愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

45 / 62
前回のあらすじ

コスモス「先生のピカチュウの『かみなり』は、電圧どれくらいなんです?」

レッド「……1000まんボルトぐらい?」

Zクリスタル「え」


№044:激闘! コイノクチ湿原④

 

 

 

 けたたましいパトカーのサイレンが鳴り響いている。

 ドップラー効果と言ったか。すぐ横を通り過ぎる瞬間だけ甲高く聞こえたサイレンは、それからどんどん低く重いトーンへ落ちていく。

 

(大丈夫かな、兄貴……)

 

 ウリからしてみれば、それがまるで事態の重さを彷彿とさせるようで、気が気ではなかった。

 アクア団のしたっぱと共に町に辿り着き、ジュンサーへと助けを求めたのがつい先程の出来事。通報から出動まで、まさにでんこうせっかの如き速さだ。

 

 しかし、どうにも雲行きが怪しい。

 湿原から帰ってくるよりも分厚くなった雨雲も、今や雷光を奔らせる雷雲と化している。そう時を経ず嵐が来るだろうという予感に、ウリは一抹の不安を過らせた。

 

(やっぱり、ウチも何かしに行った方がいいんじゃ……)

 

 そこまで思い至ったところで、ウリはパァン! と頬を張る。

 

(いけないいけない! 何でもかんでも自分で解決しようとするのがウチの悪いとこだってコスモスさんにも言われたろ!)

 

 戒めるように二、三度頬を叩けば、綺麗な紅葉が出来上がる。

 傍から見てもやり過ぎなきつけであったが、これでも本人からしてみれば自制した方だ。本気でやったら? 『ドクロッグみたいですね』と最近知り合いになった少女にドン引きされるだろう。てか、された。

 

(今は信じて待つ! ウチがやるべきことはそれだ!)

 

 今にも動き出してしまいそうな足を押さえ、兄やコスモス達の無事をひたすらに祈る。

 以前なら、無理やりでも理由をつけて自分で向かっていただろう。

 

 だが、今日は違う。

 

(頼んだぞ、ゲッコウ……ウチの分までみんなを守ってやってくれ!)

 

 想いを託した相棒が居るからこそ踏み止まれる。

 踏み止まって、見守ることができる。

 自分にはそれしかできない。でも、それしかできないトレーナーが居てもいいじゃないかと諭された。

 

(アンタの『おや』は兄貴で、コスモスさんで……んでも、ウチだって『おや』なんだからな! ちゃんとウチの()()をこなしてくれよ)

 

 応援しかすることはできなかったけれども、一度は『おや』となった身の上だ。

 もしも叶うとするなら、託した指示の一つだけでもやり遂げてくれれば、『おや』として誇らしいことこの上ない。

 

 ウリは、ただその一心で願う。

 

「神様仏様! どうかみんなを無事に……きゃっ!?」

 

 刹那、猛烈な強風がウリの傍を通り抜けた。

 余りの勢いに目も開けられず、強風が収まるのを耐えるウリ。けれども、思いの外すぐに止んだ強風に彼女が目を開ければ、

 

「……北風?」

 

───この時期に?

 

 と、季節外れの突風を怪訝に思ったウリが天を仰ぐ。

 するとそこには目を疑うような景色が広がっていた。

 

「あれって……虹? オーロラ?」

 

 どっちつかずの七色が、空に向かって伸びている。

 すぐに鮮やかな色彩は空気に溶けてなくなってしまったが、目に焼き付いた光景は早々に消えてしまうものではない。

 しばし目を奪われていたウリであったが、七色が伸びていった方角には心当たりがある。

 

「湿原に……?」

 

 北風は三度、勇ましく吹き抜けていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お。私のボール」

 

 実に平坦な声だった。

 奪取されたモンスターボールを手に取ったコスモスは、それからテキパキと自身とレッドのボールを仕分けていく。

 

「く、くっそー……」

「マジきちー……」

 

 などと、フシギバナの蔓に縛り上げられたロケット団が呻いているが無視する。

 

「こっちが先生のですね」

「ありがとう」

「お礼を言うのはこちらの方です。先生のおかげで私の手持ちが返って来たんですから」

「ピッカッチュ~~~!」

 

 いそいそとレッドの肩によじ登っていたピカチュウが、これ見よがしにVサインを掲げ、自身の活躍を主張する。

 当然、彼も今回の立役者の一人だ。

 コスモスはこれでもかとピカチュウの頭を撫で回す。

 

「後でお礼のケチャップを買ってあげますからね」

「チャア~♪」

「減塩の奴でお願いね……」

 

 主でありながら頬を足蹴にされるレッドは、ポツリと独り言ちていた。

 一方その頃。

 

「さぁて……こいつらはどうしてやろうかねェ」

「「ひっ」」

「とりあえず身ぐるみ引っぺがしてやるところから始めるかい?」

「「ひぃ~⁉」」

 

 恐ろしい剣幕で詰め寄るイズミに、ロケット団が悲鳴を上げる。

 流石は元悪の組織の女幹部。滲み出るオーラはしたっぱとは比べ物にならない。隣で『どうケジメつけてくれるんじゃオラー!』と喚いているアクア団のしたっぱなど、ポチエナにしか見えない。

 

(けど、ホントにどうしたもんかねぇ……)

 

 しかし、怖い顔を浮かべる裏側でイズミは悩んでいた。

 

 いくら人質を手に入れたところで、手持ちが壊滅状態では話にならない。

 相手がポケモンを利用する悪党である限り、戦えるポケモンが居ないことは致命的だ。さらに言えば、ポケモンに得体の知れない鎧を着させて戦わせる相手に、人並みの倫理感を期待するのも馬鹿馬鹿しい。

 

「はぁ……結局、おとなしく町に帰って応援を呼ぶしかないかねぇ」

 

 

 

「───その必要はないですよ」

 

 

 

「!!」

 

 不意に上から声が聞こえてきた。

 咄嗟に全員が降り注ぐ雨も厭わず空を仰いだ。そこに佇んでいたのは漆黒の太陽と形容すべき火の鳥だった。

 炎の美しさと恐ろしさを同居させたような赤と黒。

 この豪雨の中でもメラメラと燃ゆる翼を羽搏かせる火の鳥は、背中に一人の人間を乗せていた。

 

 誰にとっても見覚えのある顔。

 真っ先に食って掛かったのはイズミだった。

 

「アンタ、あの時のロケット団!?」

「さっきぶりですね、アクア団の諸君。頭領と離れ離れになってさぞ寂しかったことでしょうね」

「っ……アオギリはどうしたんだい!?」

 

 ネチネチと嫌味ったらしい言い草のロケット団───もとい、アルロはやれやれと首を振った。

 

「フンッ!! なんだかんだと聞かれても、ボクに答えてやる道理はない!!」

 

「とか言ってますけど、どうしたか素直に喋らないあたり逃げられたと推察できます。嘘が吐けない人ですよ、あの人は。私には分かります」

「へ~……」

 

「おい、そこの。聞こえてるぞ」

 

 ひそひそ話をしていたコスモスとレッドであったが、アルロの地獄耳(装着型集音デバイス)に拾われてしまったようだ。見るからに火に油を注いだかの如く怒りに燃えるアルロが、額に浮かべた青筋を痙攣させている。

 

「見覚えがあるぞ、お前達……スナオカタウンでボクの邪魔をしてくれた奴等だな!?」

 

「……………………?」

「先生、あれです。デパートでたくさん倒したポケモンの」

「……………………あー」

 

「なんだその薄い反応!? 覚えるまでもないとでも言いたいのか!?」

 

 きぃー!! とヒステリックに叫ぶアルロは、最早怒り心頭オコリザルだ。

 このままでは憤死してコノヨザルに進化しかねない怒り狂い様であるが、幸いにもざあざあと叩きつける雨風が血の上った頭を冷やしてくれる。

 一息を置いたアルロは、黒い火の鳥の背中から地上を見下ろす。

 

 フシギバナに捕らえられているしたっぱは、まあいい。

 必然的に運搬トラックが横転している理由も分かる。

 ただ、地に膝を突いて沈黙している存在だけは理解し難かった。受け入れるまでたっぷり数秒用いる間にも、業火に等しかった怒りはすっかり鎮火してしまっていた。

 

「……よもや『M2バイン』を装着しているとはいえ、APEX-1が倒されるとは……」

(M2バイン?)

 

 聞き慣れぬ単語にコスモスが小首を傾げるも、すぐさま鎧のポケモンが鎧と印象付けられた所以の装甲に目を向けた。

 

 ただ、一つ疑問点が浮かぶ。

 目の前の科学者……彼の口振りから察するに『M2バイン』と呼ばれる代物は、予想していた用途とは、まったく逆にニュアンスを孕んでいるように窺えた。

 

「やはりM2バインにプログラミングされた戦闘AIがまだまだ不完全か……ええい、あれでも過去数十年分のトレーナーのデータは学習させたのに。いったい何が悪かったと言うんだ? 戦闘データを解析して改良する必要があるな……」

「……まさか、」

「───その為にも、お前達には早急にリタイアしてもらおう」

 

 アルロの目が変わった瞬間、周囲の空気が一変した。

 雰囲気とか、そういう次元ではない。物理的な圧を押し付けられるような気流の変化とでも言おうか。

 

「先生!」

「うん」

 

 振り向くよりも早く口を動かすコスモス。

 しかし、レッドはそれよりも早くにピカチュウへ視線を送っており、言わんがすることをほとんど伝えきっていた。

 

 肩から飛び降りたピカチュウ。彼は一目散に目標へと突っ走る。

 狙いを澄ませた視線の先ではAPEX-1が沈黙していた。多大なダメージを負って戦闘不能になったポケモンだ。

 だが、おかしい点が一つある。

 ポケットモンスター───縮めて『ポケモン』と称される生き物に共通し、その呼称の起源となった生態とはなんだったか?

 

(本当に瀕死になったポケモンなら、縮んで身を隠していてもおかしくない───なのに!)

 

 未だにAPEX-1の身体はそのままだ。

 その姿が意味することは至ってシンプル。

 

「『10まんボルト』……いや、『かみなり』!」

「再起動だ、APEX-1!」

『───』

「!」

 

 爆ぜる電撃が命中する、まさにその寸前だった。

 突如、兜の隙間から人工的な光を迸らせた存在が立ち上がるや、片手を突き出した。それだけでピカチュウの電撃はいとも容易く弾かれ、辺りの木々に落雷のような焦げ痕を刻む。今が雨でなければ炎上してもおかしくはなかっただろう。

 

 だが、ここまで高電圧・高威力であっても貫けない。

 途中でレッドが技を言い換えたのも、その技では倒せないと判断したからこそだ。

 

 すなわち、APEX-1という存在にコスモスは勘違いしていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()……?」

「当然でしょう」

 

 戦慄するような少女の呟きに、アルロが得意げに答えた。

 

「今まではM2バインに組み込んだAIによるオートバトルでしかない。規定値以上のダメージを食らって緊急停止(エマージェンシーストップ)したのは想定外だったが……オートからマニュアルに切り替えればボクの方から操作は可能だ」

 

 『全部が全部をしたっぱに任せるはずがないでしょう』と、さも当然と言わんばかりの口調だった。

 こう言われると、捕えられているしたっぱ達もバツの悪そうな顔を浮かべていた。

 しかし、ここで口を開くのがダウナーな女の方だった。

 

「まあ、それはそれとしてさー。助けてよアルロー」

「お前はもう少し人に物を頼む態度というものを覚えた方がいいぞ……!」

「おねがーい。このとーり頭下げるしさー」

「よし。帰ったらお前の頭に学習装置を取り付けてやる。ボクは本気だからな?」

「マジやばーい」

 

 したっぱの態度に辟易しつつも、一応は回収する気はあるのか、左腕の端末を操作してAPEX-1に指示を送っている。

 

「下手に口を割られたら堪ったものじゃないからな。人員を消すのも補充するのも面倒なんだ。そこのしたっぱもトラックの積み荷も回収させてもらいますよ」

「……させない」

 

 しかし、ここで出てくるのがこの男レッドだ。

 すぐさま隣に鼻息を荒くするコスモスが並び立ち、バラバラになったボールの破片をこれ見よがしに放り捨てる。

 

「残念でしたね。ポケモンを奪う機能のあるボールは破壊済みです。在庫は……もうないんでしょう?」

「……チッ、つくづく人をムカつかせてくれる子供ですね……!」

「そのファイアーもどきは奥の手でしょう。つまり貴方にはロクに手持ちが残されていないはず」

 

 となると、アルロ側の戦力はAPEX-1と黒いファイアーのみ。

 確かに強大な戦力であるとは認めざるを得ないが、それを補って余りある戦力もまた、レッドは取り戻していた。

 

「相手なら……俺がする」

 

 戦意を漲らせたレッドがボールを手にする。

 フシギバナは捕縛に用いているが、ピカチュウも除いた残り4体は体力満タン。いかに伝説級のポケモンが相手だろうが負けるつもりはないと───滲み出る王者の風格が、そう告げていた。

 

「……チッ」

 

 舌打ちを隠さず、アルロは左腕の端末の操作を止めた。

 

「ここでキサマと真っ向からやり合うのは分が悪そうだ……」

「……逃げる気?」

「戦略的撤退、と言ってもらおうか」

 

 負け惜しみ染みた言葉を吐くアルロ。

 異変は、直後に訪れた。

 

「……なんだい、この揺れは?」

「えっ、地震? 洪水? それとも……土砂崩れ!?」

 

 不穏な地響きに気づいた瞬間から、次第に音は大きくなっていく。

 振り続けた雨による自然災害だろうか? イズミとアクア団のしたっぱがキョロキョロと見渡しているが、コスモスはむしろ目を閉じて耳を澄ませていた。

 

 すれば、()()()()が分かってくる。

 

「これは……地震じゃない! ()()です!」

「足音? これが? ……いや、まさか!?」

「構えてください! 湿原中のポケモンがこちらに向かってきています!!」

 

 ドドドドッ!! と連なる轟音はますます近づいてくる。

 集中して聞いてみれば、地響きに似た足音の合間に木々がなぎ倒され、水溜まりを踏みつける音も聞こえてくるではないか。

 

「そのまさかだ!!」

 

 答え合わせのように嬉々とした科学者の声が木霊した。

 不意に彼が懐から一本の試験官を取り出す。そのままおもむろに蓋のゴム栓を指で弾いたかと思えば、毒々しい紫色のガスが辺りに溢れ出した。

 どう見ても危険なヴィジュアルの薬品にコスモス達が警戒すれば、地面に滞留するガスは雨風に吹かれてどこかに攫われる。

 

 次の瞬間、『ギッ!?』と何かの鳴き声が聞こえた。

 

「ここに来るまでの途中、ボクの開発したポケモンをシャドウ化する為の薬───その名も『R』!! こいつを散布してきたのだッ!!」

 

───ドドドッ……。

 

「本来は然るべき施設で処置を施すシャドウポケモン化の第一段階……ポケモンの凶暴化を可能とする薬品、その改良型だ!!」

 

───ドドドドッ……!!

 

「効果はあくまでも一時的だが、こいつには特定の脳波の感度を上げる副作用がありましてね……」

 

───ドドドドドッ!!

 

「そいつを利用した精神汚染でポケモンを洗脳するなんて芸当もできるんですよっ!!」

 

───ドドドッ、ドゴバキグシャアッ!!

 

 耳を押さえたくなるような暴力的な音の正体が、まさに今、コスモス達の目の前に現れた。

 

「グロッ!! グロロロッ!!」

「ギキーッ!!」

「グワッグワッグワッ!!」

「ギャアアアッ!!」

「ヌメェエ!!」

 

 血相を変えた野生のポケモンの群れだった。

 ドクロッグ、ウツボット、ガマゲロゲ、ギャラドス、そしてヌメルゴン。未進化や中間進化の個体も合わせれば、種類はもっともっと多かった。

 それこそ十や二十では収まり切らない数の軍勢が、あっという間にコスモス達を取り囲む。

 

「この数は……!!」

「ハハハハハッ、これで形勢逆転だ!!」

「っ……!!」

 

 高笑いするアルロにコスモスは歯噛みする。

 ある程度なら覆せる戦力差も、これでは多勢に無勢だ。ともすると10倍にも届きかねない数の暴力を前に、柄でもない冷や汗が頬を伝ってくる。

 しかし、悩んでいる暇などない。

 精神汚染による洗脳で我を失った野生ポケモンは、一斉にコスモス達へと襲い掛かってくる。

 

「くっ!! ルカリオ、『はどうだん』!! ゴルバット、『つばさでうつ』!! ニンフィア、『マジカルシャイン』!! ヌル、『つばめがえし』!! ユキハミ、『むしのていこう』!!」

 

 咄嗟に繰り出した手持ちで応戦するコスモス。

 だが、それぞれ一体ずつ倒したところで押し寄せてくる壁が崩れる様子は見られない。

 

(まずい……圧し潰される!)

 

 

 

「───『ハードプラント』」

 

 

 

 ゴゴゴッ!!! と地面が隆起し、何かが天を覆い尽くした。

 

「……あ」

 

 コスモスが息をするのも思い出した頃には、既に眼前の軍勢は行く手を阻まれていた。幾重にも折り重なる極太の根っこ。数百年生きる大木を彷彿とさせる根っこは、たとえ凶暴なポケモンにぶつかられても容易くは千切れない頑丈さを誇っていた。

 

 ふと、甘い香りが鼻腔に漂ってくる。

 

「……フシギバナ?」

「バナバァナ」

「大丈夫?」

「先生っ」

 

 コスモスが振り返った先では、とうに激闘の幕が下ろされていた。

 地から足を離し、宙に浮かんでいるAPEX-1。その傍らには蔓に捕縛されていたはずのロケット団のしたっぱやトラック、その積み荷でもあったボールが大量に浮遊している。

 彼らの足下ではいつの間にやら繰り出されていたリザードンやカメックス達も、野生のポケモンと組み合っていた。雨の中、泥まみれになりながら凶暴化したポケモンを次々に組み伏せる。

 

 しかしながら、余りにも敵勢が多かった。

コスモスが視線を移せば、イズミやしたっぱを守る為にカビゴンやラプラスが奮闘している姿が見える。

 

「よかった」

「っ……すみません、先生」

 

 庇われた結果、まんまと確保した人と物を取り返させてしまった。

 謝罪するコスモスに、レッドは『気にしないで』と答える。そうこうしている間にも目的を果たしたアルロ達の高度は高くなっていく。

 

「さて、これでボク達は帰らせてもらう。少々トラブルこそあれど、実戦データを取れたと思えば僥倖……フフフ、キサマ達は我々ロケット団が更なる高みへ踏み出す礎になれたことを光栄に思うがいい!」

「待て!」

「待たない! 帰ると言ったら帰るんですよ! キサマ達は精々野生のポケモンと戯れているがいい!」

 

 あくどい笑みを浮かべた後、アルロ達の姿は一瞬にして消え失せる。恐らくは『テレポート』であるが、オキノ沿岸でのバトルを思い出し、やはり下手人はAPEX-1であるという確信を得る。

 

(ルギアが敵対心を持って海から出てくるほどのエスパーポケモン……次に戦う時まで情報収集しなければ。でも今は───)

 

 優先すべきは、消えた相手よりも目の前の相手だ。

 とにもかくにも、血走った瞳の野生ポケモン達を倒さなければ明日は訪れない。

 

「とんだトレーニングになりそうです。まあ、いい経験になると前向きに捉えますか」

「こういう機会はあんまりないからね」

「ですね……うん?」

 

 あんまり?

 若干レッドの言葉に引っ掛かるコスモスであるが、まあそこは言葉の綾だろうと納得することにした。数十体にも及ぶ野生ポケモンに襲われる機会など、何度もあっては堪ったものではないからだ。

 

(シロガネ山に来たばかりの時を思い出すなぁ)

 

 ……と、レッドが懐かしそうにしているが、表情筋がガッチガチの彼の機微は遠目からでは判別困難であった。仕方ない。

 

「先生の足手まといになるワケにはいきません。全力で事に当たります」

「───ゲコッ!」

「ゲッコウガ? 貴方どこを見て……」

 

 混戦を極める湿原に立ち尽くすゲッコウが、とある方向に視線を向ける。

 誰も存在しないからっぽの空間。しかし、だからこそ浮かび上がる極大の違和感。

 

 何故誰もあそこに居ない?

 

 四方八方から押し寄せてくる野生の軍勢が、一方向からだけ来ていない。崖や穴といった地理的な問題があるのなら理解できるが、それがないとなれば不自然極まりない。

 

 ここで一つ仮説を立ててみよう。

 一方向からだけポケモンがやって来ない理由、それがもし()()()()()()()()()()()()()だとするのなら。

 

───ザザザザッ……。

 

(なにか……来る!?)

 

 草木をかき分ける音が猛スピードで迫る。

 刹那、音が途切れた。

 得体の知れない存在の気配が消え、緊張が一気に高まる。

 

「バウッ!」

「上か!」

 

 いの一番に居場所を探り当てたルカリオが空に向かって吼え、コスモスが相手の正体を目撃する。

 

「あれは……ゲッコウガ!?」

「コウガッ!」

 

 落ちてくるゲッコウガに対し、突如屈んだゲッコウが空へ跳んだ。

 2体のゲッコウガが空中で交差する。ズバンッ! と切り裂く音が耳を劈くや、そのまま2体は地面へと着地する。

 

「……ガッ!?」

「ゲッコウガ!」

 

 膝を突いたのはゲッコウの方。

 仮にも手練れの彼が野生のポケモンに後れを取るとは思えない。そのくらいにはゲッコウを評価しているコスモスは、真っ先に一つの可能性に思い至った。

 

(あの身のこなし、技のキレ……考えられる個体は()()()の)

 

 

 

「コウガ、やめろッ……!!」

 

 

 

「キュウさん!」

 

 そのタイミングは、示し合わせたように絶妙であった。木陰から脇腹を押さえたキュウが表れる。傍らには肩を貸すアオギリと、護衛を務めているガマゲロゲやニョロトノが立っていた。

 

「これは一体……」

「コウガの奴、ロケット団がばら撒いた妙ちきりんなガスを吸い込んじまった……! なんとか抑えようとはしたんだが……ぐっ!」

「無理に喋んな! ったく、退いてる途中追いつかれたかと思えば……あの黒ずくめめ! 余計な置き土産残しやがって!」

 

 偶然コウガを追っていたキュウと合流したアオギリが憤慨した様子を見せる。

 アクア団にとって重要なアオギリの安否も確認できたことだが、一方で対峙するゲッコウガの正体が判明し、コスモスは顔を強張らせた。

 

(マズい。まだゲッコウガのトレーニングは完璧じゃないのに)

 

 ウリに宣誓したゲッコウでコウガに勝つという約束。

 しかし、それは本来然るべきトレーニングを積んだ後に達成する予定だ。ましてや、不測の事態に巻き込まれている最中などもっての外!

 

「ゲッコウガ、今の貴方じゃ……!」

「ゲコッ!!」

「!」

 

 笑う膝を地面から離し、ゲッコウが立ち上がる。

 空中ですれ違いざまに喰らわされた『つじぎり』のダメージは小さくない。コウガが一時的にでもシャドウポケモンと化し、フィジカルを強化されている影響もあるだろう。

 

 それでもゲッコウは立つ。

 立って、コスモスの言葉を手で制した。

 

「ゲッコウガ……」

「ゲコォ……!!」

 

 少女の方を流し目で見た彼が訴える。

 

───止めてくれるな。

 

 たとえ勝てる見込みが0に近いとしても。

 それでも、立ち向かうべき瞬間があるとするなら───それは今だ。

 

 くだらないと罵倒されたところで揺るがない意地を背負い、ゲッコウは大地に。いや、戦場に立っている。

 

───正気を失った()()と戦うべき相手は己にしか務まらない。

 

 背中で語るゲッコウに、ほとほと呆れたコスモスは額に手を当てるような仕草を見せる。

 

「……はぁ。まったく───本当に人の言葉に耳を貸すのが下手ですね」

「ゲコッ?」

 

 予想外だと言わんばかりに目を見開くゲッコウ。

 その様子にコスモスは、仕返しが成功した悪童のような笑みを湛えた。

 

「確かに貴方はコウガに勝てません。でもそれは、貴方1人で戦うならの話です」

「……!」

「私と一緒に戦えば……みなまでは言いませんよ」

 

 そう。

 コスモスは当初より、ゲッコウが『自分の指示を聞かず、独断で戦う』ことを想定し、トレーニングの必勝チャートを組んでいた。

 

 しかし、もしも前提が覆るのであれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()───。

 

「でも、大切なことは何度でも言ってあげます」

 

 喧しい雨音の中、力強い少女の声が澄み渡る。

 やけに開けた空間に2人佇むゲッコウとコウガ。睨み合っていた彼らは次の瞬間、強靭な脚で水溜まりを蹴ったかと思えば、すでに目と鼻の先というところまで距離を詰めていた。

 

 猶予はないに等しい。

 けれど、音は秒速340m。

 声は猶予を飛び越えて、ゲッコウの下まで届く。

 

「私と!! 一緒に戦え!!」

「コウガッ!!」

「『つばめがえし』!!」

 

 力強く答えるゲッコウが構えを取る。

 それを見たコウガもまた手刀を作る。

 

(マズイ、あの構えは……!?)

 

 直後、2人の対面を見守っていたキュウが焦燥を面に出す。

 

「待て、ゲッコウ!! その技じゃ……!!」

 

 しかし、ここまで来て技を中断することなどできない。

 踏み込んだゲッコウの脚が振り抜かれようとする。その瞬間を狙うように、コウガの手刀───『つばめがえし』が潜り込もうとする。

 

 『けたぐり』のタイミングに合わせた『つばめがえし』。

 かくとうタイプに変わった瞬間を狙ったひこうタイプ技。その結末は、以前のバトルが答えを出してしまっている。

 

(間に合わねェ!?)

 

───返り討ちにされる。

 

 と、一人の『おや』が諦めかけた瞬間だった。

 

 ズパァン!! と抉り込む鋭い斬撃音が先に奏でられる。

 

「!?」

 

 驚愕の余り、キュウは目を見開いた。

()()()()()()()()()()()

 なんなら、ゲッコウもまだ倒れていない。もらったダメージは少なくないものの、それでも余裕を持って耐えられるだけの体力は残しているようだった。

 

(『へんげんじざい』がまだ発動していねェ!!?)

 

 かくとうタイプに変化しているならあり得ない光景。

 いや、そもそもおかしい点があった。

 コスモスが指示した技は『つばめがえし』。にも関わらず、ゲッコウが取っている構えはそれとはかけ離れたもの。

 

(まさかあの子……()()()()()()!!?)

 

 予報したのは相手の技。

 事前に来る技が分かれば対処はできる。

 故に、ゲッコウは反撃に打って出る。

 

 今日という日に新しく『おや』と認めた少女の期待に応えるべく。

 一歩、彼は前へと踏み出した。

 

 

 

「『カウンター』!!」

「コウガァァァアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

 全身全霊。

 そして、全力を振り絞った『カウンター』がコウガの顔面を捕えた。

 

「ガッ……ァァアアアッ!!?」

 

 『つばめがえし』を繰り出した直後で無防備だったところへの反撃。

 これにはコウガも受け身を取るのもままならず吹き飛ばされる。暴れていた野生のポケモンをも巻き込み、聳え立っていた木の幹に叩きつけられた。

 

「ガ……ガッ……」

 

 ガクンッ、と地べたに倒れたコウガが気絶する。

 戦闘不能。勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

「だから言ったでしょう」

 

 フッと不敵な笑みを浮かべる勝利の女神が思い返す。

 

 それはとあるトレーニングでの一幕───。

 

 

 

『───ゲガッ!!?』

『フーッ!!』

『はい、ヌルの勝ち。何で負けたか今ここで考えてください、ウリさん』

『えっ……ウチ!? そ、そりゃあ……『けたぐり』出した瞬間に『つばめがえし』打たれたから?』

『正解です。弱点のかくとうタイプを繰り出して変化するとわかっている以上、返しにひこう技を繰り出すのは当然でしょう』

『あー……そっかー。前にそれで負けたもんなー』

『そこで、このわざマシンです』

『ん?』

『相手に攻撃を読まれてると分かっているなら、それを逆手にとってやるだけです』

『お、おぉ……なんか強そうなセリフ! それで兄貴に勝つんだな!?』

『それと……このわざマシンも使いましょう。これも、これも、あとこれも……』

『ちょ、ちょ、ちょ!? どんだけ使う気!? そんなに覚えても使いこなせなきゃ意味ないんじゃ……』

『使いこなせますよ』

『え?』

『きっと、使いこなせます。だって───』

 

 

 

───その時は確証もなかった言葉かもしれない。

───けれども、結果が出た今ならば分かる。

 

「ははっ……こいつァ……」

 

 乾いた笑みを浮かべるキュウ。

 しかし、その双眸は無邪気な子供のように爛々と輝いていた。今目の前に広がっている光景を焼きつけんと、瞬きを忘れたまま───。

 

「グロッ、グロッ!」

 

 そこへ空気を読まずドクロッグが飛び込んでくる。

 我を失ったドクロッグは、毒液滴る爪をゲッコウ目掛けて振り下ろそうと腕を掲げた。

 

「ゲッコウガ、『じんつうりき』!」

「ゲコ!」

 

 が、そこはコスモスの視界の中。

 澱みなく言い放たれた指示に、ゲッコウも迷わず不可視の力でドクロッグを迎撃する。

 どくにもかくとうにも抜群なエスパー技。これにはドクロッグも堪らず一撃で沈む。流れるような一連の攻撃には、キュウに肩を貸すアオギリも感嘆の息を漏らすほどだった。

 

 これにて一件落着───とは行かない。

 

「ゲロゲロ……!」

「ヌメェ!」

「ギャオオオ!」

 

「……まだまだ敵が多いですね」

 

 未だにポケモンの波が押し寄せてきている。

 これを如何こうしない内には勝利の余韻にも浸れない。と、こんな窮状に追いやられているというにも関わらず、コスモスとゲッコウはおくびにも出さない。

 

「予定を変更します。今日のトレーニングの遅れ、是非ともここで取り返していきましょう」

 

 準備はいいですか? と問いかける少女に、ゲッコウはニヤリと口角を吊り上げる。

 

「では……」

「ゲコ……」

 

 

 

「GO、ゲッコウガ!」

「コウガッ!」

 

 

 

 コスモスの合図と共に、ゲッコウが飛び出す。

 向かっていく先は我を失ったポケモンが犇めくバトルフィールド。ほんの少しでも気圧されれば、瞬く間に呑み込まれてしまう暴の坩堝だ。

 まさに渦中へと飛び込んだゲッコウは、周囲から咆哮という咆哮を浴びせられ、僅かに顔を顰めた。ビリビリと肌が震え、腹の底も揺れる。

 

 だがしかし、後ろに立つ『おや』の声だけは聞き逃すまいと耳を澄ませていた。

 

「ゲッコウガ、『くさむすび』!」

「ゲコ!」

 

 襲い掛かろうとする野生のガマゲロゲの脚に、いつの間にやら仕掛けられていた草の輪が掛けられる。

 走ってきた勢いを殺せず、派手に転倒するガマゲロゲ。そんな相手を踏み台にして、押し寄せるポケモン達からすり抜けたゲッコウは、別のポケモンの背後を取ってみせる。

 

「『つばめがえし』!」

「コウガッ!」

「キィー!?」

 

 マスキッパが振り返るよりも早く、高速の手刀が背中を切りつけた。

 効果は抜群だ。鋭く的確な攻撃に切り伏せられたマスキッパが倒れれば、息も吐かせぬ間に奥から新手のウツボットがやって来る。

 

「ゲッコウガ、『れいとうビーム』!」

「ゲッコォ!」

 

 オーロットが。

 

「『かげうち』!」

「ゲコッ!」

 

 ルンパッパが。

 

「『ダストシュート』!!」

「コーガッ!!」

 

 カラマネロが

 

「『とんぼがえり』!!」

「ゲロォ!!」

 

 パラセクトが。

 

「『がんせきふうじ』!!!」

「ウガァ!!!」

 

 ドラピオンが。

 

「『あなをほる』!!!」

「ゲッ……コォー!!!」

 

 迫りくるポケモンを千切っては投げ、千切っては投げるゲッコウ。

 獅子奮迅という評が正しい戦いぶりに見惚れていれば、あれだけ居た野生ポケモンの数も目に見えて少なくなってきている。

 無論、奮闘しているのはゲッコウだけではない。ルカリオやゴルバットといったコスモスの手持ちや、レッドのフルメンバーが一騎当千の活躍を見せているからでもある。

 

 心なしか敵勢も衰えてきている。

 これが常に格上とのバトル経験があるポケモンならまだしも、洗脳されているポケモンはもっぱら野生の個体。

 

 本能で実力差を思い知ってしまった最後、生き死にが勝負の結果に現れる彼らにとって、負けるとわかってしまったバトルに臨むことなどできやしなかった。

 

「これで粗方片づけましたか」

「うん……うん?」

 

 一度は頷いたレッドが、今度は怪訝な声を上げた。

 地面が揺れている。

 第二陣が迫っている轟音かとも思ったが、どうにも様子が違う。途端に野生のポケモンが怯え始め、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めるではないか。

 

 凄まじい威圧感が迫ってくるのを感じる。

 

「この地響き……いえ、海鳴りにも近い音は……」

 

 

「水辺から来るぞ、気を付けろォ!!」

 

 

「───ギャラドスか!!」

 

 ドッパァン!! と近くに流れていた川面が盛り上がり、特大の水柱が天を衝いた。

 通常のギャラドスより一回りも二回りも巨大な個体。身体のあちこちに刻まれた傷跡は、まさしく歴戦の証に他ならない。

 

「ヌシのギャラドスですか……」

「いつもと様子が違ェ!! まさかアイツも……!?」

 

 だが、普段であれば秘めたる暴力も感じさせぬ理性的な瞳が、この時は赤く血に染まっていた。

 

「ギャアアアアアアッ!!!」

 

「ッ……平和的に解決するのは難しそうですね」

「やるよ?」

「いえ」

 

 名乗り出ようとするレッドを制し、コスモスは一歩踏み出した。

 

「私が───()()がやります」

 

 ザッ、と。

 次の瞬間、6体のポケモンがコスモスの前に揃い踏みとなった。大小も種族もバラバラな彼らであるが、誰もが立派な少女の手持ちである。

 

「ルカリオ、ゴルバット、ニンフィア、ヌル、ユキハミ、ゲッコウガ」

「モッグ!」

「ゔッ! ……コスモッグも」

 

 非戦闘員の7体目に顎の下から綿あめアッパーを食らったが、コスモスは仰け反らない。

 頑として、彼らへ向ける視線を逸らしはしない。

 

「……大勢の力を組み合わせることで大きな力を生み出す」

 

 それは誰に向けて言った訳ではない独り言。

 だがしかし、コスモスというポケモントレーナーを作る土台となった、ある人間からの教えでもあった。

 

「ここまで揃って、どこまで高みに昇れるか」

 

───試させてもらうとしましょう。

 

 その一言を皮切りにルカリオが動き出す。残りの5体も遅れる形で続く。

 

「ニンフィア、『てだすけ』! ゴルバット、『どくどくのキバ』!」

「フィ~ア♪ フィ~ア♪」

「ゴバッ!」

 

 声援を送るニンフィアから活力を貰い、ゴルバットが毒液滴る牙をギャラドスに突き立てる。これだけでは微々たるダメージかもしれないが、重要なのは相手を毒で侵すことにある。

 

「続けて『ベノムトラップ』!」

「ゴ~……バッ!」

 

「ギャアアッ!?」

 

 去り際に毒液を吐きかけるゴルバット。

 避ける間もなく毒液を浴びてしまったギャラドスは、体内に注入された毒と吐きかけられた毒の化学反応により、加速度的に症状が悪化していく。

 これで攻撃と特攻、素早さを下げ、格段に攻めやすくなったという訳だ。

 

「ユキハミは『こごえるかぜ』! ヌル、0時! 『アクアテール』!」

「ハミュ」

「ヴァウア!!」

 

 さらにユキハミが凍てつく冷たさの風を浴びせる一方、のた打ち回るギャラドスの繰り出した『アクアテール』を、ヌルが華麗に横へ跳んで躱す。

 そして、返す太刀で振るわれる『ブレイククロー』。ギャラドスの堅牢な鱗を前にしても、鋭利な爪が弾かれることはない。むしろ切れ味の主張にいくつもの爪痕を残し、ギャラドスの守りを崩していく。

 

「ルカリオ、『わるだくみ』!」

「バウァ!」

「ゲッコウガ、『ものまね』!」

「ゲコッ!」

 

 ここぞと言わんばかりにコスモスが声を上げれば、ルカリオが不敵な笑みを浮かべる。

 それを隣で並走するゲッコウも真似すれば、最早準備は整ったに等しかった。

 

 一方、迫りくる謀策を予感したギャラドスが反撃に打って出る。

 凶悪な顎が限界まで開かれた。噛みつくだけでも強力な顎だが、それをあろうことか一つの砲塔へと転用する。みるみるうちに口腔にはエネルギーが収束されていき、2体が目の前に辿り着いた頃には臨界点に達していた。

 

「『はかいこうせん』が来る!」

 

 とうとう臨界点を超えた光球が破壊の光芒となり、前方へと解き放れた。

 

「横に跳べェ!」

「バウッ!」

「ゲコッ!」

 

 しかし、ルカリオとゲッコウはコスモスの掛け声に合わせ、技を避けた。

 片や右へ、片や左へ。阿吽の呼吸で射線から飛びのいた2体は、一切スピードを緩めることもせずに突っ込んでいく。

 これにはギャラドスも目を見開き、迎撃に移ろうと身動ぎする。

 だが、強大な攻撃を放った矢先、反動で動けない。今も尚吐き出し続ける『はかいこうせん』を打ち終えるまでは、迂闊に動けば自身の身体ごと吹き飛ばされてしまいかねない体。

 

 すなわち、無防備。

 

「ふっ……ちゃんと学習できてますね」

 

 それを見たコスモスは満足そうに笑った。

 彼女の視線の先には、最早無理やり攻撃を打ち負かそうとする無謀な手持ちは存在しない。確実に攻撃を見極め、堅実に回避し、大胆に反撃に出る。それこそがコスモスの基本戦術の一つ。

 

「散々言い聞かせた甲斐があるというものです」

 

 ちょっと感慨に耽ったが、油断は禁物と気持ちを切り替える。

 

 喜ぶのは、きちんと勝利を掴んでからだ。

 

「今だ! ルカリオ! ゲッコウガ!」

「バウァ!」

「ゲコォ!」

 

 

「『あくのはどう』ッ!!」

 

 

「ガアアアアッ!!」

「コウガアアッ!!」

 

 ギャラドスに飛び掛かる2人が、黒い閃きをそのまま波動の力へと変換させる。

 波打つドス黒い漆黒の波動。見るだけで怖気を覚える技を構えた2人は、これ以上なく口角を吊り上げた邪悪な笑みを湛え───解き放つ。

 

「ギャ、ァアアアアッ!!?」

 

 避ける間などは存在しない。

 破壊の光芒を吐き散らす頭部目掛け、叩きつけられるように漆黒の波動が襲い掛かった。脳を揺らし、果てには射線を真下にずらされた『はかいこうせん』が地面に刺さり、巻き起こった爆発の余波を浴びる。

 

「アァ……アア……」

 

 攻撃が終息した瞬間、ギャラドスの巨体が揺れる。

 支えを失った青い巨塔は直後、地響きを湿原中に鳴り響かせるように倒れた。湿原の絶対王者は白目を剥き、それからは起きる素振りも見せない。

 

「お、おぉ……やりやがった……! あのヌシのギャラドスを……!」

 

 完全勝利。

 目の前に広がる光景に、アオギリはいつぞや自分に立ちはだかった子供のトレーナーを思い出し、感動に打ち震えていた。

 

 だがしかし、それも長くは続かない。

 

「どうやら……感動するのはまだ早ェようだ」

「なんだと?」

「湿原のヌシが倒されて、次のヌシにすげ変わろうとする血気盛んな奴等が残っていやがる」

 

 ザッとコスモスを取り囲む足音があった。

 

「そいつらにとっちゃ、今ほどの好機ァ他にねェ……なにせ、あの子を倒しゃあ次のヌシは手前ェらになるワケだからな……!」

 

 洗脳されても尚、衰えることのない野心の炎を胸に抱く野生ポケモン達。

彼らはヌシのギャラドスを負かしたコスモスを倒そうと躍起になっていた。野生のルールに公平はない。ただ勝った方が強く、縄張りを支配する資格がある。それだけだ。

 

「───心外ですね」

 

 己を取り囲むポケモン達を一瞥し、コスモスは吐き捨てた。

 

「今のバトルを見ても勝てると思われるとは。……望むところですよ。一時のドーピングで気分が高揚してるのかもしれませんが、それなら頭が冷えるまで付き合ってあげます」

 

『……!』

 

 ジロッ……、と睨めつける少女の威圧感に、血気盛んな野生ポケモンの一部が気圧される。

 それでも戦意が衰えない個体が居る辺り、『R』と称された薬品による闘争心の向上は本物なのだろう。

 

 最後の一体まで残らず倒さなければ、この闘争に終わりは訪れない。

 

 覚悟した両者の間で緊張感が走る。

 ピリピリと張り詰めた糸を彷彿とさせる、一触即発な雰囲気だ。どちらかがピクリとでも動けば爆発しかねない危うさが、時間が経つにつれて膨れ上がる。

 

 闘争への熱狂に歯止めは利かない。

 どちらかが倒れるまで───そう思っていた時だった。

 

 

───コォン……。

 

 

「……これは……?」

 

 不意に鳴り響いた澄んだ音色にコスモスが振り返る。

 それは少女だけでなく、他のポケモン達も同じ。

 

 彼らは全員同じ方向を───いや、()()を目にしていた。

 

「あのポケモンは……?」

「スイクンだァ……!?」

「なに?」

 

 あの伝説の? とアオギリが、隣のキュウへ聞き返す。

 神々しい雰囲気は、まるでオーロラのようだった。背中を波打つようにたなびく鬣や、冠の如く聳え立つ水晶、そのどれをとっても美しいという一言に限る。

 

「あれが……スイクン?」

 

 さも当然という顔で流動する川面を歩むポケモン。

彼こそが伝説に名を連ねる存在、スイクンであった。

 

 熱狂に包まれていた場が、途端に冷え行く感覚を覚える。それがスイクンが放つ凍て刺すような冷気か、はたまた彼の静穏な雰囲気にあてられかは定かではない。

 

「クゥ」

 

 コォン、と。

 また、水晶を爪で弾くような澄んだ音色が木霊する。

 

 スイクンが一歩進む度に鳴り響く音色が鼓膜を揺らす度、あれだけ高まっていた闘争心が鎮まっていくような感覚をコスモスは覚えた。

 どうやらそれは野生のポケモンも同じだったようだ。

 

 コォン、と。

 波紋が広がるように、音色が響き渡る。

 

 直後、変化は訪れた。

 

「! 目の色が……」

 

 シャドウポケモン特有の血に染まった瞳から、瞬く間に赤が抜けていく。

 すると、我に返った野生のポケモンは呆けた顔で辺りを見渡した後、いそいそと湿原の奥深くへと姿を消していく。

 一体、また一体と。汚染された精神を浄化されていくポケモン達は列を成し、元通りへの日常へと帰っていった。

 

「これが……スイクンの力?」

「……なるほどな。スイクンにゃ水を浄化する力があると聞いたが、どうやら土地そのものに流れ出していた異物を浄化してくれたみてェだ」

 

 呆然とするアオギリの傍ら、キュウは伝承に違わぬ力を見せつけたスイクンの方を見遣る。

 

「かたじけねェ」

「……クゥ」

「あ……」

 

 一言礼を告げた瞬間、鳴き声を発したスイクンはどこかへ去っていった。

 

 まるで『自分の為すことは終わった』と。

 そう言わんばかりに。

 

「……とんでもねェもんを見ちまったぜ」

「ああ、まったくだ」

 

 伝説のポケモンを間近で見るなど、人生に一度にあるかないかだ。

 それも踏まえても、今日はとんでもないことが起こり続けた。いい加減疲れた顔を一同が浮かべる中、

 

「あ!」

 

 突如、コスモスが柄にもない声を上げた。

 

「し……しまった……」

 

「どうした、嬢ちゃん!?」

「新手か!?」

「それともロケット団に大切なものでも奪られたままなのかい?」

「……コスモス?」

 

「私としたことが……」

 

 わなわなと震え、頭を抱えるコスモスが零す。

 

 

 

「伝説のポケモン……せっかくゲットするチャンスだったのに……!」

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 どんな時でもマイペース。

 ある意味、一番強いポケモントレーナーに必要なものかもしれない。

 

 

 

 そうして一同は、やっとこさ力なく笑うのだった。

 

 

 

 これにてコイノクチ湿原を揺るがす大激戦───閉幕。

 

 

 

 

 




Tips:シャドウポケモン

 アルロの作り出した薬品『R』を摂取し、特定の処置を施されることで作成戦闘用ポケモン。特徴として真っ赤に染まった瞳、滲み出す紫色のオーラ等があるが、最たる特徴は戦闘能力の向上にある。闘争本能を刺激され、凶暴化したシャドウポケモンは同種族・同レベルの個体と比べても能力が各段に強化されている。これは『R』に含まれる材料が作用しているものと推察されるが、未だその材料の正体は不明。
 シャドウポケモンを作る為には専用の施設で処置を施すことが必要だが、薬品の改良で現場で摂取させることでシャドウポケモン化の第一段階である凶暴化までは可能。加えて、特定の脳波の感受性を高めるという副作用から、とあるエスパーポケモンの脳波による一時的な洗脳も可能となった。
 しかし、第一段階においては効果が長続きすることはなく、戦闘不能による長時間の気絶やスイクンの浄化能力にて薬品の長時間摂取を阻害することにより洗脳が解除されることが確認されている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。