【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー 作:春風駘蕩
エールの目に届く、三つの輝き。
翼を大きく広げた、赤い〝タカ〟のメダル。
縞々の顔で威嚇してくる、黄色い〝トラ〟のメダル。
強靭な両足を見せつける、緑の〝バッタ〟のメダル。
コウガミは、その場で大きく振りかぶり、エールに向かって三枚のメダルを投げ飛ばす。
彼に背を向けたまま、エールは飛んでくるメダルを無言で掴み取り、そのうちの二枚を静かにベルトのスリットに収めた。
最後に、赤いタカのメダルを入れようとした時、そのメダルがきらりと光った。
ハッとなったエールは、それに懐かしい感じを覚えて思わず見つめる。
「…………アンク?」
思わずそう尋ねるも、メダルは答えない。
けれど、エールには彼が「そうだ」と言っているように思えた。
―――なんだ。こんなところにいたんだね。
エールは懐かしい赤い輝きに表情をほころばせ、熱い視線を友に送る。
ふと、不機嫌そうな声が、エールの耳に響く。
―――バカが。
しっかり護り抜け。
エールは懐かしい声を胸に抱き、メダルをベルトのスリットに収める。
ガシャン!
腰からスキャナーを取り外すと、ベルトは再びあの共鳴音を鳴り響かせる。それはまるで、長い間眠っていた主の覚醒を待ちわび、歓喜しているかのようだった。
「………行くよ。アンク」
エールは微笑みを消し、燃え上がる決意の炎を瞳にたぎらせる。
「変身!!」
自分を変える魔法の呪文を唱え、スキャナーが三色の輝きを放つ。
―――キン!キン!キン!
かざしたスキャナーを胸の前にかかげると、いくつもの光の円陣が舞い、少女を包んでいく。
顔には顔の周囲を取り囲む赤い鳥を模したフェイスアーマー。腕には黄色い猛獣の爪甲。両足には節だった昆虫の形をした緑の鎧。胸には、縦に三体並んだ獣の紋章の彫られたプレートアーマー。緑色に変わった目と、体に走るラインが光を放ち、ベルトが歓喜の歌を響かせる。
[タカ・トラ・バッタ! タ・ト・バ! タトバ! タッ・トッ・バッ!!]
かつて、この世のすべてを統べるために生み出され、全てを封じた鋼の武器。そしてその運命に抗うために戦った、一人の少女。
800年の時を超え、欲望の王が真に復活したのだ。
ザッ、と砂を軽く蹴り、オーズはゆっくりと一歩を踏み出す。そこには、昨日までのおびえた少女の姿などみじんもない、一人の歴戦の戦士がいた。
「!!」
ゆっくりと歩み寄る少女に気付いたルフィたちは、驚きながら振り返った。
「……エール」
「エールちゃん…」
見つめてくる仲間たちにふわりと笑いかけながら、エールはその前に立つ。
その姿に安心したルフィは、にっこりと満面の笑みを浮かべ、エールの隣に立つ。仲間たちも続き、一味と少女は一列に並び、欲望の王を睨みつける。
ついに、みんなそろった。
そばにいる大切な者たちを見て、エールはそう思った。
「死にぞこないが……。ゴミどもとともに消えるがいい!!」
高らかに言い放つガラだが、その言葉の向く一味はというと……。
「そういやおめー、開いてた穴どうした?」
「気合で塞いだ」
「マジで!?」
「いやいや、無理だろ」
「意外に、あなたならできるんじゃないの?」
「おめーはエールの事どんなふうに見てんだ!!」
「もはや人外ですもんね」
「…穴あいてる時点でダメだろ、普通」
「エールちゃぁぁぁん!! 無事でよかったよぉ〰〰〰!!」
「おめーら、いい加減危機感持てや!!」
…と、好き勝手にくっちゃべっていた。
完全に無視だ。
ガラの眉間に、ビキビキと血管が浮かび、体がぴくぴくと震えだす。
『……そうか。それほどまでに……』
ズシン!! 地面が踏み砕かれ、邪竜の巨体が宙に浮かぶ。
ゴァァァァアアア!!!!
怒りの咆哮をあげながら、ガラがルフィたちに襲い掛かる。
『自ら死にたいと申すかぁぁアァぁあアァアああ!!!』
がばぁっ、と開かれた大アゴの牙が目前にまで迫り、ウソップとチョッパーとナミはいっせいに悲鳴を上げた。
「「「ギャアアアアアアアアアア!!!」」」
互いに抱き合う三人の前に、エールがずい、と出ていく。
「〝
呟かれた言葉とともに、エールの右腕が黒い光沢を帯びた鋼のようになっていく。
エールは右腕を振りかぶり、迫りくるガラの顎に向かって打ち付ける。
「〝
ゴキィ!!!
もろに喰らった一撃は、そのままガラの顎を粉々に砕き割り、ガラの巨体が地面から浮かぶ。
『!!?』
拳の一撃を食らったガラは、何が起こったのかもわからず呆然となる。
「〝轟天〟!!」
しかし考える間もなく、今度はエールの左足が黒く染まり、高速の勢いで打ち出された蹴りに顎先を吹っ飛ばされた。
『ぐぶぅ!!』
明らかに少女よりも重い邪竜の巨体が、たった一回の蹴りで空中に浮く。
砕けた牙の破片が口から漏れだしていくのを頭の隅で感じながら、ガラはひっくり返った。
ズズゥゥン!!
轟音を立てて、ガラの体が大地に沈む。顎と頬に走る激痛に悶え、白目を剥いて呻いた。
即座に後方に飛びのいたエールは、先ほどとは真逆に、にやりとガラに笑って見せる。
だが、驚いているのは、ガラだけではなかった。
「……ん?」
反応がない背後を振り向くと、皆が皆、驚愕の表情を浮かべて固まっていた。
「……どうしたの?」
「いやどうもこうもあるかぁ!!」
いち早く復活したウソップが鋭く突っ込む。
対してエールは、何をそんなに驚いているのかと首を傾げるばかりだ。
「……え、みんなも出来るっしょ? これ」
「いやいやいやいや無理無理無理無理!!」
「つーかさっきまで苦戦してた俺らってなんじゃぁ!!」
一斉に手を振って否定を示すナミやウソップらと、不満をぶつけるゾロに、エールは何やら納得したとばかりに手をポン、と叩いた。
「……そうか、あいつらが普通じゃなかったのか」
一人で頷くエールの背後で、ガラがゆらりと起き上がろうとしていた。
『………お、おのれ、小娘がぁ……!!』
エールを怒りのこもった目で睨みつけ、ガラは牙をギシギシと軋ませ、唸り声を響かせる。
そして、その怒りが爆発したといわんばかりに、突如天に向けて甲高い咆哮を放った。
オオオオオオアアアアアアアアアア!!!!
ガラの翼から何枚ものセルメダルがこぼれ落ち、あたり一面に散らばっていく。
すると、セルメダルが次々に集まって、人型へと変わっていった。
鳥や獣を無理やり人の姿にしたような異形の群れはもちろん、今度は鉄の兜をかぶった兵士のようなヤミーまでもが、それぞれに剣や槍を備えて整列し始める。
瞬く間に、ガラの城にいたヤミーたちをも超える、ヤミーの軍隊が形成された。
新たに現れたガラの
「……ルフィ。〝先輩〟から教えてもらったものとして忠告しといてあげる。〝新世界〟へ行くなら、……これくらいはできないとだめだよ」
そういってエールは、静かに目を閉じる。
そしてスーッと息を吸い込み、再びカッと目を開けると。
ドクン!!!
何か、形容しがたい感覚が体を突き抜け、遠く遠く広がっていく。ぞくっと背筋が震え、同時に何故か心強さを感じる力が、エールの方から放たれた。
その時だ。
「――――」
無言のまま、ヤミーの兵隊たちが、次々に倒れはじめたのは。
異形たちは一斉に白目を剥き、糸の切れた人形のように次々に倒れ伏していく。あるものは泡を吹き、あるものはうめき声を上げながら、あるものはその場でメダルへと還りながら、大地へと沈んでいく。
ガラの目が、驚愕で大きく見開かれる。
『………バカな』
その呟きが聞こえたのか、エールはガラに向かってにやりと笑ってみせる。
自信満々でたたずむエールに、ウソップとチョッパーは尊敬の目を向けていた。
「すっげぇ~!! なんだ今の!!」
「一瞬でほとんどやっちまったぞ!!」
味方だという確信のため、二人は純粋に驚けている。だが、そのほかのメンバー、理性的に考えるナミや、強者としての力を持つルフィたちには、それはただ単にすごいといえるようなことではなかった。
「…………」
ルフィは思わず麦藁帽に触れて、ごくりと唾をのむ。
サンジやゾロ、フランキー、ロビン、ブルックたちも、ただただ目を見開くばかりだ。
「これは……、まさか!?」
コトも、突然の事態に目を瞠り、固まる。
信じられないといった様子で、この光景を凝視していたコトは、ポツリと呟いた。
「………覇王色の、覇気」
驚きをあらわにするコトをよそに、エールは腰に手を当ててガラを鼻で笑う。
「……驚いているみたいだね。そして、恐れてもいる。自分の知らない力に、自分に手も足も出なかった相手が、自分を圧倒していることに」
『……貴様、何をした』
「別に何も? ただ思い出しただけさ。戦い方をさ」
小馬鹿にしたようなエールの態度に、ガラはさらに怒りを募らせる。
だが、次にエールが口にした言葉に、その怒りも忘れさせられた。
「あんたはずっと寝てただろうけど、私には時間が有り余っていたからね」
『!?』
その意味を理解したガラは、信じられないとばかりに目を瞠った。
ナミもまた、思わずエールを二度見する。
「……あんた、まさか」
「うん。精神……っていうか、魂? だけが起きてたみたい」
あっけらかんと言ったエールから、ナミはさっと距離を取った。
意味が理解できないルフィが、エールの方を向いた。
「どういう意味だ?」
エールは顎に手をやり、ルフィが理解できるような答えを探る。
「ん~。いうなれば、……生きたまま幽霊になってたようなもんかな?」
「すっげぇ〰〰〰〰!!!!」
一瞬で尊敬の目に変わったルフィは、キラキラした目でエールを見つめた。
ガラはのほほんと笑っているエールを凝視し、震える声を漏らす。
『バカな……!! 800年もの間、自我を保っていられるなど……!!』
ガラの呟きが聞こえたエールは、口元をゆがめて目を細めた。
「忘れたの? 私は、世界で最も強欲だった男の娘だよ!!」
挑戦的な目で、エールはガラを嗤う。
「欲しいものを手に入れるためなら、800年間待つことぐらい屁でもないよ!!」
エールはそう自信満々に言うと、両腕の爪甲を展開し身構える。
ジャキン!! という音が、戦いの火蓋を再び切って落とした。