愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

コスモス「マグマ団の マクノシタが 飛び出してきた」

ホムラ「せめてハリテヤマと呼ばんかい!」

コスモス「訂正はそこでいいんですか」


№030:ビリリダマとボール間違える奴いる?

───ナニが……起こった……?

 

 

 

「う……くぅっ……!?」

 

 明滅する視界。

 それでも意識を保つカガリは、倒れながらも自分以外の団員へと目を向けた。どうやら同様に彼らも呻き声を上げながら苦しんでいるようだ。

 

 全員が全員地に伏せるのを見届けるや、フードで隠れた男の口角は鋭く吊り上がる。

 

「フ、フフフ、ハーッハッハッハ! まんまと引っかかってくれましたね!」

「いったい……ナニを……!?」

「自分の目でごらんなさい」

「? ……!」

 

 霞む視界が映す影。

 女性団員の裾の陰。モンスターボールが装着されているベルトを見てみれば、不意にボールがぐりんと振り向き、こちらを睨んだではないか。

 

(ビリリダマ……!)

 

 してやられた! とカガリは歯噛みした。

 ボールポケモン、ビリリダマ。その球体に赤と白のコントラストは、まさしくモンスターボールの姿そのものだ。

 

 世間では『ビリリダマの大きさでどうボールと見間違うのか?』と疑念の声を上げる人々が居るが、それは見当違いだ。ビリリダマやマルマインによる感電事故のほとんどは、ポケモン固有である『体を縮める』という生態に起因するものである。

 ボールに入れるほど縮んだビリリダマは、スリープモードのボールと見比べてもパッと見では分からない。それ故に落とし物のボールと見間違えた人による感電事故が多発するのだ。

 

 ボールが先か、ビリリダマか先か。

 その議論はさておき、仕込まれていたビリリダマの擬態を見破れずに、カガリたちはまずい状況へと追いやられてしまった。

 

 そして陥れた側である男は、してやったと言わんばかりに満足げそうな笑みを浮かべていたのだった。

 

「どうです、“でんじは”の味は? 小さかろうがヒトを痺れさせる程度訳がないんですよ!」

「最初から……このつもりで……!」

「その通り! さて、まずはと……」

「っ……、返せ!」

「おっと! そんな大声を出せるとは意外です」

 

 モンスターボールを取り上げられて叫ぶカガリ。

 そのボールには、かつてリーダーの男より与えられた思い出のポケモンが入れられている。カガリにとってポケモンは目的を遂行する道具でしかない。しかしながら、道具は道具でも宝物なのだ。他人に奪われることは到底見過ごせない。

 

 だが、男の方はと言えば当然返すつもりはない。クツクツと喉を鳴らしながら倒れるカガリ達を見下(みお)ろし───否、見下(みくだ)していた。

 

「これじゃあ立ち向かうこともできませんね。ははっ、ご愁傷様ですね!」

「目的は……ナニ……?!」

「……わざわざ話してやる義理もないですが、いいでしょう。今は気分がいいのでね! ───材料ですよ、取引の」

「取、引……!?」

「そう! マグマ団を我々の組織に吸収するんですよ! いくら堅物の頭目であっても、カワイイ部下の命を引き合いに出されれば頷かざるをえないでしょう。……今の貴方のようにね」

 

───ぎりぎりぎりぃ……!

 

 高笑いする男に憤慨する余り、歯軋りを響かせるカガリ。

 これほどまでに腹の底が怒りに煮え滾りながらも、痺れた体の指一本を動かすこともなならない。認めたくはないが、状況は向こうが優勢だ。

 

「……卑怯者……!」

「卑怯? 甘いですね。まんまと野望を打ち砕かれた挙句、単なる一企業に成り下がった貴方達小悪党風情とは格が違うんですよ」

「……、……」

「さて、この後は予定が詰まってるんです。さっさと回収させてもらいます」

 

 一方的に話を切り上げた男は、ウインディとハッサムを繰り出すや痺れて動けないカガリ達を運び始める。

 

「……った」

 

 微かに響く声。

 思わずピタリと男の足が止まった。

 

「……今、何か言いましたか? 初めに言っておきますが、これ以上貴方に構っている時間はないんです」

「よか……った」

「はぁ?」

「……キミを……デリート、シテも……マツブサは───怒らない!」

 

 刹那、天井の通気口から黒煙が噴き出す。

 

「! これはっ!?」

「マグマラシ!!」

「なんだとっ!?」

 

 不意の攻撃に驚愕するも束の間、通気口の入口を破って下りてきた火達磨が男の手から奪ったボールを弾き飛ばす。

 そのまま壁と床を転がったボールは偶発的かつ計画的に開閉スイッチが押され、中に収まっていたポケモンを外の世界へと導き出した。

 

 一体はバクーダ。

 火山の如きコブを背負った巨体を揺らし、ウインディへと“とっしん”を喰らわせる。背中に乗せられていたカガリや団員は反動で宙を舞ったものの、すかさず飛び出てきたもう一体───キュウコンがクッションになって救い出された。

 

「しまった!?」

「バクーダ、“ふんえん”!」

「ブモオオオ!」

 

 怒りに焠ぐバクーダは、言われるがままに背中から辺り一面を焼き尽くす爆炎を噴き上げる。それは敵であるウインディやハッサムは勿論、カガリ達を助けたマグマラシも同様だ。

 しかしながら、爆炎に怯む様子を見せる二体に対し、マグマラシは毛ほども堪えていない。

 

 むしろ浴びせられる炎を頭部にある炎の噴出口から吸収するではないか。

 

「マグマラシ、“かえんほうしゃ”!」

「マグゥー!」

 

 次の瞬間、体内に溜め込んだ炎を爆発させるように、マグマラシの口から一条の炎が迸った。凄まじい火力だ。赤や白を超え、青に染まる炎は射線上に居たハッサムへと襲い掛かる。

 その間、キュウコンによって縄と猿轡を外された団員は、目の前に広がる灼熱の光景に感嘆の息を漏らしていた。

 

「す、すごい火力……!」

「へへっ、あれを喰らっちゃハッサムなら一たまりも……」

 

「……いや……マダ」

 

「え?」

 

 一体仕留めたと沸く部下に対し、カガリはひどく冷静だ。

 やがて炎が霧散し、その奥より敵の姿が現れる。

 

「……腐っても幹部ということですか。少々侮っていたようですね」

 

 怒りに震える声を発する男。

 彼の体には傷一つついていない。それも全ては真紅の鋏を交差させ、烈しい炎を防ぎ切ったポケモンが居るからだ。

 

「だからといって準備を怠った訳ではありません……連行する手間が増えただけであり、決して失敗などではない!」

 

 ハッサム、健在。

 あれだけの火力をその身に受けながらも、ハッサムはしっかりと地面を踏みしめて立っている。

 

「……アンビリーバブル……」

 

 文字通り信じられない結果に、カガリは柄にもなく冷や汗を流す。

 カガリのマグマラシの特性は『もらいび』。バクーダの“ふんえん”を受けた上での火力は『もうか』が発動した時に匹敵する。

 加えてハッサムの唯一で最大である弱点はほのおタイプ。余程実力差がない限り特殊攻撃である“かえんほうしゃ”は受けきれないはず───だが、

 

「理解……不能」

「フンッ。同じ道具(ポケモン)でもボクが発明した究極のポケモン───シャドウポケモンは貴方達が使うそれとは一線を画す! 兵器なんですよ、これは!」

「んっ……!」

 

 カガリへ飛び掛かってくるハッサムに対し、バクーダが盾となって割って入る。

 まんまと攻撃を受け止めるバクーダ。が、想像以上の威力であったのか、僅かに地面から足が浮かんだバクーダがカガリの真横に倒れ込んだ。

 瀕死にこそ陥っていないが、歯を食い縛るバクーダを見るからに少なくないダメージを負ったことは事実。

 

「バクーダ……!」

「どうです、見ましたか!? これこそがポケモンの潜在能力を人為的に限界まで引き上げる究極の発明! 育成? 信頼? 馬鹿馬鹿しい! ご高説垂れて時間をかける非効率なトレーナーの手に掛からずとも、我々は最強のポケモンを手に入れられるんですよ!」

 

 得意げに語る男はウインディに“フレアドライブ”を指示する。

 負けじとカガリもマグマラシに“かえんぐるま”を指示するが、諸々のスペックが違い過ぎた。

 

 真正面からぶつかり合う炎と炎。

 一瞬の拮抗も許すことなく、ウインディはマグマラシを弾き飛ばした。弧を描きながら墜落するマグマラシ。体力が風前の灯火であることを示すように、臨戦態勢を示す頭部の炎は弱弱しい。

 

「……!」

「早速一体。貴方の中ではボクを倒す算段だったでしょうが……ボクと勝負できると思うなんて愚かな考えだ。この勝利は必然。潔く敗北を認めた方が身の為ですよ」

「答えは……ノー!」

 

 カガリが語気を強めて抵抗を口に出せば、瓦礫に埋もれていたバクーダが刮目し、背中のコブから爆炎を噴き上げた。

 瞬く間に邪魔な瓦礫を消し炭するのも束の間、地震かと錯覚するようなけたたましい咆哮を地下道中に響き渡らせ、その身体より眩い光を解き放つ。

 

「バクーダ……スタンバイ」

「バァァアクォォオオオ!!」

 

 痺れた体に鞭を打ち、カガリは左腕のバングルを掲げた。

 そこに嵌められていたのは一つの宝石。

 

「それは……まさか!」

 

 訝しんでいた男の瞳が見開かれる。

 そうこうしている間にもカガリとバクーダの光は結び合い、薄暗い地下道を塗り替えるほどの輝きを生み出す。

 

 光は殻へ。

 縦横無尽に暴れまわっていた力が凝縮される果ては、さらなるモンスターが産み落とされる光景だ。

 

 やがてバクーダの身体に変化が───否、進化が訪れる。

 元より頑強な肉体がより強く、より逞しい不動の山と化すかの如く、シルエットが著しく肥大化していくではないか。

 

 そのままカガリの前へと躍り出た瞬間、真価の顕現は完成する。

 彼女を映すカガリの瞳は決意に、そして相対する男の瞳は好奇と興奮に湛えられていた。

 

「───シンクロナイズ、パーフェクト」

「キーストーンとメガストーンの共鳴……これは間違いない!」

「メガシンカ……コンプリート」

「よもやこんなところでお目に掛かれるとはッ!」

 

 

 

「メガバクーダッ!!」

 

 

 

「バアアアアッ!!! クオオオオッ!!!」

 

 荒い鼻息を鳴らすバクーダが前脚を振り下ろす。

 地面に硬い蹄が突き刺さった───間もなくして激震が地下道全体を襲いかかった。

 

 これには男も堪らず姿勢を崩し、床に膝を付けた。

 

「ぐぅッ!? これが『メガシンカ』……なるほど、確かに凄まじいパワー……!! だが……」

 

 急激に増大したバクーダに興奮しながらも、男は埃や破片が降ってくる天井を見上げた。

 これは“じしん”の影響だ。じめんタイプの技の代表格に相応しい超絶とした威力であるが、その真髄は地中に居る相手にも伝わる震動にこそある。

 

 だからこそ、今の状況は非常にまずい。

 

「正気じゃないですね!! こんな地下に居る中で“じしん”なんて心中でもするつもりか!?」

「ァハア♪ そう……キミもボクも、ここで……」

 

 今も尚“じしん”は続いている。

 このままではいずれ地下道が崩壊し、この場に居る者たち全員が生き埋めとなるだろう。

 

 人質を取るつもりが共倒れになっては仕方ない───すでに目的の代物を手に入れた男は、万が一崩落に巻き込まれてもいいようにとボールを手に取った。

 

 その瞬間を狙っていた眼光が輝く。

 

「───“いわなだれ”」

 

 メガバクーダがマグマ零れる背中の噴出口を男へと向けた。

 すれば、鼓膜が破れんばかりの発射音と共に、冷え切っておらず赫々と燃え滾る無数の岩が噴き出されるではないか。

 

 虚を突かれ驚愕に目を見開く男へ、カガリは嘲笑うような笑みを湛えてみせる。

 

「キッ……サマァ!!」

「バイバイ……♪」

「このまま逃がすと───」

 

 男の言葉は地下道を満たす“いわなだれ”の轟音で遮られる。

 

 ものの数秒で、カガリたちと男を隔てる岩壁は完成した。

 一部の岩壁は固まらずドロドロと赤熱に染まっているが、そのおかげで不用意に触れられない隔壁と化しているのだった。

 

 いくら人為的に強化されたハッサムやウインディでも、これほどの物量と熱量を前にすれば時間は稼げる。

 しかし、真に驚嘆すべきはこれほどの芸当をこなしてみせたメガバクーダそのものに他ならない。

 

 目の前の死闘を見届けていた下っ端は、余りにもハイレベルなポケモンバトルに半ば呆然自失となっていた。

 

「これがカガリ様のメガバクーダ……は、ハンパねぇ」

「……ふぅ、ぅん……んっ……」

「あ……戻った」

 

 しかし、奇跡は長く続かない。

 劣勢を覆す活躍を見せたバクーダは、カガリが辛そうに首を垂れた途端に元の姿へと戻ってしまう。主同様、バクーダもまたその威容を保てなくなったのだった。

 

「……帰る」

「へ? あ、……はい! って、イデデデデ! まだ体が痺びれれれ……!」

「……キュウコン」

 

 カガリの一声で退散しようとするも全員“でんじは”が尾を引いていた。

 自分一人では歩くこともままならない為、したっぱ二人はキュウコンに引き摺られ、カガリ自身はバクーダにもたれ掛かりながらの移動となる。

 九死に一生を得た面々。したっぱ二人は人質にされた経緯もあり、生きた心地がしないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

 だからといって労うカガリではないが、継続的に後方へ警戒を払ったままだ。

 

(……追手は……)

 

 今のところは、ない。

 このまま退避さえできれば、同じ団員と連絡を取り合って回収を頼めるだろう。それが自身らに残された現実的な希望。

 

 

 

「───このまま逃がすと……思わないことだと言ったァッ!!」

 

 

 

「……ッ……!?」

 

 の、はずだった。

 鳴動する岩壁があろうことか噛み砕かれる。ガラガラと崩れ落ちる岩壁の奥より現れ出るのは巨大な岩蛇のように見えるが……。

 

「いや……違う……!」

 

 真っ先に否定したのはカガリ自身だ。

 高熱の岩壁を砕けるポケモンは一握り。たとえ地中を時速80キロで掘り進められるイワークでさえ、あの熱量の前には火傷を引き起こして掘削どころではなくなる。

 

 しかし、その進化形ならば。

 地中の熱と圧力で鍛えられた鋼の肉体を持つ鉄蛇ならば、あるいは。

 

「ハ……ハガネールだってェ!?」

「カガリ様早く逃げましょう! あんなデカブツ、相手にするだけ損です!」

 

 猛スピードで接近してくるハガネールに、したっぱ二人が逃げるようにカガリを諭す。

 

「……イヤ」

 

 が、当のカガリは迫りくる鉄蛇の方を向く。

 バクーダに“とっしん”を指示し、地下道の壁面を抉りながらやって来るハガネールの迎撃に当たる。

 鈍い衝突音と共に地面が激しく揺れた。

 しかし、拮抗も束の間にじりじりとバクーダは押し負かされる。地面に敷かれたレンガを踏み砕く勢いで踏ん張ろうとも、ポケモン屈指の超重量を誇る鋼鉄の塊を前には劣勢を強いられざるを得ない。

 

 そんなポケモンたちの激突を前に、なんとか壁にもたれかかって体を支えるカガリはしたっぱ二人を咥えるキュウコンを見た。

 

「……イけ……!」

「! コーンッ!」

 

 意図を汲み取ったキュウコンが、颯爽と地下道を駆け抜けるように去っていく。

 

「逃がすな、ウインディ!」

「させ……ナイッ……!」

 

 キュウコンに連れ去られるしたっぱを追おうと仕向けられるウインディでったが、すぐさまマグマラシの放つ“スピードスター”に阻まれ、睨み合いに陥る。

 刹那の攻防の間、己の俊足を発揮したキュウコンの姿は完全に見えなくなった。

 

「チッ!」

「……ァハ♪ キミの……負け」

「……すぅー……、まあ、いいでしょう。重要なのは寧ろアナタの方だ。したっぱ程度いくらでもくれてやりましょう」

「……負ケ惜チミ……♪」

「ッ……フン、それは一体どちらのことでしょうね!」

 

 ゴウッ! と地下道を吹き抜ける突風。

 堪らずカガリが尻餅をつけば、先ほど以上の痛々しい姿になったマグマラシとバクーダが目の前に転がってくる。

 

 下手人は無論、眼前の男が操るポケモン。

 いずれも血走った───否、それ以上の真紅に染まる瞳は普通と言い切るにはあまりにも異常であった。

 

 加えて異常は純粋なパワーにも通ずる。

 形勢は未だ変わらずカガリが不利。男の絶対的優位は覆っていない。

 

「そろそろこちらの騒ぎも嗅ぎつかれる頃合いだ。潔く抵抗を止めた方が痛い目を見ずに済みますよ?」

「……、……」

「黙っているのならこちらから行かせてもらおうか!」

「ッ───!」

 

 ハガネールが牙を。

 ウインディが爪を。

 そしてハッサムが鋏を掲げ、カガリのポケモンへと襲い掛かる。

 

 彼女たちに残された力は皆無に等しい。

 ボロボロになったバクーダとマグマラシでは、この異常な強化を施されたであろうポケモンを倒すことはできないだろう。

 

 諦めが視界に暗闇を下ろす。

 

───まただ。

───また、迷惑をかけてしまった。

 

───今度は許してもらえるかな?

───……今度も許してもらえるだろうな。

 

───でも、

───今度は、許してもらいたく……ない。

 

「……ごめんなさい」

 

 未来を見越すのを諦めた瞳では、先のヴィジョンを見ることは叶わない。

 

 

 

 

 

「───“はどうだん”!」

 

 

 

 

 

 だからこそ、次の瞬間を見逃した。

 

「ッサ……!?」

「ハッサム!? ええい、一体誰だ!」

 

「……え?」

 

 焦燥に駆られた男の声で目を開ける。

 すれば、真紅の鎧に身を包むハッサムが、どこからともなく飛来した蒼い光弾に弾き飛ばされる光景が飛び込んできたではないか。

 

「大丈夫ですか」

「……あ……」

 

 呆然とするカガリであったが、忽然と隣に現れた少女に目を見開いた。

 

「キミ……は?」

「ホムラという人に頼まれてきました。通りすがりのポケモントレーナーです」

「!」

「貴方がカガリという人ですね?」

 

 瞬間、記憶に焼き付いた少女の面影が重なる。

 

 ちっとも似ていないはずなのに。

 なのに、どうしようもないほどのデジャブがカガリの思考を揺さぶる。

 

(………………予想外)

 

 訪れたのは敗北でも、ましてや勝利でもない。

 未来を不確定に塗り替える、新たな希望の芽に他ならなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 薄暗い地下道の先。

 そこで繰り広げられていた激震に次ぐ激震の震源地に辿り着いたコスモスとルカリオは、じっと身構えているポケモンを凝視する。

 

「見える?」

「グルゥ……」

「そう」

 

 傍らに立つルカリオとの端的なやり取り。

 しかしながら、それだけでコスモスは相手の正体を看破する。

 

(───シャドウポケモン)

 

 ルカリオにしか見えぬ禍々しいオーラ。

 ラムダが語っていた人為的な強化を施された改造ポケモン、それがシャドウポケモン。かつては似たような改造個体を利用した組織が遠い地方で暗躍していたが、今となっては一つの組織に限られる。

 

「なるほど、そういう訳ですか」

「……誰です? いくら子供だからと言って、ボクの計画を邪魔する存在には容赦しませんよ」

 

 問いかける男は倒れたハッサムをボールに戻す。

 どうやら外見以上にダメージを負っていたらしいと理解するコスモスは、やれやれと首を振る。

 

 ここまで来るのに大分苦労した。

 地下道へと続く道を探すのもそうだが、立て続けに襲い掛かってきた揺れにバランスを崩し、体をぶつけてしまうこと数回。

 

 控えめに言って全身が痛い。

 肩が痛い。

 腕も痛い。

 足も痛い。

 ついでに上から降ってきた破片が脳天に直撃して、頭も痛い。

 

───よくも私をこんな目に。

 

 見返りを求めて安請け合いしたのは自分だが、そんなことは関係ない。当然のように棚に上げる。

 

 自分は悪くない。

 悪いのはこんな目に遭わせた相手にある。

 

 そうした怒りを沸々と湧き上がらせるコスモスは、ジトッ……と細めた瞳で相手に睨みを利かせる。

 

「ようやく見つけました」

「誰だと聞いているんです」

「万事において私の邪魔をする存在は排除すると決めています。例えそれがどんな組織であれ……です」

「!」

 

 ガラガラと音を立てて天井より瓦礫が降り注ぐ。

 ルカリオが小さな“はどうだん”で撃ち落とす一方、ハガネールは自分の体を以て男の屋根に努める。

 

「……時間もないことですから、早急に事を済ませるとしましょう」

「……」

「でしょう? マグマ団……いえ、ロケット団」

「……本当に誰だ、キミは? しかし、正体を見破られてしまった以上、こんな格好をしていても仕方ありませんね」

 

 徐に衣服へ手を掛ける男が、マグマ団を騙る必要がなくなったと変装を解く。

 現れたのはメガネをかけた優男風の青年。後頭部で結った黒髪の一部には赤いメッシュが混じっており、知的な印象とは裏腹な激情を匂わせるようであった。

 

「ご明察。ロケット団幹部の一人、アルロとはボクのこと!」

「ロケット団……? ……ウソを」

「ウソ? 馬鹿も休み休み言うことですね。現に! ボクが! ここに居る!」

 

 仰々しく両腕を広げて叫ぶ青年───アルロは、否定するカガリの方を向く。

 

「ロケット団は復活したんですよ! 完璧で崇高なるサカキ様の下、我々はより強固な組織へと再編された! ロケット団は、今や過去のロケット団を超えた!」

 

 嬉々として語るアルロ。

 その様子は狂気こそ孕んでいれど、正気を失ったようには窺えない。

 

 

 だからこそ否応なしに認めてしまいそうになる───ロケット団の復活を。

 

 

「……本当に……」

「どうです!? 恐れろ! 慄け! 今回の作戦も正体がバレたところで一向に問題はないんですよ! 強いて言えば、ボクたちが欲していた物をキミたちが所持していたからこそ、体よく利用する方へ舵を切っただけのことだ」

「……よくも……!」

 

 利用された理由が半ば偶然と知り、カガリが顔を紅潮させる。リーダーが償いの為、そして新たなる夢の為に築き上げてきた信頼を無に帰す非道だ。憤慨するのも当然だろう。

 

「こんな……ヤツに……!」

「フン、ゆくゆくは世界征服を遂げる我々ロケット団と手を結べるかもしれない機会を得られるんだ。むしろ感謝してほしいくらいですよ」

「───少しいいですか?」

「うん?」

 

 傲岸不遜な態度を取るアルロへ、不意にコスモスが投げかける。

 

「一つ確認ですが」

「なんだ?」

「ロケット団のボスは、本当にサカキという名前なんですか?」

「……どういう意味です? まさかキミもロケット団は解散しているはずとほざくクチか」

 

 訝しむアルロの眼光が三割増しで鋭く閃いた。

 対するコスモスは淡々と。変わらぬ口調で受け応える。

 

「いえ、単純な疑問です」

「子供に……ましてや、我々に歯向かう邪魔者に答える義理はないと言ったら?」

「───実力行使に出ます」

 

 刹那、蒼い光が瞬いた。

 

「ハガネール!」

「ルカリオ、続けて“みずのはどう”」

「ウインディ、“しんそく”で攻め立てろ!」

 

 牽制用に放たれた小型の“はどうだん”をハガネールが受け止める。

 その隙を突き、“みずのはどう”の準備をしていたルカリオの懐へ、目にも止まらぬ速さで肉迫するウインディが牙を剥いてきた。

 

 これにはルカリオも攻撃を中断し、ウインディの猛攻を凌ぐ態勢に入る。

 迸る“ほのおのキバ”はルカリオに対して効果は抜群。一撃でも喰らえば怯みは必至。

 

(ここは落ち着いて様子を……)

 

「ヴァアアア!!」

「え」

 

 突如としてウインディの攻撃を阻むように現れる影。

 タイプ:ヌル───普段に増して敵意を露わにする人工ポケモンは、ウインディの巨体を掬い上げるように体当たりをぶちかます。

 不意を突いた攻撃に、宙に浮かぶウインディも天井に激突した後、苦痛に顔を歪めながら距離を取るべく飛び退いた。

 

「勝手に出てこない」

「フーッ……フーッ……!」

「……聞いてないですね」

 

 どうしていつもこうなのか、と頭を抱えるコスモス。

 しかし、ふと自分に向けられた視線の感触が違うことに気が付く。改めて相手の方を向けば、そこには眉間に皺を寄せるアルロの姿があった。

 

 彼は紛れもなく、タイプ:ヌルへと視線を注いでいる。

 

「どうしてそのポケモンを……一体どこで手に入れた!」

「答える義理はないと言ったら?」

「……おごった考えが引き起こすのは敗北ということを、存分に思い知らせてやる!」

 

 アルロが指示を飛ばすや、地下道をハガネールとウインディが猛進してきた。

 広いとは言い難い地下道の中、二体の巨体が動くだけでも轟音は反響し、耳朶の奥をガンガンと打ち鳴らす。

 

 まずは彼らの進行を止められなければ話にならないだろう。

 鼓膜の痛みに顔を歪めながら、コスモスが声を上げる。

 

「ヌル、ウインディに“ブレイク……」

「ヴァアアア!」

「……ルカリオ、フォロー! ハガネールの頭上に“はどうだん”!」

「バウッ!」

 

 コスモスの指示を聞く前に飛び出すタイプ:ヌル。

 これでは1体と1体VS2体だと呆れつつも、すかさずルカリオに援護に入るよう求める。ハガネールを相手取るにはタイプ:ヌルでは荷が重いと、特殊攻撃である“はどうだん”による援護射撃が巨大な鉄蛇へと襲い掛かる。

 

 一つ一つの大きさはそこまでであり、ダメージも小さい。

 しかし、本当の狙いは天井にあった。ただでさえ戦闘の余波でもろくなっている天井を撃ち抜けば、必然的に天井が瓦礫となって降り注ぐ。

 そうなってしまえばハガネールもアルロ(トレーナー)を守らざるを得なくなり、派手な動きができなくなる訳だ。

 

 降り注ぐ瓦礫に身の危険を覚えたアルロは、すぐさまハガネールを呼び戻す。

 

「小癪な……! ……だが」

 

 目を細めるアルロは、ウインディと取っ組み合いになっているタイプ:ヌルを見遣り、ニヤリと口角を吊り上げた。

 

「命令も聞かないポケモンを仕向けるなど傲慢で浅はかな考えですね! まずはそちらを崩そうか!」

「ヌル! 回避!」

「遅い!」

 

 相手の動きを察知して呼びかけるコスモスであったが、我を忘れて暴れるタイプ:ヌルに声は届かない。

 その異変には見覚えがあった。

 

(理性を失っている? こんな時に……!)

 

 初邂逅の記憶が脳裏を過る。

 コスモッグを狙い、一心不乱に襲い掛かってきたタイプ:ヌル。ザングースとハブネークが本能のまま闘うかの如く、あの時のタイプ:ヌルは理性が欠落したと言わんばかりの戦いぶりだった。

 

───どうして、今?

 

 何かが。

 本能に近しいタイプ:ヌルの根底が、衝動となって縛られた体を突き動かしている───コスモスの目にはそう見えた。

 

 しかし、野生同士の戦いならばともかく、トレーナーが介在するポケモンバトルにおいて無我夢中に戦うなど愚策中の愚策。

 案の定、タイプ:ヌルはウインディに懐へ潜り込まれる。

 

 そして、

 

「ウインディ、“インファイト”!」

「グォアアア!!!」

 

 獰猛な肉食獣の形相を湛えたウインディが、その丸太のように太い前脚をタイプ:ヌルへと叩き込む。

 苦しそうな呻き声が、直後に響く。

 けれども“インファイト”はそれだけで終わる技ではない。前脚から流れるように体当たり、頭突き、尻尾を叩き込み、最後に後ろ脚で蹴り上げる。

 

───こうかは ばつぐんだ

 

「ヴッ……!?」

「───ほう、今の猛攻(インファイト)を喰らっても倒れませんか」

 

 目にも止まらぬ連撃を叩き込まれるも、辛うじて四つの脚で踏ん張ってみせるタイプ:ヌルに、感心したかのようなアルロの呟きが漏れて聞こえる。

 

「まあ、我々の兵器として生み出された以上、このくらい耐えてもらわなくては話にならない」

「フーッ……フーッ……」

「だが限界みたいですね。それも失敗作ならば是非もない。タイプ:フルの出来損ない……タイプ:『ヌル』」

「ヴァアアア!!」

 

 今にもマスクを破らんとする勢いで吼えるタイプ:ヌル。奥に佇む瞳からは、恐ろしいまでの敵意と憎悪がありありと窺えるようだ。

 

(ヌルはまだ戦える……けど、それだけじゃ)

 

 戦意が折れていない限り、負けとは決まった訳ではない。

 それでも芳しいとは言い難い状況には違いないからこそ、コスモスは頭を悩ませていた。

 

(スペックだけならウインディと戦えるとみたけれど、こうも言うことを聞かないとなると退かせるべきか。でも、流石に二体相手じゃルカリオの負担も……)

 

「───ちょっと……イイ……?」

「はい?」

 

 コンピュータも斯くやという速さで思案を巡らせていたコスモスへ呼びかける声。

 

「ボクが……サポート……」

「大丈夫ですか?」

「まだ……ヤれる……!」

 

 僅かながら痺れが抜けてきたカガリが、壁に指を食い込ませながら立ち上がった。

 ほぼ同じタイミングで、地べたに這い蹲っていたバクーダとマグマラシも起きる。メラメラと揺らめく炎は彼女たちの怒りそのものだろう。風景が揺らめくほど熱く、そして赤々と燃え盛っている。

 

「分かりました。ルカリオをウインディにあてがいます」

「! ……了解」

 

 たったそれだけのやり取りで意思疎通を図った二人の指示は早かった。

 

「ルカリオ、ウインディに“みずのはどう”!」

「なに? なら……ハガネール、ウインディの盾になれ!」

 

 照準をウインディへ向けるルカリオ。

 そこへ地下道の壁や天井を抉りながら爬行してくる鋼鉄の巨体が割って入ろうとすれば、

 

「させ……ない! “いわなだれ”」

 

 行く手を阻む岩壁が降り注いだ。

 はがね・じめんタイプのハガネールに対し、いわタイプの技───それも物理攻撃など痛くも痒くもない攻撃だ。

 しかし、これだけの質量と物量が降り注いだとすれば、どれだけパワー自慢なポケモンでも動きを阻害される。時には怯むことだってあり得るだろう。

 

 結果から言えば、“いわなだれ”はハガネールに対し十分な働きを見せた。

 爬行する鉄蛇の動きをほんの僅かに遅延させる。

 

 その間、ルカリオは目にも止まらぬ早業で“みずのはどう”を発射した。

 タイプ:ヌルと睨み合っていたウインディは、みずタイプの技が迫っている光景にどうするべきか指示を求めてアルロの方を一瞥する。

 

「構うんじゃない! “フレアドライブ”で確実に仕留めろ!」

 

 気炎を吐くかの如き命令に、ウインディの目から迷いが消える。

 刹那、鮮やかな火の粉が舞ったかと思えば、地下道を真っ赤に照らし上げる爆炎がウインディの身を包んだ。

 

 その直後に“みずのはどう”が着弾し、水飛沫が上がる。

 水を被った炎は若干火勢を衰えさせる───が、弱った相手にトドメを刺すだけの威力は保持したままだ。

 

 焼き尽くす具材は他でもない、タイプ:ヌルだ。

 太ましい足で地面を踏み砕き、爆炎と化したウインディが駆け出した。“インファイト”を喰らった今、これほどの高火力を受けて無事で居られるほど、タイプ:ヌルには体力は残されていない。

 

「マグマラシ!」

 

 しかし、巨体と巨体に割って入る火影が一つ。

 『今更なにを……』と口走ろうとしたアルロであったが、次の瞬間、思い立った彼が冷や汗を流した。

 

「しまった! “もらいび”か!」

 

 一度は目にしていた。

 にも関わらず、この瞬間まで忘れていたのは無意識の内に功を急いていたからに尽きる。騒ぎを嗅ぎつかれるまで───地下道が崩れるまで───それ以外にも───懸念は思い起こせばいくらでもあった。

 

 失態に毒づく間もなく、“でんこうせっか”でウインディに肉迫したマグマラシは、彼が身に纏っていた炎を()()()

 そうするや、“フレアドライブ”の火勢がみるみるうちに衰える。相手のほのお技を自身の火力に転換する“もらいび”の本領発揮だ。

 

「これでは……!」

「ヌル! ()!」

 

 火勢が衰えた瞬間をコスモスが報せる。

 

 それは技を叫ぶでもなく、作戦を伝えるでもなく。

 ただただタイミングだけを報せ、後の事を全て委ねる、コスモス自身にとってもありえないと感じる究極の放任であり、

 

「ヴァアアア!!!」

「グ、ォアア!!?」

 

───最適解だった。

 

 逆襲の一撃は、ウインディの鼻っ面に叩き込まれる。

 徹底的に威力を殺された“フレアドライブ”の綻びを見抜いての攻撃は、的確にウインディの急所を捉えていた。

 これにはウインディも面食らい、一歩、二歩と後退りする。

 

「その程度で怯むな! たかが一発に……!」

「誰が一発と言いました?」

「な……にィ!?」

 

 叱咤するアルロの目に飛び込んだ、怯んだウインディへ叩き込まれる()()()

 

「───“ダブルアタック”」

 

 一撃目が鼻っ面へと叩き込んで怯みを誘ったとするならば、二撃目は生み出した隙を利用した本命。

 体を大きく捻って振り返るタイプ:ヌルは、全力で尾ひれをウインディの横顔を叩き───否、殴りつけた。

 

 ウインディほどの体格を以てしても、ほぼ同じ体格に、それも態勢を整える間もなくもらった重い一撃には足が地面を離れ、大きな亀裂が広がった壁へと叩きつけられる。

 

「グ、ルゥ……!」

「なにをしている! お前はボクが手ずから仕上げたシャドウポケモンなんだぞ! これしきの攻撃で倒れるのは許されないと思え!」

「ル……、ォアアア!!」

 

 アルロの怒声に刮目したウインディが、重い体に鞭を打って“とおぼえ”を上げる。

 同調するハガネールも重機に似た咆哮を上げれば、足止めに一役買っていた“いわなだれ”が次々に噛み砕かれ無力化されてしまった。

 

 一矢こそ報いたが、状況としては火に油を注いだようだ。

 気炎を吐きながら牙を剥く二体のシャドウポケモンに、カガリも心底辟易したように吐き捨てる。

 

「……タフ……」

「いえ、そうでもないみたいです」

「……?」

 

 コスモスが言うや、ウインディが膝から崩れ落ちた。

 

「どうした、ウインディ! くっ……やはり消耗が激しいのがネックか……」

 

 青筋を立てるアルロは、何かを納得したように独り言つや『もういい、戻れ』とウインディにリターンレーザーを照射する。

 

「これで4対1ですね」

「4対1? まさか! ボクの手持ちがこれだけとでも……うん?」

「……何の音?」

 

 新たなボールにアルロが手を掛ける───その動静を注視していた全員が耳にした微かな音。やけに甲高く、音が反響しやすい地下道では頭の奥にキンキンと響いてくる蒸気機関にも似た異音に、各々は周囲を警戒して見渡している。

 

「野生のポケモンですかね?」

「……分からない……でも、近づいてくる……!」

「……バウッ!」

「───そっち!」

 

 ふと後ろに吼えるルカリオに、コスモスも続いて視線を向けた。

 

 

 つられて誰もが目を向ける。

 その瞬間に現れたのは、

 

 

「コォー――――ッ!!!」

 

 

───ビュンッ!!!

 

 

「ッ!?」

「げほっ」

「うわあ!? な、なんです!?」

 

 と、コスモスの後方から風を切って現れる謎の円盤が、三人の傍を通り過ぎていく。

 余りにも早く、そして煙たい未確認飛行物体Aは何事もなかったかのように地下道の角を曲がっていく……寸前で、切り返してきた。

 

「一体なんなんだ、煩わしい! ハガネール、噛み砕け!」

 

 切り返してくれば、今度はアルロ側から飛来する。

 何度も邪魔されてはバトルに支障が出ると、アルロが選択したのは迎撃。ハガネールの頑丈な顎さえあればひと思いに仕留められると“かみくだく”を指示する。

 

 次の瞬間に聞こえてくるのは、ハガネールが噛み砕いた挟異音。

 

 

───ガギンッ!!!

 

 

 ではなかった。

 

「ガッ……!?」

「~~~、コォーーーッ!!」

「ガッ、ハァ!?」

 

「ハガネール!?」

 

 飛来物に牙を立てていたハガネール。その口腔から、あろうことか赫々と燃え上がる爆炎が噴き上がった。

 当然、ハガネールはここまでのほのお技を覚えない。

 するとなれば必然的に噛み砕かれそうになった謎の飛来物による反撃と見る方が可能性としては高く、現に堪らず解放されるや正体を露わにしたポケモンが威嚇の白煙を吐き出した。

 

「コータスッ!? こんな場所に誰のポケモンだ……!」

「……ホムラ……?」

 

 地下道に住み着いている野生ポケモンとは気色の違うポケモン、コータス。

 故に何者かの手持ちと推察したカガリが知り合いの名前を挙げるが、見知ったポケモンならば警戒を解くはずのルカリオが、現れたコータスに対しては違った様子を見せていた。

 

「マグマ団のではないと?」

「ワフッ」

 

 すなわち、ホムラのコータスとは個体が違う。

 そうコスモスに確信を持たせたのは何よりも戦い方だった。

 

(“こうそくスピン”でああまで素早さを上げるなんて。普通だったら平衡感覚を失いかねないのに……やる)

 

 “こうそくスピン”は威力こそ低いが、場に仕掛けられたトラップ解除や、鈍重なポケモンが自身の素早さを高める効果を持つ有用な技の一つだ。

 しかしながら、素早く動けるのは回転している間だけ。裏を返せば回り続けている間は俊敏に動けるものの、逆に速度が高まり過ぎれば制御が難しくなる一長一短な一面もある。

 

 それをあのコータスは完全に制御していた。

 トレーナー───それも『凄腕の』がつく腕利きに育成されたことは明白の事実だった。

 

 

 

 

 

「───ここが、火の元?」

 

 

 

 

 

 ブワリと。

 その瞬間、熱気が地下道に満ちた。

 

 瞬間的に高まった気温に全身から汗が噴き出す。

 熱い───なのに、寒い。

 相反する、今度は寒気が身を襲った。

 

 圧し掛かるプレッシャーを肌身に覚える面々は、じっとりと汗が張り付く不快感に眉を顰めながら、うだるような熱さの元へ振り向いた。

 

「チッ……来たか」

 

 半ば予想していたようなアルロの口振りに対し、ユラユラと不定形のシルエットを描いたまま歩み寄ってくる女性。

 傍には陽炎を生み出す熱量を宿すほのおポケモンの姿がある。

 スナオカタウン。ほのおポケモン。その二つのピースがピタリとはまる凄腕のトレーナーと言われれば、答えは自然と導き出される。

 

「フンッ……今更ノコノコやって来たか」

「日陰はやっぱり好ましくないです。気分がジメジメするから」

 

 

「───スナオカジムリーダー、ヒマワリ!」

 

 

 鮮やかな赤髪が熱波に揺らされ、薄い微笑みを湛えた口元が露わとなった。

 刹那、腰の後ろで握られていたボールが開かれる。赤い光と共に参上したのは、燃ゆる白兎のポケモン。

 

「エースバーン」

「ファニィィイイイ!!!」

 

「ッ、ハガネール!!」

 

「───“かえんボール”」

 

 ドッ、ギュゥゥウン!!!

 

 周囲の空気を巻き込んで産声を上げた炎弾が、さながらビームの如く一直線に蹴り飛ばされる。

 攻撃の予兆を見抜いていたアルロはハガネールに注意を促す───が、すでに直撃をもらった直後だった。

 

 鋼鉄の巨体が上体を反らし、そのまま後方へと倒れ込む。

 倒れたハガネールの頭部を見れば、一部だけ赤熱した部分が存在し、間もなく冷え固まっては煤のついた跡と化す。

 単にほのおタイプの技を受けただけではない。“かえんボール”の元となったであろう石ころが衝突し、その回転で生まれた摩擦熱がハガネールの肉体を一部鉄粉へと還したのだろう。

 

 ハガネールに一瞥をくれたアルロは、今も尚小石をリフティングするポケモンの動静に注意を払いつつ、ジリッ……と後ずさった。

 

「……やってくれる」

「はがねに負けてはほのおタイプの面目丸つぶれですので」

「どうしてここが分かったんです?」

「熱い陽射しに呼ばれて」

「は?」

 

「ポワッ♪」

 

「そのポケモンは……!」

 

 要領を得ない答えに目が点となるアルロだったが、不意にヒマワリの背後より顔を覗かせる太陽に似たシルエットに合点がいく。

 

「ポワルン……! ……そうか、“ひでり”」

()()()()()()()()()()()()()()。不自然に思ってきてみれば激しいバトルの余波……来ない方がおかしいじゃない?」

「チッ!」

 

 やはりあの時キュウコンを追えていればとアルロは振り返る。

 “てんきや”の特性を持つポワルンは、簡単に言えば天気に対応した姿を顕現させるフォルムチェンジする種族の中でも多くの姿を有すポケモンだ。

 カガリの下から離れたキュウコン。あの時は特性が分からなかったが、おそらくは“ひでり”だ。それが外の天候に影響し、地上のポワルンへと作用したに違いない。

 

「それに偶然すれ違ったキュウコンが連れていた人たちから子細は聞いた。ロケット団……随分と好き勝手やっちゃってくれて」

「わざわざこんなアンダーグラウンドへご苦労ですね。殊勝なことだ」

「アナタに褒められても嬉しくないわ」

「それはそうでしょう。褒めたつもりは───ない!!」

 

 広がる赤い三日月。

 アルロの背後に現れる影に、誰もが目を見開く。

 

「ボーマンダ……!」

「ルカリオ! “りゅうの……」

 

 『はどう』と言い切る前に、突き刺す冷気がコスモスの頬を撫でる。

 

「グアアッ!!?」

「なっ……ボーマンダ!?」

 

 堅牢な肉体をも凍てつかせる冷気にボーマンダは苦しんでいる。

 流石にボーマンダほどの強力なポケモンを仕留めるにはいかない一撃。しかし、牽制とするならば十分すぎるほどに体力を削った。

 

(ポワルンの“れいとうビーム”……なるほど、普通のほのおタイプでは中々覚えられない技ですね)

 

 目にも止まらぬ早業の持ち主はポワルンだ。

 今のポワルンは『たいようのすがた』。強い陽射しの影響を受け、身体全身が熱を帯びている太陽の化身に等しい状態である。

 にも関わらず、熱気とは正反対に位置する冷気を操るポワルンは、ほのおタイプのポケモンという括りで見れば異質な立ち位置だ。

 

(ドラゴン対策ですかね。持ち物はたつじんのおび……的確に弱点を射抜くバトルスタイルと)

 

 しめしめと戦法を頭に入れるコスモスを横目に、ヒマワリはじりじりとアルロを追い詰めていく。

 

「どうする? このままバトルしてもいいけれど」

「くっ……弱点を突いたぐらいでイイ気になって!」

 

 アルロが一歩退く。

 すると、ヒマワリが一歩寄る。

 

「イイ気……って言うと違うかも。今のジブンの気分はカンカン。こうも故郷で好き勝手やられちゃあ陽気にお日様にも当たれない」

「……」

 

 また一歩退く。

 すると、また一歩寄る。

 

「自首するなら今の内ですが……どうします?」

「───フッ……、ハハハハハ! ハーッハッハッハ!」

 

 顔を俯かせていたアルロの唐突な高笑いが地下道をワンワンと反響する。これにはヒマワリも顔を訝しめた。

 

「『自首をするなら今の内』? 馬鹿も休み休み言え! それは勝利を確信するおごった人間の言葉です!」

「違うって主張するなら力尽くで教えてあげるけど」

「ほう、それは結構なことだ! だが、身をもって敗北を教えられるのは……キサマたちの方だァアアア!」

 

 怒りに焠ぐ形相を浮かべ、アルロが取り出したのは一つのボール。

 だがしかし、それを目の当たりにした面々に途轍もない衝撃が突き抜けた。

 

 モンスターボールも多種多様だ。『ポケモンを捕まえられる』という一点を除けば、デザインも違えば性能も違ってくる。

 その中でもボールに求められるのはポケモンの捕まえやすさだ。ほとんどのポケモントレーナーは一期一会の運命的な出会いをものにすべく、確実にポケモンを捕まえられるボールを求めていた。

 

 しかし、現在販売されているボールはせいぜい捕獲できる可能性を高められる程度に留まる。

 

 絶対に捕まえられるボールなど、夢のまた夢の話───かと思いきや、実は存在していた。

 

 必ず。絶対。確実に。

 どんな強くて凶悪なポケモンの抵抗に遭ったとしても。

 それこそ伝説のポケモンでさえ捕まえられると噂される究極のモンスターボール、その名を。

 

 

 

()()()()()()()!!?」

 

 

 

 コスモスが柄にもなく叫ぶ。

 嘘か真かと眼を擦るも、アルロが手にした紫色に刻まれたMの字は、紛れもなくトレーナーの願望の塊と言える代物に間違いはなかった。

 

 それを手にした途端、ロケット団の青年は理知的な雰囲気をかなぐり捨て、打って変わったように激情をぶちまける。

 

「どいつもこいつもボクを見下したような目で見て……ふざけるなァ! ボクは天才なんだ! 最高の科学者なんだ! だからサカキ様に見初められた! シャドウポケモンも開発してみせた! そして成果を買われて幹部にも成り上がって……()()()()()()も託された!」

 

 地面に叩きつけるようにマスターボールが投げつけられる。

 次の瞬間、地下道を禍々しい色の炎が吹き抜けた。身の毛もよだつ重圧(プレッシャー)を覚え、ヒマワリはとっさにコスモスとカガリを庇う。

 

「下がって!」

「これはっ……炎、じゃない……!?」

 

 肌を焼き付けるような熱さを覚えるコスモスであるが、純粋な炎とも違う悍ましい感覚に違和感を覚える。

 一体どのようなポケモンが現れたのかと面を上げるも、依然、黒々しい火炎は吹き荒れていて姿を拝むことは叶わない。

 

 並みの攻撃では破れないと察するや、ヒマワリは場に出た三体とアイコンタクトを取って仕掛ける。

 

「一斉攻撃!」

 

「ファニィイ!!!」

「コォーーー!!!」

「ポワァ!!!」

 

 エースバーンの“かえんボール”、コータスの“オーバーヒート”、ポワルンの“だいもんじ”とほのお技のオンパレードが昏く燃え上がる炎の壁に突き刺さる。

 

 目の前に居るだけで息が詰まりそうだ。

 吸い込んだ空気で肺が焼けそうになる感覚を覚えながら、コスモスは烈しく入り乱れるほのお技を食い入るように見つめる。

 

「───ダメ、か」

 

 次の瞬間、炎の三重奏が弾け飛んだ。

 飛び散る火の粉。弾き返された炎は余波だけでも凄まじく、コスモスらを守ろうとするルカリオや立ち向かわんとしていたタイプ:ヌルを熱風で煽るように吹き飛ばす。

 

 未だに渦を巻く苛烈な炎は収まらず、ただでさえ脆くなっていた地下道の崩壊を加速させていく。

 

 退き際か───幹部であるアルロに問い詰めたい疑問があったコスモスも、流石に食い下がることを止めた。

 

「ジムリーダーさん、ここは退きましょう。命あっての物種です」

「……そう。でも、それは向こうも一緒みたい」

 

 

「ハハハハハ! ボクとキミたちとでは撤退の意味合いが違う!」

 

 

 反論するアルロの足元では土煙が上がっていた。

 先ほどまで倒れていたハガネールの姿はない。しかしながら、地下道が崩壊する音とは別に鳴り響く掘削音が腹の底に延々と響いていた。

 

「ボクの方は既に目的を達した! すなわちこれはボクの一人勝ちだ! そしてキミたちの敗走でもある!」

「っ……」

「ボクは一足先に地上へ抜けますが……果たしてキミたちは間に合いますかね? もっともロケット団に楯突いた以上、今後の命の保証は無きに等しいですがね!」

 

 最後にもうひと笑い響かせるや、アルロの姿は土煙に紛れて消えた。恐らくは地中から逃げたのだろう。

 

「ボクたちも逃げなきゃ……!」

「こちらへ。地下道のことならジブンがよく知っています」

 

「いえ、その必要はありません」

 

「「え?」」

 

 瓦礫が降り注ぐ地下道の中、やけに落ちついたコスモスが二人に語り掛けた。

 なぜこうも冷静で居られるのか。

 少女の考えていることが分からず思わず唖然としてしまった二人を前に、どこからか明るい鳴き声が上がる。

 

それも少女の服の中から。

 

「この子……コスモッグが“テレポート”を使えます」

「モッグ!」

 

 小さな救世主が、ひょっこり顔を覗かせた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───まったく。余計な邪魔が入った……!」

 

 地下道から少し離れた場所。

 元より逃走経路として想定していた地点に“あなをほる”で到着したアルロは、先刻までのバトルを思い出してチーゴのみを嚙み潰したような表情を湛えていた。

 迎えたのは当初の計画から大きく逸れてしまった結末。こうしてアルロの苛立ちが募るのも無理はない話だった。

 

───あの子供のせいだ……。

───あの子供さえ居なければ……!

 

 誘き寄せたカガリの抵抗は想定内だった。

 だからこそ、ビリリダマを仕込んだりシャドウポケモンを用立てたりした。

 

 問題だったのはその後だ。

 誰にも邪魔されまいと選んだ入り組んだ地下道にやって来た少女。彼女の参上から歯車が狂い始めた。

 

 たんなる有象無象ならばこうも手間取らなかった。

 現れた少女が紛れもない異才だったからこそ抵抗を許した。時間を稼がれた。結果、ジムリーダーがやって来て奥の手を見せるに至った。

 

「……ふぅ~~~……。落ち着きなさい、当初の目的は果たしたと言った。()()さえあれば作戦に支障はない」

 

 自分を宥めながらアルロが手にしたのは、カガリより奪取した鮮やかな置石。

 

「すぐにでもジャンボマウンテンに向かいますか……ここに居ては腸が煮えくり返って仕方ない」

 

 そこまで言ってから『そうだ』とアルロは思い出した。

 

(百貨店の方はどうなった?)

 

 『今頃大騒ぎでしょうね』と悪辣な笑みを湛えるアルロは、カイリューを繰り出し上空へと羽搏いた。

 その間脳裏に浮かべたのは百貨店の惨状。マグマ団に罪を着せるべく、あれこれ手を回し、あまつさえ爆弾代わりのポケモンをあちこちに仕掛けたのだ。

 

 爆弾とは“だいばくはつ”を使うレアコイルやマルマインだけではない。かつてロケット団が開発した怪電波。それを利用し最終進化形まで強制的に進化させられた野生ポケモンは、有り余る力に暴走し、警察を大いに引き付けていることだろう。

 

(我ながら完璧な作戦ですね)

 

 これ以上なく注意を地上へと集められる作戦だ。

 どこにも失敗する要素などないとしたり顔のアルロは、少しばかり阿鼻叫喚の様相を呈しているであろう百貨店を見ようと地上を見下ろした。

 

「なっ……!!?」

 

 そして、絶句する。

 

「な、なんだ、あれは……!? 建物が……()()()()……?」

 

 数多の爆発でボロボロになっている予定だったスナオカ百貨店。

 住民の憩いの場所であった建物は、遠目から見ても分かる規模の氷塊に覆い尽くされていたのだ。

 

───いったい誰が?

 

 考えられるのは伝説のポケモン・フリーザー。

 ホウジョウの地では『冬の神』とも称される彼の氷鳥ならば、建物一棟を氷漬けにするなど容易いだろう。

 

 しかし、いくらなんでも都合が良すぎる。

 

「どういうことだ!? ええい、自分の目で確かめるしか……」

 

 居ても立っても居られなくなったアルロは懐よりお手製の望遠スコープを取り出す。

 遠方のポケモンをも映し出す特製品だ。数キロ離れていても鮮明に映し出すことのできるスコープを頼りに状況を把握しようとしたアルロは───目が合った。

 

 

(───あ?)

 

 

 こちらを覗き込んでいる青年が、ポツンと百貨店の中腹に立っていた。

 

 傍にはラプラスが。そして壊れた窓から地上へと続くなだらかな氷の滑り台がある。

 地上へと目を向ければ無事を喜び合う人々が歓喜に沸き立っていた。

 どうやら百貨店に取り残された客は地上へと逃げ延びたようだ。

 顔こそ煤で薄汚れてはいるが、凶暴なポケモンに襲われたような怪我を負っている人間は誰一人として居ない。

 

 それどころか、怪電波で強制進化させたと思しきポケモンたちが青年を中心に倒れているではないか。

 

 なんだ、ヤツは。

 どういうことだ。

 どうして倒れている?

 どうして負けている?

 誰もかれも勝てなかった?

 誰もかれも負かせなかった?

 たった一人に?

 たった一人のポケモントレーナーに?

 

 

 ()()は───いったいなんなんだ!!?

 

 

「ぐっ……!? クソォ!!」

 

 現実を直視する気も失せたアルロは望遠スコープから目を背ける。

 

 

 

「このままでは済ませない……ロケット団の恐怖はこれからだァ!!」

 

 

 

 腰に携えるマスターボール。

 それより溢れ出すのは、尽きる事のない嫉妬と怒りの炎か。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、カイリュー……」

「クゥ~?」

「ワタルのカイリュー思い出すなぁ……“バリヤー”使ってくるの」

 

 

 

 




オマケ(作:柴猫侍)

コスモス


【挿絵表示】


ピタヤ


【挿絵表示】

ポケモンで加入したい組織は?

  • サカキ様万歳! ロケット団
  • カガリ様hshs... マグマ団
  • ウホ、イイ男... アクア団
  • このアカギにさからららら…! ギンガ団
  • ゲーチス♪ゲーチス♪ プラズマ団
  • フレーフレーフレア! フレア団
  • グズマさんが最高でスカら! スカル団
  • 代表に保護されたい… エーテル財団
  • マリィ愛してるぜー! エール団
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