愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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◓前回のあらすじ

マッギョ「マッギョ」



№020:疲れた頭には甘い物

 

 

 マッギョ。

 

 

 

 

 

 トラップポケモンとも呼ばれるこのポケモンは非常に高い擬態能力を有している。

 仮にうっかり水辺でマッギョを踏んでしまえば、たちまちに迸る電撃が襲い掛かり、抵抗する間もなく感電してしまうことだろう。

 

 しかし、そんな恐ろしい生態とは裏腹に表情は不気味なまでにのっぺりとしている。一部のトレーナーからは『そこがカワイイところ』『いわゆるブサカワ』『マッギョは神』と、カルト的な人気を博していたりなかったり───。

 

(でも特別強いポケモンじゃないはず)

 

 コスモスは自身の記憶を漁る。

 “トラップ”と分類される以上、マッギョが得意とするのは待ちの戦法───言い換えれば持久戦であり、自分からガンガン攻めていくようなポケモンではない。とてもではないが、ここからニンフィアとルカリオを相手取れるポケモンとは言い難いというのがコスモスの評価だ。

 

(それにしても姿が違うけれど……リージョンフォーム?)

 

 唯一懸念点があるとすれば姿の差異。

 通常、マッギョは地面に溶け込む黄色と茶色を基調とした体色をしているが、目の前に佇んでいる個体はその限りでない。

 むしろ、地面の上ではくっきりと際立つ銀色や鼠色に近い体色だった。

 となれば、リージョンフォームの可能性が視野に入る。環境次第で大きな進化を遂げるポケモンは、時にタイプや特性も大幅に異なる以上、目の前のマッギョも自分の見知るマッギョと違う可能性は大いにあり得るだろう。

 

「どうした、来ないのかい?」

「……」

「……ふふっ、様子見ってところか。勝ちを急いて安易に攻めないのは利口だ。いや、この場合理性的って言うべきかな? キミの様子を見る限り、()()()()()()()()()()()()()()

 

 見透かされた。

 おくびにこそ出さないが、リックに内心を悟られた点はよろしくない。

 

───攻守が裏返る。

 

「知らない相手には冷静に分析から入る……いいトレーナーとしては不可欠な要素だ。だが、知らなかったで許されるほど勝負の世界は甘くないぞ!」

 

 来ないならこっちからだ! とリックが吼える。

 

「マッギョ、“すなあらし”だ!」

「……、っ!」

 

 何の変哲もない砂嵐が再び巻き起こる。

 次の瞬間だ。マッギョの姿が()()()

 

 通常の体色ならばともかく、グラスフィールドも展開されたバトルコートの上で忽然と姿を消したポケモンに観客席はざわめいている。

 

「なに、あれ!? マッギョが見えなくなっちゃった!」

「いや、あそこに居るよ」

「えっ、どこですか?」

「ほら、あそこ」

「あそこってどの辺ですか?」

「あそこだよ、ほら。あの……右らへんの……」

 

「……」

 

 と、レッドとリーキがやり取りに聞き耳を立てたところで砂嵐が吹き荒れる中で聞こえる筈もない。

 

(『すながくれ』? それにしてはマッギョの挙動が見えなかった。いったいどういう……)

 

 思い当たる特性を状況に当てはめるも、しっくりとした答えは出てこない。

 まるで景色と同化したかのように消え、ニンフィアも驚きを隠せない様子で周囲を見回しているも、トレーナー共々不可視のマッギョを見つけるには至らない。

 

 仕方ない、とコスモスは溜め息を呑み込みながら叫ぶ。

 

「───ニンフィア、“マジカルリーフ”!」

「フィー!」

 

 相手を追跡する必中の木葉が、場に潜むマッギョを射抜かんと奔る。

 見えないならば、炙りだすまでだ。

 

 弧を描く刃が風を切る音を響かせる。

 

 すれば、間もなく“マジカルリーフ”は標的が潜む地面へと押し寄せた───ニンフィアの下へ。

 

「フィア!?」

()()! 避けて!」

「気づくのが一足遅いぞッ! “トラバサミ”で逃がすな!」

 

 ハッとしたコスモスが叫ぶも、リックの言う通りマッギョの攻撃の方が早かった。

 飛び跳ねようとするニンフィアの脚をマッギョが挟み込む。続けて、本来相手を狙っていたはずの木葉の群れが、標的の射線上に居たニンフィアに命中する。

 同時に二発の攻撃を食らい、目に見えてニンフィアが苦しい表情を浮かべた。

 

「振りほどけ!」

「マッギョの拘束力を舐めてもらっちゃ困る! そのまま食らいつけ!」

「ッ……、“あまえる”!」

 

 振りほどけないと察するや、コスモスはマッギョの攻撃力を下げる方針に移る。

 苦痛に耐えながらも“あまえる”ニンフィアに拘束が僅かに緩むものの、抜け出すには至らない。

 

「“マジカルリーフ”を叩き込め!」

「少しでも削りを入れようったって、そうは行かん!」

「!」

「“あくび”だァ!」

 

 至近距離からの“マジカルリーフ”を叩き込むニンフィアであるが、少しも怯んだ様子を見せないマッギョがお返しにと“あくび”を浴びせてきた。

 

 瞳はとろんとなり、瞼も半分ほど下りてきている。

 入眠まで時間は残されていない。指示を出す猶予は、精々あと技一つを繰り出す程度だ。

 

(潮時か)

 

 満を持したかのような面持ちのコスモスは、砂嵐の中でもはっきりと伝わるようにあらんばかりの声を張り上げた。

 

「───“ミストフィールド”!!」

「なにッ!?」

 

 刹那、草が生い茂っていたフィールドが塗り替えられる。

 砂嵐で視認し辛いものの、ほんのりと桃色がかった霧をリックは見逃さない。

 

 同時に今にも睡魔に負けそうであったニンフィアも刮目し、食らいついているマッギョを睨み返す。完全に眠気は消え去った瞳は力強い光を宿している。

 その切り返しを目の当たりにしたリックはと言えば、白い歯を覗かせる好戦的な笑みを浮かべていた。

 

(グラス)を上書きにするとは……大したモンだ! そいつもオレ対策って訳かい!?」

「聞こえません」

 

───マジカルリーフ

 

 三度、必中の刃がマッギョに突き立てられる。

 

「ふっ……娘と同じ年頃の女の子に無視されるのは堪えるな。だが、一つ聞いていくといい」

 

 直後、身体を撓らせたマッギョが地面を叩く。

 それは合図。眠りに落ちていた大地が呼び起こされる。

 

───じしん

 

「ニンフィア!」

「フィールドを上書きするってことは、オレのポケモンの得意技を食らうってことさ」

「くっ」

 

 グラグラと地面を揺らす衝撃がニンフィアを襲う。

 じめんタイプの代名詞とも言える技───“じしん”はグラスフィールドの枷を外され、最大限の威力を発揮していた。

 

 直撃を食らうニンフィア。その体はグラリと大きく揺れる。

 コスモスの声により寸前で立て直すものの、今度は体力の面で猶予がなくなってきた。

 

(……予想はできていた。残る問題は───)

 

 集中する。

 周囲の不必要な情報を切り捨て、全ての思考力を目の前のバトルへと注ぎ込む。

 

 集中する。

 一瞬が延びていくような感覚。

 

 集中する。

 緩やかに流れていく世界の中、持ちえる情報を整理する。

 

(なんで突然マッギョの姿が消えた? 『すながくれ』にしては素振りがなかった。“マジカルリーフ”の通りも悪い。じめんと何の複合タイプだ? くさ? はがね? ほのおとひこう、それにむしはありえない。くさか? 色見的には一番可能性が高いけれど───)

 

 熟考に重ねる熟考。

 脳内をグルグルとめぐる思考により、急速にエネルギーを消費する頭が痛み始める。が、そんなことは二の次だ。

 

(最初の攻撃とさっきの攻撃でマッギョの反応が違う。───()()()()()()?)

 

 “すなあらし”による天候変更───違う。

 “あまえる”による攻撃力低下───違う。

 “ミストフィールド”への変化───これだろうか。

 

「仮にそうだとすれば……」

「マッギョ、“じしん”でトドメだ!」

「ニンフィア、“チャームボイス”!」

 

 轟く地震。

 響く咆哮。

 

 両者の攻撃は地を、そして空を駆け抜けていく、互いの身体を衝撃で貫く。

 その結果、鳴動する地面に桃色の体が打ち上げられた。弧を描く体は地面に打ち付けられ、起きることはなかった。

 

「フィ……ィ……」

「ニンフィア、戦闘不能!」

「おつかれさま」

 

 労いの言葉をかけながら、コスモスは瀕死のニンフィアをボールに戻す。

 その表情は同年代のトレーナーと比べると、変化に乏しく、ともすれば冷淡にも見られかねないものだ。

 

 しかし、

 

「最高の仕事をしてくれた」

 

 今のコスモスに外野の視線など、眼中にない。

 

「これで勝つ。───GO、ルカリオ」

「ガァウ!」

 

 ニンフィアの活躍に報いるべく、闘志に奮い立つルカリオが吼えた。

 ビリビリと空気が震える。肌がひり付く感覚にリックの口角も思わず吊り上がった。

 

「真打登場だな。だが、オレのやることは変わらんさ。焦らず揺るがず……勝ちを掴みに地道を行く! マッギョ!」

「ルカリオ!」

「“じしん”だ!」

「跳べ!」

 

 まるで“じしん”が来ることを分かっていたかのようなタイミングで指示を出すコスモス。ルカリオもまたその指示が来ると分かっていたと言わんばかりの速さで跳び上がった。

 

 見事に攻撃を空かされるも、リックに動揺はない。

 

「着地を狙って“じしん”だ!」

「“ステルスロック”を飛び移れ! “はどうだん”で反撃!」

「ほう、面白いな! だったらこっちは“ステルスロック”を盾にしろ!」

 

 一歩間違えれば自分の身を傷つける岩に臆することなく飛び移るルカリオは、地面にとけこんでいるマッギョを波動で探知し、掌に収束したエネルギー弾を解き放つ。

 本来、必中に等しい命中精度を誇る“はどうだん”だが、必ずしも標的に当たるとはニンフィアの一幕からも分かる通りだ。

 景色にとけこむステルスに徹するマッギョは、それでも追跡してくるルカリオの攻撃を撒かんと遮蔽物として“ステルスロック”を利用する。

 

 跳躍。攻撃。防御。跳躍。攻撃。防御───幾度となく繰り返される展開の中でも、ルカリオはコスモスの緻密を指示に従い、些細な変化にも臨機応変に対応している。

 

(以心伝心だな。はどうポケモンと言われるだけはある)

 

 ルカリオの能力は広く知られている。シンオウ地方チャンピオンの手持ちとだけあって、その獅子奮迅たる活躍ぶりはバトルを齧っている者ならばほとんどが目にしている程に、だ。

 その種の顕著な能力は、他者の感情を“波動”によって感じる点にある。

 鍛えれば口に出すまでもなくトレーナーの意思を読み取り行動するように、ルカリオの動きは出だしが早い。

 

(どこかの地方にゃルカリオ以外のポケモンにも、テレパシーで指示を出すトレーナーも居ると聞いたが……彼女はそういった類じゃなさそうだ)

 

 仮にテレパシーで意思疎通を図れるとしたら、それはカントーやイッシュのポケモンリーグに在籍する超能力者に並ぶ才能がある訳だが、コスモスはそういった超人には含まれない。

 

 ただひたすらに優秀である。

 天才ではないが、秀才な───それも“超”がつく───トレーナーだ。

 

 世の中に散在する運命染みた超感覚で勝利の糸を手繰り寄せるタイプではない。

 度重なるバトル経験と蓄えられた膨大な知識により積み上げられた地力があるタイプだ。

 

 世間は二種類の才人を区別せず『天才』と呼ぶが、そこには天と地ほどの違いがあるということを彼らは知らない。

 

 つまり、どういうことかと言えば───。

 

「キミって子はオレ好みのトレーナーだ! トレーナーとしての経験に()()があるッ!」

「それはどうも」

「だが、キミが良くてもルカリオはどうだ!? だんだんと()()()()()()()()!」

「……」

 

 リックの指摘にコスモスの眉尻がほんの少し吊り上がった。

 浮遊する岩を次々に飛び移るルカリオに目を向ければ、荒い息遣いをしている様子が目に入る。

 

 わざわざ触れなくてもよい鋭い岩に触れ続けたのだ。いかにルカリオと言えど無傷で居られる由もない。

 “じしん”の直撃を食らうよりも小さなダメージで済んではいたが、塵も積もれば山となる。

 

 蓄積したダメージにより、それだけ勝敗の天秤はリックの方へと傾き始めていた。

 

 加えて“じしん”から免れる為の“ステルスロック”の数も減っている。

 それは同時にマッギョが“はどうだん”から逃れる術が減っていることを意味するが、決してリックは焦っていない。

 

(必ずマッギョは一発耐える! それから“じしん”を当てれば、形勢はオレに傾く!)

 

 リックには確信があった。

 相棒が相手の攻撃を耐える未来、それを見据えている。

 

 そして、間もなく訪れるであろう未来の分岐点があるとすれば───。

 

 

 

(いわ)がなくなった瞬間だッ!)

 

 

 

 最後の“ステルスロック”がマッギョの“トラバサミ”によって噛み砕かれ、浮力を失い地に沈む。

 

 直前に跳躍したルカリオは、未だ景色にとけこんでいるマッギョに狙いを澄ませ、両手の間にエネルギーを収束させる。

 

(撃ってこい、“はどうだん”を!!)

 

 みるみるうちに球形に圧縮される光弾から鮮烈な光が溢れる。

 

 強い輝きだ。砂嵐の中でも力の収斂がはっきりと分かるようだった。

 極限まで光が極まった時、ここぞとばかりにコスモスの瞳が見開かれる。

 

「───ルカリオ、今!!」

 

 ()()()に瞬くエネルギーは、一条の光線となって甲高い雄たけびを上げた。

 

「“ラスターカノン”!!」

「な……にィ!?」

 

 それはかくとうタイプの“はどうだん”ではなく、はがねタイプの“ラスターカノン”だった。

 研ぎ澄まされた鋼の一矢は、一直線にマッギョを目指す。

 

「避けろ、マッ───」

「ガァアアア!!」

「ギョマー!?」

 

 リックの指示を掻き消す猛々しい咆哮と野太い悲鳴。

 続けて地面を削りゆく“ラスターカノン”の轟音が砂嵐に大穴を穿ち、果てには射線上にあった大岩まで突き進む。

 そこにぶつかることで阻まれた光線の爬行であるが、マッギョはそこに囚われたまま。

 

 間もなく光線が細まって消える。

 すれば、大岩に張り付いたマッギョの平べったい身体が、吹き抜ける弱弱しい風に煽られて地面に落ちた。

 目はグルグルと回っており、とても戦える状態ではなくなっている。

 誰が見ても勝敗は明らか───。

 

「あちゃあ……ハハッ、やっぱり大したモンだッ!」

「───マッギョ、戦闘不能! よって勝者、挑戦者コスモス!」

 

 審判が勝者の名を叫べば、水を打ったように静まり返っていた観客席が沸き立った。

 特にリーキの喜びようは凄まじく、隣で目を伏せていたレッドに抱き着き揺さぶるほどだ。

 

「や……やったぁー!! やりましたよ、先生さん!! コスモスさんがやりました!!」

「……」

「あっ、すすす、すみません!! 急に抱き着いたり……」

「……ぅん」

「せ、先生さん……?」

 

 パッと離れて帽子に隠れた表情を覗き込もうとすれば、不意に零れ落ちる一滴の雫を目撃し、ハッと息を飲んだ。

 

(先生さん……そこまでコスモスさんの勝利を喜んで……!)

 

 あくまで他人である人間の勝利に涙するとは、余程深い関係であることは察するに余りある。

 師弟関係である事実を差し引いても、それだけ弟子を想うには並々ならぬ絆を育んできたのだろう。

 

 思わずリーキもよよよと涙をこさえる。

 

「私が水を差す訳には……!」

「……また“あくび”で……」

「あれ? なにか言いましたか?」

「……ううん。あの、後でバトルレコードとか見れたりする?」

「この試合のですか? はい、もちろんです! ご用意しますよ!」

「ありがとう」

 

 決して眠ってなどいないレッドは、ガン開きでカッサカサになっていた瞳を涙で潤しながら砂嵐が止んだバトルコートへ視線を向けた。

 すっかり晴れ渡った空の下、二人のトレーナーは固い握手を交わし、互いの健闘をたたえ合っていた。

 

「いやぁ、まさかあそこで“ラスターカノン”が来るとはな。まんまとしてやられたなぁ。いつ気づいたんだ?」

「確信を持ったのは“チャームボイス”を命中させた後です」

「ほう?」

「私の目には“マジカルリーフ”より“チャームボイス”の方がダメージが大きいように見えました。ですので、マッギョがグラスフィールドの影響でくさタイプに変化していると考えました。マッギョは“ほごしょく”も覚えますし」

「……ああ、実に見事な推察だ!」

 

 いい線行ってるな! と頷くリックが答え合わせをする。

 

「実はこのマッギョ、ガラル地方に適応した個体でな。普段はじめんとはがねタイプだが、『ぎたい』っていう面白い特性があってだな……」

「それが“ほごしょく”のように場の状態によってタイプが変化すると」

「大正解! いやはや、完敗だ! キミみたいな博識な子に負かされるなら本望だな!」

 

 豪快な笑い声が響き渡る。

 敗北したにも関わらず、斯くも清々しい様子で居られるのは大人の余裕というものか。そんなことを考えるコスモスは、不意に思い出した疑問を投げかけるべく口を開いた。

 

「一ついいですか?」

「ああ、ドンとこい! 今ならなんでも答えちゃうぞ~」

「そういうのは別にいいです」

「え」

「……フィールドを人工的に作り出す設備もそうですが、どうにも貴方の戦術には嚙み合ってないと思いまして」

「と、言うと?」

「仮に最初から展開されていたのがエレキやミストだったら、そもそも“あくび”戦法が成り立たないはずです」

「……フム、そこに目を付けたかい」

 

 先ほどまでの豪放磊落な様子が一変、理知的なジムリーダーが姿を覗かせる。

 

「よしっ、もうジム戦も終わったから話してもいいか。まあ、なんてことはない話だ。肩の力を抜いて気楽に聞いてくれ」

「はい」

「……キミも知っての通り、今年はセトー・ホウジョウリーグが設立されて初めての年だ。今まで旅をしていた子たちが居なかった訳じゃないが、ジムが建てられ、チャンピオンって概念が生まれた以上、旅に出る子の数はグッと増える」

 

 現に今年両地方の旅に出たトレーナーの数は数倍にも昇っている。

 それだけ今回のポケモンリーグ設立は大きな影響を及ぼし、同時に大きな注目を集めていると言えるだろう。

 

「夢を持って旅に出た初心者。今まで地元で息を潜めていた腕利き。果てには他の地方からチャンピオンを狙うトレーナーも居ると来たもんだ。リーグも初めての年ってことで失敗はできんと気合を入れていてな。具体的には……そうだな、レベルの高いトレーナーがリーグに来るように調整してくれって言われたりな。おっと、これオフレコでな?」

「はい」

「まあ、そんな訳なんだが先達として夢を見る子達を必要以上にふるいにかけるような真似はどうにも性に合わなくてな……」

 

 困ったような顔で後頭部を掻くリックは、今まで挑戦に来たトレーナーを思い出すように瞳を瞑る。

 

「前途ある若者の夢を潰すような真似はしちゃイカンと思ってな。オレも若い頃は色々と苦労した……自分で興した会社も中々上手くいかなくってな。今の女房には大分苦労をかけた───ってオレの話はいいか。ともかく、ジムリーダーとしてどんなポリシーを持つべきか考えた時、初心者に明確な問題を提示してやって、それを解決させてもらいたくってな」

 

 それが今回の、そして今までのジム戦の戦法に繋がる。

 “あくび”と“ステルスロック”の戦法も中堅以上のトレーナーならば知っていても、初心者には初見であり、ともすれば手も足も出ないまま敗北を喫する可能性が高い。

 だがしかし、技や特性、場の状態による効果を把握していれば対処のしようはいくらでもある。一度目がダメなら二度、二度目がダメなら三度。何度も何度も敗北を重ねても、いつかは勝利を掴み取れる───そのような壁でありたいと、リックはジムリーダーを務めると決まった日の晩、決意したのである。

 

「PDCAサイクルってあるだろう? Plan(計画)Do(実行)Check(評価)Act(改善)! 社会人が最初に叩き込まれる考え方だが、これはポケモンバトルの道にも通ずる!」

「……なるほど」

「最初から上手くいく方が珍しい! 人生は七転び八起きだ! 転んで地面を味わった者にしか見えてこない景色もある!」

 

 会社を興し。

 社員を養い。

 妻に支えられ。

 

 そうして苦労を重ねてきた男には、やがて簡単には揺るがない芯が───信念が築き上げられていた。

 

「真摯に向き合った努力は決して裏切らない。相応の結果をもたらしてくれるモンさ。それでも勝負の世界は優しくない。時運にも左右されることも勿論ある……が、せめてオレくらいは結べる実になれればいいってな」

「それが……貴方にとってのジムリーダーの在り方、ですか」

 

 ああ、と頷くリックの表情はしみじみとしたものだった。

 

「ま! キミには一発目で攻略された訳だがな!」

「負けたくないので」

「いや、いい! キミぐらい準備してもらえりゃあ、オレからすれば言う事なしだ! 天晴! ってなワケで、これをキミに贈る!」

 

 リックが懐から取り出したのは、一枚のバッジ。

 

「オーシャンバッジ! オレを倒し、オキノジムを制覇した証だ!」

「ありがとうございます」

 

 広大な大海原を象ったジムバッジを受け取り、コスモスは早速バッジケースへ収納する。

 

「これで二個目……」

「まだまだ前半戦だな。だが、キミみたいな真面目な努力家なら八個集めるのも夢じゃない! なんならそのまま初代チャンピオンにでもなってしまえばいいさ」

「そのつもりです」

「ただ───」

 

 不意にそれまでまとっていた大人の雰囲気が、若々しく荒々しい闘志に塗り替えられる。

 

「……ポケモンリーグにゃ、オレ達ジムリーダーも参戦する。そん時は手加減なしのガチンコさ」

「……望むところです」

 

 大胆な宣戦布告に思わず鳥肌が立つ。

 ポーカーフェイスこそ取り繕ったが、そうした機微を察せないほどリックの目は衰えていないだろう。

 

 結局のところ、同じじめんエキスパートでもリックとサカキではスタイルもポリシーも違っていた。リックを倒したところでサカキを超えられたとは言い難い。

 それでも実りあるバトルだった。

 あらかじめ立てていた作戦の成功、“ステルスロック”を足場に用いる咄嗟の機転は良かった点だ。逆にガラル地方のマッギョを知らなかった情報収集の詰めの甘さは反省点だ。

 

 どうにもコスモスが所有しているスマホロトムは、海外の話題になった途端翻訳の都合で検索性が低くなってしまう。ガラルマッギョの情報を仕入れられなかったのも、それが原因だ。

 

(もっと情報収集の手段も考えなくちゃ)

 

 改善点が見えてきたところでコスモスは一息つく。

 

「頭が痛い……」

「お? 大丈夫か?」

「お構いなく。ごはんを食べたら治ります」

「ワッハッハ、そうか! それならこれからランチはいかがかな? ウチの会社は社員食堂にも力を入れていてな。……是非ごちそうさせてくれ!」

「社員ではないんですが」

「デザートも出るぞ!」

「いただきます」

 

 丁寧に一礼して頼み込むコスモス。

 余りの変わり身の早さに面食らったリックは苦笑いだ。

 

 疲れた体には甘い物。

 これ、絶対の理である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ここはオキノタウンから東に進んだ場所。

 人目に付かない木々の群れのさらに奥。停められているトラックの傍からは、激しい戦闘音が絶え間なく響き───そして止んだ。

 

 折り重なる瀕死になったポケモン。

 指示を出していた複数のトレーナーも、バトルの余波を受けるなりジバコイルの繰り出す“でんじは”の檻に囚われるなり、身動きが取れなくなっていた。

 

「そ、そんな……この数を!」

「大したことはないな。幹部でもなければこんなものか」

「お前は誰だ!? 我々ロケット団に楯突くなら、ただでは……ひぎゃ!?」

 

 手持ちを全て瀕死にされながらも悪態をついていた男───ロケット団の下っ端であったが、唐突に赤髪の少年に胸倉を掴み上げられ、情けない悲鳴が喉から漏れた。

 

「ちょうどそれを聞きたかったんだ。……お前らロケット団の狙いはなんだ?」

「そ、それは……!」

「早めに口を割った方が身のためだぞ? オレはロケット団のこととなると気が短くなってた……」

 

 チラリと横を一瞥する少年。

 すれば、傍らに佇んでいたオーダイルが徐にトラックの荷台を切り裂いた。頑丈なはずだった荷台は容易く裂け、そこからは次々に怯えた様子のポケモンが顔を覗かせる。

 しかし、打って変わって穏やかになったオーダイルの声を聞き、我先にとポケモン達は飛び出していった。

 

「ああっ! そ、そこには!?」

「捕えたポケモンか盗んだポケモンか知らないが、次はお前がああなる番かもな」

「やめろ! 逃がしてくれ! でないと……!」

「?」

 

 異常に怯える団員の様子に、少年も怪訝そうに眉を顰めた。

 次の瞬間、轟音が鳴り響く。咄嗟に振り返れば、トラックの傍に立っていたオーダイルが何者かに突き飛ばされた瞬間だった。

 

「オーダイル!? クソッ、なんだってんだ!」

 

 幸いにも大きなダメージを受けてはいなさそうだ。

 けれども、自身の相棒をああも突き飛ばすパワーを持っているとなると、どうやら相手は油断ならない獲物のようだ。

 

(なんだ、あのポケモンは……?)

 

 オーダイルを突き飛ばした影は、頭部を拘束具のようなヘルメットで覆われた四足歩行のポケモンだ。

 だが、始めこそ拘束具へと向けられていた注目はポケモンの“異常”へと移る。

 

(虫みたいな爪に、魚みたいな尾ヒレ……初めて見たぞ。あんな不自然なポケモンは!)

 

 複数の生物の特徴を合成したような身体は、おおよそ自然界に生息しているとは言い難い歪さを表しているようだった。これだったら、まだポリゴンのように人工的に作られたポケモンだと言われた方が納得できる。

 

(いや、()()()()()()()()()()なのか?)

 

「……だとしたら、ますます見逃せないな。お前らの悪事を暴く証拠として連れ帰る!」

 

 

 

「───そうはいかんぞ」

 

 

 

「! オーダイル、“アクアテール”だッ!」

 

 不意に響く声を聞き、反射的に指示を飛ばす。

 激流を纏った強靭な尾は、声の出どころ目掛けて振るわれる。

 

 だが次の瞬間、電光が爆ぜた。

 オーダイルの攻撃を真正面から受け止める黄色の巨体。丸太のような両腕を持って“アクアテール”を受け止めたポケモンの正体を看破し、少年は舌打ちする。

 

「エレキブルか……」

「中々のパワー……いいポケモンを育てているな。どうだ? お前さんもロケット団に入らないか? その実力があれば幹部に昇進も夢じゃない」

「断る! 昇進だなんだと言っているのも、人材が足りていないからじゃないのか?」

「……ククッ、はははははッ! そうか、残念だ」

 

 聞いてみただけだ、と言葉ほど残念がっていない巨漢は、特徴的に剃られた顎鬚をなぞる。

 そんな巨漢を眺める少年は、一つあたりをつけた。

 

「その風格……幹部だな?」

「お目が高いな。その通り……俺はロケット団幹部、クリフだ」

「フンッ、なにが幹部だ。お前らのボスはずっと行方不明。遂にはラジオ塔で残党も処理されたと来た。残りかすのお前らに組織を名乗るだけの格はあるのか?」

「威勢がいいトレーナーは嫌いじゃない。それに見合うだけの腕があるならなおさらだ。……が、一つ思い違いをしているらしい」

「なんだと?」

 

 子細を詰問しようと一歩踏み出す。

 刹那、視界が白く染め上げられる。光源は───エレキブルだ。

 

───しまった。

 

「“フラッシュ”か!?」

「俺達が忠誠を誓う御方に変わりはない。……ロケット団もロケット団のボスも不滅だ! 今回はカワイイ部下たちを連れて帰らせてもらおうか」

「ま、待て!」

 

 眩い光が瞬く事、数秒。

 ようやく視界が順応し始めた時、すでにクリフも団員の姿も消えてなくなっていた。地面に空いた大穴を見る限り、“あなをほる”で退路を確保したのだろう。

 してやられたと顔を歪めれば、申し訳なさそうなオーダイルが歩み寄ってきた。

 

「気にするな、オレのミスだ。それより……」

 

 今一度周囲を見渡すも、謎のポケモンの姿は見えない。

 

「逃げた、か」

 

 野生に帰れてよかった、などと悠長な考えは抱かない。

 

(まずいな。人工的に作られたポケモンだとしたら、野生にどんな影響を与えるか……)

 

 赤髪の少年───シルバーは逃げ出したポケモンが及ぼす影響に懸念と共に焦燥を抱く。

 人間の管理の下生きていた、言い換えれば自然に慣れていないポケモンが野生に帰ったところで生き延びられる保証はない。仮に生き延びたとして、本来生息していないポケモンが定住することは在来種の保護という観点からもよろしくはない。

 

「……って、なんでオレは柄にもないことに頭悩ませてるんだ」

 

 やれやれと頭を抱えれば、脳裏にバクフーンを連れた少年の顔が過る。どうやら自身も毒された側であるらしいが、未だにそれを認めたくはない気持ちが大半だ。

 

(とりあえずハンサムのおっさんには連絡しておくか。警察なんだ、なんか役に立つだろ)

 

 こちらに来る上で渡された番号に連絡を入れれば、一般人として最低限の責任を果たしたとは言える。

 

 だが、

 

(奴の言い草、まるで()()()がボスに返り咲いたような……いや、まさかな)

 

 息子として、放り出せない因縁がある。

 

 決意を新たにシルバーは歩み出す。

 ロケット団を───根絶するため。

 




Tips:シルバー
 ジョウト地方から渡り歩いてきたポケモントレーナー。目的は各地に潜んでいるロケット団残党の『殲滅』。かつてはポケモンを道具と見て、強さこそ至上だと捉えていたが、ライバルのような存在のトレーナーやジムリーダー、そしてチャンピオンとの出会いを通じ考えを改めるに至った。
 幾分は態度は軟化しているものの、ぶっきらぼうな点に変わりはない。ただし、どこぞのお人好しに感化されて面倒見がよくなった結果、ツンデレと取られかねない言動をするようになったとのこと(ジョウト地方育て屋の孫談)。

 手持ちはオーダイル、クロバット、ゲンガー、ジバコイル、マニューラ、フーディン。
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