愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

コスモス「ニンジャ死すべし」


№037:カエルがピョンピョンするんじゃ~

 

 カチョウタウンは今日も賑やかだった。

 ホウジョウ地方とセトー地方の東側を結ぶ『虹色橋』が架かっており、人や物の流れが活発であるのがその要因の一つだ。

 物流の中心こそイリエシティに軍配は上がるが、あそこはあくまで貿易港として栄えた町。やはり物理的な土地の繋がりというものは無視できるものではなく、単純な人の往来という点で言えばカチョウタウンが勝っているだろう。

 虹色橋の下に広がる海では大きな渦潮が唸り声を上げているが、この町の威勢のいい喧噪に比べれば些細なものだ。

 

「ゲコゲコゲコ!!」

 

 そして、今日もまた一際ド派手な喧嘩が巻き起ころうとしていた。

 

「バウッ!!」

「おぉっと!? なんだなんだァ!?」

 

 道を歩いていた中年男性の横をルカリオが駆け抜けていく。

 どうやら屋根を飛び移るゲッコウガを猛追しているようであった。二体の後ろ姿はすぐに見えなくなってしまう。

 代わりに、

 

「ひぃ……ひぃ……ひぃ……」

「ど、どうしたんだ嬢ちゃん? そんな息を切らしやがって」

「あ、あのゲッコウガ……追いかけ……げほっ!」

「あー、じゃああの追っかけてったポケモンは嬢ちゃんのかい」

「はい……ゔぇっほ!!」

 

 激しく咳き込む少女、もといコスモスは堪らずその場に蹲った。

 

「ひぃ……ひぃ……」

「だ、大丈夫かぁ? あんま無理しねぇ方がいいと思うが」

「お構いなく。あのカエル畜生、私達の戦利品(アイス)を奪って……」

 

 絶対に許さない、と今なら視線だけで人を殺せそうな少女が呪詛を吐いたが、男性は同情するような視線を投げかける。

 

「あー、嬢ちゃん。そいつぁ残念だが諦めた方がいいと思うぜ」

「……どうしてですか?」

「あのゲッコウガ、ここいらじゃ有名な奴なんだよ」

「詳しく」

「他人の食い物取るなんて序の口。大抵標的にされんのは嬢ちゃんみたいな余所から来たトレーナーだが、追いかけっこしたところであの足の速さだ。でもって、追いついたところでまあ強ェの何の」

 

 返り討ちにされちまうのさ! と、男性は呵々と笑った。

 

「笑いごとじゃありませんが」

「お、おぉ、そうか。そりゃ悪かったな」

 

 しかし、当人にとっては笑い話で済まないらしい。

 放たれるオーラにあてられた男性の笑顔はみるみるうちに苦々しく歪んだ。

 

「しかしまぁ、強ェのは事実だ。いくら嬢ちゃんが腕に自信があるからっつったって、こんなとこで息切れしてるようじゃ永遠に追いつけねえぞ?」

「……追いつけないなら、追い詰めるだけです」

「?」

「ゴルバット!」

 

 瞬間、背中から一対の翼が生えたコスモスの体が浮かび上がる。

 ギョッとした男性であったが、すぐさまそれが背中に張り付いたゴルバットのものであると気付いた。

 

「まさか……空から追い詰めるつもりかい!?」

「地上に波動で位置を感知できるルカリオが居る以上、奴は迂闊に地面に降りられないはず。それなら空から見渡して挟み撃ちにします」

「いや、そこまですんのかって意味なんだが!!?」

 

 たかがアイスだろう。

 そう思っていた男性であったが───見誤った。

 

「しますが、それが? あのカエル畜生は私達の戦利品を奪ったのみならず私のことを嘲笑ってきたんですよこの屈辱が貴方に分かりますか分からないでしょうねそもそも価値観というものは人それぞれという前提はありますがそれを差し引いても私から物を奪うということはそれだけで万死に値することなんですよこれは何かしらの形にして償ってもらわなければ気が済みません少なくとも私が費やした金銭や時間に見合うだけのものは見繕ってもらいますそれが奴が野生であれ誰かの手持ちであれ───」

「ヒッ」

「……というのは半分冗談として、私には私なりの考えがあります」

(ほ、本当に冗談だったのか……?)

 

 顔面蒼白で怯え切った男性に対し、コスモスは淡々と続ける。

 

「理解してもらうつもりはありません。ただ、その為にはあのゲッコウガに勝つ必要があるとだけ」

「お、おぉ……そうか」

「くれぐれもジュンサーさんには通報しないでください。町に迷惑を掛けるつもりはありませんが、そもそもの被害者は私ですので。通報する権利は私にこそあります」

 

 有無を言わせぬ覇気を放ちながら、少女の体は宙高くまで舞い上がった。

 本当に空から追い詰めるつもりらしく、背中のゴルバットに指示を出しあっという間に二体が消えていった方角へと飛び去って行く。

 呆気に取られる男性。それまでは()()()()()を愉しむ一観客として決め込もうとしていた腹積もりであったが、しばしうーんと唸ってから息を吐き出した。

 

「……一応、()()()に連絡しておくかぁ」

 

───このままではあのゲッコウガがボコボコにされてしまう。

 

 危うい予感をひしひしと覚えつつ、ポケギアを取り出す男性であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 走る、走る、走る。

 ゲッコウガはひたすらに走る。

 刹那、背後でゴポゴポと水が弾けた音を確認し、跳躍と共に体を180度翻する。その手には圧縮された水の手裏剣が生み出されており、迫りくる『みずのはどう』に対し躊躇なく放り投げる。

 『みずしゅりけん』。圧縮された水の飛び道具は、正確無比な狙いで向かってきた波動をこれまた正確無比な狙いで撃ち落としてみせた。

 

「ゲコゲコ!!」

 

 嘲笑うような鳴き声を上げ、ゲッコウガは再び前を向く。

 先ほどから追いかけて来るルカリオだが、決して屋根に上がってこようとはしない。後ろにビッタリと付いてきはするものの、時々今のような攻撃を繰り出すだけだ。

 

 それだけならば十分逃げ切れる。

 

「……ゲコッ?」

 

 目敏くバサッ、と聞こえてきた羽搏く音に目を向ける。

 

「ルカリオ! 『あくのはどう』!」

 

 空から現れたのは奪ったアイスの持ち主だ。

 顔こそ平静を取り繕ってはいるが、ジッと自身を見つめてくる絶対零度の視線にゲッコウガは思わず背筋が凍ったような感覚を覚える。

 それが現実にとなったのか、背後のルカリオが今度は悍ましいオーラが解放された。

 やはりこれも狙いは正確だ。

 

───それ故に迎撃も容易い。

 

 ゲッコウガはほくそ笑み、その場に両手をついて逆立ちになる。そのまま腰を捻れば、細く長い脚を振り抜いた。

 

 パァン!! と、漆黒の波動が蹴り砕かれる。

 

(『けたぐり』か)

 

 本来は体重の重い相手ほど威力を発揮するかくとう技だ。

 しかし、まるでそれで事足りるとでも言わんばかりだった判断の速さだった。途中話を交えたおじさんも言っていた通りだが、

 

()()()()()()。繰り出された技の威力を見抜いている以上、相当経験値のあるゲッコウガだ)

 

 相手のポテンシャルの高さは既に見抜いていた。最初こそ憤怒で我を忘れていたが、頭が冷えてきた今となっては認めざるを得ない段階に入っていた。

 少なくともルカリオとの一対一であれば勝機は五分といったところか。

 現状ルカリオをエースに置いているコスモスにとっては、最大の賛辞と捉えても過言ではない評価だ。

 

(野生なら捕まえよう。どこか誰かのポケモンなら……負かして賠償金をふんだくろう)

 

 そうだ、そうしよう。

 コスモスの中で方針が固まるや、思考は完全にゲッコウガとのバトルへと注がれる。

 

「ルカリオ、とにかく手を休めないで攻撃!」

「バウ!」

 

 言うやルカリオが鬼気迫る表情のまま、次々に波動系の技を繰り出してくる。

 『はどうだん』に『あくのはどう』、そして『みずのはどう』。いずれも元々命中精度の高い技であることからコスモスの絶対に外さない意思が垣間見えるようだが、いずれにもゲッコウガは難なく対処してみせる。

 

(まずは技を暴く。話はそれからだ)

 

 ポケモンバトルにおいて情報のアドバンテージは軽視できるものではない。

 

「ゲコゲコゲコw」

「……ッ」

 

 観察を続ける自分に挑発する相手に苛立ちつつも、コスモスは出揃った情報を整理する。

 

(使ってくる技は『かげうち』、『けたぐり』、『れいとうビーム』、そして『みずしゅりけん』、と。気になるのはどの技を多用するかだけれど)

 

 ポケモンには個性がある。

 最たる例は性格だが、それを差し引いた部分でもポケモンごとの特徴があるだろう。

 あるいは技の傾向。

 あるいは技の頻度。

 統計を取る。それが情報を得る為の初歩の初歩なのだから。

 

 そしてコスモスもまた得た。

 勝利へと繋がる一つの道筋を。

 

(あのゲッコウガ……()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 にわかには信じ難かった。

 すぐ西方に位置するホウエン地方のバトル施設では、トレーナーの指示なくポケモン自身の判断のみで戦う施設がある。攻撃的なポケモンならば攻撃技を、逆に慎重なポケモンならば補助技を好んで使用する傾向といった具合にだ。

 しかし、このゲッコウは少しばかり違う。

 トレーナーの指示なく戦うポケモンには、とある共通が存在する。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 意識して技を使う、とは意外と難しい。

 特に切迫した状況であればあるほど無意識に同じ技を選択してしまうのは、初心者だった頃の格闘ゲームを想像すれば分かりやすいだろう。

 だからこそ、緊迫した状況の中における冷静なトレーナーの指示が輝く訳だが、それを目の前のポケモンはいとも容易く行ってきている。

 

(『はどうだん』には『かげうち』、『あくのはどう』には『けたぐり』、『みずのはどう』には『みずしゅりけん』、『りゅうのはどう』には『れいとうビーム』と……)

 

 少なくともタイプ相性を理解しているように見える。

 

(でも、どうして『みずのはどう』に『みずしゅりけん』を?)

 

 しかし、だからこそ際立つ違和感があった。

 『かくとう』に『ゴースト』。

 『あく』に『かくとう』。

 そして『ドラゴン』に『こおり』と、タイプ相性上有利なタイプを選んで技を繰り出している。

 にも関わらず、唯一『みず』に『みず』を選び取っている。

 

(単純に迎撃できるから? いいや、違う。実際には迎撃できないまま余波を食らってる。なのに頑なに『みずしゅりけん』を使う理由は?)

 

 ポケモンのタイプは18タイプ。

 それぞれに攻めと受けの相性が存在しており、バトルに精通していない一般人であれば暗記するのもままならないことを、一部バトル脳なポケモントレーナーは知らない。

 だが、そのタイプ相性こそ相手の思考を浮き彫りにする情報に成り得るのだ。

 

(『かくとう』は『ゴースト』に無効だが、逆に普通。『あく』は『かくとう』に半減だが、逆は有効。『ドラゴン』に『こおり』は普通だが、これも逆は有効。『みず』は『みず』に半減……)

 

 コスモスは直感派ではない。

 あくまで一つ一つの情報を整理して答えを導き出す論理派だ。故に途中で組み立てられる仮定が結果として正解であろうと不正解であろうと、一つの情報として当人の頭に蓄えられていく。

 これは直感派の人間よりも将来的な勝ちを見込めるという意味では、論理派が直感派に勝る点だと断言できよう。

 

(仮説は立てた。だからまずは()()

 

 人が人である所以。

 それを証明すると言わんばかりに、コスモスはようやく口を開いた。

 

「ルカリオ! 『()()()()()()()()()()()()』!」

 

 ルカリオの両手から迸る蒼と黒の輝き。

 連結技。その“技”を始めて目にしたゲッコウガは、驚愕に瞳を大きく見開いた。だが、驚いたところで攻撃が止まってくれるはずもなく、同時に解き放たれた二種類の攻撃は真っすぐゲッコウガに向かって突き進んでくる。

 

「ゲッ!? ───コォ!!」

 

 逡巡は一瞬。

 次の瞬間には『けたぐり』を繰り出したゲッコウガが、『はどうだん』と『あくのはどう』を迎撃してみせる。

 

「次! 『あくのはどう』と『みずのはどう』!」

「ゲッ!?」

 

 まだまだ攻撃は終わらない。

 

(これには『みずしゅりけん』、と)

 

「次! 『みずのはどう』と『りゅうのはどう』!」

 

 これには『みずしゅりけん』。

 

「『りゅうのはどう』と『はどうだん』!」

 

 これには『かげうち』。

 

「『あくのはどう』と『りゅうのはどう』!」

 

 『けたぐり』だった。

 

「『はどうだん』と『みずのはどう』!」

 

 『かげうち』だ。

 

「───なるほど」

 

 しばらく攻防を繰り広げ、コスモスの中に一つの推論が浮かび上がった。

 この推論が当たっているのであれば……間もなくこのバトルは終わる。

 

「じゃあ、答え合わせの時間だ」

「ゲコッ!?」

 

 攻撃を回避しようと跳躍したゲッコウガ。

 が、回避に必死になる余り跳んだ先に屋根がないことに気がつく。

 

 不味い、と思ったところでもう遅かった。

 仕方なく地面に着地したゲッコウガは、苦々しい表情を浮かべながら背後から迫りくるルカリオに目を向ける。

 ルカリオもルカリオでかなり疲弊している。一見、怒涛の猛攻撃でゲッコウガを追い詰めたようにも見るが、全力疾走しながら技を繰り出していたのだ。疲弊具合で言えば逃げに徹していたゲッコウガとほとんど大差はない。

 

 しかし、ゲッコウガの注意が向けられたのは空からゆっくり降りて来る一人の少女であった。

 

「まんまと誘導されてくれましたね。おかげでさっさと事を済ませられそうです」

「……ゲコッ?」

「まさか、たまたまここに追い詰められたとでも? そんなはずないでしょう。別に倒すだけならどこでもできました。わざわざ場所を変えたのは……そうですね、しがらみを無くしたかったからとでも」

 

 役者染みた台詞回しのまま、少女は地面に足を着けた。

 

「『準備ができていなかったから負けた』。『場所が悪かったから負けた』。そんなもの本当の勝負の世界じゃ通用しない言い訳です。だから事前に準備する。情報を仕入れる。勝負は戦う前から始まってる訳です」

「……」

「でも、私はポケモントレーナー。ポケモンバトルのルールに則った上で勝負をしたい訳であって、まずは全力で戦える公平な場が必要な訳です」

 

 一度言葉区切ったコスモスは辺りを見渡す。

 ここは公共用に開放されているバトルコート。建物が連なる街並みの中にぽっかりと切り開かれた平地のあちこちで、平日の昼間からバトルに勤しむポケモントレーナー達の姿が窺える。

 しかし、突如コートの一角に舞い降りたゲッコウガとコスモスらに注目が向いているようだった。

 

「なあ、あのゲッコウガって……」

「もしかして!?」

「今日は追いつかれたのか!?」

「オレ達も見に行こうぜ!」

 

 わぁ、と野次馬が集まるのに時間は掛からなかった。

 ベンチに座っていた保護者や散歩していた住民、それに窓から眺めていた者達の視線もこぞって対峙する二体と一人に向いていた。

 

 観衆の目に晒されるゲッコウガの頬には汗が伝う。

 今までに幾度となく人の目に晒されてきたゲッコウガだが、今日この時ばかりは尻尾を巻いて逃げられない雰囲気を感じていた。

 

───『逃げれば勝ち』など許されない。

 

 小さな熱狂は、まるで渦だった。

 技ではないまったく別の要素を、ゲッコウガから逃げ道を潰す。ポケモンでも逃げれば後はないという感覚ぐらいは覚える。むしろ勝負から逃げる=縄張りから追われる野生の世界なら、持っていて当然の感覚だ。

 

「……ゲコッ」

 

 この日、初めて。

 

「───ようやく、やる気が出たらしい」

 

 ゲッコウガが。

 

「そう来なきゃ、私が言い訳全部潰した甲斐がないですからね」

 

 自分から───相手の方へ踏み込んだ。

 

 それは明確な戦闘の意思。

 ルカリオを。いや、その後ろに構えるコスモスをも挫き、勝利を掴まんとする強い意志をも目に宿し、彼はゆっくりと間合いを図っていた。

 

 ゆっくりと。

 ルカリオも構えを取った。

 

 それまでのチェイスが嘘かのように、緩やかな動きの二体が睨み合う。こぞって駆けつけた観客も、思わぬ展開に呼吸を忘れて見入っていた。

 

 激しい技の応酬はそこにはない。

 互いに手の内を晒した以上、下手に攻勢に出れば反撃されると分かっているからだ。故に迂闊には動けない。

 

 もしも仮に先に動いたとするのなら、それは───。

 

「『はどうだん』!!」

「───!!」

 

 ルカリオがエネルギーを収束し始めた瞬間、ゲッコウガも動き始めた。

 舌を相手の方に伸ばす遠距離攻撃。しかし、これの真の狙いは伸びた影にこそある。

 

 『かげうち』。ゴーストタイプの先制技だった。

 素早い影からの魔の手は、ルカリオの『はどうだん』が自身に着弾するより早く、相手に確実なダメージを、

 

「今」

 

 与えるはずだった。

 次の瞬間、瞬いた光は蒼ではなく───黒。

 

「『あくのはどう』ッ!!」

「ゲッ……コォ!?」

 

  大きく振り上げられた拳に宿る漆黒の奔流は、迷わず地面より這い寄ってきた影に叩きつけるように解き放たれた。

 舌に奔る鮮烈な衝撃に、ゲッコウガは身動きが取れなくなっていた。身体が怯んでしまっていたのだ。

 

 不味い、動かなくては。

 と、そう思い至った時には王手が済んでいた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 勝ち誇ったようにほくそ笑む少女が告げる。

 

「気づけば単純だった。()()()()()()()()()()()()()()……そっちの動きはとことんそれに則っていた」

 

 例えば『かくとう』に『ゴースト』。

 例えば『あく』に『かくとう』。

 例えば『みず』に『みず』。

 

 いずれも無効か半減にできるタイプの組み合わせだった。

 本来、ゲッコウガは素早い反面打たれ弱いポケモンだ。そんな彼が苛烈なルカリオの猛攻を凌いでいた事実には、それを裏付ける秘密があったのである。

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()と推察しましたが、」

 

 さて、結果はどうだろう?

 

「ゲ……ゲゲゲッ!?」

 

 ルカリオは叩きつけた方の手で舌を掴んでいた。

 伸びきった舌は『あくのはどう』の衝撃で弛緩しており、とても引き寄せられる状態ではなかった。

 空いた手にもう一度漆黒の波動が収束していく光景に、運命を悟ったゲッコウガは涙目を浮かべていた。やめて! と腕をクロスさせているが、最早焼け石に水だろう。

 

「ゲコォ~~~⁉」

「……そっちの敗因があるとするなら、やっぱり経験値の差」

 

 だって、と勝ち誇った笑みを浮かべるコスモスは付け加える。

 

「こっちはルカリオと私の二人分……ポケモントレーナーを舐めるなよ」

「ゲ───」

「ルカリオ、『あくのはどう』!!」

「コォォオオオーーー!!?」

 

 黒の波濤が青い体を呑み込んだ。

 バトルコートを揺るがす轟音が鳴り響いた後、地面には伸びたゲッコウガの姿があった。目は回り、四肢はピクピクと痙攣している。誰の目から見ても戦闘不能だった。

 

『お───ぉぉおおお!!』

 

 直後、周囲から歓声が沸き起こった。

 

「すごい、お姉ちゃん!!」

「あのゲッコウガに勝っちまいやがった!!」

「こいつはいいモン見れたぜ!!」

 

 あまつさえ拍手までも巻き起こる始末。

 いくら衆目の目に晒して逃げ場を封じたコスモスでも、これは予想外の結果であった。

 

(よっぽど悪さをしていたみたいですね)

 

 もっともロケット団再興を目標に掲げている彼女にすれば、大抵の悪事は子供の悪戯程度に過ぎないが。

 

「まあ、結局のところどう落とし前をつけてくれるかという話ですが」

「ゲッ!?」

 

 コスモスの覇気に当てられゲッコウガが目を覚ます。

 すぐさま逃走を図ろうとするものの、周囲には怒りの炎を目に宿したコスモスの手持ちが立ちはだかっていた。

 

「ゲッ……コ……」

 

 愛想笑いを浮かべるものの、怒りの火は鎮まらず。

 

───井の中の蛙、タイカイデンを知らず*1

 

 今日、ゲッコウガは井戸の外の世界を知った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はっ……はっ……!!」

 

 走る。走る。走る。

 

「はっ……はっ……!!」

 

 雑踏を目印にしつつ、それらを掻き分けて進む人影が駆け抜けていく。

 全速力で走ったのが目に見えて分かる程に滝の汗を流す人物は、何かを探すように周囲をつぶさに見渡す。

 

(はっ……───居た!!)

 

 そして、ようやく見つけた。

 公共のバトルコートに集う人だかり。中でも、一人の少女とポケモンに取り囲まれる一体のポケモンの姿を。

 

 次の瞬間、一人分のシルエットが宙に駆け上がった。

 比喩ではなく、車止めの杭を踏みつけて大きく跳躍したのだ。踏みつけた瞬間の音は人だかりまで届いたらしく、何事かと一斉に視線が集中する。

 だが、構わず跳躍した人間は騒ぎの中心部へと突っ込んだ。観衆(もしくは野次馬ともいう)は突っ込んでくる人間に驚き、慌ててその場から離れていく。

 

その場に唯一残っていたのは当事者と思しきポケモンと少女達だけ。

 

(なるほど。そーいうことかっ)

 

 その光景で全てを察した()()は、倒れたゲッコウガの隣に着地し、

 

「誠にっ!!!!! すみませんでしたぁぁぁあああああ!!!!!」

 

 流れで華麗な土下座を決め込んだ。

 

「……はい?」

 

 今度こそ呆気に取られるコスモスなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「モッグ!」

「ハミハミ……」

 

 ベンチに腰掛けたコスモスの膝の上で、コスモッグとユキハミが念願のアイスクリームを頬張っている。

 それは主人であるコスモスも同じだ。

 横取りされたバニラ味のアイスは、今まさに彼女の右手に収まっている。

 が、少女の表情は純粋にアイスを楽しんでいるようなものでなかった。値段は同じだとは言え、屋台で勝ち得た物と自販機で買った物とでは味わいが違うからとも考えられそうだが、実はそうではない。

 

 理由は目の前の地面で土下座する少女にあった。

 

「あの、」

「いえ、みなまで言わずとも分かります!!! この度はご迷惑をお掛けして、誠にすみませんでしたっ!!! 手持ちの責任はトレーナーの責任!!! そちらのお気が済むまで頭をお下げし続けますので、何卒……!!!」

「じゃあもう気が済んだので頭を上げてください」

「えっ? で、でも……」

「とにもかくにも話は頭を上げてからです」

 

 ただでさえ最近は世間の目が厳しいのだ。いくら相手側に非があろうと、土下座させていると人の目に映ればバッシングを受けるのはこちら側である。リーグチャンピオンとなった暁にはメディアにも出演するだろう。その時、『過去に人に土下座させていた』と悪質なマスコミに切り抜かれれば堪ったものではない。

 

 個人的な打算も込みで相手を許したコスモスに、地面に額を擦り付けていた少女が面を上げた。その際、左側頭部でまとめていた藍色の長髪が揺れる。

 ひどく申し訳なさそうな様子は変わらずだが、コスモスとさほど歳が変わらなさそうなあどけない顔にはいくらか安堵が浮かんでいた。

 

「っ……本当に、すみませんでした!!!」

「……」

()()()()!!! アンタも謝るんだよ!!!」

「ゲゲェッ!!?」

 

 そっぽを向いて不貞腐れていたゲッコウガが、後頭部に添えられた少女の手によって強制的に頭を下げさせられる。ゴンッ! と結構な勢いで叩きつけられたからか、潰れたカエルの鳴き声がバトルコート中に木霊した。

 

 その様子を無言で眺めていたコスモスは、ポツリと漏らす。

 

「本当にトレーナーなんですか?」

「うぐぅ!!?」

 

 痛いところを突かれたと言わんばかりに少女の肩が跳ね上がる。

 

「そ、それは、そのぅ……おっしゃる通りで、ウチなんかはポケモントレーナーを名乗るのも烏滸がましいくらいまだまだで……」

「いや、別に詰っている訳じゃなくて」

 

 どんよりとしたオーラをまとう涙目の少女に、一拍間を置いたコスモスが続ける。

 

「そのゲッコウガ、貴方の言うことを聞いてなさそうなので……誰かから譲られたんです?」

「! そこに気づくとは……な、なんという慧眼! 流石は兄貴のゲッコウを倒すだけのトレーナー……」

 

 やっぱり、とコスモスは目が細まった。

 あからさまに舐められている様子を見るからに、トレーナー側のレベルが低いことは明白であった。

 直近ではヌルの事例が記憶に新しいが、それでも実戦レベルまで引き上げるまでにはさほど時間を要しなかった。

 

(誰が譲ったかは知らないけれど)

 

 これだけ高レベルのゲッコウガを手に余らせるなんてもったいないと思った。

 しかし、これはあくまでポケモンバトルに興じる者としてのもの。どのような経緯があってゲッコウガが少女へ譲渡されたかは知らない。

 

(ゲットしたかったけれど仕方がない)

 

 他人のものを盗ったら泥棒だ。

 トレーナーズスクールでも最初の最初に教えられる。

 

 なので、

 

「すみません、お名前を伺っても」

「え? あ、あああっ!? そう言えば名乗ってませんでしたね! ウチは『ウリ』って言います! こっちはウチの手持ちのゲッコウガで、ニックネームは『ゲッコウ』っつって───」

 

「ゲロゲロゲ~!」

 

「人が謝ってるのになんだその態度!! すみませんすみませんホント後できつく叱っておきますんで!!」

 

「……」

 

 有り余る長い舌をチロチロ上下させて挑発していたゲッコウガだが、本日二度目の強制土下座で地面に叩きつけられる。『わるあがき』は反動ダメージの方が大きいと学べるいい教材だとコスモスは思った。

 

 それはさておき、

 

「私はコスモスです」

「コスモスさんですね! この度はウチのゲッコウが大変ご迷惑をお掛けしました! おわびにウチに出来る範囲でしたらなんでもしますんで! だ、だから、ジュンサーさんの方には……」

「じゃあそのゲッコウガください」

「……はい?」

 

 五体投地で懇願していたウリがゆっくり面を上げる。

 

「今、なんて……?」

「そのゲッコウガください」

「えっと……ちなみに、それって特定のゲッコウガを指していたりー……しないですよね?」

「目の前に居るゲッコウガですが」

「え、

 

───えええええッッッ!?!?!?」

 

 町全体に轟く勢いの絶叫がウリの口から上がった。

 あわあわと泡を食い、最終的には泡を噴いて倒れそうになる。寸前でゲッコウガが支えに入り我に返るが、依然として平静には程遠い様子だ。

 

「な、ななな、なんでウチのゲッコウガを!?」

「出来る範囲ならなんでもするって言ってましたので」

「そっ!? それは言葉の綾というか……じゃなくて!!」

 

 響き渡る声に木の枝に止まっていたポッポの群れが飛び立った。

 

「出来る出来ないとかの話抜きにして、そっちがこの子を欲しがる理由が知りたいんですが!?」

「強かったので」

「端的!?」

 

 ほとんどチンピラと同じ理屈に、少女はまた別の理由で泡を食う。

 泣きを入れた相手が善良な人間ならともかく、性質の悪い人間なら搾れるだけ搾り取られる……今まさにそんな事例を目の当たりにしている気分になっていた。

 

「さ、流石にそれは……。このゲッコウガは兄貴から託してもらったポケモンで……」

「じゃあ、お兄さんを説得できればいいですか?」

「へ? ま、まあ兄貴が納得するなら……って、いやいやいや!? ウチも納得させて!? まずそこがスタートラインだから!!」

 

 余りにも傍若無人と感じたコスモスの言動に、次第にウリの言葉遣いも崩れていく。

 

「いくらウチでも譲れない手前の信念ってもんがあんよ!! 『強かった』ってそれだけで大切な手持ちを渡す程、ウチもトレーナーを辞めた訳じゃ……」

「───私には両親が居ません」

「……へ?」

「生みの親の顔は知りません。ずっと施設で暮らしてきました」

 

 予想外のタイミングで切り込まれた話題に、鼻息を荒げていたウリが硬まった。

 それをチラリと確認したコスモスは続ける。

 

「唯一家族と呼べるのは一緒に育ってきたポケモンだけでした。そんな家族も一時は施設の人の手で離れ離れにされかけましたが、幸いポケモンバトルの才能はあったみたいでして。ジュニアのバトル大会で実績を積んで、スポンサーがついた頃には引き離そうとする大人は居なくなってました」

「……」

「そんな私にも夢があります」

「……夢?」

「その為に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴールではなく、スタートラインだと。

 そうコスモスが強調すれば、少女の瞳が見開かれた。

 

「チャンピオンって……この地方で?」

「はい。今もあちこちジムを巡っている最中です。残りは5つ。勿論、この町のジムにも挑むつもりです」

 

 ゴクリ、と固唾を飲む音はウリの喉からだった。

 少女の視線は釘付けであった。自分よりも前に立っているにも関わらず、まだスタートラインにすら立っていないと言い張るポケモントレーナー───その背中が目指す野望の先に。

 

「現状、私の手持ちは未完成です。今後も育成は続けていきますが、私みたいな新参が一から育てたポケモンでリーグを勝ち進むのは困難な道のりでしょう。そして時間が有限である以上、手持ちに加えたいポケモンも限られてきます。それは実際にこの目で見て、戦って、確かな手応えを感じ取れたポケモンです」

「……じゃあ、」

「言葉が足りなかったことは謝ります」

 

 合理性を求めるのが性分なもので、と付け加えた上でコスモスは口にする。

 

「では改めて……私にそのゲッコウガを()()()()させてください。私は、貴方のゲッコウガの強さに惚れこみました。どうか共にリーグチャンピオンを目指してもらえませんか?」

「っ───!!」

「身勝手なお願いだとは承知の上ですが、貴方の……いえ、ウリさんのゲッコウガだからこそチャンピオンの座を勝ち取れる。そんな予感がするんです」

 

 話が締め括られれば、しばし静寂がバトルコートを包んだ。

 しかく、間もなく動きがあった。

 

「ッ~~~、感動じまじだっ!!!」

「あ」

「まさかウチのゲッコウガにそこまで入れ込んでくださっていただなんて……!!! ウチの目は節穴でじだっ!!!」

 

 『ありがとうございます』と言い切る前に涙声で捲し立てるウリに、そうなるよう仕向けたコスモス側が気圧されていた。

 

(物は言いようと言うけれど)

 

 ウソは言っていない。

 ただ、いい感じに聞こえがいいよう変換させてみただけであったが、予想以上の効果があったらしい。目の前で滝のような涙と鼻水を流す少女の姿が現在進行形で証明している。

 

「じゃあ、」

「はい゛っ!!! そこまで熱い夢を抱いた人に託せるのなら、喜んでゲッコウをお譲りします!!!」

「ゲコッ!!?」

「兄貴の方もウチが説得します!!! きっと兄貴も納得してくれるはずです!!! いや、納得させてみせます!!! ウチにコスモスさんの夢の後押しをさせてください!!!」

 

 勝手に譲られることに決まり、驚愕と困惑を面に出して抗議の声を上げるゲッコウガ。

 堪らず主である少女の肩に手をおいて揺らすが、むしろ逆に肩を掴まれて揺さぶれる始末だ。

 

「良かったねェ、ゲッコウ!!! こんな良いトレーナーがアンタの強さに惚れこんでくれたんだよ!!? うぅ、ウチぁ嬉しいよ!!! がんばりやな癖に競争心が剥き出しだから兄貴んとこじゃ馴染めなかったアンタだけど、きっとこの人の所なら上手くやれるよ!!! ウチぁ不器用だからアンタのこと扱いきれなくて足を引っ張りまくってたけど、アンタを負かした人にだったらそんなことなくなる!!! アンタだって勝てるようになるさ!!!」

「コウガッ!!!」

「ひぢぇぶ!!?」

 

 ガックンガックン揺さぶられていたゲッコウガが、堪忍袋の緒が切れたとウリの両頬に『はたく』を繰り出した。

 平たい掌に挟み込まれたウリは左右から襲い掛かる衝撃に堪らずノックダウン。その場に力なく崩れ落ちた。

 

「大丈夫です?」

「にゃ、にゃんとか……」

 

「ゲコゲコゲコ!!」

 

「あっ!? どこに行くのゲッコウ!? 待て、待てったらー!!」

 

 ウリの制止も聞かぬままにゲッコウガはその場から逃げ去る。

 この場に残ったものは気まずい空気。あれだけ感極まっていたウリも、途端にすんとした顔でコスモスの方に振り返った。

 

「……ホントにあの子でいいの?」

「……そこがポケモントレーナーの腕の見せ所です」

 

 若干間をおいてしまったが、これでほとんど約束は取り繕ったようなものである。

 

「それじゃあ連絡先でも交換しておきますか」

「うん! 兄貴のことも説得できたら連絡するから待ってて! ……早い方がいいよね?」

「まあ」

 

 コスモス自身長々と同じ町に滞在するつもりはない。

 譲渡の為だけに長期滞在してジム廻りに間に合わなくなっては本末転倒だ。

 

「最悪パソコンで渡してもらってもいいですが……」

「……いいや、直接渡す!」

「いえ、別に」

「兄貴のことだ! 良くも悪くも頑固だから絶対どっかで話が拗れる! それぐらいの気概で行かなきゃ説得なんてできやしない!」

「……まあ、方法はお任せしますが」

 

 自分に面倒さえ降りかからなければ、ウリが如何様にして兄を説得しても関係ない話だ。

 

「さてと。話も粗方まとまりましたし私は帰りますね」

「今日はホントにごめんね。またお詫びはするから……」

「約束してもらった以上のお詫びはありませんので」

 

 よろしくお願いしますね、とコスモスが別れの言葉を告げようとした。

 その時であった。

 

───ドォン!!!

 

「ッ───何?」

 

 腹の底が震える爆音に、周囲にどよめきが走った。

 音は大分近い。そう遠くない場所で爆発が起こったらしく、近隣住民が窓から顔を覗かせている光景もちらちら窺える。

 

「何事!? テロ!?」

「調べます。ゴルバット!」

 

 呼びつけるやコスモスの背中に張り付くゴルバットが、彼女を空中へと連れだした。

 

「……あそこか!」

 

『ひいいいい!?』

 

 よく耳を澄ませれば、アパートのゴミ捨て場の方から情けない声が聞こえてくる。

 

『誰だ⁉ ガス抜きしてないスプレー缶捨てた奴はぁー!?』

(たまたま引火したってところですか)

『うっかりビリリダマを蹴っちゃったから、『じばく』で引火しちゃったじゃないかぁー!!』

(……)

 

 不幸と見るべきか、迂闊と見るべきか。

 しかし、今日が燃えるごみの日であった為か火の手はみるみるうちにゴミ捨て場一帯に広がり、建物にも及ぼうとしている。黙って見ている間にも被害は広がってしまうことだろう。

 

(仕方ありませんね)

 

 スマホロトムを取り出し消防に連絡しようとする片手間、コスモスはルカリオに向かって声を張り上げる。

 

「ルカリオ!! 『みずのはどう』で火の手を抑え───」

『お、おい! なんかすごい勢いで屋根の上走ってくるポケモンが居るぞ!?』

『速いぞォ!』

『あれ、ゲッコウガじゃ……うわっ、急に雨降ってきた!?』

「ん? ……うわっ」

 

 足元のどよめきは真だったのか、突如として降り出した雨がコスモスの体を濡らす。

 だが、まるで局所的な通り雨のように高速で移動する雨脚は、あっという間に黒煙を立ち上げる火の元へと辿り着いた。

 次の瞬間、屋根の上を疾走していた三つの輪郭が雨の中に浮かび上がる。

 

()()()()()?」

 

───戻ってきた?

 

「ニョロトノとガマゲロゲ……まさか!?」

 

 ウリのゲッコウガだと推察したコスモスであったが、当のウリの反応はそれを否定していた。現に火災現場に向かう三位一体のカエルポケモンの内、音頭を取るゲッコウガはアイスを盗んで嘲笑していた個体とは雰囲気が違う。

 

「ゲコッ! ゲコゲコッ!」

「グワッ、グワッ、グワッ!」

「ケロッ!」

 

 喧しい程の鳴き声を上げるや、三体は一斉に動き出す。

 ニョロトノが口腔から『ハイドロポンプ』を、ガマゲロゲが『マッドショット』を繰り出し暴れる炎を呑み込んだかと思えば、ゲッコウガの『れいとうビーム』がトドメと言わんばかりに突き刺さった。

 

 あっという間の消火劇に消防どころか、コスモスの出る幕すらなくなった。

 

(───強い。あの三体)

 

特にゲッコウガ。

 三体の中でも際立って洗練されている動きは、ウリが手に余らせていたゲッコウの上を行く強さだと断言できる。

 

「なるほど。そういう訳か」

 

 

 

「あーーーっらよぉっとッ!!!!!」

 

 

 

「ゔっ」

 

 一人納得して独り言ちていたコスモスの耳に、溌剌とした雄たけびが突き刺さった。

 うるさい。正直さっき輪唱していたカエルポケモン三体よりも、遥かに。

 それほどの声量を発しながら空を飛ぶペリッパーから飛び降りた青年は、鎮火どころか凍結した火災現場を指差して確認していた。

 

「火の元良ぉし!!!!! 鎮火完了!!!!! 皆、もう大丈夫だぜェ!!!!!」

 

 それは火事を目の当たりにし不安に駆られていた住民を安心させる一言だった。

 次の瞬間には消火してみせた青年とそのポケモン達に惜しみない拍手が送られた。

 

「いよっ、流石だぜ大将!」

「流石はカチョウタウン一のトレーナー! みずポケモンを使わせりゃ、アンタが一番だ!」

「ゲッコウガも皆もカッコよかったぞー!」

 

 どうやら住民の間では有名人らしい。

 というのも、

 

「あ、兄貴ぃー!!?」

「あん? なんでぃ、ウリじゃねえか。手前ェ……こんなとこで油売ってる場合か」

「な、何の話?」

 

 青年を『兄貴』と呼んだウリは目を泳がせるが、凄まじい威圧感を放つ青年は白を切るのをヨシとしなかった。

 

「何もパモもあるかァ!!! 道中、またゲッコウが悪さ働いたって聞いたぞ!!!」

「ひーッ!!?」

「姿が見えねえところを見る限り、まだ逃げてんじゃねえか!!?」

「ごめんよ兄貴ィー!!!」

 

 びえええん!! と目からハイドロポンプを流すウリに、青年は頭を抱える。

 

「ったく……今はもう手前ェの手持ちなんだぞ? 手前ェがしっかりしなきゃなんねえだろうが」

「ぐすん……兄貴、実はそれについてなんだけど」

「あん?」

「ゲッコウが欲しいって言う人が居るから譲ろうかなって……」

「……なに?」

 

 青年のトーンが一段低くなる。

 

「手前ェ……まさか面倒が見切れねえからって他人に押し付けようって魂胆じゃあねえだろうなァ?」

「ち、違うよ!!? その子が言ってくれたんだよ、ゲッコウの強さに惚れこんだって!!! チャンピオンを目指してるトレーナーなんだけど、実際にゲッコウを負かして───」

「こんの……馬鹿野郎!!!」

「ひぃーーーッッッ!!?」

 

 青年の怒気にやられて激流の如き涙を流すウリ。

 その姿を神妙な面持ちで眺めていたコスモスだが、これでは埒が明かないと地面に降りる。

 

「失礼します」

「あん? お宅ははどちらさんでぃ?」

「私が今の話に出てきたゲッコウガを譲り受けたいトレーナーですが」

 

 臆せず名乗り出れば、青年の眉がピクリと動いた。

 

「ほぉ、手前がかい?」

「コスモスです。ジムバッジは3つ。キョウダンとオキノ、スナオカのバッジは獲得済みです」

「……カチョウ以外は制覇済みか」

 

 突拍子もなく獲得したバッジ数を申告すれば、青年の怒気は収められた。

 

「ゲッコウが負かされるのも道理だな。あいつだって弱かねェが、ヒマワリんとこのエースバーンとやり合ってちゃあ手の内がバレてるみたいなもんだ」

「それをバトル中に推理するのはトレーナーの実力です」

「違ぇねえ」

 

 ハッ! と今日ここで初めて笑ってみせた青年はやおら腕を組んだ。

 

「奴の強さを見抜いて手に入れてェって気は分からなくねえ。むしろ、お目が高ェと誇らしい気分だ」

「じゃあ、」

「だがッッッ!!! 譲るかどうかはまた別の話ィ!!!!!」

 

 バクオング顔負けの大声量がバトルコートを震わせる。

 コスモスが女の子がしてはいけない───具体的にはイシツブテが力んでいるような───表情で耳を抑える眼前で、青年はドンッ!!! と胸を叩いて吼える。

 

 

 

「ぼくぁカチョウジムリーダー、キュウ!!!!! ホウジョウ最強の番人が手塩に掛けて育てたポケモン……欲しいというなら手前ェの力で手に入れてみせなッッッ!!!!!」

 

 

 

 ビリビリと。

 肌がひり付く声を浴びながら、コスモスは悟った。

 

 

 

───これ、面倒な奴だ。

 

 

 

 

*1
狭い見識に囚われる様を、井戸の中で威張りくさるカエルポケモンがでんきタイプのタイカイデンにボコボコにされることに例えたことわざ




Tips:カチョウタウン
 ホウジョウ地方の南東に位置する町。北に湿原、南に海と水にゆかりのある土地であるが、暮らしている住民はじめじめとした湿気とは裏腹に快活とした人が多い。古くは水産業で栄えた町であり、虹色橋を通じてセトー地方とも交流が盛んであり、人が集まる町と呼ばれていたことも。
 近くにコイノクチ湿原からは夜にカエルポケモンの合唱が響き、渦を巻く荒々しい海の光景もあって夜には幻想的な一面を覗かせる。ただし旅行客は音に慣れておらず夜に眠れないと苦情が入る為、個室は基本的に防音仕様。また、お年寄りに対して声を大きくして喋るようになる要領で、環境音に掻き消されぬよう声が大きい人が多いのも特徴。大声を出されても怒られている訳ではないので泣かないようにしよう。
 ジムも構えており、リーダーを務めるのはみずタイプのエキスパートである青年、キュウである。
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