愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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№029:たとえでも火の中は無理

 

「お買い上げありがとうございマース! こちら福引券デース!」

 

 

 

 満面の営業スマイルを浮かべる店員。

 ここはフレンドリィショップ。レッドに伝えたようにコスモスが買い出しに着ていた店舗となるが、手にした思わぬ副産物が事の始まり。

 

「福引、ですか」

「はい、ただいまスナオカタウンでやっているキャンペーンなんですよ! 500円以上の買い物につき一枚発行されて、こちらをスナオカ百貨店に持って福引をすれば豪華景品が当たるかもデス!」

「具体的な景品はどのようなものですか?」

「三等で各種きのみのいずれか、二等でボール、一等でわざマシンが当たりマッス!」

「……わざマシン」

 

 手に握られているのは五枚の福引券。

 総額にして2500円以上の買い物をして手に入れた訳だが、もしもこれでわざマシンを手に入れられれば大きい。わざマシンには使い捨て───いわゆるわざレコードと呼ばれる骨董品と、半永久的に使用できる買い切りタイプの二種類がある。両者を比べた際、前者に比べて後者は何度も使える分、そこそこに値段が張る。

 コスモスもいくらかわざマシンは所持してはいるが、あくまで汎用的で幅広いポケモンに覚えられるものばかりだ。

 

(福引で当たる確率なんてたかが知れてるけれど、ここで引きにいかないのは非合理的……)

 

 などと脳内で思案するが、とどのつまりは『もったいない』と考える貧乏性なだけ。福引券などの類は、さっさと使わなければ財布の中でずっと眠っているのが関の山だ。

 

(来てしまいましたね、結局)

 

 急遽予定を変更し、言われたスナオカ百貨店なるデパートへとやって来たコスモス。

 やや年季の入った風情ある建物は、長年住民に愛されたであろう歴史を感じられる。出入りする親子連れや年配の客の顔を見れば、自然とそう見て取れる。

 

「さて……福引は、と」

 

 案内を頼りに百貨店の二階を目指す。

 雑踏を縫うように進み、いざ辿り着けば火を見るよりも明らかな行列が並んでいた。

 

(……しまった。そう言えば先生に連絡をしてなかった)

 

 そこで気が付く。

 30分で帰ると言ったはずだが、ここに来る時点で既にその時間を超えていた。近場だろうと無意識に高を括って時間管理を甘く見ていたのが原因だ。

 自分で伝えた手前、遅れるならば遅れるなりに連絡するのが礼儀。気付くや電話を掛けようと番号一覧からレッドを探し、通話を試みる───が。

 

『お掛けになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、現在使用されておりません』

「……ん?」

 

 繋がらない。

 何度掛けても、一向に。

 

 不審に思って画面に目をやれば、アンテナが一本たりとも立っていない。電波が届いていないようだ。

 

「いくらなんでもこんな町中で……誰かレアコイルでも連れてるんでしょうかね?」

「グルル……」

「……? どうしたの、ルカリオ」

 

 どこか落ち着きない様子のルカリオが辺りを見渡している。

 普段からボディーガードとして傍に置いているが、このような時は大抵悪意を持った人間が近くに居る場合だ。それがちんけなチンピラや大きな事をしでかそうとするテロリストに至るまで───しかし、こうも挙動不審なルカリオは珍しい。

 まるで、気配は感じられているが居場所だけを探知できていないと言わんばかりだ。あちらこちらに目をやる姿は、せめてものと肉眼で確かめようとしているのかもしれない。

 

(私への明確な敵意なら、ここまでルカリオが察知できないことなんてない……となると、あくまでルカリオが感じ取ったものは別の対象への……)

 

 と、色々思案を巡らせている間にも福引の列は進んでおり、とうとうガラガラ───ポケモンではなく回転抽選器の方───の目の前まで辿り着いていた。

 

(まあ、さっさと福引して退散すれば問題なし……)

 

「すみません、お客様……福引の間はポケモンをボールの中に戻していただいてもよろしいでしょうか?」

「はい?」

 

 いざ福引と意気込んだ矢先で制止され、手持ちをボールに戻すよう指示されてしまう。

 

「なぜです?」

「過去にポケモンで不正をする方が居りまして……」

「……」

「申し訳ございませんが、どうかご了承ください」

「……わかりました」

 

 ひたすらに面倒臭いと思うコスモスだが、ルールならば仕方がないと頷く。ルールを破ることに忌避感はないが、守る方が追々面倒を見ずに済む。破るのはここぞという時だ。例えば景品がマスターボールだとか、そのくらいのリターンがあればリスクを冒す価値はある。

 

 しかし、今回はわざマシンだ。当たれば僥倖と言ったところだろう。

 言われた通りにルカリオをボールに戻す。その際、先ほどの気配もあってか少しばかり躊躇う顔を見せたが、福引なんてたかが5分も掛からずに終わるはずだ。

 一瞬守りが手薄になるのも承知で福引に挑むコスモス。

 ガラガラの柄を握る彼女に、周囲の客が息を飲む音が聞こえてくる。

 

(わざマシン来いわざマシン来いわざマシン来い……)

 

 凄まじいまでの念をガラガラに注ぐコスモスは、穴が開きそうなくらいに睨みつける。その余りにも力強い眼力が生み出す緊張感は、近くでクラボソフトクリームをパチリスとシェアしていた少女がトッピングのきのみを落としてしまうレベル。

 

「よしっ……」

 

 手に力を込め、いざ回し始める。

 白がスカ、青が3等、赤が2等、そして金が1等だ。お望みの色が出るようにと祈りながら回すコスモスは、上へ下へと向く排出口をじっと見つめていた。

 何周しただろうか?

 そろそろ出てもおかしくはないと誰もが思った時、キラリと穴から覗く色が。

 

 その色とは、一切の穢れを知らぬように磨かれた、それはそれは美しい───。

 

(あ)

 

───白色が、首の皮をピンと張らせる。

 

「動くな」

 

 首筋に当たる感触と同じ冷たさ。

 その声色に寒気を覚えたコスモスは、目の前の福引担当の店員の様子を窺った。見事なまでの顔面蒼白。続けて、なるほど、と心底溜め息を吐きたくなる。

 

(悪戯ではなさそうですね)

 

 一体全体どういうタイミングなのだ、と問い質したくなる衝動を呑み込む。

 コスモスは今、エアームドの刃のように鋭い翼を突き付けられていた。

 

 よろいどりポケモン、エアームド。鋼の甲殻で身を包むエアームドの羽根は、加工すれば刀にも勝るとも劣らない切れ味を誇る刃物と化す。

 

(動かない方が賢明、と)

 

 間違っても強行突破などという愚行は避けるべきだ。さもなければ、スナオカ百貨店が凄惨な殺人現場になりかない。

 

(はてさて、どうしたものか)

 

「ひっぐ……ママ、怖いよぉ……!」

「大丈夫よ、だから泣かないで……」

 

「そこ! 静かにしろ!」

 

 子どもの鳴き声を掻き消す怒号が百貨店のホールに響き渡った。

 コスモス以外にも連れてこられた客や店員は居る。のべ、十名ほどがまんまと人質にされた今、蜘蛛の子を散らしたように客が逃げ帰った百貨店内には人質と正体不明の犯行グループの姿だけとなった。

 

「よし……持っていたボールは回収したな」

「頃合いだな、始めるぞ」

『───聞け!! 我々はマグマ団!! 人類にとっての理想の世界を追求する崇高な組織である!!』

 

 店内放送をジャックしたのか、犯行グループの声明が店内のみならず外に集まる野次馬や警察にまで響き渡る。

 

『我々の目的はただひとつ!! 人類の恒久的な繁栄に他ならない!! 故に人類の叡智たる科学の進歩を遅らせるポケモンは不要とし、手始めとしてこの場に居る者達のポケモンを止むを得ず回収させてもらった!!』

「そ、そんな……! 自分はポケモンを連れてるくせに……!」

『黙れ!! ……加えて、我々の目的遂行の礎とし、ここに金銭を要求する!! 猶予は30分だ!! もし仮に用意できなかったとすれば、人類の叡智が生み出した文明の利器を欠いた生活を体験してもらうべく、真に不本意ではあるがこの場を爆破させてもらう……人質諸共だ、いいか!!』

 

 無茶苦茶な言い分だ。誰もがそう思った。

 明確な命の危険を感じた者達の顔色は悪い。金が用意できなければ、爆破される建物と運命と共にするのだ。平静で居ろという方が無理な話である。

 

 しかしだ。

 

(エアームド一体、グラエナ一体、ヤミラミ一体、デルビルが二体……数はそうでもないですね)

 

 意気消沈する人質を演じながら、マグマ団と名乗った犯行グループの戦力を分析するコスモス。冷える肝がないかと問いたくなるほどの胆力だ。

 だが、これもロケット団時代より培われた観察力や洞察力、そして積み重ねてきた知識があるからこそ。

 

 分析の結果、バトルさえできれば高確率で勝利を掴めると見た。

 けれども、そもそもの問題がある。

 

(さて、どうボールをどう取り返すか……)

 

───もぞもぞ。

 

(ボールは一人が抱え込んでる形だから、隙を見れば取り返せそうな気もするけど……)

 

───もぞもぞ。

 

(そこまで近づくのに一苦労ですね。今は隙を見計らって……)

 

───もぞもぞ。

 

「(……ちょっと静かにしてください)」

「ん? 今誰か喋ったか」

「……」

「……気のせいか」

「(ふぅ、だから言ったじゃないですか……ん?)」

 

 安堵の息を吐くのも束の間、見張りの男とは別の視線を感じるコスモスは、音を立てずに振り返る。

 そこには母親に抱かれる顔を泣き腫らしていた幼女が居り、信じられないものを見たかのような瞳を浮かべていた。

 

 まじまじと、真っすぐに。

 視線はコスモスの胸へと吸い込まれていた。

 

「……おっぱい……うごいた」

「え? なんて?」

「ねえ、ママ。おっぱいうごいたよ?」

「動いてないから! 静かにしてなさい」

「でも、うごいたんだもん!」

 

 

「うるさいぞ! 子供を静かにさせろ!」

 

 

「……」

 

 指を差されるコスモスは、ひたすらにあらぬ方向を見つめて無言を貫く。

 

(……まだ、今じゃない。間違いなく今では……)

 

 この状況を打破するには、もう少しタイミングを見計らう必要がありそうだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は少し巻き戻る。

 

 

 

 一度目、終わりの大地が人々を焼き尽くそうとした。

 二度目、巨大な隕石が星に破壊をもたらそうとした。

 

 短期間の内に訪れた地方の危機より数年。

 否応なしに流れる時。年端もいかない子供に砕かれた野望と、まざまざと見せつけられた信仰の正体を前にし、かつてホウエン地方にて暗躍していた組織の片翼もまた変化を迎えていた。

 

「我々はこれよりホウジョウ地方のジャンボマウンテンへと赴く。再生可能エネルギー開発事業の分野において我々は雛鳥に過ぎんのだからな」

「うん……」

「カガリよ、だからこそお前に任せたい。他でもない、私が信頼を置くマグマ団幹部としてな」

「! わかった……ボク、リーダーの為にインヴェスティゲーション……頑張る……!」

 

 心酔するリーダーの為と心躍らせてやってきた新天地。

 目的はとある火山の調査。延いては、地熱エネルギーを発電に利用できないかの情報収集だ。

 

 かつて、マグマ団は伝説のポケモン・グラードンを蘇らせて陸を増やし、人類にとっての理想の世界を追求することを目的としていた。

 しかしながら、結果から言えば計画は頓挫。超古代ポケモンのグラードン───その大いなる原始の力は人間に制御し得るものではなく、ホウエン地方の半分が生命の息吹が尽きる大地に渇く一歩手前に陥った。

 

 以降、考えを改めたリーダーによりマグマ団は方針転換。

 今度は真っ当な手段で人類の理想、そしてポケモンとの共存を実現するべく、再生可能エネルギーへと目を付けたのであった。

 

 マグマ団を見る世間の目は厳しい。それも過去の悪行の積み重ねである以上、目を背けてはならない事実だ。

 だからこそ、心を入れ替えたリーダーに倣い、団員もコツコツと信頼獲得に向けて努力していた。

 その甲斐もあってか、ホウエン一の大企業ことデボンコーポレーションより直々の依頼として、本件がやってきた訳である。

 

 まさしくマグマ団にとって転換点。

 調査結果はどうあれ、しっかりと依頼をこなせばデボンコーポレーションとのつながりを確保できる───そのはずだった。

 

『部下は預かった。彼らの命が惜しければ、指定した場所に手に入れた物を持ってくることです。ただし、他の団員や警察にこの取引を漏らせば……部下の命の保証がないことは念頭に置きなさい』

 

 それはジャンボマウンテンの調査を終え、すぐの出来事。

 分かれた班の内、片方が帰ってこないと訝しんだカガリの下へ掛けられた電話。もとい、脅迫だ。

 

 それを受け、カガリは悩んだ。

 他人に話せば部下の命の保証がない。である以上、自分一人で解決に当たったとリーダーが知れば、彼の信用を裏切る行為となる。

 地方を揺るがす二度目の大事件以降、彼女は心を入れ替えたつもりだ。ただただリーダーを心酔し、崇拝し、狂信するのではなく、信頼し、信用し、何よりも互いの心の内を明かすことが大切だと知った。

 

 だから、裏切れない。

 けれど、伝えられない。

 

 リーダーへの信頼か、部下の命か。

 一晩中悩み、悩み、悩んだ結果───カガリは部下を拉致した人間の指定した場所に、その華奢な体で持ってくるには一苦労の石を抱えて赴いた。

 

 場所はスナオカ百貨店の地下道。かつては地下街として地上も合わせて活気に溢れていた場所だが、過去に中心市街地を襲った大火事をきっかけに閉鎖。地上へと繋がる出入口の処置は規制線で軽く塞がれるだけに留まり、今では不良や野生ポケモンが居座る不気味な場所と化していた。

 時間の流れと共に栄えた地上とは裏腹に、ここだけは時間が切り離されたような静寂が満ちている。

 

 まず一般人ならば近づかない場所。

 裏を返せば、人の目を気にせず取引をするにはもってこいの場所という訳だ。

 

「……キミが……ボクを呼び出したの?」

「ええ、その通りです。約束を反故にされずに済んでホッとしましたよ」

 

 わざとらしい言い回しが癪に障りながらも、寸でのところで言葉を呑み込む、相手を観察する。

 

「……その恰好……どういうつもり……?」

 

 カガリは不可解そうに、それでいて苛立った口調で問いかけた。

 それもそのはずだ。待ち構えていた人物が、自分と同じ組織の制服を身に纏っていたと言うのだから。

 

 どういう魂胆か、その真意を探るべく眼光は閃く。

 それを一蹴するかのように、拉致犯は不敵に笑った。

 

「恰好は気にしなくて結構です。それより」

「トランザクション……シタイなら……早く見せて……」

「……フンッ、いいでしょう。では、どうぞご覧あれ」

 

 要求が何か知っている拉致犯は、さっさと物陰から捕まえたマグマ団員を引っ張り出す。

 手足を縛られ、口には喋れないように猿轡を噛ませられている。だが、しっかりと見開かれた瞳がカガリに向けられている以上、最低限の無事は確認できた。

 けれども、まだ安心はできないとカガリは唾を呑み込んだ。

 油断すれば骨の髄までしゃぶられそうな暗いオーラを放つ相手に、弱腰を見せれば一気につけ込まれるだろうと気丈に振る舞うことを決意した。

 

「さて、貴方が求めているものは彼らの命でしょうが……そういう貴方も用意は整っていますか?」

「……コレ……言われた通り……」

「そうそう、それです。それが欲しかったんですよ」

 

 クツクツと喉を鳴らす拉致犯は、カガリが抱え上げる石を要求するように手招きする。

 

「早速取引と行きましょう。さあ、それをお渡しなさい」

「……拒絶……それよりも、そっちが先に───」

「お前たちに拒否権があると思うのか!?」

 

 拉致犯の怒号が轟き、カガリの瞳が見開かれる。

 

「っと、失礼。しかし、貴方の言い分も理解しますよ。たしかに人質を引き渡すより前に()()を渡してしまえば、貴方は僕との交渉材料がなくなる……その前に人質だけは確保したいとね」

「……せめて、一人ずつ……」

「……まあ、いいでしょう。こんなこともあろうかと数人捕まえた自分の優秀さが恐ろしいばかりだ」

 

 自画自賛する拉致犯は、カガリの要求を呑み込むこととした。

 

「では、こうしましょう。まずは僕が人質を一人そちらに渡します。それから貴方は置き石を寄こし、それが本物だと確証を持てたら、最後の人質も解放します。これでは不十分ですか?」

「……ノープロブレム」

「交渉成立ですね」

 

 そう言って取引相手は拘束していた団員の一人の縄を解いた。

 

「さあ、お行きなさい」

「……、……!」

 

 躊躇した様子の女性団員へ、カガリは努めて穏やかな声で呼び寄せる。

 

「大丈夫。ボクが、なんとかする」

 

 そこまで言い切れば、涙目の女性団員がゆっくりとした歩みでカガリの下を目指す。

 やはり、どこか躊躇いを覚えた挙動だ。『手持ちのポケモンでも奪われたのだろうか?』と思案を巡らせるも、結局のところ猿轡をしたままでは聞くに聞けない。

 それでも人質の確保が最優先に変わりはない。

 

「さあ、こっちに……」

 

 恐る恐る歩み寄る女性団員へ、カガリは手を伸ばす。

 そのまま震える腕を掴んで引き寄せ、自分の背中へと避難させる。

 

「……確かに一人」

「さて、次はそちらの番です。渡してもらいましょうか」

「……分かった」

 

 言われるがまま、持参した石を持っていこうとする。

 

「おっと、言い忘れていましたが渡す場所はそこでお願いしますよ」

「……どうして?」

「不満ですか?」

「……いや……わかった」

 

 近づければ……、と考えていたカガリであるが、寸前で絵に描いた餅となってしまった。

 不承不承ながら、乱雑に放置されていた木箱の上へ石を置く。随分と朽ちていた木箱は石を置いただけにも関わらず、今にも崩れてしまいそうな軋む音を奏でる。

 

「……これで……いい……?」

「ええ。それでは元の場所に戻ってください。本物だと確証が持て次第、残りの人質を解放しますよ」

「……さっさとシて……」

「そう焦らずとも」

 

 取引相手はカガリが所定の位置に戻ったのを見計らい、交渉材料であった石を手に取ってじっくり眺め始めた。

 溶岩を押し固めたような美しい橙色は、薄暗い中でも微かな伝統の光を反射し、鮮やかな光沢を放ってみせる。

 

(あれは結局何……? 何の価値がある……?)

 

 品定めをする男の様子を注意深く観察するカガリ。

 彼に渡した石はジャンボマウンテンの奥地で偶然拾った代物だ。調査に資料になると考えて手元に置いたが、まさかそれを狙われるとは思ってもみなかった。

 あの石には自分の至り知らぬ価値があるようだ。どんなに綺麗で高価な宝石でも、興味のない人間からすれば無価値でしかない。

 

しかし、あの石の秘めたる“何か”こそ、人質を取ってまで奪おうとした価値に他ならない事実は疑いようがなかった。

 

「……ふむ。たしかに本物のようだ。いいでしょう、人質を解放します」

 

 一通り調べて結果に満足した男が、もう一人の人質の縄を解いた。

 これで足が自由になった男性団員は、拉致犯に睥睨をくれながら、急いでカガリの下へ駆け寄った。

 

(よしっ、これで……───っ!?)

 

 と、身構えたカガリに駆け抜ける衝撃。

 

 瞬間、カガリの目の前は───真っ暗になった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(もうそろそろ30分……)

 

 悠長に店内の時計を見つめていたコスモスは、今一度周囲を見渡した。

 あれから特段状況は変化していない。自分を含めた人質は囚われたままであり、マグマ団を名乗る立てこもり犯も当初の位置から動かぬまま。

 変わったことと言えば、コスモスの頭に蓄積した情報と、それにより組み立てられた作戦があること程度。

 

(……そろそろ動く頃合いですか)

 

 身代金を持ってくる猶予までほとんど時間はない。

 人質も立てこもり犯も気もそぞろになっている様子が見て取れる。たかが30分、されど30分。人が深い集中力を発揮できる時間は15分程度だ。最初こそ立てこもり犯全員が気を張っていただろうが、今となっては付け入る隙が生まれている。

 

 今こそが、打って出る好機。

 

(人質救出。感謝状授与。新聞一面活躍の記事……うん、イイ感じ)

 

 脳内シミュレーションは完璧だ。

 しかしながら、手持ちが入っているボールは全て立てこもり犯に取り上げられてしまっている。

 

 では、どうすれば撃退できるだろうか?

 

───もぞもぞ。

 

「ん? 今何か動かなかったか……?」

 

 人質を見張っていた一人がコスモスの下へやってくる。

 

「おい、服の下に何か隠してないだろうな?」

「なんのことですか?」

「見せてみろ。確認する」

「変態」

「は?」

「少女に服を脱いで見せろだなんて……とんだ趣味ですね」

「……いや、違うぞッ!? 誤解だ! 俺はそんなつもりで言った訳じゃない!」

「どう違うんです? こちらが抵抗できないことをいいことに自分の欲望を発散しようとする魂胆なんじゃないですか?」

 

 コスモスとちょっとした言い合いになる男に、次々と白い目が向けられる。まるでゴミを見るかのような視線。人質を取って身代金を要求する輩は人として底辺もいいところだが、底辺も突き抜ければ立場も関係なく蔑まれる訳だ。

 

 あらぬ誤解を植え付けられ、堪らず男は弁明を図る。

 

「やめろ! 違うって言ってるじゃん!? こ、こいつぅ……お前確信犯だろ!」

 

 

「モッグ!」

 

 

「……は?」

「コスモッグ、あそこに“テレポート”」

「モグ!」

「は……あぁ!?」

 

 一瞬。

 襟から飛び出した小さなポケモンに動揺を突かれて呆気に取られたが、男の前からコスモスの姿を消した。

 動揺が伝播し、周りを見張っていた共犯者も一斉に振り返る。

 

 しかし、こうして視線を一点に集まる状況をコスモスは狙っていた。

 転移した先は、回収されたボールが入っているケース。しまった瞬間はバッチリと見ており、開け方も完璧に記憶している。

 流れるような動きで開き、似たようなボールの数々から自分のボールを手に取る。この間僅か10秒にも満たない。

 

「させるな! 袋叩きにしろ!」

 

 リーダーと思しき男の一声で、ポケモンのみならず人間も少女へと押し寄せた。子供相手に寄ってたかる光景に、人質の中には目を覆う者も現れる。

 しかし、

 

「───ふん」

 

 鼻を鳴らすコスモスが開閉スイッチを押した瞬間、光が押し広がった。

 

「ギャン!?」

「アオーン!?」

 

 雄々しい咆哮と共に放たれたエネルギー弾が、飛び掛かろうとしたグラエナとデルビルを吹き飛ばす。

 

「な……なんだと!?」

「ありゃあルカリオだ! 手強いぞ!」

「くそ! 残りの手持ちも出せ!」

 

 “はどうだん”で二体ものポケモンを撃破する勇姿を見せたのはルカリオだ。

 その風格は素人目から見ても分かるのか、警戒する悪漢は控えのポケモンも続々と繰り出していく。

 

(ヘルガーにドガース、ベトベター、コイルまで……なるほど)

 

 数の差は圧倒的だ。

 いかにルカリオと言えど、劣勢を強いられる状況に違いない。

 

「かかれェー!」

「───GO、ゴルバット。ニンフィア」

「ん、……なァ!?」

 

 だからこそ、残りの手持ちも現れる。

 

 ゴルバットが“つばさでうつ”を、ニンフィアが“ようせいのかぜ”で接近してきたポケモンを迎え撃てば、突っ込んできたドガースは叩き落され、爪を振り翳していたヤミラミも風に煽られて商品棚に突っ込む。

 

「お……、おぉ……?」

「うっ……やれ! 囲め! 数ならこっちが有利だ!」

 

「ルカリオ、“はどうだん”。ゴルバット、“どくどくのキバ”。ニンフィア、“ドレインキッス”」

 

「有利じゃあなかったァー!」

「なんだこいつぅ!? つ、強いぞぉ!」

 

 店内はあっという間に技が入り乱れる戦場と化す。

 しかし、眼前に広がるのは限りなく一方的な蹂躙に等しい。コスモス‘sパーティは、不埒な輩相手にちぎっては投げちぎっては投げちきゅう投げな獅子奮迅振りを演じる。

 

(この程度の数、先生のフシギバナによる『パワーウィップコース』に比べればなんてことないですね)

 

 比較対象は数十本の蔓と数百枚の葉の猛攻。効果が半減でも数十発喰らえばポケモンは倒れる。そういった真理を垣間見る特訓である。ちなみに最上級は『ハードプラントコース』らしい。

 

 それはさておき両手から波動技を繰り出すルカリオ、素早い身のこなしで相手を毒で犯すゴルバット、戦意を削ぐや骨抜きにするニンフィアと荒ぶる三体。

 とてもではないが烏合の衆では歯が立たない連携であり、立てこもり犯の焦燥をみるみるうちに煽っていく。

 

「くっ……こ、こうなったら! ドガース、あの子供に“とっしん”だ!」

「グラエナ、お前もだ!」

 

 すれば、手段を択ばなくなった数名がトレーナー───コスモスへの直接攻撃を指示した。ポケモンバトルにおいてタブーな行為も、犯罪者からすれば知ったこっちゃないルールでしかない。

 猛スピードで左右からコスモスを挟み込む二体のポケモン。

 手持ちのポケモンが自分から離れて戦う中、悠長に立っているコスモスはその場から動かない。

 

「あぶない!」

 

 人質の子供の叫び声が響く。

が、最早間に合わないことは誰の目から見ても明白だった。

 

 万事休すか───。

 

「“テレポート”」

「モッグ♪」

 

 と思うのは当のコスモス以外。

 消えるコスモス。標的を見失ったドガースとグラエナの二体は、突っ込んでいく速度を殺せぬままに頭から正面衝突。

 

「ドガッ!?」

「ア゛ン!?」

「ドガースぅー!?」

「グラエナ! んなアホな!?」

 

 当然、不幸な事故が起こった。

 互いに与えたダメージの他に反動が返ってくるのを併せれば、体力は一瞬にして持っていかれる。

 

(技も使いようです)

 

 二体のポケモンが倒れたのを横目に、人質が集められた場所へと転移したコスモスは戦況を見守る。

 

(大抵のポケモンは格下。油断しなければ制圧は簡単……)

 

「キィー!!」

「───とは行かなそうですね」

 

 甲高い衝突音が、激戦の騒音のど真ん中を劈いた。

 音の発信源へ目をやれば、鋼の翼と体がぶつかり合っている。ルカリオとエアームド、共にはがねタイプのポケモンだ。

 

「どいつもこいつも子供一人に手間取りやがって……いい、オレがやる!」

 

 トレーナーと思しき男も前へと踏み出し、コスモスへ敵意に満ちた眼差しを向けてきた。

 

「我々の邪魔をしてただで済むと思うなよ……!」

「そうですか。───“みずのはどう”」

「エアームド、“ボディパージ”だ!」

 

 鍔迫り合いする片手間に水を収束させるルカリオを目の前に、何やら羽根を数枚振り落としたエアームドが高速で離脱する。

 

(速い……!)

 

 自身の甲殻や装甲を切り離すことで身軽になる技、“ボディパージ”。

 その見た目に反して元より素早いエアームドが使用すれば、その飛行速度は段違いとなる。

 

「ルカリオ、落ち着いて狙え」

「させるか、“ドリルくちばし”!」

 

 コスモスの落ち着くような指示に対し、男は攻撃を指示する。

 間もなく飛行しながら旋回を始めるエアームド。みるみるうちに回転速度を高める鋼の鳥は、あっという間に通り過ぎた傍にある物を切り刻む弾丸と化す。

 そのまま何をするかと思えば、目にも止まらぬ速さでルカリオへと突進を仕掛ける。

 すかさず掌に溜めていたエネルギーを捨て、防御態勢へと移るルカリオ。おかげで回避はできたものの、折角の攻撃の準備がおじゃんとなった。

 

「あ、あのままじゃやられちゃうよ!」

「ゴルバットとニンフィアじゃエアームドに不利だし……」

「頑張って、お姉ちゃん! ルカリオ!」

 

 狼狽えるのは人質の客。彼らから見ても、現在のルカリオは押され気味であった。

 事実、どうしても攻撃に溜めの動作が入る遠距離型のルカリオに対し、高速で動き続ける相手はやりづらいことこの上ない。波動による探知で背後からの不意こそ突かれないが、飛び回る標的を狙撃できるかは、結局のところルカリオの腕に依存する。

 

(あのルカリオさえ対処できてしまえばこちらのものだ!)

 

 じわじわとルカリオを追い詰めていくにつれ、男の笑みも鋭く吊り上がる。

 何度も何度も攻撃を掠め、反撃を許さぬ猛攻で攻め立てていく。やがてルカリオの体力が摩耗し、集中力が切れたと見えたその時こそ───。

 

「今だ、やれ! “ブレイブバード”!」

 

 刹那、回転しながら飛行を続けていたエアームドが、いよいよ翼を大きく広げてルカリオへ叩き込まんと飛び込む。

 対するルカリオは両手に波動を溜めることさえままならない。

 

「───受け止めろ」

 

 コスモスが取った手は“こらえる”。

 直後、轟音が鳴り響くと共に床が砕け散った。それほどまでの威力、スタミナはあれど耐久力に秀でた訳ではないルカリオが真面に食らえばひとたまりもない。

 あらかじめ身構えてこそ、やっと受け止められる攻撃もある。

 そう言わんばかりに、晴れていく砂煙の中からはエアームドの翼を掴むルカリオの姿が現れた。

 

「なんだと……!? だ、だが、あれではルカリオも攻撃できまい! そのまま“ドリルくちばし”を叩き込……」

「遅い」

「なん、……だとォ!?」

 

 男が指示するよりも早く閃く閃光。

 それは見間違えようもなく、ルカリオの開かれた()より迸っていた。

 

(連結技の成果が活きましたね)

 

 何もルカリオの技を繰り出せる部位が手とは限らない。

 個体によっては口や足からも繰り出せる“はどうだん”だが、同じ種族である以上、他のルカリオにできてコスモスのルカリオにできない道理はない。

 練習(ものまね)を繰り返せば、いずれは自分のものにできる───これこそがコスモスのルカリオの強みだ。

 

「ぬ、抜け出せ!」

 

 男の叫びも虚しく、エアームドが暴れたところで抜け出せはしなかった。

 間もなく“わるだくみ”を閃いたルカリオが、凝縮させた波動エネルギーを眼前の鋼鉄へ───解放。

 

「ギャース!!?」

「エアーム、ドぅお!!?」

 

 “はどうだん”で吹き飛ばされたポケモン。その先に立っていた男も巻き込まれ、既に倒れていた商品棚の中へと突っ込んでいく。

 いかに身軽になったとは言えはがねポケモン。勢いよく飛来した鉄の塊にぶつかったと思えば、大の大人でもすぐには立ち上がれないだろう。

 

(これで粗方片付きましたか)

 

 リーダー格のエアームドを倒した今、警戒すべき相手はほとんど居なくなった。

 

(あとは適当にあしらって───)

 

「バウッ!」

「とは行きませんか」

 

 背後より飛来する音を耳にし、手元に残していた最後のボールを開く。

 赤い閃光が瞬けば、コスモスへ体当たりを仕掛けようとしていたドガースが床へと叩きつけられる。

 

「ド、ドガァ……」

「ヴルルッ……!」

「ヌル、やり過ぎるのはダメ」

「フシュー!」

 

 奥の手───と言うには完璧に手綱を握った訳ではないポケモン、タイプ:ヌルが日頃の鬱憤を晴らすかの如くドガースを蹴飛ばした。

 その乱暴な振る舞いにはコスモスも呆れるばかりだ。

 

「……これではどちらがヒールか分かったものじゃない」

「フーッ! フーッ!」

「(私に仕掛けてこないだけ進歩と見るべきか……)」

 

「……ぞ……」

 

「!」

 

 掠れた声が鼓膜を揺らす。

 声の主は、たった今エアームドに巻き込まれた男。

 

「このままじゃ……終わらんぞ……!」

「……何?」

「お前だけでも……道連れにしてくれるゥ! ドガース、“だいばくはつ”だ!」

「!!」

 

 刹那、瀕死になったと思い込んでいたドガースが鮮烈な光を放ち始める。

 紛れもない自爆技の予兆にコスモスも身構えた。“だいばくはつ”───自身諸共相手に大ダメージを与える最後で最強の技。同系列の“じばく”を上回る威力は目を見張るものがあり、バトルで使えば余程実力差がない限り相手を瀕死に追い込む。

 

 それを、よもや生身の人間へ。

 

(“テレポート”、間に合うか!?)

 

 脱出手段はコスモッグの“テレポート”。

 少しでもタイミングが遅れれば、自分は“だいばくはつ”に巻き込まれる目に遭う。喰らえば大怪我は必至、当たり所が悪ければ最悪死に至るかもしれない。

 

(いや、私はともかく)

 

 後ろを振り返る。

 思い出してみよう、自分の位置を。コスモッグの“テレポート”で転移を繰り返し、現在居る場所は人質が集まる近く。

 つまり、今ここで“だいばくはつ”されてしまえば直撃や余波が諸に人質を襲う。

 “テレポート”が成功すれば少なくとも自分は助かる。だが、人質への被害は押さえられない。

 

 その時、コスモスの脳内で一つの論理が導き出された。

 このバトルを始めたのは自分。すなわち、自分が行動に出なければ“だいばくはつ”の被害はなかった可能性がある。

 

(これ私の責任になりますかね)

 

 少々飛躍した部分もあるが、まったく無関係でも居られはしない。

 自分一人だけでの脱出は容易いが、後々悪評を被るのは自分なのだから、ゆくゆくメディア出演した際に差し支えが出そうだ。

 

 困った。自分は人質を見捨てられない。なんなら自分も爆破の被害に遭った方がいいまである。

 

 思い至ったコスモスの行動は早かった。

 彼女はコスモッグへ“テレポート”を指示するよりも早く駆け出し、床に転がるドガース目掛けてその華奢な足を振り抜こうとする。

 そう、キックだ。彼女はドガースを蹴り飛ばし、“だいばくはつ”の射程を強引に突き放そうとしていた。

 爆発数秒前のドガース相手に飛び込む等、並大抵の胆の太さではない。

 見ていた人質も目玉を飛び出させ、少女が取った強硬手段に悲鳴を上げる。

 

(ここ!)

 

 イメージは完璧。

 後は足の甲でドガースの丸い身体を捉えるだけ───のはずだったが、

 

 ゴンッ!

 

「ッ、~~~!?」

 

 えらく硬いものを蹴った。

 

「むぎゃ!」

 

 悶絶するコスモスは、無様にも顔面から床に転倒。その間にもドガースが放つ光はみるみる強まっていく。

 

 これは、まずい。

 

 顔面を強く打った痛みも忘れるコスモスは、こんな窮状を生み出すに至った眼前のポケモンを見上げる。

 邪魔をしたのは敵のポケモンでも野生のポケモンでもない。

 今日の今日までロクに命令を聞いたことのない問題児こと、タイプ:ヌルに他ならなかった。

 

「ヌル!! なんてことをしてくれるんです!!」

「ヴルル……」

「こうなったら……!!」

 

 ひしっ、と藁にも縋る思いでタイプ:ヌルへと抱き着くコスモスに、人質の面々に驚愕が奔った。

 

「あの子! まさか自分のポケモンを見捨てずに……!?」

「ダメだ、いくらなんでも危険だ!」

「キミだけでも逃げるんだァー!」

 

 なにやら盛大な勘違いが後方で繰り広げられているが、そんなことお構いなしのコスモスが血走った瞳を浮かべたままタイプ:ヌルに耳打ちする。

 

「(これで貴方と私は運命共同体!! 生きるも死ぬも一緒です!!)」

「ヴル……」

「(“テレポート”で逃げます!! このままこの場から……)」

「ヴァア!!」

「あだッ!?」

 

 なりふり構わず“テレポート”で逃げようとしたコスモスを、あろうことかタイプ:ヌルは振り落とした。

 いよいよお終いだ。ゴチン、と後頭部を打ってのた打ち回るコスモスの脳裏に、包帯を巻かれた姿のまま病院で寝込む未来が過った。

 

(ああ、私も先生くらい強かったら……)

 

 (肉体的な意味で)強さを欲するまま、コスモスは爆発に巻き込まれる覚悟を決め、ギュッと瞼を閉じた。

 

 一秒、二秒、三秒……。

 頭の中でチクタク進む秒針の幻聴を耳にしてから十秒ほど経った頃、ようやく異変に気が付いた。

 爆発が一向に来ない。

 臨界直前までエネルギーを高めていたドガース。技を出すのに長い時間は掛からないはずだ。

 

 一体全体どういうことだと上体を起こす。

 目の前の状況は先ほどとさして変わらない。変わらないからこそおかしいのだ。

 

「バ、バカな……ドガース! どうして“だいばくはつ”しない!」

「ド、ドガァ……」

「ええい、この役立たず!! 肝心な時に仕事をこなせない愚図が!! 使えない道具に価値なんてないというのに!!」

 

 床を舐める姿勢のまま罵倒を投げかける男。

 一矢報いることもできぬ悔しさのままに床を殴りつけるも、彼が言い放った言葉が癇に障ったのだろう。マスクの影に隠れたタイプ:ヌルの眼光がギラリと光る。

 

「ヴルル……ルァ!!」

「なっ……!? こ、こっちに蹴───ぎゃあああ!!?」

 

 前脚を振り抜き、ドガースを男の下へとシュートしたタイプ:ヌル。

 次の瞬間、爆発の兆候が収まっていたドガースがみるみる輝きを増していく。そのまま男の下へと着いたと思えば、けたたましい轟音を鳴り響かせる見事な“だいばくはつ”が巻き起こった。

 

 まるで直前までなんらかの力が働き、爆発が抑え込まれていたかのような顛末。

 

「───“ふういん”? “だいばくはつ”を覚えてたんですか?」

 

 特性が『しめりけ』でもない限り、自爆技を防ぐことなどできない。

 となれば、必然的に“だいばくはつ”を抑制出来ていた手段は自ずと限られる。

 

 自分が覚えている技を相手にだけ使えなくさせる技“ふういん”。

 使い時が限られる技ではあるが、そのおかげで九死に一生を得たコスモスは、緊張の糸が切れたように気の抜けた息を漏らす。

 

「はぁ……とりあえず助かりました。ありがとう」

「ヴルルッ……」

「(これでちゃんと言う事を聞いてくれたら文句はないんですが)」

「フンッ!」

 

 コスモスの愚痴が聞こえたと言わんばかりに鼻を鳴らしたタイプ:ヌルは、あろうことかその場に居座り不貞寝を決め込む。

 『なんと悠長な……』と呆れはするが、最早戦いの趨勢は決まったようなものだ。

 あっという間に数を減らしていく立てこもり犯のポケモン。数こそ多かったが、一体一体の練度も高くなければ、連携を取れる程の統率も取れてはいない。

 

「さて、そろそろ〆にしましょうか」

『うっ……!』

 

 リーダー格も倒れ、ほとんどの手持ちを倒された立てこもり犯の顔色は悪い。

 じりじりと詰め寄られる分、後退りしては脱出路を探すように辺りを見渡していた。

 

「ど、どうするよ……!?」

「クソ、想定外だ! 警察共が乗り込んでくる前に逃げるぞ!」

「どこから逃げるって言うんだ! 外は包囲されてるに決まってる!」

「落ち着け! ()()()は脱出手段を用意したと言っていただろ! オレ達ゃ向こうの合図があるまで時間を稼げれば……」

 

 コソコソと話し合う立てこもり犯も、とうとう壁際まで追い詰められる。

 

「……逃がしませんよ」

『くっ!?』

 

 

「───ウヒョヒョヒョ! お待たせいたしました!」

 

 

「ん?」

『は?』

 

 いよいよ、といった瞬間に現れた人影。

 

(……マクノシタ。いえ、ハリテヤマ?)

 

 相撲が得意そうなポケモンと見間違えるが、どちらも違う。

 しかしながら、似たようなふくよかな体型で細目の男性は、立てこもり犯と(サイズこそ大きく違うが)似たマグマ団の制服に身を包んでいた。

 

 導かれる答えは一つ。

 

「……新手」

 

「だ、誰だか知らねえが応援か!? その恰好してるってことはそうなんだろ!?」

「ウヒョヒョ! その通~り! マグマ団と聞いて馳せ参じましたよ!」

「助かったぜ! あの小娘、やたら腕が立って……」

「ほうほう、なるほど! そういう訳ですか! でしたら……」

 

 巨漢が繰り出したのはコータス。

 頑強な甲羅から煙幕を噴き上げるポケモンは、主人を似たような細目で一瞥。アイコンタクトを取った後、手足を引っ込めて回転し始める。

 

「それではこうするとしましょう。コータス……この不届き者らに“こうそくスピン”!」

『は? ───ぎゃあああ!!?』

「からの、“ふんえん”!」

『おぎゃあああ!!?』

 

 まさかのフレンドリーファイア。

 マグマ団のマグマ団によるマグマ的同士討ちが敢行され、窮地に陥っていた立てこもり犯は困惑しながら地に伏せる羽目に遭った。

 

「成・敗! まったく……我々マグマ団の名を騙るなど万死に値する! やれやれ、リーダー・マツブサにどう報告しようか……」

「ルカリオ、“はどうだん”」

「って、ちょおおお!!?」

 

 難しそうな顔を浮かべて腕を組んでいた巨漢へ、“はどうだん”を掌に収束させたルカリオが飛び掛かる。

 辛うじてコータスが盾となって防ぎはしたものの、突然のダイレクトアタックに困惑を隠せない巨漢は抗議の声を上げた。

 

「いきなり何をする、そこのチャイルドぉ!! 馬鹿ですか!? ひょっとして馬鹿なんですか!?」

「いや、でも」

「『でも』もアチャモもあるかい!! 人に技を出したらダメとトレーナーズスクールで教わらなかったか!!」

 

 真っ当な意見ではある。

 

「見た目がそこの人達と一緒だったので」

「うーん、正論。であれば弁明をば……いいですか、チャイルド? そこのマグマ団と名乗った連中は偽物。このホムラさんこそが真のマグマ団員であり、誉あるマグマ団幹部なのです!」

「じゃあ尚更危ないのでは?」

 

 真っ当な意見である。

 

「待て待て待て待て待たんかい!! だ~か~ら~!! 組織はとうの昔にそういった事から足を洗ったし、危害を加えるつもりもないと言っている!!」

「どうやって証明できますか?」

「うぐっ……そうだ! チャイルドのルカリオ、確か他者の心を感じ取れるとか! このホムラさんの敵意も悪意もない穢れなき心を読み取れるのなら、身の潔白も証明できましょう!?」

「自覚が無くておかしな人が一番怖いと思うんですよ」

「ストップストップ! あ、だからさっきわざわざ攻撃指示したのか!」

 

 合点がいく巨漢・ホムラは『最近のチャイルド怖い!』とビビりまくっていた。

 眼前で“はどうだん”を用意するルカリオに滝のような汗を流しながら止めようとする姿は、どうにも人質を取ったマグマ団とは気色が違う。

 

「ルカリオ、もういい」

「ホッ……やれやれ、随分と胆が冷えた。アナタはホムラさんが出会ったチャイルドの中で最もデンジャラスでクレイジー……」

「どうも。それよりもこの人らの説明を」

「急かすチャイルドですね。どれどれ……」

 

 気絶するマグマ団員を覗き込み、ホムラは『フム……』と唸り声を上げた。

 

「やはり見覚えのない顔ぶれだ」

「模倣犯と?」

「ええ。カガリ……同行していた団員と急に連絡が取れなくなった時から嫌な予感はしていましたが、まさかこのような事態になるとは……。───ッ!!?」

 

 流れていた不穏な空気を吹き飛ばす爆風。

 広がる衝撃波にホムラが身を挺してコスモスを庇えば、内と外とを隔てる窓ガラスが一斉に割れる。

 

「くっ、なんだ!?」

「まさか、予告通りに……」

 

 

 

 

 

「あ、あの野郎……本当に爆破しやがったのか!?」

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 当初の爆破予告通りかと思えば、先ほどの攻撃で気を失っていた一人が目を覚まし、うわ言のように何かを呟いていた。

 

「オイ、そこのお前! 何か知っているのか!?」

「ぎゃ!? な、なにしやがる!! 紛らわしい恰好の奴しやがって……お前のせいで!!」

「それはこっちの台詞だァ!! せっかくコツコツとクリーンなイメージを定着させていたというのに、我々の努力をよくも水の泡に……!!」

「ひぃー!?」

 

「それよりも聞きたいことが」

 

 鬼のような形相で男の胸倉を掴み上げていたホムラをコスモスが押し退けて代わった。

 

「今、『本当に爆破しやがったのか』と言いましたね。つまり本当に爆破するつもりはなかったと」

「うっ……お前に話す義理なんて……!」

「ゴルバットは一瞬で300㏄の血液を吸い取れます」

「は……?」

「これはあくまで一瞬という短い間で、という仮定の話。その気になれば獲物の血液が無くなるまで吸い続けるのがゴルバットの生態です」

「ひっ」

「ちなみにヒトが失血死する血の量は1.5リットル。ゴルバットの吸血5回分ですが……おっと、こんなところに最近ポケモンフーズばかりで血に飢えている私のゴルバットが」

「ひぃぃいいい!!? そうですそうです!! 本当に爆破するつもりなんてなかったんだ!!」

 

 牙を剥いて舌なめずりするゴルバットの姿に心が折れた偽マグマ団員が血を抜かれる以前に顔面蒼白になりながら白状した。

 

「では、本当の目的は?」

「オレらは金で雇われてマグマ団を演じてただけなんだ!! 人質を取って警察の注目を集めろって……」

「注目を集める理由は?」

「取引だよ、取引! ブツまでは知らねえが、その間だけって……あの野郎! 退路は確保するって言ってやがったのに! 前金たんまり貰って騙されちまった、クソォ!」

 

 床を叩いて嘆く偽マグマ団員。

 他の面子も同じなのか、往々にして似た反応を見せている。

 

「……まずいですね」

 

 ぽつりとコスモスが零す。

 爆破の際、どこかに火が燃え移ったのか黒煙が天井を這い始めている。早急に脱出を試みなければ火事に巻き込まれるだろう。

 ご丁寧に地上階へと続く階段とエスカレーターも破壊されている以上、悠長にしていられる時間は一秒たりともない。

 

「チャイルド! とにかく脱出ですよ!」

「……」

「我々は汚名を被らされたまま口封じされるなど御免だ! 無実を証明する為にも、誰一人として犠牲者は出すつもりは───」

「それなら、実行犯の首も必要ですか?」

「は?」

 

 予想外の返答にホムラが素っ頓狂な声を上げた。

 怪訝に眉尻を下げれば、火中においても精神を研ぎ澄ますルカリオが、ピコッと耳を立てて地面を差し示した。

 

「どうやらルカリオが感知できたみたいです」

「なんですとッ!?」

「あれを見てください。瀕死になったレアコイル……きっと電波障害が起こってたのはあれが理由。けれど、“じばく”なり“だいばくはつ”なりで瀕死になった今、妨害電波も消えたみたいです」

「だから波動で探れたと? それはビッグなニュース! チャイルド、大手柄です!」

 

 嬉々とした様子を見せるホムラ。

 だが、

 

「いえ、貴方は人命救助に当たってください」

「ヒョ? いやいやいや、わざわざ探り当てたことを明かしてまで!?」

「汚名返上なら人命救助の方が良いのでは?」

「それは……その通りだ」

「なら、迷う必要はないんじゃないですか?」

 

 解放した人質を窓際まで案内し、ゴルバットで外に運び出しつつ、待っている間はニンフィアが“ひかりのかべ”を張って炎の侵攻を食い止める。

 

「ぐっ……しかし! 未だにカガリに連絡がつかんのです!」

「……誰なんです、そのカガリって人は」

「同志ですよ、同志! 一緒にジャンボマウンテンに調査に来てからというもの、連絡が途絶えてしまったのが先日の出来事!」

 

 喚くように声を荒げながら、人命救助に勤しむホムラは頬に冷や汗を伝わせていた。

 

「そして今日の偽マグマ団! 奴らは取引の時間稼ぎと言った!」

「ですね」

「本当のマグマ団員が姿を消し、偽物が事件を起こした! しかも後者は口封じされようとしている! ならば、下手人が取引しようとしている相手は!? なぜホムラさんにカガリは連絡しないのか!?」

「───取引相手が、そのカガリという人だから。ですか?」

 

 少々飛躍した発想だが、その可能性を拭いきれないと感じるホムラだからこそ、ここまで焦燥に煽られているとも言える。

 

「チャイルド! これはあくまで推測でしかないが、偽物を口封じにしようとする輩が取引を終えた相手を無事で帰す理由は……」

「ないですね」

「事は一刻を争う! この爆破が取引完了の合図を示すのであれば、取引相手かもしれないカガリの身がデンジャラス! そこで」

「引き受けますよ」

 

 言葉を待たずして返ってきた答えに、ホムラはコスモスの方へと目をやった。

 

「よろしいんです? チャイルドに引き受ける義理は……」

「その代わり、見返りはきちんと求めます」

「……ウヒョヒョヒョヒョ! そちらの方が信用できる! 安心なさい、ホムラさんの名に懸けて褒美を授けることを約束しましょう」

「交渉成立ですね」

 

 踵を返すコスモス。

 即座にルカリオに抱きかかえられた彼女は現場から離脱し、取引現場と思しき悪意を感じられる場所を目指していった。

 

(まったく……えらく可愛げのないチャイルドだ。だが)

 

 火中を厭わず悪事を働く輩の下へと向かう少女。

 その後ろ姿にはかつてマグマ団と事を構えたポケモントレーナーを髣髴とさせるようだった。

 

 今や、ホウエンの舞姫と謳われる少女を。

 

(遥か遠くの地方にも、勇気あるポケモントレーナーは居ると……)

 

 彼女ならば、ともすれば。

 

「ウヒョ! さっさと人質を避難させて、ホムラさんも加勢に行かなくては!」

 

 この地にも、確かに新風は吹き込んでいた。

 

 

 

 




Tips:ジャンボマウンテン
 スナオカタウンから南西に進んだ先にある死火山。過去には活火山として活動していたものの、今では鳴りを潜めるかのように静寂に包まれており、いわタイプやじめんタイプの巣窟となっている。
 活火山であった頃はファイヤーが休息に赴く地という伝承もあったが、突然死火山になった理由は誰にも分からない。

ポケモンで加入したい組織は?

  • サカキ様万歳! ロケット団
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