愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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◓前回のあらすじ

コスモス「育て屋ですし、いくら育ててあげても問題はないんでしょう?」

レッド「限度はあると思う」


№016:『握手しよう』

 育て屋は忙しい。

 

 数多く預かっているポケモンの食事の用意は当然のこと、ブラッシングや体調管理なども含めればとても一人で手が回るような状況ではない。

 そこでスタッフとしてタケが個人的に育てているポケモンが働いている訳だが、ニンフィアも自主的に手を貸していた。

 

 3年も一緒に暮らしているニンフィアにとっては、基本的な一日のスケジュールは頭に入っている。今では育て屋にとっても頼りになる一体であることには違いなかった。

 今日も今日とて店を手伝おうと意気揚々と台所へ足を向ける。

 きっと今頃、主人のタケが美味しくて栄養もあるご飯を作っているはずだ。

 特にベビィポケモンは彼の食事を心待ちにしている節があり、余り遅れるとグズり始めてしまう。

 

 複雑な身の上から疎外感を拭えぬニンフィアにとって、純真無垢な彼らの笑顔は何よりの糧だ。あの笑顔のためならばどれだけ時間がかかろうと元の主人を待つことができる。

 「おぉ、今日も手伝ってくれてありがとう」と礼を言うタケから特製ポケモンフーズが山盛りに入った皿を触角で受け取ったニンフィアは、一かけらも零すことのない絶妙なバランス感覚を以て、皆が待ちかねている庭へと向かう。

 

「……?」

 

 何かがおかしい。

 普段ならば、待ち切れないポケモンの何体かが屋内まで届く催促の声を上げているのだが、今日は誰一人として騒いでおらぬではないか。

 不穏な空気を覚え、自然と足早になる。

 彼女の背中を押すのは一抹の不安と焦燥。数多くのポケモンの面倒を看る内に母性に目覚めていた彼女は、自分の家族にも等しいポケモンにトラブルが起こったのではないかと気が気ではなかった。

 

 次の瞬間、開けた視界に()()が映る。

 

「―――いい加減、決着をつけましょう」

「うん、いいよ」

 

 庭先で対峙する二人のトレーナー。

 感情を読み取り辛い淡白な顔つきをしているが、体から振り撒かれる威圧感は到底拭い去れるものではない。

 そして、それだけの覇気を持ったトレーナーが繰りしポケモンもまた、火花を散らすかの如く睨み合っていた。

 

「ブビィ……!」

「レキィ……!」

 

「フィ!?」

 

 何かにつけては対立していたブビィとエレキッド。

 彼らが、今まさにトレーナーという後ろ盾を得て、燃え上がる闘争心のままにバトルに臨もうとしているではないか。

 

 遠くから見ていても分かる剣呑な雰囲気。取り巻きのポケモンたちも、これからどうなってしまうのかと息を飲んで見守っている。

 

「フィア! フィア!」

 

 しかし、それをニンフィアが見過ごすはずがない。

 バトルがきっかけで取り返しのつかない仲違いをした経験は、今も彼女の心に暗い影を落としている。

 例え、どんなに些細な諍いでも止めなくてはならない―――半ば反射的に駆け出すも桃色の体躯であったが、それを遮って二体のポケモンが現れた。

 

「クワンヌ」

「ゴルバッ!」

「フィ!?」

 

 コスモスの手持ちであるルカリオとゴルバットが、ニンフィアの行く手を阻む。

 二体を前にして彼女は、何とか隙を窺って出し抜こうとするも、堅牢な守りを前にたたらを踏む。

 バトルを避けること、それ即ち力尽くでの強行突破の手段を取れないことと同義であった。

 

 あたふたと狼狽するニンフィアは、つぶらな瞳で二体に退いてもらうよう訴えかける。潤む瞳は、思わず退いてしまいかねない愛嬌に満ちているものの、冷徹さを保つルカリオが前に出た。

 すると、ニンフィアの頭にポフッと肉球が落ちる。

 ルカリオの掌だ。その優しい触れ方に、思わず彼女もルカリオを見上げる。

 

「ワフッ」

「フィ……」

 

―――見ていろ。

 

 そう言わんばかりの真っすぐな視線に射抜かれる。

 とうとうニンフィアは折れ、その場に留まることに決めたが、平静で居られていないのは火を見るよりも明らかだ。普段は悠々と揺れている触角も、今はそわそわと落ち着きなく右へ左へと揺れている。

 

 しかし、これでようやく主役が揃った。

 観客はただ一人―――ニンフィアのみ。

 そう、これは彼女に捧げる一世一代のバトルだった。

 

「いいですか、先生? 勝っても負けても……」

「うん。恨みっこなし」

「それでは……」

「バトルしようぜ……!」

「GO、ブビィ!」

「エレキッド、キミに決めた!」

 

 青空に澄み渡る声が閧の音だ。

 

「ブッビィー!」

「レッキャー!」

 

 木霊が返るよりも早く駆け出すブビィとエレキッド。

 拙い足取りではあるが、全力疾走で相手に肉迫する二体は、そのまま挨拶代わりに“たいあたり”を決めるや、攻撃の反動で大きく後ろへ飛びのいた。

 

「ブビィ、“ひのこ”!」

「エレキッド、“でんきショック”!」

 

 と、そこへ同じタイミングでトレーナーからの指示が飛ぶ。

 片やブビィは体を反らして息を吸い込み、片やエレキッドが両手の間に電気を収束させる。

 

 刹那、渾身の一撃が解き放たれた。

 赤熱の燐光を散らす“ひのこ”が。眩い程に爆ぜる“でんきショック”が。

 狙いは甘い。やはり、まだバトルに慣れていないからだろう。しかし、よもすれば命中する軌道を描いていた技は、ちょうど二体の間で激突して爆発が起こる。

 余波に煽られる二体は、よたよたと足下が覚束なくなったものの、寸前のところで踏みとどまったと思いきや、今一度相手目掛けて駆け出すではないか。

 

 まるで普段抑圧されていた闘争心を爆発させる戦いぶり。

 しかしながら、爽快感すら覚えさせる暴れっぷりに、観戦していたポケモンたちもみるみるうちに観客(ギャラリー)へと変貌していく。

 

 ある時は二体の戦いを讃え、ある時は奮起するよう煽り、ある時は惜しみない声援を送られる。

 

 それを目の当たりにし、ニンフィアは困惑していた。

 

―――どうして皆楽しそうにしているの?

 

―――喧嘩は止めなくちゃいけないのに。

 

―――なのに、なのに、なのに……。

 

 熱狂の坩堝と化す庭先の賑わいは、すぐ近くに広がる町の広場にも轟いていたようだ。

 気になって来た鳥ポケモンが木々の上から様子を窺う他、広場で遊んでいた子供たちも野次馬としてやって来た。

 

「わぁ、ポケモンバトルしてる!」

「ここって育て屋さんだよね? ああやってポケモン育ててるのかなぁ?」

「へぇ~! みんな、こんな風に育ててるんだぁ~! なんか楽しそぉ~!」

 

 白熱したバトルの模様に、集った子供の食い入るように観戦を始める。

 傍から見れば未熟もいいところの二体がバトルしているだけの光景。

 それでもこうして人とポケモンを興奮させるのは、互いに全力を尽くしてバトルしているからだろう。

 

 己の全てを曝け出す―――力も、技も、心も。

 だからこそ通じ合う―――努力も、技術も、想いも。

 

「……」

 

 ぽかんと口を開けるニンフィア。

 まさかブビィとエレキッドが、このようなバトルを演じるとは露ほども思っていなかったのだろう。

 しかし、それ以上に彼女の心を揺るがすものは、他にあった。

 

 瞳。二体が相手を捉える目に宿る意思が、余りにも色鮮やかに映っていたのだ。

 いがみ合うものでも、ましてや嫌悪するものでもない。

 互いの奮闘に悦びさえ抱くような―――それこそ好敵手に送る意思が瞳に宿っている。

 

 自分が止め続けていたら永遠に見られなかったはずの光景が、そこにはあった。

 

「“スピードスター”!」

「レキィ!!」

 

 流れ星と呼ぶには頼りない光が尾を引いて、ブビィへと疾走する。

 

「“はじけるほのお”で迎撃!」

「ブゥ~ビィ~!!」

 

 それを拡散する火の玉を解き放ったブビィが撃墜。

 辺りには飛び散る火の粉と爆散した星の煌きで明るく照らされた。そして、またもやポケモンたちがドッと沸き上がる。

 さながら一つの輪となって盛り上がるポケモンの姿に、ただ一人輪の外に放り出された気分のニンフィアは茫然と立ち尽くしていた。

 

「フィ……」

 

 信じたくない。いや、思い出したくないとでも言おうか。

 面を伏せ、蓋をしていた過去を思い出さぬよう努めるニンフィア。

 だが、そんな彼女の背中を撫でる感触が奔った。

 

 弾かれるよう振り向けば、優しい笑みを湛えたルカリオがジッと彼女を見据えていた。

 

―――大丈夫だ。全部分かっている。だから安心しろ。

 

 ルカリオの掌から迸る波動が、ニンフィアの体へと伝わる。

 優しい波動だ。まるで揺り籠に揺られているかのような安心感が心を満たす。

 “いやしのはどう”―――本来の用途とは違うものの、トラウマが脳裏を過ってパニックに陥りかけていた彼女を安らげるには十分な効果を発揮したようだ。

 そうしたルカリオの助けも入り、何とかバトルへと目を向けられるようになるニンフィア。

 

 認めたくない現実を直視する勇気が生まれる。寄り添われている今……それも、ほんのちょっぴりではあったが、先に進むにはとても大きな一歩。

 

 それを今、彼女は踏み出した。

 

 同時に、ブビィとエレキッドの二体も大きく一歩踏み出す。

 振りぬく拳を相手の顔面に叩き込む。

 すれば、エレキッドの頬からは爆炎が。ブビィの頬からは電撃が爆ぜる。

 “ほのおのパンチ”と“かみなりパンチ”。ついこの間までの二体には使える気配など微塵もなかった技である。

 

 それを最後の一撃として繰り出した二体であったが、数秒硬直した後、グラリと脱力するように後ろに倒れ込んだ。

 ダブルノックアウト。つまり、引き分けだ。

 全身全霊を賭した初めてのポケモンバトルとしては上々の結果。周りのポケモンからも惜しみない拍手と声援が送られる。

 

 それらを力に変えて何とか立ち上がった二体であるが、ふと目の前の相手にガンを飛ばす。

 これはイケない! とニンフィアが飛び出そうとした、その瞬間、満面の笑顔を咲かせる彼らは固い握手を交わした。

 先ほどまで殴るために握っていた拳。それを握手するために解いたのだ。

 てっきり喧嘩が勃発すると懸念したニンフィアは、懸念であったかと疲れた面持ちを浮かべてへたり込む。

 

 が、その時だった。

 

「おや?」

「これって……」

 

 呆気にとられた声を漏らすコスモスとレッド。

 そんな彼らが目の当たりにしていたのは神秘の光だった。

 握手を交わすブビィとエレキッドの体を包み込む神々しい光は、みるみるうちに彼らの体を覆いつくしていく。

 やがて光は膨れ上がり、カッと閃くように花開いた。

 開けた視界の中央。そこに佇んでいたのは、新たな姿へと変貌した二体のポケモンである。

 

「ブーバーとエレブーに……」

「進化したんだね。よかったよかった」

 

 ブビィがブーバーに。エレキッドがエレブーに。

 共に精悍な顔つきとなった彼らは、新たなる力の目覚めを祝福する声を浴び、恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 その一部始終を目の当たりにしていたニンフィアはと言えば、

 

「フィ……フィア!」

 

 大粒を涙を零し、二体に抱き着いたのだった。

 

「フィア~! フィア~!」

「ブ、ブバァ……!」

「レブー……!」

 

 触角で頭を撫でまわされる二体は、今まで以上に恥ずかしそうな―――それでいて嬉しそうな顔を浮かべていた。

 まるで母親に褒められる子供のような光景に、レッドもまた死んでいる表情筋を用いて口角を吊り上げる。

 

「進化は、何もトレーナーとポケモンの間にだけで起こる現象じゃないってことだね……」

「二体のニンフィアへの想いが進化に至らせた……と。流石は先生です。私もそこまでは見越していませんでした」

「いや、俺も進化するとまでは……」

「全てはピカチュウを有志に集わせた時から始まっていたとは……私もまだまだ勉強が足りませんね」

「いや、違うからね。あの……いや、うん。後でいいや」

 

 コスモスの当初の予定としては、必要以上にニンフィアに喧嘩(バトル)を禁止され、鬱憤が溜まっている二体を戦わせた後に仲直りさせるというもの。そうすれば彼女の固定観念も覆るという算段であった。

 しかし、結果から見れば成功を超える大成功。

 ブビィとエレキッドがバトルを経て友情を築き、その上でニンフィアへの一途な想いを爆発させるように進化してみせたのだ。

 事実は小説よりも奇と言うが、奇跡は今、目の前で起こった。

 

 コスモスにとっては嬉しい誤算。

 同時に自分なりに考えた作戦もひと段落だった。

 

「さて……ニンフィア」

「フィ?」

「これでもまだ、バトルは苦手?」

 

 ニンフィアと目線を合わせるように屈んだコスモスが問いかける。

 バトルが相手を傷つけるだけではない―――絆を固めるものだと示してみせた。尚も彼女が苦手意識を持ったままであれば連れて行くことは難しいが、だからこそ最終確認を取るように語を継ぐ。

 

「ニンフィアに進化したなら分かるはず。貴方はトレーナーのことが大好きだった……違う?」

「……」

「それにポケモンリーグの中継を見てたって育て屋のご主人に聞いた。ポケモンバトルの祭典……ねえ、ニンフィア。貴方はまだここに居る?」

「フィ……?」

 

 不思議そうな面持ちを浮かべるニンフィア。

 そんな彼女を覗き込んだコスモスは、いたずらっ子のような笑みを湛えてみせる。

 

「ポケモンリーグは全国中継。なら、貴方がポケモンリーグに出たら、テレビ越しに()()()()()()()かもよ?」

「!」

「それじゃあここからが提案。このままずっと育て屋で燻っているか、全国の注目を集める場で輝いてみせるか。選ぶのは二つに一つ」

「……」

「何も私の手持ちになれとは言わない。ただ、貴方のトレーナーが見つかるまでの協力関係。どう? 貴方は将来トレーナーと一緒に来るかもしれないポケモンリーグの予習もできる……悪くない話だと思うよ」

 

 徐に差し伸べられる手。

 対して、ニンフィアは葛藤を内に抱いたまま、恐る恐ると触角で手を握り返した。ゆっくりと絡められた触手からは、相手を落ち着かせる波動が微々と放たれている。

 ニンフィアが触角を絡めるケースは三通り。

 一つ目は、気持ちを和らげる波動を送り込んで戦いをやめさせるため。

 二つ目は、上記の波動で獲物を油断させるため。

 最後に、触覚を絡めさせることでトレーナーの気持ちを推し量るためだ。

 今、ニンフィアはコスモスの気持ちを触角越しに感じ取っていた。並々ならぬ野望を叶えんとひたむきに努力する―――これはやる気だ。

 まさしく以前自分を連れていたトレーナーと同類の気持ちを感じ取ったニンフィアは、腹をくくったと言わんばかりに面を上げる。

 

 瞬間、交差する二人の視線。

 

「交渉成立?」

「フィア!」

 

 長い葛藤の末、コスモスに付いて行くと決めたニンフィアは、やる気に満ちた声を上げる。

 その様子にレッドや、長年付き合ってきたガルーラも優しい笑みを湛えて見つめていた。鬱屈としていた影が払われたニンフィアの表情は実に清々しい。

 そのような彼女の様子に、育て屋から離れてしまうのだと察し抗議の声を上げていたポケモンも押し黙った。

 彼らは結局、ニンフィアのことが大好きな面々だ。居てくれるのであれば寄り添い、彼女自身の意思で発つというならば素直に送り届ける。そうした考えは奇しくもニンフィアが彼らに抱く“家族”という感覚に近かったと言えよう。

 

 

 

 さぁ、旅立ちの時が来た。

 

 

 

 ***

 

 

 

「まさか本当に連れていけるとは思わなんだ……お嬢さんも中々のやり手のようですねぇ」

「お褒めの言葉として受け取っておきます」

「そう言わずとも、褒めておりますよ」

 

 育て屋の店主・タケは、ニンフィアと並んで立っているコスモスを一瞥に、心底嬉しそうな色を瞳に滲ませていた。

 

「もう……いいのかい?」

「フィア!」

「そうかい……それなら行っておいで」

 

 目尻からはらりと一筋の雫が零れ落ちる。

 一人置いてけぼりにされ、延々と主人の帰りを待ち続ける日々を目の当たりにしてきた彼にとっては、こうして自ら先へ進む姿を見られるだけで満足だった。まさしく感涙せざるを得ない光景。

 

 一方、ホッと安堵の息を漏らすタケの周りでは、預けられたポケモンたちがニンフィアとの別れを惜しむような挙動を見せていた。

 特に彼女への想いから進化にまで至ったブーバーとエレブーに至っては、いかつい顔に似合わぬ泣き顔を披露している。

 タケに宥められ、何とか号泣から男泣きまでに収まるものの、しばらくは別れの余韻が後に引きそうだ。

 

「ふぅ……あまり長居すると名残惜しくなりそうですね」

「お気遣いありがとうございますねぇ」

「それでは行きましょう、先生」

「うん、そうだね」

「今後とも、育て屋を利用する際はうちにご贔屓を……」

 

 最後に商魂逞しい宣伝を告げたタケに見送られ、コスモスとレッドの二人は、新たな仲間であるニンフィアを加えて足並みを揃える。

 

「目下の目標はオキノジム攻略……ジムリーダー・リックの撃破です」

「シャチョーさんとのバトルだね……」

「資本力がバトルの腕の決定的差ではないことを知らしめに参りましょうか」

「そこまでは言ってないけれども」

 

「フィア~♪」

 

 歩むコスモスの腕に触角を絡めるニンフィア。

 彼女らの行く先は、新たな門出を祝うかの如く燦燦と降りしきる日光に照らされているのだった。

 


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