愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

コスモス「先生のレベルを100と仮定すると、HP最高個体値の基礎ポイント無振りのヌメルゴンLv.29ならちきゅうなげで確定一発です」

レッド「仮定しないで」


№041:激闘! コイノクチ湿原①

 

 空はすっかり分厚い雨雲に覆われていた。

 間もなくざあざあと強い雨が降り始める。普段は大地に恵みをもたらす雨も、今だけは生命の温もりが奪われていかれるような冷たさが滲んでいた。

 

「ひぃいいい、お助けェー!?」

 

 悲鳴を上げた女性団員に1体のギャラドスが牙を剥く。

 異様に興奮したギャラドスは、手持ちも倒され抵抗もままならない人間をそのまま噛み砕こうとしたが、

 

「マリルリ、『アクアジェット』ダぁ!」

「ルリィ!」

「ギャアアアッ!?」

 

 横から激流の如く突っ込んで来たマリルリに横っ面を殴られる。

 それだけでは瀕死に至らないギャラドスは乱入者に『かみくだく』で反撃を試みるも、どうにも相手が悪かった。力持ちなマリルリはギャラドスの顎の上下を両手で押さえるどころか、そのまま6メートル超の巨体を難なく投げ飛ばす。

 轟音を鳴り響かせ水面に叩きつけられるギャラドス。それからはピクリとも動くことなく、荒波立つ水面をプカプカと漂っていた。

 

 ギャラドスが沈黙すれば、今度は筋骨隆々な体を揺らした幹部が団員の下へと駆け寄ってくる。

 

「オウホウッ! 無事カ?!」

「ヴジオ゛様゛ァ゛ーッ!!  助けてくれてありがとうございますゥー!」

「イイってコトよ! したっぱを守るのがオレッちの役目だからナ!」

 

 ニカッと白い歯を覗かせる豪快な笑顔に、したっぱの女性団員は瞳を輝かせる。

 

「……でも、アオギリ様とかイズミ様達とはぐれちゃいましたね。うう、アタシぁ姉妹が無事か心配だーッ!」

「ナァニ! アニィがついてるなら心配いらねえサ!」

「そ、そうですかねぇ……?」

「アタリマエだろうガッ! アニィがどこぞのポニータの骨ともわからねえヤツらに負けるなんざありえねェ!」

 

 とは言うものの、実際ウシオもアオギリ達の安否が気になって仕方なかった。

 会敵した謎の組織。

 突如として進化を遂げ対峙してきたポケモンの群れ。

 多勢に無勢だった。正直、アオギリが殿を担ってくれなければ態勢を整える間もなく蹂躙されていたはずだ。

 

 しかし、このまま敬愛するアオギリを見捨てるなどウシオにはできない。

 

「オウッホウッ! こうなったら、オレッち達ではぐれたヤツらを助けて回るゾ! 安心しな、相手は全部オレッちでナントカしてやる!」

「わ、わかりました!」

 

「───グロッ」

 

「!!」

 

 突如、茂みの中から響く鳴き声に振り返る。

 

「ひぃ、誰の声!?」

「コイツァ……ちっと不味いナ」

 

「グロッ、グロッ、グロッ」

「ドクロッ」

「ロッグ、ロッグ」

 

 不協和音染みた輪唱を奏でながら現れたのはドクロッグの群れだ。

 元より集団で相手を追い詰める習性がある為、結構な数が揃っている。

 

 しかし、問題はそこではない。

 

「ドイツモコイツも正気じゃねえ目ェしやがっテ……」

 

 異様なまでに血走った瞳が、一斉にウシオ達に殺到する。

 あれは決して獲物を仕留める目ではない。長年自然と共に生き、野生のポケモン達と触れ合ってきたアクア団の幹部だからこそ分かる。

 

「オレッちをブッ壊さなきゃ気が済まねえッテ顔だナ」

「どどど、どうしましょ~⁉」

「コウイウ時はだナ……ブン殴って目ェ覚まさせるに限ル! マ~~~リルリィ!」

「ルリリリリリッ!」

 

 ドムドムドムッ! とお腹を打ち鳴らすマリルリが、鬼気迫る表情でドクロッグの群れに突っ込んでいく。

 『はらだいこ』を奏でたマリルリは、体格で劣るドクロッグを相手に一歩も退かぬ肉弾戦を繰り広げている。パワー全開の『じゃれつく』や『アクアジェット』は、次々にドクロッグを吹き飛ばす。

 

 だがしかし、

 

「ルリィ!」

「グロッ!? ……ログォ!」

「マリッ!?」

 

「マリルリィ!? チィ、『かんそうはだ』カ……!」

 

 特性でみず技を無力化したドクロッグの1体が、マリルリに『どくづき』で反撃する。

 すぐさまマリルリは別の技で反撃しドクロッグを返り討ちにしたが、みるみるうちに顔色が悪くなっていく。

 

(毒ヲもらっちまったカ……!)

 

 弱点を食らうどころか、毒も食らっていたらしいマリルリの動きがどんどん乱れていく。

 フェアリータイプを有するマリルリにとって、どくタイプのドクロッグは本来不利な相手。だからこそ『はらだいこ』で短期決戦を試みたのだが、特性でみず技も無力化されてしまう可能性まで思考が及んでいなかった。

 

「チクショウ! モウ他の手持ちはギャラドスを相手して限界ダ……」

「逃げましょう、ウシオ様! こんな状態じゃ助けに向かっても無理ですって! 一旦町に戻りましょう!」

「バカヤロウッ! その間にアニィに何かあったらドウスル!?」

「そう言われたって~⁉」

 

 進むも地獄、退くも地獄。

 ただ、悩んでいる間も時間は進む。

 

「ル、ルリィ……」

「マリルリ!?」

 

 とうとう蓄積した毒で瀕死に陥ったマリルリが倒れる。

 すれば当然、ドクロッグ達の標的はウシオ達の方へと向く。じろり、とへばりつくような視線だ。思わずウシオも全身が総毛立つ。

 次の瞬間、1体のドクロッグがウシオ達へ飛び掛かってきた。

 高く跳躍したドクロッグは、腕に生えた爪を振りかぶる。爪先から滴るのはおそらく猛毒の汁。掠れば一巻の終わりだ。

 

 それでもウシオは団員を庇うように前に出た。

 

「クッ……来るならキヤガレ!! オレッちが相手してやるヨ!!」

 

 男の意地を見せる時だ。

 ウシオは固く握った拳を振り上げた。狙うは眼前に迫るドクロッグだ。

 

「ウオオオオッ!」

「ゴルバット、『つばさでうつ』」

「オオオ───オォ!?」

 

 バシンッ! と叩かれたドクロッグが、跳ね返されるように軌道を変えた。

 が、振り抜かれたウシオの拳に殴った感触は伝わってこない。

 

 それも当然だ。

 何故なら、ドクロッグを返り討ちにしたのは颯爽と現れた目の前のコウモリなのだから。

 

「オ、オマエは……!?」

「ちょうどいいタイミングだったようですね」

 

 今度はウシオを庇うように躍り出る人影があった。

 ただしそれは、巨躯を誇る彼に比べてみれば余りにも小さい。

 けれども、その小さな背中にウシオはデジャブを覚えた。これは“壁”だ。何度も何度も自分に立ちはだかったことのある“壁”に似ている。

 今度はそれが自分を守る為に聳え立っている。ならば、頼りなさを覚える理由は一欠けらも存在しなかった。

 

「嬢チャン!」

「どうも」

 

 手短に挨拶を済ませたコスモスに遅れ、バタバタと足音が複数近づいてくる。

 女性団員が振り返れば、途端にパァッと顔が晴れていく。

 

「姉よ~!」

「妹よ~!」

 

(そっちが姉でそっちが妹だったんだ……)

 

 コスモス達を案内した五つ子団員の一人が、姉妹を見つけるや感動的なムードを放ちながら抱きしめ合う。ただし、レッドはどれだけ凝視したところで姉妹の違いは見分けられなかった。難易度で言えばジョーイさんを見分けるのと同等の難しさである。

 

 ところで、一人お忘れではないだろうか?

 

 感動的な再会にもジメジメと殺伐した視線を向けるドクロッグの群れ───その中心に、恰幅の言い青色のカエルがドシィン! と跳び下りた。

 宙から降ってきたガマゲロゲ。彼の頭上ではトレーナーであるキュウがペリッパーに懸架されていた。

 

空中から様子を把握するキュウ。

 群れの規模の確認は一瞥で済ませる。

 ただし、この程度口に出すまでもなかった。

 

───『じしん』

 

 両腕を振り上げたガマゲロゲが地面を殴れば、縦揺れの激震がドクロッグの群れを襲う。

 直下型の揺れは正気を失っていたドクロッグの意識を次々に奪っていく。範囲を絞っての攻撃ではあるが、攻撃の余波だけでも近くの水面が荒波立つ威力だ。

 

「ゆゆゆ揺れれれれ」

「おおお俺につつつ捕まってててて」

 

 震動で立つのもままならないコスモスがレッドの腕にがっしりと捕まる。

 ようやくやり過ごした頃、ドクロッグの群れは完全に沈黙していた。一掃と呼ぶに相応しい光景だ。

 

「一丁上がり、っとォ」

 

 その光景の、まさにど真ん中にキュウは降り立った。

 何をするかと思えば『じしん』でひっくり返ったドクロッグに歩み寄り、何かを観察する。

 

「ふぅむ……」

「何かわかりましたか?」

「ぼくぁ医者じゃねェから詳細はわからねえ。だが、こいつらが平静じゃなかったことだけはわかる」

 

 今度は瞼を開き、血走った瞳の観察に移る。

 すると、突然赤みがかっていた瞳が元の黄色へと戻っていくではないか。それを見たキュウはぺたぺたと全身を触る。相手がどくタイプでもお構いなしだ。

 

「……脈拍は正常。呼吸も落ち着いてきたな」

「……グロッ?」

「おう、目ェ覚めたか」

 

 ドクロッグの意識が戻った。キュウはそのまま背中に手を添え、ゆっくりとドクロッグを起き上がらせた。その間、ドクロッグは襲う素振りを見せず、為されるがままであった。

 

「落ち着いたんだったら家に帰れ。こっから先ぁぼくらの領分でぃ」

 

 一度は倒した野生ポケモンを労いつつ、縄張りへ戻るよう背中を押す。

 キュウに敵意がないことを悟ったドクロッグ達は、次々に木々の生い茂る湿原の奥地へと姿を消していった。

 

「……おかしいですね」

 

 口を開いたのはコスモスだった。

 

「このドクロッグ、どうもギャラドスとは様子が違います」

「するってえと?」

「ギャラドスは進化したてて興奮しているようでした。でも、ドクロッグはそうじゃない」

 

 何か別の要因がある。

 そしてコスモスには心当たりがあった。

 

(───シャドウポケモン。ロケット団を騙る組織はそう言っていましたが、これも同じ……?)

 

 しかし、キョウダンタウンやスナオカタウンで戦ったシャドウポケモンとは何かが違う。詳細なシステムがわからない以上迂闊に断言もできないが、

 

()()()()()()?)

 

 少なくともキョウダンタウンで迎え撃ったポケモンは、倒した傍から異常が改善されるような変化はなかった。

 

「……ですが、少なくとも相手の目ぼしは付きました。自称ロケット団。よくもまあ私の行く先々でトラブルを起こしてくれて」

「ロケット団ぅ? ロケット団っつったら数年前に解散されたんじゃねえのかい?」

「だから“自称”なんですよ。私も迷惑してます」

 

 迷惑の意味合いが世間一般とかけ離れているのはご愛敬。

 そろそろコスモス的にも自称ロケット団へのヘイトが溜まりに溜まってきている頃合いだ。

 

「……もう許せません。一度お灸を据えてやらなければ気が済みません」

「同感だぁ。どうせ湿原に来たのもろくでもねえ目的に違いねえ」

「……俺も」

 

 将来有望の新米ポケモントレーナー。

 ホウジョウ地方最強のジムリーダー。

 そして、一度はロケット団を壊滅させた伝説のポケモントレーナー。

 

 即席の戦力としては後ろ2人で十分過ぎる布陣だ。

 ただし、目先の敵に囚われて目的を失念する訳にはいかない。

 

「はじめに言っておくが最優先事項は人命の救助。ロケット団やら暴れてるポケモンやらは二の次だ」

「振り分けはどうするんですか?」

「本当なら一般人のアンタらを巻き込むのぁご法度なんだが、状況が状況だ。ぼくぁ1人で人を探す。アンタら2人はルカリオの波動を頼りにして探知を頼むぜ」

 

「あ、兄貴!」

 

「ウリィ! お前ェはこの人達を町まで案内してやれ」

 

 実質的な手持ちの居ないウリを危険地帯に連れていく訳にはいかない。

 彼女に手持ちの1体を託したキュウは、ウシオとしたっぱ2人を町まで案内するように指示し、ウリもまたそれを承服した。

 脚に怪我を負った団員の1人に肩を貸し、数歩進んだところで立ち止まる。

 

「兄貴」

「なんだ」

「無事に帰ってこいよ」

「たりめェだ」

 

 誰に言ってんだ、と。

 ぶっきらぼうに言い放ったキュウは、次の瞬間、残りの手持ちを一斉に繰り出した。

 現れたカエルポケモンは指示を出す間もなく軽快な動きで飛び跳ね、一斉にして湿原中に散らばっていく。

 

「……あれで見つかるんですか?」

「おうとも」

 

 怪訝な問いかけにキュウは短く答えた。

 半信半疑ながらも即答した以上、それなりの手段が確立されているのだろう。

 

「それではこっちはルカリオを頼りに探索しましょう」

 

 波動はこういう時に便利だ。

 引率の役割を担っているレッドも賛成と頷いている。

 

「そっちは頼んだぜ。くれぐれも無理はするなよ」

 

 キュウが忠告したところで遠くからゲコゲコと鳴き声が上がる。

 それを聞いたキュウは、迷わず鳴き声の方へとペリッパーに捕まり向かっていく。

 

「なるほど。鳴き声と……」

「俺達も行こう」

「はい、先生」

 

 キュウの連絡手段に感心するのも程々に、疲弊したアクア団をウリに任せたコスモスとレッドも救出に動き出す。

 波動だけでなく鼻も利くルカリオは、アクア団がやって来た道程を辿ることである程度はぐれた場所を推察する。

 

 そんな最中だ。

 

「ロケット団……」

「どうされました先生?」

「……いや」

 

 ふとレッドが口にした単語、もといロケット団の名にコスモスは思案する。

 

(そう言えば先生からロケット団の心証を聞いたことありませんね)

 

 わざわざ訊くきっかけもなかったが、彼の心証次第では自身が元ロケット団であった過去を隠匿しなければなるまい。ちょうどいい機会だった。

 

「先生。先生はロケット団をどのように思っていますか?」

「ロケット団を?」

 

 もっとも、世間一般で言うところの犯罪組織に心証を尋ねたところで悪いイメージしか出てこないだろうが。

 しかし、しばし俯いたレッドは沈黙に沈黙を重ねる。

 まさか口に出すのも憚られる想いがあるのかと勘繰った瞬間、レッドは顔を上げた。

 

「……また、」

「また?」

「また、会ってみたい」

「!」

 

 それは、まさしく予想外の言葉だった。

いや、もしくは望外の言葉と言うべきか。

 

 どちらにせよレッドの言葉を聞いたコスモスは、柄にもなく胸が内側から熱くなる感覚を覚えた。心なしか目の奥も熱い。今が激しい雨の中でなければ、目尻に浮かび上がる水滴も露見してしまっていたかもしれない。

 

(先生はロケット団復活を望んでいる……?)

 

 世間ではシルフカンパニー占拠の年に解散し、その3年後にラジオ塔占拠で果たした復活宣言も失敗した扱いだ。

 今も各地では残党が細々とロケット団復活の瞬間を待ち望んでいる。事実、コスモスのその一人だ。

 

 だがしかし、一般人がロケット団復活を望むなどとは考えもしなかった。一体全体どういう理由で復活を望んでいるか、その理由なんて皆目見当がつかなかった。

 

(いや、そんなことどうでもいいです)

 

 問題なのはレッドがロケット団に会いたがっている、その一つ。

 そして、それは紛れもなく数年前までカントーやジョウトを震え上がらせていた悪のカリスマ、サカキ率いるロケット団に他ならない。断じて首領がサカキだと騙る自称ロケット団なんかではないのだ!

 

「……わかりました。先生の望み、私が叶えて差し上げます」

「? うん」

 

 ピカチュウと共にコテンと首を傾げるレッド。

 だが、その所作に気づかぬ程に興奮したコスモスは、ふんふんと鼻を鳴らしながら歩幅を広げるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

───ロケット団をどう思っていますか?

 

 その言葉を投げかけられた瞬間、レッドはとても困ってしまった。

 

(確か国際警察の……ハッサムさんが言ってたっけ?)

 

 残念ながらハンサムというコードネームも印象も残らなかった国際警察の言葉を思い返せば、コスモスは元々ロケット団の一員だったらしい。

 レッド自身、ポケモンを悪用するロケット団に思うところはあるものの、元ロケット団の少女相手にあけすけ言うのも憚られる。

 

(なにか……なにか当たり障りのないこと……)

 

 レッドは自他共に認める口下手だ(他の部分には親友のグリーンしか居ないとか言ってはいけない)。当たり障りのないことを言おうとしても、中々上手い言葉は出てこない。そもそも悪の組織に良い印象なんて持つはずがない。たとえ持っていたとして、好印象を口にするのも違うだろう。

 

(そうだ)

 

 良い思い出とは決して口には出せないが、それでも印象深いやり取りなら憶えている。

 それはトキワジム───トキワジムリーダーであり、ロケット団ボス・サカキとの最後のバトルを終えた後に告げられた言葉があった。

 

『いつの日か……また会おう!』

 

 部下達に示しがつかないからとロケット団を解散させ、直後に告げた言葉だ。

 その言葉を前に、自身は間違いなく楽しみに思ったとレッドは振り返る。けっしてロケット団が復活してほしいとか、そういう訳ではない。

 ただ、最強のトレーナーを自称し、それに違わぬ実力で熱いバトルを繰り広げたポケモントレーナーとの再戦を心から望んだ。

 

 だからこそ、この言葉が口をついて出た。

 

「また、会ってみたい」

 

 サカキは修行し直すと言っていた。

 あれから数年。順当に考えれば昔よりもはるかに強くなっているに違いない。

 ならば、と。

 

───もう一度、サカキと戦ってみたい。

 

 どこまで言ってもバトル脳だからこそ、一歩間違えれば不謹慎な願いが口に出てしまった。

 いや、これもダメじゃない? と失言を反省するのも束の間、隣からはふんふんと興奮した鼻息が聞こえてくる。

 

「わかりました。先生の望み、私が叶えて差し上げます」

 

 それからズカズカと前に突き進んでいくコスモス。

 まるで目的の品物を一秒でも早く見つけたいと言わんばかりの足取りに、レッドはこう思った。

 

(いや……確かに今からロケット団と会うかもしれない)

 

 張り切ると命中率が下がるのは人間も同じかもしれない。

 そういう意味じゃないんだけどなぁ、とは思いつつも、張り切るコスモスに訂正するのも憚れた口下手チャンピオンは口を紡ぐことに決めてしまった。

 

 レッドがロケット団復活を望んでいると勘違いするコスモス。

コスモスがロケット団の下に案内していると勘違いするレッド。

 

 ウルトラCよりも難しそうな勘違いを決め込んだ2人。

それでもとある一点に限っては、本当の意味で同じ願いを胸に抱えていることは、お互い知る由もない。

 

 

 

 ***

 

 

 降りしきる雨の中、ぐしゃりと泥に膝が突かれた。

 崩れ落ちたのは青いバンダナの偉丈夫。先ほどまで光り輝いていた錨に収められていた石も、すっかりその輝きを失ってしまっていた。

 

「ぐぅ……はぁ……!」

「ふぅ……やれやれ。ようやく倒れたか。見た目に違わぬタフさは褒めてやろう」

 

 憮然と言い放つアルロ。彼の下では瀕死になったギャラドスが2体水面に浮かんでいるが、最後の1体は健在。

一方、アオギリのサメハダーもまた瀕死に陥っていた。野性味溢れる傷跡は消え去り、力なく水辺にもたれ掛かっている。

アオギリは相棒にリターンレーザーを照射しつつ、反抗心を隠さぬ瞳で睨み返した。

 

「ケッ……! テメェも大したタマだぜ。同時に3体もメガシンカさせるなんざ、オレでもやれる自信はねェぜ?」

 

 アオギリの呼吸は不自然なまでに荒い。

 激しいポケモンバトルともなれば、熱の入ったトレーナーが息切れするのもあり得る。

 だが、それを加味してもアオギリの疲弊具合は常軌を逸していた。

 

「フッフッフ。ステレオタイプのお前達ならそうでしょうよ。ポケモンと心を通い合わせることで発現する絆の力? まったくもってナンセンス! 絆なんてものがなくったって、メガシンカくらいできるとも!」

 

 ボーマンダの上で高らかに嗤うアルロは、左腕に装着した端末を掲げる。

 

「このボクが開発した機械より発せられる『メガウェーブ』は、特定の波長に合わせることでポケモンを強制メガシンカさせる! キーストーンやメガストーンなんて原始的な道具なんて最早必要としないんですよ!」

「……テメェ、目の前のギャラドスをよーく見てみろ」

「なに?」

 

 アオギリに言われた通り、水辺に佇むギャラドス───正確にはメガギャラドスに目を落とす。

 激しい戦闘で体力が減ったのか、メガギャラドスはぜえぜえと息を切らしている。

 しかし、アオギリはそれが戦闘による疲弊でないことを見抜いていた。

 

「メガシンカはトレーナーとポケモンの絆があってこその力だ! テメェの都合でメガシンカさせられたギャラドスが苦しんでるのが見えねえのか!?」

「フンッ、何を言うかと思えば……。負け惜しみにしか聞こえないですねぇ!」

「ぐおっ!?」

 

 メガギャラドスが尾を一振りすれば、広がった波紋が大きな津波へと変貌し、陸地に立っているアオギリへと襲い掛かる。

 何とか堪えようと踏ん張ろうとはするものの、たった1メートルの津波ですら人を押し流すのは容易だ。瞬く間に波に足を攫われ、アオギリは背後にあった木の幹へと背中を叩きつけられる。

 

「がはっ!」

「ハーッハッハッハ! 苦しんでようがなんだろうが利用できればそれでいいんですよ! 事実、絆なんてものがなくともメガシンカの力は引き出せる!」

「いったい……どうやって……!?」

「波長と言ったでしょう。特定のポケモンは特定のエネルギー、そして特定の波長を受ければ真価を発揮する。それが進化であれなんであれ、ね」

「! 湿原のコイキングを無理やり進化させやがったのもテメェらか!」

 

 怒気に満ちた顔でアオギリが食ってかかる。

 すると返ってきたのは愉悦を湛えた笑みだった。

 

「ご明察。いやー、科学の力って素晴らしいですねえ! ちまちま育てるなんかよりずっと効率がいい!」

「メガシンカだけじゃねえ……普通の進化だって、急に姿が変わって驚くポケモンが居るんだ! それをテメェは!」

「ご安心を。後々従順になるよう処置を施しますよ」

 

 ニタニタと笑みを張り付けるアルロは、おもむろに懐から一本の試験官を取り出す。

 毒々しい色合いの液体か何かに満ちた見た目は、とてもではないが安全な薬品には見られない。

 

「見えますか、これ? ボクの発明品なんですよ」

 

 キュポン、と小気味いい音を響かせてゴム栓を抜いたアルロは、そのまま試験官を逆さまにすることで中身をメガギャラドスに振りかける。

 液体、というよりは空気よりも比重が重いガスのようだった。

 もくもくと広がる紫色のガスは、ゆっくりとギャラドスの体表を撫でるように拡がっていく。

 

「遠い地方でも中々面白い事件がありましてね。例えばオーレ地方なんかじゃあ、ポケモンの心を閉ざして戦闘兵器にする……ダークポケモンとやらが発明されたり」

 

 次の瞬間、メガギャラドスに異変が訪れる。

 ただでさえ強制メガシンカで暴走気味だったメガギャラドス、そのポケモンの瞳がみるみるうちに紅く染まっていくではないか。

 

「また別の地方……たしかライムシティとか言いましたっけ? そこでもポケモンを凶暴化させるガスが開発されていたとか」

 

 ガスが霧散し風景に溶け込んでいく。

 一見何事も起きなかったように見えたのも束の間、動きの止まっていたギャラドスの口腔が光に満たされる。

 『はかいこうせん』。射線上に佇む障害物を消し飛ばす暴力の奔流は、何の躊躇いもなく目の前で膝を突いている男に向けて解き放たれた。

 

「おおおっ!?」

「ハハハハ! どうです、メガシンカしたシャドウポケモンの力は!」

 

 寸前で躱しながらも後方で起きた爆発に煽られ、アオギリは前のめりに転倒した。

 ただでさえメガギャラドスを2体倒す為に限界までメガシンカを行使したのだ。疲弊し切った体では、立ち上がることもままならない。

 

「ク、ソォ……!」

「ボクが発明したシャドウポケモンはポケモンの潜在能力を限界まで引き出す! ダークポケモンとやらとはまるで完成度が違うんですよ!」

「違う? 馬鹿言え! ポケモンを道具みてェに扱いやがって!」

「そうですよ?」

 

 あっけらかんと言い放つ相手に、アオギリは一瞬呆気にとられた。

 しかし、構わずアルロは続ける。

 

「我々ロケット団にとってポケモンは道具。ありとあらゆる悪事を遂行し、やがては世界を征服する為に用いられる便利な存在……それ以上でもそれ以下でもありません」

「テ、メェ……!」

「君も同じ穴のジグザグマでしょうに。カイオーガを利用しようとした挙句、掌握し切れなかったなんて……その見通しの甘さには呆れを通り越して笑いが出てきますよ」

 

 ハッ、と鼻で笑い飛ばしながら、アルロは濡れた前髪を掻き上げる。

 

「ポケモンを利用する。そんなのポケモントレーナーなら誰でもやっていることでしょう。それを多少のスタンスの違い程度で文句を言われる筋合いはない」

「……いつか痛い目を見るぜ」

「面白い忠告だ。ですが、」

 

 指を鳴らしたアルロの下では、未だにメガギャラドスが我を忘れたまま暴れ狂っている。

 凶竜から狂竜へと変貌したポケモンの矛先は、アオギリのすぐ傍まで迫っていた。

 

「少なくとも、キミにはここで退場してもらう」

「!」

「路傍の砂利程度の組織とはいえ、邪魔されるのは不愉快だ」

 

 暴れ狂うメガギャラドスがアオギリ目掛けて尾を振るう。

 『アクアテール』───激流を彷彿とさせる極太の尻尾を目の前に、為す術のないアオギリはせめてものとばかりに全身に力を込めて受け止めようとする。

 土台無謀な行動だとはわかっているが、無抵抗でやられろと言う方が無理な話だ。

 

「オオオオゥ!! 来ォい!!」

「無駄な真似を……いいでしょう、蹴散らしてやれ!!」

 

 尾が空気を裂く音が響いた。

 何者にも阻まれず振り抜かれた、そんな轟音が。

 

「ん?」

 

 なにかがおかしい。

 

「あの男はどこだ……!?」

「ボアア!!」

「なっ───!?」

 

 驚く間もなく、悲鳴を上げたボーマンダが墜落を始める。

 

「なんだとォ⁉」

 

 努めて平静を取り繕うアルロは、ボーマンダの体の一部が凍り付いているのを目撃した。

 狙撃された? 誰に?

 巡りに巡る思考の中、もう一度アオギリが居た場所を見遣れば、不自然にぽっかりと開いた穴があるのを見つけた。つい先程まで、そこに穴なんてものはなかったはずなのに。

 

「一体誰が……!?」

「ニョロトノぉ!!」

「!! ハ、ハガネール!!」

 

 落下の途中、咄嗟に繰り出したハガネールが足場……そして盾となり、アルロを狙った『ハイドロポンプ』から防いでみせる。

 ただ弱点の攻撃を食らったことでハガネールの体力は大幅に削れてしまった。目に見えて動きが鈍くなっている手持ちに、アルロは舌打ちを隠さない。

 

「誰だ⁉」

「ウチのシマに手ェ出してんだ。ぼくの顔を知らないたぁ言わせないぜ」

 

 草むらの中から堂々と。

 ニョロトノをはじめとしたカエルポケモンを引き連れ現れた青年は、直後に足下に空いた穴からゲッコウガによって運び出されるアオギリの無事を確認する。

 

「無事だな」

「ふぅ、胆が冷えたぜ……助かったぜ、あんちゃんよ」

「こっからはぼくの仕事だ」

「いいのか? あの陰険メガネ、あんなナリして強敵だぜ」

「問題ねぇ」

 

 短く応える青年に確かな自信を見出したのか、ゲッコウガの手を離れて立ち上がるアオギリは背を向ける。

 

「後で礼言わせてくれや」

「ジムでならいつでも」

 

 その言葉で察する者は察する。

 

「貴様……カチョウジムリーダー・キュウ!?」

 

 雨に濡れた藍色の髪を揺らす青年、ホウジョウ地方最強のジムリーダーと謳われるポケモントレーナーはそこに佇んでいた。

 

「名答」

「……おのれ、ジムリーダー。行く先々でボク達の邪魔をして!」

「堅気に迷惑かけてんのぁ手前ェの方だろうよォ。神妙にお縄につきやがれ」

「誰が!!」

 

 アルロが端末を弄れば、何か指示を出されたと思しきメガギャラドスがキュウの方を向いた。どうやら標的が変わったようだ。

 

「たかがジムリーダー如きにボクのメガシンカしたシャドウポケモンは止められない!! 隔絶した力の差というものを思い知らせてやる!!」

 

 周囲の泥を巻き上げながらメガギャラドスが突撃する。狙いはもちろんキュウ達だ。

 

「ほぉ、メガシンカか」

「ハッハッハ、キミ達にはなじみがないだろう!! 一説には伝説のポケモンにも匹敵すると言われるパワーを獲得する『メガシンカ』だ!! シャドウポケモンとなり潜在パワーを引き出した今、並大抵のポケモンで打ち勝つことなど不可能だァー!!」

「いんや、リリーが使ってるのぁ見たことあるぜ」

 

 なに? と相手が小首を傾げているのも構わず、キュウは隣に立っていたゲッコウガ───コウガに目配せする。

 

「そして……真正面からガチったこともある」

 

 だから、と。

 

「バトルぁ別だが、人命救助に手加減なんてねェ。手前ェらがそいつを邪魔するってんならぁ……コウガぁ!!」

「ゲコッ!!」

「ゼンリョクで行くぜィ!!」

「ゲコぉーーーッ!!」

 

 吼えるキュウにコウガが呼応する。

 刹那、天に向かって吼えたコウガの全身を逆巻く激流が覆い尽くす。

 

「手前ェがどうやってメガシンカ使ってるかは知らねェが……手前ェのそれぁリリーの足下にも及ばねえ」

「な、なんだとぉ……!?」

「ポケモンの力を最大限に発揮するもの……そいつぁいつの時代だって同じよ」

 

 激流を纏うコウガ目掛けて突き進むメガギャラドス。

 しかし次の瞬間、水柱が弾けて中から飛び出したシルエットが、全速力で突っ込んで来たメガギャラドスを真正面から受け止めたではないか。

 

「なぁ!!?」

()を使わねえメガシンカがある。そいつぁ結構。だが、そいつを使えるのが何も手前ェだけとぁ限らねえだろうがよ」

 

 メガギャラドスを受け止めてみせたコウガは、その姿を変えていた。

 頭部を彩る赤と黒のコントラストもそうだが、何よりも背中に背負う巨大な水手裏剣だ。1メートルは優に超えるであろう水手裏剣を背負うコウガは、威風堂々、一歩も退かずにメガシンカポケモンの凶行を食い止めた。

 

「ば、バカな……!! ゲッコウガがメガシンカするなんて話は聞いたことがない……!?」

「知らねえんなら教えといてやる」

 

 メガギャラドスを片手間に押さえながら、コウガは背中の巨大水手裏剣に手を掛ける。

 固く、鋭利に研ぎ澄ませられた水手裏剣。その威力を推し測ろうと思うだけで背中に冷たい汗が伝うような代物であるが、コウガは難なく持ち上げてみせた。

 

「『きずなへんげ』。巷じゃそう呼ばれてはいるがな……こいつもメガシンカと似たようなもんよ」

「馬鹿な!! メガストーンも共鳴石も使わないメガシンカなんて!?」

「科学の力がどうたらこうたら言うのは勝手だが……手前ェの物差しでなんでも理屈付けられると思ってんじゃねえやい!!」

 

 大気を震わせる怒声。

 それすらも切り裂く刃の音が、閃いた。

 

「コウガ!! 『みずしゅりけん』!!」

「ゲッ……コウガァ!!」

 

 水の爆ぜる轟音は、開戦の合図となった。

 

 

 

 コイノクチ湿原を舞台としたロケット団との激闘が今、幕を上げた。

 




Tips:キュウ
 カチョウタウンのジムリーダーを務める青年。地元の消防士として活躍する正義漢であり、人呼んで『水も沸き立つファイアファイター』。口から飛び出すべらんめえ口調と鋭い流し目故、初見では威圧されそうな見た目をしているが、地元住民からは慕われている。
 過去にパレスガーディアン・ウコンに師事していた時期もあり、バトルの腕は一級品。特にウコンを師事した影響で養われた指示なしで行動するポケモンの動きは相手にとって予測不可能であり、リーグ関係者の中ではホウジョウ地方最強ジムリーダーとして名が上がる程。
 妹にウリが居り、よくやり過ぎてやらかす妹には声を大にして注意しているものの、兄妹仲自体は良好。妹には尊敬されており、キュウ自身ウリのことは大切に思っている。
 小さい頃からの相棒の1体でもあるゲッコウを手持ちに加えていたが、ある時を境にスランプに陥った彼をウリに預ける。その真意こそ定かではないが、もう1体の相棒でもあるコウガとは『きずなへんげ』を発動させるほど心を通い合わせている為、どうしてゲッコウをウリに預けたかは現段階では謎のままである。

↓【立ち絵】キュウ(作:ようぐそうとほうとふ様)

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