愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

キュウ「ぼくぁ兄でジムリーダーの方だぁ!!!!!」

ウリ「ウチぁ妹の方ッ!!!!!」

コスモス「ステレオでうるさい」


№038:最強ゲッコウガ計画

 

 

 

───カチャ、カチャ。

 

 

 

 料理の乗った食器が並ぶ音をBGMに、コスモスとレッドの二人は座っていた。

 ここはポケモンセンター───とは程遠い内装のどこにでもあるやや年季の入った一軒家だった。

 畳の香りが漂う居間から庭の方を向けば、トサキントとアズマオウが優雅に泳ぐ池が見える。池の縁には数匹のニョロモが腰かけているが野生らしい。人の目に気づいた途端、ピューっと走って逃げていく。

 

「……」

「……」

 

 無言で正座する二人が見つめ合う。

 何か口にするべきか。

 そう思った瞬間、ドシン! と大盛の料理が食卓の上に参上した。

 

「はい! たんと食べてってね!」

「どうも」

「……ありがとうございます」

 

 料理を運んできたウリに端的に礼を言うコスモスに一拍遅れ、レッドも手を合わせる。

 彼ら以外にも、手持ちのポケモン達の為にわざわざ用意してもらったエサ皿には山盛りのポケモンフーズが鎮座していた。規模はまさしくシロガネ級。その量には常識人(?)枠のルカリオも慄くサイズであった。

 

「さぁてと! メシも出揃ったことだし、頂くとしようかぁ!」

 

 勢いよく座布団に腰を掛けたのは、藍色の長髪をポニーテールにまとめる青年だ。

 寝巻を思しき襦袢を羽織っており、客人の目の前で肌がはだけるのも気にしていない様子。そして手を合わせるや否や、凄まじい勢いで料理を口に運び始める。

 白米に味噌汁、漬物、玉子焼き、そしてカチョウの磯で採れたアオサで作った海苔が並ぶ食卓は、THE・朝食と評して過言ではないラインナップであった。

 

「ん? どうしたんだぁアンタら? もしかして朝は食わねぇタイプか?」

「いえ。別にそういう訳では」

「……じゃあ、オレ達も頂こっか」

「そうですね」

 

 しばし圧巻されていた二人も手を合わせて食事を取り始める。

 どれもこれも山盛りに盛られてはいるが、家主のキュウのペースを見るからに少しでも目を離している間に消えてなくなっていそうだ。

 

「あっ、足りなそうだったら言っちゃって! 兄貴ったら大食いでいっつも平らげちゃうから!」

「メシは体の資本でぃ。食える時に食っときゃねえとトレーナーも消防士もやってらんねぇっての」

 

 そう言うキュウは白米をおかわりする。今どき中々見かけないおひつに詰め込まれた白米を山のようによそい、再び電光石火の勢いで掻き込んでいく。

 

「大食漢ですね」

「ね」

 

 キュウの食べっぷりを眺めながら、コスモスとレッドはもっきゅもっきゅと口にした料理を咀嚼していた。

 

───さて、そもそも何故二人がキュウの家に居るのか?

───それは昨日まで遡るが……、

 

「アンタらも遠慮しねぇでおかわりしてくれよ。ウチのモンが迷惑かけたんだ。詫びとして無理くり泊まってもらったようなもんだが、メシぐらいたらふく食わせねえとぼくぁ面目丸つぶれだからな」

 

 説明終了。

 

 たくあんをパリポリ貪るキュウは、次はきゅうりの浅漬けへと狙いをつけた。

 その間、コスモスは大根おろしとしょうゆが掛かった玉子焼きを掴み取る。

 

「まあ、私達としては食費が浮いて嬉しいですので」

「だね」

 

 しみじみと頷くレッドは熱々の味噌汁を啜った。具はわかめと豆腐だ。出汁が良く利いている優しい塩味が口に広がる。

 

「それにしてもコスモスさんにお師匠が居ただなんて……道理で強い訳だね! もしかして有名な人だったり?」

「やめろぃ、ウリ。師匠に肩書もクソもねぇ。後進に何か一つでも教えられたら、そいつぁそれだけで立派な師匠なんだからな」

 

 不用意な妹の発言を窘めつつ、キュウはレッドの方を見た。

 ちなみにレッドはホシガリスよろしく頬に料理を詰め込んでいる最中であった。あれ? もう山盛りだった白米がないぞ? とウリが訝しめば、ハッと何かに気づいたようにレッドが口を開いた。

 

「この海苔美味しいよ。食べな」

「ありがとうございます、先生。しっかりと味わって食べます」

 

 弟子の少女に海苔を勧めただけだった。白米がまるっとなくなっている辺り、よほど気に入ったのだろう。

 

「あの……おかわりよそいますか?」

「あ、じゃあお言葉に甘えて」

「私もいいですか?」

「え、早っ!? あ、あぁ! コスモスさんもだね!」

 

 茶碗そこに置いといて! とウリは慌てて白米をよそう。そして、すぐなくならないように先ほどよりも多めに盛っておく。

 

「ふぅ……ごちそうさん」

 

 すると、先ほど二杯目をよそってもらったばかりのキュウが席を立った。

 

「兄貴、もう出てくの?」

「おう。今日も早いんでな」

 

 そう言って居間を出て行くキュウ。

 しかし、彼の分の料理がよそわれていた茶碗や小鉢は既に空だった。早食いここに極まれりだが、口述したように朝から忙しいのであろう。

 食卓を共にしていた彼の手持ちも食事を終えており、整然と彼の背中を追って居間を立ち去っていく。

 

 残ったのはウリと客人であるコスモス達だ。

 アウェーの数の方が多い珍妙な光景が広がっている。

 

「この大根おろしおいしいですね。スナハマダイコンを使ってます?」

「お、分かっちゃう? ここいらだとスナハマダイコン使うのがメジャーでさぁ。あ! まだおかわりあるよ。持ってくる?」

「お願いします」

 

 と、コスモスがおかわりを要求する一方で事件は起こった。

 

「ヴァア!!」

「ゲコゲコゲコ!!」

 

 キレ散らかしたヌルの声の後に、耳に障る笑い声が聞こえてくる。

 慌てて戻ってくるウリ。彼女が視線を向けた先には、ヌルのエサ皿を奪い取り、松の頂上を陣取るゲッコウガの姿があった。

 

「コラ、ゲッコウ!! そのご飯を返してあげな!!」

「ゲーコゲコゲコ!!」

「あんにゃろう……」

 

「ここは私に任せてください」

 

 スッ……、とウリの前に歩み出るコスモス。

 頬っぺたにご飯粒をくっつける彼女は、それでも尚怜悧な眼差しを庭先へと送る。ヌルとゲッコウガの喧嘩は、ゲッコウガがやや優勢。特性でタイプが逐一変化する相手に俊敏性で劣るヌルが手玉に取られている形であった。

 そこでポケモントレーナーの出番だ。

 

「ヌル。0時、『かげうち』」

「!! ───ヴァア!!」

「ゴケッコンッ!?」

 

 『かげうち』でヌルの『ブレイククロー』を躱す腹積もりだったゲッコウガに、地面に伸びる影を掻き上げるようにして生まれた影の爪がクリーンヒットした。急所に当たったらしく、ゲッコウガは素っ頓狂な悲鳴を上げてから身動きも取れず庭の池に落水した。

 同じく落水したポケモンフーズは池のトサキント達のエサになるが、ヌルの分は青い顔を浮かべているゴルバットが差し出してきた食べ残しで事足りそうな雰囲気だ。

 

「『シャドークロー』?」

「はい。覚えさせておきました」

 

 カブの漬物をパリポリ食べるレッドの問いにコスモスが頷く。

 影から生み出した爪で相手を切り裂く技、『シャドークロー』。レッドのリザードンも覚えているゴーストタイプの物理技だ。

 

「え? でもコスモス『かげうち』って……?」

「ヌルは私の言うことを聞きませんからね。でも、『相手の繰り出す技が何か?』くらいは聞く耳はもってくれるんでそれを教えました」

「へー、そうなんだー……ってならないよ普通?! じゃあ何!? 今あの子技名だけで相手が何タイプが弱点か理解したってこと!?」

 

 はい、と何でもないようなコスモスの返答が返ってくる。

 

「スナオカジムのエースバーンを倒したのもヌルなので。あの手合いになら遅れは取りません」

「そ、そうなんだ……」

「あ、おかわりください」

「え? もう!?」

 

 席に戻るや否や白米を掻き込み、おかわりを要求するコスモスに色んな意味で引いてしまうウリ。いったいあの小柄な体のどこに食べた物が収まっているか不思議でならない。

 

「やっぱり凄いトレーナーってたくさん食べたりする……? 頭使う的な意味で」

「……オレもおかわりもらっていい?」

「お師匠さんもっ!?」

 

 この師弟、どちらも大食いだ。

 だが摂取したカロリーの向かう先は別々かもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それではジムリーダー・キュウとチャレンジャーによるジム戦を開始します!!」

 

 威勢のいい審判の声がバトルコートに轟いた。

 時刻はまだ朝8時を回っていないというのに、双方のポケモントレーナーはやる気に満ち溢れていた。

 

「それでは、バトル開始!!」

 

 バトルコートを駆け抜けるのはニョロトノとウツドン。

 途端にフィールドには雨が降りしきり、固い地面がぬかるみに変貌していく。

 

「なるほど。特性は『あめふらし』、と……」

 

 それをコスモスは観客席で眺めていた。

 右手にはポテトチップス(ヤドンのしっぽ味)、左手にはサイコソーダ。観戦する気が満々過ぎる布陣の傍ら、彼女はスマホロトムでバトルを録画していた。

 要するに敵情視察。

敵を知り己を知れば百戦危うからず───コスモスの好きな言葉だ。

 

「にしても、わざわざ録画する必要あったかなぁ?」

「自分の目で見ることに意味があるんです。あくまで録画(これ)は見返す用ですし」

「見返すだけならバトルレコーダーもあるでしょ? 公式戦ならいくらでも載ってるんじゃなかったっけ」

「過去分はもう視聴しました」

 

 『え?』と呆気に取られるウリを置いてけぼりに、コスモスは真剣な眼差しをバトルコートに向ける。

 

「でも、バトルレコーダーは定点カメラなんで肝心なところが見れなかったりするんですよ」

「へー……そういうこだわりがあると勝てるのかぁ」

「……むっ、この味中々イケる。先生、どうぞご賞味ください」

「絵面……! 説得力に欠ける……っ!」

 

 片やバトルを録画し、片やポテチの味を共有している。

 ストイックなトレーナーが見たら『真面目にやれ!』と怒りそうな光景ではあるが、ウリは自分にどうこう言えるだけの実力はないと自重した。

 

 しかし、そんな緩い雰囲気も一変する。

 

「キュウさん、緊急です!」

 

 ジム戦中にも関わらず、泡を食った様子のスタッフが駆け寄ってくる。

 対するキュウは背中を向けたまま問いかける。

 

「用件は?」

「広場の野生コイキングが3匹! 同時にギャラドスに進化して暴れてるみてぇで!」

「何?」

「ジュンサーさんらも出動しちゃあいるんですが、手ぇこまねいてる状況です!」

「分かった」

 

 短く返すや、キュウは突然踵を返した。

 バトル中、ましてや公式戦であるジム戦の最中に背中を見せるなどあってはならない事態だ。

 だがしかし、困惑するチャレンジャーに説明する間もなく、キュウは審判へ指示を飛ばした。

 

「ジム戦は続行ぉ!! ぼくぁ現場に急行する!! 後ぁそいつらに任せとく!! 細けぇ采配は手前ぇがやってくれ!!」

「へい、リーダー!!」

「任せたぞ、手前ぇら!!」

 

 そう叫んだキュウは、既にバトル中だったニョロトノの他に2体。ガマゲロゲとゲッコウガを繰り出し、颯爽とバトルコートから去っていった。

 残されるポケモンとチャレンジャー。

 しかしながら、バトルコートを縦横無尽に跳ね回るニョロトノは立ち止まる素振りを見せず、苦手なタイプであるウツドン相手に互角以上の立ち回りを見せていた。

 

「兄貴はいつもああなんですよ」

 

 ウリは苦笑しながら二人に事情を説明することにした。

 

「元々消防士の方が本職で……。ジムリーダーをやるのも、理事長に『消防士の方を優先させてもらう!!』って啖呵切って条件を取り揃えさせたぐらいでさぁ」

「……それでポケモンに後を任せたと?」

「兄貴はそれで問題ないって考えてて」

 

 実際、問題があるかどうかは火を見るよりも明らかだった。

 

「ニョローッ!」

「ウドッ!?」

「ああっ、ウツドン!?」

「ウツドン、戦闘不能!!」

 

 雨の恩恵を得た『ハイドロポンプ』で撃ち抜かれ、ウツドンが瀕死に追いやられた。

 

「……兄貴のお師匠さん、ウコンって名前のおじいちゃんでさ」

「確かホウエン地方で活躍されてるトレーナーですね。フロンティアブレーンだったかと」

 

 バトルフロンティア───ホウエン地方にはポケモンバトルをこよなく愛するトレーナー達の為の殿堂が存在する。

 その中に一つ、バトルパレスと呼ばれる施設がある。

 そこではポケモンに指示を出すことは許されない。トレーナーはただ見守り、勝負の行く末を見守ることしかできないという、全7つある施設の中でも特に変わったルールが敷かれている場所であった。

 

 そこで頭を務める男こそ、先に話した『ウコン』なる老爺だ。

 

「兄貴は小さい頃、ウコンじいちゃんに死ぬほど扱かれてさ。そのせいだか、普通のトレーナーみたいにバトル中に指示を出さないんだよ。基本、黙って突っ立ってるだけで……」

「だからバトルレコーダーで一言もしゃべってなかったんですか」

「でも強い。だから兄貴はジムリーダーなんだ」

 

 ここでようやく機材の故障だと考えていたコスモスの疑問が一つ解決した。

 ジム対策の為に視聴した戦いの記録、その全てにおいてキュウは一言も指示を出していなかった。映像を見るだけでは編集だと疑ってかかっていた光景だが、いざウリから経歴を聞かされれば単純な話であったという訳だ。

 

「エレブー、戦闘不能!! 勝者、ジムリーダー・キュウ!!」

「嘘だぁー!?」

 

 そんなことってあるかよー!! と泣き叫ぶチャレンジャーは風のようにジムから去っていった。よほどトレーナーの指示がない相手に負けたのが悔しかったのだろう。

 

「なるほど。貴方のゲッコウガが強い理由が分かりました」

「でしょでしょ!? 兄貴が手塩に掛けて育てたゲッコウは、指示がなくったってウチぐらいになら楽勝よ!!」

 

───それを自分で言って悲しくはならないんだろうか?

 

 コスモスは口をついて出そうになった言葉を寸前で呑み込んだ。

 

「……でも、そうなると不思議ですね」

「ん? 何が?」

「そんなに強いならどうしてその子を手放したんでしょう」

 

 自分ならあり得ない選択だ、と。

 そう言わんばかりに呟いたコスモスであったが、次の瞬間、隣から隙間風のような音が聞こえてきた。おもむろにスマホロトムの画面から目を離して確認すれば、それが深呼吸して呼吸を整えるウリから発せられたと理解できた。

 そのまま口を開こうとしたウリだが、喉の辺りで詰まった言葉は上手く連ねられない。

 まごまご、まごまごと。

言葉にするのも躊躇われる。彼女の態度が何よりもそう訴えていた。

 

 その時だった。

 

「コウガァ!!!」

「ゲッ」

「ゲッコウ!? 急に出てきてどうしたの……って、アンタまさか!?」

 

 突拍子もなくボールから飛び出したゲッコウガ、もといゲッコウはチャレンジャーの居なくなったバトルコートに降り立つ。

 そのまま何をするかと思えば、青い指先はゆっくりと本来ジムリーダーが待ち構えている側を差したではないか。

 

「コウガ」

「……ゲコ」

 

 ゆらり、と。

 一歩前に歩み出たのはキュウが置き残したゲッコウガ。

 

()()()とやり合うつもり!? アンタ、チャレンジャーじゃないでしょ!?」

 

 兄貴に怒られるよ!! と制止の声も虚しく、両者はバトルコートで相対する。

 審判も止めるつもりはさらさらないらしく、むしろ率先して審判を務めんと静かに旗を掲げた。

 

「……」

「……」

 

 不気味なまでの静寂が場を包んだ。

 緊張の一瞬。

 が、その一瞬が破られるのもまた刹那だ。

 

「コウガ!!」

「ゲッコウ!!」

 

 共に両手に水を圧縮し形勢した手裏剣を投擲する。

 先に動いたのはゲッコウの方だ。

にも関わらず、後から動き始めたコウガの方が技を繰り出すまでが早い。ゲッコウが投擲した『みずしゅりけん』の全てがコウガの後出しに撃ち落とされる。

 ゲッコウの表情(かお)が苦渋に歪む。

 しかし、バトルはまだ始まったばかり。

 

「コウガァァアアア!!!」

 

 気を取り直したゲッコウが舌を突き出す。

 これを当然躱したコウガだが、本命は舌の影。初見では影の中へ引きずり込まんとする魔の手にも見える『かげうち』がコウガを襲い掛かる。

 だが、次の瞬間にコウガの姿はそこには居なかった。

 

「ガッ!?」

 

 悲鳴を上げたのはゲッコウだ。

 彼の背後には、既に手刀を振り抜いた後のコウガが佇んでいた。

 さながら辻斬りのように流れのままに繰り出された動きだった。

 

(『かげうち』を『でんこうせっか』で避けてから『つじぎり』……向こう側は完全にこちら側を見切ってる)

 

 ポテチを食い漁る手も止まり観戦に没頭するコスモスの思考は、今の一連の流れを整理していた。

 ゲッコウの特性は『へんげんじざい』。ヒマワリのエースバーンの特性『リベロ』と同様、直前に繰り出す技のタイプに変化するトリッキーを体現する珍しい特性だった。そもそも存在を知らなければ技の数だけタイプが変化する得体の知れないポケモンを相手取る訳になるのだが、コウガはそんなゲッコウを歯牙にもかけぬと言わんばかりに軽くあしらっていた。

 

(実力は向こうの方が上。これでは……)

 

「アアアッ!!!」

 

 急所に効果抜群の技を命中させられたゲッコウが、吼える。

 それは今にも倒れそうな自分を奮い立たせる為に必要な儀式。誰の後ろ盾も得ず、一人 立ち向かうことを決めた漢が最後の意地を見せる合図でもあった。

 

 立つ。

 駆ける。

 向かう先は未だ傷一つ負わぬ同じ姿をしたポケモン。

 

「コウガアアアアッ!!!」

「……ゲッコウ」

 

 持ち前の俊足でコウガの懐に潜り込んだゲッコウが、細くしなる脚を振るう。

 『けたぐり』。体重が重い相手ほど威力の高まるかくとう技だが、元よりあくタイプを有すゲッコウガ相手にはそれなりの威力を発揮する。

 対するコウガもまた右手で手刀の形を作り、振りかぶる。

 交差する影。

 刹那の間───振り下ろした手刀は空振り、振り上げられた蹴りがコウガの脚へ迫る。

 

 ザンッ!!!

 

 鋭く乾いた音が響いたのは、まさに今ゲッコウの技が命中する寸前。

 

「ガッ……!!?」

 

 瞳を見開くゲッコウ。

 彼の胴体には袈裟斬りのような痕が浮かんでいた。

 

───『つばめがえし』。

 

 素早い動きで相手を翻弄し切りつける、必中の剣法。タイプはひこう。()()()()()()()()()()()ゲッコウには抜群の効果を発揮した。

コウガの脚を払おうとした『けたぐり』もみるみるうちに勢いが衰えていく。

 ようやっとコウガの肌に触れる頃、その威力はほとんど死んでいた。

 最早、ただの蹴り以下。撫でるように触れてくる脚を受け止めたコウガは、そのまま掴んだ脚諸共ゲッコウを突き放した。

 

 戦意が残っているならすぐにでも体勢を立て直す状況。

 しかし、突き放されたゲッコウはと言えば受け身一つ取れぬ間に地面に転がった。

 

「ゲッコウ……ゲッコウ!!」

 

 傷つき倒れたパートナーを見るに見かねたウリが観客席から飛び降りて駆け寄る。

 

「よく……よく頑張ったな」

 

 今は休んで。

 そう労ったウリはゲッコウをボールに戻し、バトルコートを去った。その足でジムに併設された回復装置の下へ向かおうとしたウリであったが、途中、観客席から降りてきたコスモスとレッドが道中に待っている姿が見えた。

 ここはエントランスとバトルコートを繋ぐ薄暗い通路。

チャレンジャーは緊張を胸にこの道を通り、ある者は歓喜し、ある者は悔しさを抱えて帰路につくことになる。

 

 今のウリは───後者だった。

 

「……誰が悪いとか、そういうんじゃないんだ」

 

 ぽつりと。

 まるで水滴のように零れた言葉には、万感の思いが滲んでいた。

 

「ただ、努力しても超えられない壁を前にして……こいつはそれでも必死に足掻いてる」

 

 それだけなんだよ、と。

 歴史は、紡がれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ゲッコウとコウガは兄弟だった。

 親が同じとか、そういう意味ではない。

 ただ同じ日に生まれ、同じ土地で育ち、同じトレーナーに育てられた。生まれた時から共に過ごした……そういう間柄だ。

 兄弟仲は良好。毎日毎日トレーナー共々扱かれながらも、互いに切磋琢磨して技を磨き合っていた姿は、むしろただ血が繋がっているよりも強い繋がりがあると他者の目には映っていただろう。

 

 多少性格は違えど向かうべき先は同じ。

 主が師に教えられていた『心身常にポケモンと在り』の言葉通り、二体共キュウとは以心伝心───いや、それ以上だったと言っても過言ではない。

 指示がないことを不服に思うことはない。それが常だから。

 言葉がないことを不服に思うことはない。それが常だから。

 ただ信ずるがまま戦地へ送られ、自由な意思の下でバトルに身を投じる。そうして得られた勝利は二体にとって格別の幸福であった。

 それはキュウがジムリーダーへと抜擢され、自然とリーグへの参戦権を得てチャンピオンの座も視野に入ってからも変わらなかった。

 

 今も昔も変わらぬ形で戦い続ける。

 そしてこれからも───そんなゲッコウの想いが絶ち切られるのは、一つのきっかけだった。

 

『ゲッコウガ、戦闘不能!! 勝者、チャレンジャー!!』

 

 ある日のジム戦、ゲッコウは倒れた。

 勝負の世界だ。勝ち負けなんて当然ある。

 だがしかし、その日のゲッコウはトリを務めていた。挑戦者に勝利を譲るか、ジムリーダーとしての矜持を見せるか。その瀬戸際を担う大役だった。

 

 だが、負けた。

 

 主は『気にするな』と慰めてくれた。

 しかし。それでも。だが。どうしても。

 ゲッコウは、自分を許せなかった。

 

 そしてすぐ、また敗北(それ)は訪れた。

 負けに慣れていない訳ではない。負けなんて、主が師事をしてもらっていた時期に億千万と経験した。

 しかし、これは毛色が違う。

 敗北を喫し肩を落とすゲッコウ。彼がその当日目の当たりにした光景は、最後の一体に追い詰められても尚、そこから大逆転を演じるコウガの姿であった。

 

 また別の日、ゲッコウは負けた。

 同じ日、コウガは勝った。

 別の日、ゲッコウは負けた。

 また同じ日、コウガは勝った。

 別の日、同じ日、別の日、同じ日……それを繰り返していく内に見えた“壁”が、どうしようもないほどゲッコウの前に大きく聳え立っていた。

 

 同じポケモンなのに。

 同じ練習をしたのに。

 同じ状況だったのに。

 

───どうして自分だけ負けるのだろう?

 

 きっと、膝を折ったあの日。

 ゲッコウは別の大切なものも折れてしまったのだろう。

 

「それからだよ。ゲッコウが誰彼構わずバトルを吹っかけるようになったのは」

 

 回復装置に収まったボールを見遣るウリは、沈痛な面持ちで今日までの出来事を思い返す。

 

「きっと、コウガと同じことをするだけじゃダメだって思ったんだろうね。強そうな相手を見つけたらちょっかいかけて野良バトル三昧! ……兄貴に迷惑かけるのもお構いなしでね」

 

 それがいつしか風物詩となった頃。

 兄は自分にゲッコウを託した、と。

 ウリはそう話を締めくくった。

 

「ゲッコウは弱くない。だけど、ちょっと間が悪かっただけなんだ! 今はそのせいで不貞腐れちゃってるけど、こいつの『勝ちたい!』って想いだけは本物だ! こんな中途半端なトレーナーのウチでも、それだけぁ断言できる!」

 

 不甲斐ない己への怒りは全て相棒を再起させる熱意へと転化させろ。

 兄が自分に託した理由は、きっとそこだ。

是が非でもゲッコウを立ち直らせ、彼の在るべき場所へと返す。それをウリは自分の使命だと考えていた。

 

「結局はバトルするどころか、言うことも聞かせられなかった……けど! こいつがまたバトルコートで輝けるようになるんだったらなんだってする!」

「その役目を他人に託しても、ですか」

「ウチのプライドなんてどうだっていい! 大事なのは……こいつがなんだッ……!」

 

 口さがない者は『責任転嫁』と呼ぶかもしれない。

 他人に自分の役目を押し付けるなんて無責任だ、と。

 

 だが、真に譲れないものがあるからこそ、彼女は己のトレーナーとしてのプライドを捨て置いてまで役目を果たそうとしていた。

 

「……コスモスさん。兄貴の言ってた言葉、覚えてる?」

「もちろん」

 

 それは昨日、家に招待される前のやり取り。

 

「『ゲッコウはもう手前ぇの手持ちだ。ぼくぁ関与しねえ。だから、納得させなきゃならねえのは()()()だ』、って」

 

 次の瞬間、コスモスの方に振り向いたウリが頭を下げた。

 腰を90度曲げた最敬礼。思わず礼をされた方が一歩後退ってしまうような勢いだった。

 

「頼みます!! どうか……コスモスさんの手で、()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 それが暗に提示されたキュウからの条件。

 コスモスがゲッコウを認めるのではない。

 むしろ、逆。

ゲッコウがコスモスを認めてこそ、新たなパートナー関係は祝福されて然るべき───と。

 

「身勝手なのはわかってる!! でも、ゲッコウはいつまでも燻ってていいタマじゃねぇんだ!! たとえウチの下でも立ち直れるとしても、それはずっとずっと先の話になっちまう!! それじゃダメなんだ!!」

 

 今年はセトー・ホウジョウ地方初のポケモンリーグ開催年。初めてのチャンピオンが決定される大切な年だ。

 

「こんな時期に油売ってるくらいなら……いっそ、コスモスさんみたいなトレーナーに引き取られるべきだ!! アンタがゲッコウを引き取ってチャンピオンになってくれ!!」

 

 『頼む!!』と改めて深く頭を下げるウリ。

 程なくして床に点々と水滴が落ち始める。彼女が今日まで秘めてきた想いの一欠けらは、それでも床に大きく染みを広げていく。

 

───これではどちらが頼んでいる側か分かったものではない。

 

「……どうするの?」

 

 無言を貫いていたレッドが口を開いた。

 彼にとっては知らぬ間に始まっていた話だが、弟子が関与している以上、無関係では居られないといった様子であった。

 

「……先生。少し確認してもいいですか?」

「なに?」

「先生のラプラスはどうやって手に入れたんでしたっけ」

「……シルフカンパニーの人から貰った」

 

 ロケット団が占拠中の、という冠詞は除いた。

 

「じゃあ、フシギバナは?」

「……フシギダネの頃、ハナダシティで貰った」

「カメックスは?」

「ゼニガメの頃、クチバシティで貰った」

「そうですか」

 

 コスモスはうんうんと頷く。

 彼女の中では問題児も問題児なゲッコウガを引き受けるか否かで考えあぐねていたところであった。

 

 だが、偉大なる先達の経験談を聞いて、ようやく決心が固まった。

 

「……他人から譲ってもらったポケモンでも実力を十二分に発揮させてこそのポケモントレーナー、と」

 

 彼女の解釈は、理論を超越する───。

 

「分かりました、引き受けましょう」

「!! ホント!?」

「ただし、立ち直らせるだけなんて中途半端なことはしません」

 

 半開きの瞼の奥に、窺い知れぬ光を宿すコスモスは宣言する。

 

「目指すなら()()()()()()()()です。発揮し得る実力を120%まで引き上げる……他ならぬ私の手で。それを成し遂げてみせます」

「お、おぉ……なんだかすごいやる気だ!?」

「その第一歩が───そうですね」

 

 振り返った先から放たれるプレッシャー。

 これは間違いなく()のものだ。

 ゲッコウを容易くあしらい、勝利を我が物とした片割れ。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 それなら誰も文句は言わないでしょう、と。

 勝利の女神は、不敵に笑った。

 




Tips:ポテトチップス(ヤドンのしっぽ味)
 ジョウト地方方面で販売されている地域限定味のポテチ。食べた人曰く『旨味が効いた塩味』とのこと。パッケージ裏のヤドンマークを5枚集めて応募するとヤドンのぬいぐるみ(実物大)が当たる可能性がある。コスモスも応募したが外れた(当たったら売るつもりだった)。
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