コスモス「ジュンサーさーん!!!」(変質者が現れたの意)
レッド「ジュンサーさーん!!!」(道が分からなくなったの意)
時はちょっぴり遡る。
「先生が居なくなりましたね」
「本当にごめんなさい!」
探しに行ってきます! と涙目ながらにリーキが飛び出ていったのも数分前。
ただ待つのも時間の無駄だと思い至ったコスモスは、意気揚々とジムへと足を踏み入れた。
すると入口には、キョウダンジム同様アドバイザーの男が待ち構えていた。
口頭一番放たれる言葉は勿論、
「おーす! 未来のチャンピオン!」
「早速進行をお願いします」
「ここはオキノジム! じめんタイプのエキスパート、リックがジムリーダーを務める場所だ!」
「進行をお願いします」
「リックは実業家としても優秀でな、それもあってか堅実な戦い方が」
「進行を」
「うん、ちょっと待ってね」
コスモスの押しに負けたアドバイザーが解説の役目を捨ててジムの説明に移る。
「キョウダンジムを攻略したなら、ジムの中での仕掛けを体験しただろう! 実は」
「ここでも仕掛けがあると」
「話が早いね、君。───その通りさ!」
涙目ながらにアドバイザーが指さす先は、ビルの中層階から飛び出した展望デッキに創られたバトルコートであった。
「このジムでは一戦ごとにバトルコートの性質が変化する仕様になっているのさ!」
「……草原や岩場、水場といった具合に?」
「チッチッチ! 惜しいね。確かにうちの社長はリーグ建設にも携わったが、スタンダードなフィールドじゃないんだな、これが!」
ようやく説明できるターンが回ってきたと、あからさまにアドバイザーの声音が弾む。
ポケモンリーグのような大規模な場所では、バトルコートごと入れ替えるといった設備が存在する。
しかしながら、アドバイザーの言葉を聞く限り、単純な環境が変化すると言った訳でもないらしい。
「───となれば、天候や場の状態が変化すると?」
「! ……なるほどね、相当知識はあるみたいだ。確かに他のジムでは天候をコンセプトにしているところもあるけれど、うちは
あれを見てくれ、とアドバイザーがモニターを指し示す。
一つのジムにしては規模感の大きい観客席のど真ん中に堂々と鎮座するモニターには、何やら黄、緑、ピンク、紫と四つの色がついたルーレットが映し出されていた。
「オキノジムではバトルが始まる前に、場の状態を四つの内から一つをルーレットで決定する! 黄がエレキフィールド、緑がグラスフィールド、ピンクがミストフィールド、紫がサイコフィールドといった具合だね」
「ルーレットは自動ですか?」
「ああ。だが、場の状態が決まってからポケモンを選出するまでの時間は確保するよ。きちんと考えてから選ぶといいぞ!」
一通りの説明を受けてから、コスモスはフムと唸る。
場の状態とは地面に立っているポケモンに一定の効果を与える状況を指す。エレキフィールドが展開されていればねむり状態にならないし、グラスフィールドが展開されていれば時間が経つにつれて体力が回復する。
ポケモンと技次第ではメリットにもデメリットにもなりえる訳だから、バトルメンバーの選出は慎重に行わなければならない。
メリットを利用するか、デメリットを避けるべく浮いているポケモンを選ぶか───。
「とりあえず、小手調べといきますか」
ジムリーダーと戦うにはジムトレーナーを四人倒す必要がある。
ルールは二体選出のシングルバトル。ポケモンの入れ替えは挑戦者のみ認められている。場の状態以外についてはごく一般的なルールと言えよう。
実を言えば、コスモス自身は場の状態を利用した戦法をとった経験はない。あくまで知識として蓄えている程度だ。
今回のジム戦にあたっては、その知識をどこまで引き出せるかが分水嶺となろう。
「───それでは
刹那、コート横に待機していたタネボーが種を射出し、場にグラスフィールドを展開する。
(“グラスフィールド”の効果は体力の回復、くさタイプの技の威力上昇、そして一部のじめんタイプの技の威力減少……)
相手のジムトレーナーが出してきたポケモンはディグダ。
頭からちょこんと毛が生えている点を見る限り、通常種から変化したアローラ地方に生息するリージョンフォームと呼ばれる個体であろう。
となれば、タイプはじめんとはがね。
対してコスモスの手持ちは三体。場の状態の効果を受けるルカリオとニンフィア、そして飛んでいて影響を受けないゴルバットだ。
(と、なれば)
───単純なタイプ相性も、場の状態が変化しているならば無視できる。
「GO、ルカリオ」
「第一試合───始め!」
この試練の行方は、大地に揺るがされるだろう。
***
こうしてコスモスがジム戦を進めている間にレッドはジムに辿り着いた。
それも国際警察を名乗る自称・ハンサムという男に。
まあ、顔の良しあしはさておき。
ジムに案内されたのは僥倖であった。きっと、日頃の行いのお陰だろうとポジティブに捉える。どの行いかは見当がつかないが。
しかし、問題はそれからだった。
(なんか、よく分からない話をされている気がする)
出会ってから延々と難しい話をされている所為で、全然観戦に集中できない。
上手く話を飲み込めない為に暫く沈黙を貫いていたものの、自称・ハンサムはこちらが理解したかのように捉え、あまつさえ話を進めていくではないか。
ロケット団───確かに昔、そう名乗る組織にポケモンバトルを繰り広げた記憶はあるが、今の自分には関係のない話だ。
このまま聞き流そう、そうだそうしよう。
……と考えたはいいものの、
「ロケットチルドレンという呼び名からも分かる通り、彼女はロケット団の一員だった訳ですが」
(それは知りませんでした)
「実態を言えば組織の洗脳教育を施された罪のない子供に他なりません」
(それも知りませんでした)
「組織が壊滅し保護されてからは、社会復帰ができるよう施設に入れられておりましたが───」
おいおい、この警察ポンポン個人情報暴露してやがるぜ。
そう心の中で気取ったツッコミを入れてしまうくらい、自称・ハンサムはコスモスの身の上話を続ける。頭の上に乗っかっているピカチュウも呆れ顔だ。
「───と、今やバトルの才能を生かせる道に進んでいる彼女ですが、その才能に目を付けたロケット団が彼女を引き戻そうとする可能性は否めないでしょう」
神妙な自称・ハンサム顔がレッドの方を向く。
「キョウダンでの一件は記憶に新しいでしょう。逮捕された人間こそどこにでも居るチンピラでしたが、無関係な犯罪者を利用する……ロケット団がよく使う手口です。つまり、図らずもコスモスくんとロケット団は接触してしまったと見るべきだ」
「……」
「しかし、結果としてはご存じの通り彼女は逮捕に貢献した。年端もいかない少女が犯罪者相手に、です」
聞こえはいい美談を口にしつつも、その表情は一層険しくなる。
「一部の人間はこう言っております───『かつてのレッドくんを見ているようだ』と。ですが、だからこそ危うい」
バトルコートでは、ジムリーダーとのバトルを懸けた最後の一戦が始まっていた。
繰り出すポケモンはコスモスがゴルバット、ジムトレーナーがビブラーバだ。空気の刃や青色の息吹が交差する熾烈な空中戦が繰り広げられている。
すると、“ちょうおんぱ”でゴルバットを混乱状態に陥れたビブラーバが、殺気の如き威圧感を放ちながら、相手目掛けて突撃する。
「私は……彼女がかつてロケット団だった過去を償う為に、この地方を訪れたと考えているのです。誰に告げるでもなくこの地方に来ていた
ビシッ! と語気を強めた自称・ハンサムが指を差してくる。ピカチュウが無邪気に掴もうと手を伸ばすが、レッドはそれを掴んで止めさせた。
「無論、我々も目を光らせるつもりですが限界もある。君もロケット団には並々ならぬ思いがあることは承知している……ですが、どうか彼女を───」
「───関係、ない」
「!」
ようやく開かれた口に、頭を下げようとしていた男の瞳が見開かれる。
その瞳には、変わらずコートで繰り広げられているバトルを見据える一人のポケモントレーナーの姿が映っていた。
直後、バトルコートで爆発音が轟く。
何事かと振り返れば、ビブラーバの“ドラゴンダイブ”を交代して出てきたルカリオが受け止めたところであった。
ドラゴンタイプの大技である“ドラゴンダイブ”も、場に満ちる霧───ミストフィールドの効果で威力が減退している。
そこを真正面から受け止めたルカリオは、相手が逃げないようしっかりと組み伏せ、返しの“はどうだん”を叩き込んだ。
これにはビブラーバも堪らず、一度弧を描いて宙を舞った後、体勢を整える間もなく沈んだ。
「勝者、
「うおお、すごいぞあの子! 一体も瀕死にせずに勝ち進んだ!」
「ひょっとして、このままジムリーダーも……!?」
「馬鹿言え! 社長がそうそう負けるか!」
「だけど、見ごたえのあるバトルにはなりそうね」
高らかに告げられる勝者に名に、観客は湧き上がっていた。
誰も彼女へ偏見や嫌悪の感情を乗せた視線を送らない、皆無だ。
───
そう言わんばかりに、彼は純粋にバトルに臨むトレーナーとポケモンを観る者に努めていた。コスモスという次世代のポケモントレーナーを心の底から信頼する姿を目の当たりにし、ハンサムは自身の懸念がいかに浅薄で無粋であったかを思い知る。
「……成程、どうやら私は出過ぎた真似をしてしまったようだ。確かに
「……
「君がそこまで言うのなら心配は要らないということでしょうな」
さて、と腰を上げるハンサムは先ほどまでと打って変わって清々しい面持ちを湛えていた。
「ロケット団は引き続き、我々警察が足取りを追います。くれぐれも君達も無理はしないように」
「そのつもりです」
「それでは」
綺麗な敬礼を最後に、その背中は遠くへと消えていった。
遠ざかる足音が聞こえなくなってから、レッドは深々と息を吐く。謎に満ち満ちていた場の緊張感もようやくなくなったと、体はぐにゃりと脱力する。その様はさながらメタモンのようだ。重力に引かれるがまま、彼の体は座席に吸い寄せられていた。
「つかれた」
延々と小難しい話を聞かせられ、レッドは疲労困憊だ。
聞いた内容をまとめようにも、話半分に聞いていた所為で要点しか把握できていない。
(えーっと……コスモスは元々ロケット団に居たけど、ロケット団をやっつけて───)
ピカっと頭上に10まんボルトが閃く。
別にピカチュウが放った訳ではない。
血糖値が不足していそうな顔のレッドは、小難しい話で糖分を消費した脳味噌である一つの答えを導き出したのだ。
かつて悪の組織に肉体を改造されながらも、正義の心に目覚め、相棒と共に敵と戦う特撮ヒーローものがカントーにはある。
その名も───ポケモン仮面。
レッドからしてみれば正義のヒーローであり、そんなヒーローと同じ境遇で戦っているとするならば、答えは単純であった。
「すごくいい子じゃん」
正解は真逆も真逆。
だが、このすれ違いを正せる者はこの場に存在しなかった。
「あっ、ここに居た~!」
現実にもそんな境遇の人間が居るんだなぁ、と感動していれば、ドタドタと焦った足音が近づいてきた。
「あ」
「急に居なくなっちゃったんで探しましたよぉ~」
「ごめん」
それは今の今までレッドを捜索しに向かっていたリーキだ。
額に汗を浮かべて肩で息をしているところを見るに、相当走り回ったに違いない。迷子になった自覚のあるレッドは電光石火の如き速さで頭を下げる。
普段の緩慢な口調からは想像できない素早さに有無も言えなくなったリーキは、アハハと乾いた笑いを漏らし、コートへ視線を移す。
「何はともあれ、これでコスモスさんのジム戦が観られますね!」
「うん。ワクワクする」
「私もです! いつもはパパを応援してるんですけれど……うーん、コスモスさんにも勝ってもらいたい~!」
悩みます! とリーキが身悶える間に、バトルコートの整備は恙なく終了する。
すれば、これまでジムトレーナーが現れた通路の奥から、反響するような靴音が響いてきた。
コツーン、コツーン。
高そうな革靴が鳴らす音だ、と言うといやらしいだろうか。
しかし、漂ってくる威容だけは確かだった。一歩、また一歩と近づいてくる度に覚える重厚感は、歩み寄る男の有様をまざまざと見せつけるようだった。
そして───とうとう現れる。
ポケモンリーグの玉座を守る柱の一柱が。
「───待っていたよ、コスモスちゃん。思っていたよりも随分と早かったな」
オキノジムリーダー、リック。
人呼んで『揺らがぬ地面の大黒柱』。
相対するコスモスはと言えば、普段と変わらぬ平静を保ったまま、淡々と受け答えてみせる。
「何事も早いに越したことはありませんから」
「はっはっは! 確かにそうかもしれないな。けど、バトルも人生も功を急いては上手くいかない場合もある」
「どうでしょう───私に限っては」
「そいつを教えるのが───オレの役目と言う訳さ」
ボールを構え、一拍。
コスモスがモンスターボールを握るのに対し、リックはハイパーボールを握っている。
ボールから放たれる威圧感は錯覚か、それとも───。
「さて……カワイイ娘と社員の前だ。大人げない大人の戦い方って奴を教えてあげようか」
「……望むところです」
Tips:オキノジム
オキノタウン一の高さを誇るオキノ総合建設会社のオフィスビル内に存在するポケモンジム。中層階より山腹側へ飛び出る構造をしており、観客席にはよく休憩中の社員が集まってはジム戦を観ている。一番の特徴は場の状態を四種類……グラスフィールド、エレキフィールド、ミストフィールド、サイコフィールドへ変更する設備であり、バトル開始直前にはルーレットによりどの状態で始まるかが決定される。これはジムリーダー・リックの意向であり、ポケモンバトル初心者に対して場の状態について学ぶいい機会になればとの理由がある。