【完結】ONE PIECE Film OOO ―UNLIMITED DESIREー   作:春風駘蕩

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5.〝無〟の力

「フ―ッ………フ―ッ…………!!」

 真っ白な冷気とともに、荒い息を吐き出す紫の鎧の異形。目は真っ赤に血走り、鋭くなった眼光が、3体の怪人たちを射抜く。

「……この、力は……!!」

「この力は同類!!」

「同類にして………………敵!!!」

 唸り声を上げ、エールへと襲い掛かる怪人たち。

「!! ウガァァァァ!!!」

 エールは獣のように吠えると、背中のマフラーを翼のように広げて冷気の塊をぶつける。空気さえ凍らせる絶対零度の翼撃を食らった怪人たちはたまらず吹っ飛び、民家の中へと突っ込んでいく。

 すぐさま起き上った大アゴの怪人は、口を閉じて中に炎をため込み、三本角の怪人は角の間に雷撃をため込む。

「ッハァ!!」

 一斉に吠えると、怪人たちから新たな攻撃が加えられる。

「うがああああ!!」

 真っ赤な火の玉と雷の矢が迫るが、エールはそれを片手で受け止め、腕の一振りでかき消した。

 エールの目が緑色に輝くと、腰の鎧がおしりで合わさって長い尻尾に変貌する。ウネウネとうごめく尻尾を構えながら、エールは両足を踏ん張ると、巨大な尾を振り回し、大アゴの怪人に強烈な一撃を加えた。

 吹っ飛ばされた大アゴは民家の中に突っ込んでいき、一瞬でメダルのかけらへと還った。

「ぐるるるるる……」

 エールはそれを確認することもせず、新たなる標的を求めて血走った目をギョロリと動かす。そして、鋭い爪と強靭な尾で、異形たちを次々に屠っていった。

 異形たちは果敢に挑みながらも、その圧倒的な力に敗北し、ついには最後の一体にまでその数を減らした。

「お……、おいどうしたんだよエール!!」

 背後から、困惑したウソップが声をかける。すると、エールはウソップをぎろりとにらみ、激しい闘気とともに振り返った。

「ん」

「うがあああああああ!!!!」

 ウソップが呆然とみるまえで、エールは鋭い爪を振り上げた。

「ギャアアアアア!!」

 間一髪、咄嗟に飛びのいたウソップの長っ鼻をちっと鉤爪がかすめた。

「ウソップ!!」

「何すんだよコラァァァ!!」

 目を剥きながら激しく抗議するウソップだが、エールは怒り狂ったように吠え、暴れるだけだ。

「……どうやら、理性が完全に吹き飛んでるようだね」

「おい!! エールやめろ!!」

「エールおねえちゃん!!」

 ルフィの声もヒナの声も、狂ったように暴れるエールには届かない。

「しょーがない。いっちょやったるか……」

 すると、伊達丸が一歩前へと出た。その手には、例の大型の銃が握られたままだ。

 しょうがないとは、エールを傷つけてもしょうがないという意味。

 伊達丸の意図に気付いたルフィが掴み掛る。

「おい!! やめろ!!」

「安心しろ。出力は最大限に抑えて気絶させる」

「それでもやめろ!! 何言ってんのかわかんないけど!!」

「このままじゃ、あの子自身も危ないかもしれないんだよ!!」

 伊達丸はルフィの制止を振り切り、メダルのストックを中の先端に取り付けた。

[セル・バースト]

 今だけは、この無機質な声がありがたい。伊達丸にとっても、人間と分かっている相手に銃を向けるのは嫌だった。

 だがそれでも、伊達丸にはやらなければならないことがあった。そのためなら、彼女はある程度の覚悟がある。

 銃口にエネルギーが集まっていくにつれ、伊達丸は銃身を支えるのがつらくなってくるのを感じた。

 その時。

 

 ―――ズキン!!

 

 視界が一瞬真っ白に染まるほどの激痛を感じ、伊達丸はひざをつき、今にも発砲しようとしていた銃を取り落してしまった。

「……ぐ、あが………!!」

 キ―――ンと耳鳴りがし、世界の一切の音が遮断される。全身が震え、粘っこい汗が次から次へと流れだしてくる。

「師匠!!」

「クソっ!! こんな時に……」

 コトの声も、今の伊達丸には届かない。

 いつの間にか、戦斧を構えたエールが、伊達丸の目の前に立っていた。

「!!」

 その目には当然理性はなく、ただ目の前の敵と判断したものを排除するという意思しかない。

「ウガァァァ!!!」

「やめてぇぇぇ!!!」

 とっさに、両手を大きく広げてヒナが立ちふさがる。まずいと思ったサンジたちが駆け寄るも、明らかに届かない。

 刹那。エールの腕にゴムの手が伸び、一瞬のうちにルフィがエールの前に割って入った。

 

「エールぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 立ちはだかったルフィの声が、エールの意識を射抜いた。

 ピタッと、ルフィの眉間を切断する直前で巨大な戦斧は制止した。

「………………ぁ」

 エールから声が漏れ、斧を持つ手が震えはじめる。

「……あ、あ、あ、あ…………」

 エールは、自分が何をしようとしていたのかを唐突に理解し、凍りつく。

 ガシャン、と戦斧を取り落し、鎧が消え、服も元に戻る。

 エールはルフィに、ヒナに、そして自分自身におびえるように頭を抱え、声を震わせながら後ずさっていく。

「いや……いや………いや…………!!」

 カチカチと歯を鳴り合わせ、涙を流すエール。「エール……!?」という心配そうなルフィの声も、今の彼女には届かない。

「アンク……、助けて……」

 エールは、小さな声でそうつぶやくと、糸の切れた人形のように、どさりと倒れ伏した。

 

 そんな中、生き残った翼の怪人は、すぐさま自身の翼を広げ、どこかへ飛び去って行った。

 自分が見たすべての情報と蓄積した力を、己の主に献上するために。

 

 *

 

 見渡せば、そこに広がるのは美しい島の風景。

 最近たてられたらしいその建物の最上階にて、ある男が立っていた。

「……社長。例の彼女が、紫のメダルの力に覚醒したようです」

「そうか。思っていたよりも早かったね」

 がたいの良い、真っ赤なスーツを着たその男は、ワイングラスを手ににんまりとした笑みを浮かべた。

「……よろしい。では予定通り、彼らを招待しよう! リカ君、頼むよ」

「かしこまりました」

 男は、島を一望できる窓の前に立ち、ワイングラスを高く掲げる。

「今日という、新たな歴史の始まりの日に……、ハッピーバースデイ!!」

 

 *

 

 鼻をつんと刺す薬のにおいに気が付き、伊達丸はうっすらと意識を覚醒させ始めた。

 ボーっとしていた意識が徐々にはっきりとしていくと、伊達丸はすぐに現状を理解し始める。

「あ。気が付いたのか」

 ふと横を見れば、チョッパーが安堵の表情を浮かべながら伊達丸の顔を覗き込み、奥の隣のベッドを見れば、いつもの格好のエールが眠っている。

「……悪いな、チョッパー」

 伊達丸が思わずそ言うと、チョッパーは黙って首を振った。

「気にすんなよ。おれは医者だからな。……それより、お前のことだ」

 チョッパーはそう言って、伊達丸の目をじっとのぞきこんだ。

「……頭の傷のことだ」

「…………」

 チョッパーの指摘に、伊達丸はばつが悪そうに眼をそらし、はーっとため息をついた。

「……やっぱお前、いい腕してるわ」

「言ってる場合かよ!! ただ事じゃないぞ!! 頭の中に弾丸が入ってるなんて!!」

「……そこまでわかっちまうか……」

 伊達丸は自嘲気味に笑うと、観念してチョッパーに向き直った。

「……あたしは元海兵でね。衛生兵をやってた。……海賊との戦闘中にドカンよ」

 軽い口調でそういう伊達丸に、チョッパーは思わず声を荒げて詰め寄る。

「このままじゃ、お前死んじまうよ!! 一億ベリー稼ぐんじゃなかったのかよ!!」

「そのために、やってんのさ」

 伊達丸は起き上がると、気まずそうにチョッパーから目をそらしながらぼりぼりと頭をかいた。

「……弾丸(こいつ)を取り出すのは並大抵の腕じゃどうにもなんねぇ。けど、どうにもできないわけじゃない。金はかかっても、腕は確かな奴くらい、世界にはいる。……一億ベリーありゃ、この弾丸を抜き出してもらえる。……あたしはまだ、生きられる」

「………」

 その覚悟に、押し黙るチョッパー。

 その時、隣で寝ていたエールがうめき声とともに起き上った。

「!!」

「エール!!」

 慌ててチョッパーが、体を起こすのを手伝う。

 エールは頭を押さえながらチョッパーを見つめ、ほっとしたようにためていた息を吐いた。

「……みんなは? ルフィは?」

「みんな無事だ。化けモンたちもお前が全部やっつけちまった」

「………そう」

 ほっとするエールに、伊達丸が詰め寄った。

「おい、お嬢さん。ありゃなんだ?」

 エールは苦しげな顔で思案するも、やがて首を振った。

「……わからない。……なんか、怖い力の流れにとらわれて、食われるかと思った。…………怖かった」

 言いながらエールの体は、小刻みに震えていた。チョッパーは心配そうにエールの顔を見つめ、伊達丸は黙ってその目を見据える。

 質問を終えようとした伊達丸は、エールの「でも……」と小さく呟く声を耳にし、ふっともう一度その顔を見上げた。

「……でも、そんな中で、ルフィの声だけが聞こえた」

「……そうか」

 伊達丸はそれ以上追及しなかった。聞いても無駄だと判断したのか、その顔にはあきらめの表情があった。

 だが、暗い雰囲気は次の瞬間、一瞬で霧散した。そこへ、ドアを開いてルフィたちがいきなり入室してきたのだ。

「エール、大丈夫!?」

「エールちゃぁぁぁん!!」

「エールさん!!」

「ルフィ…、ナミ…、みんな……」

 ナミなどはエールの顔をぺたぺたと触っていたが、異常がないとわかるとほっとベッドに腰掛けた。

「よかったぁ~……」

 同じように、みんなが一斉に腰が抜けたようにしゃがみこみ、ため息の合唱を漏らす。

 エールはみんなが本気で心配してくれたことに驚き、少し顔を赤らめた。

 そこに、コンコンという控えめなノックが響いた。

「!」

 振り向くと、そこにはいつの間にか、長い髪の冷たい印象の美女が立っていた。サンジなどはもうすでに鼻の下を伸ばしている。

「…失礼。麦わらの一味の皆様とお見受けいたします」

 思わず身構える一同。だが、美女から放たれた言葉は、彼らの予想をいい意味で裏切っていた。

 

「……コウガミ社長が、お呼びです」


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