愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

レッド「フルネームそんな名前だったんだね」

コスモス・S(スペース)・ユニバース「小宇宙(コスモ)を感じる名前ってよく言われます」


5:親しき仲にも小判輝く悪の星
№047:ファッションは人を表す


 

───その別れは突然訪れた。

 

「先生……私はもう……ダメです」

「コスモス、もうちょっとだから……!」

 

 崩れ落ちる弟子。

 それに駆け寄る師の顔は、この上ないほど切迫したものであった。

 

 ああ、どうして現実はこうも非情であるのだろう。

 理不尽な別れを前に震える少女は、自分の足下に視線を落とす。

 どうか夢であってほしいと。一縷の望みを託して瞼を開いた。

 

 しかし、やはり現実は変わらなかった。

 

「……ご臨終です」

 

 少女は、改めて自分の靴を目の当たりにするや、そう呟いた。

 ソールとアッパーの境目がぱっくりと裂け、エサを求めて口を開くコイキングのような有様だった。

 恐らくはコイノクチ湿原の折、水を吸った重い泥の中を走り回ったことが決定打だったのだろう。長年蓄積したダメージが相まり、遂にトドメを刺されてしまった。

 

「……」

 

 てと。

 

 ブビィ!

 

「ん゛ッ」

 

 試しに一歩踏み出したコスモス。

 刹那、喪に服したベビーシューズのような音が鳴り響いた。それにしても汚ぇ断末魔であった。横でそれを聞いていたレッドは腹を抱えて小刻みに震え始めてしまう。

 

「ふっ……ぐっ……」

「……」

 

 ブビィ! ブビィ!

 

「んぐっ、ふっ」

 

 ブビィ! ブゥバァ!

 

「あぐっ、ん゛ッ、ひっ」

 

 ブゥバァン!

 

「んふふふふふふッ」

 

 歩く度に進化していくサウンドに、とうとうレッドが崩れ落ちた。

 ───そんなに面白いのだろうか? やや理解できぬまま足音を鳴らし回したコスモスであったが、師がかつてないほど爆笑している姿に得も言われぬ喜びを覚えていた。

 

「それはさておき……新しい靴が必要になりましたね。これでは歩くのも一苦労です」

「そ、それもそうだね」

「さて、それでは次の町に向かいましょう」

 

 ブビィ! ブビィ!

 

「んふっふ」

 

 ブゥバァン!

 

「ぶっふぉ」

 

 まだまだ道程は長そうだ。

 ここはカチョウタウンとイリエシティを繋ぐ道路。今までの道と違いやけに舗装が整っているのも、これから向かう行き先が影響しているからであろう。

 

 今まさに2人はホウジョウ地方最大の都市へ向かっている最中。

 目的地はイリエシティ。『人の波を受け入れる 地方の入り江』と紹介される、まさに人と物の流れの中心地であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「すみません、先生。わざわざ私をおぶっていただいてもらって」

「ううん、気にしないで……んふっ」

 

 思い出し笑いが止まらないレッドに、おんぶされているコスモスも揺れる。

 

 ここに辿り着くまでには苦難の連続があった。

 まず人の目。

 次に人の目。

 最後の人の目だ。

 

 常時ブービートラップのような音源を撒き散らす少女が衆目を集めるのは必然。

 そこで四足歩行のヌルに乗せてもらおうと考えたコスモスであったが、現在進行形で反抗期の奴に頼ろうとしたのが間違いだった。

 

『ヴルァ!!』

『うごふっ』

 

 人を背中に乗せぬプログラミングでもされていたのかもしれない。

 そう邪推してしまう程、ものの数秒で振り落とされたコスモスは見事地面に背中を打ち、数分間地面で悶絶する羽目に遭うのだった。

 

 珍しく涙目になった少女は、今度はルカリオに背負ってもらうこととなったが。

 

『あっ、待ってスバメ!』

『スバァ!』

『バウッ!』

『あ、ちょっと急に下ろされたら───うぐぅ!』

 

 悪意のない事故の対応に追われたルカリオ。

 その際、コスモスのもやしのような腕ではルカリオの素早い動きに耐え切れず、ポーンッ、と背中から振り落とされ、お尻を固い地面に強打する羽目に遭った。

 

 ヌルもダメ。ルカリオもダメ。

 となれば、残るはレッドぐらいしか居なかった。

 

 師に背負われるという不甲斐なさに俯くコスモスは、ブツブツと独り言を呟く。

 

「もっと……もっと私に力があれば……」

「摂ろうか、プロテイン」

「そうですね。どこのメーカーのがいいんでしょうか」

 

 しかし、今はタンパク質より靴だ。いや、最悪筋肉(タンパク質)さえあればどこにでも行けるかもしれないが、この現代社会においては靴が無ければどこにも出かけられない。

 逃げ込むように入店した先は、青い屋根が目印のフレンドリィショップ───の都会仕様である超大型店だ。

 中に入れば、あるわあるわ。トレーナー向けに用意された品物の数々が。

 案内板に従う2人が向かった先は当然靴コーナーだ。

 ポケモンを引き連れながら買い物を楽しむ家族連れなどの横を、仲の良い兄妹のようにおんぶ&おぶわれて突き進むレッドとコスモスは───見つけた。

 

「ここですね、先生」

「おぉ……たくさんシューズがある……」

「ありがとうございます。ここら辺まで来れば大丈夫です」

「そう? じゃあ下ろすね」

「はい」

 

 ブビィ!

 

「んふっ」

「聞き苦しい音を失礼しました」

「だ、大丈夫……」

 

 やはり来る途中、雨に降られたのがイケなかったのだろう。

 水を吸った死に体の靴からは、面白いほど愉快な音が鳴り響く。近くを通りがかっていた家族連れの幼児も『ぶーぶー!』と指を差している始末。屈辱の極みである。

 

(さっさと済ませよう)

 

 これ以上レッドの腹筋を鍛えぬ為、彼には別の場所を見て回ってもらい、その間にコスモスは買い物を済ませようとする。

 和気藹々とした空気と陽気な音楽が流れる中、抜き足差し足でシューズを物色する少女。控えめに言って謎の光景である。まるで自分が透明だと信じているカクレオンの如き立ち振る舞いだった。

 目立ちたくないのに、結果目立ってしまっている。やはり現実というものは非情である。

 

(さっさと選んでしまいたいところですけど、こうも品揃えが多いとなると流石に悩みますね)

 

 ファッションにはそこまで興味のないコスモスであるが、長く使う物であれば納得できる品がいいという考えはある。

 

「む、あのモデル……」

 

 良さそうな品を見つけ、手を伸ばしたところでコスモスが硬直する。

 

───届かない。

 

 いくら手を伸ばしても、壁に並んでいるシューズに手が届かない。

 

「……なるほど」

 

 モーモーミルクに相談案件だ。

 

 それはさておき、

 

「ニンフィア」

「フィア!」

「あの靴取って」

 

 ボールから繰り出したのはニンフィア。

 いつもと違う人も物も多い場所に瞳を輝かせていた彼女は、主のお願いを聞くや、リボンのような触手を器用に扱いシューズを棚から下ろす。

 それを受け取ったコスモスは『ありがとう』と一言添え、試し履き用に設けられている椅子に腰を掛ける。

 

「むぅ、ちょっと大きい……もう一回り小さいサイズはっと……」

「フィア~」

「ニンフィア、あんまりあっちこっち行ったらダメですからね」

 

 多種多様なラインナップに目を奪われるニンフィアにコスモスが注意を促す。

 しかし、これまで訪れてきた町とは比べ物にならない品揃えの数々は、ニンフィアの好奇心を刺激するには十分過ぎた。少女が二足、三足と気になったシューズを試し履きしている間に、だんだんとニンフィアの集中力も途切れてくる。

 子供向けに取り揃えられたカラフルなシューズに目移りしていく内に、ニンフィアの脚はどこへともなくフラフラと向かってしまう。

 

「フィ~……」

「んー……」

「フィア?」

「どっちにしよっかなぁ~。こっちのモデルもカワイイんだけど、こっちも捨てがたいなぁ~……むむむ」

「!」

 

 コスモスの他にもシューズを物色する客が居た。女の子向けの可愛らしいデザインのシューズを見比べるのは、天使の輪が掛かったような艶のある濡羽色をボブカットに揃える子供だった。

 インナーカラーを鮮やかなピンクに染めていることや中性的な容姿から少女に見えなくもない。

 だが首や鎖骨、その他諸々の部位を確認すれば、その子供の性別が男性であると見抜くことはできただろう。

 

 けれども、ニンフィアにはそれが出来なかった。

 

「フィア! フィア!」

「わわっ、なになに!?」

 

 次の瞬間だった。

一瞬、驚愕と歓喜に彩られる瞳を浮かべたニンフィアは、内なる衝動のままにシューズを見比べる子供へ駆け寄り、その懐へと突っ込んだ。

 思いがけぬ出来事にその子供も、ようやくニンフィアが離れていることに気がついたコスモスも目が点になる。

 

「ニンフィア?! コラ、他のお客さんに迷惑かけない」

「フィア~!」

「ぐっ……ひ、引き剥がせない……!? 一体どこからそんな力が……!?」

 

 リボンのような触手を少年に絡め、頑として離れないニンフィア。

 そんな面食いに育てた覚えはありませんよ、と窘めながら引き剥がそうとするコスモスであったが、悲しいかな。筋肉は一日にしてならず。ましてやプロテインをも摂らぬ内にポケモンに力で対抗することは、この貧弱少女には叶わなかった。

 

「あはは……この子、キミのニンフィア?」

「えぇ……! 普段はもっと聞き分けのいい子なんですが、どうして今日はこうも……!? すみません、今すぐボールに戻しますので……」

「ううん、大丈夫だよ」

「?」

 

 とうとう体力が尽きたコスモスが手を離すや、今度は少年の方がニンフィアに触れる。

 自身に絡みつく触手を指でなぞり、そのまま首、胴と全身を毛並みに沿って撫でていく。

 

「……うん、とても良い()()()だ。毎日バランスのいい食事と適度な運動をして汗を流しているんだね。それにこの肉の付き方……引き締まっててしなやかな筋肉だ。美しくバトルに興じる姿を想像できるようだよ」

「!」

 

 少年の言葉に、コスモスのみならずニンフィアも瞳を見開く。

 そして、

 

「とても大切に育てているんだね! 見てるこっちまで嬉しくなっちゃうよ!」

「……フィア」

 

 少年が笑顔を弾けさせたのとほぼ同じタイミングであった。

 力なく触手をダラリと垂らしたニンフィアが、何を思ったのか自分から開閉スイッチに触り、そのままボールの中へと戻っていった。

 この不自然な挙動には少年のみならず、トレーナーであるコスモスでさえ困惑していた。

 

「……ボク、何か嫌われるようなこと言っちゃったかな?」

「いえ、特段そんなことは……」

「うーん、ポケモンの性格にも色々あるからね……あの子の気を悪くさせちゃうようなことを言ったなら謝るよ」

 

 ごめんね、と少年は申し訳なさそうな顔で謝罪を口にし、頭を下げた。

 

「それにしても……」

「はい?」

「靴……凄いことになってるね。チョボマキの殻みたいになってるよ」

 

 ちょうど頭を下げた時に見えたのだろう。

 靴は靴でも、最早先鋭的なデザインなサンダルと言った方が通じる状態だ。ぱっくり裂けた先っぽから靴下がコンニチハしている。ちなみに今日は厚手の黒い靴下だった。女っ気の欠片など微塵もない。

 

「何をどうしたらそうなるの? マスキッパに足でも挟まれた?」

「まあ一回は挟まれましたけども」

「ホントに挟まれてた!?」

 

 噓から実が出てしまい愕然とする少年を余所に、コスモスはやれやれと首を振った。

 

「おかげさまで愛用のシューズが喪に服しましたよ」

「はぁ~……ま、まあそこまで使い込まれたらシューズも本望だと思うよ」

「まだ履き始めて5年だったんですけどね。あと5年は履く予定だったのに……」

「ホントに相当使い込んでたね。本懐は遂げたと思うからそのまま成仏させてあげて」

「まだ修理したらワンチャンあるとは思っていますが」

「それを蘇生したら多分ゾンビとかそういう系統の蘇り方をすると思うんだ」

 

 というか、5年も履き続けるなど足のサイズは平気だったのだろうか?

 色々と謎が湧き上がっていたところで、笑いを堪えきれなくなった少年は噴き出した。

 

「ふふっ、キミってなんだか面白い子だね」

「褒められている気がしませんが」

「そんな! ボクは相手を褒めはしても貶したりはしない主義なんだ。どんな人にもポケモンにも素敵な美点がある。その中は他人の言葉でようやく光り輝くものだってあるからね」

「それなら結構です。ゆくゆくは最強のトレーナーになるという自負がありますので」

「見習いたい自己肯定感の塊」

 

 自己肯定感がマントルでグツグツ煮え滾っているようだ。

 そう感じさせる物言いの少女に今一度噴き出した少年は、ゆっくりと右手を差し出す。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね。ボクは『リウム』。よろしくね」

「コスモスです。貴方もトレーナーで?」

「まあね。普段は余所の町に住んでるんだけど……」

 

 くるりとその場で翻ったリウムは、壁一面の商品棚を前に、ピンクダイヤモンドを彷彿とさせる瞳をさらに輝かせる。

 

「この品揃え! やっぱり買い物するならイリエシティに限るよね! 今月の最新モデルの発売日だったから速攻買い物に来ちゃったよね!」

「そうですか。それではまた」

「え、このタイミング?」

 

 あまりにもあんまりなタイミングで去ろうとする少女にリウムは狼狽えた。これはサファリゾーンで石やエサを投げるだけ投げて逃げるような暴挙に等しい。いや、やはり違うかもしれない。

 

「そう言われても……この瀕死のブビィをどうにかしないとですし」

「凄い誤解を招く言い方」

 

 しかし、少女にも一理あることからリウムは考え込む。

 

「そっか……そうだ! 折角だし、ボクがコーディネートしてあげるよ!」

「丁重にお断りさせていただきます」

「お断りのレスポンスが速過ぎてピッチャーライナーを食らった気分になったのは初めてだよ」

 

 いくらなんでも早過ぎない? と提案した少年は、若干泣き出しそうになっている。

 

「だって……初対面の人間に『コーディネートしてあげよう』だなんて、『ソーナンデス』のファッションコーナーみたいに私服を散々罵られた挙句、個人的なセンスで押し付けられた高い服を買わせられるだけじゃないですか」

「偏見が穿ちに穿ってる! そんなにあくどいコーナーじゃないよ、あれ!?」

 

 ※実際はもっと配慮したコメントをしております。

 

「それに服の費用だって番組持ちだから!」

「あ、そうなんですか? じゃあ羨ましいですね。丸々一式費用を持ってもらって」

「観点が金銭面にしか向かってない……って、そうじゃなくて!」

 

 鼻息を荒くする少年は、ファッションに無関心な少女に向かって力説を始める。

 

「ファッションは確かに自由さ! でもね、時には今までの自分から離れた装いに身を包むことで新しい自分に出会える……そうボクは信じてるんだ。男の子がカワイイ服を着てもいいし、女の子がカッコいい服を着たっていい!」

 

 そう語るリウムもまた、女の子向けのファッションに身を包んでいる。

 ゆるふわのパーカーや、その裾で隠れてしまう丈のホットパンツ、女児向けモデルのスニーカー等々……しかし、それらを違和感なく着こなす彼は、恥ずかしがる様子も見せず堂々と胸を張っていた。

 

「ボクも昔は引っ込み思案だったけど、オシャレを覚えるようになってからは自信を持って人前に出られるようになった……それに似たような経験をキミにも体験してほしいんだ!」

「人前に出る度胸でしたら間に合っていますよ」

「そっか……折角フレンドリィショップで使えるお得なクーポン券があったから、それを使ってあげようと思ったんだけど」

「たまには人のセンスに身を任せてみるのも悪くはありませんね。いい機会ですしお願いします」

「よっしゃあッ!!!」

 

 大・勝・利。

 かくしてリウムはコスモスの着せ替え権利を得るのであった。

 

「わー、ワクワクするなー! コスモスちゃんカワイイからなんでも似合っちゃって困るー☆」

「本来の目的を忘れないでくださいね」

「分かってるってば! あくまでキミが納得してくれる服を選ぶよ!」

 

 浮足立つリウムに対し、コスモスのテンションは凪だ。無風。平時と変わらぬテンションで、あれもいいこれもいいと物色するリウムの後ろを付いていく。

 

「あ、このスニーカーなんてどう? ポップな色合いだけど、流線ラインがスタイリッシュだよね!」

「うーん……」

「あれ……お気に召さない?」

 

 唸るコスモスはチラッと値札を見る。

 

「高いです」

「おっふ。で、でもいいデザインだし、たまには奮発してみるってのも……」

「安くて丈夫で履き心地が良い物が欲しいです」

「揺るがないね。確固たる価値観があるのは素晴らしいと思うよ」

 

 とは言うものの、12歳の金銭事情からすれば中々の高額であることは事実。スポンサーに作ってもらったクレジットカードがあるとはいえ、使用限度が設けられている以上、そうそう高い物をホイホイと買い漁る訳にもいかないという事情もある。

 

「子供の懐事情を舐めないでください」

「でもこのクーポン50%オフだよ?」

「候補には入れましょう」

 

 許容ラインが一気に低くなった。

 そうと来ればファッションリーダー・リウムのセンスが黙るはずがない。とりあえず目に付いた品物を買い物かごに放り込んでは、コスモスを試着室へと放り込む。

 

『……これを着るんですか?』

「うん! 絶対似合うから! 着るだけならタダだよ?」

『……(これで安く済ませられるなら、まあ)』

 

 カーテンの向こう側でブツブツと呟くも、半額の魔力に逆らえない少女は用意された衣服に袖を通していく。

 

『着ましたよ』

「よし! じゃあ見せてごらん!」

『……どうしてそこまでテンションが高いのか、理解に苦しみます……』

 

 ガラガラと音を立て、試着室のカーテンが開かれる。

 そこに立っていたのは普段の女っけの欠片もない服を身に包んだコスモスではなく───。

 

「ワォ……! とってもキュート♡ エクセレントだよ! やっぱりボクの見立てに間違いはなかった!」

「スカートがひらひらして落ち着かないんですが……」

「最初の内は誰だってそんなものだよ! うーん、後ろ髪をまとめるだけでも大分印象が変わるね!」

「はぁ」

 

 リウムのテンションに追いつけずにいるコスモス。

 彼女はこれまでのボーイッシュだった装いとは正反対に、フリル付きのスカートやパステルカラーのカチューシャ等、ガーリッシュな衣服や小物に身を包んでいた。

 

「脱いでいいですか?」

「お気に召さなかった? じゃあ、次はそっち! 着てみて!」

「……」

 

 不承不承といった表情でコスモスがカーテンを閉める。

 次に彼女が姿を現した時には、先ほどとまた違った装いに身を包んだ少女誕生の瞬間を目撃することとなった。

 

「ヒュウ☆ 打って変わってクールでスタイリッシュ! レザージャケットも全然イケるね!」

「意外と動きやすいですね」

「でしょでしょ!?」

「でも、洗濯したらすぐ痛みそうですね」

「そう? それが味になって良いって人も居たりするよ」

 

 まあ無理強いはしないけど、とリウムに次の試着を促されるがまま、コスモスは別の衣装に着替える。

 

「メガネが入ってたんですが」

「伊達メガネだよ。そこはかとないインテリジェンスを演出できるし、もしもの時は目の保護にもなるよ!」

「違和感が凄いです」

 

 合理性を求める少女としては、オシャレ以上の意義がない伊達メガネは理解に苦しむ代物だ。これがサングラスやゴーグルであればまだ購入を検討したが、今のところ特段必要なものとは思えぬ為に見送る結果となる。

 

 その後も一人の少女をモデルとしたファッションショーは延々と続いていく。

 

「ゆるふわワンピースで森ガールを演出したよ! くさポケモンとの組み合わせがグッドなグラデーションさ!」

 

「オーバーオールとカウボーイハットでカウガール風ファッションだよ! 三つ編みのエクステでエネルギッシュな可愛さもぐーんと上がるね!」

 

「ブレザーできっちり固めるのもフォーマルでカッコいいよね! 素材が良いとなんでも似合っちゃうね……う~、困る~!」

 

 

 

「……」

「モッグ?」

 

 

 

 試着室の中で燃え尽きる少女を、普段服の中に隠れているコスモッグがツンツン突く。

 しかし反応は芳しくなかった。無表情のまま口から溢れ出す魂のようなものをコスモッグが押し込んだところで、ようやく少女は再起動する。

 

「はっ……いけないいけない。普段とまるっきり違うことを続けた余りオーバーヒートしてしまった……」

「モグ?」

「……一生分の試着をした気がします」

 

 それは言い過ぎだろう───とも言い切れないことが、この少女のファッションへの無頓着さの証拠。なにせ普段は同じ衣服を二、三着常備し、ダメになった物から順次似たようなデザインの物を仕入れていくスタイルだ。

 

(このまま付き合っていたら夜になる……)

 

 実際は30分も経っていないが、コスモスの体感としては数時間以上経っている。

 これ以上時間を引き延ばされるのは精神衛生的によろしくない───そこでコスモスが目に着けたのは。

 

『ねえ着れたー?』

「はい……これにします」

『お? とうとうお気に入りのコーディネート発見!?』

 

 『見せて見せてー!』と自身を呼ぶ声に、コスモスは決心を固めてカーテンを開く。

 

「お、おぉお……!?」

「どうですか?」

「うん、すっごく似合ってるよ! でもそれ……」

 

 黒いジャケットに赤いTシャツ。

 そして、極めつけの白いパンツだ。全てが最新モデルで、以前の物とは若干デザインに差異はあれど、全体的なシルエットにほとんど変化はない。

 

「……前とほとんど同じだけど……?」

「これでいいです。私のフォーマルはこれに決めました」

「……そっか! 自分が好きならそれに越したことはないもんね」

「冠婚葬祭もこれで十分です」

「それはフォーマルのラインを攻め過ぎてるね」

 

 『流石にやめといた方がいいよ』と助言を貰ったところで、コスモスは購入を決断した品物を買い物かごに突っ込んでいく。

 

「そうだ。後は帽子が欲しいです」

「帽子? それならあっちにあるよ。見に行こっか」

 

 慣れた足取りで案内するリウムに付いていけば、あっという間に帽子売り場に到着だ。

 いかにも男の子向けのカッコいいデザインから、女の子向けのハット帽子など、種類はパッチールの模様並みに取り揃えられていると言っても過言ではない。いや、パッチールの模様並みは過言だった。

 冗談を差し引いたとしても、納得いく一品を見つけるには十分過ぎる品揃えであることに違いはない。

 

「こうも色々あると一つ決めるのも面倒ですね。もう一番近くにある奴でいいんじゃないですか」

「ちょっと待ったァ! 折角こんなにあるんだから、せめて全体を見てみてビビーンと来た奴を選ぶ感じでもよくない?」

「ビビーンと来た奴と言われても」

 

 そんな抽象的な感覚で。

言いかけた、まさにその瞬間だった。

 

「!!!」

「え……速ッ!!? なになに、何見つけたの!!?」

 

 色違いの幻ポケモンでも見つけたのかと思う程の俊足で駆け抜けていったコスモス。

遅れてリウムが追い付けば、少女はとある帽子を手に取っていた。

 

「……これに決めました」

「それ? えっと、ここって確か……」

 

 ジャンルごとに並んでいる品揃えが変わる商品棚であるが、ここは中でも実用性や機能性とはかけ離れた品物ばかりのコーナー。

 

「ベースボールキャップって……キミ、野球好きなの?」

「いえ、別に」

「ピッチャーライナー並みの速度で否定したね」

 

───いや、そう言えば一度同じレスポンス速度で断られていた。

 

「どこが気に入ったの? デザイン?」

「ええ」

 

 目を輝かせていたコスモスは、手に持っていた黒い帽子を180度回転させ、リウムに正面側を見せてきた。

 

「この赤い『R』が気に入りました」

 

 黒いベースに赤いR。

 そう、ロケット団のマークだ。知っている人からすれば『どうしてそんな商品がここに?』と首を傾げそうだが、ここはベースボールキャップ売り場。

 

「あ~、確か色違いのリザードンをシンボルにしてる球団がどこかにあったなぁ~。う~ん、ボクも野球はあんまり詳しくないから思い出せないけど……」

「どこの球団かなんて知ったこっちゃありません。私はこれに決めました。これを買います」

「お、おぉ……なんてすごい圧なんだ……!?」

 

 そこまで言われれば否定する方が無粋というものだ。

 好きなファッションに身を包むべき派のリウムとしては、コスモスのデザインに固執する理由など二の次。

 

「じゃあ帽子はそれにしよっか! 一通り揃ったしレジに行く?」

「はい。よろしくお願……あ」

「どうしたの?」

 

 明後日の方向を向いて固まるコスモスに、リウムも反射的に振り返る。

 そこには赤を基調とした装いに身を包み、ピカチュウを両肩に乗せた上で小脇にも抱えた青年が無言で立っていた。

 

(いや、ほとんどぬいぐるみだアレ)

 

 ピカチュウ大好き人間かと思いきや、実際はクレーンゲームの商品と思しきぬいぐるみばかりであった。いや、本物だったにせよピカチュウ大好き青年には間違いないかもしれないが。

 

「知り合い?」

「先生……」

 

 先生? とリウムが聞き返せば、『先生』と呼ばれた青年が恐る恐ると言った様子で指差す。

 

 

 

「その帽子は……?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は30分ぐらい前から遡る。

 コスモスがリウムの着せ替え人形にされている頃、特段服に用事のないレッドは、別フロアにあるゲームコーナーを訪れていた。

 

「おぉ……ゲームがたくさん……」

 

 ゲームコーナーと言えばタマムシシティを思い出すが、あちらはスロットが多く、どちらかと言えばパチンコ店に近いイメージである。

 しかしながら、ここのゲームコーナーは家族連れが多いこともあり、取り揃えられているゲームはクレーンゲームやレースゲームなど、若い世代向けがワイワイ楽しめるラインナップだった。

 

「ここで時間潰そうか」

「ピッカ!」

 

 久方ぶりの大衆娯楽にピカチュウもハイテンションとなる。

 それからは目に付いたものを片っ端から遊び回っていたレッド達。時にはピカチュウにせがまれてクレーンゲームでぬいぐるみを獲得したり、時にはカイリキーを模した機械と腕相撲で勝負するゲームに興じて架台を壊してしまったりと、それはもう様々な出来事があった。

 

 そうこうしている内に良い具合に時間が経ち、一旦様子を見に戻ってきた訳であったが……。

 

(コスモスが持っているあの帽子は一体……?)

 

 黒のベースに赤いR。

 間違いない、ロケット団のマークである。

 

(まさか()()もロケット団の……?)

 

 以前壊滅させたロケット団アジトも、タマムシゲームコーナーの地下に存在していた。

 あからさまなロゴマークの入ったグッズ販売をしているかは怪しいところであるが、万が一にも本当に繋がりがあったとするならば一大事に違いない。

 ここまで懸念するにも理由がある。

 生徒───コスモスの真剣な眼差しだ。ジッと赤いRのマークを見つめる彼女の瞳は、付き合いの短い人間には読み取れぬほどの機微が窺える。

 

 あんなにも燃え上がる感情を瞳に滲ませていることは滅多にない。

 だからこそ、その真意を定かにしなければならない。

 景品のぬいぐるみを捨て置けぬまま、全てを抱きかかえたレッドは意をけっしてコスモスに問いかけた。

 

「その帽子は……」

「こ、これは……」

 

 しどろもどろになるコスモス。

 やはり、何かある。

 

 無理に促す訳でもなく、静かに佇み答えを待っていたレッド。

 そんな彼に帰ってきた答え(弁明)が───これだ。

 

 

 

 

 

「……先生(RED)へのリスペクトを込めて」

(!?!?!?!?)

 

 

 

 

 

 予想が斜め上の次元を行った。

 ビックリし過ぎてピカチュウを落っことした。本物も落っこちた。

 そして、衝撃の余り腰を抜かしていた。

 

「……本当に?」

「先生の名前のイニシャルは『R』で合ってますよね?」

 

 合っている。

 合ってはいるけども。

 

「それ……本当に買うの」

「はい」

「ホントのホントに?」

「はい。これを買うと心に決めました」

「オレへのリスペクトを込めた帽子を?」

「先生へのリスペクトを込めた帽子を」

「……そう」

 

 天を、いや、天井を仰ぐレッド。

 かつてないほど思いつめた色を滲ませながら、やはり無表情のまま彼はたっぷり一分間の沈黙に入った。

 

「先生?」

「……どうしても買うなら、オレが出すよ」

「え……しかし、」

「オレが出すよ」

 

 ここまで頑ななレッドも初めてである為、流石のコスモスは『でしたらお言葉に甘えて……』と帽子を差し出す。

 それをレジのカウンターに置いたレッドは、思いの外高かった値段に硬直しながらも、無事購入を済ませて欲しがっていた当人に引き渡す。

 

「……どうぞ」

「ありがとうございます、先生。ですが本当に支払っていただいても……?」

「気にしないから」

 

 青年はそそくさと散らばったぬいぐるみの回収に移る。

 

「……」

 

 無言で全て拾い終えた後、レッドはもう一度天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんか…………………………恥ずかし)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年下の少女が自分のイニシャル入り帽子を被る。

 この名状しがたい羞恥心の晴らし方は、今のレッドには分からなかった。

 




Tips:イリエシティ
 ホウジョウ地方最大の都市。セトー・ホウジョウポケモンリーグ本部があり、町の中心にはイベント用の巨大スタジアムが佇んでいる。
 海辺に行けば人や物の流通の要である港があり、かつて貿易で栄えていた歴史を彷彿とさせる光景が広がっている。
 港から町の中心に向かって様々な種類の店舗が構えており、『ホウジョウ地方で買い物するならイリエシティ』とまで言われ、トレンドの発信地にもなっている。特にイリエシティにしかない超大型フレンドリィショップはトレーナー向けの品物が数多く取り揃えられており、この地方で旅に出るトレーナーなら一度は訪れる場所にもなっている。
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