蟲柱の二人目の継子   作:時雨。

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露、氷、そして灯火

奴が動き出す前にこちらが先制を掛ける形で斬りかかる。

振るわれた扇から吹き荒れる冷気を躱しながら目の前のクソ鬼に肉薄し、下段から小さく振り上げるように切り上げた。あまりにも簡単に接近させる迂闊さからいかにこちらがなめられているかが良く分かる。

奴は奴でこちらを態々目の前まで通してやったというのにまったく首を狙わない軌道で刃が振るわれたことに驚いているようだった。ここ数時間で嫌というほど見飽きた嫌らしい笑みを浮かべながら童磨はゆらりと舞うように後退する。

引いた童磨に対してこちらは先程と打って変わってその場から動かない。日輪刀は正眼に構えたまま微動だにせず、童磨の手を待つ。

 

「おや?さっきは急に突っ込んできたのに今度は動かなくなったね」

「……」

「おっと、おしゃべりもなしか。さっきはあれだけ激しい罵詈雑言を吐きつけて来たっていうのに」

「……」

 

こちらに返答の意思が無いと分かると、童磨は一度肩をすくめた後に扇を振りかぶる。

先程まで無限城で嫌というほど見た奴の動きから、今飛んできているものが肺胞を壊死させる血鬼術だと見抜いた。俺は回避の仕様があるが、後ろにかばった隊士は現状動くことさえ困難。先程から苦しそうな荒い呼吸音が聞こえている。そうとう深く肺をやられたか。

であれば眼前に飛来するこれらを後ろへ向かわせるわけにはいかない。

 

「『露の呼吸、肆ノ型 露霜』」

 

露の呼吸は水の呼吸から派生させた俺専用の呼吸、そして肆ノ型は水柱様の開発した『水の呼吸、拾壱ノ型 凪』を参考に開発した技だ。水柱様の型程ではないが血鬼術の停滞、受け流しを目的とした型で、奴の血鬼術のような微細な飛来物や液体を相手にする場合に有効である。

自身とその背後に影響を及ぼさないようになんとか童磨の血鬼術を受け流し、再度奴の眼前まで肉薄する。

先程の狙いは足だったが、今度は腕。

肩から先ではなく肘から先を狙う。

空中を滑るように片手水平に振るわれた刃は甲高い金属音と共に奴の扇で受け止められた。

 

「ッ、相変わらず硬ぇな!」

「さっきから立ち止まったり突っ込んできたり、面白い戦い方だなぁ君」

「お前に褒められても嬉しくない!」

 

突き出された扇を体を半身に捻って回避し、伸び切った腕を切り落とさんと刀を右逆袈裟に振るうが、刀の刃が腕に到着するより早くもう一方の扇がこちらの頭目掛けて振り下ろされた。

刀の腹で受け流しつつ後退しつつ、先程と同じように正眼に刀を構え直す。

そんな俺と空とを見比べて、手に持つ扇を弄びつつ困ったような笑いを一つこぼした奴は小さく頷いた。

 

「うーん、そろそろ夜明けも近くなってきたし、遊びもこの辺で終わりにしようか」

 

はえーよクソがと心中で悪態をつくが、どうもならない。目の前の鬼はニタニタ顔のままだが、明らかに先程までとは空気感が変わったことは全身の肌を小さな針で刺す様な嫌な雰囲気で直ぐに分かった。

不味い。夜明けが予想以上に近い。これは本来では良いことであったが、現在の俺達が置かれた状況を鑑みるとあまり良い状況とは言い難かった。

まだ救援を呼んでからそう時間が経っていないこと。

そして俺の呼吸が攻撃力よりも防御力、つまりは遅滞戦闘や援護に特化した呼吸だということだ。

防御力だの遅滞戦闘だのと仰々しい言い方ではあるが、要は共に戦っている隊士に呼吸を整えさせる一拍を作り出し、敵に攻め切らせないようにする戦い方が得意なのである。自分と同格かそれ以上と戦う時は必ず強い誰かがいないと俺は戦えない。俺と同等かそれ以上の誰かが居る状況でのみ俺は俺の強みを発揮するのだ。

すなわち、童磨に本気に俺一人では耐えきれない。

息を吸い直し、水より薄く青に染まった刀を構え直す。

戦いを続行する姿勢は崩さないままで思考を巡らせるが……駄目だな。なんも思い浮かばん。

打ち出された氷塊を左右に受け流しつつ、なんとかその場を維持する。

後ろの隊士を狙った攻撃が来るたびに体のどこかへ傷を負いながら血鬼術を打ち払った。

 

 

弱い。

度し難い程に惰弱。

あまりにも無力。

 

 

今だって背にかばった彼女に自信を持って任せておけなんて口が裂けても言えない。

それどころか今にも押し切られそうなのだから、きっと不安で仕方がないだろう。

勝てない。

負ける。

そんな弱気な言葉が脳裏を過る。

俺は弱い。俺が弱かったから、だからお師様は――――

瞬間、童磨の体に吸い込まれるように吸収されたお師様の姿が脳裏に浮かぶ。

 

あの優しく頭を撫でてくれた手は流れた血が滴って赤く染まっていて、蹲って泣いていた時に抱きしめてくれた胸は奴の体に埋まっていた。

弱いから誰も守れない。

弱いからいつだっておいて行かれる。

弱いから、弱いからまた誰かを失うのだ。

目にものを見せてやると大口を叩いておいてこの始末。

所詮お前はそんなものだ。

お前はお前である限り、それ以上先には進めない。

 

そんなこと、そんなことは――!!

 

 

歯を食いしばって足を一歩前に押し出す。

迫りくる血鬼術に扇を弾き、受け流し、その勢いを我が物として利用する。

薄く目を見開いた童磨にこの戦いで初めて首めがけて刃を振るう。

 

「誰かが目の前で殺されるのを見ているしか出来ないのは、もう嫌なんだ!!」

 

首まであとほんの少し、紙一重という所で先程弾かなかった方の扇で刃を叩き落される。起死回生であったはずの全身を使った力の流れを強引に乱された結果俺の体はバランスを崩した。

眼前に迫る童磨の手が見える。

結局俺では駄目なのか。炭治郎や善逸、伊之助やカナヲでなくては強い鬼には勝てないのだろうか。

悔しい。だが、現状がその問の答えであることなど明白だ。

嗚呼、最後の悪あがきとして指に噛み付いてやろうか、などと考えている俺を他所に、童磨は俺から視線を逸した。

否、別のなにかに向けたのだ。

それは燃える炎のような赤々とした刃で、俺を今にも殺さんとしていた童磨を退ける。

 

「先程の言葉、よく叫んだ!」

 

無様に地面へと倒れ込んだ俺の視界に写ったのは刀と同じく燃えるような刺繍が編み込まれた独特の羽織。

かつて追いかけた、もう追いかけることの出来ないはずのその人の背を目にして無意識に息を呑む。

 

「炎柱様…!?」

「うむ!炎柱、煉獄杏寿郎!助太刀に参った!!」

 

それはかつての灯火、そして今尚鬼殺隊の心に火を灯し続ける男との再会だった。

 

 

 

 


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