愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

49 / 62
前回のあらすじ

コスモス(とっさに言い訳を思いついてよかった)

レッド(自分のイニシャル入った帽子被らせるの恥ずかしい)

リウム(この人、そんなにこの球団嫌いなのかな……?)


№048:たまに会ったかと思えば金を無心する知人

 

「コスモスちゃんの先生だったんですね! ボクはリウムって言います」

「……レッドです」

「あー、なるほど! だから赤いRで───」

「それ以上はイケない」

「?」

 

 場所は変わってフードコーナー。

 広大な一階のスペースを丸々使った憩いの場に、買い物を終えたコスモス達はやって来ていた。

 ハンバーガー片手に自己紹介を済ませるリウムとレッド。途中、少女の帽子に言及したリウムへストップが掛かったりしたものの、他愛のない談笑はゆるゆると続く。

 

「へー、レッドさんはカントーから来たんですね! 観光ですか?」

「……そんな感じ」

「それならイリエシティは見て回る場所がたくさんあっていいですよ! このデパートもそうですし、美味しいお店や施設もいっぱいありますから!」

 

 流石はホウジョウ地方の中心都市とだけあり、リウムがスマホロトムで見せてくるタウンマップには数多くの店舗情報が記載されていた。

 

「全部回ったら一日あっても足らないですよ! お二人はいつぐらいまで滞在する予定で?」

「元々はツナミタウンに行く予定だったので。交通規制が解けたらすぐ出発するつもりです」

 

 レッドに代わり答えるコスモスに、リウムが困った顔を浮かべる。

 

「あー、そっかぁ。ここ最近色々あったもんね。もうちょいで規制は緩和するって言ってたけど、旅してる人達にしてみれば堪ったもんじゃないよね」

「まったくです。人の迷惑を考えて崩落してほしいです」

「橋自らが望んで崩落した訳じゃないとは思うけども」

 

 ズココココッ、とバニラシェイクを吸うコスモスは不満を口に出す。

 その際ほっぺたが丸々と膨れ上がったが、それが不満の表れかバニラシェイクが詰まっているだけかは謎のままであった。

 と、コスモスが口いっぱいに糖分の塊を詰め込んでいる間、フライドポテトを摘んでいたレッドが口を開く。

 

「……船が出るまでの間、おすすめの観光地ってある?」

 

 無難な質問だった。

 しかし、これに強く反応したのは他ならぬリウムである。

 

「よくぞお聞きになりましたね! ボクでよろしければお二人の旅行プランをコーディネートしますが!?」

「おぉ……」

 

 どうでしょう!? と強めの圧で迫ってくる美少年に、レッドは思わず頷いた。その間、フライドポテト用のケチャップは根こそぎピカチュウに持っていかれていたが、鼻の先まで迫ってきたリウムを前に気づけなかった。

 

「何と言ってもまずはコンテスト! お二人はコンテストはご存じで?」

「「いえ」」

「えっ」

 

 直後、リウムから信じられないものを見るような目で見つめられる。

 

「コ、コンテストを知らない……? そんな人が居るだなんて……」

「そうは言われましても」

「カントーとジョウトにあったっけ……?」

「な、なるほど。これが他の地方とのギャップ……!」

 

 まるで未開の地からやって来た野蛮人を見たかの如し。

 しかし、片や組織のアジトで地下暮らし。片や人里離れた地で山籠もりだ。あながち間違いでもない環境での生活が、この天然師弟の世間知らずに拍車を掛けていた。

 一見知識量があるように見えるコスモスも、バトル以外についてはからっきしだ。コンテストに対する造詣はレッドと同レベルである。

 

「そもそもコンテストとは何をするものなんですか?」

「よく聞いてくれたねッ!」

 

 絶望顔から一変。瞳を輝かせて立ち上がるリウムは、嬉々とした声色でコンテストに対して説明を始める。

 

「コンテストとはすなわち、己のポケモン愛を観衆にお届けする大舞台のことさ!」

「具体的には何をする訳で?」

「そうだね……地方ごとに多少違いはあるけれども、大まかなルールは変わらないかな。簡単に言えば、ポケモンのコンディションとアピールでどのポケモンが一番素敵だったかを競う競技だね」

 

 特にポケモンコンテストが盛んなのは、お隣のホウエン地方と北上した場所にあるシンオウ地方であるが、この『コンディション』と『アピール』の審査項目については両方存在する。

 

 と、ここでレッドが手を上げた。

 

「……バトルはしないの?」

「基本的にはないですね。元々『バトルなんて怪我させるような可哀そうな真似はさせられない! でも私のカワイイポケモンちゃんをたくさんの人に見てもらいたい!』っていうのが発端なので」

 

 これに発信した御仁こそがポケモンだいすきクラブの結構お偉いさん。

 それ故に当初は各所で細々と執り行われていたお披露目会が競技性を得た結果、今のポケモンコンテストに繋がった。

 

「自分のポケモンを愛でるだけじゃなく、たくさんの人に魅力を届けたい……すべてはそこから始まった訳だね」

「リウムさんもコンテストはやっておられるんですか?」

「もっちろん! なんたってボクのポケモンはかしこく、たくましく、かわいく、かっこよく、うつくしく……そして何よりも強くがモットーだからね」

 

 キラキラと瞳を輝かせるリウムは『そうだ』とコスモス達に詰め寄る。

 

「2人もどうですか、ポケモンコンテスト! きっと楽しいですよ?」

「怪しい壺はちょっと」

「どこの宗教勧誘?」

 

 そもそも怪しい壺は売りつけていない。

 心外だと言わんばかりにリウムは悲壮な表情を浮かべた。

 

「そ、そんなぁ……2人を見たら絶対楽しんでくれると思ったのに……」

「何を根拠にそう言ってるんですか?」

「そりゃあもちろんポケモンさ!」

 

 颯爽と席を立ったリウムは、コスモスの隣に立っていたルカリオの下へと歩み寄る。

 まるで姫の手を取る騎士のように柔らかな所作で腕を持ち上げたかと思えば、一方向に流れる毛並みに感嘆の息を漏らしていた。

 

「ああ、なんて美しいけづやなんだ……それに毛皮の上からでも分かる均整の取れた筋肉の隆起。けれど身体には泥一つ汚れがない! きっと毎日丁寧にお手入れしてるんだよね?」

「……まあ、毎日手入れはしていますが」

「流石! でも、それをできるトレーナーがどれだけ居るんだろう? ポケモンに深い愛情がなきゃ毎日お手入れなんて普通のトレーナーでも億劫になってしまうものさ……けれど! このルカリオは違う!」

 

 ほぅ、と今一度感嘆の息を漏らす少年はルカリオの顎に手を添えた。

 見知らぬ人間に顎を触れられるなど、他者の感情を読み取れるルカリオでさえ反射的に突っぱねてしまいそうな所業である。

 しかしながら、うっとりと頬を赤らめて見つめてくる少年を前に、不思議なまでに引き剥がそうという考えは浮かび上がってこない。

 むしろ、今も尚触れさせ続けていることを許している自分に困惑しているまであったルカリオは、くぅんと情けない声を漏らす。

 

「はぁ……そんな悩まし気なキミの凛々しい顔も綺麗だよ。かっこよさは言わずもがな、これならうつくしさ部門だって優勝間違いなしさ。それでいて溢れんばかりの野性味と、それに相反する知性……たくましさ部門とかしこさ部門制覇だって夢じゃない!」

「いや、私はコンテストに挑戦するつもりは」

「こんな逸材を育てあげるなんて、一体どんなに素晴らしいトレーナーなんだろう! 末はチャンピオン? いや、チャンピオンだってここまで素敵なポケモンを育て上げるのは難しいよ!」

「まあ私ぐらいになればこれぐらい片手間ですよね」

「フフッ☆」

 

 褒めた傍からこれである。

 満更でもないコスモスがホクホク顔でバニラシェイクを啜る。

 その内に標的はレッドの方へと向いた。彼が外に出しているポケモンと言えば───そう、ピカチュウである。

 ただいまほっぺに汚れを付けながらケチャップにしゃぶりついている最中。

 ちょっとでも機嫌を損なえば電撃が飛んでくる爆弾のような存在を前に、リウムは微塵も恐れた様子を見せず背後に回ったかと思えば、

 

「このピカチュウだって……ほら☆」

「ピ?」

「この通りさ!」

 

 目にも止まらぬ早業だった。

 どこからともなく衣装を取り出したかと思えば、手品のように一瞬でピカチュウにパンクロッカー風の衣装を着させる。

 

「う~ん! 激しい稲妻のような音色がかき鳴らされる光景が目に浮かんでくるよ。こんなにかっこいいピカチュウが出てきちゃったら、女の子にモテちゃうかもッ!」

「ピカ?」

 

 『そう?』と言わんばかりにキメ顔を浮かべるピカチュウ。

 これを見て好感触だったと察したリウムは、すかさず次の衣装を取り出し、一瞬にして着替えさせる。

 

「このマダム風な衣装だってイケてるよ! 気品……って言うのかな? ポケモンだって同じさ。そういう心の美しさは滲み出ちゃうからね……」

 

「逆にアイドルに突き抜けるっていうのもいいよね! 普段の凛々しい顔つきから一変、愛嬌ある仕草を見せれば観客だってメロメロさ!」

 

「ドクターも悪くないね……。イチオシはこのおさげ! ポケモンにエクステなんて無粋っていう人も居るけれど、知性っていうのは道具を使いこなすことも含むと思うんだ。メガネからチラリと覗く閃きの眼光……ああ、堪らない!」

 

「逆にマスクを隠してみるとしよう。すると、あら不思議! 隠してるのにピッタリと密着する衣装が、むしろ鍛え上げられた肉体美が強調するんだ! カワイイ顔を隠した先に見え隠れするたくましさ……これもまたギャップ。かみなりの如きインパクトを感じるよね☆」

 

 止まらぬ着せ替えとマシンガントーク。

 圧倒されるコスモスとレッドに対し、着せ替えさせられていた当人はと言えば、浴びせ続けられた誉め言葉に満更でもない様子だ。今もプロレスラー風の衣装を身に纏いながら力こぶを作ってみせている。

 

「どうです? 自慢のポケモンでコンテスト全部門制覇! ポケモンコーディネーターなら一度は夢見る偉業だけれども、お二人のポケモンなら夢じゃないですよ!」

「……ちょっと興味湧いてきたかも」

「先生?」

 

 凝視してくる弟子に、レッドは『ちょっとだけだよ?』と弁明してみせる。

 だがしかし、彼もまたポケモンを愛するトレーナーの一人。ポケモンに関するイベントであれば一回くらいは体験してみようと思うハングリー精神は持ち合わせている。

 こうしてレッドのポケモン愛が興味を指し示すや否や、これ見よがしにリウムはピカチュウに着せていた衣装をテーブルに並べた。

 

「興味を持っていただけたんですね!? それじゃあここにあるピカチュウ用の衣装は差し上げます!」

「……タダで?」

「もちろん! 元々コンテストの布教用に持ち歩いてたものなので」

「後で請求したりとかしない?」

「怪しい宗教の勧誘だと思われてますコレ?」

 

 熱量と押しの強さなら負けていないと断言できよう。

 

「まあ……貰えるなら貰っておこう。ありがとう」

「いえいえ。じゃあ、折角ですし早速ノーマルランクのコンテストを───」

『ブイキュア、ブイキュア♪』

 

 と、言いかけたらところで流れた歌にリウムの話が遮られる。

 明るい曲調のアニメソングと思しき曲だった。しかし、どうにも店内に流れるBGMではないらしく、音源はすぐ近くにあるようだ。

 

『ブイキュア~、ブイキュア~♪ イーブイで~、キュアキュア~♪ 二人は~───』

「あっ……ごめんなさい、ボクのです。もしもし……」

 

((今のこの人の着信音だったんだ……))

 

 サビに入る直前で通話ボタンを押した少年が席を立った。

 自然と席を離れていくリウム。その間、コスモスとレッドは声量控えめの会話を続ける。

 

「(今の曲知ってる?)」

「(『二人はブイキュア』のオープニング曲ですね)」

「(有名?)」

「(長寿シリーズの一作目ですので、多分)」

 

「えぇ!? ミカンちゃん来られなくなったァ!?」

 

 突然の大ボリューム。

これには2人のみならず近くを通りがかっていた客の視線をも集めてしまい、声を上げた当人のリウムは『しまった』と声量を押さえる。

 

「どうして? うん……うん……えぇ、このタイミングかぁ……」

 

「(何の話でしょう?)」

「(大事な話かな?)」

 

「うん、それはしょうがないよ……え? いや、そんな気を遣わなくっても……どうしても? うん、うん……プリンプリン? え、なにそれ」

 

「(何の話でしょう?)」

「(大事な話かな?)」

 

「へぇー、カワイイね。……え? 容器から出すと目玉飛び出るの? 怖いよッ!? それで一キロあるの!? いや、まあ皆で食べるなら……え、ミカンちゃん一人で食べてるの!? 砂糖の致死量って一キロだよ!? 大丈夫!? 死なない!?」

 

───本当に何の話なんだろう。

 

 そんなことを考えつつ、待つこと数分。

 一頻り話が終わったのか、ゆっくりとリウムが通話ボタンを切る。

 そのまま彼が振り返れば、実に申し訳なさそうに眉尻を下げる表情が飛び込んで来た。

 

「あー、ごめんなさい……ちょっと急用ができてしまって。コンテストの案内はまた今度ってことで……」

「そんなに急ぎの用なんですか?」

「まあ……うん」

 

 色々と準備があるから、とリウムは肩を落としながら答える。

 

「ぐぅう……! ホントに残念でならない……新たなコンテストマスターになるコーディネーター誕生の日だったかもしれないのに……!」

「まあ、また機会があるかもしれませんので、その時にでも……」

「うん、そうだね。お二人のコンテストデビューはまた今度の楽しみにしておくとするよ」

 

 慌ただしくテーブルを片付けながら、それでもリウムは最後には笑顔を浮かべていた。

 

「それじゃあね! コスモスちゃん、ジム巡り頑張って!」

「はい」

「……気を付けて」

「先生さんもピカチュウもお達者で!」

 

 爽やかに別れを告げるや否や、少年はピュ~っと二人の前から去っていった。

 とんでもない俊足だ、余程急ぎの用だったことは想像に難くない。

 

 取り残されたコスモスとレッドは、残っていたハンバーガーやポテトの余りに手を付けながら、一人居なくなって生まれた空白の席を見つめる。

 

「……行っちゃったね」

「押しの強い人でしたね」

「ポケモンだいすきクラブの人と同じ空気を感じる」

「ああいう人達ばかりなんですか? ポケモンだいすきクラブって」

「たぶん」

 

 己のポケモン愛を語るだけ語った後、傾聴した礼として100万もする自転車の引換券をくれるような人間が会長を務める集会───それがポケモンだいすきクラブだ。それと比べればコンテストを語るだけ語り、ピカチュウ用の衣装を譲渡するぐらいカワイイものである。

 

「……」

「どうします、先生? あの人は行っちゃいましたけれど、コンテストに参加しますか?」

「……見るぐらいなら」

 

 どうやらそこそこ心が傾いていたらしいレッド。

 彼からの一声にはコスモスも進んで賛同する。

 

(きっと先生のことです。コンテストから新たなる着想を得ようと……!)

 

 師の一挙手一投足に意味があると思い込むからこその妄信と妄想だ。それらしい理論をこじつけられる点が厄介さを極めているが、それについては未だ当人の与り知らぬ部分である。

 

 という訳で。

 

「コンテスト会場に来てみたはいいものの……」

「……うっぷ」

「酔い止め要りますか?」

「いや……」

 

 『大丈夫』とは口にするものの、尋常ではない人波にもみくちゃにされるレッドは、顔を蒼褪めさせながら口を手で押さえていた。

 そのまま人波に流されれば、いつの間にか会場の入り口から少し離れた場所まで押し戻された。依然、会場へ駆け込む人の勢いは留まることを知らず、とても中には入れなさそうな雰囲気が漂っている。

 入口だけでもこれなのだ。時折会場内から響いてくる黄色い歓声を聞く限り、相当大盛況なことが窺える。

 

「これでは中に入るのもままならないですね」

「コンテスト……恐ろしい」

 

 競技とはまた別の部分で恐ろしさを知ったレッドがベンチで燃え尽きている。片手に握られた飲みかけのおいしいみずが、どこか哀愁を漂わせていた。

 

「思い立ったが吉日とは言いますが、また日を改めましょう」

「そうだね」

「ふぅ……人に揉まれて喉も乾きましたね。ちょっとジュースを買いに行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 大人数が集まった熱気にやられたコスモスがジュースを買いに行っている間、レッドは今一度飲みかけのおいしいみずに口をつける。

 大分温くはなってきたが、それでもないよりはマシだ。

 コクコクと喉を鳴らし、残りの分を一気に煽ったレッドは視線を正面に戻す。

 すると、

 

「……」

「……コスモス?」

 

 ついさっき買い出しに出たばかりの少女が目の前に立っていた。

 

「どうかした?」

「……」

 

 終始無言で見つめてくるコスモス。

 普段から無表情な彼女ではあるが、ああ見えて結構言葉は多い方である。こうして無言で凝視され続けているとなると、途端に圧力のようなものを感じてしまう。

 

「……もしかして小銭がないとか?」

「……」

「待って。今財布出すから……」

 

 無言の催促を受けていると考えたレッドが、本日二度目の奢りの為に使い古した財布を取り出す。すでに服で結構な額を負担してはいるものの、それに比べればジュース代など誤差の範疇である。

 

「はい。これくらいあれば足りる?」

「……」

「あ、そうだ。ついでにもう一本おいしいみずを───」

 

 そう言いながら硬貨を手渡した、その瞬間だった。

 

 硬貨が、

 掌に、

 ズズッ、と、

 埋もれて、

 消えてなくなった。

 

「……───ッ!?!?!?」

 

 二度見した。三度見も行った。四度見もすれば五度見も行く。

 野生のミネズミよろしく何度も少女の顔と掌を見つめたところで、今度はコスモスの全身がぐにゃりと歪み始めた。

 新品の装いに身を包んでいた少女は一変、不定形のピンク色なシルエットへと早変わりする。このスライムのような身体と、取って付けたような目と口はレッドも良く知っている。

 

「……メタモン?」

「モンモン」

 

 うねうねと体をくねらせるポケモン───へんしんポケモンのメタモンは、レッドから渡された硬貨を片手に嬉しそうに踊っている。

 

「……いや、コスモスじゃないなら返して」

「モン」

「モンじゃなくて」

「モン!」

「だからモンじゃなくて」

「モンモン!」

「それ俺のだもん」

「モーン!」

 

 レッドが硬貨を取り返そうとすると、すっかり自分の物だと思い込んだメタモンが奪われまいと鳴き声を上げている。

 何とか硬貨だけを摘み上げようとするも、器用に肉体を変形させるメタモンを前に、中々奪還することは叶わない。不定形プニプニボディを前に、シロガネ山から下りてきた雪男はただただ翻弄され続けるばかりであった。

 

「かえして……かえして……」

「───先生?」

「!」

 

 どうされました? と声が聞こえたかと思えば、エネココアを片手にコスモスが戻ってきていた。

 

「メタモン相手に何をされてるんです? 野生の個体ですか?」

「分からない……でも、コスモスに変身してたからうっかりお金を───」

「私に? それは聞き捨てなりませんね」

 

 持っていたエネココアをバッグにしまい、代わりにボールを手に取るコスモス。

 

「勝手に私を騙り悪事を働こうなんて迷惑もいいところです。二度と私に変身しようなんて考えが浮かばないようにしなくては」

「法には?」

「触れませんのでご心配なく」

 

 それはそれで穏便に済む方法ではなさそうだ。

 しかし、すでにコスモスは臨戦態勢に入っている。今すぐにでもボールからポケモンを繰り出し、メタモンと一戦交えようとする意思は背後で燃え盛っていた。

 

───このままバトルが始まるのか。

 

 そんな空気が流れた途端、辺りの人波はコスモス達を避けるように円を描く。

 レッドも思わず止めようと身を乗り出した───しかし。

 

「おー! こんなところに居たのかい、モンちゃん!」

 

 空気を読まずか、一触即発の場に一人の女性が歩み寄ってくる。

 

「モン!」

「まったく、ワタシに似て好奇心旺盛なのはいいけれど勝手に離れたらダメだろう? 探すのだって大変なんだぞー? ……ん? なんだいこのお金?」

「モンモン」

「まさか……拾ったのかい?! やったなモンちゃん、これなら五日は食いつなげるぞ!」

 

「あの……」

 

「うん?」

 

 勝手に話を完結させようとする女性に、堪らずレッドが割って入る。

 

「それ、俺のお金……」

「……なんだってェー!? モンちゃん、まさかまさか! あんまりにもひもじいからって窃盗を働いたとでも言うのかい!?」

「いや……」

「ああ、なんていうことだ! いや、モンちゃんは悪くない。キミにひもじい思いをさせてしまったワタシが悪いんだ! こんな情けない飼い主を許しておくれ……」

 

 レッドが訂正を入れようとするものの、マシンガンの如く次々に言葉を並び立てる女性とは絶望的相性が悪いのか、たたらを踏んでいた。

 

 すると、ここでコスモスが切り出す。

 

「……もしかして、テリア博士ですか?」

 

 うん? と。

 女性が初めてその存在を認知したのか、視線をコスモスの方へと向けた。

 作業用と思しき厳ついゴーグルを取り外せば、特徴的なグルグルと渦巻いた瞳が露わとなる。後頭部で結い上げても足首まである長髪と同じ藤色だ。

 色素の薄い瞳でジッと見つめること10秒。

 

「ん~? その小宇宙を感じさせる瞳……もしやコスモス氏かい?」

「ご無沙汰しています、博士」

 

 ペコリと丁寧にお辞儀をすれば、博士と呼ばれた女性は弾んだ声を上げる。

 

「いやぁー、久しぶり久しぶり! 何年ぶり? こんなに大きくなっちゃて! 20センチは伸びたかい?」

 

 さながら親戚の成長を喜ぶ叔母の反応だ。

 この様子から二人が知り合いであるという点は察せるが、それ以外にも気になる点はある。

 

(……博士?)

 

 博士、もとい『テリア』と呼ばれた彼女の恰好だ。

 薄汚れたツナギの上半身を脱ぎ、タンクトップが露わになった姿。どこからどう見ても現場作業員にしか見えない風貌である。

 

 しかし、そんなレッドの疑問を余所にテリアは嬉々として語ろうとする。

 

「懐かしいねぇー! まさかこんなところで再会できるとは! いつも一緒に居た愉快なチルドレンはどうしたんだい? 一緒じゃないの?」

「……あれ以降めっきりですよ。私は違う施設に入れられましたので」

()()? ああ、タマムシのロケッ───」

「ところで喉は乾いてませんかッ」

「むぐっ!?」

 

 うっかり口走りそうになった博士の口へ、買ったばかりでキンキンに冷えたエネココアを流し込むコスモス。

 最初の内はそのまま喋ろうとしていたテリアであったが、流し込まれる甘味には逆らえなかったのか、途中から静かにゴクゴクと喉を鳴らしていた。

 

 その間にコスモスは彼女の耳に口を寄せる。

 

「(博士。私達がロケット団だったことはご内密に……)」

「ングッ、ングッ……ぷはぁ! そーだったそーだった! キミもそういうことを気にする年頃になったってことだね?」

 

 そうではあるがそうではない。

 ややズレた回答を口にしたテリアは、口の端から零れるエネココアをペロリと舐めとった。

 

「んー、実に人工甘味料って感じの味わい! ワタシは嫌いじゃないよ。やっぱり人間頭を動かすなら糖分が必要だね!」

「……ところで博士」

「うん、なんだい?」

「さっき五日は食いつなげると仰ってましたけれど───」

「ああ、そーだったそーだった!」

 

 少女が言い切るよりも前に声を上げるテリア。

 満面の笑みを浮かべる彼女はペロッと舌を出したかと思えば、片目をウインクさせながら両手を合わせる。

 

 

 

「コスモス氏、ちょっと船代貸してくれない?」

 

 

 

……は?」

 

───……カビゴンってたまに目を見開くんだけど、それと同じ怖さを感じた。

 

 後にレッドはそう語った。

 




Tips:自動販売機
 町中を探せば見つかるジュースの無人販売機。以下、ラインナップ。

・おいしいみず
 シロガネやまから採取した天然水。飲み口が軽く、身体に澄み渡るようなおいしさ。

・サイコソーダ
 シュワっと弾ける炭酸飲料。最近ナツメがCMをやっていた。

・パイルジュース
 飲み物にあるまじき甘辛いきのみジュースの一種。しかい意外にも人気。一部の界隈では依存性の高い成分でも入ってるんじゃないかと疑われている。

・ミックスオレ
 色んな果物を混ぜたオーソドックスなジュース。時たま悪ふざけとしか思えない期間限定フレーバーが発売される。

・マトマトマ
 トマトとマトマのみを使ったトマトジュース。トマトの酸味にマトマのみの辛味が合わさった、一見地獄のような味わい。しかし、一部の界隈でカルト的な人気を博している。

・エネココア
 エネコのしっぽのマークがかわいらしいココア。大人向けのビターフレーバーの方にはエネコロロがデザインされている。

DONN(ドン)
 ドンカラスがデザインされている有名な缶コーヒーブランド。思いの外カフェイン含有量が多く、飲むと目がギンギンになって不眠になる。道具として使うとねむり状態が治る。

FIRE(ファイヤー)
 ファイヤーがデザインされている有名な缶コーヒーブランド。思いの外カフェイン含有量が多く、飲むと目がギンギンになって他人をにらみつけるような目つきになる。道具として使うとねむり状態が治る。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。