【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー 作:春風駘蕩
1.偽りの歴史
―――――800年前。
陽炎島(現在のグリーディア)。
険しい崖の上に、その男は一人立っていた。
トサカのように逆立てた金髪を海風がなぶり、男は忌々しそうに顔をしかめ、小さく舌打ちする。
「――――アンク!! ここにいた!!」
鈴のように凛としたかわいらしい声が響き、男は心底面倒そうにため息をついた。
眉間にしわを寄せて振り向いた先にいたのは、ふわふわとしたやわらかそうな茶髪を二つにまとめ、ポンチョをまとった小さな少女だ。少女は男に満面の笑みを見せながら、キラキラした黒曜石のような瞳を離さずに突進してくる。
「アンク〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!」
勢い余ってジャンプしてまで、抱き着こうとしてくる少女に、アンクと呼ばれた男は黙ってかわすことで応えた。
当然、その先は海だ。
空中に一瞬浮いた少女は、そのまま自然の摂理に従って、海面に向かって墜落しようとした。
その寸前、アンクが少女の襟首をガッと掴み、捕まった猫のようにぶら下げた。
「うにゃ!!」
「………何やってんだ、エール」
目の前に持ち上げて睨んでくるアンクに、エールはただ輝くような笑顔を見せた。
「……えへへ」
「ったく、馬鹿が……」
あきれた目で見降ろしながら、アンクはエールを自分の隣に降ろし、自分もその隣にあぐらをかいた。
*
波がさざめく砂浜を、二人並んで歩くエールとアンク。
背の高いアンクの一歩は、幼いエールには少し長かった。アンクが一歩歩くたびに、エールはせっかちなひな鳥のように二歩ずつ多く進む。
エールがせかせかと歩くのを横目に、アンクは黙々と歩く。
幼い少女に対する気遣いなどみじんもなかったが、エールにとっては、そばにいられるだけで満足なようだ。
「……お前も暇な奴だな」
ただあてもなく歩いているのに、何も言わずについてくるエールに、アンクは呆れた口調を漏らした。
「だって、ほんとにやることないんだもん」
「……まぁ、そうだがな」
自分もそうであることを思い出したアンクは、苦々しい表情で同意した。
しばらく無言で二人が歩いていると、砂浜に甲高い子供の笑い声が近づいてきた。
駆け寄ってくる数人の子供たちを見たエールは、一気に目を輝かせて彼らにかけよった。
「みんなァ!!」
仲間が集まった瞬間、年相応に騒ぎ出した少女に、アンクは大きくため息をついた。俺はもう知らん、と言わんばかりにきびすを返し、エールを放って歩き出す。
すると、それに気づいたエールはいたずらっぽく微笑むと、アンクの後ろに駆け寄り、その背中をポンとたたいた。
「あ?」
アンクが訝しげな顔を向けると、エールは満面の笑みを贈った。
「じゃ、アンクが鬼ね! 始め!!」
そういった瞬間、エールの向こうで子供たちがわっと駆け出して行った。
思わずアンクは声を荒げる。
「あ!? おい、勝手に決めんじゃねェ!!」
憤慨したアンクが詰め寄ると、エールは色っぽさを出しているつもりなのか流し目をくれながら、アンクの目を見つめた。
「あたしの体貸してあげるからぁ……アイス二本でどぉ?」
その持ちかけに、アンクはエールを呆れた目で見つめると、「…三本だ」と短く答えた。
*
島の中央に鎮座する、巨大な石造りの宮殿。
屋根が半球状になり、陽の光を可能な限りとおすように設計された建物の奥。肘かけが金で飾られた豪華な玉座に座る初老の男は、目下で跪く奇妙な身なりの男をにやりと笑みを浮かべながら見下ろしていた。
「………ガラよ。コアメダルの件はどうなっている?」
傲慢さと欲深さがそれだけで感じられる物言いの王を、ガラと呼ばれた錬金術師は得意げな顔で見上げた。
「はっ。準備は着々と進んでおります。いずれ近いうちに、王のもとへかの力を献上する日がまいりましょう」
「くっくっく……。そうか………」
期待通りの答えに、王は満足したように体を揺らして笑った。
「ようやくだ……ようやくわれらの悲願がかなう………。我らを表の世から追放してくれた世界に、復讐する時がようやく……」
「王よ。後は器でございます。すべてを欲すあなたの強欲さえあれば、オーズは完成するのです」
「強欲……。そうだ、我は強欲……グリード………。奴らのようなにわかものではない。我こそ、本当のオーズだ……」
王は狂気じみた光を瞳の中に揺らし、口を耳まで裂けるように歪める。
その様子に、錬金術師ガラも満足げに頷きながら顔の笑みを深くした。
「メダルさえあれば、もはやこの世は我のもの……。誰も我に逆らうことなどできぬ………………!!」
その時、ドクンと心臓が大きく鼓動し、体が引き裂かれるような激痛が王を襲った。
「…………!!? ぐっ、お…………!!」
「!!? 王よ!!」
王はいっぱいに目を見開き、体を震わせ、脂汗を全身から吹き出しながら、玉座の上から崩れ落ちた。
*
「つくづく人間てのァ、うらやましい生き物だ」
キンキンに冷えた、水色の氷菓子を掲げながら、目つきの悪くなったエール――もとい、その右手に憑りついている赤い異形が呟いた。
『なにが?』
疲れたまま、エールは聞き返した。と言っても、エールの声はアンクにしか聞こえていないので、結局はエールに憑りついたアンクが一人で呟いているようにしか見えないのだが。
「こんなうめぇモンを、自分で作っちゃぁ、毎日のように食えるんだからなぁ」
『毎日って程じゃないけど……』
エールが苦笑し、アンクは上機嫌でアイスを食べつくした。
残った棒を名残惜しそうに舐めあげると、エールの体から真っ赤な羽がぶわっと飛び散った。
そして、すぐそばに元の姿に戻ったアンクが立ち、エールの目が柔和に戻った。
アンクは満足げににやっと笑い、すぐに大股で歩きだす。エールもそれに続いた。
透き通る性質を持つ不思議な砂浜を踏みながら、アンクは隣を大股で歩く少女に視線を向けた。
「……親父はどうした?」
「うん…。いつも通り……」
言ってから、エールは初めて悲しげな表情でうつむく。
アンクはその姿に同情した様子もなく、だが何も言わずにただその場にたたずんでいた。
「………父さまは、最近なんか、怖いから……」
「だろうなァ」
アンクは同情する気も無いようで、面倒そうに答える。エールもさすがにカチンときた。
「真面目に答えてよ! 家族間での深刻な問題なんだからね!?」
「はっ。知るか」
心底どうでもよさそうなアンク。さらにカチンときたエールは頬を膨らませてアンクを睨んだ。
「ぶ~…。アンクはいいよね。悩み事なんてなんもなさそうで」
エールがそういっても、アンクは取り合う気もないらしい。振り向きもしない。
ついには、エールの方があきらめて目をそらした。ためいきをついて、「バカ……」と悪態をつく。
しばらくして、長い長い沈黙に先に耐えかねたエールは、顔を赤らめ、口をもごもごと口元を濁らせてから、やがてため息をついて口を開いた。
「……今日は、一緒に居てもいい……かな」
アンクはおもしろげに口元をゆがめ。
「好きにしろ」
と、ぶっきらぼうに答えた。
その時だった。
「姫君ぃ!!」
悲痛な響きの声に、はっとなって振り返る。
よたよたと足をもつれさせながら駆け寄ってくるのは、伝令の一人だ。
なんとなく嫌な予感の下エールは思わず立ち上がり、伝令に駆け寄った。
「どうしたの……?」
エールの問いに、伝令は顔を真っ青にして、息も絶え絶えながら懸命に声を出した。
「………王が、先ほど突然お倒れになって……!!」
「…………!!」
的中した予感に、エールの顔もザァッと青ざめた。
*
「父様!!」
エールが扉をあけ放つと、寝台の上で目を閉じていた王はかすれた声をあげた。
「……エールか」
「どうしてこんな……!!」
エールは悲痛な表情で父を見下ろす。
王は、数時間の間にずいぶんやせ細っていた。肌という肌からは水分が根こそぎ失われ、まるでミイラのようだ。ガリガリに痩せた体には骨が浮き、痛々しく骨格を現している。
だがそれでも王は、目が渇きかけくぼみながらも、今もなおギラギラとした光をエールに向けていた。
その姿に、エールは震え上がる。
「………おお。王よ、おいたわしや」
ガラが深々と頭を垂れ、王の衰退を悼む。
「……口惜しや……。よもや、世界を前に、……この身を以て……支配をなすことがかなわぬとは………」
「……私も、非常に残念に思います」
王は臣下の態度に満足げに微笑み、次いで虚空を見つめた。
「………なぁ、ガラよ。お前に、遺言を、託しておこうと思う……」
「!!」
これに目を見開いたのはエールだ。
「父様!! それはあまりにも!! 父様にはまだ生きていただかねば困ります!! あなたがいなくなっては、だれが民を導くのですか!!?」
エールの言葉に、王は興味なさげに目をそらす。そして向かうのは、娘よりも信じる臣下の方だ。
「……ガラよ。オーズはお前に託す」
「!? しかし王よ!! オーズを顕現するためには器が……」
王はガラの指摘に、深い深い笑みを浮かべた。
見るものすべてを凍てつかせる、狂気に満ちた笑みを。
「……そこにいるではないか……。オーズの、器が」
ぎらぎらとした目で見つめる先にいるのは、自分の娘。監獄の国の、たった一人の姫だった。
「…………………え?」
呆然となったエールは、何が何だかわからないのに震えが止まらなかった。だが、実の父が、何か自分に対して恐ろしいことを言っているのだけは分かった。
とっさに、逃げなければと思い、震える足で後ずさる少女。
その時。
「―――――どこへ行くのかしらぁ? オヒメサマ?」
ドン、と後ずさったエールの背中に、湿っぽい何かが当たる。とっさに振り向くと、そこにいたのは青色の体をした異形だった。
シャチの形の頭部に魚のような光沢のある肢体。タコを模したケープとブーツをまとった女型の怪人。水棲生物の王、メズールがそこにいた。
「あ、あ……」
離れようとしたエールの背後に、新たな二人が立つ。
次に現れたのは、獅子の鬣と、強靭な爪甲を備えた黄色い怪人と、白い鎧に覆われた一本ヅノの魔人。
猫獣系の王・カザリと超重類系の王・ガメルだ。
「ははは……」
「むぅ……」
腕を頭の後ろで組みながら笑うカザリと、つまらなそうにほほをかくガメルは、ゆっくりとした歩調で徐々にエールを包囲していく。
なおも逃げ道を探すエールの目の前に、節くれだった昆虫の姿をした怪人が降り立った。
「ふん…」
緑色の鎧を身にまとう昆虫の王、ウヴァ。
退路を失ったエールの隣で、アンクの体がメダルに覆われていく。
「…………!!」
次の瞬間現れたのは、赤い翼を模した姿を持つ、空を制する鳥類の王、アンクだった。
顔を青ざめさせ、震えるエールに、ガラは何が面白いのか体を震わせていたかと思うと、満面の笑みを浮かべて両手を広げながら言い放った。
「おめでとうございます、エール姫よ!! あなたこそ、今宵より新たな王となるのです!!」