【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー 作:春風駘蕩
その日、アンクはいつもと同じ場所にいた。
いつもと同じように、髪をなぶる激しい海風を忌々しそうに感じながら、ぼんやりと夕暮れの海を眺めていた。
ただ違うのは、そこに、呼んだわけでもないのにやってくる、小さな姫君がいないことだった。
日の沈みかけた海を眺めていると、『彼女』とはべつの声が響いた。
「アンク!!」
面倒そうに見やると、駆け寄ってきたのはエールと一緒によく遊んでいた子供たちだった。
子供たちは、アンクがうっとうしそうに顔をしかめるのにも構わず、彼に詰め寄った。
「おい!! お前、エールを知らないか!?」
「もうずっと見つからないの!!」
「お前一緒じゃないのかよ!!」
耳元できゃんきゃんと騒がれるのに神経を逆なでされたアンクは、盛大に溜息を吐いた。
「……知るか」
吐き捨てるように言い放った言葉に、一人がさらに詰め寄る。
「…ほんとだろうな」
「…………ああ」
一人は悔しげにアンクを睨むと、ほかの子をひきつれてアンクから離れていった。
「………まぁ、見つかったところで」
誰もいなくなった砂浜で、アンクは一人呟く。
「……おめぇらの知ってるエールには、……もう逢えねぇかもしれねぇがなぁ………」
*
ジャラジャラと鎖が鳴り、繋がれた腕が軋みをあげる。
「ぅっ………はぁ、はぁ………」
暗い独房の中、少女の荒い息遣いが響く。冷えるその立方体の部屋の中で、吐息が真白に染まる。まるで氷河の中に閉じ込められているようだ。腐臭さえ感じる狭い部屋の中で、まるで家畜の餌のような生臭い固形物が飛び散っている。それが彼女の食事だった。
軋むごつい鎖に繋がれた少女は、自身の中で暴れまわる強大な力に翻弄され、苦痛の表情で身をよじらせる。
「あっ……ああ………ああああああ……あああああああああ!!!」
うめき声をあげる彼女の前に、錬金術師ガラが立つ。その手に持った数枚のメダルが独房の僅かな光源に反射して光る。
ポイ、とまるで飼い犬に餌をやるような動作で放り投げたメダルが、エールの胸に吸い込まれ、呑みこまれていく。
その瞬間、エールの体内で力が暴れまわる。
「……っぎ!! ぃぎぃぃいぃぃいい!!!!」
ビクンと背をのけぞらせ、悲鳴を上げるエール。
口から漏れる苦悶の声と、端から漏れる泡にぬれ、エールは言葉にならない叫び声を上げる。
今にも発狂しかねない少女の姿を前に、ガラが浮かべるのは、満足げな笑みだ。
「素晴らしい……。これほどまでに器としてふさわしい力を持った者が、こんな近くにいたとは……。やはり天は、望んでおられるのですかな、我らが覇者となることを」
「ぅぁあああああああああああああ……げほっ!!」
声がかすれるほど叫んでいたエールは、同時に強烈な吐き気をもよおし、無理矢理詰め込まれたばかりの餌を吐き出す。
「ぅ……おぇえぇぇえぇ……」
びちゃびちゃと吐しゃ物がはね、エール自身を汚す。
だが吐いても吐いても、吐き気は収まらない。体内で暴れまわる力によって、体が内側からつぶされそうなのに、吐き出すことのできない。
体がはち切れそうな感覚に、エールは恐怖か寒気か知らないが震えを止められない。ガラが満足げに軽やかに去っていくのにも気づかず、エールは獄の中でうずくまった。
「ヤダ…………やだよぉ…………」
がんがんと痛み、朦朧とする意識のなか、エールは脳裏に浮かんだ名を、呟いた。
「……助けてよ、アンク…………」
*
アンクは宮殿のバルコニーで、不機嫌そうに外を眺めていた。
誰も突っかかってこない、宮殿で時間をつぶすのは好きではなかったが、幾分ましだった。
だが。
「おい、アンク」
ふと聞こえた知った声に、忌々しげに顔をゆがめた。
アンクに声をかけた緑のローブの、ワイルドな雰囲気の男は、にやりと口元をゆがめながらアンクのそばに歩み寄った。
「貴様、妙にあのガキの事を気に掛けるじゃねいか。他人に興味を持たぬ貴様が」
「……ウヴァ。お前には関係ねぇ」
アンクがうっとうしそうに突き放すのも気にせず、ウヴァはアンクの肩に手をかけた。
「関係ねぇことはないだろうが……。俺たちはあのガキが器として完成すんのを待ってるんだからな。 ……それともなんだ。貴様、あのガキを気に入ってんのか?」
「……黙れ」
握りしめたアンクの手に、火の粉がまとわれ始める。
「だとしたら残念なことだ。……あれは貴様のものじゃない」
その瞬間、アンクは右手をふるい、炎の塊をウヴァに放つ。
だが、ウヴァはそれを頭部から放った翠の雷撃でかき消し、にやついていた表情を改めた。
「……そうくるか」
睨みあった二人の姿が、一瞬で異形の物に変わる。片や紅蓮の炎を、片や翠の雷を備え、ぶつかり合おうと構える、その刹那。
「やめなさい!!」
今まさに戦い合おうとしていた二人に、少女の凛とした声とともに水の冷たい激流がぶつけられ、アンクとウヴァは同時に吹っ飛ばされた。
睨みながら振り向いた先にいたのは、青いローブの少女・メズールの仮の姿だ。
その傍らには、金髪の青年と大柄な男、カザリとガメルの姿もある。
「ははは……。仲間内で争っても意味ないんじゃないの~?」
「アンク、うるさい」
舌打ちするアンクを、ウヴァは愉快気に見下ろす。
メズールは14・5歳の見た目に似合わぬ大人びた表情でアンクを睨む。
「……アンク。あなたは勘違いしているようだけど、あなたや〝あれ〟がどう思っていようと計画は変わらないのよ」
メズールの指摘に、アンクは目をそらす。
「諦めなさい、アンク。あれは、もう人には戻れないのだから」
*
檻を前に、ガラは一人、立っていた。
その顔には隠し切れない興奮と狂気がにじみ出て、理知的な容姿が醜く歪んでいた。
「……ついに、完成した」
彼の視線の先で、仰向けに転がる少女。
黒曜石のようにきらきらと輝いていたはずのその目からは一切の光が消えうせ、虚ろな黒が、錬金術師の姿だけを映している。
空洞のように濁った眼に、汚く混ざった虹色の光が光った。