愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

コスモス「キュウさんのゲッコウガがきずなへんげした姿はなんて呼ぶんですか?」

キュウ「知らん」


№042:激闘! コイノクチ湿原②

 

 

 

「っつーかぁー」

「……」

「……」

「いや、なんか喋れよ!? 今お前から喋る雰囲気だったろ!!」

 

 黒い制服に身を包んだしたっぱ2人の内、トラックの運転席に座る男の方が声を荒げてツッコんだ。

 だが、ダウナーな女の方は大して面食らった様子も見せず、ポチポチとタブレット端末を弄っている。

 

「アルロ来るのおっそいしー。いつまで待たせるのって感じー」

「お前な……」

 

 一応上司なんだぞ? と言いかけたところで男は言葉を呑み込む。

 『一応』と言ってしまいかけたところで、本心では自分もアルロを舐めて見ていると自覚してしまったからだ。

 幹部の中では年若く、古参団員からもよく呼び捨てにされる男。新参者の中には、そういう扱いから舐めていい相手だと見られがちではあるが、実態は寧ろ逆だ。

 

「そんな舐めた態度取って実験材料にされても知らんぞ? あの人ほど研究に熱心で、しかも冷酷な人なんて居ないからな」

「えー、マジ困るー」

「本当にそう思ってるのかよ……」

「マジマジー。マジマジのムウマージって感じー」

「やっぱお前ふざけてるだろ!」

 

 運転席中に響き渡る声を出したところで、この女の眉はピクリとも動かない。しかしこれが平常運転なのだからどうしようもない。

 

「はぁ……アルロさんがどこの馬の骨かもわからない奴等相手にデータ収集するとは言ってたが、そろそろ出発時間だぞ?」

「別にいいんじゃねー? 命令したの向こうだしー。間に合わなくてもあっちの責任って感じー」

「……あとで怒られても知らんぞ」

 

 とは言うものの、彼女の言い分も正しい。

 いつまでも同じ場所に留まるなど、悪事を働く者としては愚の骨頂。すでに騒ぎが起きてしまっている以上、万が一にも増援がやって来る可能性も捨てきれない。

 

「だって、アタシ達の仕事って怪電波で進化したポケモンの捕獲だしィー。捕まえられる分捕まえたらノルマ達成って言うかァー?」

「……それもそうだな。折角捕えたポケモンを本部に送り届けられんのも本末転倒か」

「ぶっちゃけアルロなら一人で帰ってこられるっしょー。アタシらはさっさとポケモン届けなーい?」

 

 彼らが乗るトラックの荷台───無機質なコンテナの中には、数多くの捕えられたポケモンが格納されている。

 本来はもう少し捕える手筈であったが、強制進化したポケモンの暴走の余波を受け、機材が破壊されてしまうトラブルに見舞われてしまった。

 その所為で予定していた数を確保できなかったが、最重要事項はデータ収集だと不機嫌な顔をしていたアルロを思い出す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だったかぁ? 別に戦力補充なら施設でやりゃあいいのに)

 

 自身も組織からシャドウポケモンを受け取っている身の上だ。シャドウポケモンの有用性は理解している。

 だが、シャドウ化の処置をするのであればわざわざ現地で行うのではなく、捕獲の後にアジト内で行った方が確実ではなかろうか?

 

(それにいつまでに荷台に()()()()乗せたままなんて気が気がじゃねえし)

 

「……ま、おれ達したっぱが考えても仕方ないか」

「ねー。そろそろ予定時間回るし帰っちゃおー」

「……それもそうだなぁ」

 

 アルロに指示された時間をちょうど回った。

 これ以上待機すると逆に叱られそうだと思った男は、サイドブレーキを解除してアクセルペダルを踏み込む。

 ブロロンと排気音を鳴らしたトラックは、泥を巻き上げながら発進した。

 

「あー」

「なんだ? 忘れ物なら取りに戻らんぞ」

「見て見てー、前にルンパッパ居るー。かわいー」

「あん? ……ホントだな」

 

 進路上で巨大なパイナップルのようなシルエットがステップを刻んでいる。

 何とも珍妙な姿をしたポケモン、ルンパッパだ。降りしきる雨を浴びて元気溌剌なのか、能天気に腰を振っている。

 

「邪魔だな。クラクションでも鳴らして退かし、て……?」

「てー?」

「ぉ、おおおおお!!?」

 

 グリン、と目の前が回った瞬間、男がハンドルを握るトラックは制御を失った。何とか体勢を戻そうとハンドルを回した努力も虚しく、トラックは雨でぬかるんだ泥の上に横転する。

 

「い、いづづ……?」

「ちょ、マジあり得ないー! 何いきなりハンドル切ってんだしー!?」

「急に目の前が回り始めたんだよ! クソ、一体なんだったんだ⁉」

 

「そいつは『フラフラダンス』さ」

 

「「!?」」

 

 ダンッ! と何者かが横転したトラックの扉に足を乗せてくる。

 したっぱ2人を逃さぬべく、まるで蓋でもするように。

 

「お、お前は……!?」

「アタシの顔、忘れたとは言わせないよ。さっきはよくもやってくれたね」

「アクア団か!」

「つれないねえ。アタシにゃイズミって名前があんのさ」

 

 青いインナーカラーの入った長髪を揺らし、雨に濡れた妙齢の女性はそう告げた。

 離れた場所で踊っていたルンパッパも、いつのまにやらイズミの傍までステップを踏みながら近づいてきている。どうやら彼女の手持ちらしい。

 

「ま、待ち伏せしてやがったのか……!」

「見つけたのはたまたまだけどね。……けど、今ウチの大将が色々頑張ってくれてるんだ。アイツを助ける為だったら、ちょいとぐらい過激になっても……ねえ?」

「ぐっ……!?」

「おっと、変な動きしようとするんじゃないよ。うっかりしたら運転席が水没するかもしれないからねぇ」

「マジやばーい」

 

 イズミからギャラドス顔負けの威圧感で脅迫されるしたっぱ達は、無抵抗のまま運転席で縮こまる。流石に先手を打たれた状況でどうこうできるとは思っていないらしい。

 

(さて、こいつらを交渉材料にでもできればいいんだけど……)

 

「イズミ様ぁー!」

「なんだい?」

「見てください、これ! 荷台から転がってきたモンっす!」

 

 そう言って駆け寄ってきたのは五つ子の女したっぱの一人だ。

 何やら手には珍妙な形状のボールが握られている。

 

「なんだい、不気味なデザインだね。目玉?」

「ですよねー。ホント、気持ち悪いったらありゃしない!」

 

 おおよそフレンドリィショップには並んでいなさそうな黒いボールだった。

 形状としてはスーパーボールに近いものの、本来の開閉スイッチに当たる場所にあしらわれた目玉のデザインが何とも強烈である。

 元デボンコーポレーション社員でもあり、モンスターボールについても造詣が深いイズミは形のいい眉を歪ませる。

 

(オリジナルのボール? まさか普通のとは違う機構でも……)

「んでも、こん中に捕まったポケモン達が居るはずですよ! 早くボール開けて解放してあげましょう!」

「……フッ、それもそうだね」

 

 爛々と目を輝かせるしたっぱに、イズミは僅かに頬を緩ませる。

 そうだ、元々自分達はこういう集団だったはずだ。海を愛し、命を愛し、ポケモンを愛す。その為、無辜のポケモンをポケモンハンターと言った輩から何度も守ったことは一度や二度ではない。

 しかし、いつからだろう? ポケモンを愛する気持ちよりも、人間の愚かさに対する怒りの方が勝ってしまうようになったのは。

 それからアクア団の舵は逸れた。逸れて、逸れて、逸れて。カイオーガが降らす浄罪の雨こそがポケモンの為になると妄信し───そして、失敗した。

 

 自然をコントロールできると驕った人間の野望の終わりは、実に呆気ないものだった。

 

(人のふり見てなんとやらってね)

 

 今となっては初心に還り地道な保全活動に勤しんでいるが、目の前に居るロケット団のような密猟者を相手取る度に、自分達の愚行を振り返らされるようだった。

 けっして見ていて気持ちがいいものではない。

 けれども、これを見過ごしてしまっては悪の組織と評されていた時代から進めない。本当の意味でポケモンにとって理想の世界を創るアクア団には、いつまで経っても辿り着けやしない。

 

「さ・て・と。ポケモンを助ける前に、だ……ケジメの時間だよ。手を上げて出てきな。手持ちのボールはアタシ達の方で回収する。無駄な抵抗はお止し。こんな天気の中じゃあ、アタシのルンパッパのみず技は強烈だよ?」

「わ、わかったよ! わかったから!」

「マジだるーい……」

 

 言われた通り手を上げ、のろのろと運転席から出てくるしたっぱ達。

 その際、女の方は車内で弄っていたタブレット端末を握ったままだった。下手な動きを見せたら強力なみず技が飛んでくる以上、迂闊に捨てる真似もできないのかもしれない。

 故に、

 

「アンタ、その端末寄こしな。下手な真似されちゃ敵わないからね」

「……」

「だんまりかい? そーかい、そいつをオシャカにされたいみたいだねえ」

「止めといた方がいっスよー」

「……なに?」

 

 意味深な言葉にイズミが訝しむ。

 すかさずしたっぱの女は続けた。

 

「別にアタシ達に人質の価値はないっていうかー。あのアルロのことだしー」

「……薄情な上司だね」

「ほんとそれなー。んでー、逆にそんなアタシ達に大事な荷物任せるかって話でー」

「……?」

 

 徐々に。

 徐々にだが、何かがずれていくような感覚に、イズミは得も言われぬ怖気を覚えて顔を顰めた。

 

 そこでしたっぱの女が言い放つ。

 引き攣った笑みを浮かべて。そして、今が雨でなければ大量の冷や汗を流していたことだろう。

 

「だからさーねー? そもそもの話―、アタシ達に制御権限がないっていうかー?」

 

 ギチギチギチ、と。

 トラックのコンテナの壁が拉げ、丸め込まれていく。

 突如として起こった事態に目を丸くするイズミが目撃したものは、

 

「なんだい……あれは……!?」

「危なくなったら勝手に動きます……的なー?」

 

 手を上げたしたっぱの女が、手に持っていたタブレット端末の画面を翻す。

 まるで、見せつけるように。

 

 映し出されていたのは謎の波形と数値だった。

 そして最後にもう一つ。

 

「ポケモン、なのかい……()()()!?」

 

 コンテナから現れた二メートル越えの巨体と同じ3Dモデルだった。

 全体的なシルエットは細身であったと推察できるものの、身に纏う人工的な鎧のせいでどうしても厳つく見えてしまう。

 いや、それだけではない。

 事実、そのポケモンが自然体が振り撒く『プレッシャー』だけで背筋が凍える感覚がイズミ達を襲った。

 

「っ、ルンパッパ!! 『ハイドロポンプ』だよ!!」

「ルンパァーッ!!」

 

 危機感に煽られるまま最も強力な技を指示する。

 直後、ルンパッパの口から放たれた極太の水流が、鎧のポケモン目掛けて宙を駆け抜けていく。

 

『───』

 

 ゆらり、とゆるやかな動きで振り返る鎧のポケモン。

 迫りくる攻撃を目視した存在は、そのまま右手を掲げてみせる。

 

───受け止める気かい?!

 

 雨天の中、みずタイプの技は威力を増す。

 それを片腕一本で止めるつもりなど、舐められているにも程がある……そう考えていたイズミの目の前で、信じられない光景が広がった。

 

『───』

「な……()()()()()()()ァ!?」

 

 掲げられた右手に『ハイドロポンプ』が衝突しようとした、その瞬間に水が横へと流れた。

 真正面から攻撃で相殺されるなら理解は速かっただろう。しかし、こうも滑らかに攻撃を受け流されるとなると、一瞬ではあったが思考に間が生まれてしまった。

 

『───』

「ルンパッ!!?」

「ルンパッパ!? チィ……戻ってお休み!!」

 

 間隙を突かれ、鎧のポケモンが右手から放った力にルンパッパが吹き飛ばされる。

 たったの一撃だった。それだけでルンパッパは瀕死に陥ってしまった。

 

(『攻撃を逸らす』。『触れずに攻撃する』。そうなるとこいつのタイプは……)

 

「エスパータイプかい!!」

 

 それならとイズミは別のボールを手に取り、

 

「行きな、アメモース!!」

「アモッ!」

「『むしのさざめき』だよっ!!」

 

 ボールから繰り出されるや俊敏な動きで宙を動き回るアメモース。

 高速で羽搏く翅の振動で音波を起こし、エスパータイプに有効打となるむし技を繰り出す。仮に相手が本当にエスパータイプなら怯む様子を一つぐらい見られるだろう。

 

『───ッ───』

(どうだっ!?)

 

 音波攻撃を食らう鎧のポケモンは、一瞬身動きを止める。

 直撃は確かだ。問題なのはダメージの方であるが、

 

『……───』

「アモッ!?」

「これでもダメかい!!」

 

 戻れアメモース! と再び超能力で弾き飛ばされたアメモースをボールに戻す。

 2体共一撃。まるで悪夢でも見ているかのような状況に、イズミは頭が痛い顔を浮かべた。

 

「仕方ない……逃げるよ!!」

「イズミ様!?」

次元(レベル)が違い過ぎる!! アタシ達で太刀打ちできる相手じゃない!!」

 

 そもそもの目的は人質を取り、危機的状況のアオギリを救う交渉材料とするものだった。

 しかし、ともすれば向こう側よりも強大な敵を相手取らなければならなくなるなど本末転倒だ。

 

「命あっての物種ってね!! 出てきなオクタン、『えんまく』!!」

「ブフゥーー!!」

 

 繰り出されたオクタンが『えんまく』で辺りを煙で覆っていく。

 古典的な目潰しであるが、シンプルだからこそ効果的な手段でもある。特殊な機械でもなければ相手の居場所を悟られない以上、この窮状においては最善の策───のはずだった。

 

『───』

「オグッ!?」

 

 煙の中に隠れていたオクタンの悲鳴が響き、直後、その体が煙幕の外へと弾き出された。

 

(あの煙の中を正確に……!? マズイ!!)

 

 目を見開くイズミは背筋に寒気を覚えた。

 技か道具か、特性か。何にせよ相手は視界が悪い中であろうと正確無比な攻撃を繰り出せる。つまり、目くらましをしたところで時間は稼げないという訳だ。

 

「藪を突いちまったってワケかい……!」

「イズミ様!」

「アンタは先に行きな! ここはアタシが食い止める!」

「で、でも……」

「アンタが逃げないとアタシが逃げられないんだよ! アタシを殺すつもりかい!?」

「は、はい~!」

 

 ベトベトンを繰り出した瞬間、視界が一気に晴れる。

 それは漂う煙幕も降りしきる雨粒をも、サイコパワーで弾き飛ばした鎧のポケモンによる所業だ。

 

(……変に冷静で居られるのは一度カイオーガをこの目で見たからかねぇ。ま、冷静で居られたところでって感じだけど)

 

 自嘲気味に口角を吊り上げ、イズミは鎧のポケモンに対峙する。

 

「さぁ……かかってきな!!」

『───』

 

 

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』」

「ルカリオ、『はどうだん』」

 

 

 

『───!』

 

 突如、雨天の薄闇を切り裂く青い閃光が瞬いた。

 先に電撃。バリバリと空気を裂いて駆け抜ける稲光は、鎧のポケモンが動くよりも早くその全身を痺れさせる。

 その一瞬の隙に、今度は光弾。正確無比な狙撃を思わせる直線軌道の弾丸は、麻痺で無防備な胴体にまんまと着弾した。

 

「なっ……!?」

 

「……強い」

「先生がそう仰られますか。私も同感ですが」

「……そう」

 

「ア、 アンタ達は……」

 

 いつのまにやら後方から現れた者達───否、ポケモントレーナー達。

 レッド、そしてコスモスは各々の相棒を引き連れ、イズミの前へと歩み出る。その際、コスモスはイズミの方に目配せした。

 

「救援です。後はお任せを」

「あの時の嬢ちゃんに兄ちゃん……! アンタ達、わざわざアタシ達を助ける為に!?」

 

『───』

「ヂュア!!」

 

「「!!」」

 

 2人が会話を終える間もなく、鎧のポケモンが繰り出した技をピカチュウが『アイアンテール』で打ち砕く。

 

「『サイコカッター』……エスパータイプですか」

「あぁ……それもかなり強力な、ね。アタシのポケモンも一撃でやられちまったよ」

「知っています。一度戦いましたから」

「は?」

 

 呆気に取られたイズミの前で、今度は鎧のポケモンが無数の星型エネルギー弾を繰り出す。目にも止まらぬ速さの『スピードスター』であったが、これはルカリオの『はどうだん』によって撃ち落とされる。

 攻撃が失敗に終わり、鎧のポケモンは次なる攻撃の準備に移る。

 だがしかし、1対2では明らかに手数が変わってくる。ましてや、片やリーグチャンピオン。秒どころかコンマの世界で指示を出す彼にとって、ほんの僅かな空白ですら攻撃のチャンス足り得る。

 

「ピカチュウ、『ボルテッカー』」

「ピカピカピカピカ───ピッカァ!!」

『ッ───!!』

 

 電光を纏ったピカチュウの突進が、相手の腹に突き刺さった。

 今日、初めて鎧のポケモンから苦悶の声が漏れる。兜のせいでくぐもってこそいたが、確かにダメージを食らった証に他ならない。

 

(相手もポケモン。それなら負ける道理なんて……ない!)

 

「『あくのはどう』で畳みかけろ!」

「バウァアア!」

 

 ピカチュウが作った隙を狙い、ルカリオが合わせた掌の内に黒々とした波動の濁流を渦巻かせる。相手がエスパータイプであるならば、あくタイプの技で攻めれば間違いはない。

 以前は空中でのバトルともあり苦戦を強いられた。

 しかし今は地上。それにあの頃から幾分か強くなった。

 

 今こそ一矢報いるべき───そんな意志の下、解き放たれた漆黒の濁流であったが、

 

「バリヤード、『ひかりのかべ』出しちゃってー!」

「バリリッ!」

 

 直前に展開されたバリヤーに阻まれ、瞬く間に威力が減衰してしまった。

 辛うじて貫通した分の威力は微々たるもの。『あくのはどう』を浴びた鎧のポケモンは、埃でも払うように波動の残滓を消し飛ばす。

 

「チッ」

「アタシらまだ居るしー。邪魔されたら困るから、むしろこっちが邪魔するしー」

「そういう訳だ、こちとら任務なんでな。ガキンチョの出る幕じゃねえ! 行けスリーパー、『サイコカッター』だ!」

「バリヤードも『サイケこうせん』だしー」

 

 ロケット団が繰り出した血走った瞳の───シャドウポケモンのスリーパーとバリヤードが、それぞれ念力を用いた斬撃と光線を繰り出してくる。

 

 しかし、

 

「遅い」

 

 コスモスが指示を出すまでもなく、ルカリオは迫りくる二つの攻撃を回避する。

 斬撃が木を切り倒し、光線が地面を穿とうともルカリオは怯まない。むしろその間、両手に再び漆黒の波動をチャージしているではないか。

 

「あ、これヤバイ感じ?」

「言ってる場合かァ!」

 

 喚いたところでもう遅い。

 

「シャドウポケモン……聞いて呆れますね。要するにポケモンに無理強いしてる訳なんでしょうが、その所為でポケモン側の動きが繊細さを欠いている」

 

 だから、避けられる。

 威力だけ大きかろうと、当たらなければ意味がない。ポケモンの技でも言えることだが、威力と命中率は反比例する。それはポケモンの能力にも言えるというだけのことだ。

 

「子供だましですね。()()()()()()()()()

「バウァア!!」

「ルカリオ、『あくのはどう』で一掃しろ!」

 

「「ぎゃあああ!?」」

 

 決着は一瞬だった。

 インファイトまで潜り込んだルカリオが、避けられない距離で『あくのはどう』を叩き込む。それだけで数で勝っていたエスパーポケモンは、後ろに構えていたしたっぱ諸共泥の上に転がることとなった。

 一連の流れを眺めていたイズミとしたっぱは『大したもんだね』や『最近の子供こわぁ……』と、その戦いぶりに戦々恐々する。かつて相まみえた子供と比べた時、随分と容赦がないからだ。

 

 要するに、無慈悲。

 その餌食となったロケット団は、瀕死になったポケモンの下敷きになったまま歯噛みしていた。

 

「うぐぐ。あ、あの砂利ガキめ……! 人に向かってポケモンの技撃つとか馬鹿なんじゃないか?!」

「いやー、別にポケモン吹っ飛ばした先にアタシら居ただけだしー。それは違くねー?」

「おみゃーはどっちの味方じゃあ⁉」

「アタシは強い方の味方ー。的なー?」

「それ一番信用ならん奴だぞ……?!」

 

 とうとう同僚にまで懐疑心を抱かれたところで、ダウナー系ギャル語女したっぱは手に持っていたタブレット端末を弄り始める。

 

()()()()()()()()()()()……まー、足りんじゃねー?」

「っ! あいつ、何かするつもりだよ!」

「今更止めたとこでもう遅いしー」

 

 怪しげな動きにイズミが注意を飛ばしたが、すでにしたっぱの女は操作を終えていた。その証拠に、ピカチュウの放つ電撃をサイコパワーで捻じ曲げる鎧のポケモン、その兜の目元部分が電波を受信したようにチカチカと瞬いていたのだ。

 

「あの端末が指示を……ルカリオ! あの端末を壊せ」

「きゃ!? ッ……でも、」

 

 手元の端末が『はどうだん』で破壊される。

 けれども、したっぱの女は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

 次の瞬間、横転したトラックの荷台からいくつかの球体が飛来した。掌に収まるぐらいの球体は、どうにも鎧のポケモンの力で浮遊しているようだった。

 だが、その球体のデザインにイズミは見覚えがあった。

 

「あのボール……湿原の野生ポケモンを捕まえていたのと同じ!?」

「もう止めらんないしー。APEX-1(エイペックスワン)、やっちゃっえしー!」

『───』

 

 女の言葉を聞いた訳ではない。

 しかしながら、最後に端末から送られた命令を遂行せんとばかりに鎧のポケモン───APEX-1と呼ばれたポケモンは動き出す。

 まず手始めに、サイコパワーで浮かばせたボールを迫りくるピカチュウ目掛けて向かわせた。

 

「ピカチュウ」

「ピッカァ!」

 

 指示を出すまでもなく、ピカチュウは迫りくる未知のボールを『10まんボルト』で迎撃する。得体の知れない攻撃に触れるのは下策だと思っての行動だろう。

 しかし、不気味な目玉のデザインがあしらわれたボールが壊される気配は見られない。

 普通のボールであれば、激しいポケモンの抵抗によって破壊されるケースはしばしばみられるのにも関わらず、だ。

 

 こんな時こそコスモスの観察眼が光る。

 

「先生! ボールにバリヤーが張られてます!」

「……そういう」

『───』

「!」

 

 ピカチュウを襲うボールの群れの内、その半数が狙いをルカリオへと変えた。

 

(───いや、違う)

 

 ボールは、あろうことかルカリオの横を通り抜けた。

 

「狙いは……私!?」

「! バウァ!」

「来るな!」

 

 標的がルカリオでなく自分自身であると見るや否や、残りの手持ちで迎撃を試みようとするコスモス。

 けれども主を第一とするルカリオは、コスモスの制止を受けながらも彼女の下へと駆け寄る。指示を無視されたこと、そして無視をしてまで駆け寄らなければならないと思われるほど動揺が伝わった事態にコスモスは歯噛みする。

 

 自身の未熟さに眩暈を覚える。

 だが、その次の瞬間だった。

 

(!? 軌道が)

 

 ぐりんっ! と六つ迫ってくるボールの内、一つがルカリオの下へと迫る。

 これにはルカリオに掌に溜めていた『はどうだん』を叩きつけんとするが、何分標的が小さい。それ以上に主の危機で普段よりも平静さを欠いている状態であった。

 迎撃も虚しくボールはルカリオの胸元へと飛び込んでくる。

 受け止めることもできずボールとの接触を許すルカリオ。その体は瞬く間に赤い光に包まれ、数秒後には……。

 

「ボールに……!?」

「入った!?」

「んなアホなぁー!?」

 

 信じられないと目を剥くコスモスの余所で、イズミとアクア団のしたっぱも驚愕する。

 それもそのはず。ここ最近はボールのID認証システム等により、他人のポケモンをゲットできぬようボール側で制限が掛かっているのだ。

 

(だから自作のボールを……!?)

 

 ようやく合点がいったイズミが危機感を覚えたところで、時すでに遅し。

 ルカリオを収めたボールは二、三度激しく揺れ、

 

───カチッ!

 

「ッ……!」

「逃げな、嬢ちゃん!!!」

「ですが……!」

 

 出したところで奪取(ゲット)されるとわかった以上、迂闊にボールから出せる訳がない。

 蹈鞴を踏むコスモスであったが、迫りくる謎のボールは最悪な方で彼女の期待を裏切った。

 

 残る五つの凶弾。それらが少女を取り囲んだかと思えば、腰に備わったボールに狙いを澄ませた。ハッとするも束の間、サイコパワーで動く謎のボールは標的に接触。

 何が起こったかも理解できぬまま、コスモスの手持ちは得体の知れないボールの中へと吸い込まれていった。

 

 一、二、三、四、そして五個。

 ベルトに装着していた分のボールは、数える間もなくロケット団に奪取されたどころか、サイコパワーでロケット団員の元まで引き寄せられてしまう。

 

「マジゲットー」

 

 したっぱの女はしたり顔でコスモスを見遣る。

 想定外の事態に歯噛みする少女。仕事道具であるポケモンが奪われてしまった以上、彼女はただの非力な女の子に過ぎない。

 

 そうだ、ポケモンが居なければの話だ。

 例外は、存在する。

 

「コスモッグ!!!」

「モッグ!」

 

「「「なっ!?」」

 

「『テレポート』!!!」

 

 ここに伏兵が一匹。

 服の中が定位置であるが故に難を逃れたコスモッグが元気よく姿を表せば、忽然と少女がその場から消え去った。

 完全に不意を衝かれた形のロケット団は、いくら周囲を見渡せど少女を発見することはできない。完全に雲隠れされてしまった。

 

「あんの砂利ガキめぇ……!!」

「ぶっちゃけー、もーどーでもいいしー。どうせー、手持ちはこっちの手にあるんだしー?」

 

 歯噛みする男とは裏腹に、女団員の余裕は崩れない。

 何故ならば、依然として少女の手持ちはロケット団が手にしたままだからだ。

 

「ちょっと! あの子平気なのかい!?」

「大丈夫」

 

 心配するイズミの一方で、レッドは毛ほども少女の安否を心配する素振りを見せない。

 

「大丈夫って……あの綿あめみたいなポケモンは戦えんのかい!?」

「……コイキングぐらい」

「はねるしか能がないじゃないかい!!」

 

 あんまりな言い草である。

 だが、実際コスモスが大丈夫だと確信を抱いているレッドは、静かに相手を見据えていた。

 

(今はあいつを……)

 

 謎のボールは執拗にピカチュウを追いかけ回している。

 一度目撃した以上、その目的がピカチュウを捕獲し、無力化・奪取することにあるとは予想がつく。

 

「……なら、『アイアンテール』!」

「チャアッ!!」

 

 その場で宙返りし、硬質化した尻尾をボールへと叩きつけるピカチュウ。

 すると尻尾は薄く膜を張っていたサイコパワーを破り、ボールそのものに強烈な一撃を叩き込むことに成功する。

バキンッ、と大きな亀裂が入る。

そのままボールは不規則に明滅を繰り返し、力なく地面へと墜落した。

 

(直接ボールに攻撃できれば……)

 

「兄ちゃん、そっち行ったよ!」

「!」

 

 光明を見出すも束の間、ピカチュウを追うのを止めた謎のボールはレッドを取り囲んだ。

 

「ピッカ!?」

「ピカチュウ」

「!」

 

 最早間に合わないという段階でも仲間を気に掛けたピカチュウ。

 だが、その瞬間に()と目が合った。

 

「勝てるよな?」

 

 驚くほどに平然と。

 その傲慢とも捉えられかねない言い草の問いを聞くや、ピカチュウの体は180度回転する。

 当然、何者の妨害も受けなければ謎のボールはレッドの手持ちを攫っていく。

 しかし、レッドは抵抗する素振りを見せない。微動だにせず、ひたすらに前を見据えている。

 

 これにはイズミも絶句した。彼が強いトレーナーであることは重々承知している。

けれども正体不明かつ強大なポケモン相手取るには、手持ちが多いに越したことはないはずだ。

にも関わらず奪い取られるのを見過ごした。案の定、苦楽を共にした相棒達が捕らえられたボールはロケット団の下へ集められてしまう。

 

「アンタ……!?」

「ピカチュウが勝てるって言った」

「え?」

「それで十分」

 

「ヂュウウウッ!!!」

『───ッ!!!』

 

 刹那、電光が薄闇を切り裂いた。

 仲間を捕えようとするボールには目もくれず、電光を纏ったピカチュウの突進がAPEX-1に突き刺さる。

 鉄が拉げる音と共に、いくつか破片が宙を舞う。

 それほどの衝撃だ。ボールの操作に気取られていたAPEX-1はトラックのコンテナが陥没する勢いで叩きつけられ、その場によろよろと膝を突く。

 

「うっそ、めちゃくちゃダメージ受けてる感じー?」

「お、おいおい大丈夫なのか!? もしもやられでもしたら……!!」

 

 垣間見えた敗色に顔面蒼白となるロケット団のしたっぱ達。

 一方レッドは毛ほども顔色も変えず、APEX-1を吹っ飛ばしたピカチュウの縞々な背中を見つめていた。

 仲間を見捨てた訳ではない。仲間どころかこの場に居る全員を救うという大役を担う選択をピカチュウは選んだのだ。

 

 そして、レッドは彼の選択を尊重した。

 

───パートナーが勝てると頷いた。

───ならば、それを信じるだけだ。

 

 ピカチュウはAPEX-1に、たった1体で勝つつもりだ。

 カビゴンも、ラプラスも、フシギバナも、リザードンも、カメックスも居ない中で。

 

「ピカチュウ」

 

 否。

 

「……キミに決めた」

「ピッカ!!!」

 

 ピカチュウにとって欠いてはならぬものがあるとすれば、彼の存在が唯一だ。

 

 ピカチュウは笑う。

 レッドも笑う。

 彼らに浮かぶ不敵な笑みは、久しく現れなかった強者に喜びを覚えていると言わんばかりだ。

 

 さあ、今こそあのポケモンに知らしめてやろうではないか。

 ポケモントレーナーがポケモントレーナーと呼ばれる由縁を。

 

 

 

 そして、この日。

 ホウジョウ地方において、二つの頂点がぶつかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ゴルバット……ニンフィア……」

 

 少し、いや、かなり寂しくなったベルトをなぞるコスモスが唱える。

 

「ヌル……ユキハミまで……」

 

 なくなったボールの位置から、奪われた手持ちは把握できる。

 捕まえたばかりで戦力外のユキハミはともかくとして、それ以外を丸々奪取されてしまった事実は重く圧し掛かってくる。

 

(よくも私のポケモンを……あそこまで育てるのに一体どれだけの費用と時間をかけたかわかってるんですかね?)

 

 もしも仮に雑に扱われて傷がつこうものなら慰謝料をふんだくってやろう。

 もしくは潜入しているラムダ辺りにでも金をちょろまかしてもらおうか……という、拾わぬジグザグマの物拾い算用的な思考は一旦中断する。

 まずは現状を打開せねば───正確には奪われた手持ちを奪還しなければ話にならない。

 

(あの謎のポケモンは先生が相手してるでしょうが……まあ、先生が負けることはないでしょう)

 

 厚い信頼をレッドに抱くコスモスだが、彼の手持ちの大半が奪取されている事実を知らない。師に対する株は今日もストップ高である。

 しかしながら、全てをレッドに任せようとするつもりは毛頭ない。何せ自身の手持ちを奪われているのだ。士気としてはあり過ぎて恐ろしいくらいである。

 

「……フッフッフ」

「モッグ?」

「悪の組織とあろうものが詰めが甘いですね。やはり所詮はバッタものという訳ですか……」

 

 黒い笑みを浮かべる主に、コスモッグは首を傾げる。

 彼女が何故このような状況でも笑っていられるのか。その理由はリュックから取り出した代物にあった。

 

()()()()6()()()()()()()()()()()()()、ねえ?」

 

 そうだ。ウリに託された最後の一体が、ここには居る。

 

「───GO、ゲッコウガ」

「ゲコ!」

 

 開閉スイッチを押せば、勢いよくゲッコウが飛び出す。

 軽い身のこなしで枝に掴めば、そのまま細い足場に足を乗せる。実力としてはルカリオやヌルと同等。完璧に指示を遂行すれば、自身の主戦力と変わりない活躍を期待できるとコスモスは踏んでいた。

 

 その上で、だ。

 

「晴れて私の手持ちになった貴方に早速ですが命令します」

「ゲコ?」

「私をここから下ろしてください」

 

 プラーン、と。

 

 ゲッコウに指示を出したコスモスは、上着が枝に引っ掛かる形で宙吊りになっていた。

 

 はっきり言おう。

 無様この上ない。

 

「ゲコゲコゲコw」

「おまえ あとで おぼえてろ」

「ゲーコゲコゲコゲコッ!!w」

「チッッッ!!!」

 

 これにはコスモスちゃんも盛大な舌打ちで出ちゃった。

 

(テレポートの場所が悪くなければ、こうは……)

 

 一刻も早くあの場から撤退しイニシアチブを確保する必要があったと理路整然とした事情で自身を宥めつつ、コスモスはじたばたと手足をばたつかせる。

 しかし、体重が軽い彼女がばたついたところで枝が外れる気配はない。

 誠に不服ではあるが、やはり目の前のカエルに救出を求めなければならぬようだ。

 

「ほら、早く私を助けてください。元々は消防士の手持ちでしょうに」

「ゲコゲコゲコw」

「貴方は困ってる人やポケモンを見て助けようとは思わないんですか? はぁ、なんて薄情者なんでしょう……キュウさんやウリさんが見たら哀しむことやら」

「ゲコゲコゲコw」

「……ほら、笑うのもいい加減にしてください。今は一刻も争う事態なんです。先生があのヘンテコなポケモンを倒した後の後詰は必要なんですから、私達は私達のやるべきことをですね……」

 

 そこまで言ったところでコスモスはゲッコウの変化に気づく。

 それまでコスモスを笑い者にしていた彼が、レッドのことを口にした途端、神妙な面持ちとなって笑うのを止めた。半目になってこちらを見据える瞳には、どこかギラギラとした対抗心が燃え上がっているようだった。

 

 すると、次の瞬間。

 

「!? ゲッコウガ、貴方どこに行くつもりです? もしや先生のところに行こうとしてるんじゃないでしょうね? やめてください考えなしに参戦したところで先生の邪魔になるだけなんですからこういうのは綿密な計画を立ててですね───」

「……コウガッ!」

「あ、ちょっ、……私を置いていくなぁー!! 待てぇえええ!! 私宙吊りのままってどうやって降りろって言うんです!? 自慢じゃないですが私はそんなに運動得意じゃないんだぞぉぉおおお!! これっ、もしも落ちたら……」

 

───痛いでしょうがぁぁあああ……!!

───痛いでしょうがぁぁあああ……!!

───痛いでしょうがぁぁあああ……!!

 

 しかし、木霊する必死の制止も虚しくゲッコウの背中は草むらの中へ消えていった。

 取り残されるコスモス。依然、宙づりのままの彼女は胸元のコスモッグと見つめ合う。

 

「……さて、どうしましょう」

「モッグ?」

「…………………………はぁ」

 

 レッツ、テレポートチャレンジ。

 ただし、行き先はランダムである。

 

 

 

 この時、コスモスは本気でクーリングオフを検討するのだった。

 

 

 

 




Tips;手持ちの数
 世間一般では手持ちの数は6体とされているが、実はこれには明確な決まりがある訳ではない。経緯を紐解けば、公式戦のフルバトルが6体である為に慣習と化しているという実情だ。罰則等もない為、7体持とうが8体持とうがジュンサーさんにしょっぴかれることはない。
 ただし、大半のトレーナー向けの道具───主にボールを携行する為のベルトなどは6個携行を想定しているデザインであり、ポケモンセンターでも回復装置にセットする為のケースは6個1セット仕様であるので、なにかと不便は被るかもしれない。
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