テリア「ジー氏が海底人って考察は当てが外れたかもしれないけれどイッシュ地方の海には興味深い遺跡が海に沈んでいてねあんまりにも深い場所にあるものだからそれこそ海底人が作ったんじゃないか疑惑がワタシの中じゃ濃厚でねそもそもシンオウ地方にもかつて古代シンオウ人っていう超長命な人種が居たともされているし現代では想像もできないような異能を持った人間がかつて存在したとしても不思議では───」ペチャクチャペチャクチャ
レッド「へー」(思考停止)
コスモス「よくもまあ専門外のことをそこまで調べてますね」
ばけぎつねポケモン、ゾロアーク。
ゾロアの進化形であり、幻を見せる能力で棲み処を守る仲間想いのポケモンだ。通常、黒い体色として広く知られているゾロアークであるが、ある一部の地域・時代においてはその真逆───雪の如き純白の毛並みを携えたポケモンとして記録されていた。
(それが、ヒスイ地方のゾロアーク!)
主に雪深い地域にて確認されたヒスイゾロアークは、原種よりも遥かに狂暴で攻撃的な性格であるとラベン博士著『ヒスイポケモン図鑑』にも記されている。
(『はどうだん』が効かなかったのは、ヒスイの地に適応できなかった原種が怨讐の念で転生したゴーストポケモンだから。『あくのはどう』を恐れたのは、まさにそれが理由!)
原種のゾロアークはあくタイプだが、ヒスイゾロアークはかくとう技を無力化したことからゴーストタイプを持っていると見て間違いない。似たケースではガラル地方のサニーゴが当てはまるだろう。あれもまた太古のサニーゴが環境に適応できず絶滅し、ゴーストポケモンとして生まれ変わった種である。
(どのような理由で現代まで生き残ったか知りませんが、種さえ割れれば戦い方は原種に通ずるはず!)
「ルカリオ、貴方の波導が頼りです! 奴の幻影を引き剥がしてやれ!」
「バウァ!」
力強く応答するルカリオが『あくのはどう』を解き放つ。
しかし、これを食らうほどゾロアークも馬鹿なポケモンではない。自身にとって致命的な攻撃と分かっている為か、軽やかな跳躍で押し寄せる漆黒の波濤を回避した。
「流石にそう簡単にはいきませんか」
「ロァ……!」
僅かに眉間に皺を寄せるコスモスに対し、ゾロアークが牙を剥き出しにして威嚇する。
相手にとっては、ここが己らの巣の最終防衛ラインに等しいのだろう。湛える獰猛な表情にも鬼気迫るものがある。
「……だからといってこちらも退くつもりはありませんよ。目的の為なら強行突破もやむなし。少々痛い目を見てもらいましょう」
「ッヒャ~、怖ぁ~」
言葉に反して大して怖がっていない様子のテリアは、性懲りもなくカメラを構えていた。被写体は当然ゾロアークだ。絶滅したと思われていた種が現存していた等、学会からしてみれば大発見である。それを差し引いても知的欲求が人の形をしているテリアにとって、眼前のゾロアークは興味の対象として十二分に魅力があった。
「それにしてもどうしてヒスイ種のゾロアークがカイキョウタウンに? 時間の森の環境は原種を変化させてしまうほど苛烈な環境だった可能性が? いやいや、過去にヒスイ種がこちらに移り住んできて細々と種を繋いでいたという可能性も……」
「……」
自分の世界に入り込んでしまう女博士の傍ら、置いてけぼりを食らったレッドは一人砂浜の上で体育座りを決め込む。
テリアの推論に耳を傾けるのもいいが、彼としては眼前で繰り広げられるバトルの方が興味を惹かれる。
『あくのはどう』をくり出すルカリオに対し、ゾロアークは負けじと『シャドーボール』をくり出す。互いに距離を取っての打ち合い。両者共に素早いポケモンであるが故、いずれも決定打にはなりえないものの激しい技の応酬は見ごたえ抜群だ。
「それにしても幻を見せるポケモンなんてすごいね、ピカチュウ」
「チャア」
「おれも戦ってみたいなあ……」
「ピッカ!」
「チュウチュウ!」
「だよね。今はコスモスが相手してるし、順番は守らなきゃ……うん?」
視線を隣に座り込むピカチュウへ向ける。
居た。黄色いしましま模様のベストフレンドが───二体。
「……」
ゴシゴシ、ゴシゴシ。
「……ピカチュウ?」
「ピカ?」
「チャア?」
「カチュウ」
「っ!?」
増えた。
三体に増えたピカチュウはいずれも目を見開いているレッドに対し、小首を傾げて不思議がっている。
別に今更説明する必要もないと思われるが、レッドのピカチュウはただの一匹だけだ。けして三匹などではない。
「……『かげぶんしん』じゃないよな……」
「チャウチャウ」
「っ!?」
明らかな否定が入った……ような気がした。
それどころか三匹のピカチュウ達が意気投合したのか、縦一列に並んだ上で右手をグルグル回しながらダンスし始める始末だ。さながら、直列つなぎのチュウチュウトレインである。
いよいよ眩暈を覚え始めたレッドは、現実から逃げるようにコスモス達の方へ視線を戻した。
と、その瞬間目の前の砂浜が爆ぜる。
「……」
攻撃の余波で巻き上がった砂は避ける間もなかったレッドへと降りかかった。
一瞬にして全身砂まみれのレッド。一方、陽気に踊っていたピカチュウ共はと言えば、
「チュー……」
「……いい性格してんね」
レッドを盾にし、背中の陰で一息。それが三匹揃いも揃ってなのだから、どれが本物のピカチュウなのか判別もできない。
しかし、その安寧も次の瞬間には終わる。
「ルカリオ、『みずのはどう』!!」
『あくのはどう』とは打って変わって澄んだ水を掌から滴らせるルカリオ。
海辺である為か普段よりもさほど時を経ず溜めを終えれば、流麗な動きで重ねた両手を前方へ構え、ドッパォ!! と空気を叩くような水のリングが解き放たれる。
「ロァッ!!」
「わっぶ」
それをいとも容易くはたき落すゾロアーク。
あえなく霧散した『みずのはどう』は、そのまま周囲に水飛沫となって降り注ぎ、案の定レッドやピカチュウ達にも降りかかった。
「……しょっぱい」
きっと海水が混じっているのだろう。けして散々な目に合ったせいで目尻から零れ落ちた雫の味ではない。レッドは自分に言い聞かせた。
「中々やる……ッ」
一方、このような状況の師へ意識が行かないコスモスは、相手の実力を前に内心歯噛みしていた。油断していた訳ではないが、ここまで手こずってしまえば心のどこかで『たかが野生』と高を括っていたと認めざるを得ない。
(攻撃はそこまで強烈な訳じゃない。けれど、ここまで避けてくるとは……!)
長期戦となった要因はただひとつ、ゾロアークの回避能力の高さだ。
だが、その回避能力も単に素早いとかそういう話ではない。早いだけの相手ならごまんと相手してきたのだから。
けれども、眼前の化け狐はそういった類とはベクトルが違う。
「バウァ!!」
「ロァ!!」
いい加減痺れが切れそうになりながら技をくり出すルカリオに対し、ゾロアークは挑発的な笑みを湛えながら軽やかに跳躍する。
ルカリオの技は確かにゾロアークを捉えていた。
しかし、いざ直撃したかと思った技はそのままゾロアークの体をすり抜け、まんまと後ろへと飛んで行ってしまう。
反面、お返しにとゾロアークがくり出した技については、一瞬反応が遅れたルカリオの体を掠る。
「落ち着け、ルカリオ!」
「フーッ、フーッ……!」
(こうも『ちょうはつ』を食らうと、冷静に対処できないか……)
柄にもなく落ち着きがない手持ちの姿にコスモスは思考する。
(ただの幻ならルカリオが見間違うはずはない。それなのに外れるのは、あのゾロアークが特殊なエネルギーを放っているから……?)
原種もヒスイ種も幻を見せるという点では共通している。
だがしかし、後者に関しては超自然的な現象を引き起こすゴーストタイプ(を含んでいると思われる)だ。原種とは何かしら違ったエネルギーを利用し、幻影を生み出している可能性は否めない。
(なんにせよ、その幻のせいでルカリオは実体から外れた場所を狙ってしまっている……それを何とかしないことには!)
───事実、コスモスの見立ては間違っていなかった。
ヒスイ種のゾロアークは無念と怨讐の念が転生して生まれた存在。
故に、彼のポケモンは我が身に宿った積年の怨みを操る力を持っている。この“怨み”という感情は、特に相手の感情を読み取る力に長けているルカリオの探知能力にとって厄介極まりない存在であった。
全身にまとわりつく大きな怨念は、波導を以てしても本体を探り当てるには標的を余分に感知してしまい、結果的に照準を狂わされてしまう。その上肉眼で確認しようとしても幻影を展開されている以上、有効な打開策にはなり得ない。
(となると……
しかし、少女の目には既に見えていた。
「ルカリオ、『あまごい』!」
「バウァ!」
「あ……『あまごい』ぃ~~~⁉」
コスモスの指示に声を荒げたのはテリアだった。
間もなく空には暗雲が立ち込め、ぽつりぽつりと雨粒が砂浜を打ち始める。それはやがて激しい豪雨へと変貌し、この場に居る全員を濡れ鼠へと変えてしまった。
「困るよぉ、コスモス氏ぃ~!! 濡れたらカメラが壊れるじゃんかぁ~~~!!」
「……ここに入ります?」
「おっ、赤先生ナイス!! ちょうどいい葉っぱがあるじゃないかぁ」
いそいそとテリアが潜り込んだのは、レッドがくり出したフシギバナの背中の葉っぱの陰である。傘など持ち合わせていない身からすれば、避難場所としてこの上なく上等な場所であろう。
「ファイト~」
「草葉の陰から見守ってるよぉ~!!」
などという声援を背に受けるコスモスは、いちいちツッコんでいたらキリがないとスルーする。
「『みずのはどう』です!」
雨の恩恵を受けた衝撃波が宙を奔る。
より強烈になった『みずのはどう』に目を剥くゾロアーク。それでもやはり攻撃はほくそ笑む標的を捉えるには至らず、長い髪を振り乱す化け狐はルカリオの懐へと飛び込む。
「ロァ!!」
「ガァッ……!?」
刹那、くり出される鋭い一閃がルカリオに直撃した。
積もりに積もった恨みつらみを吐き出すかのような重い一撃に、ルカリオの細い身体は海の方へと投げ出される。
受け身を取ることもままならず、次の瞬間には水飛沫が上がっていた。
「ああっ、あれでもダメかぁ~!!」
「……あそこじゃない?」
「ピカ」
「うん? 赤先生、何話してるんだい?」
と、テリアがあらぬ場所を指差すレッドに問いかけた時。
「ッ───ロァア!!?」
劈くような悲鳴と共にゾロアークの体が宙を舞った。
「お……おぉお~~~⁉」
「……やっぱり」
「ピカチュ」
驚愕するテリアの傍ら、レッドは解答が合っていたと言わんばかりに満足げだ。ピカチュウもうんうんと頷き、そんな主を『及第点だな』と認めているご様子。何様であろうか? ピカ様である。
「一体どうやって攻撃を当てたんだい!? ワタシにはさっぱりだったぞ!?」
「だって、足下……」
「足下ぉ?」
「濡れてないから……」
「……あぁ~? ……あぁ~!」
納得! とテリアが手を叩いた。
しかし、未だ何が起こったか理解が追い付いていないゾロアークは、気が動転した様子で自身とルカリオの方へ視線を泳がせていた。
「理屈は案外単純ですよ」
「!?」
そんなゾロアークへ少女の声が届く。
激しいバトル中とは思えない平坦な声色であるが、それは相手からしてみればむしろ不気味に思えた。
「ルカリオの“波導”は物体が放つ波動を感じ取り、地形や感情を読み取っています。ですが、どうにも貴方相手では独特な波動のせいで読み取りにくいらしい。なので、それを逆に利用させてもらいました」
「?」
「貴方の周りを雨で満たすことで
「ッ……!?」
───ゾロアーク本体が放つ波動。
───それを覆い隠す怨念の波動。
───降り注ぐ雨から感じる波動。
ネックなのは二つ目。
だが、三つ目があることにより本体を覆い隠していた怨念の内からも、雨の波動を感じ取れるようになる。
裏を返せば、サイズ感を誤魔化している怨念の波動の中でも、雨の波動を感じられない場所にゾロアークの本体は存在する───そういう理屈だ。
ゾロアークにどこまで言葉が通じたかは分からない。
それでも彼なりに相手が自身の幻影を暴き、本体の場所を探り当てる術を確立したという状況は理解したようだ。
途端に険しい顔つきになるゾロアークへ、コスモスはさらに続ける。
「あと、さっき突然吹き飛んだのを不思議がっていたようですが、別に大したことはしていませんよ。あれも『みずのはどう』です」
「……?」
「『みずのはどう』はそもそも大気中の水分に与えた衝撃を伝播させる技。少々見栄えに気を遣えば、不可視の攻撃に昇華させることだってできます」
「!!」
───もっとも、威力の減衰に目を瞑ればの話だが。
───だが、それを込みでの雨による威力の強化だ。
「どんなイリュージョンであろうと、種さえ分かってしまえば後は簡単です」
雨に打たれる少女が、重そうに髪を揺らすゾロアークを見据える。
「ッ!!」
「ルカリオ、『はどうだん』!!」
警戒して飛び退くゾロアークに対し、ルカリオが波動エネルギーを押し固めた光弾を撃ち出すが、着弾した場所はやや手前。
狙いを外したか。そう目を見開くも束の間、爆発と共に巻き上がった砂が雨と共に降り注いでくる。
これにはゾロアークも咄嗟に顔を背けようとするが、砂と雨の壁の先で漆黒が閃いたのを垣間見るや真横へと飛び込んだ。
「───機械を欺くほどの幻影。仮に整合性を保ったままバトルに臨もうなら、相当の集中力が必要でしょうね」
ある意味で讃えるような感想だった。
「そして、相手に自分がどう見えているかも考えて立ち回るのであれば、貴方自身相手を常に注目せざるを得ない」
「……? ───ロァ!!?」
「だからこそ、一瞬でも目を離したのが貴方の敗因です」
結局迫りくる黒い波動は届かず、空中で霧散した。
その代わり、逃げ込んだ眼前で再び漆黒が閃いた。すでに射出態勢に入っているルカリオが、飛び込んでくる形で迫る標的を見据えている。
まるであらかじめ来ることを分かっていたかのような立ち回りだ。咄嗟に飛び込んだ以上、ゾロアークも方向転換はできない。
「詰みです、『あくのはどう』!!」
「ガアアアアッ!!」
「ロ、ァァアアアッ!!?」
回避もままならぬゾロアークを真っ黒な激流が呑み込んでいく。
誰がどう見ても直撃。見事なまでの放物線を描き砂浜へと落下したゾロアークは、目を回したままピクリとも動かなくなった。
「ふぅー……中々いい経験値をもらいました」
「ピッカ!」
「うん?」
一息吐いたコスモスの目の前にピカチュウがやって来る。
レッドの手持ちかと思ったが、すぐさま二体、三体と続く。常識の範疇を超えるレッドのピカチュウであるが、流石に増えたりはできない。
別個体だろうと予測がついたところで、やはりコスモスは首を傾げた。
なぜならば、集ったピカチュウ達が倒れたゾロアークを庇うように立ちはだかったからだ。
「貴方達は……?」
「ピ、ピ、ピ───ロア!」
「わっ」
ボフンッ! と幻影を生み出すエネルギーが弾ける音だろうか。
気が抜けるような音と共に現れたのは複数体の小さなゾロアーク───もとい、進化前であるゾロアであった。原種の黒い個体から、ヒスイ種の白い個体も居る。なんともちぐはぐな集団ではあるが、互いを仲間と認識している為か、陣を組んでコスモスらを進ませないように威嚇している。
「なるほど。仲間を守る為、と……」
「グルルルッ……!」
「ピ~カ」
「……ピカチュウさん?」
一触即発な空気の中、間に割って入ったのは本物のピカチュウだ。
「ピカ、ピ~カ」
「ロァ?」
「ピカピカ、ピカ、チュウチュウ」
「ゾロァ……?」
「チャア」
「ロァ……ロァ!」
何やら話し込んでいた両者であったが、ピカチュウの説得を受け入れたのか、見るからにゾロア達の戦意が消えていくのが分かる。
「おお、これは歴史的和解!」
「……波長、合ったんだ」
つい先ほどまで一緒に踊っておいて波長が合わない方がどうかしている。
ともあれ、これ以上のバトルは避けられそうだ。戦意を収めたゾロアはいそいそと倒れたゾロアークを数体掛かりで背に乗せる。
そして、
「コンッ」
短く鳴くや、一斉に海へ向かって歩み始めた。
当然このまま進めば海中へ沈むこととなる。
しかしながら、ゾロア達の集団が押し寄せる波に呑み込まれたかと思えば、海上をさも当然のように進んでいく後ろ姿が目に映った。
「お……おぉお~~~!!? 確かそっちは……」
「……付いてこいと行ってたんですかね?」
「なるほどぉ!! そりゃあ願ったり叶ったりだ!!」
「おそらく、幻で見えなくなってる道があるんだと思います。そこを通れば……」
「つまり、あの子達の後を追えばいいって話だろぅ? アハハハ、そんなの簡単かんたブベァ!!?」
スキップしながらゾロアの後を追うテリア。
だが直後、彼女は派手に水飛沫を上げながら転倒した。顔面から派手に突っ込んだ彼女は、唖然とするコスモスとレッドの視線を浴びつつ、ひたひたと海水を滴らせながら立ち上がる。見るからにテンションはがた落ちだ。
「……こっちの道の幅はゆとりがなかったみたいだ。二人共、気を付けたまえよ」
「博士はもう私の後ろに付いててください」
「じゃあ、そっちは任せるりりッ」
「先生っ!!?」
左を行くレッドもビシャーン!! と転倒。
立ち上がった頃には海水で保湿が済んだうるおいボディの完成だ。これによりコスモスは右からも左からも磯臭い香りが漂ってくる状況に置かれることとなった。
「せ、先生……」
「……しんじゅ拾ったけど要る?」
「先生……!」
実に1000円の収穫だ。
転んでもただは起きぬレッドのおかげで、随分と道が狭いことも判明した。コスモスは二の轍を踏まぬようにとルカリオに先導を任せる。
人一人が通るのもやっとな海の散歩道を進むこと十数分。
不意に目の前に霧が広がったかと思えば、先を行くゾロア達の背中がまったく見えなくなってしまった。
「ルカリオ、追える?」
「ワフッ」
しかし、この程度ルカリオには些少の問題にもならない。
波導で確実に道を確認しつつ、一歩一歩歩みを進めていく。そうやって一寸先も見えぬ濃霧を突き進んでいけば───。
「お? 霧が晴れたぞぉー!」
「……ここは……」
白む景色から霧が拭い去られれば、
「社……ですか?」
呆気に取られた声色を漏らすコスモスが目撃したのは、いつの間にやら辿り着いた森の奥に佇む一柱の社だった。
その外観は刹那にして悠久の時の流れを感じさせた。特に古ぼけた屋根などはすっかり苔に覆われており、元の木材など欠片も覗くことができない。
一体何年、何十年の時を経ればこれほどまでの緑に覆われるのだろう。少なくとも自分が生まれるより前からこの社は存在していたと、コスモスは何となく感じ取った。
だがしかし、それ以上に目を引いたのは社を取り込むように伸びる一本の大樹だ。
───どうやって隠れていたんだ?
たとえゾロアークの幻であろうと、ここまでの圧倒的存在感が覆い隠されていた事実に驚愕せざるを得なかった。同時に感動すら覚えた。ただそこに居るだけでひしひしと伝わってくる生命力は、これまで見てきた自然の中でも飛びぬけて雄大であった。
これは生きている、と。
ただの木を目の前にしてそのような感想を抱いた自分に、コスモスは三度驚いた。
一方……。
「ご利益ありそう」
「ピーカ……」
「待つんだピカチュウ。どうしてオレの財布に手を突っ込もうとする」
ご縁があるように五円を投げようとするピカチュウをレッドが全力で制止する。御賽銭も賽銭箱が無ければただの不法投棄だ。そこはトレーナーとしてきちんとしつける。そしてなによりも、勝手にお金を使われようものなら明日の飯に困る。ポケモントレーナーの悩みは切実なのだ。
そんなレッド達のやり取りを横目に、コスモスは聳え立つ大樹に包まれる社の下へ、苔の絨毯を踏みしめながら歩み寄る。
途中、横へと視線を向ければ茂みの中からゾロアがこちらを窺っているのが見えた。人もポケモンも滅多に訪れない奥地に棲み処を構える彼らだ。物珍しさで集まっていると見て取れた。
そのまま社の前まで近づけば、これまた苔むした階段に足を乗せる。腐っていて踏み抜いてしまわないか不安であったが、それもすぐさま杞憂に終わった。大樹の根に支えられた階段は、少女が乗った程度で踏み抜かれるほどヤワではなかったらしい。
「……ふぅー……」
階段を上り終え、苔むした扉の取っ手に手を掛ける。
予想が正しければ、きっとこの先に求めている物があるはずだ。期待と不安に心臓が早鐘を打つ中、コスモスは『いざ』と扉を勢いよく開いた。
長い間開かれていなかったのだろう。最初、苔やら蔓やらで固着した扉はビクともしなかったが、それでも尚力を込める少女に観念したのか、ある時を境に不思議なほど滑らかに開いたではないか。
「……ここにも」
あった。
ここにも、時間の花が。
「大きい……」
けれども、予想外であったのはそのサイズ。
今まで見てきた物よりも一回りも二回りも巨大な花は、大輪と呼ぶに相応しい存在感を放っていた。
しかも外から差し込む光を収束し、反射しているのか、室内であるというのにさほど暗さを感じられなかった。それどころか瑞々しい可憐な花が時間の花の周りに咲き乱れている。
正しく外とは隔絶された空間が広がっていた。
後からやって来たテリアとレッドも、この非現実的な光景を目の前にして言葉を失っていた。
「おぉ……これはなんとも……」
「……ん?」
しばし見惚れていたレッドであるが、不意に部屋の奥に鎮座する物体に気がついた。
神棚にも見える台座に祀られていたのは、一枚の木の板。僅かに苔が剥がれている部分は彫ったような溝が刻まれているものの、状態が状態である為それが何なのか判別することはできない。
「文字……?」
「なんだって!? どれどれ……う~ん、でも流石にこのままじゃあ読めないなぁ。最低限苔を剥がさなきゃ」
「剥がす……!?」
「しないよしないよ。一番手っ取り早い方法がそれってだけさ。無暗に重要そうな遺物を弄るほど、良識を捨ててはないさ」
「ホッ」
「ただ、溝が彫られているんなら機材で非破壊検査ができるかもしれないなぁ。フフフ、大枚叩いて機材を取りそろえた甲斐があるってものだよ!」
想像するだけでもワクワクが止まらない。
そう言わんばかりに浮足立つテリアであったが、思い出したかのようにコスモスの方を向く。
「コスモス氏ぃ~。こっちもこっちでヒッジョ~~~に興味をそそられるけ・れ・ど・も……まずは
「言わなくてもわかってます」
「話が早くて助かるぅ~!」
『そんじゃあヨロ!』と軽いノリで頼まれるが、コスモスが指示するまでもなくルカリオが歩み出てくる。
社の中央に鎮座する時間の花。自然と敬意を表そうと思わせる存在感を前に、ルカリオはいつの間にか膝を着いていた。
そのままゆっくりと掌を向ける。
淡く、そして青く輝く波動が集まり始めた。直後、時間の花にも変化が訪れる。全体に走る葉脈のような紋様がチカチカと瞬き始め、過去の光景を呼び起こそうとしているようだった。
しかし、花弁の大きさの問題か再生までに少しばかり時間を要した。実際の時間はこれまでのものと数分程度しか変わらなかったであろう。
けれども、この時ばかりは。
少女にとっては、気が遠くなるほど時の流れが緩やかになったように思えて仕方なかった。
そして、遂に───光が咲いた。
***
『こ、ここは……?』
虚空に穿たれた謎の空間から現れた男は、重そうに頭を抱えながら周囲を見渡していた。
『私は確かにあの子供を下し、ラジオ塔へ向かおうとしたはず……だが、』
黒ずくめの服装に身を包んだ男は、傍らに倒れている一体のポケモンへと目を遣った。
淡い緑色に透き通った羽を持った、まるで妖精のようなポケモン。しかしながら、その全身は激しい戦いの後であるかのようにボロボロであった。
『お前の仕業か、
忌々しそうに、男はポケモンの名を吐き捨てる。
そして、懐にしまっていたモンスターボールからくり出したガルーラに、瀕死のセレビィを抱かせる。傷ついたセレビィを労わるというよりは、むしろ逃げられぬよう拘束する意図がひしひしと感じられた。
『……ここがどこであろうと関係ない。ロケット団を復活させるまで、私は止まるつもりはない!』
断固たる決意を口にしつつ、男はその場から去っていった。
古ぼけた社の中から外へ。鬱蒼と木々が生い茂る森を目の当たりにしても尚、彼の堂々たる歩みに迷いはなかった。
そうして、男は消えた。
遠い過去の幻影の中に───。
***
「……」
「眠れにゃいのかぃ、コスモス氏ぃ~」
「博士……」
日も落ち、時刻はすっかり深夜を回っていた。
普段であればコスモスもレポートなり調べ物なりをやめ、気絶するように眠りにつく時間帯であったが、今日ばかりはどうにも寝付けず、あまつさえ目がガン決まっているテリアに声を掛けられてしまった。
「まぁ仕方ないっか、あんな映像見せられちゃあねぇ~」
「……先生が近くで寝てますので」
「大丈夫大丈夫、聞こえちゃないよ。それに、キミの先生が紳士なら乙女の深夜トークにを盗み聞きなんてしないさ」
「乙女……」
「おや? 怪訝な目をされてしまったよ」
女子組がテントで眠っている一方、レッドは社の中で眠っている。
室内と室外では流石に距離も離れている為、それこそテントの傍まで近づかないことには話は聞こえてこないはずだ。それを抜きにしてもルカリオが居る以上、盗み聞きなどという狼藉は不可能に等しい。
「まあ、キミの気持ちは分からないでもないよ。あれを見ちゃあねぇ……」
「……」
テリアの言葉を聞くや、コスモスは口を一文字に結んだまま反対方向へと寝返りを打った。
しかし、いくら瞼を閉じようとしたところで一向に眠れそうもない。
むしろ、瞼を閉じてしまうことで黒一色に染まった視界に、あの映像が鮮明に呼び起こされてしまう。
セレビィと共に現れた黒ずくめの男。
今度こそ、はっきりとその顔を見ることが叶った。
あれは───。
(あれは確かにサカキ様だった……)
ロケット団ボス、サカキ。
シルフカンパニー占拠事件以降、表立った姿を見ることが叶わなくなり、それっきり音沙汰もなくなった、コスモスにとって敬愛し崇拝する存在だ。
そんな彼が時を渡ってきたセレビィと共に現れた。
これは最早、アイデンティティが揺らぐどころか、消失しかねない重大事実に他ならなかった。
(それじゃあ、私が見てきたサカキ様は一体……?)
いつまで経っても思考がグルグルと回り続けている。
いい加減頭も痛くなってきて、心なしか吐き気も催してきた。
(落ち着け、私。たとえ
一つずつ考えを整理し、平静を保とうとする。
そうだ、問題の本質はもっと別の部分にある。サカキがどこからやって来たかなど、そもそも大して重要ではないのだ。
(だとすると、やはり……)
そこまで考えが至ったところで、ようやく動悸が収まってきた。
しかし、色々と考えを巡らせ冴えてしまった頭ではどうも上手く寝付けそうにない。
きっと明日の朝は最悪なコンディションで起床する羽目になるだろう。若干憂鬱になりながら、それでも眠ろうと瞼を閉じようとした───そんな時だった。
「モッグ!」
「……コスモッグ?」
真夜中なのに元気いっぱいのコスモッグが、コスモスの眼前に飛び出してくる。
「……貴方も早く眠った方がいいですよ。明日もきっと早いでしょうし……」
「モッグー!」
「んぶぶぶぶっ」
眠りを催促すれば、途端のわたあめのような両手で顔面をポコポコ殴られる。
「ちょ、やめっ……!」
「モッグ!」
「あっ、コラ! どこに行くつもりです!」
テントから飛び出していくコスモッグを追う形で、寝袋に包まれたままのコスモスも外に出る。
幸いにも、コスモッグはテントから出てすぐの場所に立っていた。
クルマユスタイルで飛び跳ねていくコスモスは、そのまま何かに気を取られた様子のコスモッグを抱きかかえる。
「まったく、貴方というポケモンは。そろそろ私の手持ちという自覚をですね……」
「モッグ!」
「うん? 空がなん……」
振り上げられた手の先を見上げる。
鬱蒼と生い茂る木々の合間だった。僅かに開かれた自然の天窓を望めば、そこには満天の星がちりばめられていた。
空気が澄んでいる為か、町で見るよりずっと煌めいて見える。
見事という他ない光景に、しばし言葉を失うコスモス。そんな彼女であったが、目の前で小さな星雲が横切ったために我に返る。
「モッグ! モッグ!」
「……まさか、あれを金平糖とでも思ってるんじゃないでしょうね」
「モッグ!」
「貴方が辿り着くには一万光年早いですよ」
食べることは否定せず、コスモスはそのままコスモッグを懐へと押し込む。
しかし、外の涼やかな風に当てられて随分火照りが落ち着いてきた。深部体温が下がってくれば眠くなるというが、彼女はまさにその状態だ。
テントに戻らず、そのまま腰を下ろすコスモス。うつらうつらと舟を漕ぐ彼女は今にも眠ってしまいそうだ。起床時を思えばテント内に戻った方が快適に違いないが、今のコスモスにはそれを考慮するだけの体力も残されていない。
次第に寝息も深くなっていく。瞼は半分ほど閉じているが、視界にはほぼ何も映っていなかった。
「すぅ……すぅ……」
「……」
そんな少女の隣に腰を下ろす影があった。
「ワフッ……」
ルカリオだ。
彼は外で眠りに落ちた主に困った表情を浮かべ、どうしようものかと悩んでいた。このまま抱きかかえて運んでもいいが、それで起こしてしまう事態は避けたい。主を思うが故のジレンマだ。
「クゥーン……」
「ルバッ!」
「フィア」
「! シィー……!」
と、そこへ唐突に二体のポケモンが現れる。
ゴルバットとニンフィアだ。寝ぼけた後者は兎も角、前者に至っては夜中だからか昼間よりも元気そうな様子で飛び出してきた為、咄嗟にルカリオも口の前に指を立てて静かにさせる。
『しまった!』とそれぞれ翼なり触角なりで二体は口を押さえる。
一体何をしに出てきたのかとルカリオが怪訝な視線を送れば、サムズアップでもするように翼を掲げたゴルバットが、そのままコスモスへと抱き着いた。
───これで姉さんが体を冷やさなくて済みやすぜ……!
そう言わんばかりに誇らしげな表情だった。
「フィ~ア……」
続けて寝ぼけたニンフィアもコスモスに抱き着く。
こちらはうっかり離れてしまわぬよう、触角を苦しくならない絶妙な力加減で少女の体に巻き付けた。
これで朝になっても体が冷えずに済むだろう。
わざわざボールから出てきてまでの殊勝な行いに感心するルカリオは、今となっては古株に位置する仲間達へ微笑みを送った。
そんな時だった。
社の方から扉の開く音がする。
「チャァ~~~……」
大あくびをし、どこから引っ張ってきたタオルを引き摺るピカチュウが階段をピョンピョン飛び降りてくる。
そしてテントの外で屯する面子を見るや否や、一切の迷いなくコスモスの太腿の間に座り、自身にタオルを被せかけた。
「……」
大概自由人……否、自由モンなピカチュウに何とも言えぬ表情となるルカリオであるが、これだけのポケモンに囲まれれば寒い思いはしなくなるだろう。
一先ず安堵の息を吐き、ルカリオはその場から離れて警備に戻ろうとした───が。
「ルカリオ……」
「!」
呼ばれて振り返る。
けれども、自身を呼んだはずの主が起きている様子は見られない。
寝言だったのだろう。今もすやすやと穏やかな寝息を立て、早速太腿に乗っかっていたピカチュウを抱き枕にしている。
寝言であるならば反応する必要もない。
しかし、そのまま前を向き直そうとしたルカリオは、逡巡するようにその場にとどまった。
寝言には明確な意思を宿っているだろうか?
大半の人間は、この問いに『NO』を突きつけるであろう。
ならば、眠っている人間は感情を持っていないだろうか?
これについて、ルカリオであれば『NO』と突きつける。
たとえ感知し難い微弱な波動とは言え、主から流れ出る感情の波は、ルカリオをそれ以上前へと進ませなかった。
「……」
そして、踵を返したルカリオはコスモスの隣へやって来る。
穏やかな寝息を立てる主。どこか不安そうにも見えるあどけない表情を見るや否や、彼は音を立てぬよう細心の注意を払い、そのまま少女の隣に腰を下ろした。
すると、間もなく少女が身動ぎする。
目を覚ましたかと一同に緊張が走った。
だが、少女は『う~ん』と声を漏らしながらルカリオの体毛に顔を埋めたっきり、微動だにしなくなる。
まるでお気に入りの毛布を抱く幼児のようだった。ルカリオは寝息が体表をくすぐるこそばゆい感覚を覚えながらも、ほんの少し険の取れた面持ちにフッと微笑を零した。
「すぅ……すぅ……」
それから夜空の星は廻った。
とうとう朝になり、空も白み始める。
それでもルカリオは、主から離れることはなかった。
***
「体がバキバキです」
寝ぐせで爆発した髪形を帽子で覆い隠すコスモスが呟いた。
ここは時間の森の道中。一度通った道とだけあり、進む面々の足取りに迷いはなかった。
「早く家に帰って湯船に浸かりたいです……」
「コスモス氏も乙女だねぇ」
「あとお腹が空きました……所詮持ち運べる量。あの程度じゃ私のお腹は満たされない……腹八分目なんてダストシュートくらえ……」
「おっとっとォ? 乙女力がぐぐーんと下がる発言来ちゃったよ」
「……拾っといたきのみだけど食べる?」
「いただきます」
「おやおや、コスモス氏の野生児力が上がってってるなぁ~」
と、コスモスがレッドからもらったきのみを貪っているのはさておき。
朝ごはんも済ませた一行は、村へ帰還するべくゲンエイじまを発っていた。調査に重要そうな社を発見したとはいえ、人間が持ち運べる機材や物資の数には限りがある。留まって調査するには相応の用意が必要になるのは必然であった。
そこで今回は発見できただけでも御の字とし、次なる本格調査に向けて一旦戻る判断を下したのである。
「ゾロア達も敵じゃないと分かってくれたら友好そうでしたし、次はスムーズに調査できるんじゃないですか?」
「そうだね。こうなったらあそこに住み込みで調査するなんてのはどうだい! 妙案だろう!?」
「博士に森で暮らしていくポテンシャルがあるようには見えませんが」
一年後ぐらいに骨になって見つかりそうだ。
こうも年下にハッキリ言われ、テリアはがっくり肩を落とす。しかし、くよくよタイムなんてものは五秒で十分だと言わんばかりに彼女は奮起した。
「そこまで言われたら仕方がない! せめて一秒でも研究できる時間を早くするよう、すぐにでもラボへ帰還するとしよう! いざ行こう、コスモス氏! 赤先生!」
「えー、走りたくないです」
「……森を走るのは危ない」
「多数決は一対二でそちらが優勢だね。だがしかし、ワタシは行くぞぉー!」
多数決で負けたなら敗北を認めなさい。
そう制止する間もなく駆け出したテリアであったが、直後に足元にあった木の根に引っ掛かり転倒する。
「あびゃー!?」
「言わんこっちゃないです」
「イテテテ……ぐっ、ワタシとしたことが抜かった。若い頃はもっと派手に動き回れたのに……うん?」
立ち上がったテリアは頭に違和感を覚えた。
なにかヌルりとした液体。まさか出血したかと血の気が引いたが、手に取ってみたところまったくの別物であった。
黄色く半透明な色合い。液体と呼ぶには粘性が強く、指にくっつければ糸を引く程であった。
「くんくん……なんだか甘い匂いがするぞ?」
「……博士」
「おーい、コスモス氏~。キミはなんだか知ってるかい?」
「……ビークイン」
「うん?」
コスモスはテリアを───正確には彼女の後方を指差した。
直後、無数の羽音が聞こえる。ヴヴヴヴヴと。数は一つや二つではなかった。
そんな中、一際重い羽音を奏でる影がテリアの頭上に回り込んだ。
「───ビィィイイイ!!!」
「……ビークイン達が集めたあまいミツじゃないですかね」
「あー、なるほど!」
「逃げましょうか」
「それ正解」
パッチーン☆ と指を鳴らすテリア。
直後、三人は全力疾走でその場から離れた。
しかし、それを逃がすほどビークイン達の怒りは小さなものではない。大切な食糧を奪ったと認識した人間達を兵隊であるミツハニーと共に追走し始めるではないか。
「走れ走れ走れぇー!! 捕まったらオクタン部屋よろしく、一生ミツ集めさせられるぞぉー!!」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……どの口が……!!」
(……トキワのもりでスピアーに追いかけられた時を思い出すなぁ……)
三者三様の反応を見せながら、三人は時間の森を駆け抜ける。
予定では夕方までに帰還するはずであったが、三人が森を抜けたのは昼過ぎであった。ただし森を抜けてから一名脇腹の痛みでぶっ倒れ、近くの村長宅で世話を受ける羽目となった。
結局、動けるようになったのは日が暮れてからだ。
「まったくひどい目に遭いました……」
「そういう割には村長氏ん家でお菓子死ぬほど食べてたね」
「今日の分のノルマを達成しただけです」
(ノルマとかあるんだ……)
謎のノルマ制度を課している生徒にレッドが唖然としている間にも、見知った家の屋根が見えてくる。
しかし、だんだん近づくにつれて不審な音───否、声が聞こえてきた。
『───!』
「……誰でしょう」
「来客かな? でも珍しいこともあるんだなぁ。ジー氏の家にお客さんなんて村長氏が来るぐらいなのに……」
「でも、村長の声じゃない」
人一倍耳が良いレッドが言い切る。
確かに近づいて聞いてみれば、響いてくるのは女性……それも年若い少女の声だ。
村の住民事情は知らないが、少なくともテリアは若い少女の客人に心当たりはないようだった。
ますます不思議がるテリアを先頭に二人は家に到着した。
正直に玄関から上がるよりも縁側に回った方が、居間を確認するには手っ取り早い。傍から見ればコソ泥にも視られかねない態勢で三人が覗き込む。
するとそこには信じられない光景が広がっていた。
「───オーッホッホッホ!! このケムリイモの煮っころがし、とっても美味ですわ!! どんどん箸が進んで止まりませんわぁ~~~!!」
「……そうか。おかわりもあるぞ」
「本当ですの!? それではお言葉に甘えさせていただきますわぁ~!!」
「あ」
「おやおや?」
「?」
何かに気づく二人。反面、レッドは依然として疑問符を頭上に浮かべた。
彼女らが目撃したのは紛うことなき普通の食卓を囲む光景。当然、ジーが独り身である事情を考慮した時、謎の少女が同席している点に不審を覚えるであろう。
だが、むしろ知っていたからこそコスモスは固まった。
そんな彼女の息遣いを耳にしたのか、ケムリイモの煮っころがしを笑顔のまま大口で食べようとしていた緑髪の少女が気づいた。
「……あ、」
思わず箸から芋が転がり落ちた。
床の上に煮汁が浸み込んだ芋が転々と転がっていく。
「! パクッ、もぐもぐもぐ……!」
「食べるんですね、それ」
しかし、少女は落ちた芋を三秒の内に拾い上げ、口に運び込む。
口調に似合わず意地汚い面を見せた少女であったが、そもそも知っていたと言わんばかりにコスモスは納得した反応を見せる。
「───相変わらずですね、ベガ」
「これはこれは……お久ぶりですわね、コスモスさん。ご機嫌いかが?」
出会って三秒。
にも関わらず、一触即発バチバチな空気が出来上がる。
「……なにこれ。どういう状況?」
「ありゃりゃ、懐かしい顔だこと」
「おい、テリア。知り合いか?」
「あ、ジー氏。ただいま帰りましたよぅ」
火花を散らす少女達にレッドが困惑するのと同じく、ジーもまた食事の席を共にしていた少女がただちに険悪なムードを作り上げたことに少なからず戸惑っていた。
「どんな御用でこちらにいらっしゃるかは知りませんが、ここで会ったが百年目ですわ……!」
「ヤるというなら付き合いますが」
「望むところですわ! あちらに行って白黒つけましょう!」
と、外野が困惑している間に当人達で話がまとまってしまう。
何やらこれから一戦交えようという雰囲気だ。誰も居ない平地へと向かうべく、縁側に並んだ靴を履こうと緑髪の少女が腰を下ろした。
「……コスモス?」
不意に聞こえた声の方へ、全員の視線が集まった。
そこには湯上りらしき容姿端麗な人物が立っていた。濡れた青髪をタオルで拭う人物は、外から自身を見つめている少女を見るや否や、みるみるうちに怜悧そうに細められていた瞳を見開かせた。
一方、コスモスの方はと言えば逆にギュゥゥウ! と目を絞るように細めた。まるで嫌なものでも見た反応であり、そのまま彼女はその場から一歩引き下がった。
しかし、次の瞬間だった。
「オー、コスモースッ!! ロング・タイム・ノー・シー!! 会いたかったデーーース!!」
「待ってくださいデネブ私今日歩き通しで疲れてるので───ぐぇぶ!!?」
湯上りを厭わず一直線に飛び込んでくる相手。
そんな知り合いを突然受け止められるはずもなく、コスモスはジー家の庭に倒れ込んだ。余程の勢いだった所為もあり、ゴチンッ! と後頭部を打つ音が鳴り響く。
それっきりコスモスは白目を剥いたまま動かなくなる。
享年(気絶)12歳であった。
だが、飛び込んで来た相手はそんなことにも気づかずコスモスを強く抱きしめる。
「コスモス!! ミーはずっとずっとユーに会いたかったデスよ!! ハァ……久しぶりに会ってもチョコレートなフレグランスは変わらないデース。トッテモ落ち着きマース……」
「デ、デネブ……とりあえず放してさしあげませんこと? コスモスも気を失っておられますわ」
「ホワッツ!? ……オー、ベリーベリー疲れてましたかネ?」
「いや、十中八九アナタのせいだと思いますが……」
『何事?』
騒がしくなってきた庭先に、また一つ声が加わった。
「……ポケモン図鑑?」
これにはレッドが反応した。
その声は紛うことなきポケモン図鑑の音声だった。図鑑説明を読み上げてくれるお兄さん風なアレだ。
だがしかし、その声を発していたのはデネブがやって来た扉の奥に立つ、これまた不思議な装いの人物だった。全身黒ずくめに身を包んでおり、加えて顔もバイザーや襟で隠している為か、まったく素顔を拝むことができない。
そんな人物は、見知らぬ来客に庭先で気絶している知人、それを抱きかかえる仲間を見て一言。
『いや、何事?』
───こっちが訊きたいよ。
全員の思いが繋がった瞬間だった。
Tips:ゲンエイじま
時間の森から続く砂浜の散歩道を辿っていくと着く島。普段は島の姿が見えないとされているが、それは生息するゾロアークがここを棲み処とし、外敵が侵入できぬよう幻影で景色を誤魔化している為である。
島内には多くのゾロアやヒスイゾロアが繁殖している。
一見それ以外は時間の森とさほど違いのない景色が広がっているが、最奥に位置する場所には大きな大樹に包まれた社と巨大な時間の花が存在する。過去の映像から、この社にセレビィと共に時渡りしてきた人間が確認されているが、それ以上は詳細不明。