異世界介入ログ:最上イズモ   作:最上 イズモ

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奪われたものを取り戻す

試練が終わった直後。

 

聖域を覆っていた結界は、音もなく消えた。

 

光の壁が崩れたわけでもない。

何かが砕ける音がしたわけでもない。

 

ただ。

 

今まで確かにそこにあった「越えられない境界」が、なくなった。

 

村人の一人が、恐る恐る外へ足を踏み出す。

 

何も起こらない。

 

もう一歩。

 

それでも、何も起こらない。

 

やがて。

 

誰かが息を吐いた。

 

長く。

 

深く。

 

それを合図にしたように、村人たちが次々と聖域の外へ出ていく。

 

イズモ「……これで自由か」

 

エミリア「うん」

 

風。

 

森。

 

空。

 

何一つ昨日までと変わっていないはずなのに。

 

村人たちにとっては。

 

世界そのものが広がった瞬間だった。

 

 

その日の午後。

 

イズモは村の代表者たちと向かい合っていた。

 

長机。

 

地図。

 

簡単な物資一覧。

 

イズモ「難しい話にはしない」

 

指で地図を示す。

 

イズモ「こちらは防衛」

 

次。

 

イズモ「医療」

 

次。

 

イズモ「必要な物資」

 

村人「見返りは?」

 

イズモ「交易」

 

即答。

 

イズモ「木材」

 

イズモ「食料」

 

イズモ「こっちで作りにくい薬草とか、特産品」

 

イズモ「それを適正価格で交換する」

 

村人「税ではなく?」

 

イズモ「取らない」

 

村人たちが顔を見合わせる。

 

イズモ「保護の代わりに従え、とかもなし」

 

イズモ「必要なら契約解除もできる」

 

代表「……随分、変わった条件ですな」

 

イズモ「こっちも一方的に面倒見るほど余裕ないから」

 

少し笑う。

 

イズモ「お互い必要なもの交換した方が長続きする」

 

沈黙。

 

やがて。

 

代表が頷いた。

 

代表「分かりました」

 

別の村人も。

 

そして。

 

また一人。

 

恐怖より。

 

現実。

 

村人たちは。

 

自分たちの生活を選んだ。

 

イズモ「じゃあ」

 

手を差し出す。

 

イズモ「よろしく」

 

 

その頃。

 

ロズワール邸周辺。

 

雪原のように。

 

白い影が増殖していた。

 

一匹。

 

十匹。

 

百匹。

 

大兎。

 

ただの小動物にしか見えない。

 

だが。

 

その一匹一匹が。

 

人間を食らう。

 

群れではない。

 

群体。

 

際限なく増える災害。

 

カエデ『敵性群体、接近』

 

地下。

 

シェルター。

 

地上。

 

警備網。

 

そして。

 

上空。

 

すでにイズモが仕込んでいたシステムが、一斉に目を覚ます。

 

カエデ『住民避難確認』

 

自動照準。

 

カエデ『射界クリア』

 

無人兵器。

 

起動。

 

最初の射撃。

 

地上を覆っていた白い群れの一部が、まとめて吹き飛ぶ。

 

だが。

 

止まらない。

 

次。

 

上空。

 

衛星兵器。

 

照準。

 

光。

 

大地を薙ぐように走る。

 

さらに。

 

火炎。

 

爆風。

 

地表制圧。

 

逃げる個体は無人機が追跡。

 

残った群れを。

 

一つずつ。

 

確実に消していく。

 

数分。

 

数十分。

 

やがて。

 

熱源反応。

 

ゼロ。

 

カエデ『大兎群体』

 

一拍。

 

カエデ『殲滅確認』

 

 

イズモ「……終わったか」

 

聖域。

 

衛星映像を閉じる。

 

ラム「随分あっさりね」

 

イズモ「事前準備してたから」

 

ラム「昨日まで苦戦を想定していたでしょう?」

 

イズモ「対人と住民混在を考えてた」

 

地図を見る。

 

イズモ「今回は全員避難済み」

 

イズモ「なら、火力を出せる」

 

ラム「なるほど」

 

イズモ「でも」

 

警告。

 

新規反応。

 

一人。

 

イズモ「……まだいる」

 

映像。

 

人影。

 

小柄。

 

単独。

 

警戒区域を。

 

まるで散歩でもするように歩いている。

 

イズモ「魔女教?」

 

カエデ『反応照合』

 

数秒。

 

カエデ『大罪司教級』

 

イズモ「……」

 

立ち上がる。

 

イズモ「今度は誰だよ」

 

 

森。

 

男は。

 

笑っていた。

 

ライ「やあ」

 

気軽に。

 

まるで。

 

知り合いへ挨拶するように。

 

ライ「君がイズモ君だね」

 

イズモ「……」

 

短い髪。

 

細い身体。

 

戦場を歩いている人間には見えない。

 

だが。

 

嫌な感覚だけは。

 

ペテルギウスと同じ。

 

イズモ「名乗れ」

 

男は。

 

嬉しそうに両腕を広げた。

 

ライ「魔女教」

 

一歩。

 

ライ「大罪司教」

 

もう一歩。

 

ライ「悪食担当」

 

笑う。

 

ライ「ライ・バテンカイトスさ」

 

イズモ「……あんたか」

 

ライ「ん?」

 

イズモ「レムの記憶」

 

声が低くなる。

 

イズモ「奪ったの」

 

ライ「レム?」

 

少し考える。

 

ライ「ああ」

 

嬉しそうに。

 

ライ「美味しかったよ」

 

空気が。

 

冷えた。

 

イズモ「……」

 

拳は握らない。

 

怒鳴らない。

 

ただ。

 

視線だけが変わる。

 

イズモ「本当は」

 

一歩。

 

イズモ「クデュック側へ送って処理するつもりだった」

 

ライ「処理?」

 

イズモ「でも」

 

距離を詰める。

 

イズモ「向こうから来てくれた」

 

イズモ「手間省けた」

 

ライ「はは」

 

楽しそうに笑う。

 

ライ「怖いねぇ」

 

全く怖がっていない。

 

ライ「でもさ」

 

指を口元へ。

 

ライ「僕も君には興味がある」

 

イズモ「?」

 

ライ「お腹が空いてるんだ」

 

目。

 

イズモを見る。

 

ライ「君の記憶」

 

イズモ「……」

 

ライ「食べてみたい」

 

一拍。

 

イズモ「一つ聞いていい?」

 

ライ「いいよ」

 

イズモ「飯を食いすぎて」

 

ライ「うん?」

 

イズモ「腹が破裂するまで食い続けて死ぬ」

 

ライ「……」

 

イズモ「それと」

 

指を一本。

 

イズモ「生きたまま」

 

もう一本。

 

イズモ「自分の記憶を少しずつ失う」

 

イズモ「名前」

 

イズモ「顔」

 

イズモ「好きだったもの」

 

イズモ「自分が誰か」

 

手を下ろす。

 

イズモ「全部なくなって」

 

イズモ「最後は何も分からなくなる」

 

ライ「……」

 

イズモ「どっちがいい?」

 

ライ「変な質問だなぁ」

 

少しだけ考える。

 

ライ「僕なら」

 

笑う。

 

ライ「食べすぎて死ぬ方かな」

 

イズモ「了解」

 

その返答だけで。

 

十分だった。

 

イズモ「叶えてやるよ」

 

ライ「え?」

 

空間が歪む。

 

 

黒。

 

光のない領域。

 

だが。

 

完全な虚無ではない。

 

無数の情報が。

 

見えない場所で流れている。

 

記憶。

 

人格。

 

音声。

 

映像。

 

感情。

 

膨大なデータ。

 

ライ「これは……?」

 

イズモ「記憶領域」

 

ライ「へぇ」

 

イズモ「人間の記憶を保存」

 

イズモ「解析」

 

イズモ「必要なら再構築する」

 

ライ「そんなものまであるんだ」

 

イズモ「君を探してた理由でもある」

 

ライの笑顔が。

 

ほんの少しだけ止まった。

 

イズモ「悪食」

 

イズモ「記憶を食うんだろ」

 

ライ「もちろん」

 

イズモ「なら」

 

空間。

 

起動。

 

イズモ「食わせてやる」

 

無限生成。

 

数字。

 

データ。

 

イズモ「円周率」

 

ライ「……?」

 

イズモ「終わりがない」

 

イズモ「規則的」

 

イズモ「でも有限長で止まらない」

 

ライ「何を――」

 

イズモ「さあ」

 

大量の情報が。

 

一斉に流れ込む。

 

イズモ「食え」

 

ライ「っ――!」

 

3.

 

4.

 

5.

 

6.

 

7.

 

8.

 

9.

 

10.

 

11.

 

12.

 

イズモ「満腹になるまで」

 

データ量。

 

増加。

 

ライ「3.141592653589……」

 

イズモ「そのまま」

 

人格領域。

 

分離。

 

イズモ「お前が奪った記憶を」

 

一本ずつ。

 

切り離す。

 

ライ「793238462643……」

 

イズモ「返してもらう」

 

記憶。

 

大量。

 

だが。

 

完全ではない。

 

既に欠損している。

 

誰かの名前。

 

誰かの日常。

 

誰かの人生。

 

断片。

 

イズモ「……」

 

ライ「383279502884……」

 

言葉が。

 

数字だけになる。

 

視線。

 

焦点を失う。

 

自分が。

 

誰なのか。

 

もう。

 

理解していない。

 

ライ「197169399375……」

 

イズモ「……終わり」

 

出力を切る。

 

身体だけが残る。

 

呼吸。

 

心拍。

 

ある。

 

だが。

 

人格反応。

 

なし。

 

イズモ「これでいい」

 

一度だけ。

 

ライを見る。

 

イズモ「記憶を奪われた人たちへの」

 

少し考える。

 

イズモ「最低限の返礼だ」

 

 

回収された記憶。

 

解析。

 

一覧。

 

イズモ「……」

 

期待していたより。

 

少ない。

 

カエデ「欠損率、高」

 

イズモ「やっぱりか」

 

奪われた人間。

 

多すぎる。

 

そして。

 

時間も経ちすぎている。

 

すでに。

 

死体は火葬された。

 

生命維持も終わった。

 

肉体そのものが残っていない者も多い。

 

イズモ「戻せない人の方が多い」

 

カエデ「はい」

 

イズモ「回収できたのは?」

 

カエデ「レム」

 

表示。

 

カエデ「クリュシュ」

 

次。

 

カエデ「その他、複数名」

 

イズモ「復元率」

 

数字。

 

イズモ「低いな」

 

カエデ「完全復元は不可能」

 

イズモ「……仕方ない」

 

記憶そのものは。

 

残せる。

 

イズモ「保存」

 

カエデ「了解」

 

イズモ「死んでる人の分も全部」

 

カエデ「用途は?」

 

イズモ「融合後」

 

少し考える。

 

イズモ「本人と呼べるかは分からない」

 

以前。

 

エキドナと話した。

 

記憶。

 

人格。

 

魂。

 

イズモ「でも」

 

イズモ「アンドロイド義体に」

 

記憶データ。

 

イズモ「残ってる情報を移植する」

 

カエデ「同一人物として扱いますか?」

 

イズモ「本人に聞けない以上」

 

一拍。

 

イズモ「別人格として起動」

 

イズモ「自分をどう定義するかは」

 

イズモ「その人自身に決めてもらう」

 

カエデ「了解」

 

イズモ「勝手に蘇った本人扱いするのも違うし」

 

カエデ「そうですね」

 

イズモ「できるのは」

 

記憶データを見る。

 

イズモ「選択肢を残すところまで」

 

 

そして。

 

最優先。

 

イズモ「レム」

 

眠ったまま。

 

ベッド。

 

生命反応は安定。

 

イズモ「君は」

 

まだ身体がある。

 

まだ生きている。

 

なら。

 

戻せる可能性は高い。

 

イズモ「記憶再構築装置」

 

光。

 

機械。

 

神経接続。

 

記憶統合。

 

失われた領域と。

 

回収した断片。

 

残っている本人の脳情報。

 

全てを照合する。

 

カエデ「同期開始」

 

イズモ「一気に入れない」

 

カエデ「はい」

 

イズモ「人格負荷、五パーセントずつ」

 

淡い光。

 

レムの身体を包む。

 

数分。

 

十分。

 

数十分。

 

イズモ「……」

 

待つ。

 

ただ。

 

待つ。

 

そして。

 

指。

 

動いた。

 

イズモ「!」

 

レム「……」

 

瞼。

 

わずかに。

 

開く。

 

レム「あれ……?」

 

イズモ「レム」

 

焦らない。

 

大声も出さない。

 

レム「イズモ……君?」

 

イズモ「うん」

 

レム「レムは……」

 

眉を寄せる。

 

レム「確か」

 

断片。

 

記憶。

 

レム「誰かに襲われて……」

 

イズモ「ああ」

 

レム「その後……」

 

イズモ「覚えてなくていい」

 

レム「?」

 

イズモ「そいつは」

 

少しだけ笑う。

 

イズモ「もう倒した」

 

レム「……」

 

数秒。

 

レム「さすがイズモ君です」

 

イズモ「そこはいつも通りなんだ」

 

少し安心した。

 

レム「でも」

 

頭へ手を当てる。

 

レム「確かあの時」

 

レム「レムは別動隊で……」

 

イズモ「うん」

 

レム「王都へ……?」

 

イズモ「そこまで戻ってるなら十分」

 

レム「戻ってる?」

 

イズモ「記憶を一部奪われてた」

 

レム「……」

 

イズモ「回収した断片と」

 

装置を見る。

 

イズモ「残ってた記憶」

 

イズモ「両方を合わせて再構築した」

 

レム「なるほどです」

 

イズモ「適応早いな」

 

レム「イズモ君がそう言うなら」

 

少し笑う。

 

レム「そうなのでしょう」

 

イズモ「……」

 

その信頼。

 

重い。

 

だが。

 

以前ほど。

 

一人で背負おうとは思わなくなった。

 

イズモ「それで」

 

レム「はい?」

 

イズモ「もう一個」

 

レム「まだ何か?」

 

イズモ「こっちの方が説明面倒かも」

 

レム「?」

 

イズモ「あと五日くらい」

 

レム「はい」

 

イズモ「この世界」

 

一拍。

 

イズモ「別の世界と融合する」

 

沈黙。

 

レム「……」

 

イズモ「……」

 

レム「どういうことですか?」

 

イズモ「ですよね」

 

椅子を引く。

 

イズモ「俺がいた世界」

 

レム「異世界」

 

イズモ「そう」

 

イズモ「クデュックがある世界と」

 

窓の外。

 

ルグニカ。

 

イズモ「この世界が」

 

手を重ねる。

 

イズモ「一つになる」

 

レム「……世界同士が?」

 

イズモ「うん」

 

レム「止められるのですか?」

 

イズモ「無理」

 

レム「危険は?」

 

イズモ「世界崩壊はしないらしい」

 

レム「らしい」

 

イズモ「そこはカヲル情報」

 

レム「誰ですか?」

 

イズモ「また後で説明する」

 

レム「増えましたね」

 

イズモ「増えた」

 

レムは少し考える。

 

レム「その世界へ行ったら」

 

イズモ「うん」

 

レム「レムたちはどうなるのですか?」

 

イズモ「基本自由」

 

イズモ「今まで通り暮らしてもいい」

 

イズモ「クデュック側で働いてもいい」

 

イズモ「別の場所へ行ってもいい」

 

レム「イズモ君は?」

 

イズモ「多分」

 

苦笑。

 

イズモ「今まで以上に忙しくなる」

 

レム「そうですか」

 

イズモ「で」

 

本題。

 

イズモ「レムにお願いしたい仕事がある」

 

レム「何でしょう?」

 

イズモ「ロボットパイロットたちの生活支援」

 

レム「ろぼっと……?」

 

イズモ「巨大な機械」

 

イズモ「戦闘機みたいなもの」

 

イズモ「それを動かす人たち」

 

レム「なるほど」

 

イズモ「食事」

 

イズモ「生活管理」

 

イズモ「必要なら護衛」

 

イズモ「レムならできる」

 

レム「……」

 

イズモ「嫌なら断っていい」

 

イズモ「他の仕事でもいいし」

 

イズモ「今まで通りでもいい」

 

レムは。

 

少しだけ考えた。

 

そして。

 

笑った。

 

レム「イズモ君」

 

イズモ「うん?」

 

レム「イズモ君がいるなら」

 

レム「レムは」

 

静かに。

 

だが。

 

迷いなく。

 

レム「どこでも大丈夫です」

 

イズモ「……そっか」

 

窓の外を見る。

 

残り。

 

五日。

 

ルグニカという世界が。

 

クデュックと繋がるまで。

 

あと。

 

五日だった。

 

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