愛と真実の悪を貫く!!   作:柴猫侍

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№060:ぼくのベストフレンドへ

 

 

 

 その時が映し出すは、まだモンスターボールも存在していない時代。

 

 

 

 深緑に覆われる森林の奥深くに、一人と一匹が居た。

 彼らの前に在るのは、つい最近建てられたばかりであろう社。けっして豪華な装飾が施されている訳ではないが、むしろそれがより一層神々しさを醸し出していた。

 

『───よし、ここに遺すとしよう。ルカリオ』

 

 社の前に立つ男がそう言い放つ。

 彼の傍らに立っていたルカリオは、眉尻を下げながら男の方を見た。その顔は『本当にいいのか?』と問うていた。

 

 だが、男は柔和な笑みを湛える。

 すると、おもむろにグローブの手の甲に嵌められていた宝石を取り外す。

 

『ああ、これでいい。()()は本来私達が持つべき物ではない』

 

 感慨深そうに瞼を閉じる男の脳裏には、ここまでの旅路の光景が蘇っていたのだろう。

 仄かに眉間に刻まれた皺が、その苦難をありありと窺わせる。

 

 しかし、それ以上に滲む感謝の色があったのもまた事実。

 

『とんだ贈り物だったが……そのお陰で今はこうしてお前と居ることができる。私にとっては、それが何者にも勝る贈り物だ』

 

 傍らに立つ友に向けて言い放つ男。

 当の友はと言えば、真正面から向けられる言葉と波動に面食らった後、照れたようにそっぽを向いた。

 

 とはいえ、彼らは波導使い。

 後の世では『波導の勇者』と呼ばれる彼らにとっては、どんな隠し事も筒抜けであったと言える。

 

『なあ、ルカリオ。()は何を思ってこれを我々に託してくれたんだろうな』

 

 取り外した宝玉を太陽に翳しながら、男は語る。

 

『私はな、私とお前が───人とポケモンが共に在れるようにと。そう願い、託してくれたのだと思わずにはいられないんだ』

 

 ルカリオの手を見れば、やはり似たような赤と青の二重螺旋が浮かぶ宝玉が手甲に嵌められていた。

 

 その宝玉こそ、人とポケモンの心を繋ぐ石。

 人間だけでも、ポケモンだけでも成り立たない。

 両者が心を通い合わせることでようやく奇跡を発現させる力は、まさしく人とポケモンの共存を願う代物と呼ぶ他ないだろうと男は考えた。

 

『だからな、ルカリオ。()()()()()()()()()()

 

 社の中へと立ち入り、最奥に鎮座していた神棚に宝玉を祀る男。

 その後を追いかけたルカリオもまた、噛み締めるように宝玉へ思いを馳せた後、自らも宝玉を神棚へと祀った。

 

 神棚の両隣に備えられた榊は、青々とその葉を揺らしていた。

 

『ここはゾロアークの幻影に守られし地。たとえ悪しき心の持ち主がセレビィを利用しようと思っても、我々と同じ波導使いか……』

 

『お前を───ルカリオを友とする者しか辿り着けはしない』

 

『私はお前達が高潔な精神を持つ一族だということは重々理解している』

 

『だからこそ、いつかここに辿り着く者があるとするならば……これはそんな正しい心を持つ彼らの手にこそ在るべきだ』

 

『過去の我々よりも、未来の彼らの為に……な』

 

 語り終える男。

 胸の内の思いはすべて言葉にした。

 

 それでも最後に決めるのは(ルカリオ)だ。

 自分達の絆と奇跡の証を、未来の誰とも分からぬ者の為に遺すべきか───それは一口に言っても簡単な決断ではなかった。

 

 しかし、友は決断する。

 

 ゆっくりと。

 それまでの旅路に思いを馳せながら宝玉に触れたルカリオは、そのまま手甲を外したかと思えば、男と同じく神棚にそれを置いた。

 

『……ありがとう、ルカリオ』

 

 友が自分と同じ思いを抱いてくれた。

 その事実が何よりも嬉しいと染み入ったような声色だった。

 

 そして、今一度神棚に供えられた石に祈りを捧げる。

 

『このキーストーンとメガストーンを手にする者達に波動の導きがあらんことを』

 

 

 

───波導は我にあり。

 

 

 

 最後の手向けに言葉を遺し、彼らはこの場を去った。

 以降、ここを訪れる人間は居なかった。

 それこそ零れ落ちた種が芽を出し、やがては社全体を抱きかかえる大樹にまで育つ永い時の間。

 

 されど遭遇(であ)った。

 

 

 

 時空を超えて───“いし”は託された。

 

 

 

 ***

 

 

 

(なんだ、この光は)

 

 冥い闇を照らす眩い光にジーは立ち尽くす。

 ただの進化の光ではないことはすぐに理解できた。溢れる力の波動の大きさも、時を経るにつれて強大に膨れ上がっていく。

 

 だからこそ理解できなかった。

 目の前のポケモンがどのような手段で力を増しているのか、その理由が。

 

(あの石か? セレビィが渡した、あの───)

 

 心当たりがあるとすれば、やはりコスモスとルカリオを繋ぐ光の大元だろう。

 

 二重螺旋の赤と青。

 ジーにはそれが遺伝子に見えた。遺伝子とは生命の設計図。正反対の性質を有する二本の鎖が互いをコピーすることで、欠けた方を修復する機能がある。

 

 互いを模倣し、時には支え合う。

 

───まるでトレーナーとポケモンのようではないか。

 

「っ……いいや、そんなはずはない!」

 

 だが、ジーは頭を振った。

 声を荒げながら、目の前の光景を否定しようとした。

 

「人とポケモンが力を合わせて強くなる? 馬鹿馬鹿しい!! そんな現象は認めない、認めてなるものか!!」

 

 握る拳にも自然と力がこもる。

 それほどまでに彼の拒絶の意思は大きく、そして強かった。

 

「君のルカリオが何を感じたのかは知らないが……他人の感情如きに突き動かされた程度で、今の私を止められはしない!!」

 

 片手を上げる合図を出せば、ヘルガーの口から紅蓮の炎が迸った。

 加速度的に熱気が広がっていき、男の唇も乾燥してひび割れた。しかし、そのまま激しく口を動かすものだから、必然的にじわりと血が滲み出してくる。

 

「そんなもので……そんなもので……!!」

 

 些少の痛みなど厭わない。

 ただ自分の正義こそ至上とする姿が、そこにはあった。

 

(……痛い)

 

 それを目の当たりにしていたコスモスは、おもむろに自身の胸に手を当てた。

 鼓動が高鳴る度、全身を掻き毟りたくなるような熱さが広がっていく。ほとんど苦痛にも等しい熱に、思わずクラリと眩暈も覚えた。

 

(違う。これは()()()()()()

 

 だが、断絶しそうになる意識を寸前で踏み止まらせる。

 そして、この苦痛の所在を明らかにしようと、瞼を閉じて集中を始めた。

 

(ルカリオ。これが貴方の感じる波動なんですね)

 

 おもむろに隣を見遣れば、未だ光に包まれる相棒の姿があった。

 進化の殻は破られ、今はその身に宿った力により肉体が変形している最中である。にも関わらず、溢れる強大な波動は石を通じてコスモスへと逆流し、彼の感じる感情をこれでもかと伝えてきていた。

 

 そして、

 

「そういう訳ですか」

 

 全てを理解したコスモスが瞼を開く。

 すると隣には完全なる変身を遂げた相棒が居た。

 

 平時の蒼に加え、手足の先が赤き闘魂の色に染まった立ち姿は勇猛そのもの。

 当初は体表を淡く照らす波動も激しく荒ぶっていたが、次第に落ち着きを取り戻すルカリオの精神を表すかのように鎮まっていく。

 

「ルカリオ……いえ、メガルカリオ」

「───バウッ」

「撃ち方始め」

 

「!!」

 

 目の前で行われる攻撃の予兆。

 それを見逃すはずもないジーは、その落ち窪んだ眼窩に収まった三白眼をヘルガーの方へ向けた。

 余程切羽詰まった表情だったのであろう。主の見慣れぬ表情に一瞬瞠目したヘルガーであったが、すぐさま彼の思考を汲み取って動き始めた。

 

 腹の中で暴れる炎を今一度燃え盛らせる。

 そうして我が身をも焼き尽くす勢いの炎は、夜の森を紅蓮に染め上げる苛烈な業火へと昇華した。

 

───あとはコイツをぶつけるだけだ。

 

「私は……私は世界から、心という不完全で曖昧なものを消し去り完全な世界を生み出す!!」

「それが貴方の正義ですか」

「誰にも邪魔はさせない!! 何もかも燃え尽きてしまえ!!」

「それならこちらも───貫かせてもらいます」

 

 蒼と紅の光が臨界に達する。

 そして、

 

 

 

「ヘルガー、『れんごく』!!」

「ルカリオ、『きあいだま』!!」

 

 

 

「ガアアアアッ!!!」

「ルァアアアッ!!!」

 

 

 

 小細工なしの真っ向勝負だった。右も左もない、真正面からの撃ち合い。

 

「おおおおおっ!!!」

「はああああっ!!!」

 

 互いに柄にもない雄たけびを上げながら、激突する技の背中を押していく。

 

「やれ!! やるんだ、ヘルガー!!」

 

 吹き付けてくる熱気に瞬きもせず、ジーは眼前で繰り広げられる激突を凝視し続けた。

 瞳が渇き、自然と視界が滲み始める。

 極々生理的な身体の反応であった。乾いたものには潤いを。そうして潤いを与えられたはずのジーであったが、彼の視界は一向に晴れはしなかった。

 

「お前の力は私自身の力だ!! 私は負けぬ!! どんなポケモンにも!! この下らない世界にも!!」

 

 拳どころか、声も震える。

 心なしか息遣いも不安定にブレ始める。

 

「そうでなければ……私は……!!」

 

 揺れる、揺れる、揺れる。

 全てが目の前の陽炎のように。

 

「私の人生は……ッ!!」

「ガ、アアアッ……!?」

「ヘルガー!?」

 

 拮抗していたかに思えた激突であったが、とうとう天秤は傾いた。

 紅蓮の業火と真っ向からぶつかり合っていた渾身の波動は、火の粉を撒き散らすように炎のど真ん中を食い破り、突き進む。

 

「まだだ!! ヘルガー!!」

「ガッ……アア……!!」

「まだ終わってくれるな!! 私にはまだ為すべきことが───」

 

 それより先の言葉は紡ぐことができなかった。

 業火の熱気に喉をやられた───だけではない。

 力尽くで押し返される『れんごく』がヘルガーの口まで辿り着いた瞬間、体内からの供給量に放出量が間に合わなくなり、炎の逆流現象が巻き起こった。

 

 とどのつまり、フラッシュバックだ。

 

「ガッ───アアアアアッ!!?」

「ヘルッ……ぐああっ!!?」

 

 ヘルガーの絶叫と共に巻き起こる眼前での爆発に、爆風に煽られたジーは後頭部から地面に倒れ込んだ。

 強い衝撃が全身を、特に頭を襲う。

 次の瞬間、視界が真っ白に染まった。あれほど炎の赤に照らされていた世界が、今度は一変の穢れのない白い世界へと塗り替えされる。

 

(これ、は……)

 

 その瞬間だった。

 フラッシュバックは彼の中でも起こった。

 

 真っ先に蘇った記憶は、失う直前の景色。

 

(そうだ、私は)

 

 瞳を見開いた知識の神がこちらを覗き込んでいた。

 

(ユクシー……お前が、私の───)

 

 奪われた知識が。

 失われた記憶が。

 忌々しい過去が、全て。

 

 

 

 蘇る。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

───■■■、いいですか? 貴方はとても賢い子。

───だから、その頭脳を一族に還元できるよう精進なさい。

───私達の祖先がそうであったように。

 

 

 

『……どうしても、ダメなのかな?』

『ご先祖様がそうだったからって、ボクも頑張らなきゃって……』

()()も……そう思うかい?』

 

 

 

───最近の貴方は目に余ります。

───どうしてもと強請るからポケモンを与えたというのに……。

───それでこのザマなら……私にも考えがあります。

 

 

 

『ねえ、■■■は?』

『引き渡した……? ポケモンを研究してるところに?』

『どうして……ねえ、どうして!?』

 

 

 

───無意味だからです。

───ポケモンと遊んでいる時間があるのなら、もっともっと勉強なさい。

───その方が貴方の人生の為になるのだから。

 

 

 

『……』

『……』

『そっ……か……』

 

 

 

───ご覧ください! 新たなシンオウチャンピオンの誕生だぁー!

───それでは史上最年少のチャンピオンにインタビューです!

───()()()()()! 決勝戦を制した今の心境はどうですか!?

───はい! とっても嬉しいです!

───でも、一番は頑張ってくれたポケモンへの感謝です。

───正直、私自身『もうダメだ』って思う瞬間がありました。

───そんな時、ポケモンが諦めないでいてくれたから。

───だから、最後の最後までやり遂げることができました!

 

 

 

『……』

『……、……』

『………………ッ』

 

 

 

───『ギンガ団は、かつてヒスイ地方開拓に関わった組織である。』

───『争いのない新天地を求めた入植者で構成された彼らは、』

───『今のシンオウ地方の発展に大きく貢献したと言えよう。』

 

 

 

『……ギンガ団』

『私の祖先の功績に興味はないが』

『争いのない新天地……か』

『もっと早くその場所を知れていたのなら』

『私にも───』

 

 

 

 ***

 

 

 

(……悪夢だな)

 

 目が覚めて一番に抱いた感想だ。

 酷く重い頭に顔を歪ませながら上体を起こせば、捕えていたはずのセレビィが手から居なくなっていることに気がついた。

 

「……当然か」

「ジーさん」

 

 呼ばれる声に振り向けば、居なくなっていたセレビィを抱きかかえる少女が居た。

 超絶した力を発揮していたルカリオも同様だ。姿こそ元に戻っていたが、戦えるだけの体力は残しているとでも言わんばかりの気迫を放っていた。

 

「……安心しろ。もう手は出さん」

 

 そんなルカリオを宥めたところで、ジーは項垂れる。

 

「私の……負けだ」

 

 ゲンエイじまに、静寂が舞い戻った瞬間だった。

 冷えた夜風がバトルで火照った頬を撫でるように吹き抜ける。

 

 しばらくの間、魂が抜けていたように沈黙を保っていたジーであったが、不意によろよろと立ち上がった。

 

「私は……もう、行く」

「どこにです?」

「私という存在を望まぬ世界の外まで」

 

 おもむろにコスモスに背を向けるジー。まるで過去の自分と決別するとでも言わんばかりの振る舞いであった。

 しかし、悲壮感と呼ぶには余りにも弱弱しい。

 終の場所でも探すかのように、踏み出した足取りは不安定で覚束なかった。

 

「待ってくださ……」

「『この世界が憎いなら自分一人誰も居ない世界に行けばいい』」

「っ……?」

「昔、ある人間に言われた言葉だ。結局、そういうことだったんだろう。この世界に私の居場所はなかった……」

 

 よろよろと。

 倒れぬよう、辛うじて木に寄りかかりながら彼は続ける。

 

「私の望みは、最後まで世界に許容されないという訳だ」

「それは違うと思います」

「……なんだと?」

 

 諦観の境地に達していた歩みを止めたのは、他でもない彼の野望を挫いた少女だった。

 

「貴方の望みはもっと別のものだったんじゃないですか?」

「……どうしてそう言える?」

「感じたんです、貴方から」

 

 少女は胸に当てながら言った。

 すると、腕の中にセレビィを抱きかかえたままジーを追いかける。

 ともすれば、敗者を残酷なまでに追い詰める所業だったかもしれない。それでも少女には逃げるように去っていく男を黙って見送る気にはなれなかった。

 

 なぜならば───。

 

「復讐なんかじゃない……ましてや、新世界の創造でもない。もっと根っこの部分にある望みが」

「……それが分かったところで、今更」

 

 

「ビィ!」

 

 

「……?」

 

 追いかけてくる少女を振り払うつもりの男であったが、突如として挟まってきた天真爛漫な鳴き声に反射的に振り返る。

 視線の先には、ついさっき乱暴を働いたにも関わらずセレビィが笑顔を咲かせていた。

 

 そして、その小さな手に握った()()を差し出した。

 色褪せた赤と白。ところどころ擦れているのはそれだけ年季が入っているからだとは想像に難くはなかった。

 

 だが。

 

「こ、れは……」

「ビィビィ!」

 

 押し付けるように差し出されたモンスターボールを受け取るや否や、おもむろにひっくり返してみる。

 

()()()()……ッ!!?」

 

 今となってはどこにでも売られているモンスターボール。

 個々の特徴などないに等しい大量生産品だ。だが、底に見覚えのある傷を見つけた時、男の時間は一気に過去へと飛んだ。

 

 そして、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

「───ケテッ!!」

 

 

 

 

 

 オレンジ色の身体に、それを纏う青白いプラズマ。

 

「───あ」

「ケテ?」

「お前、は……」

「ケテ……ケテ!」

()()()……ッ!」

「ケテテ! ケ~テテテテ!」

 

 ジーが縋るように歩み寄るより前に、ボールから飛び出したポケモンは彼の周囲を嬉しそうに飛び回る。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「───ロトム……!!」

「ケテッ!!」

 

 

 

 ジーの呼び声に、ロトムは力強く頷いた。

 最早男に立てるほどの力は膝に入らず、ほぼほぼ倒れ込むような形で最愛の友人を抱き着いた。プラズマで構成された身体を抱きしめても重みなどなく、むしろピリピリと肌を突き刺す感触が流れてくるが、それすらも今となっては愛おしかった。

 

「会いたかった……きみに……!!!」

 

 恥も外聞も、取り繕う体裁もない。

 ただ二人の間だけに流れる時間と空間が、世界があった。

 

「ずっと……ずっと会いたかったんだ!!!」

 

 ()()は泣きながら笑っていた。

 

 抑圧されていた願望を晴らすように。

 憎むほど抱いた羨望を叶えるように。

 

 大切な友人を二度と放すまいと、ずっと抱きしめ続けていた。

 

「……これはあくまで個人的な意見ですが、」

「っ……?」

 

 嗚咽に割り込んだ少女の声色には包み込むような優しさがあった。

 

「きっと、わざわざ世界を壊す必要なんてなかった」

「……なんだと?」

「貴方には貴方の世界があって、ポケモンにはポケモンの世界がある。宇宙というマクロな世界の中には、国や組織といったミクロな世界が無数に存在する。私達が住んでいる世界なんてその中の一部に過ぎません」

 

 だから、と少女は続ける。

 

「『世界が一つ』なんて極端に割り切る必要はなかったんだと思うんです。トレーナーとポケモンという関係も立派な一つの世界なんですから」

 

「クゥン……」

「っ……ヘルガー?」

 

 耳を傾けていたジーの頬を伝う涙を拭う者が居た。

 ゆるゆると彼が向いた先には、ボロボロのヘルガーが悲しそうな面持ちを湛えて舌を出していた。その表情からは負けてしまったことと、それで主を泣かせてしまったと思い込んだ罪悪感に溢れていた。

 

 だが、ヘルガーだけではない。

 瀕死に陥りボールの中に居たはずの手持ちが、続々とジーの周りを囲うように飛び出してくる。誰も彼もが涙を流す男を前に悲痛な表情を浮かべていた。

 

 彼らの中心に佇むジーは、まるで衛星のように輪を描く手持ちを見渡して呆ける。

 

「お前達……」

「……人でもポケモンでも『この人と居たい』『このポケモンと居たい』って気持ちは唯一無二だと思うんです」

「!」

「だからこの子達はどんな世界よりも貴方の傍を選ぶ……違いますか?」

 

 その言葉がトドメだった。

 呆けていた男の顔がくしゃりと歪んだ。

 

「お、おぉお、おおおぉぉぉ……!!!」

 

 一度は枯れ尽くしたと思い込んでいた涙が決壊したように溢れ出してくる。

 それを聞いたポケモン達は、再び心配するように男の傍へと駆け寄った。

 いつまでも響く嗚咽に貰い泣きしながらも、彼の涙が止まるまで傍らに居ようという意思はありありと見えていた。

 

「……」

「ビィ!」

「セレビィ?」

 

 静かに眺めていたコスモスの腕をするりと抜け出すセレビィ。

 

「ビィビィ!」

「……行くんですか」

 

 去ろうとするセレビィにとある思考が脳裏を過るが、限界まで酷使した頭と体では空のボールを取り出すのもままならない。ポケモンバトルなんてもってのほかだ。

 

「分かりました……お達者で」

「ビィー!」

 

 簡潔な別れの言葉を聞き、セレビィは虚空に時空へと続く穴に飛び込んだ。

 色々ととんだ贈り物をしてくれたトラブルメーカーではあったが……差し引きプラスといったところだろうか。

 

「でも、今度はTPOを考えてくださいね……」

 

 

「おーい」

 

 

「むっ」

 

 時渡りしたセレビィと入れ違いになって近づいてくる声は海の方から聞こえた。

 残された力で機敏に振り向けば、赤い炎が尾を引いているのが見える。

 

「先生!」

「これは……何事?」

 

 ゲンエイじまに降り立ったレッドは、周囲の光景を一瞥するや否や問いかけてきた。

 それも当然だろう。激しいバトル跡に、嗚咽を上げるジー。それにコスモス自身も泥まみれの汗まみれときた。

 

「これは……」

「うん」

「全力のポケモンバトルに……勝った、ところ、で……すぅ───」

 

 そして、遂にコスモスが限界を迎えた。

 本来就寝時間であることに加え、命の危機をも覚える熾烈なポケモンバトルを繰り広げた。さらには初めてのメガシンカ。ポケモンのみならず、トレーナーにも多大な負担を強いる奇跡の現象は、ヒンバスレベルの体力しか持ち合わせていない少女を気絶に至らしめるに十分だった。

 

「コスモス!?」

「ピ!?」

 

 糸が切れたように倒れ込む少女。

 すかさずレッドは彼女と地面の間に身体を滑り込ませ、我が身をクッションにする。その甲斐あって少女が地面とあくまのキッスをする事態は避けられた。

 

「ふぅ……間一髪」

「チュ……ヂュウウゥ……」

「二次災害!」

 

 コスモスとレッドにサンドイッチされたピカチュウ、救出。

 

「すぴー……すぴー……」

「寝ちゃった……」

 

 レッドに抱きかかえられながら眠るコスモス。

 始めはどうしたものかと困惑していたレッドであったが、疲労困憊ながらも満足そうな少女の寝顔から悟ったのか、フッと口元を緩ませる。

 

「おやすみ……」

「ピチュピチュ」

「じゃ、帰ろっか」

「ピッカ!」

 

 かくして、ゲンエイじまの激闘は幕を下ろした。

 得られたものは多く、この出来事は忘れることない記憶として少女の人生に強く刻まれたことだろう。

 

 

 

 たとえそれが、()()()()()()()()()()()───。

 

 

 

 

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