コスモス「この家、電力通ってますけど家電はないんですか?」
ジー「森で拾ったオーブントースターと洗濯機と扇風機と冷蔵庫と草刈り機ならあるぞ」
レッド「意外と揃ってる……」
早朝。
襖の隙間からは朝日が差し込むと共に、小鳥ポケモンの囀りも聞こえてくる。
いかにも清々しい一日の始まりを予感させるシチュエーションだ。こんな日には朝ごはんをしっかり食べて精をつけるに限る。
と、そこへ。
「やーやー、ジー氏! おはようおはよう! このお味噌汁のいい匂い……さては朝ごはんができていると見たよ!」
「テリアか。自分の分は勝手によそえ」
「もちろん! いやぁー、毎日おいしいご飯を作ってもらって助かるよぉー!」
バタンッ! と勢いよく襖が開かれれば、朝から無駄にハイテンションなテリアが飛び込んで来た。よほど空腹であったのか、腹からバクオングの鳴き声にも劣らない音を響かせており、すでに食卓に着いていた少女も思わず顔を顰めた。
「……おはようございます、テリア博士」
「おはよう、コスモス氏……って、なんだいその
「ああ、これですか」
ギョッと驚くテリアの目の前には、目の下の大きな
「別に……調べ物をしていたら、普段より遅い時間に寝ることになっただけです」
大きな欠伸をするコスモスに、テリアは『なるほど』と頷く。
「しかしだねぇー、夜更かしは成長の大敵だよ? 成長ホルモンが分泌されるのは夜の10時から2時までの間とされているからね。コスモス氏はただでさえ背が低いんだから、あんまり夜更かしし過ぎると……」
「……そういう博士もクマを作っているのは何故ですか?」
「これかい? それは───徹夜したからさッ!!」
『ちなみに完徹さ!!』と開き直る始末だ。
そんなテリアを、コスモスは普段より三割ほど閉じたジト目で見つめる。
「……だから博士は成長できなかったんですね」
「うん? ひょっとしてワタシ今物凄く失礼なセリフ吐かれた?」
「気のせいです」
気のせいならば仕方ない。
完徹して変なアドレナリンが分泌されているテリアは、カラッカラの胃袋に凄まじい勢いで味噌汁を流し込んでいく。
「ぶはぁー! 今日も今日とて味噌汁が旨い!」
「そうですね」
「もぉー、コスモス氏はいつだってクールなんだなぁー……あれ? そう言えば」
「どうかしましたか?」
何かを探すように辺りを見渡すテリアがコスモスに問いかける。
「赤先生はどうしたんだい? まだ夢の中?」
「……先生ならとっくに起きて、今は散歩中です」
「へー、そうだったのかぁ」
早朝に起きて散歩など、お年寄りの日課を彷彿とさせる。
「そろそろ帰ってくるとは思いますが……」
『……ふぅー』
噂をすればなんとやら。
縁側の方から物音がするや、コスモスは食器を下ろし、そそくさと出迎えに向かって行く。こんなにも甲斐甲斐しい生徒を持っているとなれば、こんなにも先生として嬉しいことはないだろうとテリアも微笑ましい眼差しを向ける。
「おかえりなさい、先せ……」
だがしかし、襖を開けた途端コスモスが硬直する。
突然の出来事にホシガリスばりに朝ごはんを頬に詰め込んでいたテリアも立ち上がる。
「どうしたんだい、コスモス氏?」
「……クマです」
言っている意味が分からない。
埒が明かないと怪訝な面持ちで縁側まで向かうテリアであったが、そこで彼女が見たものは、
「……クマだね」
レッドに背負われているリングマとヒメグマ。
なるほど、確かにクマだ。
「グマー」
「クマー」
リングマとヒメグマも『そうだそうだ』と言っている。
***
「散歩してる途中に出会って……」
「それで怪我してたのを見過ごせずわざわざ連れてきたの? 赤先生も律儀だなぁー」
二体のクマに手を振ってさよならした後、レッドは居間で一服決め込んでいた。
「それにしてもよく背負いましたね」
「リングマの扱いなら慣れてるから」
「なるほど。流石は先生です」
『慣れている』の意味が違う気がしなくもない。
というか、なんなら『背負う』の方も違う可能性がある。柔道的な意味合いの方で。
なにはともあれ、このクマトリオが揃った以上向かう先は一つ。
「今日こそ時間の森を隅という隅まで調べ尽くすよ!! 準備は万端!! 現地での泊まり込みも織り込み済みさ!!」
「最後の一つは私達の中に織り込まれていないんですが」
できる限りは家に戻りたいところであるが、野宿しなければならない可能性はゼロとは言い切れない。
渋々といった面持ちでバッグの中へ荷物を詰め込んでいくコスモス。
前日に準備を整えていたテリアを玄関に待たせる間も、少女はぶつぶつと文句を垂れ流し、平静を保たんと試みていた。
「まったく、そういうことはあらかじめ先に言ってほしいです……」
「だが、それに応える義務はないだろう」
何者かが独り言に応答する。
コスモスが振り返った先には、目元が落ち窪んだ中年男性が、隠しきれぬ存在感を放ちながら腰の後ろで手を組んでいた。
「キミも特別あれを尊敬しているようには見えないが」
「ジーさん」
「昨日の言葉を借りれば、だが」
昨夜のやり取りを思い出すように目を伏せるジー。
彼の言わんとすることを察したコスモスは、作業を止めぬまま受け応える。
「別に矛盾はしていませんよ。私にも目的があるから森に向かうんです」
「フム……」
「それに、理由なら他にもあります」
荷物を詰め終えたコスモスが面を上げれば、彼女の瞳が一人の人影を捉える。
テリアが連れるシャドウポケモンにポケモンフーズをあげようと試みる青年。
「先生の期待に応える。それが生徒としてあるべき姿ですから」
「……あくまで『尊敬する』教師なら、か」
「ええ」
彼がただの学校や塾の教師ならば話は違う。
あくまで期待に応える相手は、自身が期待に応えたいと思う相手。そこだけは決して揺るがないと言外に訴える少女に、ジーはしばしの間を置いた。
「……そうか。ならば、これ以上訊くのも非合理か」
「そういうことです」
納得を得られたところでコスモスは出立の為に立ち上がる。
「ああ、そうだ」
「む?」
「先んじての伝言ですが……」
振り返った少女は淡々と。
それでいながら瞳の奥に闘志の炎を滾らせ、こう告げた。
「今日の夕飯は結構ですよ」
控えめと呼ぶには、いささか不遜な勝利宣言だ。
***
「ふんたかふんたったったったー♪ ふんたかふんたったったったー♪」
「……楽しそうだね」
「徹夜明けの博士はあんなものですよ。楽しそうというより、楽しいと脳が誤認してるだけです」
「……そう」
昨日の今日というにも関わらず意気揚々と鼻歌を歌うテリア先頭に、コスモスとレッドもまた時間の森へと踏み込んでいた。
先日は襲撃してきたポケモンを前に撤退を余儀なくされた三人であるが、今日の方針はコスモスの方針に則っていた。
「まずは昨日の襲撃地点まで向かいましょう」
少女に従うがまま現場へと到着。
「おぉ、派手に倒れてるねぇー! 森の神様の罰にでも当たりそうだよ」
「縁起でもないことを言わないでください」
祠の周りに倒れる木々を一瞥し、呑気に言葉を漏らすテリア。
危機感ゼロの彼女に呆れる間、コスモスは手元に数枚の写真を取り出し、忙しなく視線をあちこちに移す。
「……何見てるの?」
「昨日撮った写真と現場を見比べています」
「へぇ」
熱心に写真と見比べる生徒に、余り邪魔するのも悪いと思ったのか、レッドは他の倒木の下まで歩み寄る。
「……うん?」
「どうしたんだい、赤先生? 世紀の大発見でもあったかい?」
「これ……」
膝を落としたレッドが指でなぞったのは、昨日襲撃者によって切り倒された樹木の断面。
ざらざらと硬い繊維が逆立った断面を見つめるや、レッドはじっとその場から動かなくなってしまった。
「なんだいなんだい? その木の断面がどうかしたのかい?」
「……博士。この断面、何で切ったと思う?」
「これかい? ワタシの記憶が確かなら、昨日のストライクっぽいポケモンが切っていたと思うが……」
「でもこれ……
「えー? ……あぁー、確かに!」
言われてみればとテリアは納得する。
前日の襲撃者の得物は斧。それも相当の切れ味だった記憶がある。
しかしこの断面はどうだ? 切った、と言うよりも何かで抉ったと表現した方が正しい痕である。
「となると、これは別のポケモンが切り倒した木かい? 一応リングマとかも生息してるし……」
「その可能性は低いでしょうね」
と、そこへ割って入ったのは少女が続ける。
「リングマは縄張りの証として木に爪痕こそ残すものの、切り裂いて倒すまでのことはしません」
「じゃあ、この爪痕は別のポケモンのだってのかい?」
「その通りです。そして、その下手人こそ昨日のポケモンです」
ここで『うん?』とテリアが首を傾げる。
「待ちたまえよ、コスモス氏。昨日って言ったら、それこそあのジェネリックストライク君のことだろう? ワタシだってポケモンの得物から断面を判別するくらい訳ないさ」
「ええ。確かにあの姿のままであるならばこの断面はおかしいです。でも、あのポケモン───バサギリが、別のポケモンが化けた姿だとするなら?」
「バサギリ?」
言われるや否や、コスモスはスマホロトムにとある文献の表紙を映し出す。
かなり年季を感じる表紙だ。電子データとしてスキャンされた画像だとは判るが、それを差し引いても余りある時の流れを感じられるようだった。
著者の部分には『ラベン』と記されており、隅には何やら『G』をあしらったマークのような文字も刻まれている。
「『ヒスイポケモン図鑑』。これには今よりも昔のシンオウ地方───ヒスイ地方に住んでいたとされるポケモンが記載されています」
「ヒスイ地方?」
「その中に記されたポケモンの中に一体が……このポケモンです」
あらかじめ用意していたと言わんばかりの動きだ。
滑らかに画像をスクロールする少女が見せつけたのは、まさに先日出くわしたストライクに酷似したポケモンであった。
手書きの挿絵やモノクロに近い写真の横には、著者の手書きと思しき説明文もつらつらと書き綴られている。
「『バサギリ、まさかりポケモン。硬き岩で身を守り、無骨な斧は大木を切り倒す。気性荒々しく、荒地にて遭遇しときは逃げの一手』……とあります」
「おぉ……おぉ~~~⁉ 素っ晴らしい!! エクセレントだよ、コスモス氏!! 昨日の今日で調べてくるなんて!! やはりキミは知的欲求の申し子だよ!!」
「待ってください。これはあくまで前提知識の共有です」
「うんにゃ?」
バサギリの写真を見た上で、今度は倒れた木々の下へと向かうコスモスは断面の傍で腰を下ろした。
「もしも本当に昨日戦ったのがバサギリであれば、こんな風になることはありません。最低限、刃を叩き込まれた方は潰れたようになるはず……でも、これは何かで抉ったような断面です」
「むむむ? 訳が分からなくなってきたぞ……? 襲って来たのは確かにバサギリだけれど、木を切り倒したのは別のポケモン……?」
「だから言ったでしょう。別のポケモンが化けた姿とするなら、って」
「あ!」
大声を上げるテリアは、慌ててコスモスの下まで駆け寄っていく。
そのまま無遠慮に彼女の懐をまさぐったかと思えば、まさに自分が現像した写真を手に持ち、辺りの光景と見比べ始めた。
「違う……違う!? あれも!? これも!?」
一つ一つ、間違い探しのように写真と現実の食い違いを見つけていく。
倒れた木の本数。残っているはずの戦闘痕。よく見比べなければ分からないが、一度気づけば違うと断言できる点がいくつも見つかっていく。
「これは一体……!? 写真には写っているのに……まさかあの時ホログラムでも見せられていたとでもいうのかい!?」
「いい線をいっていると思います」
「うん!?」
「たとえあの時、私達が偽物の光景を見せられていたとして……写真に残っている以上、それは機械に干渉する現象でなければなりません」
光学なりなんなり、写真にも写る幻の類を挙げれば数は限られる。
だが、このような森の奥で人間の機械が生み出すようなホログラムが投影されている可能性は限りなく低い。
すればだんだん見えてくる。
幻の奥に潜んだ影、その正体が。
「機械にも干渉できる幻を操る能力。そして、切り倒した木の断面の痕。ここまで証拠が残っているのなら、答えは一つ」
『───!!!』
───来た。
「ルカリオ!!」
「ガウァ!!」
「『あくのはどう』!!」
まるで来るのを予見していたかのようにコスモスの対応は早かった。
どこからともなく舞い降りてきた襲撃者───否、バサギリの方を向き、迷わず『あくのはどう』を指示した。
『ッ!!』
対応の早さもあり、漆黒の波濤は瞬く間にバサギリを飲み込んだ。
怯んだ様子を見せるバサギリ。しかし次の瞬間にはその場から飛びのき、鬱蒼と生い茂る木々の群れの中へ身を隠す。
体色が茶色よりバサギリであるが、木の幹自体も茶色。加えて日光も遮られて薄暗い森の中では相手の視認は困難だ。
「ルカリオ、目に頼るな!」
「バウッ!」
そんな中、ルカリオはあろうことか目を閉じる。
これでは視認どころの話ではない。両手を前にこそ突き出してはいるが、見えていなければ狙いを定めることもままならないはずだ。
「いや……そういうことかっ!」
得心した声がテリアから上がる。
「“波導”! 相手が幻を見せるポケモンであっても、ルカリオなら……!」
目を閉じたのには理由があった。
波導の発動。その精神統一の為に不必要な感覚を遮断したのだ。
視覚に頼れば相手の思うまま。幻を見せられ、現実を見失いばかり。
だが、波動は違う。生物や物体が放つ波動にまで、この幻は干渉できない。
創り上げられた
「───バウッ!」
『───ッ!?』
波動に導かれるまま、ルカリオは再び漆黒の波動エネルギーを解き放つ。
ちょうど自分の背後。闇に乗じて奇襲を仕掛けるには絶好のポジションではあるが、ルカリオの波導を前には無意味であった。
襲撃者諸共生い茂る木々を飲み込む『あくのはどう』。
轟音が森を駆け抜けた後、場に訪れたのは不気味なまでの静寂。
「……やった?」
「いえ」
ルカリオが技を繰り出した場所に赴いたコスモスが告げた。
「どうやら取り逃がしたようです」
「えぇっ、本当かい?!」
「ですが、牽制にはなったでしょう。迂闊にこちらを襲う気にはならなくなったはずです」
その証拠に、一向に相手が襲い掛かって来る気配がない。
恐らくは逃げたか───ルカリオの波導にも探知できぬ場所まで逃げたと分かれば、腰を据えて調査を始められるというものだ。
「これでようやく本格的に着手できますね」
「……フフッ、アーッハッハッハ!! 素晴らしい、素晴らしいよコスモス氏!! やはりキミを連れてきたワタシの目に狂いはなかった!!」
テリアは大層ご機嫌な笑い声を上げながら、ルンルンと辺りの調査を開始する。
写真から映像、自前のカスタムシルフスコープを用いての観察など手早くサンプルを回収する彼女は、興奮気味に鼻を鳴らしながらコスモスに呼びかける。
「なあ、コスモス氏! またルカリオに時間の花を再生してもらっても構わないかい?」
断る理由もなく承諾すれば、ルカリオも慣れた様子で波動エネルギーを掌に集中させる。
すれば、一度は視た───森の奥からサカキらしき人影が現れる映像が周囲に映し出された。
「フムフム……周りの様子と比べても、随分昔のように見えるなぁ~。あっ、この苗とかもろこの位置に生えてたやつじゃない!?」
キャピキャピはしゃぐテリアに対し、コスモスは一貫して口を噤んでいた。
先日は余りにも衝撃的な光景につい口に出してしまったものの、本来自身とロケット団の関わりは秘匿しなくてはならない事実。
今度はうっかりおくびに出さぬよう意識しつつ、コスモスは思考を巡りに巡らせた。
(この映像は過去? となると、サカキ様がこの森に訪れたのも相応の時間が経っているはず……だけど、)
胸の内で渦巻く違和感がどうにも拭いきれない。
時間の花が再生する奇跡は明瞭とは言い難い。当時の景色をそのまま映し出しているが為、全体的に薄暗く不鮮明であったのだ。
これでは違和感を確かめようにも確かめられない。いくら過去を照らし上げようとも、現実から干渉することはできないのだ。
「もっと他の映像を確認できればいいんですが」
「それなら……」
「はい?」
何か言いたげな声音だったレッド。
そんな彼の方へコスモスが面を上げれば、彼はとある方向を指差していた。
「……過去の人がやって来た方に……」
「……なるほど。それはいい案ですね」
まさしく、足取りを辿る訳だ。
もしも過去のサカキ(仮)がやって来た方角に時間の花が咲いていれば、過去の映像を再生できるかもしれない。
しかし、この鬱蒼とした森の中で一輪の花を探せというのも無茶な話であろう───あるポケモンを除けば。
「となると、貴方の力が頼りです。ルカリオ」
「ワフッ」
再び精神統一し、波導の力を解放するルカリオ。
優れた個体であるならば数キロ先の波動をも読み取ることができるルカリオというポケモンに頼れば、一見無理に思える調査にも一縷の望みが生まれる。
「(苦労を掛けますが、これは私達にとって重要なファクターです。何が何でもあの人物の影を明かしてみせますよ)」
「バウッ!」
強く意気込むコスモスに応じ、ルカリオも気炎を吐く勢いで吼える。
そのままルカリオの案内に従い、森の奥へ奥へと突き進む一行。時に、森に棲む野生ポケモンに襲わる場面こそあったが、ことバトルにおいては無法な強さを誇る赤色が居る為、まったく問題ではなかった。
そうして森を歩くこと数十分。
「お? お~? おおお~~っ!? 見つけた見つけた! 時間の花だぁー!」
お目当ての物体を見つけるや否や、バビュン! と飛び出していくテリア。
地面を舐めるような体勢でまじまじと観察を続ける彼女は、二、三枚ほど現物を写真に収め、興奮冷めやらぬ間にコスモスの方へ視線を投げかける。
ここまでくればわざわざ問いかける必要もない。
軽くルカリオの方を見遣れば、意図を汲んだ彼が波動エネルギーで時間の花に呼びかける。
すれば───開花した。
「おおおぉ……! 何度見てもエキセントリックな光景だ! 研究者魂がくすぐられるくすぐられるぅー!」
(……人の影は)
テリアがはしゃいでいる一方、コスモスは周囲に人影がないかを確認する。
「……あ」
「む! 何か見つけたかいコスモス氏!?」
「あっちに……」
コスモスが指差す方には確かに何者かの影があった。
だが、最初に見た場所よりも暗がりであるせいか、今見た人影が同一人物であるかどうかはっきりと判別できない。
人影はさらに森の奥から歩いてきたようだ。
「やはり、人が歩いてきた方を辿っていくのが無難でしょうか」
「そうだねぇー。あ、待ちたまえ。こういうのはきちんと整理しておかなくちゃ」
テリアは『衛星写真を刷ってきました!』と言わんばかりに
自前の計器で算出した緯度と経度もメモする辺り、彼女にもマメな部分があるのだろう。ただそれ以外の全てが行き当たりばったりの適当サイホーンなだけで。
「ヨッシ! この調子でどんどん次行こォー!」
「報酬は出来高制ですか?」
「おっと、なんだか怪しい単語が出てきたぞー?」
「……おれ達も頑張ろうか」
「ピカッ」
「あれれれ? もしかしてそっちもやる気かい?」
などと、同行者に報酬の内容に言及されつつも調査は進んでいく。
さらに一つ、二つ……三つ目を越えた頃、時刻はちょうど昼時を越えていた。
一先ず休憩を取ることにした一行は、森の中でも僅かに日当たりのいい場所に陣取り、昼食の準備を進めていく。
まずはリザードンの尻尾の上に飯盒を吊るし、水を沸騰させる。
そこへ半分に折ったパスタを投入し、十分茹だった頃合いを見計らい、乾燥野菜とスープの素を投入する。
すると、あら簡単。スープパスタの出来上がりだ。
「おほぉ~、美味しそうな香り……腹のコロトックが鳴いて仕方がないねぇ!」
「ィヒヒヒヒィン、フォ~エ!」
「いや、どこから出てきたんですかそのコロトック」
「ふぐっ、ふふふっ……」
「先生?」
コスモスが指摘する傍ら、コロトックに変身したモンちゃんの鳴き声がツボに入ったレッドは腹を抱えて地面に蹲っていた。
閑話休題。
「それにしても、時間の花こそ見つかりはするけど目ぼしいオーパーツは見つからないなぁ」
昼食に舌鼓を打ちつつテリアは、調査の経過報告を口にする。
これまで見てきた時間の花───過去の光景にはいずれも何者かの人影が映っていた。しかし、それらをタイムトラベルの証拠とするには弱すぎる。もう少し決定的な場面が欲しいというのが、テリアとしての本音であった。
「……いや、待ちたまえよ? ひょっとしたら……」
「
「───ある。一つだけねっ!」
ヨクバリスよろしく頬に食べ物を詰め込むコスモスへ、テリアは懐に仕舞っていたメモ帳を取り出し、ページをめくり始めた。
「えーっと……あったあった! 『ゲンエイじま』だ!」
「……似たような島を聞いたことがあるようなないような……」
「おそらくそれはホウエンのマボロシじまのことだね!」
記憶の中から探し出そうとするレッドに、テリアが先んじて答えを出す。
「普段は誰の目にも……それこそ衛星写真でも見えないにも関わらず、忽然と姿を現す不思議な島のことさ! そのマボロシじまに似たような島が、ここら辺にもあるって村長氏から聞いてたんだ!」
「ごくんっ! ……ふぅ、それはまた不思議な話ですね」
「そうなんだよそうなんだよ! 曰く、特別な気象条件とか! 曰く、そこに生息するポケモンの能力とか!」
『説は色々あるんだけど』と前置きするテリアは、ニヨニヨと言いたく辛抱堪らないといった表情で言い放つ。
「なんでもこのゲンエイじま───森の中から見知らぬ人が現れた時にだけ姿を現すって話なんだと」
ヒュウッ、と。
肌寒い風が森の中を駆け抜けた。
「……それってつまり」
「ワタシは、ゲンエイじまの出現とタイムトラベル……この二つの事象に何らかの関連があると見ているよ」
ありえない話ではない。
再びリザードンの尻尾でお湯を沸かしたコスモスは、自前のマグカップにティーパックとたっぷりの砂糖を入れた紅茶を煽り、テリアの仮説に思考を巡らせる。
疲れた体に染み渡る紅茶の温みと糖分が一巡し、活力が湧いたところでコスモスは立ち上がった。
「結局のところ、タイムトラベルが発生しない限りはゲンエイじまは現れないってことですか」
「そーなんだよなぁー。そこをどうにかできないものか……」
「まあ、見つけること自体は不可能じゃないと思いますが」
サラッと。
余りにも軽い口調であった為、思わずテリアも一時は聞き流してしまった。
しかし、そこへ食後のデザートを準備していたレッドが反応する。どうやら枝にぶっ刺したオレンのみをリザードンの尻尾の炎で炙っているようだ。爽やかな柑橘系の匂いと甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
「……ホント?」
「ごくりっ……はい。私の見立てが正しければ、の話ですが」
答えはすでに、目の前まで近づいている段階であった。
***
キャンプなどで、よく木の枝にマシュマロを刺して炙るだろう。
だが、四六時中マシュマロを携えている人間などそう居ない。居るとすればそいつはとんだマシュマロ狂いのマシュマロボディな輩だろう。
けれども、マシュマロでなくとも甘味は自然の中に存在する。きのみなどがいい例だ。モモンのみを代表として、オレンのみなんかも炙れば甘味が引き立ち非常に味わい深くなる。
「はぐはぐ……そもそもの話、海の中から島が現れるとかいうトンチキな現象じゃない限り、これはポケモンの仕業です」
「ほほう、興味深いねぇ! そんなポケモンが居るなんて……やはりブレイクスルーというものは専門外の部分に転がっているものなんだなっづぁっつ!? 果汁がっ、熱い!?」
「そんな大口で齧るから……」
木の枝に刺して炙ったオレンのみを齧る一行は、昼食を終えた後も調査を続けていた。
依然ルカリオの波導の力を頼る形ではあるが、結局これが一番効率のいい方法である。慣れと休憩を挟んだ甲斐もあってか、午前中よりもルカリオが時間の花を見つけ出すまでの間隔は短くなっていた。
また一つ、また一つと時間の花が祀られている祠を見つけては、過去の光景を呼び起こす。そうして過去の人間がやって来た方角へと足を進めること数時間、辿り着いたのは───。
「ややっ? なんだいなんだい、海辺まで出て来ちゃったよ」
「太陽が……眩しい……」
常時スコープを身に着けているテリアの反面、突然の明るさに目が慣れていないレッドはマクノシタよろしく細目になり、ざあざあと波の音を奏でている砂浜の方を見遣っていた。
けれど、真っ先に注目すべきはそこではない。
「お? おおおっ!? コスモス氏コスモス氏! ここにも時間の花があるよ!」
『キャッホホーイイッ!』といい歳こいて砂浜を駆けまわるテリアが、時間の花が祀られる祠の目の前へ飛び込む。
「さてさて、そろそろ核心へと迫る光景を目にしたいけれど……!」
「……貴方もよくあのテンションの主人に付いていけますね」
「モ~ン?」
「コッスモッスっ氏~~~!! カモ~~~ン!! キミの出番がやって来たぁ~~~!!」
「待ってください、はぁ……」
コスモスは長時間森の中を散策した疲労を隠さず、テリアの前に佇む時間の花へと赴く。しかしテリアが口にしたように、何かしら核心に至る為の手掛かりが欲しい頃合いだ。
ルカリオが翳す掌に集まる波動に釘付けとなる一行は、過去の光景が呼び起こされる瞬間を今か今かと待ち侘びる。
期待は半分。あまり希望を持ち過ぎてはダメだった時の反動が大きいと、コスモスはこれまで通りの姿勢を貫いていた。
だが、彼女の表情が崩れたのはその直後の出来事。何者かの人影が自分と重なり、通り過ぎた瞬間だった。
「! ……っとと!?」
「大丈夫かい? 過去の光景だよ」
「分かってます……けど」
過ぎ去る人影の後ろ姿には、どこか見覚えがあった。
服装こそ現代でも通じるようなデザインとセンスであったが、あの逆立った青髪には懐かしさを覚えた。
素直に既視感を覚えたのは、それが“今”よりも過去の姿と理解していたからかもしれない。
「……ジーさん?」
コスモスが漏らした声に、過去の幻影は振り返ることなく過ぎ去っていく。
幻影が消えた方角には、現在地より一つ前に見つけた時間の花が咲いている。フラフラと覚束ない足取りでありながらも、何者かの導かれるように進んでいく後ろ姿には、これまでにも視てきた過去の人々に通ずる“何か”があると感じられた。
「それが……
コスモスは振り返る。
その先に広がっていたのは、
「……おや? 海しかないぞ?」
小首を傾げるテリアの前には、やはり海しかない。
遠くを見つめたところで多少岩礁が覗いている程度で、とてもではないがこれまでのように時間の花が祀られている祠のような物体は見られない。
だからといって遠くの方に目を遣っても結果は同じだ。広大な海原には白波が立つばかりで、島らしき影はこれっぽっちも見当たらない。
───一体どういうことだ?
時間の花が映し出した光景が意味するものとは。
思案を巡らせること数秒、閃きの稲妻が三人の脳裏を過り、そのまま口から言い放たれた。
「ジー氏は……!!?」
「……ジーさんは」
「あの人はおそらく……」
「海底人だった!!?」
「浦島太郎だった……?」
「あの方角にゲンエイじまが───ちょっと待ってもらっていいですか?」
「「ん???」」
約二名、トリッキーな解答が出たところでコスモスが待ったを掛けた。
そして始まる小会議の様子が以下である。
「コスモス氏……いいかい? 思考を柔軟にすることこそ真相の究明には何よりも肝要なんだよ。今ある定説ばかりだけに囚われてしまったら新発見というものは───」
「だとしても力業が過ぎると私は主張します」
「困ったな、反論の余地がない」
「……浦島太郎じゃないんだ……」
「いえ、どちらかと言えば先生の方は私の仮説に近いですが」
「ホント?」
「ウソォ⁉」
「モンちゃん黙ってください」
黙れと言われたモンちゃん(ウソッキーに変身済)がトボトボと退場する間、コスモスは過去の光景の中でジーがやって来た方角を指差す。
すれば言われるまでもなくルカリオが波導による探知を試みる。
それが数秒、数十秒と続いてからどれだけ経っただろうか。かつてないほど長時間波動を探っていたルカリオは、遂に瞳を見開いた。
「ワフッ!」
「やっぱりですか……先生、博士。ゲンエイじまはこの先にあります」
何もない場所を指差し所在不明の島があると豪語するコスモスに、テリアは驚愕の形に表情を固めたまま、自前のシルフスコープの望遠機能を起動する。
「なんだってぇ!? ムムム……? シルフスコープでも見えないとなると霊的なものでもないしなぁ……」
「でしょうね。シルフスコープ然りデボンスコープ然り、スコープ系の類は明確な対象が決まっていますから」
「……そうだったんだ……」
そう言えばとレッドも自前のシルフスコープを取り出したはいいが、やはりテリアの物と同様、ゲンエイじまを見つけ出すことは叶わない。
それも道理というべきか、姿を隠すポケモンでもその方法は千差万別だ。姿を見破る為にはそれこそポケモンごとの能力に応じた機器を用意しなければならない。
とどのつまり、今回の相手はシルフスコープで見破れる相手ではなかった───それだけのことである。
「前日の写真然り、現場に残らない戦闘痕。あまつさえ機械にも干渉できる幻影を森単位で見せられるポケモンなんて現代にも過去にも一種類しか居ません───ルカリオッ!!」
「バウァ!!」
予見していたかのように叫ぶコスモスへ、ルカリオはすかさず反応する。
こと時間の森において、視覚に頼ることは悪手だ。コスモス自身、そのことは散々思い知らされているからこそ、一見何の変哲もない平穏そのものの風景にも常々注意を払っていた。
何故ならば───。
「私の仮説が正しければ、時間の森はそのポケモンの縄張り。そしてゲンエイじまは“巣”。反撃に出られて撤退した彼らも、いざ巣の目の前まで来られたら後にも引けず反撃に打って出てくるのは当然のことです」
ザザザザザザザッ。
波の音とも違う足音が迫って来る。
しかし、景色に変化は見られない。目に見えぬこそ恐ろしい異変が迫ってきているという事実が一行の緊張感を一気に高める。
そして突如、足音が消えた。
「バウァ!」
「───上かッ!」
不可視の幻影も、波導の前には形無し……いや、形在りというべきか。
襲撃者が居る方を見据えるルカリオへ、彼の頭脳に等しい少女もまた目を向ける。
彼女の目には見えていた。周囲のピースを組み合わせることにより、ようやく浮かび上がった最後のパズルピースのような答えが。
「その幻影を切り裂け!! 『あくのはどう』!!」
「ガアアアアッ!!」
蒼穹を穿つように、黒が迸った。
「ロアアアアッ!!」
刹那、空白を裂くように現れた影の爪が『あくのはどう』を切り裂く。
黒の中より現れ出でたのは白。さながら雲のように真っ白な塊が、砂を巻き上げん勢いで着地し、コスモス達をじろりと
血を吸ったように赤く染まる毛先が揺れている。風が吹いている訳でもなく揺れる様は、まるで毛先自体が意思を持っているかのようだ。
「あれが森のヌシ!? けれど、
「……なるほど。これでどうしてヒスイポケモンの幻影ばかりを見せていたのかも合点がいきました」
「ロァアア……!」
怨嗟にも似た唸り声を上げるポケモンは、あるポケモンに酷似していた。
曰く、そのポケモンは相手を化かす。
曰く、そのポケモンは幻の景色を見せる。
曰く、そのポケモンは───激しい怨讐にて転生した成れの果て。
「ばけぎつねポケモン、ゾロアーク……そのヒスイ種! 私達に襲い掛かったのはお前の仕業だ!」
「ロアアアッ!!」
血走った瞳でゾロアークが吼える。
だがしかし、その悍ましい姿を前にしてもコスモスは一歩も引き下がらない。
(きっとこの先にゲンエイじまが……サカキ様に繋がる手掛かりがある!)
「それを見つけるまでは引き下がれない! 邪魔をするなら押し通るまで! GO、ルカリオ!」
「ガアアアアッ!!」
「ロアアアアッ!!」
直後、両者の足下の砂が爆ぜた。
強靭な脚力を以ての跳躍、突撃、そして激突。
かくして、幻影に隠された島へと至る為の勝負の幕が切って落とされた。
───一方その頃。
***
「ごめんあそばせ」
カイキョウタウンのとある一軒家。
世俗とは切り離された村の、さらに人との関わりを切って暮らす男の家の戸が開かれた。
逆光を背負って立つのは一人の子供。長い緑髪を後頭部で結い上げる、赤いツリ目が印象的な少女であった。両側には極端な意味で男か女かも定かでない者───中性的な外見の青髪と、顔を含めて全身黒ずくめの人間───を侍らせており、穏やかでない空気をこれでもかと漂わせている。
「こちらにテリア博士が居られると伺ったのですが……あら?」
「……誰だ、キミ達は?」
少女と目が合ったのは家主の男───ジーであった。
一般人からすれば近寄り難い雰囲気の彼だが、そんなジーにも動じぬ少女はクツクツと喉を鳴らしながら、優雅な所作で一礼する。
「これはこれは失礼。ワタクシ、『ベガ』と申しますの。以後、お見知りおきを」
「それで?
「ええ、それはもう。出来ればすぐにでもお会いしたんですけれども……今はお出かけ中で?」
「ああ。夕方に戻ってくるかどうかも分からない」
「それはそれは……少々困ってしまいますわね」
実に役者ぶった口振りであったが、『ベガ』と名乗った少女はチラリとジーの方を一瞥する。
「どなたかが行き先を教えてくれれば非常に助かるんですが……はぁ、どこかに親切な殿方は居ないものかしら?」
「……期待しているようで済まないが、
「……ふぅん?」
じろり、と。
蛇のように細い眼光がジーを射抜く。
これに対し微動だにしないジーは、むしろ逆に威圧せんと鈍い眼光を返してみせる。
だがしかし、これで慄くようであれば彼女もここまで話を続けられなかったであろう。一つ溜め息を零す少女は不敵な笑みを顔に張り付け、ジーの家の敷居を跨いだ。
「そうなってしまわれますと、少々強引な手段を取らざるを得なくなりますが……よろしくて?」
ベガの細い指先が自身の腰をなぞる。
ゆっくりと降りた指先が触れるのは───一つのモンスターボール。長年使い込まれたそれには小さい傷が無数に付いていた。
「……」
長年の付き合いを想像させるそれを目撃したジーは、そして───。
Tips:時間の森
| 出現ポケモン | レベル | 出現ポケモン | レベル |
| ヒメグマ | 10~15 | リングマ | 30~45 |
| オドシシ | 35~37 | カクレオン | 30~33 |
| ホーホー | 15~25 | ヨルノズク | 25~40 |
| ヤミカラス | 22~24 | ドンカラス | 39~42 |
| ウソハチ | 17~19 | ウソッキー | 34~42 |
| ストライク | 35~40 | ヘラクロス | 36~38 |
| ミツハニー | 22~24 | ビークイン | 25~45 |
| ヌメラ | 27~30 | ヌメイル | 30~42 |
| チュリネ | 20~26 | ドレディア | 33~44 |
| ??? | 15~20 | ??? | 50 |