愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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前回のあらすじ

テリア「テリア研究所、スタッフ募集中! 初心者大歓迎! アットホームな研究所だよ! フレンドリーな博士がキミを待ってるよ!」

コスモス「手頃に使える助手が欲しいだけでは?」


№050:誰だって一度は手から“波”を出してみたい

 

 

 

「それじゃあまずは村長さんに挨拶しようか!」

 

 開口一番、準備を終えたテリアが言い放った。

 

「村長さんにですか?」

「そうとも! 時間の森はカイキョウタウンにとっても特別な場所だからね。ちゃんと森に入る際は許可をもらってるのさ」

 

 考えてみれば至極当然だ。

 だがしかし、その当たり前が眼前の女博士の口から出てきたとなると、彼女を知っているコスモスからしてみれば驚きは一入である。

 

「ちゃんとしてるんですね」

「コスモス氏はワタシをサイホーンかなんかだと思ってないかい?」

「二本足のサイホーンだと思っています」

「それだとサイドンだね」

「いえ、二本足のサイホーンです」

「頑なだね」

 

 何を以て線引きしているのか気になるところである。

 

 ド失礼な物言いだが、テリアは気にも留めない。

 村長の家へと向かう足取りは軽やかだ。浮足立つ心境を隠しもしない彼女は、慣れた様子で田舎特有の傾斜がキツイ坂道をズンズン進んでいく。

 離島に比べれば十分都会であった町で暮らしていたコスモスにとって、それは余りにも厳しい試練。気づけば額には大粒の汗が滲み出しており、

 

「ひっ、ひっ、ふぅー! ひっ、ひっ、ふぅー!」

「何か生まれる?」

「く、口から昼に食べたゆでたまごが……」

「おぶるよ」

 

 このままではどこぞの魔族よろしく口から『たまごうみ』をしてしまいそうだった。

 仕方なく少女を背負うレッド。

それを眺めていたテリアは『アハハー』と緩い笑い声を上げる。

 

「コスモス氏は相変わらず貧弱だなぁー。さっすが、体力テスト万年最下位だっただけのことはあるねぇー」

「私は私が生きられる場所でしか生きられないんです」

「自然じゃ真っ先に淘汰されそうだなぁー。自分を環境に適応させるのは大切だよ? 自然は強い種が生き残るんじゃない。適応できたものが生き残るんだからねぇー」

 

 研究者らしい話を交えながら道を進んでいれば、次第に島の中でも大きな屋根が見えてくる。立派な門と屋根には魔よけと思しきウインディの像が飾られている。

 しかし、それを目にした途端レッドが足を止めた。

 

「……」

「どうされました、先生?」

「あのウインディ……角がある」

「角?」

 

 言われてコスモスも目を凝らす。

 レッドの言う通り、確かに飾られているウインディ像には一本の角が生えている。勿論、普通ウインディに角は生えていない。だからといって、ウインディ以外のポケモンであるかと言えぬ程ウインディに酷似している。

 

「不思議な造形ですね。この島特有の文化なんでしょうか?」

「……強そう」

「角技が増える分、戦略は広がりそうですね」

 

「コスモス氏ぃー、赤先生ぇー。こっちこっちー!」

 

 バトル脳共の先を行くテリアが屋敷の敷地内で手招きしていた。

 招かれるがまま立ち入れば、立派な庭先と縁側に腰掛けている人影が目に飛び込んでくる。

 

「フム? またぞろ騒がしいのが来たと思ったら……そなたに客人とは珍しい」

「どーもどーも! 来たよ村長さん!」

 

 縁側のティーテーブルに佇んでいた女性にテリアが歩み寄る。

 『村長』と呼ばれたのは壮年の女性であった。光を吸い込むような漆黒の着物に対し、落ち着いた色の銀髪が特徴的だ。総じて美魔女と呼ぶに相応しい女性は、ゆっくりと立ち上がるコスモス達の方を見るや、『ほぅ』と吐息を漏らした。

 

「これはまた随分と赤い人よのう」

「……おれ?」

「それにそっちは黄……いや、青も随分と強い。固い意志の下、燦然と瞬く知識……まるで夜空のようじゃ。フムフム、久方ぶりに面白い客人がやって来たのう」

 

 自分のことを言われたのかと立ち止まるレッドに対し、要領の得ない言い回しにコスモスは首を傾げた。

 

「貴方がこの村の村長さんで?」

「おっと、すまぬ。年甲斐もなく一人ではしゃいでしまった。そなたの言う通り、わしがこの村の村長じゃ」

 

 銀髪銀眼、それでいて黒ずくめの美女が言い切った。

 直後、レッドとコスモスが顔を見合わせる。

 

「(村長って言うからもっとこう髭を生やしたお爺さんを想像したけど)」

「(お綺麗な方ですね)」

「(いくつぐらいだと思う?)」

「(30後半から40代ぐらいが難いでしょうね)

 

「これ、聞こえておるぞ」

 

 『おなごの歳は詮索するものじゃない』と続ける村長は、言うほど大して気にした様子もなくクツクツと笑っていた。

 軽い挨拶を終え、一同はそのままティーテーブルへと腰を掛ける。ただ、椅子が三つまでしかなかった為、一番小さいコスモスは自然とレッドのおひざ元へと収まった。

 

「さて……用件は察しておる。どうせまた時間の森に行きたいと言うのじゃろう?」

「話が早いね、村長! 今度は心強い助っ人がやって来ましたからねぇー!」

「そのようじゃのう。まあ、調査に行くのは止めん。わらわの許可が要るとは言え、どうせ島の人間以外じゃ道に迷って危ないからぐらいの理由だからのぅ」

 

 そう言って村長は空のティーカップに紅茶を注ぎ始めた。

 緑茶とも違う香ばしい匂いがフワリと立ち上る。テーブルに鎮座するアフタヌーンティースタンド───そこに並ぶクッキーやスコーンといったお菓子の数々も合わせてみれば、思わずコスモスもごくりと唾を飲んだ。

 

「食べるか?」

「いただきます」

「遠慮がないねぇー」

 

 テリアにはこう言われたが、家主に勧められれば断る理由はない。

 すぐさま少女は気になっていたお菓子を手に取り、淹れたてホヤホヤの紅茶と共にティータイムを満喫し始める。

 

 傍らに佇むルカリオは、はじめこそ現金な主の姿にげんなりとしていたものの、『おぬしもどうじゃ?』とスコーン───それもきのみ入りの───を勧められ、まんまと誘惑に負けることとなる。

 

 それは他のポケモン達も同じ。スコーンにかぶりついたルカリオを皮切りに、服の中に隠れていたコスモッグやボールの中のポケモン達まで良い匂いにつられて飛び出してくる。

 あっという間に大所帯と化す場に、村長はわざわざ台所から追加の茶菓子を、皆が食べられるよう大きなバスケットへと詰め込んでやって来た。

 

 ここまで来れば後はお分かりのことだろう。自分の好きな味のきのみ入りの茶菓子を貪り始めるティーパーティーの開幕だ。

 先ほどまでの静寂は一体どこへやらといった騒ぎ具合だ。場所が場所ならちょっとしたご近所迷惑にもなりかねない盛り上がりである。

 

 しかし、それを村長は孫を見るかの如く穏やかな眼差しで眺めている。

 まるで遠い過去でも思い出しているかのようだが、懐古の情に浸るのも程々と言わんばかりに村長が口を開く。

 

「さて、童が菓子を食べ終えるまで暇じゃしのう、何か話の一つでもしてやろうか。なあ、そこの赤い人」

「……赤い人」

「何か聞きたそうな顔をしていたからのぅ。なんでもいいぞ、歳以外はな」

 

 すっかり『赤い人』呼ばわりのレッド。彼は釈然とはしないながらも、疑問を抱いていたのは事実でもあった為、これ幸いとぶつけてみることにした。

 

「じゃあ、この辺で見つかるオーパーツについて何か知ってることは?」

「フム、テリアが研究していることについてか。既知の事実は粗方そやつに話したんじゃがのぅ」

 

 そう前置きをした村長は紅茶を一口含んだ。

 生きた歳月を思わせる唇をほんのり潤し、語りの準備は整う。

 

「その話をするにはまず里の興りから話さねばな。今でこそ『カイキョウタウン』なぞ大層な名のついた土地じゃが、元々はあたしが隠居の地として移り住んだ隠れ里だったのじゃ」

「ご隠居様……?」

「印籠は持っておらぬぞ」

 

 冗談を挟みつつ、村長は続ける。

 庭先ではカビゴンの茶菓子を盗んだゲッコウガがしばき倒されているが、誰も気にしない。

 

「わしが住み着いて幾年月……ある時、本島から人がやってきた。それこそ、かつてのシンオウ地方開拓に出張って来たギンガ団のようにのぅ」

「……それにしては人が」

「少ないじゃろう?」

 

 言葉の先が分かっていた口振りだった。

 

「それもそうじゃろう。この地にやって来た人間は暮らしやすい住処を作ろうと森の開拓を進めようとした。だが、そうはいかなかった……何故だか分かるか?」

「……森に棲むポケモンに襲われたから?」

「然りじゃ」

 

 今となっては人とポケモンが共生していることは当たり前だが、ずっと前の時代はその限りではなかった。今よりも人慣れしていないポケモン達は、縄張りに押し入ったと捉えた開拓団へと襲い掛かったのだ。当然、開拓団もあの手この手で対策を講じはしたものの、結果として先に折れたのは人間の方だった。

 

「元々、こんな辺鄙な土地に来る人間なんぞ脛に疵を持った者も少なくない。無暗に騒ぎ立てようともせず、今の時代までひっそり暮らしてきたという訳じゃ」

「……ということは、森には当時の人達じゃ敵わなかったポケモンがたくさん?」

「そなた、何故そんなに楽しそうな声色なのじゃ?」

 

 普通は怖がるところだろうに、強力な野生ポケモンが住み着く山に籠っていた男にしてみればその限りでない。

 連日バンギラスやリングマが襲い掛かってはきたが、結局のところ野生ポケモンのラインナップは変わらないのだ。三食カレーでも飽きないガラル人でない以上、戦う野生ポケモンにも変化が欲しいと思うのは不思議ではない。不思議ではないのだ。不思議じゃない、いいね?

 

 一方、話を聞いていたコスモスはザクザク鳴り響く頬を動かしながら相槌を打った。

 

「なうふぉろ、へいあははへはふぇおほはへいへひうほほまふぁひふぁひは」

「口の中の物を飲み込んでから話せ」

「んぐっ……ふぅ。なるほど、テリア博士が手をこまねいているのも分かりました」

「菓子はどうじゃった?」

「とても美味でした」

「それは良かった」

 

 高燃費少女の腹が満たされたところで、村長の話はとうとう本題へと移る。

 

「それでも人間は自らの住処を確保すべく、少ない土地を何とか切り開き、恐ろしいポケモンが済む森の中へも食料を確保しに赴いた」

「そこで見つけたのがオーパーツという訳さッ!!」

 

 堪らずといった様子で口を開いたテリアの声が響き渡る。

 余りの声量に村長も目を細め、鬱陶しそうにはしゃぐ女博士を見遣る始末だ。

 

 しかしながら、語らなければその先の話は明らかにならない。

 今度は隣の喧しい研究者に注意しつつ、村長は語りを再開した。

 

「……こやつの言う通り、時折森から帰って来た者達の中に得体のしれぬガラクタを持って帰る者が居た。結局皆大した使い道も分からず、最後にはその辺に放り捨てておったんじゃがのう……」

「中にはそれらを集める御仁が居た!! ですよね、村長!?」

「少し静かにせぬか。これでも食っておけ」

「んごふッ!?」

 

 余りにも声量が大きいテリアの口に、村長はスコーンを詰め込んで黙らせる。中々のビッグサイズだ。スコーン単品では口がパサつくし、これを見越してか彼女に紅茶は淹れられていなかった。

 斯くして、巨大スコーンに悪戦苦闘する羽目に遭うテリア。続きを話すなら今しかあるまい。

 

「で、どこまで話しておったかのぅ? ……おぉ、そうじゃ。ガラクタを蒐集していた数奇者の話じゃったのぅ」

「どなたなんです?」

「そなた達、こやつの研究所に立ち入ったじゃろう? なら、そこの家主には会ったか?」

「……ジーさんですか?」

 

 コスモスの回答に、村長はこくりと頷いた。

 

「あやつもふらりとこの島にやって来てのぅ。それから20年くらいに経つか……その間、誰も見向きもしなかったガラクタを集め回っておったのじゃ」

「ふごふッ……そうそう! だからワタシはジーさんのお家ゴバッフ! げほっ、げほぉ!?」

「茶でも飲んでおれ」

「んぐっ!?」

 

 無理にスコーンを飲み込んで乱入してきたテリアだが、案の定口の水分を持っていかれていた彼女は激しく咽た。そこへ今度はティーカップ……ではなく、ティーポッドの注ぎ口を丸々突っ込んで黙らせる。

 中々の量が残っていたのか口の端からダバダバと高級そうな紅茶が溢れ出しているが、村長は一切気にしない。

 

「じゃから、この島でオーパーツに詳しいのはこやつを抜けばあやつが詳しい……はずなんじゃがのぅ」

「何か問題でも?」

「あやつ自身、集めている理由を知らんと言うじゃないか」

 

 村長の言葉に、コスモスとレッドは同じ方向へ首を傾げた。

 

「本人が集めてるのに?」

「なんでもここに来る前の記憶を失くしておるようでのぅ」

「え」

 

 ここに来て別のとんでもない爆弾発言が飛んできた。

 記憶喪失。フィクションの世界ではよく聞く単語ではあるが、いざ現実で遭遇する機会などほとんどありはしない。

 しかし、だからこその疑問をコスモスがぶつける。

 

「記憶喪失なのに集め回ってるんですか?」

「そうじゃ。まったく異な事と思うじゃろう? 記憶を失くし、理由も分からない。けれどああやって集めて回っている。きっと、記憶なんぞよりもっと深い……心に刻まれたものにでも従っておるのかのぅ」

「心、ですか」

「何か釈然とせぬ様子じゃな」

 

 顎に手を当てて考え込むコスモスに、村長はそれとなく返答を促した。

 思案は数秒。言うことが定まった少女は、真っすぐな瞳を湛えてから切り出した。

 

「心が憶えているから、というのは非論理的だと思います。それなら体に染みついた……習慣の方が納得できます」

「フム、なるほどな。心ではなく体に刻まれたものだと。そなたはそう思うのじゃな」

「おかしいでしょうか?」

「いや、そなたの考えも一理ある」

 

 村長は穏やかな微笑を湛えながらティーカップを傾ける。

 琥珀色の液体は波紋を広げながら、純白の陶器を駆け上がるように村長の口元へ吸い込まれていく。飲み干されたティーカップの中には最早何も存在しない。そこに紅茶があったことも証明できぬ光景は、まるで何かの暗喩であった。

 

「元よりこの問答に正解なぞ存在せぬ。それこそ当人にしか知る由もなかろう。もっとも、尋ねるべき相手は今のあやつか過去のあやつか……今語る理由もまた真実なれば、過去のあやつが語る理由もまた真実」

「そんなもの、記憶を失う前の理由が正解ではないんですか?」

「そうとも言い切れぬ。そもそも記憶を失う前と後とで己という存在は同一か? はたまた別人か? 自己の存在証明とはげに難しき命題なのじゃ」

「むぅ……」

「童には難しい話じゃったか」

 

 哲学染みた話にコスモスが口を噤むのを見て、村長は下がった眉尻をそのままに微笑んだ。

 

「じゃが、もしもそなた達に波導の力があるとするならば……時間の花が手掛かりになるやもしれぬ」

「波導の力?」

「そなたのルカリオならば使える。鍛錬すれば人間とて例外ではない」

 

 『まあ今の時代わざわざ身に着けるものではないじゃろうが』と付け加え、最後に村長はこう語った。

 

「じゃが、何よりも大切なのは正しく疑う心。それさえあれば道に迷いはせぬ。特に、自分の道にはのぅ」

 

 さあお行き、と。

 年の功を感じさせる微笑に妙な説得力を覚えつつも、コスモスはひとまず彼女の言葉を胸に止めることにした。

 結局大した情報は得られなかった。精々、テリアが言述通りルカリオが探索の要になるという確認が取れたぐらいだ。しかしながら、それ自体も未だ眉唾レベルの口伝である。

 

(やはり現場に向かうより他ないですね)

 

 百聞は一見に如かず。

 ここで長々で話を聞くよりも直接森に出張った方が早いと考えたコスモスは、レッドのひざ元から立ち上がった。

 

「貴重なお話ありがとうございました」

「構わぬ。伝承を言い伝えるのは慣れておるでのぅ。また暇になったら来るといい」

「……茶菓子が出るのなら」

「それなら、たんまり用意せねばのぅ」

 

 クツクツと喉を鳴らす村長。

 隠居している身とは言ったが、それでも一人は退屈らしい。

 

「それならまた来ます」

「土産話、楽しみにしておるぞ」

 

 こうして三人は村長の屋敷を発った。

 向かう先は時間の森。人・物問わず、時空を超えて渡って来た漂流者の流れ着く最後の場所であり、

 

 

 

───時と空に忘れ去られたが故、取り残されたポケモン達の住処でもあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さあさあ! ここが目的地の森だよ!」

 

 意気揚々と両手を広げるテリアの後ろに生い茂る木、木、木。

 この森こそが目指していた『時間の森』と呼ばれる森林である。とは言うものの、外観はただの森。入口らしき場所に風化した鳥居が建てられている以外は、これといった人の手は加えられていない。

 ポケモンの姿もほとんど確認できず、鳴き声一つ聞こえない静寂は、まるでこの空間を外界と切り離しているかのようだった。

 

「なんというか不気味ですね」

「フッフッフ! 不気味と神秘は紙一重さ、コスモス氏! ワタシにはこの森がスペシャルな謎に満ち溢れている宝の山に見えるよ!」

「林業者にはそう見えるかもしれませんね」

 

 しかし、目の前の女は林業者ではない。一歩間違えればマッドサイエンティストに踏み入りかねないイカレ研究者である。そんな女に目をつけられるとはこの森も不幸だ。

 

「それじゃあ早速案内するよ、二人共!」

「ルカリオの力が必要なんじゃないんですか?」

「いいや、手を借りるのはもう少し後さ!」

 

 それまでは何度もフィールドワークに赴いたテリアの領分と、コスモスとレッドの二人は素直に案内に従うことにした。彼女の背中を見失わないように気を付けつつ、変わらない景色へと目を送る。

 奥へ奥へと進んでいく内に、ちらほらとポケモンの姿が窺えるようになってきた。しかしながら、見つけたのはホーホーやヨルノズクばかり。拍子抜けするほどバリエーションがない。

 

(こっちをジッと見つめて来て気味が悪いですね)

 

 しかも、森へ立ち入る人間が余程珍しいのか、執拗なまでに自分達の方を凝視してくるではないか。

 

 その事実に居心地の悪さを覚えるコスモスの一方、レッドはと言えば。

 

「……空気がおいしい」

「ピ~カ~……」

「トキワのもりを思い出すね」

 

「トキワのもりと言えば!!」

 

「!?」

 

 突然大声を出すテリアに野生のヨルノズク達が驚いて逃げる。

 バサバサと飛び去る音が止んでから、思わず身構えていたレッドとピカチュウは話したそうにウズウズとしている博士に聞き返す。

 

「……トキワのもりと言えば?」

「村長さんの家で『波導』の話について聞いたろう? それに関連する話で面白い伝承があってね」

「伝承?」

「トキワのもりには10年に一度、ポケモンを癒すことのできる能力者が生まれる。ワタシはこれを『先天的な波導使いなのでは?』と仮説を立てていてね! 周囲の気……つまり、波動を導くことでポケモンにエネルギーを与える───疑似的な『いやしのはどう』を人の身で行っているのでは!? ってワケだね」

 

 『波導使い』と聞けば中々とっつきにくいが、『サイキッカー』と呼ばれる人種ならしばしばテレビでも話題になっている。それこそヤマブキジムリーダー・ナツメや、セキエイリーグ四天王・イツキがその最たる例である。

 意外にも世の中に偏在する特殊能力者……それらが先天的な『波導』を使える者達の一部ではないか、というのがテリアの主張である。

 

「……そもそも波導使いって?」

「あれ、説明してなかったっけ?」

「まったく」

「そっかー。じゃ、軽く説明しようかな」

 

 『波導使い』とは呼んで字の如く、『波導』を操れる者を指す言葉だ。

 

「まず『波導とはなんぞや?』って話なんだけど、村長氏いわく『物体が放つ波動を読み取ることで、物の探知から相手の思考を読んだりする万能能力』らしいんだよ!」

「おぉ……なんかすごそう」

「ルカリオはその能力で『はどうだん』を撃ってる訳なんだけど」

「!」

「赤先生、急に構えてどうしたんだい?」

 

 話を聞くや否や何か“波”的なものを繰り出そうと構えを取るレッドに、テリアはいまいちピンと来ていなかった。この女博士、どうやら浪漫は浪漫でも男子小学生的な浪漫には疎いらしい。

 

 それはさておきダイケンキ。

 

「ま、実際どういう理屈なのかは村長氏もさっぱりらしくてね。手慰みレベルでは使えるらしいけど、人に教えられるまでとはいかないみたいだ。詳細な理論をまとめられないのが残念でならないよ」

「……そう」

「だがしかぁし! この島の研究が終わり次第、波導(そっち)方面の研究を進めるのも吝かじゃあないッ! ゆくゆくは波導についての論文も書くつもりさ!」

 

 と、テリアはやる気満々である。

 これを聞いたレッドもまた、自分の手から“波”を出せるようになるのではないかと目に光を取り戻していた。

 一方、コスモスはと言えば、

 

(ポケモンの技を自分の身に着ける……なるほど。自分が身に着ければより経験に即した指導ができるようになる、と……)

 

 流石は先生。略して『さす先』。

 少女も少女で平常運転が暴走している。これでは暴走族だ。終わりである、この世紀末師弟は。

 

「お? 見えてきた見えてきた!」

「何がですか?」

「ここから先が未踏の地! まさに未知の領域って寸法さ!」

 

 浮足立っていたテリアの足が止まる。

 彼女の目の前に佇んでいるのは苔むした祠だった。鬱蒼と木々が生い茂る森の中、か細く差し込む木漏れ日に照らされて佇む光景は神秘的と言うより他ない。

 

 まさに日常から隔絶された空間。

 そこに祀られている祠の中にこそ、一輪の花が咲いていた。螺旋状に花弁を閉じる姿は一種の彫刻にも見える。しかし、これが自然より生まれ出でたものだというのだから驚きだ。

 実物を目の前に言葉を失っていたコスモスが、ようやく口開いた。

 

「これが……時間の花」

「さぁ~てさってさて~♪ コスモス氏、出番だよぉー!」

「分かりました。ルカリオ」

 

 呼ばれるがまま前に出るルカリオ。

 そのまま灯篭の下へ歩み寄った彼の手をとり、テリアは灯篭へと掌を翳すような体勢へと持っていく。

 

「さあ、今こそ波導の力を解き放つ時だ! さあ! さあっ!!」

 

「……」

「ルカリオ、あとでチョコあげますから」

「……ワフッ」

 

 何に対しての餌付けであるかは皆まで言うまい。

 溜め息一つ零したルカリオは、やれやれといった面持ちで精神集中を始める。すると掌を中心に鮮やかな蒼い光が満ち始めた。波動、あるいは波導と呼ばれる力の塊である。

 この力の扱うにあたって、『はどうポケモン』と称されるルカリオの右に出る存在は居ない。

 

 みるみるうちに波導は一点に収束する。

 『おぉ!』と目を輝かせるテリアだが、見慣れているコスモスはこれといった新鮮味もない光景。

 

(今日のところは早いところ切り上げて、ジムに向けてのトレーニングを考えたいですが……)

 

 半ば上の空で突っ立っていれば、不意に歓声が沸き起こる。

 

「見たまえ! 時間の花が!」

 

 テリアの声に意識を引き戻されれば、ちょうど花に変化が訪れた瞬間だった。

 刹那、彫刻のように佇んでいた一輪の花から七色の波動が解き放たれた。鮮やかな光の波は辺りを包み込み、文字通り周囲の光景を()()()()()()

 具体的に言えば、先ほどまで目にしていた森と景色が変わっていた。

 生い茂る木の数や祠を覆う苔の面積。ここが森の中であるが故にこれだけの変化で済んでいるが、違う場所ならば瞭然とした差異が目に見えてくるはずだ。

 

「おぉ、これが時間の奇跡……! すごい、すごいぞ! これはいつぐらいの景色だ? さっきまであったはずの木が無いところを見るにそれなりの時間が経っているはずだ! いや、それよりも写真は撮れるのか? もしも撮れるんなら後々の考証の為にありったけ撮って───うん?」

 

 捲し立てるように垂れ流していた独り言が止まった。

 過去より蘇った景色の中、現在に存在していなかった人影がそこにあったからだ。黒い中折れハットに、黒いロングコート。暗い森の中ではあまりにも不自然な格好だった。

 ふらふらと覚束ない足取りでこちらへと向かってくる。

 しかし、どうにも向こうはこちらに気づいていない様子だ。まるで三人の存在が元からないとでも言わんばかりだ。

 

「こ、これは……もしや過去にこの森を訪れた人間!? おっほー! いいねいいね! ワタシはそういうのを求めてたんだよ!」

「……あ、」

「どうしたんだい、コスモス氏! ようやくキミも過ぎ去った過去を蘇らせる浪漫に目覚めたのかい? それなら大歓迎だよ! だがしかし、もうちょっと待ってくれないかな! ワタシはまだこの興奮を抑えられそうにないからねぇ! 感想はこの光景をしっかり目に焼き付けた後、ゆっくりと……って、あぁー!?」

 

 カメラを構えシャッターを押そうとした、まさにその瞬間だった。

 不意にフラフラと歩き出したコスモスが、フレームの中へと立ち入ってしまう。

 

「ちょっと待ってくれたまえよ、コスモス氏ィ!? そっちに行かれたら折角のシャッターチャンスがぁー!」

「サ……」

「サ?」

 

 誰の声も届かず。

 けれども、ゆっくりと近づいてくる人影を───その帽子の陰に隠れた目元を見上げた瞬間、少女の瞳はこれでもかと大きく見開かれた。

 

 目に映った幻を、しかし、確かに過去に存在した景色を。

 唇が震えている。

 そして、手を伸ばした先には、

 

 

 

 

 

「サカキ、さま……?」

 

 

 

 

 

「バウッ!!」

 

 突如響き渡った咆哮と共に、コスモスの意識は現実へと引き戻される。

 

「ゔっ!?」

「コスモス氏、上! 上ぇー!」

「上……? んんっ……!?」

 

 言われた通り上を見る。

 

 木の幹、

 目の前、

 倒れて、

 

「『アイアンテール』!」

「チャア!」

 

 気合いの入った掛け声が飛んできた瞬間、鋭く風を切る音と共に倒れてきた木が横へ弾き飛ばされる。

 間一髪倒木の下敷きになることを免れ、コスモスはようやく呼吸を思い出す。随分長く息を忘れていたらしい。呼吸は荒く、吸い込んだ空気が冷たいと感じて、自身の体の火照りも知った。

 

(いや、それよりも)

 

「っ、敵襲!? 『はどうだん』!!」

「グルァア!!」

 

 すぐさま意識を切り替えたコスモスは迎撃に打って出る。

 指示を受けたルカリオは、先ほどとは打って変わって攻撃的な閃光を掌に集めて固める。それが限界まで凝縮され切った時、光弾は寸分の狂いもなく主へと襲い掛かった敵影目掛けて発射された。

 

 しかし、

 

───ザンッ!!!

 

「なっ……!」

 

 あっけなく両断された光弾が左右へ軌道を逸らしていく。

 光が瞬いたのはその直後。背後の木々に着弾した光弾が爆発を起こせば、否が応でもコスモス達に襲い掛かった敵のシルエットを浮かび上がらせる。

 

「ストライク……ッ!?」

「いや、違う」

「先生?」

 

 否定を入れたのはレッド。

 カントー地方で何度も見かけたポケモンだからこそ、彼のポケモンがストライクでないことを見破った。

 爆炎が収まり、黒煙が風に流されていく。

 そうして森が本来の色彩を取り戻せば、初めて襲撃者の鮮明な姿を見ることが叶った。注目すべきは両腕の刃物。ストライクであれば鋭い鎌を持ちうる部分を、その襲撃者が携えていたのは別の物。

 

「あれは……斧ぉ!?」

 

 テリアが驚愕の声を上げる。

 次の瞬間、襲撃者は振り下ろした斧を容易く持ち上げる。ズッ……、と地面から引き抜かれる重厚感のある音が、その武器の重さを想像させ、コスモスは背中に汗が滲み出るのを覚えた。

 

(こんなポケモン、見たことない)

 

 どんなに強いポケモンであろうが知識があるならば冷静に対処できる自信のあるコスモスだが、まったく未知の相手ともなれば話は別。

 斧を携えた襲撃者は鋭い眼光を光らせ、強張った表情のコスモスを睨みつける。

 

「……」

「……どうやら歓迎されていないようですね」

 

 ですが、とコスモスは立ち上がる。

 

「私にも退くに退けない事情ができました」

 

 襲撃者に勝るとも劣らない眼光を迸らせ、少女は睨み返す。

 一触即発。いや、臨界点はすでに超えていた。それほどまでにピリついた空気の中、両者は向かい合っていた。

 

 時間の森。

 そこで繰り広げられる“過去”を追い求める戦いは、とうに始まっていたのであった。

 




Tips:時間の森
 カイキョウタウンに広がる広大な森林。
 当時はまだカイキョウタウンとさえ呼ばれない時代、開拓団が拓こうとしたものの、生息する危険な野生ポケモンを前に断念したという過去がある。
 一説にはセレビィが生息しているとされており、時折食料調達に赴いた人間がオーパーツを発見するという事例も確認されている。
 また各所には時間の花を祀る祠も建てられていが、これらを作成した人間は不明であり、いったいいつの時代に建てられたかも不明である。

 また、セレビィが出現する事実の裏付けか、時折森の中では見たこともないポケモンが姿を現すというが、その存在は現在まで明らかにされてはいない。
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