コスモス「私だけの時は差し入れはないのに先生は何故……ぶつぶつ」
レッド(今度は差し入れしてあげよう)
トレーニング3日目を飛んで4日目。
空は快晴。燦々と降り注ぐ日光がポカポカと体を温める日和であった。
「カメックス、『ハイドロポンプ』」
「ガメェーッ!!」
「ガガゲゲココウウガガガッ!!?」
訂正。
降り注ぐ水飛沫で涼やかな日和であった。
カメックスの二門の砲塔。それに加えて口からも発射された水流を躱し切れず、ルンパッパの川流れのようにゲッコウが押し流される。
「ゲッコウぅーッ!!?」
「砲塔の向きだけに気を取られましたね。口の動きにも気を付けないとやられます……と伝えてあげてください」
「おう! ゲッコウ、砲塔にだけ気にしないで口の動きにも気をつけるんだ! 一発でももらったら一たまりもないんだからな!」
「ゲ……ゲコッ……」
コスモスから直接ではなく、ウリを経由して伝えられるアドバイスにゲッコウは頷いた。
いずれ手持ちになるポケモン相手にそれでいいのか? となるような光景ではあるが、幸か不幸かこの場に異を唱える人間は居ない。
フィードバックの役目を割り振られて疑問に思っていたウリも、今となっては慣れた様子だ。自身の激励も付け加えた上で、コスモスの言葉をゲッコウに言い聞かせている。
きずぐすりもまともに使えず薬液漬けのカエルを生み出していた彼女はもはや過去の存在だ。度重なるバトルの傷を手当することで、自然と彼女の手際も良くなってきている。
(やはり反復練習は正義。反復練習は全てを解決する……)
頭で覚えられない人間もポケモンも、体に覚えさせればどうとでもなるのだ。
ここでコスモスがウリをポケモンと同列に扱っている疑惑が浮上するが、当人に気づかれなければ問題はない。犯罪もそうだ、バレなければいいのだ。
「───にしても、お師匠さんのポケモン滅茶苦茶強いねぇ……」
ゲッコウを手当するウリが、苦笑しながら漏らした。
彼女が思い出していたのは先のカメックスとのバトル。一見カメックスに圧倒されただけに見えたが、内容に関しては着実に進歩していた。
「昨日とかは『きあいだま』を諸に食らっちゃってたけど、今回はゲッコウもじゃんじゃか避けてたから『イケる!』って思ったんだけどなぁ」
「単発の大技を避けられるだけじゃまだスタートラインにも立ててませんよ。口からの放水を凌げば、次は手足を収納して水を出しながら回転。最大七門の放水口から水やら氷やら吐き出しながら、バトルコートを『アクアジェット』並みに高速で回りながら縦横無尽に迫ってきます」
「またまたぁ~! いくらなんでもそれが冗談だってのは分かるよ? ウチだって兄貴のこと盛って話しちゃうことはあるけどさー……あ、あれ、なんでずっと黙ってるの? ちょっと、怖いよ! なんか喋ってよ、ねえ!?」
事実をありのままに語っただけなのに、人はどうして分かり合えないのだろう。
そんな永遠に続く人類の課題はさておき、コスモスは腕を組んで唸った。
「そろそろマンネリしてきましたね。新しい刺激が必要ですね」
「刺激の感覚が死んじゃった?」
「そういう意味じゃなくてですね」
トレーニングであっても定期的な内容変更は必須。
上達にとっての天敵は“飽き”だ。それを上手くコントロールしてこそ、トレーナーとして一段上のステップへと進められる。
「町の外に繰り出すとしますか」
「町の外って……もしかして」
「コイノクチ湿原です」
***
「毎度ありがとうございました~」
陸路で数時間かかる湿原へも、そらをとぶタクシーを利用すればあら不思議。30分と経たず目的地へと到着だ。
「うーん、青い空! 映える緑! そして!」
「すみません、沼に脚を取られました」
「早速水難事故!」
早速コスモスが沼に嵌まり、身動きが取れなくなった。
「今引き抜くね」
「ゔっ」
『足首の関節が……』と訴えるコスモスであったが、レッドの手によってものの数秒で救い出された。
という訳で、3人がやって来たのはカチョウタウン北に位置するコイノクチ湿原。
みずタイプが数多く生息し、ジム攻略を目論むチャレンジャーの多くは特訓に訪れる場所でもある為、
「今日はここでみずタイプをたくさん倒して、ジム戦への経験値を稼ごうってことだね!?」
「そういう訳ですね」
「やったやった! ウチもだんだんコスモスさんの考えてることが分かるようになってきた!」
一つ上のトレーナーになれたと喜ぶウリは、ゲッコウの手を取ってピョンピョン跳ねる。
今までコスモスのトレーニングの意図を汲み取れて来なかったからこそだろう。こうして他者と考えが同調することこそ、自分がトレーナーとして成長できていると実感できる瞬間なのであった。
「そこ足下ぬかるんでますよ」
「ゔっ!!」
ただ、素の迂闊さまで成長できる訳ではない。
「引き抜くね」
「あぁ、お師匠さんありがとうございまぁぁああ!!? 待って、待ってくださぁい!! ズボン!? ズボンが脱げていくぅー!!」
「あっ……じゃあ一旦放すね」
「急に放されたら再び沼のなぶぁ!!?」
開幕から泥塗れになる一行だが、今帰ってはそらをとぶタクシー代が無駄になるだけだ。
(元が取れるまではお目当てのポケモンを倒し続けるとしますか)
そんな腹積もりの自称合理主義な少女であったが、早速出鼻を挫かれることとなった。
「野生のポケモンが……」
「全然見当たらない……」
「ね」
360度、どこを見渡してもポケモンが見当たらない。
本当に見当たらない。
ナゾノクサ一匹すら見当たらない。
「むしよけスプレーとか使ってないですか」
「使ってない、ウチ使ってない!! だからそんな目で見ないで!! 予知した未来に絶望したネイティオみたいな目は!!」
それはそれでどんな目なんだろう。
気になったレッドが確かめようとするが、師匠には見せられないと悟った彼女が寸前で凝視を止めた為、結局見られず終いになった。
しかし、このようなやり取りをしている間にも野生のポケモンが現れる気配はない。
「おかしいですね。前に通りがかった時はそこら中に居るのを見かけたんですが。何か心当たりはありませんか?」
「うーん……ウチもこんなこと初めてかも。昔は兄貴とよく来てたんだけど、その時もこんなことはなかったし」
「そうですか」
地元住民なら知っている現象かとも考えたが、どうも当てが外れたようだ。
これでは折角湿原に足を運んだ甲斐がなくなってしまう。つまり、そらをとぶタクシーに使ったお金もパァだ。
「ぐぐぎぎぎぎ」
「どこから出してるのそんな錆びたギギギアルみたいな声?」
「……俺のリザードンが乗せてけばよかったね」
「いえ、そんな先生のリザードンの手を煩わせる訳には」
コスモスの変わり身の早さに慄いたところで現状は打開されない。
ここまで野生のポケモンが出現しないとなると、何かしら原因があると考えるのが自然だ。一帯からポケモンが姿を消す等、それこそ
「……」
とにもかくにもオニシズクモ。
野生のポケモンと出くわさなければトレーニングできない以上、コスモスには散策する以上の道は残されていなかった。
その中で見つけたものこそ、湿地に残された巨大な轍である。
しかし、タイヤにしては随分大きい。これではまるで細長い巨体が這いずったような跡にも見える。
それが複数個所に。加えてあちこちに不自然な泥濘が存在している。元々そこに生えていた草が浸っている。これでは程なく浸った植物は腐ってしまうことだろう。
(余程規模の大きいみず技を繰り出したか。湿原に生息しているポケモンは一通り確認したけど、こんな戦闘痕が残るポケモンは……)
瞼を閉じて、嗅覚を研ぎ澄ませる。
すれば、だんだんと感じる。
何かが焼かれたような焦げ臭さ。そこへ、加わる甘い香りは───。
「……先生、何をしておられるんですか?」
思わず瞼を開ければ、そこにはフシギバナの背中に乗って、どこから取り出したか分からない扇子でパタパタ扇ぐレッドの姿があった。『あまいかおり』の出どころはフシギバナの背中の花だったらしい。
律儀(?)に正座して『あまいかおり』を漂わせるレッドは、真っすぐな瞳をコスモスへと向けた。
「野生のポケモン、これで出てこないかなって」
それは苦心する事態に陥っている弟子に向けた師匠の愛。
言葉ではなく、まずは行動で示す。
そんな弟子を思いやる師の優しさに溢れた思いは、甘い香りを伴って湿原に広がっていく───が。
「……出てきませんね」
「……だね」
一向に成果は現れず。
肩を落とすレッドは、ジャングルに生えてそうなフシギバナの背の花からゆっくりと降りて来る。その背中には悲しみが滲んでいた。木に登ってみたはいいものの、お目当てのきのみが見つからなかったヒコザルを彷彿とさせる背中であった。
と、そこへ空気を読まないカエルが一歩前へ出る。
「ゲコゲコゲコw」
「先生に売られた喧嘩は私が買います。表に出ろ」
「やめなゲッコウ、誰彼構わず喧嘩を売るのは!! それにコスモスさん、ここもうこの上なく表!!」
───これ以上表って、どこ?
等と、毒にも薬にもならぬ考えを抱くほど辺りは静寂に包まれていた。
そんな時、ルカリオの耳がピンと立った。
「ワフッ!」
「……ウリさん、下がっていてください」
「え? 急にどうしたの───ぎゃあ!?」
突如として辺りを襲う激震にウリが足を取られる。
咄嗟にゲッコウが支えに入ったものの揺れが収まる気配はなく、瞬く間に不穏な空気が辺りを覆い尽くしていく。
「なに、この揺れ……?」
「答え合わせの時間みたいです」
「え?」
「不自然なまでに野生ポケモンが居ないのは、それだけ周囲を圧倒し威圧する存在が居るから。加えてあれだけの戦闘痕を残せるポケモンと来れば、必然的に択は絞られます」
たとえば『いかく』という特性。
これは相手のこうげきを下げる他、周囲を威圧して野生ポケモンを追い払う効果がある。
「水辺から離れた方がいいですよ」
コスモスの忠告に間髪入れず、水面が盛り上がる。
天を突くような水柱。
その中にぼんやりと浮かぶ輪郭は、突き上がった水が流れ落ちると共に露わとなる。
「ギャアアアッ!!!」
「ぎゃあああっ!!?」
「───やっぱり」
きょうぼうポケモン、ギャラドス。
戦乱が巻き起こる度に姿を現し、野山を焼き払ったという伝承が残る彼の水龍ならば、この現状にも説明がつく。
驚愕して腰を抜かすウリの横で身構えていたコスモスはルカリオに目配せする。
直後、ルカリオはギャラドスの『いかく』をものともせず駆け出す。繰り出される『かみつく』を回避し、『わるだくみ』で自身の能力を高めていく。
(大きさからして前とは違う個体。それに動きも大雑把。歴戦でないのなら、恐るるに足らない)
これがヌシであれば悠長に準備している暇はなかったであろうが、まだ戦い慣れていない個体であれば話は別だ。
「反撃の暇は与えない。『あくのはどう』!」
「ガゥアアア!」
「ギャアッ!?」
ギャラドスの脳天目掛けて漆黒の奔流が解き放たれる。
いかに激流に逆らい滝登りするギャラドスであろうと、ほとんど死角から喰らわせられた攻撃には無力だった。
強烈な一撃を貰い、ギャラドスの巨体は水分を含み緩んだ地面へ倒れ込む。体力が尽きたのか、その巨体はピクピクと痙攣するばかりで起き上がることはなかった。
流れるような一幕。
圧倒されていたウリは、バトルが終わったと理解するまで長い間を要した。
「た、倒れたの……?」
「どうやら進化して日が浅い個体だったようですね。動きも無駄が多かったです」
下したギャラドスをそう評しながら、コスモスは再び水面へ目を向ける。
短い戦闘であったが、ギャラドスが倒れた余波で水面は荒波立っている。
が、一向に波が収まる気配は見られない。寧ろ時間が経つにつれ、ますます高さを増しているように窺えた。
「……少し困りました」
「え? もしかしてこのギャラドス、倒しちゃいけないような子だったり……?」
「いえ、別にそういう訳じゃないですけれど」
ザパァン!!! と。
再び巻き上がる水飛沫に、ウリの目が点となる。
彼女の瞳に映り込むのはギャラドス───が五体。すべて今倒れているギャラドスとは別の個体が、鬼のような形相でこちらを睨みつけていた。
「……はえ?」
「別にギャラドス目当てで来た訳じゃないんですが」
腰のボールに手をつけたコスモスが言う。
そんな彼女の方にレッドは顔を向ける。
交差する視線。直後、レッドの唇が僅かに動く。
「お」
「分かりました、先生。あのギャラドスはすべて私が倒します」
「……」
まだ何も言ってない。
正確には『お』しか言えていない。
シュンと肩を落とすレッドを横に、コスモスは一斉にポケモンを繰り出した。
「ゴルバット、ニンフィア、ヌル。それに───ゲッコウガ」
「ゲコッ?」
「貴方も参戦するんですよ」
今のままではルカリオも加えて4対5。
しかし、ゲッコウも加われば同数という場面だ。ギャラドスという凶暴なポケモンに万全を期すのであればせめて同数の戦力で立ち向かいたいところではあるが、だ。
「……ゲコッ!」
「あっ、ゲッコウ!? あんた一人で!!」
「構いません。全員、GO」
一人突っ込んでいくゲッコウを追う形で4体もギャラドスへと向かう。
これで数だけなら同数になったが、やはりと言うべきか目に映る光景の圧力は変わらない。
「お、大きさが違い過ぎるよ! それもあんな数を!?」
ポケモンバトルにおける勝敗が体格で決まるという訳ではないが、だからといって無視できる要素でもない。
たとえ同じ種族同士のバトルであれば体格の大きい方がパワーで勝る。これくらいウリにでも分かる理屈だ。
それを踏まえた上でコスモスの手持ちはどうだ?
誰も彼もがギャラドスに劣る体格のポケモンばかり。仮にあの巨体に圧し掛かられようものなら一たまりもないはずだ。
「いえ、そうでもありません」
静かに語り掛けられた。自分に向けられた言葉だとウリが気づいたのは、一拍遅れてからであった。
「ギャラドスは基本的に単独で行動するポケモン。集団で狩りをするような生態は持ち合わせていません」
普段は平穏に満ち溢れた湿地が一変、凶竜が跋扈するバトルフィールドと化した光景から目を逸らさぬままに少女は続ける。
「これが訓練された個体ならともかく、野生ともなれば連携の『れ』の文字もない烏合の衆。それをあんなに狭い水辺で屯しようものなら……」
コスモスからの波動を感じ取ったルカリオが吼えれば、ギャラドスに向かっていた手持ちが突如としてばらける。
一部言うことを聞かないポケモンもいるが、それも加味した上で散開したポケモン達に、ギャラドスは巨体を揺らしてルカリオ達を追おうとした。
だが次の瞬間、ギャラドス達の巨体が大きく揺れる。
まだコスモス側は何も攻撃を加えていない。ただポケモン界の中でも屈指の巨体を誇るギャラドスの巨体が、意思疎通のないまま動いたことで干渉を起こしたのだ。
不意の衝突事故にギャラドス達の体勢は大きく崩れる。中には堪らず倒れ込み、水面に大きな波を立てる個体も居た。
たった一手で崩れる巨体。
そんな圧巻の光景を前にウリは思わず息を飲んだ。
(最初からこれを見越して!?)
あとはもう蹂躙だ。
コスモスが指示を出すまでもなく、各々のポケモンが自分の判断で倒れたギャラドスに攻撃を加えていく。ルカリオは『あくのはどう』で怯ませ、ゴルバットは『どくどくのキバ』で毒に侵し、ニンフィアは『あまえる』で攻撃の手を緩めさせ、ヌルは『ブレイククロー』で攻め立てていく。
ゲッコウもゲッコウでギャラドス相手に上手く立ちまわっており、戦況は完全にコスモス側に傾いていた。
それでも根性のあるギャラドスは、水辺に居ては良いようにやられると悟ったのか、ぬかるんだ陸地に乗り上がる。
迫ってくる強面。ついでに大きく顎が開かれたのを見て、目にも止まらぬ速さでウリが回れ右をした。
「ぎゃあああ、こっちに来たァー!?」
「まな板の上のコイキングですね」
「へ?」
間の抜けた声を漏らすウリであったが、直後に倒れ込むギャラドスの姿にもう一発同じ声が漏れる。
グネグネと身動ぎするギャラドス。全身を泥まみれにしながらも一向に襲い掛かってこない凶竜を前にして、逃げようとしていたウリも足を止める。
「なに、あれ……起き上がれない?」
「地面が緩いですからね。体重の重いポケモンが迂闊に足を付けようものなら、泥に足を取られます」
ギャラドスの体重は優に200㎏を超える。
これはポケモン界の中でも屈指の重さだ。
「確かにポケモンの重量は勝利の左右する要素の一つ。例えばカビゴンの『ヘビーボンバー』……あれは自分が相手より重ければ重いほど威力の上がる技です」
ウリの脳裏に過る光景は、レッドのカビゴンが『ヘビーボンバー』を繰り出す姿。
あれを食らったゲッコウは、文字通り潰れたカエルとなった訳であり、だからこそ巨体を有するポケモンに対して恐れを抱いていた訳だ。
「ですが、逆に相手の体重が重いほど威力を発揮する技もあります。ギャラドスぐらいの重さともなれば威力は絶大」
解説する間、不意に二人に影が差す。
聞き入っていたウリが反射的に振り向けば、そこには泥まみれになりながらも起き上がったギャラドスが牙を剥いていた。
それどころか何やら突撃しようとでもしているのか、長い身体を大きく反らし、勢いをつけようとしているではないか。
「あのー、ギャラドスは一体何をしようとしてるんで?」
「『たきのぼり』ですね。狙いは私達ですね」
「むしよけスプレー持ってる?」
「ライターを使って火炎放射器みたいに使っても効果は薄いでしょうね」
「そんなバイオレンスな使い方するつもりはさらさらない!」
『逃げるのぉ!』と涙目のウリ。
しかし次の瞬間、2人の前に一つの影が飛び降りてくる。
「ゲッコウ!?」
「好きに戦ってください。貴方ならこのレベルの相手を倒すなんて訳がないはずです」
「……コウガッ!」
オドオドするウリの一方、コスモスはバトルを一任するような口振りをした。
面白くなさそうに瞳を細めたゲッコウであったが、一度頬を膨らませ喉を鳴らせば、タンッ! と軽やかに駆け出した。
ぬかるんだ地面に足を取られることもなく突き進むゲッコウ。対するギャラドスは、そんなゲッコウ諸共吹き飛ばそうと『たきのぼり』を繰り出した。
勢いも体格差も向こうが圧倒的に有利。
そして、目に浮かぶ光景と実際の光景が重なった。『たきのぼり』で突撃してくるギャラドスに跳ね飛ばされ、ゲッコウの体が宙を舞った。
「ゲ、ゲッコウぅー!?」
「───いいタイミング」
ポツリとコスモスが呟いた。
その間もギャラドスは彼女達へと向かってくる。
迫り、迫り、そこまで差し迫り───そして、途端に宙に舞い上がった。
声を失い、頭上を飛び越えていく巨体を見上げるウリ。
10秒にも満たない時間であっただろう。ただ体感はもっと長く感じられた。そのまま落ちてくれば潰れたマトマのみにもなりかねない巨体なのだからそれも致し方ない。
けれども、結局ギャラドスは2人に圧し掛かってくることもせず、反対側の地面から背中を打たれるようにして墜落した。ピクピクと痙攣して動かない姿から、大きなダメージを負ったことは一目瞭然だ。
少し遅れてから着地する音が鳴り響いた。
ウリが振り返れば、ゲッコウが草むらの上に立っていた。しかも体は無傷。『たきのぼり』を食らったようには窺えない。
「ア、アンタがやったの……?」
「『くさむすび』。『けたぐり』と同じく、体重の重い相手ほどよく効くくさタイプの技です」
「……あ、」
「わざマシンで覚えさせていましたが、ひこうタイプを持つギャラドス相手には『けたぐり』よりも有効でしたね」
言われてからゲッコウの足下の異変に気がついた。
不自然に結び目が作られている草、それが罠のようにギャラドスの進路上に設置されていたのだ。
それにしたってウリは驚きを隠せない。
「あの一瞬で……?」
「先生のカメックスに比べたら技の出も遅いですし」
「確かに」
ウリは激しく同意した。あの変態軌道高速回転円盤に比べれば、ギャラドスの動きは単調極まりないという評価がしっくりくる。
───連日の連敗も無駄ではなかった。
そんな実感が胸に過る間にも激しかった戦闘音がみるみる止んでいく。水辺で暴れていたギャラドスは、今や暴れる体力もなくなり静かに伸びていた。
「す、凄い。あんなに居たギャラドスが一瞬で……」
「……まだ、」
「そうです、まだ終わっていません」
レッドの言葉をコスモスが遮った。
「そもそもどうしてギャラドスが大量発生しているのか、です。ウリさん、心当たりはありますか?」
「え? い、いや……ずっとカチョウタウンに住んでるけど、こんなのは見たことがないかも」
「そういうことです」
すなわち、異常事態。
3人の目つきが変わった。
「通常、生態系ヒエラルキーの上位に位置するギャラドスが大量発生するなんてあってはならないことです。大量発生したが最後、その地域一帯から弱いポケモンは淘汰されて生態系は一変してしまう」
「! じゃ、じゃあコイノクチ湿原はどうなっちゃうの……?」
「最悪気軽に立ち寄れるような場所ではなくなる可能性が高いですね」
かつて、いかりのみずうみで起こったギャラドスの大量発生に、セキエイリーグチャンピオン・ワタルが出動し事態の解決に奔走したように───。
「それ以外にも問題があります」
「? この辺りに立ち寄れなくなる以外に?」
「このままじゃ私がしたかったトレーニングができません。私はジムリーダーの手持ちと同じポケモンと戦えると踏んでここに来たんです」
ここに来てまで自己中心。
我が道を突き進むコスモスの言いぶりに呆気に取られるウリであったが、遠くで鳥ポケモンが羽搏くのを耳にしてハッとする。
「でも、だからって何をすればいいのかさっぱりだよ。ウチだってこんなこと初めてだし」
「ちょうどここ最近湿原を調査している人達に心当たりがあります。その人達なら何か知っているかもしれません」
「その人達って……?」
『だ、誰かァー!!』
難しい顔を浮かべていた一行の下に届く声。
切羽詰まったような声色の方に向けば、どこかで見たことのある青いバンダナを頭に被った女性が声を上げて走っていた。
「あ」
「あの装い……アクア団の人ですね」
「アクア団?」
『し、死んじゃうゥー! 粘液塗れにされちゃうー!』
「「「……」」」
そこはかとない官能の気配を感じるセリフだ。
が、しかし。
「ヌメェーッ!!」
「メルゴンッ!!」
「メラァーッ!!」
ドタバキグァッシャーン! と。
轟音を鳴り響かせて現れるポケモンの群れに、悠長な考えは一瞬にして掻き消されてしまった。
粘液を纏う角を振り回すのは、唯一このコイノクチ湿原でギャラドスとタメを晴れるドラゴンポケモンの一角。
「ヌ、ヌメルゴン!?」
「ッ」
「先生!?」
ウリが驚く間もなく、レッドは一目散にアクア団女性団員の下へと向かう。
女性団員へ押し寄せるヌメルゴンは7体。1体だけでも強力であるのに、一斉に襲われようものなら───。
「みんな」
レッドは既に外に出ているピカチュウを除き、残り五体の手持ちを一斉に繰り出した。
指示を出すまでもなく己がすべきことを理解している手持ちは、暴走車の如く突進してくるヌメルゴンを真正面から迎撃する。
だが、向こうは7体。6体の手持ちで迎撃しても、どうしても1体余りが出る。
迫りくる1体が女性団員へと向かってくる。迷わずレッドは間に割って入った。
「先生、危険です!」
「ヌメェーッ!」
「───フンッ」
ズンッ、と足を踏ん張った。
ズポッ、と足が地面に刺さった。
「あ、」
「メルゴンッ!?」
ニュル、とレッドにぶつかってきたヌメルゴンがジャンプ台から跳躍するように宙を舞った。ヌメルゴンも予想外だったのだろう。目をまんまると見開き、真下にへたり込む女性団員と目が合った。
しかし、ヌメルゴンに空中でどうこうする手段はなかった。
じたばたと足をばたつかせてはみるものの、数秒後には重力に引っ張られて背中から地面に叩きつけられる。
「メゴッ!? ゴ……ン……」
「決まり手は『ちきゅうなげ』ですか」
「倒しちゃったの!?」
倒しちゃったのだ。
『ちきゅうなげ』は地球の引力を使い相手を投げ飛ばす技。人間が使えたとしてもおかしくはない。威力は使った当人のレベルの高さに比例する為、理論上ヌメルゴンを倒しちゃったとしても問題はない。理論上は、問題ない。
「……大丈夫?」
「ひっ」
「……」
「こ、この度は危ないところを救っていただきありがとうございました……」
手を差し伸べた瞬間怪物を見るような目を向けられた。
(シロガネやまのバンギラスみたく止められると思ったけど、ヌメヌメで滑ったとはいえ投げちゃうみたいになったのは怖かったかな)
真正面から受け止められれば、怖い思いをさせずヌメルゴンにも不必要に傷を与えずに済ませられたのに───心優しい怪物はいたく反省した。
「先生っ」
とコスモスが駆け寄ってくる間にヌメルゴンの鎮圧は済んだ。
当初は興奮状態だったヌメルゴンも一発食らって頭が冷えたのか、落ち着いた様子で腰を下ろしていた。
「お見事な手際でした。まだまだ先生の早業には敵いそうにありません」
「……そう」
「ところで貴方はアクア団の人ですね。他の方達はご一緒ではないんですか?」
さらりと話を切り替えるコスモスに、放心状態であった女性団員が『あっ!』と我に返った。
「そうそう、それなのよ! アオギリ様達が大変なのよーっ!」
「具体的にどう大変なんです」
「ギャラドスがたくさんワーッ、って! それで変な黒ずくめが機械でビビー、って! 極めつけにはギャラドスがドギャギャー、って強くなって!」
「道案内を頼めますか」
「渡りに船ってこのことだね。話が早くて助かるー!」
ただし話を理解したとは言っていない。
現場に行った方が早いと考えたコスモスは、今の説明を前に表情を動かさず、それでいてぬかるみに嵌った脚を引き抜くレッドの方を向いた。
「先生も如何されます?」
「……行く」
「ありがとうございます。不肖の生徒ですが、先生のお手を煩わせぬよう全力を尽くします」
仰々しい言い回しに『あれ? 今遠回しに手を出すなって言われた?』とレッドが思い至ったのは、切迫した女性団員が喚き立てた直後であった。
「それじゃ駄目なの! アタシ達ったらギャラドスに追い回されて散り散りになっちゃってさ。アオギリ様の他にイズミ様やウシオ様が他の子守ってるけど、悠長に一人ずつ助けに行ってる暇なんてないのよーっ!」
だから、命からがらでも逃げだしてきた。
少なくとも三組に分かれてしまったアクア団を救う為には、3人の強力なポケモントレーナーが必要だ。
「ちょうどここには3人居ますけど……」
「……え? そ、それってウチも含まれたりする!?」
だらだらと冷や汗を流すウリであるが、すぐさまコスモスが首を横に振った。
「流石に1体だけで助けに行くのは無謀かと」
「そ、そうだよね……」
「……俺が手持ちを二つに分ければ……」
ホッと胸を撫で下ろしたはいいものの、言いようのない気持ちが胸に押し寄せる。
モヤモヤと、霧が掛かっているようにいつまで経っても心の中が晴れない。きっと人命救助を生業とする兄の下で過ごしたからだろう。
けれども、世の中には正義感ではどうにもならないこともある。
強いポケモンと戦えるのは強いポケモンだけであるし、そのポケモンを従えられるのもまた強いポケモントレーナーなのだから。
(ウチが行ったところで……)
できることは、ない。
そう自分に言い聞かせながらも、
「あの!」
「?」
「ウチにできること……何かある?」
何でも言って! と。
ウリは真っ先に他人に頼った。
「ウチにできることなんてたかが知れてるだろうけどさ……」
この数日の間に学び得たことがある。
他人に頼るのは悪ではない。教えを乞うのも悪ではない。
ただ、我武者羅に頑張るだけで進展がないのは
目の前に居る効率主義で合理主義な少女に、そう教えられた。
ならば、無責任に投げるのではなく、委ねる形で。
「でも、ウチにやれることがあるならなんでもするよ! ……そうだ、ゲッコウ!」
「ゲコ?」
「アンタ、コスモスさんに付いていきな」
「ゲコッ!?」
目を見開くゲッコウが詰め寄ってくる。
が、ウリもまた退かなかった。むしろ掴みかかるようにゲッコウの眼前に顔を寄せる。
「文句言わない! ウチの指示なしでもアンタは十分戦えるでしょ!」
「ゲ、ゲコ……」
「でももゲコもない!」
空のボールを手に取り、ゲッコウの胸へと押し付けるウリ。
それは他でもない、ゲッコウの───元を辿れば兄から託されたボールであった。
直後、カチリと音を立てればゼロ距離で照射されたリターンレーザーが、やがてゲッコウの全身を包み込んでいく。強制的にボールへ戻されるゲッコウは、今にも泣きそうな目でウリを見つめていたが。
「ウチは信じてるよ、アンタの強さ」
「!」
「んでもって、ウチはコスモスさんを信じてる。だから、アンタもコスモスさんを信じてみなよ……ウチの信じたコスモスさんをさ」
───ウチを信じてくれるなら。
その言葉を伝えると同時に、ゲッコウはボールの中へと吸い込まれていった。
迷わず、今度はコスモスへとボールを押し付ける。
「託したよ、コスモスさん」
「いいんですか?」
「いいも何も、ウチの肚は決まってるよ。これで言うことを聞かなかったら……ウチの誠意が足りなかっただけさ。言うことを聞くまで付き合うよ。ただ、今はウチの手持ちに居るべきじゃない」
寂しさを隠せない笑顔を張り付けながらも、悟ったように彼女は言い放つ。
「
「ウリさん」
ガタガタと。
コスモスの手に握らせられたボールが震えた。
「───その心意気がありゃあ充分だ」
「……え?」
不意の出来事だった。
ポン、とウリの頭に手を置かれる。
コスモスやレッド、ましてや女性団員でもない。
しかしながら、覚えのある温もりだった。昔から何事にも挑戦して、その度失敗したとしても最後には褒めてくれた、家族の掌。
「兄、貴……?」
「ぼくぁカチョウの火消しだぜ?」
「な───っ!?」
何でここに? と聞くのは無粋も無粋。
何故なら彼は町の荒事を洗い流す激流。地震雷火事親父、何でも御座れの火消し野郎なのだ。地元の危機……ましてや妹が関わっているとなれば、北風よりも早く駆けつけてくる。
カチョウジムリーダー・キュウ。
人呼んで『水が沸き立つファイアファイター』。
「さぁて、コスモスさんよォ」
「はい?」
「ゲッコウのこと……頼んだ」
軽くコスモスの肩に手を置くキュウ。
声は至って平坦。そこにどれだけの想いが込められているかなど、コスモスには推し量りようもない。
だからこそ、彼女はありのままを打ち明ける。
「バトルに限ってなら心配いりません」
「ほォ……?」
「私の目標はチャンピオン。延いては最強のポケモントレーナー……どんなポケモンであろうと、バトルに限っては最高のパフォーマンスをさせてみせます」
「そいつァとんだ大口だぜ。『どんなポケモンであろうとも』って、夢はポケモンマスターってかァ?」
揶揄うようにキュウは言う。
が、鼻についた様子も見せずにコスモスは告げる。
「それを最強と呼ぶのであれば」
キュウは閉口した。ウリは絶句した。
そして、最後には戦慄した。
どうやらこの少女にとってチャンピオンもポケモンマスターも終点ではないらしい。
むしろスタートライン。どんな野望を胸の内に抱いているかは知らないが、世の中のポケモントレーナーの夢をも踏み台にする以上、常人の想像を優に超えていくスケールなのだろう。
「ほォ……」
感嘆するような息を吐き、キュウの口角が鋭く吊り上がる。
「そいつァ楽しみだ」
宣戦布告にもとれる発言。
ただし、向けられた相手はコスモスだけとは限らない。
カタカタと。
もう一度、コスモスの手の中のボールが震えた。
***
ポツリポツリと水面を打つ雨粒。
一分と経たず、それらは辺り一帯を覆い尽くす豪雨と化した。
「チッ、こんな時に面倒だぜ」
「おっと、意外だな。アクア団ともあろう組織なら、むしろ喜んでくれると思ったんだが……」
「……過ぎた雨は、生命をも洗い流す。こちとら身に染みてわかってんだよ」
忌々しい顔で言い放ったアオギリは、豪雨の中でも宙を羽搏いているボーマンダの上に乗る研究者らしき装いの男を睨みつけた。
次の瞬間、轟音が迸った。
落雷と錯覚する振動が伝播するが、あくまでそれは生き物の声帯から発せられた声に過ぎない。
波立つ水辺で、2体のポケモンが睨み合っていた。
片や鮫。全身に痛々しい傷跡が浮かび上がり、鋭い牙を剥いている。
片や龍。黒色と化した胴体は膨れ上がり、広がった背びれは翼のようだった。
どちらも凶暴。
どちらも凶悪。
ただ、唯一違うとすれば対峙する数だ。
「ったく……どういうカラクリだァ?
「見るからに科学に疎そうなお前には語るのは無駄そうだ。ただ、分かりやすく説明するなら、ロケット団の技術を以てすればこの程度序の口というだけの話さ。どうだ? 我々の軍門に下る気にはなったか?」
「ヘッ! くだらねえなァ……テメェにはポケモンの苦しんでる声が聞こえねえのか?」
「……交渉決裂、という訳か?」
「ご自慢の頭脳とやらに聞いてみるこったな」
相対する二種のポケモン。
片やメガサメハダー。
片やメガギャラドス。
『メガシンカ』と呼ばれる進化を超えた進化を遂げたメガシンカポケモンは、己が悪を貫く為の牙を剥いている。
刹那、雷鳴が轟いた。
それが鬨の声となり、メガサメハダーとメガギャラドスは互いに相手へ飛び掛かる。メガシンカポケモン同士の激闘は、コイノクチ湿原全体に激震を奔らせるのであった。