァ!」
何かしらの意味を有す鳴き声を上げた瞬間、一斉に集ってきたポケモンが挙手し始める。
すると、即座にピカチュウが早かったポケモン二体を指名した。
ブビィとエレキッド―――両者共にニンフィアに喧嘩を窘められたポケモンだ。ピカチュウに手を引かれた二体は、なぜかコスモスの目の前まで連行されてきた。
やけにやる気に満ち溢れた瞳だ。
しかも、眼差しを向ける先が自分と来た。
短時間の集会からの連行と何から何まで理解の外の出来事が連なるコスモスは、しばし思考が停止したように固まる。背後ではレッドも微動だにしていない。
「ピカ」
ピカチュウはポンポンと背中を押し、コスモスの下へ二体を送り出す。
はてさて、困ったものだ―――そう困惑していた主人の前へと歩み出たのは、ルカリオとゴルバットの二体である。
彼らもまたやる気に満ち溢れた面持ちを浮かべており、闘争心をむき出しにするブビィとエレキッドに対し、立ちはだかるようなオーラを放つ。
今にもバトルが始まりそうな空気が場に満ちる。
ニンフィアが居れば、すぐにでも止めに入る状況であることは否定できないが、周りに屯しているポケモンは一向に止める気配を見せない。
寧ろ、微笑ましそうな眼差しでバトルを臨もうとする二体を見守るばかりだ。
「………………あ」
「おやおや……いかがなされたんです?」
「店主さん、ちょっといいですか」
「はい?」
ピカッと閃いた瞬間、ちょっとした騒ぎに何事かと様子を見に来たタケが現れた。
ちょうどいい―――自分の脳裏に過った一つの妙案を為すがためには、兎にも角にも店主の許可が要る。
そして言質だ。後から自分に責任を被せられぬよう、しっかりとボイスレコーダーで録音しておく準備を取った。あくまで万が一の用意だが、この作戦を執り行う上で賠償金など払わせられたら堪ったものではないからだ。
(年齢的に本格的にボケている可能性も否めないし……)
と、それはさておき。
「この育て屋……預かったポケモンに意思を尊重するんですよね?」
「えぇ、そうですが……」
「じゃあ、
「……はい?」
***
『あっ、かわいいポケモン!』
そう言われた途端、勝負を吹っ掛けられるとは思ってなかった。
これが私と貴方の出会い。
そして、一人で生きていた私に家族ができた日。
『よろしくね、イーブイ! こっちはあたしのパートナーのポチエナだよ!』
さっきまで戦っていたポチエナが、今度は歓迎ムードを振りまきながら、私のほっぺを舐めてきた。
複雑だけれど嫌じゃない。
なんだかくすぐったい感覚だったなぁ。
『あたしね、ポケモンリーグに出場してチャンピオンになる! それがずっと夢だったの!』
初めてみんなで囲んだ食卓で、貴方は教えてくれた。
その頃は、まだニンゲンが生きている世界の仕組みはよく分からなかったよ。
だけど、貴方がとっても楽しそうな笑顔を浮かべていたから、私も一緒に付いて行きたくなったんだ。
ポチエナも『一緒に頑張りましょ!』って張り切ってた。
『はぁ……負けちゃった』
でも、初めてのジム戦で勝てなくて悔しい思いをした。
貴方も私もポチエナも、みんなして泣いちゃったんだ。
泣いて、泣いて、泣いて。それでも泣いて。
目の下を真っ赤に腫らして、ようやく涙が枯れた頃に貴方が言ったの。
『ううん……立ち止まってなんかられない! みんなで特訓だよっ!』
空元気でも明るく見せようとする貴方に、私たちは元気付けられたんだ。
それからは一生懸命特訓したね。
技の練習でしょ。立ち回りの練習でしょ。それに、体づくりのために嫌いな物でも食べる練習……。
挑んでは負けて、挑んでは負けて。
それでも貴方が諦めなかったから、私たちは付いて行けたんだよ。
『ジムバッジ……すごくキラキラして見えるの! みんな、ありがとね!』
ううん、お礼を言うのは私たちの方。
貴方の言う通り、一丸となってつかみ取ったジムバッジはお日様よりも輝いて見えたね。
ケースの中に納めると、一段と様になって見えた。
いつかは『全部埋めよう』って約束したのもはっきり覚えているよ。
『賑やかになって毎日楽しいね!』
一緒にご飯を食べるお友達も、最初よりずーっと増えた。
ポチエナはグラエナに進化して、凛々しい見た目になっちゃったの。
誰かが強面なんか言ったけれど、私と貴方は気にしなかったもんね。
確かに特訓を怠けちゃう子には厳しいけれど、貴方のためを思ってだった……でも。
『ごめんね……あたしがトレーナーとして不甲斐ないせいで……』
きっかけは、ポケモンバトルの練習で怪我。
自分にも他人にも厳しいグラエナだったけれど、全員が全員彼女のペースに合わせられる訳じゃない。その子は仲間になったばかりで、彼女の威圧感に慣れていなかったから、人一倍心も体も疲れちゃったらしい。
それから元々不満を持っていた子が怒って喧嘩が始まった。それこそ貴方も止められないくらいにグラエナも頭に血が上っちゃうような。
きっと彼女も貴方に頼られているのを自覚していたから、退くに退けなかったんだよ。
けれど、大喧嘩から始まったバトルでグラエナは倒れて、『弱いやつが偉そうにするな!』って相手に罵られた彼女は……その夜、音もなく貴方の前から姿を消した。
『あたし……トレーナーに向いてないんじゃないかな』
何日も探したけれど見つからなくて、諦めた時に貴方はそう言った。
違う、貴方が悪いんじゃない。
それでも貴方が自分を責めるなら、きっと私にも責任はある。
どうにかして喧嘩を止められていたら……ううん、皆がもっと仲良くなれるようにしてあげられたらって何度も思った。
『イーブイ? その姿……』
今の姿に進化したのは、そんな時だった。
もっと貴方の役に立ちたくて。
もっと皆と仲良くなりたくて。
その一心で
でも……それが間違いだったのかな?
『ニンフィア! どうして言うこと聞いてくれないの……?!』
違うの、私はただ皆に仲良くなってもらいたかっただけなの。
けれど、あの時のグラエナの悲しそうで辛そうな顔を思い出す度に、特訓だとしても皆と戦わなくちゃならないのが堪らなく怖くなった。
どんな些細な諍いも宥めて、好きだったバトルも避けて、それでも皆と仲良く一緒に居られるなら……そういう風に考えていた。グラエナと離れ離れになったトラウマで、私はとことん臆病になっていたんだ。
けれど、貴方は違かったのかな?
夢をずっと見続けていたのかな?
『……ニンフィアはあたしのこと好き?』
もちろんだよ。
何度だってそう答えるつもり。
『……あたしも大好き』
貴方は初めて出会った時と同じ笑顔を浮かべた。
それが……ずっと会えなくなるようになった日の出来事。
私は今でも待っている。
来る日も来る日も待っている。
貴方が笑顔で迎えに来てくれる日を。
もし、貴方が私を置いていった理由が”嫌いになったから”だったら、それこそもう一度会って仲直りしたい。
それとも……貴方はもう私を忘れちゃった?
それでも……私は今でも貴方に会いたいよ。