コスモス「その頃ヒードランは」
レッド「天井に十字の鉤爪を喰い込ませて……」
ヒードラン「ごぼ ごぼぼ!」
№035:フィーリング・ポケモン・ネーミング
「もっ……もっ……もっ……」
山のように積もったポケモンフーズが減っていく。これほどまでに食欲旺盛なポケモンは、未だかつてコスモスの手持ちに存在したことはなかった。
「……食費」
「ユ?」
「いいんですよ、これも必要経費……」
怪訝そうに向けられるつぶらな瞳だったが、尻すぼみになっていくコスモスの言葉を受け、小っちゃい白い生物は食事を進める。
特に良い子にしていた訳でもなく、聖夜でもない日中に手渡された謎のプレゼント。
その正体は紛れもなくポケモンであった。
「『ユキハミ、いもむしポケモン。地面に積もった雪を食べる。たくさん食べれば食べるほど、背中の棘は立派に育つ』……と。むし・こおりタイプとは中々珍しいですね」
「……キャタピーみたい」
図鑑を確認する少女の傍ら、観察していたユキハミのほっぺをレッドが指でつつく。感触はさながら大福のようだ。モチモチとして弾力がある。甲殻の発達していない幼虫だからこその感触は中々に癖になるものだった。
「ずっと触っていられる……」
「ユ?」
「……それはオレの指。エサじゃないだだだだっ」
指に吸い付かれたレッドから控えめな悲鳴が上がる。
やれやれ仕方のない奴だ……、と歩み出るピカチュウがユキハミを掴んだ。が、いくら引っ張ってもユキハミは外れない。ともすれば狂気的にも見えるつぶらな瞳に見据えられたまま、レッドの指はちゅうちゅう吸い続けられる。
「どうしよう外れない」
「先生」
「あ、何かいい方法でも……」
「この子は進化したら『きゅうけつ』を覚えられるみたいです」
「待って」
そういう情報は聞きたくなかった。
サァッ……、と顔が青ざめていくレッド。けして血を吸われているからではない。
「ピカチュウ助けて」
「ピィッ……カッ!!?」
「目゛っ」
ツルーン、ドグシャ!! と、氷の棘がレッドの眼球に突き刺さった。ピカチュウの手が滑り、勢いよく解き放たれた様相は『ロケットずつき』そのもの。
余りにも鮮烈な事故現場を目撃し、真顔であったコスモスも瞠目した。
「先生!」
「シロガネ山に引きこも……山籠もりしていなかったら危なかった」
「先生!」
しかし、無駄に山籠もりで得た耐久力が功を奏したようだ。
この程度霰のスリップダメージにも及ばないと言わんばかりのレッドに、コスモスも終には感嘆の声を漏らしていた。
(なるほど。あえて自分の身を悪天候の環境下に置くことで、いざ実戦で視界が悪い中でも戦況を把握できるよう目を鍛えているという訳ですね。流石は先生です)
勝手に合理的に解釈して尊敬を募らせる。これを彼女の美点と捉えるべきか、唯一心の声を読み取れるルカリオの悩みは尽きない。
山盛りだったポケモンフーズを食べ終え、ご満悦のユキハミが穏やかな寝息を立て始める。ほぼほぼ初対面な者たちの中心で堂々眠りに入るとは中々に図太い性格だ。
そんなユキハミへ、コスモスが雑にモンスターボールを投げる。
弧を描いたボールはコツン、とユキハミに命中し、ほとんど揺れることなく捕獲完了の合図を出した。
「手持ちに?」
「はい。むしタイプは早熟ですので。手持ちの層を厚くするにはもってこいです」
それに現在の手持ちにはむしとこおり、どちらのタイプも在籍していない。
タイプエキスパートでもない限り、手持ちのタイプをバランスよく散らばせるのはパーティ構築として無難だ。
(活躍させるとしたらユウナギジムですかね)
目標は二つ先に見据えているジム。くさタイプを扱う場所だ。
それまでになんとか十分に育てておかねばと脳内で予定を組む。何せむしタイプのポケモンは早熟でこそあるが、成虫に至っていない段階では戦力として不安が残る。
(まあ、鍛えるのは後にするとして)
昼食ついでの休憩を終え、コスモスは眼前に広がる光景を見渡す。
あちこちに存在する池を囲む鮮やかな緑色。それは一見草むらに見えるが、実際に近づいてみれば別物であると分かる。
水面の動きに合わせて波打つ緑色、それらは水草であった。
「湿原なんて初めて来た」
「先生の出身はカントーでしたね。確かに向こうじゃ湿原なんて見かけませんか」
「サファリゾーンともまた違うし……」
「セキチクサファリゾーンより、ノモセの大湿原に近いですね」
辺りを一瞥すれば、野生のウパーやハスボーが悠々と水場の近くで戯れている。
そこへ草むらから飛び出したアーボが大口を開ける。が、池の中からのそのそと這い出てきたヌオーの『マッドショット』で返り討ちに遭う。
愉快な自然の風景が望める、ここはその名も『コイノクチ湿原』。
周囲の土地との高低差により、まるでコイキングの口が生えている───『鯉の口』のような盆地であることが由来だ。
映える緑を証拠に、盆地には周囲の山から流れ込んでくる栄養豊富な水と肥沃な泥のおかげで多種多様な生態系が育まれている。
「『主に生息しているポケモンはみず、くさ、じめんタイプが多い』、と」
「どれどれ」
掌で
確かにニョロモやマダツボミが散見できる辺り、みずやくさタイプは多いのだろう。
「……スナオカジムに挑む前に来れば良かった?」
「まあ、私たちの順路的に仕方ない部分です」
時計回りでなく反時計回りにジムを巡っていれば、ジムリーダーに有利なタイプのポケモンを捕まえられたかもしれないが、後のお祭りオドリドリである。
「それもそっか」
「先生もご経験が?」
「最初にもらったポケモンが
「……それを先生は、」
「頑張って勝った」
流石は先生です、と今日も今日とて株はストップ高だ。
「話は戻るけど何か捕まえたりする予定とかは?」
「目ぼしいポケモンが居たらですね」
チラッとコスモスが目を遣った先ではマリルとマリルリが腹を叩いている。
「見て、マリルとマリルリが踊ってるよ。カワイイね」
「あっ、ウツボットが」
『ツボォォォオオ!!』
『ルリィィイイイ!!』
『ツボァ!?』
残念、獲物のマリルリは『ちからもち』だった。
『はらだいこ』を積んでパワー全開になったマリルリの『アクアジェット』を喰らい、ウツボットは溶解液を撒き散らしながら遠くの水溜まりへと吹っ飛んでいく。
「マリルリ……悪くありませんね」
「ルリ!?」
「あっ」
コスモスがボールを構えた途端、悪寒を覚えたマリルリが水中へ飛び込み逃げていく。つられるように近場に居たマリルやウパー達も姿を消す。
「くっ。まんまと逃げられた」
「またチャンスはあるよ」
「そうだといいですが……ん?」
今度は別方向から喧噪が聞こえてくる。
そこでは大柄なカエルポケモンが二体殴り合っていた。
「ニョロボンと……ゲロノウミが居る」
「ガマゲロゲですね」
イッシュ方面に居るポケモンです、と即座に補足がついた。
どうやらフィーリングでポケモンの名前を言い当てるのは至難の業のようだ。
「ゲロゲロゲロ!!」
結果、オーディエンスだった野生のニョロトノに指を差されて大声で笑われた。
常時真顔のレッドであるが、この時ばかりは僅かに唇を噛んだ。
───なんだろう、この敗北感。
いつの間にかレッドは拳を握りしめ、震えていた。
「あのニョロトノ、カチョウジムのデモンストレーションにちょうど良さそうですね」
「待って」
「止めないでください先生。これはただのポケモンバトルです」
「じゃあ手持ち全員出そうとするのやめたげて。リンチになるから」
「『ふくろだたき』のわざマシンなら持ってます」
「あれそういう技じゃないから」
が、今にも砕け散りそうな勢いでボールを握りしめるコスモスに、敗北感は遥か彼方へと消えていった。
「野生のニョロトノ風情が……先生を指差して笑うなんて10000光年早い……!」
「ニョロトノも悪気はない……はず。それに光年は時間じゃない、距離だ」
「理解しました。あのニョロトノが先生に遠く及ばないという事実を叩き込んでやればいいんですね」
「うん、違う。なんでそんなに今日血の気が多いの?」
普段より3割増しで好戦的だ。きっと虫の居所が悪いのだろう。
そんな彼女を宥めるべく取り出した最終兵器は───ユキハミだ。未だ食後のお昼寝中ではあるが、背ひんやり冷たい氷の簑を持つユキハミをコスモスの頭の上にそっと置く。
すると時間が経つにつれ頭が冷えてきたのか、やや荒々しかったコスモスの息遣いが落ち着いてくる。
「……見苦しいところをお見せしてしまいました」
「ほっ」
「すみません。尊敬している人を馬鹿にされるのはどうにも我慢ならなくて」
「それ自体は嬉しいけども」
さもなければ、いつかユキハミが丸裸にされてしまいそうだ。
現に暑さで寝苦しそうにするユキハミが、コスモスの頭の上でもぞもぞ蠢いている。その都度コスモスの首は不安定に前後するが、それも致し方のないことだ。ユキハミの体重はおよそ3.8㎏。2リットルペットボトルより重い物体を頭に乗せて歩くなど、マダツボミのような身体の少女には不可能である。
首を痛める前にさっさとユキハミをボールに戻し、コスモスは改めて物色を開始した。なんだかんだと言ったところでみずタイプは汎用性の高いタイプだ。一体ぐらい手持ちに組み込んで損はない。
「いいポケモンは居ないですかね……」
「あ。見て、あそこにもポケモンが居る」
「本当ですか?」
シュバッ! と言われるがままレッドの指差す方角を凝視する。が、そこに居たのは水面を滑る四本足の虫ポケモン。
「……アメタマですか」
「あれアメタマって言うの?」
「はい。確かにアメタマはみずタイプですけど、進化してアメモースになるとむし・ひこうタイプになるので」
「え。あんなにカエルっぽい見た目なのに?」
「おや?」
二人の間に認識の齟齬が生まれる。その瞬間にメガネ(勉強する時用)を取り出したコスモスは、再度レッドが指差した方向を見遣った。
視線はアメタマを超え、さらに遠くへ向けられる。
ジッと遠くに焦点を合わせれば……かすかに
「それは水色ですか?」
「うん」
「カエルの形ですか?」
「うん」
「それはニョロモのような幼体の形ではないという意味ですか?」
「うん」
まるでカメテテのスープのような問答であったが、おかげで正体が絞り込めてきた。
「水色のカエルポケモンとなるとケロマツ辺りになりますけど、この辺に野生が生息してたんですね」
「どんなポケモン?」
「忍者っぽいカエルです」
キョウ辺りが好きそうなポケモンだ、とレッドが思ったその時。
───ごぽ、ごぽごぽ、ごぽぽ。
粘着質な泡が沼から湧き上がる、そんな音だった。
咄嗟に二人が振り返れば、背の高い草むらが不気味に揺れている。やがて草むらを掻き分けて現れたのは、頬袋を膨らませるこれまたカエルのポケモンであった。
ニョロボンのように精悍でもなければ、ニョロトノのように愛嬌のある顔つきでもない。どちらかと言えばガマゲロゲに近いガラの悪い面構えであった。
「グレッグルですね」
「ごぽごぽ言ってる」
「頬袋を膨らませて鳴くのは、テリトリーへの侵入者に対する威嚇ですね。あの頬袋の中に毒液を溜めてるはずです」
「どくタイプ?」
「はい」
キョウ辺りが好きそうなポケモンだ(2回目)、と思ったレッドがピカチュウに目配せする。すれば、出番が来たかとピカチュウは首に手を添え、ポキポキ鳴らしながら前へと歩み出た。
しかし、その勇み足も不意に止まった。
次々に揺れる草むら。同時に粘着質な泡の音。耳を澄ませれば四方八方から聞こえてくる立体音響染みた不協和音に、レッドとコスモスは眉を顰めた。
「……囲まれてますね」
おかれた状況ほど焦った様子が窺えないコスモスは、次々に姿を現れたグレッグルが群れであることを確認した。
数は優に十を超える。一人で旅をしているトレーナーならば驚異的な数だ。
「ピカチュウ行ける?」
「ピッ」
ピカチュウは呆れたように鼻を鳴らした。この程度何ともないとでも言わんばかりのふてぶてしさだ。
「じゃあお願い」
「いえ、先生の手を煩わせるまでもありません。ここは経験値稼ぎに私が、」
言いかけたところで全員の動きが止まった。
まるで時が止まったような状況。だが、その静寂がより不自然に鳴り響く地響きを際立たせるに至った。
全員の視線は自然と水辺の方を向く。直感的にそちらが震源だと悟ったからだ。
今も尚轟く地響きに、水辺に佇んでいた野生のポケモンたちは草むらや水中へ飛び込むなりして身を隠す。それはこれから訪れる脅威を知っているかのような振る舞いであった。
次の瞬間、脅威は水鏡を割って現れる。
突如として不自然に盛り上がる水面。直後、空に向かって突き上がった水柱は、重力に逆らう水のヴェールを巨体の身動ぎで振り払い、中に潜んでいた凶悪な正体を晒すに至った。
「ギャアアア!!!」
今度こそ湿原一帯を震え上がらせる咆哮が、諍いを始めようとしていた者たちの身に叩きつけられた。
これにはグレッグルも身を翻し、我先にと尻尾を巻いて逃げ始める。
一方、二人のトレーナーは頭上から降り注ぐ水飛沫に普段よりジト目を二割増しで細めることで対処しつつ、聳え立つ青い巨塔を見上げていた。
威圧感満載の強面。
“竜”と呼ぶよりは“龍”に相応しい長い体躯。
遺伝子レベルで狂暴とされ、一度怒り狂えば辺り一帯を焼け野原にするとされている。
そのポケモンの名は、
「ギャラドスですね」
「わあ」
緊張感もへったくれもない反応だった。新人トレーナーが遭遇すれば腰を抜かして失禁しかねない危機的状況にも関わらず、二人の反応はあっさり過ぎた。あっさりうすしおコジオ味である。
「こんなとこにも生息してるんだ」
「
「それもそっか」
基本どのような水質でも生きていける程にしぶといコイキングだ。自然界でギャラドスまで至れる個体数こそ少ないが、生息している以上可能性はある。
しかし、それにしても大きかった。
「10メートル以上ありそうですね」
「それって大きいの?」
「平均が6.5メートルなので」
現在水中から出ている部分だけでも5メートルは超えている。つまり、水中に隠れている胴体も含めれば平均サイズなど優に超える巨体だ。
「……よし、決まり」
コスモスは空のモンスターボールを手に取る。
ギャラドスはかのセキエイリーグチャンピオン・ワタルや、各地方のジムリーダーも手持ちに持っているケースも多いポケモンだ。その実績から実力は裏打ちされているだろう。手綱を握るまでが大変ではあるが、従えた時の有能さや懐柔させている事実そのものがトレーナーとしてのステータス足り得る。
「先生、あのギャラドスは私がゲットします」
「そう?」
頑張ってね、とレッドは快く送り出す。
が、それは裏を返せば戦う気満々であったピカチュウの出番がなくなることを意味する。
「ピァ~~カァ~~!」
そんなことってあるかよ!
そう言わんばかりに喚くピカチュウであったが、両手を万歳させられるように引き摺られていくピカチュウは間もなくコスモスの視界からフェードアウトしていった。
「さて」
「グルル……」
「無差別に襲い掛からないだけの理性はあるみたいですね」
未だ目の前の存在を威嚇するだけに留まっているギャラドスに、コスモスは好感触を覚えた。基本的に狂暴なギャラドスは、自身の縄張りに侵入者が近づこうものなら問答無用で『はかいこうせん』だ。それをしないだけでも目の前のギャラドスが理性的であると断ずるに値する。
「ますます欲しいですね。ルカリオ、バトルスタンバイ」
「グル……」
「ルカリオ?」
バトルを始めようとしたところで出鼻を挫かれる。
普段はあんなにも忠実なルカリオが、コスモスの指示に反してまったく別の方に体を向けていた。何かを警戒しているようだ。
怪訝そうにコスモスが目を細めた、次の瞬間。
がさがさがさ! と草むらが大きく揺れ、四足歩行のシルエットが三つほど浮かび上がった。
「バウッ、バウバウ!!」
「アォーン!!」
「ギャン!! ギャン!!」
飛び出したシルエットはちょうどコスモスたちとギャラドスの間に割って入り、聳え立つ青い巨塔に向かって臆せず吠え立てる。
「グル……」
「あ、」
すると、大して争う間もなくギャラドスが水中へと戻っていった。
波打つ水面が落ち着きを取り戻せば、圧巻の巨体はどこへやら。暗い水底を覗き込んだところで、一切の痕跡もなくなっていった。
放心の余りあんぐり口を開けるコスモスは、ギャラドスを追い払った黒い毛並みを持つポケモンへと目を向ける。
「……おのれ、グラエナ」
静かな口調に怒りを滲ませながら、一仕事終えたと言わんばかりの諸悪の根源を睨みつける。
かみつきポケモン、グラエナ。ポチエナの進化形であり、群れで狩りを行う統率力に優れたポケモンだ。野生で遭遇した場合は囲まれる前に逃げるべきポケモンであるが……。
「よくも私のギャラドスを……!」
コスモスとしてターゲットを追い払われた怒りが真っ先に来た。
逃した魚……もとい、ギャラドスは大きかった。あれほどの獲物を捕まえられる機会は早々訪れない。それを野生のポケモンに横槍を入れられてゲットできなかったとなれば、拳を握る理由としては十分だった。
「ルカリオ、GO!」
「ワフッ……」
「……ルカリオ? GO! 『はどうだん』!」
鼻息を荒げる主人をルカリオはどうどうと宥める。
一方グラエナの下へ歩み寄るレッドは徐に手を差し出した。普通に考えれば危険な行為だが、何の考えもなしに触れようとしている訳ではない。
「人慣れしてる……誰かのポケモン?」
「アォン」
グラエナの こおりのキバ!
レッドは せいしんりょくで ひるまない!
「うん。やっぱり甘噛み……となるとこっちの子もトレーナーのポケモンかな」
「ワフッ」
グラエナの ほのおのキバ!
レッドは せいしんりょくで ひるまない!
「毛並みから見て逃がされたポケモンでもなさそうだし近場に誰かいそうだ」
「ガウッ」
グラエナの かみなりのキバ!
レッドは せいしんりょくで ひるまない!
「よしよし、イイ子だからそんなにじゃれつかないで」
「先生。こっちから見ると襲われているようにしか見えません」
グラエナ三体を手玉に取った(?)レッドはわちゃわちゃとした黒い毛玉に取り囲まれている。優れたトレーナーしかリーダーと認めない習性のあるグラエナにすぐなつかれる辺り、彼のトレーナーとしての優れたカリスマのようなものが滲み出ているのかもしれない。もしくは山の主的なオーラだろう。
『おーい、どこまで行ったんだ』
「「ん?」」
レッドにグラエナがじゃれついていると、不意に離れた場所から声が聞こえてきた。
途端にじゃれつくのを止めたグラエナは、居所を報せるような遠吠えを上げる。
『そっちに居たか! 待ってろ、今向かうからな……っとォ』
がさがさと背の高い草むらを掻き分ける音が近づいてくる。
野太い男の声だった。続けて妙齢の女とさらに野太い男の声も聞こえてきた。きっとグラエナたちのトレーナーなのだろう。そこまで思い至ると同時に、目の前の草むらが豪快に押し退けられた。
「お? 先客が居やがったか」
「オウホウ! 密猟者か!?」
「バカおっしゃい。どっからどう見ても旅のトレーナーじゃないかい」
浅黒い肌の上に青いダイバースーツを着た偉丈夫の後ろからは、これまた似たような意匠の服を着た大男と女性が現れる。とても堅気の人間とは思えない強面な面子だ。
「ポケモンハンターですか?」
「ハハハ、随分な言い草だな! 安心しろ、嬢ちゃん。オレ達はポケモンハンターなんかじゃねえ」
「では?」
胸元に下げた錨型のネックレスを揺らしながら、偉丈夫は答える。
「───アオギリ。海をこよなく愛するアクア団って組織のリーダーさ」
***
「───ふぅ。機材はこんなところか」
「アルロー、この機材はここでいいっスかー?」
「そこ、呼び捨てにしない」
気の抜けた声を上げる部下を軽く叱責する男が、てきぱきと運び込まれる機材の配置を指示する。
おおよそ自然の中には溶け込まない機材の数々だが、それを見た男の顔には自然と笑みが零れる。
「ふふふ、これさえあれば……」
「でも、これで何するんスかー? 何するか全然想像つかないんスけどー」
「お前は一回資料を読み直してこい! 何から何まで僕が現場で説明してやると思うなよ!?」
「えー? もしかしてアルロも今回何するか分かってないんスかー?」
「バカを言え! 誰主導の実験だと思ってる?」
そこまで言うなら分かったさ! と半ば男はヤケクソ気味に、
「バカなお前でも理解できるよう簡潔に説明してやる! いいか、よく聞け!? 今から組み立てるこの機材からは特殊な怪電波が発信される! それを特定のポケモンに照射し、効果を確認した後に捕獲チームにバトンタッチ! どうだ、分かりやすいだろう?」
「怪電波照射するとどうなるんスかー?」
気だるげに問い返す部下であったが、今度は男が額に青筋を立てることはなかった。
寧ろ『よく聞いてくれた』と言わんばかりにクツクツと喉を鳴らす。
「お前、確かジョウト出身だったな?」
「そっスよー? 舞子のお稽古とかマジ無理ー、って感じでェー。それでロケット団に入団ー? 的なー」
「……ごほん。じゃあ、あの土地の事件ぐらいは知っているだろう」
メガネを指で押し上げる男は、暗い嫉妬に燃え上がるままに邪悪な笑みを顔面に浮かべてみせる。
「
それはチョウジタウンの傍に存在する湖。
かつて、そこで繰り広げられた事件とは───無論、
「えー? なんスかー。マジわからないっスけどー」
「こんの情報弱者がっ! 誰だ、こいつを僕の下につけた奴は⁉」
「シエラ先輩っスけどー」
「あんのマフォクシーめぇー!」
帰ったら覚えてろー! という叫びは、湿原に静寂に呑み込まれていくのだった。
Tips:コイノクチ湿原
スナオカタウンとカチョウタウンの間に存在する湿原。ジャンボマウンテンより流れてくる栄養豊富な水と土が肥沃な泥を生み、多様な生態系を築いている。ニョロモやウパーといった両生類ポケモンや、マダツボミやマスキッパ等の食虫植物系のポケモン。他にもヌメラのような多湿な環境を好むポケモンが多く生息している。
地名の由来はコイキングがエサを求めて水面から顔を出しているような盆地の形状にあるとされ、当然のようにコイキングも多く棲みついている。金色のコイキングを見つけたら幸せが訪れるという言い伝えもあるが、真偽の程は定かではない。