ついでに新作を計画中
青い光に満ちた神殿は、現実感を失わせるほど静まり返っていた。
床も。
壁も。
天井も。
淡い光を放っている。
境界が曖昧で、少し目を離せば自分が立っているのか浮いているのかさえ分からなくなりそうだった。
イズモ「……ここからか」
足元を見る。
自分の身体。
傷。
血。
そして。
妙な違和感。
イズモ「……って」
少し考える。
イズモ「あれ?」
もう一度、自分の状態を確認する。
イズモ「いつの間にか死んでた?」
言葉にしてから肩をすくめた。
イズモ「まあいいか」
今さら、自分が一度死んだ程度で驚いている場合でもない。
視線を上げる。
少し離れた場所。
エミリアが立っていた。
だが。
イズモ「……まずいな」
呼吸が浅い。
魔力反応も不安定。
身体だけではない。
精神的にも。
もう限界に近い。
イズモ「エミリア」
エミリア「……大丈夫」
イズモ「大丈夫な人の顔じゃない」
一歩近づく。
エミリア「でも、試練を――」
イズモ「今日は無理」
エミリア「イズモ」
イズモ「ごめん」
光。
カプセル型の救命ポットが形成される。
イズモ「今の君には負担が大きすぎる」
エミリア「……」
イズモ「少し寝てて」
ポット内部。
生命維持。
魔力変動監視。
体温調節。
そして。
以前ラムと調整した香料。
イズモは成分量を確認する。
イズモ「鎮静量、問題なし」
エミリア「また勝手に……」
イズモ「怒るのは起きてからでいいよ」
エミリア「もう……」
抵抗する力も残っていなかった。
エミリアを横たえる。
蓋が閉じる。
数秒。
呼吸が安定。
眠りへ落ちた。
イズモ「……よし」
生命反応。
正常。
イズモ「今日はここまで」
◆
拠点へ戻った後。
ようやく状況を整理できた。
エミリアの試練。
自分が見た過去。
そして。
次。
リューズから説明を受けた内容をまとめる。
イズモ「俺も試練受ける流れになってんのか」
ラム「資格があるのでしょう?」
イズモ「もらった」
エキドナから。
あの虚数空間で。
イズモ「まあ」
立ち上がる。
イズモ「やるしかないか」
ただし。
一つだけ。
先に済ませることがある。
通信。
イズモ「カエデ」
カエデ『はい』
イズモ「屋敷側のセンサー感度、十倍」
カエデ『誤検知が増えます』
イズモ「いい」
カエデ『了解』
イズモ「レールガンも起動待機」
カエデ『はい』
イズモ「捕虜捕獲システム」
カエデ『準備済みです』
イズモ「投下システムも」
カエデ『接続します』
少しだけ声を落とす。
イズモ「何としても」
一拍。
イズモ「レムと屋敷を守って」
カエデ『分かりました』
イズモ「頼む」
通信終了。
イズモは一度だけ深く息を吸った。
そして。
再び神殿へ。
◆
夜。
青白い光。
静寂。
イズモ「……」
誰もいない。
だが。
見られている感覚だけはある。
イズモ「さあ」
中央へ立つ。
イズモ「エキドナ」
少し考える。
イズモ「試練を始めよう」
返事はない。
代わりに。
自分自身の声。
イズモ?「――ありうべからざる今を見ろ」
イズモ「……来た」
視界が反転した。
◆
白。
雪。
風。
イズモ「……」
ロズワール邸。
ただし。
そこは自分の知る景色ではない。
全てが凍りついている。
木。
建物。
地面。
空気さえ。
世界から色が抜け落ちたようだった。
その上空。
巨大な影。
イズモ「パック……」
終焉の獣。
巨大化したパックが、空を覆っている。
人間の姿など。
比較にならない。
その前。
ラインハルト。
剣を握っている。
そして。
こちらを見ていた。
ラインハルト「イズモ君」
イズモ「……」
声が出ない。
ラインハルト「君は一体……何なんだ?」
違う。
自分ではない。
身体が。
動かない。
意思と肉体の接続が切れている。
ラインハルト「君が」
剣が向く。
ラインハルト「元凶なのか?」
イズモ「違――」
声にならない。
喉が勝手に動く。
イズモ「ン……」
イズモ「パ……」
イズモ「クト……」
赤い光。
上空。
巨大な輪。
イズモ「ハジマル……」
イズモ「待て」
動かない。
イズモ「おい」
止められない。
イズモ「やめろ!」
赤い輪が開く。
光。
街。
大地。
人。
全てが飲み込まれていく。
魂。
無数。
空へ吸い上げられる。
ラインハルト「イズモ君!」
消える。
フェリス「イズモキュン……」
こちらを見る。
恐怖。
怒り。
悲しみ。
フェリス「最低」
光。
姿が消えた。
イズモ「……」
叫べない。
止められない。
世界中から。
人が消えていく。
都市。
村。
軍隊。
家族。
子供。
ほぼ全ての生命が。
一つへ。
吸収される。
イズモ「……これ」
知っている。
インパクト。
魂の回収。
個体の境界消失。
そして。
不可逆。
イズモ「俺が……やった世界線?」
答えはない。
やがて。
世界から。
人の声が消えた。
風だけが吹く。
イズモ「……」
ありうべからざる。
未来。
自分が選ばなかった可能性。
イズモ「最悪だな」
その瞬間。
世界が砕けた。
◆
ロズワール邸。
夜。
イズモ「……次」
廊下。
警報。
エルザ。
イズモ「お前を待ってた」
エルザ「そう」
湾曲した刃。
踏み込む。
イズモも構える。
だが。
背後。
反応。
イズモ「!」
避ける。
魔獣。
鋭い牙が空を噛む。
イズモ「もう一人いる?」
エルザが笑う。
そして。
暗闇から。
少女。
青い髪。
イズモ「……」
見覚えがある。
村。
子供たち。
あの時。
呪い。
イズモ「まさか」
少女の周囲に、魔獣が集まる。
イズモ「お前が……魔獣使い?」
少女は何も答えない。
イズモ「メィリィ……?」
前。
エルザ。
後ろ。
魔獣。
イズモ「挟撃か」
振り向く。
一瞬。
遅れた。
腹部。
刃。
背後。
もう一つ。
イズモ「っ――」
同時。
身体を貫く。
イズモ「なるほど……」
視界が落ちる。
イズモ「こういう死に方も、あったわけか」
暗転。
◆
白。
テーブル。
椅子。
茶。
イズモ「……」
目を開く。
エキドナが向かいに座っていた。
エキドナ「おかえり」
イズモ「今ので二つ目?」
エキドナ「ああ」
イズモ「ありうべからざる今」
エキドナ「そう」
茶を飲む。
エキドナ「それにしても」
イズモを見る。
エキドナ「君、本当に動じないね」
イズモ「動じてはいるよ」
エキドナ「そうは見えなかった」
イズモ「パラレルワールド何回も行ってるとさ」
椅子へ深く座る。
イズモ「自分が選ばなかった未来を見るのも、多少は慣れる」
エキドナ「多少、ね」
イズモ「精神的に嫌ではある」
エキドナ「それでも壊れない」
イズモ「壊れてる暇ないし」
エキドナ「……」
イズモ「で」
少し考える。
イズモ「聞いていい?」
エキドナ「僕に答えられることなら」
イズモ「なぜ俺はこの世界に召喚された?」
エキドナ「ずっと気になっていた?」
イズモ「うん」
エキドナは少し考えた。
エキドナ「少なくとも」
指先で茶器をなぞる。
エキドナ「君が最初のエルザ戦へ介入しなかった場合」
イズモ「エミリアが死ぬ」
エキドナ「そう」
イズモ「パックが出る」
エキドナ「そして」
一拍。
エキドナ「この世界は滅びる」
イズモ「……」
前回。
実際に見た。
あの終焉。
イズモ「それを防ぐため?」
エキドナ「理由の一つとしてはね」
イズモ「でも」
身を乗り出す。
イズモ「もう防いだ」
エキドナ「そうだね」
イズモ「なら」
イズモ「俺、もう必要ないんじゃない?」
エキドナ「どうかな」
イズモ「?」
エキドナ「君にはもう一つ」
笑う。
エキドナ「大切な使命があるんじゃないかな?」
イズモ「……」
考える。
王選。
エミリア。
国。
イズモ「エミリアの当選?」
エキドナ「さあ」
イズモ「そこは答えないんだ」
エキドナ「未来のことだからね」
イズモ「まあいい」
一拍。
イズモ「もう一個」
エキドナ「どうぞ」
イズモ「俺、不死身なんだろ?」
エキドナの動きが止まる。
イズモ「少なくとも」
イズモ「死んでも別世界で目覚めたり、巻き戻ったり、別の形で戻ったりする」
エキドナ「完全な意味での不死ではないよ」
イズモ「でも、死ににくい」
エキドナ「ああ」
少し楽しそうに。
エキドナ「嫉妬の魔女が、それに関わっている」
イズモ「やっぱり」
椅子へ戻る。
イズモ「ならさ」
エキドナ「?」
イズモ「そろそろ」
少し笑う。
イズモ「幸せになってもいいんじゃないかな」
エキドナ「……」
イズモ「何回も死んで」
イズモ「戦って」
イズモ「世界救って」
イズモ「いい加減、普通の報酬くらい欲しい」
エキドナ「例えば?」
イズモ「エミリア」
エキドナ「ほう?」
イズモ「王になってもらう」
イズモ「その隣に俺がいる」
エキドナ「夫として?」
イズモ「そう」
エキドナ「随分具体的だね」
イズモ「告白したから」
エキドナ「なるほど」
イズモ「次期女王の夫」
少し考える。
イズモ「悪くない」
エキドナ「クデュックは?」
イズモ「そこなんだよな」
空間を見る。
イズモ「多分」
イズモ「融合する」
エキドナ「融合?」
イズモ「以前」
指で二つの円を描く。
イズモ「クデュックと別の世界が、世界ごと融合した」
二つの円を重ねる。
イズモ「原因を調べたら」
自分を指す。
イズモ「俺の意思が関係してた」
エキドナ「君の意思?」
イズモ「俺が会いたいと思ったから移動するんじゃない」
イズモ「世界同士の距離そのものが縮まる」
エキドナ「……」
イズモ「だから」
少し考える。
イズモ「エミリアが王になった頃」
イズモ「この世界とクデュックが融合する可能性はある」
エキドナ「随分壮大な話だ」
イズモ「俺もそう思う」
イズモ「まあ」
立ち上がる。
イズモ「そろそろ戻――」
声。
サテラ「ねぇ、イズモ」
イズモ「……」
止まる。
エキドナの顔が露骨に嫌そうになった。
エキドナ「来ては駄目じゃないか」
イズモ「誰?」
振り向く。
黒。
長い銀髪。
そして。
エミリアとよく似た顔。
イズモ「……」
嫌な予感。
エキドナ「嫉妬の魔女」
イズモ「なるほど」
一歩下がる。
イズモ「原罪本人か」
サテラ「イズモ」
イズモ「創造」
反応なし。
イズモ「……っち」
もう一度。
何も起きない。
イズモ「エキドナ」
エキドナ「何だい?」
イズモ「通常空間戻すか、創造能力使えるようにして」
エキドナ「まあまあ」
イズモ「敵性存在と能力なしで同席は嫌なんだけど」
サテラ「私のこと」
イズモ「?」
サテラ「嫌い?」
イズモ「嫌いというか」
即答。
イズモ「現時点では敵判定」
サテラ「……」
イズモ「魔女教があんた崇拝してる」
イズモ「俺を何度も殺しかけてる」
イズモ「レムもやられた」
サテラ「私は……」
イズモ「あと俺の不死にも関わってる」
イズモ「警戒する理由しかない」
サテラ「それでも」
一歩。
サテラ「私はイズモが好き」
イズモ「……」
困る。
イズモ「いずれ殺される可能性のある相手を好きって」
眉を寄せる。
イズモ「どういう意味?」
サテラ「……」
エキドナ「イズモ」
イズモ「何?」
エキドナ「そこまでにしてあげなよ」
イズモ「なんで」
エキドナ「サテラが可哀想じゃないか」
イズモ「……」
サテラを見る。
少し考える。
イズモ「まあ」
イズモ「エキドナが言うなら」
エキドナ「随分僕の言うことは聞くんだね」
イズモ「会話成立してるから」
エキドナ「じゃあ」
興味深そうに。
エキドナ「僕のことはどう思ってる?」
イズモ「話し相手」
エキドナ「それだけ?」
イズモ「あと」
少し考える。
イズモ「第三区分警戒人物」
エキドナ「随分物騒な分類だね」
イズモ「敵か味方か分からないけど、即時排除するほどじゃない」
エキドナ「なるほど」
笑う。
エキドナ「僕もイズモが好きだよ」
イズモ「……」
サテラを見る。
エキドナを見る。
イズモ「俺の警戒をツンデレ判定してない?」
エキドナ「さあ?」
イズモ「絶対してるだろ」
息を吐く。
イズモ「まあいい」
イズモ「今度こそ通常空間に――」
突然。
声。
ミネルヴァ「ひとーつ!」
イズモ「?」
ミネルヴァ「人の世の不条理を殴り!」
イズモ「ちょっと待て」
ミネルヴァ「ふたーつ!」
イズモ「嫌な予感」
ミネルヴァ「不埒な悪行三昧なんて知ったことかぁ!」
イズモ「待て待て待て」
ミネルヴァ「みーっつ!」
拳。
イズモ「!!」
ミネルヴァ「醜かろうが美しかろうが!」
地面。
踏み込む。
ミネルヴァ「浮世にいるならことごとくぅぅぅ!」
拳が振り抜かれた。
イズモ「うわぁぁぁ!?」
衝撃。
クレーター。
イズモ「お前、仲間ごと殺す気――」
身体。
違和感。
イズモ「……あれ?」
痛くない。
むしろ。
イズモ「なんか……」
胸の圧迫感が軽い。
イズモ「気が楽になってる?」
エキドナ「憤怒の魔女、ミネルヴァ」
イズモ「憤怒?」
エキドナ「彼女の攻撃は癒しになる」
イズモ「紛らわしい!」
ミネルヴァ「サテラをいじめるなよ!」
イズモ「いじめてない!」
ミネルヴァ「泣かせただろ!」
イズモ「事実確認してただけ!」
エキドナ「まあ」
周囲を見る。
エキドナ「残りのみんなも来ちゃったみたいだね」
イズモ「……残り?」
セクメト「めんどくさーい……」
地面に寝転がる女性。
ダフネ「お腹空いた」
拘束された少女。
イズモ「なんか増えた」
そして。
テュフォン「ねえ」
イズモ「?」
小さな少女。
テュフォン「あなた」
近づく。
テュフォン「悪人?」
イズモ「何基準?」
手。
触れる。
イズモ「――」
音。
粉砕。
イズモ「?」
痛くない。
違和感だけがある。
イズモ「……なんか軽い」
視線を落とす。
腕。
ない。
イズモ「……」
数秒。
イズモ「え?」
テュフォン「悪人じゃないみたいだね!」
イズモ「いや待て」
肩から先。
消失。
イズモ「待て待て待て」
理解。
イズモ「何してくれてんだぁぁぁぁぁぁ!!」
声が虚数空間へ響く。
エキドナ「君はテュフォンに触らない方がいいみたいだ」
イズモ「先に言え!」
カーミラ「まあまあ……」
別の少女が近づく。
カーミラ「落ち着いてほしいなぁ……」
イズモ「落ち着けるか!」
腕を見る。
イズモ「これ!」
イズモ「直るんだよな!?」
エキドナ「ええ」
イズモ「本当に?」
エキドナ「この空間から出れば問題ない」
イズモ「……」
深く息を吸う。
イズモ「この世界」
魔女たちを見る。
イズモ「誰が敵で誰が味方か、本当に分からん……」
エキドナ「それは僕も否定できないかな」
サテラ「イズモ……」
イズモ「今は近づかないで」
サテラ「……」
イズモ「腕なくなった直後だから判断力落ちてる」
エキドナ「そういうところは冷静なんだね」
イズモ「冷静じゃない!」
片腕のまま。
イズモは。
今日何度目か分からないため息を吐いた。