愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

ウリ「ちなみにゲッコウにわざマシンどのくらい使ったの……?」

コスモス「? ありったけは覚えさせましたが(30枚ぐらい)」

レッド「ありったけを……!?」(わざマシン使い捨て世代)


№045:メガシンカはポケモンだけの特権じゃねぇぜ!

 

「ゲーコゲコゲコ!w」

「ヴァウァ!」

 

「……」

 

 今日も今日とて喧噪が騒がしい。

 カチョウタウンに在留する間、世話になっているキュウとウリの家に寝泊まりするのも一週間が経つ。

 

「止めないの?」

「もう終わりますので」

「……そう」

 

 庭先でバチバチと火花を散らす───というより、ヌルがゲッコウにおちょくられている光景を横目に、コスモスは淡々と山盛りの白米を口に運んでいた。頭脳労働に糖分は欠かせないのだ。

 小さな身体のどこに詰め込んでいるか疑問になるような量だが、これだけ食べても身長は平均以下だった。現実は残酷である。

 

「ゲコゲコ!w」

「ヴルル……ヴァア!」

「ゲッゲッゲ!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたヌルが攻撃態勢に移る。

 それを見るや、ゲッコウは『カウンター』の構えを取った。今までの経験上、ヌルは『けたぐり』でかくとうタイプに変化するタイミングに合わせ『つばめがえし』を繰り出す。それを逆手に取り、タイプ変化のタイミングをずらし、『カウンター』を決めるという算段であった。

 

「ヴァア!」

「ゲ? ───ウゲェ!?」

「フンッ!」

 

「ほら」

 

 だが、現実はそうはいかなかった。

 

 反撃の構えを取るゲッコウに、ヌルは距離を保ったまま爪を振り抜く。

 予想外の出来事に目を見開くゲッコウ。迫りくる空気の刃(エアスラッシュ)を目にしたが最後、避ける間もなく彼は一太刀で切り伏せられることとなった。

 

「ウ、ウゲゲ……ッ」

「まだまだ変化技を繰り出すタイミングが甘いですね。相手がどんな技を覚えているかも分からない内に反射技を仕掛けるのは悪手です」

 

 しかも、相手は自分側の手札を知っているときた。

 

「せめて物理技を繰り出さざるを得ない状況まで追い詰めてから仕掛けることですね」

「ゲ、ゲコォ……」

 

「あの……バトルについて熱く語るのは構わないんだけどさ、あんまりうちの庭は荒らさないでくれると嬉しいなァ……」

 

 食事の片手間に指導するコスモスに、ウリは苦笑を浮かべながらご飯をよそう。

 こうして指摘できるだけコスモスと打ち解けたとも取れるが、それでも少し余所余所しさを感じるのは今日が特別な日だからだろうか。

 

「今日だな。兄貴とのジム戦」

「当然勝ちますよ」

 

 固い表情を浮かべるウリに、コスモスはあっさりと言い放った。

 

「少々予定が狂いましたが、準備は万全です。ゲッコウガのスペックは完全に把握しましたし、相手が繰り出す技の予習、それに対抗し得る技の習得……私に出来得る全てをゲッコウガに詰め込みました」

「……一度は湿原で勝ったんだよな」

「ええ」

 

 ウリが言及しているのは、コイノクチ湿原での一幕。

 シャドウポケモンと化したコウガとゲッコウの一戦を指していた。単純にそのバトルの結果を見るのであれば、ゲッコウはコウガに高確率で勝てるだろう。

 

「だったらジム戦も安心だな! その時みたいにガツンと一発……」

「楽観はいけません」

「へ?」

「確かにあの時は、向こうのゲッコウガがこちらのゲッコウガの読んでいるのを逆手に取れましたが、今回は強力な手札を一枚明かした状態で戦う訳ですからね」

「うっ……言われてみれば」

 

 一度通用した技が、二度目も通用するとは限らない。

 ましてや相手はジムリーダー。一度嵌められた戦法には徹底して対策を練っているというのがコスモスの見立てであった。

 

「ポケモンバトルに絶対はありません。日々戦術を研究し、バトルはアップデートされています。昨日勝てた戦術が明日勝てるとは限らないです」

「そ、そうだよな……ごめん」

「……ですが、だからこそ付け入る隙も生まれます」

「うん?」

「戦術が増えれば増えるほど、トレーナーも考えることが増えます。今戦っている相手が以前使った戦術を使うとも限りませんし、同じなようで少し違った戦術を使ってくるかもしれない……そう思わせられるだけでも、ポケモンバトルにおいては大きなアドバンテージになります」

 

 お、おぉ……? とウリが要領を得ない声を上げたのを見て、コスモスは自分が小難しい言い回しをしたと反省する。

 

「つまり、情報を知られているからこそ勝てる勝負もある、ということです」

「……ごめん。ほっぺたに一合ぐらい米粒付いてて頭に話入ってこない

「失礼」

 

 話に一区切りつけたところで、コスモスは頬に張り付いた米を一粒残らず口へと運んだ。お米は残さない。それがコスモスの流儀だ。ほっぺたをホシガリスのように膨らませつつしっかり咀嚼し、ゴクンと呑み込む。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。あ、先生さんはどうする? おかわりいる?」

「いや……」

 

 ちゃぶ台を囲む一人・レッドは、合わせていた掌をそっと下ろした。

 

「オレはもういいかな……」

「そっか……それとさ」

「うん?」

「その寝ぐせ……何がどーなってそーなった?」

 

 ウリの瞳に映り込むレッドの寝ぐせ。

 パンクロッカー顔負けの重力に逆らったボンバーヘッドだが、心なしかパリパリと静電気が爆ぜているようにも見え、色んな意味で触れづらい雰囲気を醸し出していた。

 

 とうとう触れられてしまったか。

 そう言わんばかり目を伏せたレッドは、庭先でシャドーボクシングに勤しむ相棒のピカチュウを一瞥。

 やたら気が立っているが、それもそのはず。湿原で対峙した強敵。一度は負かしたとはいえ、相手が全力でなかったと分かるや、それがピカチュウのプライドを大いに傷をつけた。

 

 おかげで昨日は一晩中スパーリングに付き合わされた。

 比喩ではない、実際にレッドが相手に登用されていた。

 何故かって? 体格が最も近いから、ただそれだけだ。

 

 そんなこんなで静電気がバッチバチ。なおかつ疲労困憊のレッドは、いつもより稼働率が三割低下している脳味噌を回転させ、ようやく答えをねじり出す。

 

 

 

「……ちょっと、激しい怒りに目覚めて……」

 

 

 

「大丈夫それ? スーパーなんとか人とかにならない?」

 

 どちらかというと、2になりそうな勢いだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 朝食と腹ごなしを済ませれば準備万端。

 向かうはホウジョウ地方最後のジム、カチョウジムだ。連日挑戦者が絶えないこのジムだが、突破できた挑戦者の数は中々低い。

 ジム攻略が地方の一大イベントであるガラル地方とは違い、攻略順に明確な順序が設けられていないセトー・ホウジョウリーグであるが、それを加味してもカチョウジムの攻略難易度は高い部類に分けられるだろう。

 

 まさにホウジョウ地方最後にして最強の関門。ここを超えなければ、チャンピオンなど夢のまた夢である。

 

 そしてジム戦の概要であるが、これがまたいたってシンプル。

 用意されたジムトレーナー2人を撃破後、ジムリーダーを倒せばOK。晴れてジムバッジを獲得。

 道中凝ったギミックがない以上、純粋なバトルの腕が試される内容ではあるが、裏を返せば運に左右されない実力勝負な訳であり───。

 

───コスモスの得意分野だ。

 

「ハスブレロ、『ねこだまし』ィ!」

「利きませんよ。『きゅうけつ』」

「にゃにィ!?」

 

 バトル開始直後、ゴルバットの目の前で両手を叩いたハスブレロ。

 しかし、『せいしんりょく』で怯まないゴルバットに噛みつかれ、逆にチュウチュウと体力を吸われる目に遭う。

 

「あぁ、ハスブレロぉ!?」

「そのまま『どくどくのキバ』!」

 

「ゴバッ!」

「グワァー!!?」

 

「ハスブレローんッ!!?」

 

 血を吸われるどころか毒を注入され、凄絶な断末魔を上げるハスブレロ。

 弱点タイプの技を立て続けに食らい、流石に耐え切れなくなったハスブレロは目を回して倒れる。

 

「ゴプッ」

「吸血は程々にね」

「勝者、チャレンジャー・コスモス!」

 

 心行くまで吸血を堪能したゴルバットとコスモス側に、審判が旗を掲げた。

 それを見ていた観客席のウリはガッツポーズを掲げる。

 

「いよぉし! これで二連勝!」

「……いよいよ」

「次は兄貴とのバトル……」

 

 ウリはゴクリと唾を呑み込む。

 自分が戦う訳でないにも関わらず、妙な緊張感が体を強張らせる。

 

 今日までの一週間、その全てが次のバトルの為にあったと言っても過言ではない。

 

(もうゲッコウはあの頃のアイツじゃない。今ならきっと兄貴とコウガにだって……!)

 

 毎日付き合っていた。

 体を動かし、頭を働かせ、何度も何度も試してみる。ただそれだけを繰り返していただけであったが、それだけをこなす大変さも、こなして得られた経験も積み重ねも、今ならば実感を得られていた。

 

 これは漠然と『おや』を務めていた頃なら永遠に分からなかっただろう。

 だが、ポケモントレーナーとして真摯にポケモンと向き合ってきた今だからこそ分かる。

 

(頑張れ、ゲッコウ! コスモスさん! 今のアンタ達なら……!)

 

 興奮のあまり口角が吊り上がるのを収められぬ内に、どこからともなく足音が近づいてくる。

 

「いよォ、待たせたな」

 

 ぶっきらぼうな挨拶。

 しかしながら、声に滲み出る興奮を隠せないのは兄妹の性か。

 

 好戦的な笑みを湛えたカチョウジムリーダーがバトルコートに参上した。

 

「今日は都合がついたんですね」

「そりゃあなァ。何もなきゃあジムリーダーとしての責任はきっちり果たす」

「それもそうですね」

 

 ただジムリーダーと人命救助を比べた時、後者の方が優先されるというだけの話だ。

 もしも後者を優先しなくてはならない場合は、独断で戦えるポケモンにジム戦を任せる───それはそれでぶっ飛んだ解決方法であるが、コスモスにとっては大して重要ではない。

 

「きみにゃあ随分と世話になった。ゲッコウのことも湿原の事件も…………が、それとこれとは別の話だ」

「元よりこちらもそのつもりです」

「話が早くて助かるぜ───ジャッジぃ!! 早ェとこ始めようや!!」

 

 キュウが審判に合図を出せば、『押忍!!』と気合の入った返事が響き渡る。

 

「それではただいまより、挑戦者(チャレンジャー)コスモスとジムリーダー・キュウによるジム戦を始めま───」

 

「コウガッ!!」

 

「げ」

「ゲッ……!」

「ゲッ……!?」

 

 突如、一体のポケモンが開始の合図を待たずに飛び出した。

 青い体表、長い舌のマフラー。どこからどう見ても間違えようがない。

 

「ゲッコウ!! アンタ、何勝手に出てきて……」

「───ゲコゥ!」

「えぁ!? コウガまで!?」

 

 しかし、居ても立っても居られないのは彼だけではない。

 キュウの腰から下げたボールからも同じ姿かたちをしたポケモンが参上し、ウリが驚愕の声を上げた。凛とした居住まいながらも、湧き上がる闘志を隠し切れず、武者震いしているのが見て取れるコウガだ。

 

 ゲッコウガが二体、バトルコートで向かい合う。

 これには審判も判断に困っている。

 

「えーと……リーダー?」

「……ハハッ、ハハハハ!」

「いや、笑ってる場合じゃなくてですね」

 

 耐え切れずといった様子で噴き出すキュウ。

 一頻り笑った彼は、いよいよ立ち尽くすしかなくなった審判の方へと振り返った。

 

「いやァ、悪い悪い。やっぱアイツら似たモン同士だと思ってよォ」

「そういう問題じゃありやせんぜ……挑戦者も困ってやすし」

「だなァ。だが、このまま()()()()ってことで始めて問題ねェだろ?」

 

 なぁ? とキュウが話を振れば、ここまで無言を貫いていたコスモスが一拍置いてから口を開いた。

 

「───まあ、たまにはいい経験ですね。私は構いませんが」

「だとよォ。ってな訳でジャッジ、このままおっ始めようぜ」

「それはそれとしてゲッコウガ」

「ゲコ?」

 

「(お ぼ え て ろ)」

 

「ゲッ……!?」

 

 背後から物凄い圧を感じ、ゲッコウは背筋を縮み上がらせる。

 このプレッシャー、ともすれば湿原で相まみえたAPEX-1に並ぶ……かもしれない。

 

 と、ゲッコウの独断行動への対応が固まりつつある中、すぐさま戻さない辺り彼の選出自体に異はないとコスモスは示す。

 

「どうせ選出は決めてました。遅いか早いかの違いです」

「そうかい」

 

 一息吐き、キュウがコスモスへ向き直す。

 

「バッジは3つだったな」

「はい」

「シングルとダブル、どっちがいい」

「シングルで」

「シングルなら使用ポケモンは1~3体まで選べるぜ」

「……1体で行きましょう」

「サシをご所望かァ。いいぜ。持ち物はどうする?」

「有りでお願いします」

「おうよ」

 

 一つ一つ丁寧にルールを確認していく。

 他のジムとは違い、ジム自体にギミックがある訳ではない。

 だが、このバトルルールのカスタム性にこそカチョウジムの特徴が表れていると言えよう。公式戦に存在するルールを元に、可能な限り挑戦者の希望に沿う形に整える。

 人によってはダブルバトルになる場合もあれば、6体使用のフルバトルになる場合もある。

 

 挑戦者が最も戦いやすい環境を作る───それこそがカチョウジム唯一の仕掛け(ルール)

 

 言い訳なんて許さない、正真正銘全力のガチンコ勝負だ。

 

「それじゃあ……準備はいいか?」

「ええ、とっくに」

 

 確認を取るや、キュウが審判に目で訴える。

 その意味を汲み取った審判は、すぐさま両手に握っていた旗を掲げた。

 

 鬨の声は、もうすぐ。

 

「それでは───バトル開始ィ!!」

 

 

 


ポケモントレーナー

コスモス

V 

 S

カチョウジムリーダー

キュウ


 

 

 

 ***

 

 

 

 衝突は、直後に起こった。

 

「ゲコッ……!」

「コォッ……!」

 

 開始の合図と共に駆け出した二体が、コートの中央で腕をぶつけ合っている。

 じりじりと睨み合う二体。どちらも一歩も退かぬという気迫に満ち溢れているが、すぐさま均衡は崩れる。

 

 僅かに、ゲッコウ側が押される───。

 

「下がれ、ゲッコウガ!」

「ゲコッ!」

 

 コスモスの声が響き、ゲッコウが無理せず後方へ跳んで逃げる。

 直後、空を裂く音が鳴り響いた。コート中央に堂々と立つコウガ。彼は作った手刀の解かぬまま、下がったゲッコウをじっと見つめている。

 

「コォ……」

 

(避けなきゃ『つじぎり』の餌食だったな)

 

 一瞬の攻防をキュウが分析する。

 コウガは冷静な性格だ。冷静に相手の動きを見極め、反撃の一手を繰り出す戦法を好んでいる。技の初動こそ相手に遅れてしまうものの、後手に回るが故に適切な対応を取る───それこそが強みだった。

 

(頑張り屋で何でもかんでも鍛えようとするゲッコウとは真逆……コウガは、素早さを犠牲にしてでも堅実な一手で相手を打ち崩そうとする。性格が違うだけで育成方針もガラリと変わる。ポケモン勝負の面白れェとこ……まさに醍醐味だぜ)

 

 誰よりも2体の育成に携わってきたからこその感慨に浸る。

 

(だからこそ気になるぜ。ゲッコウ、お前ェの全力がどんなモンかな)

 

 終ぞ自分の手持ちに居る間は叶わなかった対決。

 よくよく考えればそれもそのはず。トレーナーが指示を出す以上、手持ちのポケモン同士を戦わせたところで片方は指示がない状態で戦うのだ。それでフルスペックを発揮できると言うのは少々無理がある。基本的にバトル中分かりやすい指示を出さぬキュウにしても同じ話だ。

 

(奇妙な話だよなァ。『おや』じゃなくなってようやくお互い全力でやり合えるなんざよォ……)

 

 だが、いざこの対戦カードを前にした時、かつてないほど己の心が熱く燃え滾るのを感じた。

火消しが生業の癖して何を、と師には頭を小突かれそうな衝動だ。けれども、生来の気質というものはどうにも変えられない。

 

「ゲッコウガ、『かげぶんしん』!」

「ゲコッ!」

 

 沸々と闘志が熱を帯びていく感覚を覚える傍ら、コスモス側が攻め方を変えた。

 無数の分身を生み出し、相手を翻弄する技『かげぶんしん』を繰り出すゲッコウ。四方八方へと生み出される分身に、コウガは掌に生み出した『みずしゅりけん』を次々に投げつける。

 

 しかし、これが中々当たらない。

 たとえ当たったところで単発火力の低い『みずしゅりけん』では大したダメージにならず、ゲッコウはどんどん分身の数を増やしていく。

 そうして十分に『かげぶんしん』を展開したところで、ゲッコウは果敢に突っ込んでくる。繰り出してくる技は『とんぼがえり』。攻撃後、すぐさま距離を取って離れるこの技は手持ちと入れ替わる効果抜きにも『かげぶんしん』とのシナジーが高い。

 コウガもただやられるままではないが、にっちもさっちもいかぬ状況に攻めあぐねている様子だった。

 

(なるほどなァ……)

 

───上手い。

 

(お前ェ……強くなったなァ、ゲッコウ)

 

 コウガを翻弄し、あまつさえ圧倒しているゲッコウの勇姿。

それを目の当たりにしたキュウの目頭は、次第にジンジンと熱を帯びていく。

 

(前までのスランプが嘘みてェだ。……きっと、これで()()だったんだなァ)

 

 純粋な喜びの他に覚える一抹の寂しさ。

 この感情はきっと()()に近いのだろうと……キュウは、ゲッコウの挫折から再起する今までを大雑把に振り返った。

 

 

───ある時はホウエンに居る師と電話した時のことを。

 

 

『───ほぉ、それで儂のとこに相談とはのぉ』

『頼む、師匠。頼れるのはアンタだけなんだ。どうにも今のゲッコウにゃあぼくの言葉が届かねェ……昔っからよくあったんだが、今回は一際性質が悪ィ。……なんとかならねェか?』

『ぐわはっはっ!! 兄弟同然のお前らにもそういう時期が来たか!! いい機会だ、これを機にお互い()()離れしてみぃ!!』

『お、()()離れェ……?』

『そうだ!! 時には離れてこそ見えてくる絆もある……そうだのぉ、しばしの間お前の妹にでも世話を頼めば良かろう。ただし!!』

『な、なんでィ?』

『必要以上に口出しはしてやるなよ? たまには自分で考えさせてやるというのも愛情だ。せめて、陰から見守ってやるくらいに止めておけぃ』

『お、応……』

『他人に頼れぬお前のことだ。先に言っておくが、町の住民ぐらいには見守ってもらうよう頼んでおけ。いいな!?』

 

 

───ある時は住民に謝罪した時のことを。

 

 

『───その節は、妹とゲッコウが大変ご迷惑をおかけいたしました』

『い、いやぁ。別にキュウ君にゃあ世話になってるし、このくらいどうってことないんだがな……いいのかい?』

『……なんのことで?』

『ウリちゃんのことだよ。こちとら詮索するつもりぁないが、傍から見てもゲッコウに振り回されてるのを見てるとねぇ……』

『ぼくぁ、アイツらの為にも余計な口出しぁしないつもりです。……厚かましいようですが、ぼくの代わりにアイツらを見守ってもらえたらと……』

『……んまぁ、キミにそこまで言われちゃあな。わかった! ウリちゃんとゲッコウは町のみんなで見守ってやる!』

『……ありがとうございます───!』

 

 

───ある時はレッドの下へ訪ねた時のことを。

 

 

『先生さん先生さん。ちょいといいかい』

『! ……ウリのお兄さん? どうしてここに……そしてどうしてそんな物陰に隠れて……?』

『やむにやまれぬ事情って奴でな。……こいつをウリとコスモスちゃんに差し入れしてくれねェか?』

『いいけど……ここまで来たら直接渡せば───』

『それじゃダメなんでぃ! ぼくが渡したら手ェ出さねェって努力が水の泡に……!』

『……なんだかよく分からないけど、そこまで言うなら……』

『頼むぜ、先生さん!! それじゃあな!!』

『……これで5回目なんだけどなぁ……』

 

 

 

 斯くして、愚直に師の言いつけを守ってきた成果が目の前に現れている。

 『おや』として、こんなに嬉しいことがあるだろうか?

 同時に、自分という『おや』を離れてから真価を発揮する兄弟同然の相棒に、寂しさを覚えるのも否定できない。

 

(絆やら根性で突っ走ってきたぼくじゃあ、終ぞお前ェの力の底まで引き出せなかったかもしれねェが……)

 

 眼前のゲッコウはどうだろう?

 ピーキーで扱いの難しい特性を生かし、相手に圧力を掛ける。それは相手の繰り出す技を正確に予測・予見できるトレーナーの眼があってこそだ。

 これぞまさしく変幻自在。これから経験を積み重ねれば積み重ねる程、彼の強みは磨かれてゆき、何者に対しても臨機応変に立ち回る千変万化のゲッコウガが誕生するだろう。

 

 ゆくゆくはタイプエキスパートという括りに収まらない逸材へと───。

 

(……ぼくぁ、)

 

 元『おや』として何が出来るか。

 一瞬思考を巡らせた時、不意にこちらを見つめる視線があることに気づいた。

 

(コウガ?)

 

 展開される分身の渦中に居ながらも、未だ致命傷は避けているコウガ。

 一瞬でも目を離せない状況だというのに、力強い瞳で何かを訴えている。

 

───もう、いいんじゃないか?

 

 しかし、彼らには通じる。

 

「……そう、だよなァ」

 

 頭をボリボリ掻き毟るキュウが、ふぅー、と息を吐いた。

 

「アイツの強さはお前ェもよく知ってるモンなァ」

 

 ぶつぶつと独り言ちるキュウに、向かい側のコスモスが怪訝そうに眉を顰めている。

 バトル中に指示を出さない───その情報を耳にしていたからこそ、今の様子が不思議だったのだろう。

 

 と、推測を立てたところで。

 

「全力で来ないんですか?」

「……なんだって?」

 

 思わぬ質問だった。

 

「全力も何も、ぼくぁ端っから本気だぜ」

「本気なのは分かります。ですが、本気と全力は違います」

「だなァ。けど、こいつァジム戦だ。バッジの数と挑戦者の力量に合わせて試験するのが筋ってモンだ」

「『準備ができていなかったから負けた』。『場所が悪かったから負けた』」

「……?」

「そんなもの本当の勝負の世界じゃ通用しない言い訳です」

 

 だから事前に準備する。情報を仕入れる。

 勝負は戦う前から始まっているのだ。

 

 いつぞや、目の前のポケモンへ告げた言葉だ。

 

「バッジの数に合わせる? 道理です。挑戦者の力量に合わせる? これも適当でしょう。でも、それならどうして手加減するんです?」

 

 心底不満そうな声色を少女はぶつける。

 そんな彼女の背中を見つめる赤い瞳。後方から生徒を見守る“先生”は、少女の言葉に静かに頷いていた。

 

「『おや』なら理解しているはずです。このゲッコウガの強さを」

 

 分かっている。

 

「それを踏まえた上で、ジム戦であるとは言え手加減する……この意味がお分かりで?」

 

 分かっている。

 

「だとしたら無意味です」

 

 分かって───。

 

「……? 何してる」

「仕切り直しですよ」

 

 突然の出来事に瞠目するキュウ。

 彼が垣間見た光景、それは展開していた分身を消し去り、体一つでバトルコートに降り立つゲッコウの姿だ。

 あれだけ優位を保っていたにも関わらず、それを自らドブに捨てるような所業。

 

「貴方1人で納得してもらっても困るんです」

 

 少なくとも1人と1体。

 

「ここには全力で来てもらわないと納得できないトレーナーとポケモンが居ます」

「……」

「それとも信じられませんか?」

 

───貴方が育てたゲッコウガの強さが。

 

「……」

 

 その一言は、まさしく。

 

「……く、」

「……兄貴」

「くくっ、くくく、ははははは!!」

 

───殺し文句だった。

 

 室内を揺らす哄笑に、観客席に座っていたウリや審判が目を丸くする。

 一方で、バトルコートに佇む2体のゲッコウガは笑っていた。鋭い眼光はそのままに、口角だけ吊り上げるような不敵な笑みだ。

 

「ハッハッハ……!! まいった、それを言われちゃあな」

「やる気になりましたか?」

「ああ、ホントによォ。……きみァとんだ好き物だぜ」

 

 依然クツクツと喉を鳴らしながら、キュウはゆっくりと息を整える。

 

「わざわざ全力のジムリーダーに挑みたいだなんてよォ。あれかい? 手前から困難にぶつかっていきたい性質か?」

「いいえ。こうでもしないと()()()が納得してくれませんので」

「……そォかい」

「それにゆくゆくはリーグで戦う相手。経験しておいて損はありません」

「……なるほどなァ。きみの魂胆は見えた」

 

 いずれは超えなければならぬ壁。

 その一つとして聳え立つ『全力のジムリーダー』。仮にリーグ本戦でぶつかり、一度は勝ったからと少しでも気を抜いて戦えば、ジム戦とのギャップを前に為す術もなくやられると言う話も珍しくはない。

 

 だからこそ、今。

 ジムリーダーが手塩に掛けて育てたポケモンを用い、全力のジムリーダーとバトルする。替え難い経験を得る為に。

 

「とどのつまり、持ちつ持たれつってヤツかぃ」

「……お受けしてもらっても?」

「いーや」

 

 頭を振るキュウは、カッと眼光を鋭くする。

 

「ぼくが、きみの胸を借りるとしよォか」

 

 空気が、変わる。

 沸々と鍋の底で揺らめいていた泡が、一気に沸騰して上ってくるように。

 

───ここからが本番だ。

 

 バトルコートに立つコスモスは、空気が変わったのを肌で感じ取っていた。

 投げ入れた火種は───焚き付けた闘志は、どうやら無駄にはならないようだ。

 

 ジム戦の枠を超えた激闘が始まる予感に、コスモスは一旦呼吸を整える。それから視線を遣ったのは、呑気に腕を組んで仁王立ちしているゲッコウの方だ。

 

「(これでいいんでしょう、まったく)」

 

 困ったものだと言わんばかりに少女の眉尻は下がる。

 それから、いい加減視線を戻す。

 

 視界が、揺らいでいる。

 まるで熱気が吹き零れる寸前であるように。

 

「さて……来ますよ」

 

 

 

 ジムリーダーの キュウが

 勝負を 仕掛けてきた!

 

 

 

 そして、景色が真っ二つに裂ける。

 コスモスの視界を左右に切り分けたのは、一本の水柱。逆巻きながら天井を衝く激流は、コウガを中心に巻き起こっていた。

 

「……これが、」

「『きずなへんげ』」

 

 腕を組み、堂々と仁王立ちするキュウが言い放った。

 

「今のぼくとコウガは一心同体。原理ァ、カロス地方のメガシンカやらフェルム地方の共鳴バーストとやらに似てるみてェだが……こいつに“石”は使わねェ」

 

 ドンッ! と。

 キュウは己の胸を拳で叩き示す。

 

「要るのァ“意思”、これだけよ」

 

 刹那、あれだけ高く巻き上っていた水柱が弾け飛んだ。

 高まる熱気を冷ますように、水飛沫はバトルコートに降り注ぐ。

 

 だが、直後に吹き抜けたのは冷涼な風などではない。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、これはそんな比ではない。

 背筋が凍る絶対零度。巨大な水手裏剣を背負い、紅い戦化粧を施したゲッコウガが垂れ流す濃密な強者のオーラが、そう錯覚させる。

 

「───なるほど」

 

 コスモスは流れるように視線を観客席の方へと向けた。

 直後、滝の汗を垂れ流しながらアワアワと泡を食っているウリと目が合う。

 

 

 

「(これは聞いてませんが?)」

「(ごめんなさいーーーーーッ!!!)」

 

 

 

 二人の間だけ通じる会話がそこにはあった。

 しかし次の瞬間、空気が乱れた。

 

「屈め!」

 

 咄嗟に叫ぶコスモス。

 間髪入れずゲッコウが屈んだのは、ほぼ反射であった。

 

「よく避けたッ!」

「『かげぶんしん』!」

 

 称賛の言葉を受け取る暇もなく、コスモスは指示を飛ばす。

 ゲッコウの動きは速かった。コウガが二撃目を繰り出すよりも前に次々と分身を作り出し、凄絶な攻撃を回避する準備を整える。

 

(思っていた全力と違うんですが)

 

───もっと、こう……心意気的なものだと思っていた。

 

 とどのつまり、想定外。

 過去のバトルレコードにも、ウリからの情報にもなかった情報の姿である。すなわちまったく情報がないまま、あの姿のコウガと戦わなければならないらしい。

 

 スッ……とハイライトが消えた瞳で、コスモスはゲッコウの方を見遣る。

 

「(お ぼ え て ろ)」

「ゲコッ!?」

「おいおい、よそ見なんかしてる場合かァ?」

 

 無言だった時とは打って変わって楽しそうになった声色のキュウが口を開く。

 

「悪ィな、ぼくァやることが極端でよォ。ジム戦だって気づいたらすーぐ全力出しちまう。だからよォ、今まで指示なしでやらせてもらってたワケさ!」

 

 本当にやると決めたら全力な兄妹だ。

 いや、この場合はやらないと決めても全力と言うべきか。

 

「つまり、指示のあるとなしとじゃ天と地の差があると?」

「たりめェよ!! 今のぼくぁコウガと一心同体」

 

 滑らかにコウガが背中の水手裏剣を手に取った。

 無数の分身を前には、ただの一発でも当てるのは困難な技。

 だがしかし、コウガはあちこちに視線を泳がせる訳でもなく、あろうことか静かに瞼を閉じた。

 

 まさか、精神統一で当てるとでも言うのだろうか?

 

(───いや、違う!)

 

 自分で自分の考えを否定するまでに一瞬も掛からなかった。

 

「右に跳べ!!」

「そォら……行くぜィ!!!」

 

 ビュン!! と風を切り飛来する円盤。

 それが高速回転する『みずしゅりけん』だと分かったのは、コスモスの声に合わせて技を避けたゲッコウの後ろで、激しい水飛沫が散ってからだった。

 

「まだだ! 上に跳ねろ!」

 

 しかし、息を吐く間もなく二撃目がやって来る。

 指示がなければ食らっていた攻撃を跳んで回避するゲッコウだが、すでにコウガは三発目をその手に構えていた。

 

「ゲッ───!?」

()()! 天井に捕まれ!」

「!」

 

 被弾を覚悟していたところへ飛び込む打開策に、すぐさまゲッコウは対応する。

 言われるがままに舌を伸ばして天井の梁に捕まれば、あとは曲芸の如く身を捩り、迫りくる巨大な『みずしゅりけん』を紙一重で躱す。

 

「やるッ!! 機転が利いてるなァ!!」

「そういうのが得意って元々知ってただけですよっ」

「そォかい!! それならうちのコウガを倒す算段も用意してんのかい!?」

 

 質問されるが、コスモスは口を噤む。

 当然だ、相手を倒す算段をわざわざ答えるはずがない───だが、

 

「ぼくが察するに『カウンター』が狙いか?」

「ッ……」

 

 回避してくる相手にはどうしても『つばめがえし』のような命中率の高い技を繰り出したくなるものだ。

 けれども、そこに『カウンター』の罠がある。

 食らったダメージの倍は返すこの攻撃、元より打たれ弱いゲッコウガには致命的なダメージを与える。しかも同じ種族と来れば、食らうダメージ量も大方予想はつくだろう。

 

「となりゃあ一発でもってきてェところだが……きみァ持ち物有りを選んだな」

「それが何か?」

「きあいのタスキ。……こいつを持たせてんじゃねェか?」

「ッ!」

 

 ここに来て、コスモスがあからさまに険しい表情を浮かべる。

 『カウンター』を発動させない方法は主に二つある。その内の一つが、そもそも技を出せぬよう一撃で瀕死にすることだ。

 しかし、世の中には便利な道具が存在する。

 きあいのタスキ───これは体力が全快の時に限り、どんな攻撃でも耐えてくれるという優れモノだ。

 

 仮にゲッコウがきあいのタスキを持っていたとしよう。

 『かげぶんしん』を展開するゲッコウに、コウガは全力で『つばめがえし』を繰り出す訳だが、きあいのタスキを持っているゲッコウにはたとえ急所に命中しても倒せない。それどころか渾身の『カウンター』が飛んでくる。きあいのタスキを持っている以上、一撃で倒せないのだから確実にそうなる。

 

「だからまずはこいつ(みずしゅりけん)をブチ当てる」

 

 再び水を手裏剣上に凝縮するコウガ。

 きあいのタスキは繊細な道具だ。少しでも攻撃を受けて損傷しようものなら、持ちうる効果を発揮しなくなってしまう。

 

 そこに脅威を覚え、ゲッコウは再び『かげぶんしん』を展開するが、これまたコウガは瞼を閉じる。

 

 先も見たこの精神統一だが、これは見掛け倒しなどではない。

 

「そうか、『こころのめ』!!」

「明答ォ!!」

 

 敵の動きを心で感じ、次に繰り出す技を命中させる変化技『こころのめ』。

 普通のゲッコウガが自然に覚える技ではないものの、ニョロボンやニョロトノといったポケモンと生活しているのなら話は別。覚えていてもなんら不思議ではない技の一つだ。

 

 これではカウンター戦法の根幹である『かげぶんしん』が機能しない。何故なら『こころのめ』で本体を探り当てられているのだから。

 

「ッ───ゲッコウガ、下!!」

 

 そうなってくると、ゲッコウは自力で攻撃を回避しなくてはならない。

 指示を受けて飛び降りるゲッコウの真上を『みずしゅりけん』が通過する。

 

 続けて、落下を考慮した狙いをつけたコウガが二撃目を繰り出す。

 しかし、ゲッコウは体を大の字に広げて空気抵抗を増やすことで落下速度を緩め、速過ぎる手裏剣から逃れることに成功した。

 

「いい動きだ、ゲッコウ!! 前より避けるのが上手くなってるじゃねェか!!」

 

 皮肉でもなく純粋に称賛の言葉を送るキュウであるが、次弾は装填済みだ。

 

「こいつァ避けれるか!!?」

「ゲッコウガ!!」

「三発目、行くぜぇぇえええ!!」

 

 空気を切り裂き、音を置き去りにする。

 着地した瞬間を正確無比に狙った一発は、何者にも遮られることもなくゲッコウへ迫った。

 

 そして、

 

「ウ───ゲェ!?」

「ゲッコウガ!!」

 

 着弾。

 激しい水飛沫を撒き散らしながら地面を転がるゲッコウ。それでも次撃に備えて立て直せたのは日頃のトレーニングの賜物だろう。

 けれども、これで状況は芳しいものと言えなくなってしまった。

 

「アワワ……!! 兄貴の言う通りなら、今のできあいのタスキが潰れちゃったんじゃないの!?」

 

 これじゃカウンター戦法が使えないィー! と、ウリは悲鳴を上げる。

 

「……」

 

 その傍ら、レッドは依然として沈黙を貫き通していた。

 顎に手を当て、何かを思案するような佇まい。ジッとゲッコウを見つめる瞳は何かを探っているようにも見受けられるが、それを尋ねる者はこの場には居ない。

 

「……そうか……」

 

 

 

「さァて、どうする?」

「……」

「これで迂闊に『カウンター』も撃てねェだろうよ」

 

 弾んだ声色でキュウが言い放つ。

 それは人によれば勝ち誇ったようにも聞こえるが、事実、戦況はジムリーダー側へと傾き始めていた。

 

「どォする? このまま尻尾巻いて逃げるかい?」

「……まさか」

 

 しかし、コスモスは退かない。

 カッと見開いた瞳は、一秒たりともバトルコートから外れることはない。瞬きを忘れる程の凝視が相手に突き刺さっている。

 

 蛇に睨まれた蛙? いや、逆だ。

 蛇を睨み殺そうとする蛙が、そこには居た。

 

「……よく言った。それでこそだ、挑戦者(チャレンジャー)!!」

 

 喜色を隠さぬ声でキュウが叫ぶ。

 

「どんな苦境に立たされようがポケモンと共に乗り越える!! その意思こそがポケモンバトルにゃあ肝要だ!!」

 

 大きく腕を振りかぶるキュウに連動し、コウガもまた振り被った。

 

「さァ!! 存分に見せてくれや、きみとゲッコウの絆ってヤツをよォ!!」

「絆、ですか」

「そォだろ!? 未来のチャンピオン!!」

「左に跳べ、ゲッコウガ!!」

 

 三度、手裏剣の軌道がバトルコートに閃いた。

 その度コスモスの怒号の如き声が響き渡る、突き動かされるようにゲッコウが飛び跳ねる。

 

「上!!」

「ゲコォ!!」

「屈め!!」

「ゲコッ!!」

「そこから下がれ!!」

「ゲッ……コォ!!」

(次は───避けれない!!)

「ゲガァ!?」

 

 避けて、避けて、避けて。

 何度もギリギリの回避を繰り返していたが、無理な回避を続ける程に第二撃への対応が疎かになり、結果的に被弾まで漕ぎつかれてしまう。

 最早緒戦のゲッコウ優勢の戦況ではなくなっていた。

 コウガが追い詰める側で、ゲッコウが追い詰められる側。

 この窮状で如何ともし難きは、後者が既に全力を絞り出しているという点にあろう。ジャイアントキリングを狙おうにも、頼みの綱である『カウンター』は相手側にバレてしまっている。

 

「どうしよう、このままじゃゲッコウが……!!」

 

 狼狽するウリを余所に、ゲッコウは避ける。

 

「ゲッコウが……!!」

 

 避ける。

 

「ゲッコウ、が……」

 

 避ける。

 

「ゲッコウが……!?」

 

 避ける。避ける。避ける。

 

「下ッ!!!」

「ゲコッ!!!」

「上ッ!!!」

「ゲコォ!!!」

「右!!! 左!!!」

「ゲコォーッ!!!」

 

 避けて避けて避けて避けて───避けまくる。

 

 そこには当初の余裕なく逃げ回る姿はなく、トレーナーの声に合わせて完璧なタイミングで攻撃を見切るゲッコウの姿があった。

 息が合い始めてからは被弾ゼロ。時々危ない場面は見受けられるものの、それも十分二撃目までに立て直せる範疇である。

 

「見切ったって言うの? この短時間で……一体どうやって……!?」

「……いいや」

「! ……先生さん?」

「姿が変わっても()は変わらない」

 

 とうとうレッドが沈黙を破った。

 

「技を出す時の癖……構えとか、目線とか。そういうところまでは意識しないと変わらない……」

「でも、今日戦ったばかりでそんなの見切るなんて達人ぐらいじゃなきゃ……」

「だから事前に調べてる」

 

 言い放った言葉に呆けるウリを余所に、レッドはつい最近の記憶を思い返す。

 

『ねえ、コスモス』

『なんでしょう、先生』

『昨日深夜に目が覚めてトイレに行ったんだけど、襖から光が漏れてて……その時まだ起きてた?』

『基本0時まで起きてますよ』

『……眠くならない?』

『0時になった瞬間泥のように眠れます』

『一般的にはそれを気絶と呼ぶと思う』

『ですが、その日のバトルのレポートとかをまとめなきゃですし……それに、』

『それに?』

 

 

 

『───私より強い人に勝つ為には、その人達以上に努力しなきゃ追いつけませんから』

 

 

 

 そう言った彼女のスマホロトムの画面では、リスト化されたバトルレコードの内の一つが再生されていた。

 リスト名は『キュウ ゲッコウガ』。

 短くも、明確な目的がありありと窺える名称だった。

 

(それにスナオカジムでもエースバーンの技を見抜いてたし)

 

 別に彼女の技を見抜く目は今に始まったことではない。

 それにしたって今日は切れていると言えよう。何せ一段と素早さが増したコウガの、それも特段攻撃の出が早い『みずしゅりけん』を見切っている。

いかに癖を把握しているとはいえ、伝達から行動に移るまでの時間を考慮すれば、相応の動体視力を養わなければ不可能だ。

 

(そこまで鍛えてるなんて……)

 

 

 

『───カメックス、『こうそくスピン』』

『なっ、速い……!! この出力はまさか『ハイドロカノン』!? 反動を恐れないとなるとここまで早くなるなんて!! 目で……目で追えない!?』

『なんだか最近気に入っちゃったみたいで……』

『くっ、先生もう一度お願いします。あれを目で追えるようになるまでは今日は眠れません……!!』

『うん、いいよ』

『おおお、右へ左へ……追いつけ、私の目───!! あ、これ明日目が筋肉痛になりそう』

『……目って筋肉痛になるの?』

 

 

 

(……きっと、凄く頑張ったんだろうなぁ……)

 

 トレーナーの目が進化したという形ではあるが、まあ事実だろう。

 

 ともあれ、特撮の大怪獣よろしくジェット噴射の高速移動で鍛えられたお陰か、コスモスの目はコウガの動きにも付いていけていた。

 ギョロギョロと右へ左へバタフライする眼球がホラーではあるが、それを除けば速さへの順応は完璧だ。

 

「っ……やるなァ!! ぼくとコウガの速さに追いつけるなんざ!!」

「それほどでもッ……!!」

「けど、そろそろ限界が近ェと見た。その集中力だっていつまでも続かねェだろ!!」

 

 汗水を垂らすキュウが吼える。

 『こころのめ』を終えるや彼が構えたのと連動し、コウガも巨大な水の手裏剣を振りかぶった。

 

「きみも大した根性見せてくれた……が、これで終いと行こォか!!」

「ッ……ゲッコウガ!!」

「遅ェ!!」

 

 『みずしゅりけん』と。

 叫び終えるよりも早く、流水の如き一閃がバトルコートを薙いだ。

 

 パァンと水が弾ける音が遅れて響く。

 

「ゲ、コォ……!?」

「ゲッコウガ、『かげぶんしん』!!」

「ォ、……ォォォオオオオオ!!」

 

 『みずしゅりけん』を食らいながらも、自分に活を入れるように吼えるゲッコウが無数の分身を展開する。

 一手遅れての巻き返しを図ろうとする策に見えるが、それを見たキュウとコウガはほくそ笑む。

 

「そうだよなァ。迂闊に近づけねェ以上、そうやって回避を続けるしかねェもんなァ……だがなァ!!」

 

 突如、それまで保たれていた距離の壁を飛び越えるようにコウガが踏み込む。

 瞬く間に分身の群れに肉迫したコウガ。本来なら無数のゲッコウの姿に翻弄されるところであるが、コウガの動きはそれ以上に機敏だった。

 

「もうゲッコウに『カウンター』でこっちを仕留めるだけの体力は残されちゃいねェ!! ならこっからはよォ、得意の肉弾戦で仕留めさせてもらう!!」

「ッ……!!」

「ひとォつ!! ふたァつ!!」

 

 振り抜かれる手刀───『つばめがえし』が次々に分身を撃ち抜いていく。

 そして、

 

「みィっつ!!」

 

───ズパァン!!

 

「ゲ、ガ……ッ!?」

「……手応えあり」

 

 コウガの、そして自身も振り抜いた拳に伝わる感触に、キュウは確信を得る。

 

 『命中』だ。

 間違いない、確かに当たった。

 

「ガ、ハァ……」

「ゲッコウガ!!」

 

 ゆっくりと拳が引き抜かれれば、支えを失ったゲッコウの体が前へと崩れ落ちる。コスモスの叫びが響いたのは程なくしての出来事であった。

 

 片や、キュウは拳に残った感触を改めて感じ取っていた。

 確かな『命中』、そして『勝利』。

 

「これァ……」

 

 

 

───それらがふっと霧散する感触を。

 

 

 

「これァ───『みがわり』!?!?!?」

 

 

 

 倒れるゲッコウの体が途端に透ける。

 それと同時に向かい側のコスモスの姿ははっきりと見えるようになった。

 

 すると少女は何を思ったのか、

 

 

 

「んべっ」

 

 

 

「ッ!!? こいつァ……!!!」

「ンゲッ!?」

「コウガ!?」

 

───してやられた。

 

 舌を出す少女は、それまでの狼狽する様が嘘だったかのような真顔だった。

 それが演技であり───そして指示であると気づいた時にはコウガの胴体を簀巻きのようにするピンク色の物体が巻き付けられていた。ゲッコウの舌だ。姿勢を低く、低く……それこそ地べたに這うような姿勢で待ち受けていたゲッコウは、虚を衝かれて慌てふためくコウガを睨み上げていた。

 

 武器でもあり移動手段でもある舌。それをわざわざ相手に巻き付けるという行為は、ゲッコウガにとって自殺手段に等しい。

 それでも実行した───その意味を成すことは、ただひとつ。

 

「まさか……ずっとこの瞬間を狙ってたってのかッ!?!?!?」

「当初より予定が随分狂いましたが」

 

 否定はせず、コスモスは指を鳴らす。

 

「……こういうのはタイミングが重要ですからね」

 

 ギュォン!! と捩れる光があった。

 ゲッコウの口腔で強烈な光が瞬いている。『ハイドロポンプ』や『れいとうビーム』ではない、もっと強烈で荒々しい光だ。

 

───コトンッ。

 

 その時不意に聞こえた何かが転がる音に、キュウの視線が地面の方へ向かう。

 ゲッコウの足下だった。そこにはタスキとは別物の、まるで植物の膨らんだ根っこのような物体があった。

 見間違いでなければあれは、

 

()()()()()だァ⁉)

 

 みずタイプの技を受けた時、特攻が上昇する道具だ。

 使いどころが限られる、という評価が適当であろう道具は勿論コウガの持ち物でない。

 

(となりゃあ、あれはゲッコウの……)

 

 持ち物がきあいのタスキでなかったとすると、今までの推測が覆される。

 

「……いや、違ェのか」

 

 『カウンター』を一度見せてしまったことを利用し、『かげぶんしん』を展開することで必中技を誘い『カウンター』を仕掛けようと考えていると圧力を掛けていることも。

 きあいのタスキを持っていると警戒させ、連続技であり単発なら威力の低い『みずしゅりけん』を引き出したことも。

 切羽詰まった演技で後がないと騙し、『こころのめ』を使い切った自身に『つばめがえし』を繰り出すよう仕向けたことも。

 

「全部計画通り、ってか……!!?」

 

 驚愕と戦慄に塗れるキュウの顔面を、暴力的なまでの光が照らし上げる。

 ゲッコウの口腔で瞬いていた光が、とうとう臨界点を迎えた瞬間だった。

 

 破壊の光芒が、動けぬコウガに殺到する。

 

 

 

「───『はかいこうせん』」

「ゲコォォォォオオオ!!!」

 

 

 

 咆哮と共に放たれた光芒は、悲鳴さえも焼き尽くした。

 技巧もへったくれもない暴力の波を叩きつけられること数秒、舌から解かれたコウガの体は宙を舞った。

 

「がっ……!!?」

 

 膝を突いたのはキュウだった。

 キズナ現象でコウガとシンクロする彼には、膨大なダメージがフィードバックされていた。

 

「こいつァ……耐えられねェか……」

「ゲ……」

「なァ……コウガ」

「コ───ッ」

 

 ドシャリと力なく地面に落下したコウガ。

 直後、その勇ましい変身は解かれることとなった。

 審判が顔を覗き込んでも、仰向けになったコウガはピクリとも動かない。

 間もなく審判が宣言するよりも前に、コウガの体を赤い光が包み込んだ。キュウが向けるボールから放たれたリターンレーザーだった。

 

「……一つ、訊いてもいいかィ?」

「なんでしょう?」

「ぼくがタスキを警戒して『みずしゅりけん』を選ぶのァ読めたとして……そっから先ァどうするつもりだったんでィ?」

 

 あくまで心理的圧力が通用するとするならそこまで。

 それ以降は戦略と言うにはあまりにもフィジカル頼みの立ち回りだった。トレーナーの声に合わせて攻撃を避け続けるなど、ロジカルな戦略を好むトレーナーからしてみれば卒倒もののガバガバ戦略なはず。

 

「あぁ、それは……」

 

 そこで、この合理主義を主張している少女はと言えば、

 

「予習して、学習して、練習して、実習して、演習して、教習して、復習して……やれるだけのことをやった先は───」

「やった先は?」

「根性です」

「……は、」

 

 答えを聞いた瞬間、キュウはへにゃりと頬を緩めた。

 

「はは、なんだァそりゃあ……」

「先生のお言葉を借りただけですが、なにか問題でも?」

「いーやッ」

 

 顔どころか全身脱力したキュウは地面に大の字に寝転ぶ。

 

「ねェよ……文句なんて一つも……」

 

 結局のところ、此度のジム戦の勝敗を分けた要因は一つ。

 

「ったく……大した根性だぜェ!!! なァ、ゲッコウ!!?」

「……ゲコ!」

 

 笑顔で負けを認める敗者(キュウ)に、勝者(ゲッコウ)もまた満面の笑みで以て笑い返す。

 

 欠片ほどの曇りもない、実に晴れやかな笑顔で。

 

「ははっ!」

「ゲコゲコ!」

 

 

 

 兄弟喧嘩───これにて決着。

 

 

 

 




Tips:(コスモスの)ゲッコウガ(NN:ゲッコウ)♂ 特性:へんげんじざい
 おやはキュウ→ウリ→コスモス。キュウ兄妹からは『ゲッコウ』と呼ばれているが、コスモスからは頑なに『ゲッコウガ』と呼ばれている。
 頑張り屋を越えた超頑張り屋な性格であり、他人に喧嘩を売ってでも自分を高めようとするストイックさを持ち合わせている。ただし、挑発が全力過ぎるあまり相手から怒りを買うことが多々ある。特に強い相手にはリベンジ目的に何度も挑発を繰り返し、その度に返り討ちに遭っている。
 元々のおやであったキュウ同様やることなす事0か100か全力投球な性格が祟り、ジム戦という縛られたバトル方式の中で手加減し過ぎてしまい連敗。結果、スランプに陥ってしまうこととなる。
 以降、キュウが師の助言を受けてウリに譲渡されるも、手綱を握り切れない彼女の下でバトル三昧の日々を送ることとなった。

 コスモスの手持ちとなってからはレッドとのトレーニングの他、技を見直され、ありったけのわざマシンや手持ちからの教え技を駆使して様々な技を覚えるようになった。
 それまでは攻撃技一辺倒だったレパートリーに変化技が加わることで戦い方の幅が広がり、絡め手という強い手札を得る。
 相手を徹底的に分析しメタを張るコスモスのバトルスタイルと『へんげんじざい』は相性が良い為、今後は手持ちの主戦力として期待される一体である。
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