愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

ウリ「二人で白米4合平らげた……」

レッド「栄養は体に行きます」

コスモス「栄養は頭に行きます」


№039:言うことを聞かない? それなら勝てばいいじゃない!

 

 

 

 時刻はすっかり昼下がり。

 

「それじゃあ、いつもの()()をやりましょう」

 

 言い放ったのはコスモスだった。

 一通りジム戦を録画した一向がやって来たのは、公共のバトルコートの一角だ。

 今日も今日とて無邪気な少年少女や、血気盛んなポケモントレーナー達で賑わっており、視線が合えばすぐにでも野良バトルが勃発しそうなくらいの熱気に包まれている。

 

()()をやるんだね」

 

 対して、常時真顔のレッドは得心した口振りで頷いた。

 しかし、如何に師弟間が以心伝心であったとしても、第三者が加わればまた別の話となる訳で、

 

「ごめん。ウチに詳細が一切伝わってこないんだけども」

 

「……()()ですよ?」

()()だよね」

「そう、()()です」

「うん、()()で間違いない」

 

「前提の共有ッ!!」

 

 あれよあれよという間にジムから連れてこられたウリは困惑の色を隠せないでいた。

 すっかり回復し切ったゲッコウはボールの外に出ているが、どこぞへ逃げられぬようきょうせいギプスを装着された上、あなぬけのひもで雁字搦めにされている。

 だが、そんな状態のゲッコウは一旦スルーして解説に移ろう。

 

「私なりのトレーニング方法をこの場で実践してみせます。ゲッコウガに加わってもらう形で」

「それをやったらゲッコウがコスモスさんを認めてくれるんだね!! よし、やろう!!」

「判断が早い」

 

 ダーテングがこの場に居たらビンタしてきそうな勢いだった。

 しかしながら、当人が提示する以上一定の効果が期待されていることに違いはない。

 

「別に難しい話じゃないです。手持ちのポケモン同士を戦わせるだけです」

「え? それだけ……?」

「はい」

 

 ただし、とコスモスは付け加える。

 

「片方は私が指示を出します。もう片方は自分の思考だけで戦う訳ですね。野生のポケモンとのバトルが近いでしょう」

「ははー。でも、それなら普通に野生のポケモンと戦った方が良くない?」

「経験値を得るだけならそれでいいでしょうがね」

 

 思わせぶりなコスモスの言い草に、ウリが険しい顔つきになる。

 いったいこのトレーニング方法のどこが重要なのか? それを見極めようと必死に思案している様子だ。

 だが、合理性を求める進行役(コスモス)は解答者が答えるより前に正解を発表する。

 

「肝心な部分は、()()()()()()()()()()()()()()にあります」

「???」

「要するに認識の擦り込みがメインなんです」

 

 宇宙ニャスパーのような顔だったウリには懇切丁寧に説明してあげよう。コスモスはそう心に留めた。

 

「ポケモンがトレーナーの言う事を聞かないのは大抵トレーナー側が軽視されているからです。ウリさんの話を聞く限り、ゲッコウガは『トレーナーの指示がない方が上手くやれる』と思っているようです」

「まあ、兄貴のバトルスタイルがあれだからね……」

「前任者のバトルスタイルはさておき、問題はそれで私の言うことまで無視されたら敵わないという点に尽きます。なので、まずは『私の指示に従った方が勝てる』という認識を擦り込む訳です。裏を返せば───」

「あぁ、そーゆー?!」

「だから野生のポケモンではなく、手持ち同士で戦わせるんですよ」

 

 やっと話が繋がった。

 確かに勝ちの経験だけなら野生のポケモン相手でも積み重ねられるが、負けの経験はその限りではない。何故なら、普通に戦わせるだけであれば、基本的にポケモンはトレーナーの指示を聞いている状態だからだ。『敗北』が『トレーナーの無能』と=で繋がれてしまってもおかしくはない。

 

「このトレーニングは『私の指示がなかったから負けた』という認識を効率的に擦り込ませられます。もっとも、私が指示を出した上で負ければ元の子もないですが」

 

 そうは言うものの、彼女の統率のとれた手持ちを見れば一目瞭然だ。

 言う事を聞かないと豪語していたヌルでさえ、バトル中は彼女の指示に耳を傾けている。こうしてトレーナーの指示を聞くに値すると認めさせた時点で、このトレーニングには一定の価値があると言えよう。

 

「という訳で、私のトレーニングに付き合ってもらいますよ」

「ゲコォ……」

「……まあ、説明だけして『信用しろ』で通るならこんな拗れた話にならないでしょう」

 

 とどのつまり、実践だ。

 その為にはまず過剰なまでに拘束されたゲッコウガを解放しなければならない。話を聞いていたウリが早速解きに掛かろうとした、その瞬間だ。

 

「ゲコォ!!」

「あっ、ゲッコウ!? アンタ、いつの間に縄抜けを……!?」

「ゲコゲコゲコ!!」

 

 既に緩んでいた縄から抜け出したゲッコウが飛び跳ねた。

 まるで『トレーニングなんざ御免だ!』とでも言わんばかりの様子で背を向けて逃げるが、

 

「ゴルバット、『くろいまなざし』」

「ゲコッ!?」

 

 あらかじめボールの外に出していたゴルバットが睨みで、なんとかその場に縫い留めた。

 しかし、こうなってしまえばゲッコウが実力行使に出るのは前日のやり取りから明白。目の色を変えたゲッコウが、『れいとうビーム』を繰り出す構えを取った。

 

「そう来ると思ってました」

 

 余りにあっけらかんと。

 読み勝ったと主張するコスモスに対し、ゴルバットは直線軌道の冷気をその身にくらう。しかし倒れない。弱点のタイプを受けても尚、ゴルバットは宙を羽搏いたままだった。

 すると、その大きく開かれた口から何かのきのみの残骸と思われるヘタが吐き出された。

 僅かに残る果肉を包むのは水色の皮。

 

「あれはヤチェの───!?」

「ゴルバット、『あやしいひかり』」

 

 刹那、硬直しているゲッコウを幻惑の光が襲い掛かった。

 これにはたまらずゲッコウも足取りが覚束なくなる。

 

「ゲコゲコ~??」

「ゴルバット、『かげぶんしん』。『かげぶんしん』。『かげぶんしん』……」

「うわぁ……ッ!?」

 

 ゲッコウが混乱している間、コスモスの口から飛ばされるえげつない指示にウリは戦慄していた。

 いつの時代でも嫌われる戦術はある。

 たとえば陰湿的な戦法。具体的な手法は数えればキリがないが、ことポケモンバトルにおいて『回避に徹する』戦法は爽快感に欠けると選手や観客からも嫌われ易い。だが、嫌われるのはそれだけ有用であることの裏返しだ。

 

「さて、そろそろ……」

「ゲ、ゲコ……ゲェッ!!?」

「『アクロバット』」

「ゲコォーーーッ⁉」

 

 目を覚ましたゲッコウの目の前には、数十匹にも分身したように見えるゴルバットが飛び交っていた。

 どれが本物かと見極めようとするのも束の間、一斉に襲い掛かってくるゴルバットの大群にゲッコウは返り討ちにされる。

 

「ゲッコウぅーーー!!?」

「昨日のリベンジ達成です」

「ゴルバッ!」

 

 コスモスの頭上を飛び回るゴルバットは非常にご満悦な様子だ。

リベンジが嬉しいのは人間もポケモンも同じことである。

 

「さあ、私の言うことを聞く気になりましたか?」

「ゲーコゲコゲコッ!」

「……そうですか」

 

 まんたんのくすりで回復したゲッコウだが、まだコスモスの指示を聞く気はないらしい。

 べろべろばぁ! と長い舌をちろちろさせておちょくってくるゲッコウに、コスモスは深々と溜め息を吐いた。

 

「それなら望むところです。どちらが先に根負けするか……白黒つけようじゃありませんか」

 

 バチバチと両者の間に火花が散る。

 とてもではないがこれからパートナー関係を結ぼうとするトレーナーとポケモンの光景には見えない。良くてバトル、悪くてもバトルな一触即発な雰囲気である。

 

「え、えっと……コスモスさぁん? 一応ゲッコウは負け込んで落ち込んでる最中だから、負かすのも程々にね……?」

「その辺りは弁えてますので」

「あ、そう……」

 

 それなら心配いらないだろう。

 

───そう思っていたのが30分前。

 

「ニンフィア、『マジカルフレイム』」

「ゲコォー!?」

 

「ヌル、『けたぐり(つばめがえし)』」

「コゲェー!?」

 

「ルカリオ、『はどうだん』」

「ガッコォー!?」

 

「モッグ! モッグ!」

「ハミハミ」

 

 コスモッグとユキハミが戯れている傍で繰り広げられる激闘は、全てゲッコウガの敗北に終わっていた。

 

「ふぅ……激しい戦いでした」

「───いやいやいやいや待って待って待って!!?」

「どうしました?」

「『どうしました?』じゃなくて!!? 手加減!!! 手心!!! 思いやり!!!」

「知らない企業のキャッチコピーですね」

「違うんだってばぁーーー!!!」

 

 いよいよ我慢できなくなったウリがコスモスに詰め寄る。

 

「負けが込んで落ち込みまっ最中の相手を徹底的に負かしてどうすんのさぁ!!? これじゃあ立ち直るモンも立ち直らんでしょうよぉ!!?」

「そそそそんなにゆゆ揺らさないでくだださい」

「揺らすよぉ!!! そりゃあ揺らすよぉ!!!」

 

 心が揺れるまで揺らすよぉ!!! とウリの実力行使はコスモスが顔面蒼白なるまで続いた。

 

「おぇっぷ……そんなにゲッコウガを負かすのが不服ですか?」

「そりゃそうでしょ!! だってッ……!!」

「……そもそも私は、立ち直る立ち直らないは問題じゃないと思いますがね」

「え?」

「見てください」

 

 そうコスモスが指差した先にはルカリオに負かされたばかりのゲッコウが佇んでいた。

 ただし、彼の瞳から闘志は消えていなかった。膝をついても尚燃え盛る炎は、敗北すらも糧にして激しさを増しているように見える。

 

「もしも、きっかけが敗北だったとして───それでスランプになっていたのならあそこまで強くはありません。()()()()()()()()。声を大にして認めましょう。私が指示を出してようやく勝てる()()なんです」

「ッ……!」

「だから、実力を発揮できないとかそういう問題は既に過去。ゲッコウガが今直面している課題は……おそらく、貴方が認識していたものからもうかけ離れているみたいですね」

 

 そこまで説明され、ウリはコスモスの肩を掴む手を放した。

 

「じゃあ……ゲッコウは今何を見てるの?」

「月並みな言葉かもしれませんが……」

 

───超えるべき存在。

 

 ここまで説明されてもピンとこないウリではない。

 ただ、それはあくまでもコスモスの目から見たゲッコウの姿でしかない。本当は別のことを見ているかもしれない。

 けれど、ゲッコウもむやみやたらに勝負を吹っかけている訳ではない。明確な目的意識を持って勝負に挑んでいる。

 

「ゲッコウ……アンタは、コウガに勝ちたいの……?」

「……」

 

 返ってきたのは沈黙。

 ポケモンと通じ合える言語はない。一方で通じ合う言葉は確かに存在する。

 ポケモンと人間の間で共通する感情がある以上、行動や所作には必ず意味がある。それを齟齬なく読み取れるかもまた優秀なトレーナーとしての資質であり、永遠の課題だ。

 コスモスの認識が正しいとも限らないし、ウリの認識が正しいとも限らない。

 

 だからこそ、少しでも長く寄り添う必要があるのだとしたら───。

 

「……わかった! ウチはアンタを応援するから!」

 

 今にも倒れそうなゲッコウに肩を貸し、ウリは持ってきたきずぐすりの一つを取り出す。

 

「コウガに勝つでもジム戦で勝つでも何でもいい!! アンタがホントにやりたいことがあるんなら、ウチはなんだって応援する!!」

「……ゲコ……」

「今はまだウチがアンタのトレーナーだ!! アンタがやりたいことはウチも支えてやらなくちゃ、トレーナーの名が廃るってモンよ!! 二人三脚だ!! 二人で……二人でやり遂げるぞ!!」

「……コウガ!」

 

 きずぐすりでの治療を受けたゲッコウガが立ち上がる。

 だが、それまで前しか見ていなかった瞳にはしっかりとウリの姿も映っていた。肩を抱え合う二人の支えは強固であり、それまでどこか不安が拭えなかった危うさは見る影もなくなっていた。

 

「やるぞ、ゲッコウ!! 打倒コウガ!! 打倒兄貴!!」

「コウガッ!!」

「頑張るぞ!! 頑張るぞ!! 頑張るぞぉーーーッ!!!」

「コウガァーーーッ!!!」

 

「(……手持ちはトレーナーに似ると言うけれど)」

 

「ん? 何か言った?」

「いえ」

 

───一応後々譲り渡す予定を彼女は理解しているのだろうか?

 

 少々不安になるコスモスであったが、当人がやる気を出したところに水を出すような真似はしない。

 むしろ、これは僥倖だった。

 どういう理由にしろやる気になった相手は、とことん乗せるに尽きる。

 ゲッコウの目標が兄弟分の撃破───延いてはカチョウジム攻略にあるのなら、コスモスも方針変更は厭わない。

 

「さて、どうプランを変更しようか……」

「……!」

「ルカリオ?」

 

 ピクッと耳を立てるルカリオがどこかへ視線を向けた。

 何かを感じ取ったのかもしれない。そう思って同じ方向を見たはいいものの、特に変わった点は見受けられなかった。

 

「……気のせい? まあ敵意がない相手なら無視でいいよ」

「……」

 

 しかし、明確な悪意がない相手までに気を向け続けるほど暇ではない。

 コスモスの命令にこくりと頷いたルカリオは、半ば感知した存在の敵意を否定する形でトレーニングへと戻るのであった。

 

『……』

 

 ただ、こちらを見る人影が消えず。

 じっとりとした視線は、コスモス達を眺め続けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 トレーニング2日目。

 

「うおお、頑張れゲッコウぅーーーッ!!!」

「ゲコォーーーッ!!!」

 

「ルカリオ、『あくのはどう』

 

「ウゲェーーーッ!!?」

「ゲッコウぅーーーッ!!?」

 

 『かげうち』で先制攻撃を仕掛けたゲッコウに、ルカリオがカウンターに繰り出した『あくのはどう』が直撃する。

 特性でゴーストタイプに変化していたゲッコウにあくタイプは効果抜群。たった一発の直撃であったが、元より耐久力に秀でている訳ではないゲッコウガというポケモンにとっては致命的なダメージだった。

 

「死ぬな、ゲッコウ!!! アンタはこんなところで死ぬポケモンじゃない!!!」

「別に死にませんから」

 

 こんなやり取りも通算10回目だろうか。

 

「それよりウリさん」

「んっ!? なんだい?」

「最初に私は『応援してくれると助かる』と伝えました」

「うん! だから応援してるよ!」

 

 親指を立て、ウリは良い笑顔を浮かべている。

 

「それじゃあ傷ついたゲッコウガを治療していただいてもらってもよろしいですか?」

「よし、任せて!」

 

 しっかり治療するから! と意気込むウリは、取り出したきずぐすりをゲッコウの体に吹きかけていく。

 

「痛いとこがあったら言いな。これで治してやるから」

「ゲッ!?」

「そこか! 沁みるけど我慢しなよ。あっ、こんなとこにも擦り傷が!? ここにも吹きかけて……あぁ!? こんなところにも!」

 

 プシュー、プシュー、プシュー、プシュー。

 

「ここも! そこも! ああ、これも!? これ、は……傷なのか? いいや、とりあえず掛けとけ!」

「ウリさん」

「え?」

「その辺で」

「あ、そう……」

 

 コスモスストップが掛かり、おずおずと引き下がっていくウリ。

 しかし、止めるには少々タイミングが遅かったらしい。おかげさまでゲッコウは全身薬液でベトベトだ。今なら傷ついたポケモンを抱きしめるだけで傷を癒せそうだ。それで癒してもらいたいかは別として。

 

「クゥ~ン……」

 

 ルカリオも鼻を押さえている辺り、相当量吹きかけたことは窺える。

 だが、薬も過ぎれば毒となる。

 

「あんまり掛け過ぎても皮膚に異常が出る場合もありますし、次からは程々にしましょう」

「うっ、ごめん……」

「分かってもらえればいいんです」

 

 とは言ったが。

 

「水分補給しましょう。ポケモンも脱水症状が出たら大変ですしね」

「よし、ゲッコウ! おいしいみずがたんまりあるから、たくさん飲んでよ!」

「ゲポゲボボボッ……!!」

「水にも致死量はあるんですよ?」

 

「もうお昼ですね。疲れていても何か口にするのは大切です」

「よし、ゲッコウ! ゼリー状のポケモンフーズがあるから、たくさん食べなよ!」

「ンゲッ、ンゲッ、ンゲッ!」

「腹八分目という言葉はご存じで?」

 

「折角ですし技の幅が欲しいですね。わざマシンで何か覚えさせましょう」

「よし、ゲッコウ! ここにあるわざマシン全部覚えてみるぞ!」

「ゲコッ!」

「『過ぎたるは猶及ばざるが如し』を身をもって知りたいですか?」

 

───基本、こんな有様だった。

 

「ンゴゴゴッ……ンゴゴゴッ……」

 

 昼の3時を回り、ゲッコウは芝生の上で爆睡していた。

 何をさせても全力投球なトレーナーに似たのか、ゲッコウ自身頑張り過ぎるきらいがあった。

 

 なので、こうして休憩を挟んだ訳であるが、

 

「いいですか? 何事もやり過ぎなのは良くないんです。オーバーワークは非効率の極みというところをまず理解してですね───」

「はい……。はい……」

 

 その間、コスモスによる個別トレーナーズスクールが開催されていた。

 どういう絵面? という疑問がベンチに座っていたレッドの脳裏に過るが、言ってることに間違いがない以上、ウリを擁護する余地は介在し得なかった。

 しかも、いつの間にやらちびっ子達が集まっており、青空教室は大盛況の様相を呈していた。正座させられる馬鹿(ウリ)にも理解できるよう噛み砕いたコスモスの授業は、ちびっ子にも分かりやすい内容であったらしい。

 

(あれ? オレより先生してる?)

 

 レッドは己の存在意義を疑った。

 仮に自身が彼女の立場だったとして、今集まっているちびっ子にも分かりやすい授業ができるだろうか? ───いや、できない。

 

「……適材適所って言うよね」

「先生のおっしゃる通りです」

「お」

 

 現実から逃避しようとした途端、隣に腰掛けていたコスモスに話しかけられて硬直する。吃驚して飛び上がるのでもなく身を固めて防御に徹する辺り、レッドの習性というものがよく理解できるであろう。

 

「先生?」

「……なんでもない」

「さいですか」

「進捗どう?」

「ぼちぼち……と言いたいところですが」

 

 彼女にしては珍しく言葉が詰まっていた。

 

「あのゲッコウガ、中々に反骨精神が強くて」

「根性あるよね」

「何度も立ち上がってくるのはいいんですが、一向に私に従う気配が見られません」

「うん。……うん? それ……ダメじゃないの?」

「はい」

 

 ダメですね、とにべもない返事が返ってきた。

 

「むしろウリさんとの仲が深くなっていくばかりで、私との溝が広がっている一方な気がします」

「ダメだね」

「ダメですよね」

「どうする?」

「どうすればいいでしょうかね」

「なるほど。それでオレのところに」

 

 とどのつまり、助言を求めにやって来たという訳だ。

 いかに同年代より優れた才能や知識があったとしても、その実態は年端も行かない少女に過ぎない。ベテラントレーナーでさえポケモンとの信頼関係を築くには時間を要するのだ。それを未成年に求めよという方が無理な話である。

 だが、条件で言えばレッドも大概だ。

 一度チャンピオンの座に座ったとはいえ、手持ちのポケモンは基本的に波長の合う───要するに、気が合う面子で固まっている。

 

(そもそもオレってどうやって皆と仲良くなったっけ……)

 

 ほわほわと脳内にイメージ出力される過去の情景。

 今ほどフシギダネやゼニガメが懐いていなかった時代、打ち解けるきっかけになった出来事を必死に思い出そうとする。

 

「……」

「先生、何かいい方法はありますかね?」

「……バトル」

「ん」

「ポケモンバトルしか……道は残されていない」

 

 『しかしそれは』とコスモスが口を開きかけた瞬間だった。

 

「今の自分達じゃ勝てないような強敵……そんな相手とのバトル、かな」

 

 例えばハナダジムのスターミー。

 例えばクチバジムのライチュウ。

 例えばロケット団ボスのニドキング。

 

 他人から貰ったばかりで懐いていなかったポケモンとの絆は、往々にして強敵とのバトルの中で芽生えたものだった。

 独りよがりでは倒せない。

 しかし、すぐ隣には敵ではなくとも味方とも言い切れない微妙な間柄の存在が居る。ただし相手はこちらと手を組もうとする意思を見せている。ならば手を結ばない道理はない、と。そうしてレッドとポケモンの間には確固たる信頼関係が生れ落ちたのだ───!

 

「! ……なるほど。そういう訳ですか」

「だからコスモスとゲッコウガも……」

「それなら話が早いですね。先生、ご助力をば」

「……うん?」

 

 立ち上がるコスモスは普段と変わらぬジト目ながら、その奥に爛々と輝く期待を滲ませながらレッドに語り掛ける。

 

「私にとって未だ勝てぬ強敵……それは先生をおいて他にありません。この若輩者に胸を貸していただけませんか?」

「……そっか」

 

 そう来たか。

 

 だが、言われてみればそうだ。

 今日に至るまで50戦50敗。それがコスモスとレッドによるポケモンバトルの結果だ。当然、負け越している方がコスモスである。

 常人ならこれだけ負ければ戦意を喪失し、人によってはポケモントレーナーを引退しそうな戦績ではあるが、コスモスはこの通り自分が負け越している相手に喜んでバトルを申し込んでいる。

 

「……オレも、実は戦ってみたかったんだ」

「先生……」

「特性でタイプが変わるポケモン……望むところ」

「先生……!」

 

───だって、楽しそうだもの。

 

 この師にして、この弟子あり。

 

「やろうか。オレとポケモンバトル」

「ありがとうございます。……あと、それとはまた別件なんですが」

「うん?」

 

 話題を変えたコスモスの視線が、レッドの隣に向いた。

 

「その差し入れ、どうしたんですか?」

 

 度々登場してきたおいしいみずやゼリー状のポケモンフーズ、そしてゲッコウガに使えそうなわざマシンがギッチギチに詰め込まれた段ボールの山。

 いつの間に用意した? そもそも自分とのトレーニングでは貰った覚えのない量の差し入れだ、と疑問でならなかったコスモスは、胸の中でモヤモヤとする謎を解き明かすべく問いかけたのであった。

 

「あぁ、これ? これはね、キ───」

「ヂュウウウッ!!!」

 

 刹那、バトルコートに雷が落ちた。

 

 突然の落雷に目が眩むコスモス。

 彼女がようやく視力を取り戻した頃、目の前にはプスプスと黒煙を上げ、愉快なバッフロンヘアーへとイメチェンしたレッドの姿があった。

 

「先生? 雷の音で耳がキンキンするんですが、なんて仰られました?」

「……近隣住民からの差し入れだよ」

「? さいですか」

 

───親切な人も居るものだ。

───それなら利用しない道理もない。

 

 望外の差し入れに内心しめしめと思いつつ、コスモスはバトルコートへと戻る。

 そんな彼女の背中を視線で追いかけるレッドを、ピカチュウは小さな足でゲシゲシと蹴りつけていた。

 

「ごめんってば」

「チュウピ!」

「はい、注意します」

 

 お怒りなピカチュウさんに頭を下げるレッドは、足早にバトルコートに向かった。

 後ろから突き刺さる痛い視線は、未だ消えることはない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 かくして、レッドも本格的にトレーニングに参戦する運びとなった。

 その成果であるが、

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』」

「ゲッコウガ! 速さで勝負しない! 『かげうち』で透かしてもすぐ二撃目が来る!」

 

「『けたぐり』を繰り出したまま止まらない! 体力が多い相手からは反撃が来る!」

「ラプラス、『サイコキネシス』」

 

「フシギバナ、『ハードプラント』」

「やけになって『れいとうビーム』で相殺しようとしない! 見た目に惑わされずに、確実に回避に徹して!」

 

「カビゴン、『ギガインパクト』」

「一か八かで『けたぐり』を仕掛けない! 避けて、相手の隙を作ってから反撃に移る!」

 

「リザードン、『ブラストバーン』」

「半減だからって受けようとしない! 避けるの優先!」

 

「カメックス、『ハイドロカノン』」

「(以下同上)ーーーッ!」

 

 戦績───全敗。

 未だコスモスの指示を聞かずに戦うゲッコウであったが、案の定、レッドの手勢を前に手も足も出なかった。

 真顔のまま叫び続けコスモスも返り討ちにされたゲッコウを手当するウリも疲労困憊の様子だ。バトルコートに寝転ぶ彼女達は、中央に倒れるゲッコウも合わせて川の字になっていた。

 

「はぁ……はぁ……今日は、このくらいにしておきますか……」

「ぜぇ……ぜぇ……そうだね。ねぇ、コスモスさん……」

「はい?」

「どう? ゲッコウと一緒に戦ってみて……勝てそう……?」

 

 顔だけこちらに向けてきたウリに、コスモスはフッと笑みを零した。

 

「えぇ……───全然勝てる気がしません」

「嘘ぉ!!? じゃあ何の為のトレーニングだったの!!?」

 

 叫んだ勢いで跳び起きるウリ。寝転んだ状態から反動を使わないとは、中々鍛えられた腹筋の持ち主のようだ。

 対して腹筋だけで起き上がろうとすればプルプル震えるだけのコスモスは、えいしょよいしょと手を突きながら、やっとの思いで上体を起こした。

 

「逆に訊きますが、遥かに格上の相手に指示もなしで勝てるとお思いですか?」

「それは……ッ! そりゃあ、勝てるはずないと思うけど……」

「まあ、仮に指示が全部通ったところで地力が違い過ぎて負けるとは思いますが」

「尚更トレーニングの意味!!?」

「ウリさん……一つ勘違いしていませんか?」

 

 嘆くウリに対し、コスモスは至って平静な様子だった。

 それも当然だ。普段からレッドに勝負を仕掛け、何度も何度も───それこそ全てを返り討ちにされているのだ。今日一日分の敗北でへたるような経験はしていない。

 

「最初に話したように、私はこのトレーニングにおいて勝利にだけ意味を見出している訳じゃありません。無論、勝てればそれは紛れもない進歩と喜びますが、何も敗北したからといってトレーニングが無価値な訳でもありませんから」

「う、うん……?」

「負けるには理由があります。その理由を一つずつ潰して、ようやくたった一つの勝利へと繋がるんです」

 

───百の勝利よりも、一の敗北にこそ価値がある。

 

 勝利した要因を一つずつ分析するのも、確かに勝利への道筋だろう。

 しかし、それには限界がある。結局は自分が持ち得る力量の範囲内で勝ち得てしまったのだから。

 

 一方で敗北は違う。

 敗北に繋がった要因を確かな命題を自分に提示してくる。得られる命題はたった一つかもしれない。

 だが、それを超えれば着実に一歩前へと進むことができる。

 その先に待ち構えていたものが新たな敗北だったとしても、それすらも新たな命題だと受け入れて解決する。

 

「負けにもきちんと意味がある。価値がある。敗北こそが得難い経験値……私はそう考えています」

「……」

「まあ、負けは負けなので相応に悔しいですが」

 

 表情にこそ現れないが、コスモスは黒々しいオーラを渦巻かせていた。

 その様子にウリは圧倒される。

 ただし、悔しさの余りリベンジに燃えるコスモスにではない。

 

(どこまで考えて───)

 

 博識だとは思っていたがよもやここまでとは、という驚きだ。

 単に頭が良いだけではない。目の前の現実に理屈を設け、飲み下す。そんな大人でも一部の人間には難しそうな考え方で、この少女はポケモンバトルに臨んでいるのか───。

 ウリは近日中の考えなしだった行動を思い出し、顔から火が噴き出そうになっていた。トレーナーとしての最低限の知識も持ち得ず、何がパートナーだ。相棒だ。

 

(そう言えば、兄貴には頼りっぱなしだったなぁ……)

 

 小さい頃まで記憶を遡れば、いつも傍には兄が居た。

 どんな時でも面倒を看て、妹とポケモンを導いてくれる兄。尊敬していた。だから、ゲッコウを託された時は驚きこそしたが、嬉しさが勝っていた。

 

(でも、)

 

───まだ自分にやれることはなんだろう?

 

 たとえ、このままゲッコウをコスモスに譲り渡すとしても。

 最後の一瞬まで尽くせることはないだろうか?

 きっと、今パートナーを託した後の心残りはそれだ。

 まだ、やるべきことは残っているはず───。

 

「……ねぇ、コスモスさん。ウチさ、要領も悪いし他人に言われなきゃ右も左も分からないような駄目トレーナーだけど……他にやれることってある?」

「……そうですね……」

「なんでもする。そう言ったの、嘘じゃないからさ」

「じゃあ、」

 

 コスモスはリュックから取り出したノートを、バトルコートに叩きつけた。

 状況を呑み込めず首を傾げるウリ。

 そんな彼女へ、コスモスはえんぴつと消しゴムを押し渡してきた。

 

「私が今日一日分のフィードバックを話すので、ウリさん伝手に内容をゲッコウガに伝えてください」

「ん???」

「長くなりますから、分からない部分があったらその都度聞き直してくださいね」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!!? こーゆーのって、コスモスさんが言うべき話じゃないの!!?」

 

 そうは言うものの取り出された筆記用具は抱きかかえている。

 やる気は十分。残り必要なのは納得できる理由だけのようだ。

 

「私が言っても聞かないんですから、ゲッコウガのトレーナーのウリさんが言った方が効果的でしょう?」

「……()()()()()()……?」

「違いますか? 自分で言ってたじゃないですか」

「あっ」

 

 確かに『駄目トレーナー』と公言していた。

 公言した以上、自分で認めているようなものだ───いいや、認めたくなかったのかもしれない。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』なんて現実は。

 

「まあ、別に上手くバトルさせられるトレーナーだけが優れてるって話じゃありませんけど」

 

 コスモスはあっけらかんと。

 

「育てるのが得意なトレーナーが居れば、面倒を看るのが得意なトレーナーも居ます。別に得意じゃなくても家族や友達として不足なく暮らせていれば、それも立派なトレーナーです」

 

 それでいて、少女を元気づけるように紡いだ。

 

「だったら、ポケモンに寄り添って応援する人も立派なトレーナーじゃないですか?」

「っ……! うん!」

 

 もう一度『うん!』と頷いたウリは、涙ながらにえんぴつを手に取った。

 

「さあ、ドンと来い! ちゃんと分かるまで質問するから面倒掛けるかもしれないけどよろしく!」

 

 意気込みは十分なようだ。

 コスモスも上手い具合に着火できたと頷いているが、そっと背後霊のように現れたレッドが耳打ちしてくる。

 

「(コスモス)」

「(なんでしょう先生)」

「(ウリとゲッコウ、仲良くなりそうだね)」

「(ですね)」

「(大丈夫?)」

 

 譲渡してもらう予定を立てておいて、現トレーナーとポケモンを強固な関係にするのは矛盾していないだろうか?

 

「(ご心配なく。これで大丈夫です)」

「(おぉ)」

「(とにもかくにも、まずはジムリーダーに勝たなきゃ話は始まりません)」

「(だから言うことを聞かせようとしてるんじゃなくて?)」

「(それは追々で構いません。最悪、勝ってさえくれればいいんです)」

 

 ポク、ポク、ポク。

 

 三度、レッドの脳内で木魚が鳴り響いた。

 

「ああっ」

「そういうことです」

 

「どうしたの? いつでもノートをとる準備はできてるよ!」

 

「少し休憩を挟んでから始めましょう。そっちの方が効率がいいです」

「そっか! じゃあ、始める時は言ってね!」

 

 いつでも全力投球なウリは休憩も全力だ。

 ピューッと休憩に去っていく彼女を後目に、コスモスは今も尚倒れているゲッコウを見遣った。

 

「……まずは、()()()()()()ですね」

 

 ここには言うことを聞かないポケモンが居る。

 ただし、これはジムリーダーが手塩に掛けて育てた、自身の判断で実力を発揮できるポケモンだとする。

 

 以上より何かを悟ったレッドに、コスモスはこう告げる。

 

 

 

「私、使えるものは全部使う性質ですので」

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻・コイノクチ湿原にて。

 

「兄ィ……こいつァ……」

 

 神妙な声色で地面を見つめる大男・ウシオ。

 彼の傍には、同じように湿地帯の地面を見て眉間に皺を寄せるアオギリが佇んでいた。元の強面もあって、皺の寄った顔は一段と凶悪さを増している。

 

「ああ、分かってるぜウシオ。デケェ……それに相当の数が争ったみてェだ」

 

 彼は周囲一帯に刻まれた這いずり跡を一頻り観察し、深いため息を吐いた。

 いや、這いずり跡と呼ぶには痕跡が荒れ過ぎている。ところどころに作られた不自然な水溜まりや焼け跡は、この場で起こった事態の深刻さを物語っていた。

 

「こいつァギャラドスに違いねェ」

「だがよ、兄ィ……!」

 

「こんなに暴れた痕跡があるのに、当のギャラドスが見当たらないってのも不思議な話よねェ」

 

「イズミ!」

 

 別の場所を調査していた女幹部は、引き連れて戻ったしたっぱ達に何か指示を出す。

 呼ばれたしたっぱ達が取り出したものは、何かの部品の欠片らしき物体だった。それをアオギリが手に取り、じっくりと観察してみる。

 

「金属か? だが、こんな湿地で錆びてねェとなれば……」

「十中八九、最近落ちたものだろうね」

「それが落ちてた近くにも、似たような金属の破片が散らばってました!」

 

 誇らしげに胸を張るしたっぱ達。

 傍には実際に破片を見つけたグラエナが『褒めて!』と尻尾をブンブン振り回している。

 

「なるほどなぁ」

「何か分かるかい? アオギリ」

「これだけじゃな。だが、嫌な予感がする」

 

 手に取った金属の破片。

 それだけでは元の形を想像するのも難しいが、得も言われぬ不穏な雰囲気を感じ取ったアオギリの決断は速かった。

 

「よし、網を張るぞ! イズミ! ウシオ! てめェらはしたっぱを引き連れて不審な輩が居ねェか探せ!」

「密猟者でも居るって言うのかい?」

「密猟者ならカワイイもんだ。もっと怖ぇのは……」

「怖いのは……なんだい?」

 

 もったいぶったように間を置いたアオギリは、声のトーンを一段落として告げる。

 

 

 

「───ポケモンを利用して碌でもねェことやらかそうとする大馬鹿野郎共だよ」

 

 

 

 かつて自分がそうであったように。

 自然という名のポケモンを見誤った時の人の罪は、時に大きな災禍と化して牙を剥いてくる。

 




Tips:ウリ
 カチョウタウンに住むポケモントレーナーの少女。藍色の髪をサイドテールにまとめている。カチョウジムリーダーであるキュウは兄であり尊敬はしているが、当の彼女のポケモンバトルの腕前は素人もいいところ。ゲッコウを託される以前は、庭で飼っているトサキントやアズマオウの面倒を看ていた。
 何事にも全力投球で勢いのある性格だが、それが祟って止め時を見失い、人に言われるまで同じことをやり続けてしまう欠点がある。現在もその性格は直らないままである。
 だが、ポケモンに対する情熱は本物であり、託されたゲッコウに対しても迷惑を掛ければ謝り回り、助力を他人に願い出る際は土下座する程までに覚悟が決まっている。その甲斐もあって多少ゲッコウは言うことを聞く兆しを見せているが、彼女自身のバトルの腕がない為、ゲッコウ自身に任せて戦った方が100%良い結果が出るであろう。ただ、それでゲッコウが喜ぶのであればそれで良しと考えている。
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