【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー 作:春風駘蕩
それも踏まえてちょこっと成り行きを変えていきます。
……さーて、どうしようかな。
青い月を見上げながら、エールは一人サニー号の甲板に寝転んでいた。
風はなく、波のさざめきだけが響く、ただ静かな時間の中、エールは長い間沈黙していた。頭上の満天の星空を見上げても、少女のこころは晴れない。
ふと、ドアが軋みをあげて開き、そこからウソップとルフィが眠そうな顔をこすりながら現れた。
「お。なんだよ、まだ寝てなかったのかよ」
ウソップは呆れた目を向けてから、エールの隣に腰を下ろした。反対側にルフィも座る。
「うん。なんか、今日はいろいろあったから……。それよりありがとう。寝床貸してくれて」
「気にすんなよ」
「俺は、まだお前仲間にすんのあきらめてねーからな」
「まだ言ってるのか……」
エールは反目でルフィを睨むと、反動をつけて起きあがる。
膝を抱えてうずくまっていると、ルフィが横目を向けた。
「おめー、何に悩んでんだ?」
ルフィが尋ねると、エールは驚いたように振り向き、自嘲気味に微笑んだ。
「……わかる?」
「なんとなく」
「……そう」
エールは深いため息をつくと、腕を後ろに支えて星空を見上げる。
そこへ、三人がいないことに気が付いたナミが扉を開けたところで立ち止まった。三人の雰囲気に二の足を踏みそうになったので、しばらくそこで傍聴していることにした。
「いきなり変な化け物が出てくるわ、変なメダルが体の中にあるとか言われるわ…………自分がなんなのか、わからなくなっちゃってさ」
「そりゃ、そーだわな」
ウソップが同情するように頷き、エールの肩をたたく。
ドアの向こうにいるナミも、いつの間にか起きてきたサンジやゾロ、フランキーにブルックにチョッパー、ロビンや伊達丸とコトもエールの声を黙って聞いていた。
だが、ルフィは納得していないような、今一つ理解できないような、不機嫌な表情でエールを見つめていた。
「……ねぇ、私は、ほんとに〝エール〟なのかな?」
「!」
ぽつりとつぶやかれたエールの言葉に、ルフィとウソップは眉をひそめた。ナミたちも思わず息をのむ。
陰鬱な表情になったエールは、抱えた膝を握りしめ、小刻みに震えながら続けた。
「……ここにいるのは、エールなんかじゃない、…あいつらと同じ、怪物なんじゃないかって……。この怖いっていう感情も、偽物なんじゃないかって……」
「そりゃあ……」
少女の不安に、ウソップは答えられない。
もしそうだったら……。目の前の少女を知らない彼には、そう思えてしまうのだった。
答えに悩むウソップの様子に、エールは悲しげに微笑みながら俯いた。
「お前、何言ってんだ?」
だが、ルフィが発したその言葉にはっと顔を上げた。
「お前が怪物だってわかっても、お前の何が違うんだ? それでお前は変わっちまうのか?」
ルフィの矛盾のない言葉に、エールは返す言葉を失う。ウソップも言い返せない部分があるために黙ったままだ。
「お前が何と言ったって、お前は俺たちの仲間だ!」
ルフィの〝答え〟に、エールは思わず言葉を失い、この船の船長のまっすぐな目を凝視した。
少女を仲間だと言い切る少年の姿に、少女は目を離せない。
「お前がどこのだれでなんであっても、エールはエールだろ?」
少し、怒ったように言うルフィに、エールは一瞬呆気にたられた後、気恥ずかしそうに眼をそむける。真っ赤になった顔のまま、もごもごと口を濁らせてから、エールは再度、恐る恐るといったふうで尋ねる。
「……もし、私が怪物だったとしても、……ルフィは、私を仲間って言ってくれたかな?」
「当たり前だ!」
拒絶されることを恐れる少女に、ルフィは満面の笑顔で笑いながらあっけらかんと言い放つ。
エールは赤い顔を隠すように俯きながら、鼓動を早める心臓に手をやり、その暖かさにしばし酔う。
「……ねぇ、ルフィ?」
恐る恐る、だがさっきとは違う気持ちで、エールは言葉を発する。
「もし、私がすべてを思い出したら、私を――――」
真っ赤な顔で振り向いた先では、ルフィとウソップが仲良く寝っ転がってぐーすかといびきをかいていた。
「…………バカ」
エールはルフィとウソップを呆れた目で見降ろすも、ふっと優しく微笑みながらその隣に寝転んだ。
ほのかにあったかい胸にくすぐったさを感じながら、エールは瞼を閉じ、小さく呟いた。
「……ありがとう」
夜空のスクリーンの中を、一筋の流星が流れ落ちた。
*
―――――チャリン!!
「!!」
エールは耳に届いた金属音にぞくりと背筋を震わせ、ひきつった表情のまま起き上った。
――――またあの音だ……!!
きょろきょろと辺りを見渡してから、あたりがまだ薄暗い夜明け前であることに気付く。
見下ろすと、ルフィとウソップが仲良く仰向けに寝っころびながら、涎を垂らしてグーグーといびきをかいていた。なぜだか知らないが、その周りにはほかのみんなも仲良く大の字になって寝ていた。
エールはまだドキドキと暴れる胸をつかみ、荒い呼吸を整える。
そして、不安がっている自分に嘲笑し、呆れをはらんだため息をつく。
「……コウガミさんのせいか」
理由はないが、妙な昔話を聞かせていやな思いをさせた代償としてあとで殴ってやろう、と心に決めるも、胸の中のもやもやは消えない。
不安に駆られたエールは、その辺にいたウソップの鼻をつかんでゆすってみる。
「おーい、ウソップ~。朝だぞ~」
「いだだだだだだ!!! は
ウソップの声に起こされたみんなが徐々に起き始め、うらめしそうにエールを見る。
「ん~…。何よぉ、こんな朝早くに……」
「…ごめん」
謝ってから、エールはメンバーの中にロビンがいないことに気付いた。
「…ロビンは?」
「え? 知らないわよ?」
いやな予感がしたエールは、ぶるりと背筋を震わせながら立ち上がる。次から次へと不吉な想像ばかりして、動悸が激しくなっていく。
そこへ、伊達丸が寝ぼけ眼をこすりながら待ったをかけた。
「ンぁ……。学者さんなら、朝早く出かけてったぜ? コウガミさんに用があるってさ……」
ポカン、と呆気にとられたエールは、がっくりと脱力してその場に膝を落とす。
自分の抱いた暴走気味の予感に呆れ、エールは深いため息をついた。
―――考えすぎか……。
そう思って、二度寝でもしようかと横になろうとしたその時。
[―――ウホ! ウホ! ウホ!]
そばでずっと沈黙していたゴリラカンドロイドが、赤く目を光らせながら腕を振り回し始めた。
ヤミーの出現を知らせるサインだ。
「!!」
*
キィ、とドアがかすかな軋みをあげ、客人の来訪をコウガミに伝えた。
「……来ると思っていたよ。ニコ・ロビン」
突然の訪問にも、コウガミは驚いた様子もなくロビンを迎えた。まるで、最初から分かっていたかのように。
「………どうして、私がここへ来ると?」
「あの中で、私の話に疑問を持っていたのは君とエールくんだけだったからね。その様子では、私の話に納得していないのだろう?」
その問いに、ロビンは答えずふっと微笑んでみせた。
それだけでも、コウガミは満足げだ。
「そうか……。では聞こう。君はその好奇心とともに、何を求める?」
ロビンは微笑みを消すと、強い意志のこもった目でコウガミを見据えた。
「…………この島の、真実を」
短い答え。
するとコウガミは、親にクイズを与え、その答えを待っている子供のように満面の笑みを浮かべ、部屋の奥へとロビンをいざなった。
*
時間は少し戻り、夜明けよりも少し前。
港で漁に使う船を整備している男がいた。男は網などの道具を乗せ、振り返ってロープを巻き取っている少年に大声をかけた。
「シンゴォ!! いそげぇ!! 魚は待っちゃくれねぇぞぉ!!」
「はい!!」
シンゴと呼ばれた少年は、元気な声で応え、早々にロープを巻き終えた。
「妹さんばっか気にしてぼんやりすんじゃねェぞぉ!!」
ほかの漁師の仲間がそういって笑うと、全員が豪快に笑いだす。
親方にも笑われ、赤くなりながらもシンゴ自身も明るく笑う。すがすがしい朝もやの中、海の男たちが自分たちの戦場へと乗り出そうとする中。
チャプン、といつもの波とは少しずれた水音が響いた。
「?」
訝しげに振り返った漁師たちとシンゴは、そこにいた者に目を奪われた。
そこにいたのは、幾何学的な模様の入った長いローブのような服を着た、奇妙な身なりの男。
丸い眼鏡をかけた学者風の男が、シンゴたちをまるでゴミでも見るようなさげすんだ目で見すえているのだ。クリスタルサンドのせいで水面に立っているように見えるのが、また不気味さに拍車をかける。
思わずシンゴが睨み返すと、男はふんと鼻を鳴らしてみせる。
「な…、なんだお前は………」
漁師たちがざわめく中、男はうっとうしそうに舌打ちし、顔をゆがめた。
「…………やかましいですねぇ……。ただの人間ごときが」
そういいながら、男がゆっくりと手を上げ、手のひらを下に向けると、そこからジャラジャラと何枚ものメダルがこぼれ落ちはじめた。
ボチャボチャとメダルが水面に落ちると、突如それらが水の中で膨れ上がり、飛沫をあげて立ち上がった。
金属同士のこすれあう音が鳴る中、海上に立ちあがったメダルの塊はやがて固まり、何体もの怪物、ヤミーに変貌し始めた。
「うわぁぁぁぁ!!!」
漁師たちがいっせいに悲鳴を上げると、ヤミーたちが威嚇の咆哮を上げて迫ってきた。
漁師たちは抵抗するまもなく跳ね飛ばされ、一瞬で海の中に沈められ、船は粉々にされた。
「くくっ………あはははははははははは!!!」
叫び声の中、男の高らかに笑う声だけが響き渡った。
漁師たちが這う這うの体で逃げ出すのを冷たい目で見降ろしながら、男は陸に向かって歩き出した。
「うお!! またこいつらかよ!!」
「!」
するとそこへ、駆け付けたルフィたちの騒がしい声が届き、男はさらに不快な顔になった。
ルフィたちも港に立つ見慣れない男の姿に訝しげな目を向けた。
「ん? おめー誰だ?」
ルフィが尋ねても、男は先ほどと同じさげすんだ目を向けるだけだ。
ようやく開いた口から漏れた言葉は、さらなる蔑みの言葉だった。
「……小賢しい……。ゴミが……」
「「「ぁあん!?」」」
すかさず反応するのは、血気盛んなサイボーグ・剣士・コックだ。
だが、三人が臨戦態勢に入った瞬間、男はふいに右手を上げ、手のひらを向けてきた。
三人が訝しげな顔をするが早いか、男の手から強烈な力の波が迸り、ほかのみんなを巻き込んで吹き飛ばした。
「うおわぁぁぁぁぁ!!」
吹き飛ばされた一同はあっけにとられ、いきなり攻撃してきた男を呆然と見つめた。
「何すんだ!!」
すぐさまルフィが反論するも、男は無表情のまま面倒そうに答えるだけだ。
「ゴミがあったから払いのけたまでのこと……」
「なにぃ!?」
「てめぇ……」
「あなたねぇ、言って良いことと悪いことがありますよ!!」
いつも温和なブルックも、今回ばかりは拳を握りしめて憤慨する。
「ああもう!! はらわたが煮えくり返ります!! はらわた、ないんですけど!!」
「うるさいやつらだ……」
男は見下ろしながら、なんとなくルフィたちの顔を見渡した。
すると、視界の中に入った一人の少女の顔に、その目が釘付けになった。不安げな目で見つめてくるエールを凝視し、男の目が徐々に丸く大きく見開かれていく。
「…………おお!! おお、おお、おお!!」
男はエールを凝視したまま声を漏らし、その顔にいやらしい笑みを浮かべ始めた。
突如、それまで人間をゴミのようにしか見ていなかった男が、一人の少女に興味を示したのに驚き、一同は目を丸くした。
すると、男はいやらしい笑みのまま、エールに向かって深々と頭を垂れた。
「久しいですねぇ、姫君よ……。8世紀ぶりになりますか……。この臣下ガラ、感服の極みでございます」
大げさな身振りで驚きを表すガラと名乗った男だが、対するエールは困惑したままだ。
「……あんた、だれ………?」
怯えた表情で尋ねるエールに、ガラは顎に手を当てて首をかしげた。そして、にやりと耳まで裂けんばかりの笑みを浮かべ、体を揺らして笑い出した。
「おや、記憶が無いと……? くくく……、それはいい」
よくわからない言葉にルフィたちが怪訝な表情になる前で、ガラは体を揺らしながら言う。
「自分の愚かさを思い出さずに済むのですからねぇ……」
ぴきっと、サンジのこめかみから何かが切れる音がした。
「てめぇ、このクソメガネ野郎!! エールちゃんに何てこと言ってやがんだ!! オロすぞコラァ!!」
「……やかましいですねぇ。たかがヒトごときが……」
ガラは騒ぐサンジを無視し、エールだけに集中する。
ふと、今思い出したように手のひらをたたきあわせた。
「そういえば、あなたにあったらお尋ねしたいことがあったのを忘れていましたよ……」
錬金術師は、大げさな身振りで嘆くように首を振り、憎らしい視線をエールに向けてきた。
「人を棄て、全てを失った気分はどうですか? ―――――姫君?」
その言葉に、エールの中のノイズが、一層激しく乱れた。
エールの中に、記憶がよみがえる。
燃え上がる炎。叫び声をあげる島の住人。そして、その中で高く笑う、異形の群れと全身をうろこの鎧で覆った怪人。
かちり、と。
エールの中で、ばらばらに混在していた記憶のピースがはまり、エールは
「―――――ガラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
大気をとどろかす怒りの咆哮とともに、エールの胸から三枚の紫のメダルが飛び出す。紫の軌跡が空中に描かれ、いつかと同じようにベルトの三つのスリットに収まった。
違うのは、エールが自らの意志でスキャナーを取り、その力をうけいれたことだ。
―――キン!キン!キン!
メダルの音が、朝もやの中に高く響き渡る。
[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラーノザウル―――ス!!]
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
天に向かって高く吠えながら、エールは地面に腕を深く突き立てる。台地には巨大な地割れが刻まれ、甲高い竜の咆哮とともにまばゆい紫の光が迸る。紫の光が漏れる地割れの中から抜き出されたのは、黒い恐竜の顔を模した巨大な戦斧だ。
戦斧の柄をギリッと音がするまで握りしめ、エールは強く大地を蹴る。その力は、地面を深くえぐるほどだった。
いかれる少女とは対照的に、錬金術師はただそこで見下した笑みとともに佇むだけだ。
真っ赤に燃え上がる怒りの感情に支配されるまま、エールは竜の戦斧をガラに向かって振り下ろす。
―――ガァァァン!!
「!!」
驚愕の表情で、エールは凍りついた。
憎しみのすべてを込めた一撃は、ガラの片手でいともに簡単に止められていた。
「……あなた、弱くなりましたか? 姫君?」
にやりといやらしい笑みのまま、ガラはエールの胸に強烈な拳の一撃を見舞い、重い鎧ごと少女を吹っ飛ばす。胸の装甲から火花が散り、甲高い金属音が響き渡る。
「ぐぁあ!!」
衝撃に揺さぶられながら、エールは地面の上を転がっていく。だがすぐに起き上がり、再び戦斧を構えてガラを睨みつける。
すると、突如としてガラの体が光を放ち、全身がメダルに覆われていく。
次の瞬間現れたのは、強靭な牙と爪、そして硬度を思わせる鱗に覆われた一体の異形だ。並んだ鋭い牙をもつ強面の顔が、エールを睨みつける。
エールは目の前の異形と、記憶の中で高らかに笑う異形の姿を重ね、恐怖に目を瞠る。
「さぁ……、メダルを寄越せ。小娘」
敬語を棄て、恐ろしげな表情で脅すガラ。その目は、まさしく爬虫類のように冷たく、そして同時に、自然界においての絶対的捕食者のものとなっていた。
エールの頬を、一筋の汗が伝った。