試練が終わった直後、イズモは聖域に取り残されていた村人たちを解放した。
閉じられていた結界が消え、人々は怯えながらも外の空気を吸い込む。
イズモは村の代表たちと向き合い、簡潔に条件を提示した。
こちらは防衛と物資の提供を行う。
向こうは木材や食料を中心に交易で応じる。
恐怖よりも現実を選んだ村人たちは、静かにうなずいた。
その裏で、ロズワール邸周辺に現れ始めた殺人ウサギの群れに対し、かつて仕込んでおいた兵器が起動する。
地上と空からの同時攻撃。
白い影は次々と消し飛び、群体は短時間で殲滅された。
だが、戦いはそれで終わらなかった。
魔女教大罪司教、悪食担当。
ライ・バテンカイトスが、まるで散歩でもするかのように現れた。
ライ「やあ、きみがイズモ君だね」
飄々とした笑み。
人の死を前にしても変わらぬ軽薄さ。
ライ「わたしがそう、魔女教大罪司教悪食担当、ライ・バテンカイトスさ」
イズモ「あんたか」
イズモ「レムの記憶を奪ったのは」
胸の奥で、冷たい怒りが形を持つ。
イズモ「本当はクデュックに任せるつもりだったが」
イズモ「まあいい、手間が省ける」
ライ「はは、そう言われると光栄だね」
ライ「実はさ、あんたの記憶もお腹が空いててさ、食べてみたいんだ」
イズモは一歩踏み出す。
声は低く、感情を切り捨てた響きだった。
イズモ「ひとつ聞かせてくれ」
ライ「なんだい?」
イズモ「あんたは、はちきれるまで飯を食って死ぬのと」
イズモ「生きたまま、すべての記憶を少しずつ失って脳死になるの」
イズモ「どっちがいい?」
ライ「変な質問をするねえ」
ライ「でもその二択なら……食べ過ぎで死ぬ方かな?」
イズモ「わかった」
イズモ「じゃあ叶えてやるよ、悪食さん」
空間が歪む。
イズモの背後に、黒く静かな虚数空間が展開された。
そこは記憶を保存し、再構築するための領域。
失われた人格さえ、情報として保持できる場所。
イズモ「君を探してたんだ」
イズモは淡々と、だが確実に処理を進める。
イズモ「さあ、このデータを食え」
イズモ「そして永遠に円周率を唱え続けて死ぬがいい」
悪食の権能に流し込まれたのは、円周率を出力し続けるだけのプログラム。
それ以外の記憶は、すべて摘出された。
ライ「3.1415926535……」
数字を呟き続けるその瞳から、意思が消えていく。
やがて、完全な脳死状態となった。
イズモ「これでいい」
イズモ「記憶を奪われた者たちへの、最低限の復讐だ」
だが、現実は非情だった。
すでに火葬され、生命維持が止められていた者が多い。
回収できた記憶は、レムとクリュシュの一部。
それも、欠損した断片だけだった。
イズモ「……仕方ないな」
イズモ「彼らの記憶はここに保存しておこう」
イズモ「融合後、アンドロイド化する際に移植するか」
イズモ「記憶データを元に義体を作ってやるしかない」
そして、残された最優先事項。
イズモ「次は、レムの記憶の再構築だ」
イズモは記憶再構築装置を創造し、レムの寝室へと設置する。
慎重にデータをインストールし、レムに装置を接続した。
淡い光が、レムの身体を包む。
レム「あれ……?」
レム「レムは、たしか誰かに襲われていたような……?」
イズモ「ああ」
イズモ「でも、もうそいつは倒した」
レム「さすがイズモ君です」
レム「……あれ、その時レム、別動隊で動いていたような……?」
イズモ「まあな」
イズモ「色々あったが、こうして記憶を再構築して今に至る」
レム「なるほどです」
イズモは少し間を置き、核心を告げる。
イズモ「そうそう」
イズモ「あと五日くらいで、この世界は別の世界と融合する」
レム「……どういうことですか?」
イズモ「俺がいたクデュックの世界とだ」
レムの瞳が揺れる。
だが、恐怖よりも先に信頼があった。
イズモ「そこでレムには、ロボットのパイロットのお世話係を頼みたい」
イズモ「大丈夫か?」
レム「イズモ君がいるなら」
レム「レムは、どこでも大丈夫です」