世界にはそれそれは沢山の人間が、人が、存在する。街を歩けば、幾数名とすれ違い、学校に行けば同じ制服を着ている見知らぬ人がたくさんいる。
「はぁ……」
風が吹き抜ける屋上で、小さく息を吸ってゆっくりと溜息として吐き出す。肺にまわる空気が冷たくて、体の中から冷える。
「僕も随分と酷い人間だな……」
僕は今から自殺する。学校の屋上から飛び降りて自殺する。
「遺書は書いたしな……」
遺書にはしっかりと自分が死んでしまうことへの罪の意識について、自分が何で死んでしまおうと考えたのか綴った。
「まだ彼女も出来たこと無いし、もっと色んな作品に触れていたかったな……」
だけどそれももう叶わない……、だってそうだろう?これから死んでしまうのだから?
ゆっくりと足を屋上の縁へと運んでいく。足はそれを拒む。同じように体が重く動かない。
生きたいと、生きていたいと言わんばかりに。
この場に及んで怖いんだ、死ぬことに。だって、死ぬ前に有りったっけの恐怖を感じなけれなならないのだから。死ぬならもっと楽に死にたいさ。
もやもやと思いを巡らせながら、重く意思が固まった体を動かす。一歩ずつ、一歩ずつ。
「っよ……、おぉ……」
縁に立ってみると、視界が急に広くなった。視界を遮るものが無いと、あんなに遠くの景色まで見えるのか。死ぬ前に一つ良いことを知ったな。
「さてと……」
もう思い残すことも何もない……、目を瞑り後は身を任せよう……。死んで地獄に落ちるのは確定だろうけど、今のままよりはずっとマシだ……。
目を瞑り、そっと体を前に倒そうとしたその時……。
「そこ、私が自殺する場所なんだけど?」
人間は、人は、自分が居るべき場所、自分が居た場所に、自分以外の誰か、第三者が介入してくるの拒む。声の主からも、少なからず怒りの念を感じた。だけど、『私が自殺する場所』ってどういう……。
「もう一度言うわ、ここは私が自殺する場所なの。だから、貴方は何処か別の場所で死になさい」
この言葉を聞いたときに、何故怒りを覚えたのだろ。
自殺が邪魔されたから?死ぬ覚悟を決めたのに、話しかけられて恐怖が加速し始めたから?
「何で僕が此処を退く必要がある?名前も知らない君のために?」
夕日の光を飲み込んでしまいそうな程の漆黒の黒髪をもった、彼女を睨みつけそう言った。
「あら?名前を知れば退いてくれるのかしら?詩倉霧乃《しくらきりの》君?」
睨んでいるのをものともせず、僕の名前を呼ぶ。自分の名前を知っていることの驚きを覚えるが、顔には出さないようにポーカーフェイスを保とうとする。
「そんなに怯えることかしら?手まで握りしめて……」
彼女は僕を見て愉快そうに口元に笑みを浮かべていた。
「とにかく……、退いてくれるかしら?」
解らない、わからない、ワカラナイ。何故僕が、今自殺を試みていた僕が、名前を知らない彼女のために、自殺を試みようとしている彼女ために退かなければならないのか。
「退いた時……、退いた時、僕に一体何のメリットがある?」
答えるわけ無いだろう、でも聞いておきたい自分が居たのだ。
「メリット……?メリット……」
悩むように額に指をコンコンと当てる動作を繰り返す。世界の時間が止まったように、街に響く車の騒音も、どこかではしゃいでる学生の声も、綺麗に消え去った。
「死ぬんで逝くのに、最後にメリットを求めるだなんて……」
何か呟いていたが、彼女の声があまりにも小さくて聞き取れなかった。
「貴方は私が知っている人間……、人の中でも随分と変わった事を言うのね……」
再び彼女は口元に笑みを浮かべた、先程よりも恐ろしい笑みを。
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
この言葉がすべての始まりを意味していた。
「私は今の状態ではメリットを君に提示することは出来ない……」
「出来ないなら、僕は……」
「でも、『メリットを提示さえ出来れば、私は此処で自殺できる』ということよね?」
縁に追いやる体の動きが、またも一瞬にして止まった。
言葉の意味が理解できなから、というのもあるが……。僕はこれから死ぬという恐怖以上の恐怖を、彼女から……彼女の瞳から感じたのだ。
「これなら、良い取引じゃないのかしら?」
なおも、生気を感じさせない、真っ黒な瞳が僕を見つめる。黒くて、黎くて、くろくて、クロイ瞳が。
「……」
この取引を飲んでしまって良いのか……、けれど飲まないといけないと思う自分がいる。でもそれは、今目の前にある恐怖から逃げようとする為だ。死を直前にして、それを超える恐怖に怯えて。
「解った……、その取引を受けよう……」
屋上の縁からゆくっりと降りる。置いていた遺書を拾うと、
「それじゃ、よろしくね」
彼女がゆくっりと近づき、手を差し出してきた。
「あぁ、自己紹介が遅れたわね。私は東雲深弥《しののめみや》」
「よろしく……、東雲さん」
差し出された手を握り返す。
こうして始まったのだ、自殺願望者と自殺願望者の奇妙な物語が。
完全オリジナルで、作者の気まぐれで投稿させて頂きます。
感想などがあれば、よろしくお願いします。