【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー 作:春風駘蕩
思いっきりラブな感じなんで抵抗のある人はご遠慮ください。
吹き荒れる海風が、ガラのローブをなぶる。
島の端で切り立つ崖の上。海を見渡せるその場所に、王は眠っていた。
冷たい土の下で、真っ白な石柱を乗せて。
「……残念だ、王よ。お前は私の唯一の理解者だった。なのに、私とともに抱いた野望も半ばに力尽きるとは………」
そういうガラの目は、これまでの狂気の表情とは程遠い、本当に悲しみに満ちた色に満ちていた。
狂気の錬金術師はその時だけ、人としてそこにいた。
あれから、もう10年もの時が過ぎた。
自身の娘をも利用して世界を手にすることを夢見ていた王は、オーズの完成を見ることなく、この世を去っていた。
「……安心するがいい。お前が抱いた野望は、私が継ごう。お前の志とともにな」
丸メガネをはずし、ガラは虚空に向かって双眸を鋭く尖らせる。その顔に浮かぶのは、例の狂気の表情だ。
「ついに我らの悲願がかなう………。我らを虐げてきた世界に、復讐する時が来たのだ」
ガラは歓喜に震える拳を握りしめ、王の墓に背を向けた。
「……さらばだ、友よ」
錬金術師の去った後を、海風と波の音が虚しく響いた。
*
時がたち、荒い海風がやみ、曇天の雲が切れ始め、オレンジ色に空が染まり始めた頃。アンクはいつものところにいた。
ザッ、ザッと砂を踏みしめ、一人になれるマシな場所に向かう。不機嫌そうな仏頂面は、そこに行く時だけ幾分柔らかくなる。
だが、アンクがその場所に辿りつくと、すでに先客がいることに気付いた。
先客は、砂浜にある岩の上に座り、膝を抱えてぼんやりと海を眺めていた。くすんだ色のポンチョが、海風にはためく。
ちっと舌打ちし、きびすを返そうとした時。
「……アンク?」
懐かしい声が聞こえて、思わず足を止める。
振り返った先にいたのは、ふわふわとした髪と黒い瞳に面影のある少女―――――――エールだった。
「……久しぶり、…だね」
「……ああ」
エールはもう小さな子供ではなかった。背はアンクと同じくらいに高く伸び、胸や尻は豊かに育ち、衣服を下から持ち上げていた。髪の長さは変わらないものの、その下の顔は柔らかそうだった頬が引き締まり、大人の女へと変貌していた。
「……変わらないね、アンクは」
「…お前は、ずいぶん変わったな」
「うん……。もう、何年も経ったからね」
それから、エールは口を閉ざし、アンクは黙ってその背後に立った。
二人はそれから、何時間も静かにそこで沈黙していた。
「……お前、メダルは?」
「……なんともないよ。最初は痛かったけど、今は別に」
「そうか……」
なんという事もない表情で応えるエールだが、その目は、何も映していなかった。あるのはただ、深い深い闇だけだった。
「…ふふ、ははははは……」
黙って海を見つめるアンクに、エールは唐突に笑みを見せた。アンクが訝しげな目を向けると、すぐにその笑顔がおかしいことに気付く。
エールの笑い声からは、どこか渇いた感じがし、アンクを見つめる目は空洞のように濁っていた。
10年ぶりの再会。二人の距離は、その間に離れ、縮まっていた。
最悪の形で。
「ねぇ、アンク見てよ。ほら」
そういってかかげてみせた手は、紫色の異形のモノだった。
「!!」
目を見開くアンクに、エールはからからと壊れた笑い声を聞かせる。
「…もうすぐね、あたしもグリードになるんだ」
アンクは呆然となったまま、壊れた少女を凝視する。
「あたし、もうすぐ人間やめるんだ。どんな感じなのかな。……死なないって」
そういったとたん、ぎりりと軋んだ音が鳴り響き。
エールは、次の瞬間水の中に沈んだ。
ドボォォン!! と水しぶきを立て、なにがなんだかわからないうちに気道に海水が入り込み、パニックに陥る。
「げほっ!!」
必死に起き上ろうともがくエールの上の襟首を、アンクが乱暴に掴む。
「お前は!! なぜ持っているものを簡単に捨てる!! なぜ諦めて受け入れる!?」
エールにはアンクの豹変の理由がわからず、ただ怯えた目で見つめるだけだ。
「!!? !?」
「お前はそんな女じゃなかったはずだ!! あるがままに何もかも受け入れるつもりか!! その程度の女じゃないはずだ!! 違うか!!?」
「………ふざけんなァ!!」
エールは激昂し、逆にアンクの襟首に掴みかかる。
「あんたに私の何がわかる!? この10年、私が助けを求めてもあんたは来てくれなかったじゃないか!! この10年、私のそばにいてくれなかったあんたに、私の何がわかるっていうんだ!!」
「……!!」
エールの感情の爆発に、アンクは悔しげに歯を軋ませる。
「あんたはこれ以上!! 何が欲しいというんだ!! 死なない体を得て、永遠の命を得て、これ以上何を望むんだ!!」
「バカが!! お前が思ってるようなもんじゃねェ!! もっと単純なもの…………〝命〟だ!!!」
その瞬間、高ぶっていたエールの頭が一気に冷えた。
「俺を見ろ!! 死にもしねぇ、生きるために必要なこともねェ!! だが代償として生きる喜びは何もねェ!!! 生きる喜びを求めることもなく、ただただ悠久の時を生き続ける!! これが本当に生きてると言えるか!!?」
叫ぶアンクの声からは、耐えられないほどの悲しみが流れ込んでくる。力の限り声を上げ、かすれながらも叫び続ける彼の叫びは、彼の絶望を明確に表していた。
いつの間にか、エールの目にも涙が伝っていた。目を閉じても、後からとめどなく溢れ出して止めることができない。
「いいか、俺はこんなもん一度たりとも望んだことはねェ!! いつだって、俺は〝生きたい〟と思ってた!! なのになぜおまえは!! それを持っているお前が捨てようとしている!! 驕るな!! お前がしたかったのはそんなことじゃねぇだろ!!」
アンクの目の前で、エールは静かに涙を流す。光を失い、乾いていた眼が、徐々に光を取り戻し始める。
アンクが黙って手を離すと、少女は海面に倒れこみ、呆然とした表情で空を見上げる。日の傾きかけた、オレンジ色の混ざる空。
それらがすべて、くすんで見える。
さざめく波の音が、ただのノイズに聞こえる。
風の流れも海水の冷たさも、何も伝わらない。
潮の香りも、わからない。
エールのココロが鈍い痛みを訴え、エールは震えだす。
「………いやだぁ……」
自分の体をかき抱き、漏れる苦痛の声。ボロボロといくつもの滴を目から零し、エールは震える声を漏らす。
「私……グリードには、なりたくないよぉ…………!!!」
壊れそうなココロを震わせ、少女は
エールはあふれ出る涙を止められず、嗚咽を上げて泣きじゃくる。
アンクはそんな少女を抱き起し、胸に抱きついてくる彼女を不器用な手でそっと撫でてやった。
「ひっ、ひっく……」
しゃくりあげ、こぼれる涙をぬぐい、エールはアンクの胸にすがりつく。
紅き空の王に甘える時だけ、エールは昔の自分に戻れていた。どんなに時が過ぎても、彼のぬくもりを感じられるときだけ、少女は自分を取り戻せた。
少なくとも、この時までは。
―――ギャリッ……!!
「!!?」
軋んだ金属音が、少女を永久につなぐ鎖のように響き渡り、まどろんでいたエールの意識を一瞬で覚醒させた。
そして、強く叩かれるような衝撃を背中に感じ、次いでカッと燃え上がるような熱が放たれた。
「あっ………!!」
ビキビキとエールの肌に血管が浮かび、アンクにゆだねる手に力がこもり、ぎりぎりと締め付けはじめる。
「!!? エール……!!」
「アッ……、あああ、あああアアアアア!!!」
エールは声にならない悲鳴を上げ、ガクガクと震える体でアンクにしがみつく。
「……はっ、はぐぅうああああ!!!」
突如、体を伏せたエールの背中からいくつもの塊がメキメキと生えはじめる。二対の昆虫の羽や、薄く透ける魚のヒレ。甲殻類の足にトカゲの足、ぼさぼさとした獣の体毛に真っ赤な鳥の羽……。
顔にも体毛や鱗、羽毛がばらばらに生え始め、焦点の合わない目が濁った虹色に染まり始める。
「エール!!」
思わずその細い肩をつかむアンクを、エールは突き飛ばした。
その途端、エールの胸から同じように異形の体が突き出し、アンクの目の前の砂場をドスドスドスッと突き刺した。
「……かっ……は…………!!」
エールは半分異形と化したまま大きくのけぞり、いっぱいにまで開いた目からボロボロと涙を零して悶絶する。ぴくぴくと全身がけいれんし、体内で血流がドクンドクンと暴れるように脈動する。
アンクは変貌したエールに驚きながら、すぐに彼女の背後に現れた人物を睨みつけた。
「……お前か、ガラ」
視線だけで人を殺せそうなアンクの目にも、錬金術師はさしたる狼狽も見せなかった。
「……想定以上だ………。まさか属性の異なるメダルをこれほど取り込んでも無事とは……」
「………無事だと……?」
アンクは嫌悪感をあらわにしながらガラを睨みつけ、ふいにエールの方へ振り返った。
涙や鼻水を流し、ぶるぶると震えるその姿は、無事とは言い難い。
ふと気づいたアンクは、再びガラを睨んだ。
「……お前、メズールたちのメダルも奪ったのか。……俺のメダルもあったが」
「実験はすでに最終段階へ進んだ。後はお前のメダルと、無のメダルだけだ」
そういって、ガラは懐から重そうな丸い石の箱を取り出した。
表に出しただけで、それはわずかながら冷気を放ち、周囲に白い霧を発生させる。
聞きなれない名に、アンクは眉をひそめた。
「……無のメダル、だと?」
「文字通りだ。…存在しないモノの力を凝縮した力………。だが、これはやめておこう。コアと反発でもして破壊されたらかなわんからな」
ガラは無のメダルの器をしまうと、アンクに向かって手を差し出した。
「……さぁ、お前のメダルを寄越せ」
ガラが命じると、アンクは冷や汗を流しながらにやりと笑った。
「……いやだと言ったら?」
「……壊す」
そうガラが答えた瞬間、真の姿へと変わったアンクは一瞬のうちにガラの目の前に跳び、強靭さを誇る爪をガラに向かって突き出した。
だが、それが届くことはなく、ガラの片手によって止められた。
「!?」
目を見開くアンクに、ガラは憎らしい笑みを浮かべる。
真相に気付いたアンクは、ガラを凝視した。
「……まさか、お前も………!?」
そうつぶやいた瞬間、ガラの姿がゆがむ。
四肢には硬い爪が生え、口からは鋭い牙が生え、全身をうろこの鎧に包んだ爬虫類の異形へと、ガラは変貌した。
「お前たちからメダルを奪うために、丸腰でいるわけがないだろう………?」
そして、軽く拳を当てると、アンクの体は軽々とふっとび、メダルをバラバラとこぼしながら砂浜の上を転がった。
「ぐォオオ!!」
ドザァァァ、と砂の上を滑ると、音に気付いたエールが震えながら声を漏らした。
「!? アンク……!? …どこ? どこなの…? 見えないよ………?」
エールはきょろきょろと辺りを見回してアンクの姿を探す。
実際は数メートルと離れていないにもかかわらず、エールにはアンクがどこにいるのかわからない。
目が、見えていない。
「……ほう、やはりグリード化すれば五感が働かなくなるのか」
ガラは興味深そうにエールを見やり、すぐに興味を失くしてアンクの方へ向き直った。
「さて、何か言い残しておきたいことはあるかね?」
「……一つだけ、なぁ」
アンクは砂の上で膝をつきながら、憎らしい顔でガラを見上げる。
「……俺は、タダじゃおきねぇよ」
ふと、ガラの目が大きく見開かれる。砂浜に着いて握りしめられているアンクの手が、何かを持っているのだ。
沈みかけた夕日がその時、紫の光を反射した。
「吠え面かきやがれ」
その意味に気付いた時には、すでに、紫のメダルがガラの懐から飛び出していた。
「!! 貴様ァァ!!」
怒り狂ったガラがアンクの胸に腕を突き刺すのと同時に、紫のメダルもエールの胸に入り込み、そのうちの三枚がベルトのスリットに収まる。
その瞬間、エールの体から生えた異形の四肢が消え、その目が紫色に光り輝く。
[プテラ・トリケラ・ティラノ! プットッティラ―ノザウル――ス!!]
「ぅぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」
エールの絶叫とともに、強烈な冷気がその体から放たれ、ガラを吹き飛ばす。その際、アンクの体からガラの腕も引き抜かれ、いくつかの赤い輝きも離れた。
エールは立ち上がると、大地に腕を突き刺し、一振りの巨大な戦斧を引き抜き、ガラに襲い掛かる。
「ウガァァァァ!!!」
渾身の力を込めた斬撃がガラの胸を切り裂き、ガラのメダルをごっそりと削り取っていく。
「ウガァァァァ!!」
「くっ……、分が悪い……!!」
ガラは慌ててエールから距離を取り、悔しげに表情をゆがめながら背を向けた。
「……今に見ていろ…」
そう吐き捨て、ガラはその場を後にした。
敵を失ったエールは、しばらく放心したようにだらりと腕を下げ、やがて力尽きたように倒れ伏した。鎧が消え、ぼふっと砂をかぶる。
「…………」
エールは気を失いそうになるのを懸命にこらえながら、必死に腕をついて彼を探す。
目はすでに見えないが、彼の気配はまだ残っている。懸命にその方向へ体を引きずっていく。
アンクはまだ、体を保っていた。
だが、もうそれも持ちそうにない。足先が徐々にメダルのかけらへと変わり始め、崩れていくのだ。
「…………アンク………」
エールは崩れていくアンクの方へ、必死に手を伸ばす。四肢を引きずり、嗚咽を漏らしながら、エールはアンクのもとへにじり寄っていく。
ぶるぶると震えながら、潤む目でまっすぐに彼を見つめる。
あと少し、もう少し………。エールの手が、徐々にアンクの手に近づく。だが、それよりも早く、アンクの体が銀の粒に変わっていく。
だがそれでも、エールは必死に愛しい男のもとへ手を伸ばす。
「アンク……アンク…………!! いかないでよ……、そばにいてよ……!!」
震える悲痛な声で呼ばれたアンクは、ぼんやりとした目でエールを見やりながら、かすかに微笑を浮かべ、小さな声で呟いた。
「……バカが………きっちり、生きろ…………」
それを最後に、赤き空の王は銀の粒へと還った。
「…………!!」
目の前で消えていった愛しき男の最期に、エールは言葉を失くした。ずっと思っていた男は、そこからいなくなっていた。
震える手で、アンクだったものに触れる。
エールの、唯一の希望が、この世から消え去った。
「アンク……、大好きだよ…………」
思いのたけを込めたエールの声も、もう届かない――――――――。