愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

コスモス「久しぶりに会った知り合いから金を無心されました」

レッド「ろくでもない人間の予感が凄まじい」


№049:物の価値は人それぞれ

 

 

 

 ここは海上。

 編隊飛行を組むキャモメやペリッパーを追い抜く高速船は、ホウジョウとセトーの荒波にも負けず突き進む。

 

「いやぁー、爽快爽快! やっぱり潮風は気持ちイイねぇー!」

 

 『髪やら肌がベタつくのがアレだけど……』と付け加え、女性が大きく伸びをする。

 足首ぐらいまである藤色の髪は、吹き付ける潮風以外にも荒々しい波に右へ左へと揺れていた。

 

「博士」

「うん? なんだい、コスモス氏!」

「ちゃんとお金は返していただけるんですよね?」

 

 やや不機嫌そうな声の主・コスモスは、旅客用に設置された椅子の上に座っていた。日差しが暑いのか、熱を吸収する黒色の上着は脱いでいる。

 隣ではルカリオが団扇を仰いでおり、主を涼ませようと努力していた。

 しかし、それでも主の少女の機嫌は直らない。

 

 と、言うのも。

 

「もちろんもちろん! 家に帰ったらちゃんとあるから!」

「住所不定無職のはぐれ研究員なのにですか?」

「うーん、言葉の切れ味がいあいぎり級。だが一つ訂正してほしい。ワタシは住所不定ではないよ!」

「無職は否定しないんですね」

「アッハッハ! パトロンのいない研究者なんて無職も同然さ! 今は知り合いの手伝いで小銭を稼ぐ日々さ」

 

───無職を隠さないこの人間に果たして返済能力があるか?

 

 コスモスにとってはそれだけが心配だった。

 こんな憂慮を抱く彼女は今、カイキョウタウンへと向かう船の上に居た。無事交通規制も解け、晴れて航路を使用できる───そんな矢先での寄り道だった。

 全ては目の前のはぐれ研究員が帰りの船代を持ち合わせていないが故の悲劇である。

 

「せめてキャッシュカードは携帯してなかったんですか?」

「キャッシュカード持ってるとさ、ワタシったら余計な物まで買っちゃうからさ! だったら必要な分だけ持って出かけようって。そう思って帰ろうとした矢先、交通規制だろぉー? いやぁー、笑っちゃうよね!」

「笑えませんが」

「コスモス氏、目が怖いよぉー」

 

 そうは言いつつも、テリアはケタケタと笑っている。

 

「ところで」

「はい?」

「キミの先生なる青年はいずこへ?」

「先生でしたら部屋で休まれています」

「なるほどなるほど。トーホウの荒波に揉まれて胃の内容物をシェイクされている訳だね」

 

 要するに船酔いだ。

 キョウダンからオキノへと向かう船でも酔っていたのだ。それがホウジョウ地方とセトー地方の海峡ともなれば次元が違う。マグニチュードで言えば10、効果は抜群だ。

 

「じゃあ、ここで大っぴらに話してもオーケーだね!」

「……あまり大っぴらにはしてほしくはありませんが」

 

 レッドが居ないのを確認した二人は場所を移す。

 見晴らしのいい窓まで移動すれば、そのまま窓枠に手を置く。

 切り出したのはテリアの方からだった。

 

「いやぁ……ホントに懐かしいね。キミを見てるとロケット団に居た頃を思い出すよ」

「今はもう組織とは?」

「連絡は取ってないさ。所詮雇われの身だしねぇー、向こうからお声が掛からない限り取るつもりはないよ」

 

 彼女───テリアは元ロケット団だ。

 コスモスとの面識もそこからである。

 

 当時を振り返るテリアは、どこか楽しそうな声色で語る。

 

「タマムシの一斉検挙があったろ? あん時は逃げるのに必死でさぁー。そのせいで資料も電話も持てずじまい! まあ、今となっちゃ警察にも組織にも追われず正解だったと思うけど」

「じゃあ、今カイキョウタウンに居を構えているのは……」

「ムッフッフ、その通りさ」

 

 ロケット団解散の一因となったタマムシゲームコーナーの一斉検挙。

 その際、団員は散り散りとなった。ボスからの命令もない中では独断で動くしかなく、ある者はカントーに留まり、ある者は地方を渡った。

 

 その内、テリアは後者だった。

 

「やはり身を潜める為に───」

「そうとも!! なんせカイキョウタウンは研究者魂をくすぐる謎に満ち溢れているからね!!」

「……は?」

 

 思わず呆気にとられた声が出る。

 

「……今、何と?」

「興味があるかい!? そーかいそーかい!! やはりキミも知的欲求を持ち得し人間の一人!! 謎があれば答えを導き出したい性質だろう!?」

「いえ、そういう意味ではなくて」

 

───ああ、なんかダメな流れになっている。

 

 そうは思いつつも、ここからの訂正には相当の労力を要すると知っているからこそコスモスは止めない。流れに身を任せる。

 

「陸とは断絶された未開の孤島! うーん、なんとも浪漫がある響き! 未開とは、すなわち誰の手にも調べられていない場所! これほど研究者の心をくすぐる言葉があるだろうか!?」

「それで? 成果はあったんですか?」

「もちろん! ワタシのラボまで来てくれればいくらでも見せてあげるよ!」

「それは楽しみです」

 

 少女の声が限りなく平坦であったが、テリアは一向に気にする様子を見せずにつらつらと自身の言葉を並べていく。

 

 そうしてコスモスの意識が飛びかけた頃。

 

「お……見るんだ、コスモス氏!」

「ふぁ?」

 

 限りなく閉じていた瞼がゆっくりと開く。

 次第に開けていく視界、その先には何やら島のような影が見えてくる。遠目ではほとんど緑一色の無人島にしか見えないものの、近づくにつれちらほらと住居の屋根と思しき点が見えてくる。

 

「あれが……」

「そうとも、カイキョウタウン! 時と空に忘れ去られた地……うーん、いつ聞いても浪漫を感じる響きだ!」

「なんだか仰々しい響きですね」

「そうとも言い切れないさ」

 

 口をついて出た言葉への返答にコスモスが首を傾げる。

 それを満足そうに見つめていたテリア。彼女は何を思ったのか、こんな問いを投げかけてきた。

 

 

 

「なあ、コスモス氏。キミは『オーパーツ』って信じるかい?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 カイキョウタウン───時と空に忘れ去られた地。

 そう聞くと寂れた村の印象を抱くが、事実として閑散とした光景が広がっていた。家と家が隣接している場所などない。古ぼけた民家を取り囲む生垣は苔むしており、長い時が経っていることを見る者に想像させる。

 人が通る道はアスファルトで舗装されてなどいない。精々石畳が敷かれている程度だ。

 そもそも人通りが少なかった。港とも言えぬ港の桟橋に降り目的地に向かっている間も、誰一人としてすれ違うことはなかった。

 海の方から聞こえる波の音と、陸地を進んでいった先にある森の方から聞こえる葉擦れの音。そして、島に生息するポケモンの鳴き声ばかりが耳につく。

 

 まるで人の気配を感じられない。

 気分としては無人島に上陸したようなものだった。

 

「さぁー、着いたぞ着いたぞ! ここがワタシの城! そして、このカイキョウの秘密を解き明かす最前線のラボ……名付けて『テリア研究所』さ!」

「はあ……」

「おぉ……」

 

 ハイテンションのテリアに手招かれるコスモスとレッドだが、中々一歩を踏み出せない。

 というのも、先を行く女博士の言葉にギャップを覚えていたからだ。

 

 最前線のラボ。何とも聞こえがいい。

 しかし、現実の光景はどうだろうか。

 

「納屋ですね」

「うん、納屋」

 

 研究所と聞けば、普通は何を想像するだろう。

 最先端の機材や資料に溢れたハイテクな建物、この辺が固いであろう。

 

 しかしながら、目の前の建物は違う。

 ただの一軒家……の横にある納屋である。それもそこそこ年季が入っている。つくりも中々古く、一軒家とひっくるめて『古民家』と評するのが正しい風体であった。

 『研究所』という文字も表札の木の板に油性ペンで付け足されているだけであり、ハイテク感は皆無である。

 

───研究所、とは?

 

 オーキド研究所って立派なんだったんだなぁ、と今更ながらに思うレッドはやっと研究所の敷居を跨いだ。

 

 序盤から特大の不安に駆られるが、ここを越えていかなければ当初の目的は達せない。

 中に立ち入れば、古風な外観とは打って変わって研究機材と思しき機器がいくつも並べられていた。一応研究所としての体は保っていそうであるが、乱雑に伸びたケーブルは気を付けないとうっかり足を引っかけてしまいそうだ。

 

「えーっと、この辺に~……」

 

 ボロボロのデスクを漁るテリアは突き出した尻を右へ左へと揺らしている。が、色気なんてものは一切ない。期待なんてするだけ無駄である。

 

「ひーふーみー……ヨシッ! コスモス氏、これで足りるかい?」

「はい。それでは帰ります」

「あれ? もう帰っちゃうのかい? お茶ぐらい出すのに」

「お茶を出してもらうのも憚られますので」

「んー、それは残念だなぁー」

 

 実際、お茶もタダではない。

 無職の人間にとっては安くない出費になるだろう───というのは建前で、コスモスは一刻も早くセトー地方へと渡りたかった。

 航路が復活しているのであれば、次なるジムへと挑みたい。

 

 その一心で踵を返したコスモスであったが、

 

「折角コスモス氏へのお礼にスペシャルな贈り物をしようと思ったんだけどなぁー」

 

 ピタリ、と足が止まったところで博士の知的な眼光が閃く。

 

「それに今日の船の便はもう出てないと思うよ?」

「!? ……本当ですね」

「ド田舎を舐めちゃいかんよ、コスモス氏」

 

 スマホロトムで確認したコスモスが、諦めたように椅子へ腰を下ろす。

 カイキョウタウンへと立ち寄る船の便は一週間に一度。

 その為、一度上陸したが最後。次にホウジョウ地方なりセトー地方なりに降り立てるのは一週間先となる。

 最悪『なみのり』できるポケモンに乗せてもらうという手もあるが、波の荒いトーホウの海峡を渡るのは骨が折れる話だ。船で行けるのであれば船に乗っていくに越したことはない。

 

「つまり、一週間はここで泊まるってこと?」

「……まあ、次のジムへのトレーニングぐらいはここでもできますし……」

 

「───ホントにそれだけでいいのかい?」

 

「「?」」

 

 意味深な問いかけだった。

 思わず二人が振り返れば、そこには急須から茶を注ぐテリアの姿があった。

 しかし、重要なのはそこではない。先んじてモンちゃんに指示を出していたようであり、間もなく資料を持ってきたモンちゃんが、二人の前に分厚い紙の束を置く。

 

「博士、これは一体なんですか?」

「この島についてまとめた研究データだよ。見てみるかい?」

「はあ」

 

 要領を得ない返事をしてから紙を捲り始めるコスモス。

 汚い走り書きの字は読み取るのも困難だ。目を凝らせど凝らせど理解できぬ内容に、とうとう少女は痺れを切らす。

 

「つまり、何が書いてあるんでしょうか?」

「言っちゃえば、このカイキョウの地で発見された遺物についてだね」

「遺物?」

「ちょい待ち。画像で見てもらった方が早いね。あ、粗茶だけどどうぞ」

「ありがとうございます」

「その辺で採ったヨモギを使ったお茶だけど、味は保証するよ」

「ぶふーっ!」

 

 オーノー。ディス・イズ・野草茶。

 お腹を壊したらどうしてくれるのだ、と口の端から垂れる液体を拭いつつ、コスモスは差し出されたパソコンを閲覧する。

 画面に映し出されていた画像は、どれも人工物に見える物ばかりだ。それもここ最近市場で見られるようになった進化アイテム───具体的にはアップグレードやエレキブースター、プロテクター、その他諸々だ。

 ただひとつ共通している点があるとすれば、どれもこれもがかなりの歳月を経たかの如く苔むしたり古ぼけたりしていることだろうか。

 

 これに首を傾げたのはレッドだ。

 

「なんというか……ちぐはぐ」

「その通りさ、赤先生」

(赤先生?)

 

 突拍子のないヘンテコな呼び名にレッドが困惑している間、テリアは瞳を爛々と輝かせながら続きを口にする。

 

「実はこれ……どれも1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()代物なんだよ」

「「!」」

 

 もしもこの地が他よりも進んだ文明を築いているならばともかく、カイキョウタウンは何の変哲もない田舎だ。

 ならば、そもそも存在していること自体がおかしい。

 

「ありえないです。村おこしでやらせでもしているんじゃないでしょうか?」

「チッチッチ! 浪漫が足りないよ、コスモス氏。こういう時に必要なのは頭ごなしに夢物語と突き放すんじゃなく、現状存在し得る技術や情報の中でどうすれば実現可能か理論を組み立てることさ!」

 

『キミも得意だろう?』と女博士は辞書程もある紙の束を捲り、とあるデータをまとめた資料に辿り着く。

 

「過去に存在しないものが存在していた。これすなわち、このカイキョウという土地においてタイムトラベルが発生していたことを裏付ける証拠になるのではなかろうか!? ……と、ワタシは考えているよ」

「……タイムマシン的な?」

「おお! いいねいいね、赤先生! 人間の技術力が遂にタイムトラベルをも可能とした……それもまた浪漫のある話! だがワタシはこれらのポケモンの能力説を推しているよ!」

 

 バンッ! と古ぼけた床に叩きつけられた紙には、それぞれにポケモンの画像が張り付けられていた。

 どれも実物ではない───本に描かれていた挿絵や、遺跡に建てられていた銅像の写真であるが、下には『セレビィ』と『ディアルガ』という名が記されていた。

 

「まずセレビィ! こっちはウバメの森なんかで目撃例のある幻のポケモンだね。平和な時代に姿を現す森の神様さ!」

「言われてみれば、授業で話を聞いたことがある気がします」

「ジョウト地方じゃ有名なおとぎ話にもなっているもんね。だがしかぁし! ジョウト以外じゃオーレ地方でも目撃例がある! そこじゃあ聖なる力で悪しき力を浄化するなんて伝説もあって祠も建てられてるって話さ。うーん、興味深い!」

 

 そこでいったん区切るようにセレビィについて資料が退かされる。

 

「さて、次にディアルガだ! これはシンオウ地方の伝説に出てくる時を司る神様でね、こっちはよりビッグなスケールさ! セレビィと違って時間の流れそのものを操る!」

「……セレビィと同じじゃ?」

「そこが違うんだよ、赤先生。セレビィが個人スケールで、ディアルガが世界スケールと表現した方が分かりやすいかな? なんたってディアルガは時の化身とも呼ばれているからね。力のスケールが一個人とじゃ大違いなのさ」

 

 簡潔な解説を受け、レッドから『おー』と緩い納得の声が上がる。

 ここまででセレビィとディアルガの能力について大方把握できた。確かに彼らの能力を以てすればば、カイキョウタウンに流れ着いたオーパーツを説明することができるだろう。

 

 しかし、未だに見えてこない。

 

「すみません、結局博士は私達と何をしたいんですか?」

「遺物調査さ」

 

 聞かれるや、テリアははっきり言い放った。

 

「カイキョウタウンに流れ着いた遺物……暫定未来からやって来たオーパーツについて調査を進めたい」

「? 別におひとりでもできるのでは……?」

「そうは問屋が卸さないのさ。でもだね、キミのルカリオが居ると随分助かるんだが───」

 

 

 

「……帰ってきていたか」

 

 

 

 突如として聞こえた声に全員が振り返る。

 納屋の入口───ちょうど日光が差し込んでくる場所で、逆光が人型の輪郭を描き上げていた。

 

「おぉ、ジー氏! おかえりおかえり! 出かけてたんです?」

「……客か」

「そーそー! 昔の知り合いとそのティーチャーですよぉー」

 

 『ジー』と呼ばれた相手は、中年の男性であった。

 白髪交じりの逆立った青髪と三白眼が特徴的だ。顔の彫が深いのも相まって、異様な威圧感を与えてくる印象があった。

 

(なんと言うか)

(サカキっぽい)

 

 この時、天然師弟の思考はシンクロしていた。

 時折居るだろう。ただの一般人でしかないにも関わらず、ヤのつく職業をしているか刺青を彫っていそうなインパクトのある強面の人が。

 そういった類の印象を受けるのも束の間、コスモスはペコリと頭を下げる。

 

「お邪魔しています」

「お」

「勝手にするといい」

 

 レッドが挨拶キャンセルを食らう間に、不愛想に言い放ったジーは研究所(納屋)から立ち去っていく。

 そんな後ろ姿を見送ったコスモスは、至極当然な質問を投げかける。

 

「どちらさまですか?」

「あの人かい? ほら、そっちの家。そこの家主さ」

「じゃあ、この納屋も?」

「そうそう! 間借りさせてもらってる訳さ! ああ見えてジー氏は親切だよ? なんたって流れ者のワタシを家に住まわせてくれてるんだから!」

「……それって私達がこの島に居る間、あの人のお世話になるって意味では?」

「そーなるね」

 

 何か問題でも? と首を傾げるテリア。

 頭の上にそれはそれは純粋なクエスチョンマークが浮かんでいるが、同じタイミングで眉間に皺を寄せたコスモスとレッドが見つめ合い。

 

(あの不愛想な人の家に……?)

(あの怖そうな人の家に……?)

 

 だったら野宿の方が気楽そうだ。

 

 なんてことを考えていると、またしても足音が近づいてくる。

 今度はあらかじめ扉の方を向いておく。

 すると、先ほど離れていったばかりのジーが、三つほどモンスターボールを携えて戻って来たではないか。

 

「面倒は看ておいた」

「おー、申し訳ない! 助かるよ、ジー氏!」

 

 テリアがボールを受け取れば、今度こそジーは研究所を後にした。

 完全に足音が離れるのを見計らい少女が質問する。

 

「そのボールはなんですか?」

「これかい? そうだなぁー、口で説明する前にまずは見せた方が早いか」

 

 『出ておいで』とテリアがボールを開けば、三体のポケモンが飛び出す。

 

「フッシァア!」

「リザァ!」

「カメェ……」

 

 フシギソウにリザード、カメール───別に珍しくもないポケモンの登場であったが、なぜかコスモスとルカリオは大きく目を見開いた。

 

「この三体、まさか……」

「フッフッフ。見たまえ、この子達の目を! ギンギラギンに紅く染まった瞳……普通じゃないだろう? 何故ならこの子達は───」

「シャドウポケモンだから、ですか?」

 

 意気揚々と言葉を続けようとしていたテリアが小首を傾げる。

 

「あり? コスモス氏、この子達のこと知ってるのかい?」

「知ってるも何もこの三体をキョウダンで倒したのは私です」

「そうだったのかい? なんだいなんだい、世間って狭いねぇー」

 

 そうぼやきながらテリアは身近に居たリザードの頭を撫でる。

 しかしながら、瞳が紅く染まったリザードはこれといった反応を見せることはしなかった。心ここにあらずと。まるでそう言わんばかりの様子だ。

 と、ここでレッドが疑問を抱く。

 

「……どうして博士がシャドウポケモンを?」

「そう言えば赤先生には言ってなかったね。ワタシが知り合いの伝手で仕事紹介してもらってる話。これがそれ」

 

 これがそれと言われてもだ。

 

「博士、端折り過ぎです」

「そーかい? じゃ、要点だけまとめて説明しよっか」

 

 事の発端は数か月前にさかのぼる。

 その頃、テリアはカイキョウタウンで一人研究に明け暮れていた。しかし、所詮はカントー地方から着の身着のまま逃げおおせてきた身。研究に必要な機材や道具などはなく、そもそも購入する為のお金もない。

 どうやって金銭を工面するか───悩みに悩んだ結果、テリアは古くの友人を頼ることにした。

 

 無論、経緯はそれとなく隠した。

 すると、程なくしてとある大学の同窓生から連絡があった。

 

『キミにこの子達のデータを取ってもらいたいんだ』

 

 そう言われて送られてきたポケモンが前述の三体である。

 なんでも戦闘用に改造された疑惑のあるポケモンだが、具体的な施術方法がはっきりとしていないと言うではないか。

 方法が分からないとなると治療のしようもなく、現在はどうやって施術されたかを探る段階とのこと。

 

「そこでワタシにお鉢が回ってきたってワケさ」

「確か博士は遺伝子工学専門でしたよね」

「おー、よく覚えていてくれたね!」

 

 ご褒美におやつをあげよう、とテリアがせんべいを取り出したところで、

 

「遺伝子工学?」

「おや、赤先生はあんまり聞き馴染みない? じゃあそうだ、お菓子の原材料名とか見たことない?」

「あんまり」

「先生、ここに」

 

 あらかじめ用意していたかのような速度でコスモスがお菓子の箱を取り出す。

 どこでも見るポテトチップスの箱。キャッチーなロゴの裏側を見れば、四角く囲われた枠内に原材料名がずらりと記載されている。

 

「身近な例で言うとポテトかな。よく『遺伝子組み換えでない』とか見るだろ? あれは逆説的に遺伝子組み換えのポテトがあるって意味になるよね!」

「……遺伝子を組み変える意味は?」

「それはもう多種多様さ! 野菜で言ったら美味しくなったり、病気に強くなって育てやすくなったりとか! そういう理想を遺伝子を組み変えることで実現しようとするのが遺伝子工学だと思ってくれていいね」

 

 これもまた社会を陰ながら支えている学問の一つ。

 

「じゃあ、博士もお野菜の品種改良を?」

「いや、ワタシはもっぱらポケモンの方の……」

「博士、本題の方へ」

「おっと、済まない済まない!」

 

 本題から逸れて危うく過去の所業を暴露しそうになるテリアを止める。

 内心冷や冷やのコスモスがジト目を向ければ、女博士は大して反省してなさそうな表情で頬を掻いていた。元々彼女はこういう人間だ。探求心や好奇心が強過ぎて、善悪の概念が頭からすっぽり抜け落ちてしまっている。

 良い意味で純粋、悪い意味でも純粋。自分の欲求を満たす為であれば、どんな組織にでも所属するのを躊躇わないような人間であり、だからこそロケット団に所属していた。

 

 そんな彼女の過去の逸話を語り始めれば、いつまで経っても本題に入らない。

 故に強引に話を引き戻したコスモスは、こう続ける。

 

「つまり、博士は遺伝子方面からシャドウポケモンの正体を明らかにしようと?」

「その通りさ! ワタシ自身、人為的にポケモンを強化するシャドウポケモンにはヒッジョ~~~に興味がそそられたからねッ! まさにウィンウィンの仕事ってワケさ!」

「じゃあ、オーパーツ研究とは一切関係ないんですか?」

「ない!」

 

 ハッキリ言いよる、この研究キチは。

 

「……本島で調べようとかは考えなかったんですか? こんな離島より本島の方が色々都合が良いと思うんですが」

「何を言ってるんだい? 本島に移ったらオーパーツの研究ができないじゃないか! 仕事は仕事、研究は研究! 公私は区別するのが大人というものだよ、コスモス氏!」

「あ、はい」

 

 どっちも研究なのでは? という疑問は寸でのところで呑み込む。

 

 仕事としてシャドウポケモンの研究。

 趣味としてオーパーツの研究。

 研究において二足の草鞋を履いているテリアに、コスモスは感心半分呆れ半分の感情を抱く。

 

「まあ、シャドウポケモンは博士個人の仕事ですので置いておくとして……私のルカリオが居ると助かるとはどういう意味で?」

「おっと、そうだったね!」

 

 思い出したように研究資料を漁るテリアは『あったあった!』と一枚の写真を手に持った。

 

「これを見てくれ!」

 

 勢いよくテーブルに叩きつけられる写真に写っていたのは、青紫のグラデーションが幻想的な楕円形の物体であった。

 

「……結晶?」

「私には花に見えますが」

 

 しかし、レッドとコスモスの反応はそれぞれ別であった。

 見ようによっては不思議な形をした結晶に見えるが、地面についた花葉らしき物体を見ると植物にも見える。

 まだ宝石を削って作り上げた彫刻と言われた方が信じられる。

 それほどまでに自然物とはかけ離れた造形に、自然と目を奪われていると、

 

「実はそれ、カントーにもあるのさ」

「これがカントーに?」

「……見たことありませんね」

 

 思いもよらぬ事実に驚愕を覚えていると、発言した博士がこう続ける。

 

「まー、おつきみやまとかシロガネやまのさらに北の方……『ロータ』って街は知ってる?」

 

 やはり聞いたことがないとコスモスとレッドの二人が目を合わせる。

 ただ一人、ルカリオだけが訝し気に耳を動かしたが、彼の反応もそれっきりであった。

 すると、知らない態度に残念がるどころか、むしろテリアは嬉々としながら話を続けていく。

 

「この花はそのロータって街周辺に自生するものでね、『時間の花』って呼んでるみたいだね。なんでも、波導の力で時間の奇跡を見せてくれるとか!」

「時間の奇跡? ……とは、また遠回しな表現ですね」

「そうかい? ワタシ的には大いに浪漫を感じる言い回しだけれど……」

 

 まあそれはいい。

 即座に切り替えるテリアは、釈然としていないコスモスに詰め寄る。

 

「コスモス氏! キミのルカリオの協力さえあれば、この島に自生する時間の花を咲かせることができる! それすなわち、この島で起こった過去を解き明かすことができるかもしれない! ……ということなのさ」

「……」

「おっと、芳しくない反応」

 

 閉口し沈黙を続ける少女を前に、博士は顎に手を添え思案する様子を見せる。

 

「そう言えばキミは合理主義だったね。時を超えた浪漫というものは琴線に触れなかったか……」

「過去より今ですので」

「ウムム……! では、ワタシが収集したオーパーツの中から気に入った物を譲ろうじゃないか! モンちゃん、カモン!」

 

「モンモン!」

 

 パッチィーン! と指を鳴らせば、どこからともなく現れたモンちゃんことメタモンが、棚の中に収納されていた収集物を持ってくる。

 いずれもコスモスからすれば価値の分からない骨董品にしか見えない物ばかり。

 

 だが、閉口する弟子とは裏腹に瞳を輝かせている者が居た。

 

「これは?」

「おぉ、よくぞ聞いてくれたね赤先生! これは波導グローブと呼ばれる波導使いが自身の波導を増幅させる為に使う道具でね! ロータでも高名な波導使いが使っていた逸品さ!」

「こっちは?」

「こいつはピートブロックだね! 泥のような性質を有する石炭の塊さ! 昔はシンオウ地方でよく採れていたらしいんだけれど、こんな離島で拾えるなんて不思議な話だよね」

「この石は?」

「お目が高いね! それはポケモンの力を増幅させる波長を放つ特殊な石さ! まだ詳しくは調べていないからこれから何か分かるかもね」

 

 レッドは次々に収集物の詳細を尋ねる。

 よほど、時を超えてやって来たオーパーツに心魅かれたのだろう。少年のように純粋な瞳を湛えながら、時には実物を手に取って観察している。

 最初の内はコスモスも怪訝な視線を送っていたが、熱心に観察を続ける師の姿を見ている内に心境の変化が訪れる。

 

(もしや先生は……)

 

「コスモス」

「はい?」

「これとかどう?」

「!」

 

 レッドが不意に差し出してきた。

 それはテリアもまだ詳細不明と言っていた謎の石。不思議な模様こそ中央に浮かんでいるが、ただそれだけで用途は一切不明だ。

 普段のコスモスならば利用価値はないと切り捨てているであろう代物であるが、この時ばかりはコスモスも目を輝かせて差し出された石を手に取った。

 

「先生がそうおっしゃるのであれば……いただきます」

 

 恭しく目礼をするコスモス。

 疑問符を浮かべるレッドが何か聞きたそうにしていたが、それよりも早くテリアが大声を張り上げた。

 

「おぉ!? それはつまりワタシの研究に付き合ってくれるということだね!?」

「ここに滞在する間だけにはなりますが」

「いいよいいよ! それで十分さ! あぁ……いざ了承を得られたとなると居ても立っても居られないぞ!」

 

 言い出してからはあっという間だった。

 大急ぎで調査に必要な道具をまとめあげるや、パンパンに膨れ上がったリュックを背負うテリアが研究所の入口に立つ。

 

「さぁ、いざ『時間の森』へ行こう! 過去と現在を繋ぐ奇跡の真相を明らかにしようではないかぁー!」

「「おー」」

 

 コスモスとレッドの緩い掛け声が上げる。

 かくして、彼らはテリアの研究に手を貸すこととなったが、それが決定的となった答えを返したコスモスはというと、レッドから手渡された石を握りしめていた。

 

(先生が差し出されたからには、これにも何かの意味があるはず……)

 

 少女は合理的で論理的で利己的であるが、その一方で妄信的でもあった。

 

「先生のご厚意、深く痛み入ります」

「? ……どういたしまして」

 

 石ころ一つに価値を見出す。

 そういう意味では彼女もまた、石マニアになれる素養を持つ……と言えなくもない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 島に近づく影が一つ。

 それは小さな船。より詳細には、数人が乗れるサイズのモーターボートであった。

 

「まったく……本当にこんな辺鄙な場所にターゲットは居るんですの?」

『上からの確かな情報だよ』

 

 ぶつくさと文句を垂れる緑髪の少女へ、全身黒ずくめ───それどころか肌の露出が一切ないフードの人物が機械音声で答えた。

 

『シャドウポケモンの調査を委託されたのは、元ロケット団研究員のテリア博士だ』

「聞き覚えのあるお方ですわね」

『そうだね。まあ、昔のよしみとは言え止めておくに越したことはないからね』

「それでワタクシ達の出番、と……」

 

 波に揺られながら、緑髪の少女は眼前にある島を睨みつける。

 つい最近までホウジョウ地方やセトー地方の本島ともほとんど交流のなかった離島。排他的な空気を漂わせながらも流れ者を受け入れると評される不思議な土地ではあるが、裏社会から逃げ出してきた一研究員にとっては確かに居心地のいい場所かもしれない。

 

「ですが、ワタクシ達が送られてきたが最後ですわ」

 

 ニヤリ、と少女が好戦的な笑みを浮かべる。

 背後では男性とも女性とも取れる中性的な美貌を持つ人間が遠くの方を眺めていた。まるで何かに思いを馳せている様子であったが、緑髪の少女は構わず言葉を続ける。

 

「たとえどんな相手であろうともワタクシ達───『ロケットチルドレン』の前には木っ端も同然。今回も華麗に、優美に……そして完璧に任務をこなして差し上げますわ!!!」

 

 

 

───オーッホッホッホッホ!!!

 

 

 

 山であれば木霊しそうな高笑いが、モーターボートの上から響き渡る。

 幸いにも波の音が激しくそこまで遠くには届かなかったものの、聞き覚えのある人間が耳にすれば一瞬で判別がつく声量と声音であった。

 

 ロケットチルドレン───少女が口にした言葉は、かつて企てられていたロケット団のとある計画の為に用意された子供達を意味する。ポケモンリーグを内部から掌握する為だけにチャンピオンになることを求められた存在。

 

 それ故に強さを求められ、それ故に強さを身に着けた。

 

 

 

 悪の申し子達がやってくるまであと少し。

 

 

 

 そして───。

 




Tips:テリア
 かつてロケット団に所属していたことのある女博士。探求心と好奇心が凄まじく、表社会では中々進められない研究を行う為にロケット団に入っていた。
 最終学歴はタマムシ大学院であり、専攻は遺伝子方面。特に大学院時代は『優秀なおやの才能が子のポケモンに引き継がれるか』や『おやが色違いであった場合、子供が色違いとして生まれる確率はどれほどか』のような研究を進めており、実践しようとするたびに周囲から止められていた。そこそこ論文も発表していたが、どれも尖り過ぎており教授が陰ながら処分していたり根拠が薄いと信用されていなかった。
 ただし研究者としては優秀であり、ロケット団にもその才能を見込まれてのスカウトであった。良くも悪くも自身の欲求に素直であり、それを満たす為であれば善悪は二の次となるきらいがある。
 ロケット団解散後は身を隠そうと各地を転々としていたが、面白い伝承があるカイキョウタウンに目をつけ、そこに住まうジーの家に住み込みながら研究を始めるようになった。
 相棒はメタモンの『モンちゃん』。現在、友人から紹介された仕事でシャドウポケモンのフシギソウ、リザード、カメールも預かっている最中。
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