異世界介入ログ:最上イズモ   作:最上 イズモ

16 / 19
IF第二話 閉ざされた書庫

最初に気づいたのは、音がないことだった。

 

風。

 

人の声。

 

遠くを走る馬車。

 

何も聞こえない。

 

耳鳴りすらない。

 

シオン「……ここは」

 

目を開く。

 

視界いっぱいに、豪奢な天蓋が広がっていた。

 

金糸の刺繍。

磨き上げられた家具。

皺一つないシーツ。

 

高価な部屋。

 

それなのに。

 

人の温度だけがない。

 

まるで、誰も使わないまま時間だけを止めたような空間だった。

 

シオン「……誰もいないか」

 

身体を起こす。

 

シーツが擦れる。

 

その小さな音だけが、異様に大きく聞こえた。

 

内部表示。

 

生命反応。

 

正常。

 

装甲層。

 

正常。

 

神経系。

 

異常なし。

 

前日の襲撃で受けた強制遮断信号も、既に除去されている。

 

シオン「損傷なし」

 

偽装ユニットも生きている。

 

見た目は、昨日と変わらず旅装の男。

 

腰には現地製にしか見えない片手剣。

 

ピースギア製の装備は。

 

全て、その下へ隠れている。

 

シオン「外に出る」

 

 

扉を開く。

 

シオン「……」

 

廊下。

 

長い。

 

赤い絨毯が。

 

左右。

 

どこまでも続いている。

 

装飾柱。

 

壁。

 

扉。

 

窓。

 

全てが。

 

不自然なほど均一。

 

シオン「広い」

 

一歩。

 

二歩。

 

数十メートル。

 

シオン「……いや」

 

立ち止まる。

 

シオン「広いというより」

 

柱を見る。

 

次。

 

また次。

 

シオン「均一すぎる」

 

音も変だ。

 

足音。

 

反響しない。

 

空間へ吸い込まれていく。

 

通常の建築ではない。

 

シオン「侵入検知なし」

 

視線を動かす。

 

シオン「警報装置なし」

 

少なくとも。

 

自分が理解できる物理的な設備は。

 

存在しない。

 

それなのに。

 

視線のようなものだけはある。

 

シオン「……魔法式か」

 

歩く。

 

廊下。

 

扉。

 

柱。

 

また。

 

同じ。

 

シオン「?」

 

さらに進む。

 

同じ絵。

 

同じ窓。

 

同じ傷。

 

そこで。

 

確信した。

 

シオン「空間が循環してる」

 

前へ進んでいる。

 

距離もある。

 

だが。

 

同じ場所へ戻されている。

 

シオン「なるほど」

 

力ずくで突破する必要はない。

 

仕組みを理解する必要も。

 

今はない。

 

ただ。

 

意図的に違う場所が。

 

一つだけあった。

 

扉。

 

装飾。

 

わずかに違う。

 

シオン「……ここか」

 

一度。

 

周囲を確認。

 

シオン「入る」

 

 

匂い。

 

変化。

 

紙。

 

革。

 

古いインク。

 

シオン「図書室」

 

本棚。

 

壁一面。

 

天井近くまで。

 

膨大。

 

背表紙は不揃い。

 

だが。

 

配置には規則性がある。

 

中央。

 

小さなベッド。

 

そして。

 

少女。

 

幼い。

 

金色の縦巻き。

 

腕を組んでいる。

 

少女「なんて」

 

一拍。

 

少女「腹立たしい侵入者かしら」

 

シオン「……」

 

視線。

 

鋭い。

 

子供のものではない。

 

何年。

 

いや。

 

何十年。

 

何百年。

 

それすら。

 

分からない。

 

シオン「ここは?」

 

少女「ベティの書庫」

 

シオン「……」

 

少女「寝室」

 

シオン「うん」

 

少女「私室」

 

シオン「なるほど」

 

つまり。

 

完全に。

 

無断侵入。

 

シオン「悪かった」

 

少女「それで済むと思ってるのかしら」

 

シオン「迷い込んだだけだ」

 

少女「勝手に扉を開けておいて、随分都合のいい言い分なのよ」

 

シオン「否定はしない」

 

少女の眉が。

 

僅かに動いた。

 

次の瞬間。

 

空気が重くなった。

 

シオン「……」

 

皮膚。

 

圧。

 

呼吸。

 

変化。

 

センサー。

 

異常値。

 

だが。

 

物理的な圧力ではない。

 

シオン「魔力……」

 

少女「少し」

 

小さな手が上がる。

 

少女「思い知らせてやるかしら」

 

シオン「敵意は――」

 

間に合わない。

 

世界が。

 

内側から。

 

締め付けられた。

 

シオン「っ――」

 

膝。

 

落ちる。

 

痛み。

 

ではない。

 

力が。

 

身体から抜ける。

 

RIG。

 

外傷なし。

 

神経損傷なし。

 

循環器。

 

正常。

 

だが。

 

別の何かが。

 

確実に減っていく。

 

シオン「……なるほど」

 

少女「?」

 

シオン「これが」

 

息を整える。

 

シオン「マナか」

 

少女「体内のマナを少し徴収しただけかしら」

 

シオン「少し?」

 

少女「ベティ基準では、少しかもしれないわね」

 

シオン「そうか」

 

身体。

 

重い。

 

意識。

 

遠い。

 

少女の表情。

 

先ほどより。

 

ほんの少し。

 

警戒が薄い。

 

少女「少なくとも」

 

少女「悪意がないことは分かったのよ」

 

シオン「……それなら」

 

床へ手をつく。

 

シオン「十分だ」

 

少女「妙に物分かりがいいのね」

 

シオン「敵じゃないと判断されたなら」

 

視界。

 

暗くなる。

 

シオン「戦う理由もない」

 

少女「……」

 

シオン「ただ」

 

最後。

 

少しだけ。

 

少女を見る。

 

シオン「次から、もう少し穏便に頼む」

 

少女「図々しいのよ」

 

暗転。

 

 

声。

 

人。

 

布。

 

シオン「……」

 

今度は。

 

人の気配がある。

 

???「目覚めましたね、姉様」

 

???「目覚めたわね、レム」

 

シオン「……」

 

目を開く。

 

白い天井。

 

朝。

 

窓。

 

柔らかい光。

 

シオン「場所が変わってる」

 

青髪。

 

赤髪。

 

瓜二つの少女。

 

メイド服。

 

シオン「……ここは?」

 

青髪の少女が答える。

 

レム「ロズワール様のお屋敷です」

 

シオン「そうか」

 

それ以上。

 

聞かない。

 

自分がどこから移されたのか。

 

誰が運んだのか。

 

必要なら。

 

後で分かる。

 

ラム「随分と落ち着いているのね」

 

シオン「慌てても状況は変わらない」

 

ラム「変な客人」

 

シオン「よく言われる」

 

扉。

 

開く。

 

エミリア「おはよう」

 

シオン「……」

 

銀色。

 

見覚えのある顔。

 

昨日。

 

王都。

 

シオン「おはよう」

 

エミリア「体の調子は?」

 

シオン「問題ない」

 

起き上がる。

 

違和感。

 

なし。

 

シオン「助かった」

 

エミリア「よかった……」

 

心底。

 

安心した顔。

 

シオンは。

 

少しだけ視線を逸らした。

 

この少女は。

 

自分の素性を知らない。

 

こちらも。

 

彼女をほとんど知らない。

 

それでも。

 

自分が生きていることを。

 

喜んでいる。

 

シオン「昨日の件」

 

エミリア「うん?」

 

シオン「迷惑かけた」

 

エミリア「迷惑なんて」

 

シオン「結果的に屋敷まで運ばせた」

 

エミリア「助けてもらったのは私の方よ」

 

シオン「……」

 

エミリア「だから」

 

少し笑う。

 

エミリア「お互い様」

 

シオン「そうか」

 

それ以上。

 

言わなかった。

 

 

中庭。

 

風。

 

水。

 

草木。

 

昨日までの王都とは。

 

まるで違う。

 

パック「おはよう、シオン」

 

シオン「おはよう」

 

白い猫。

 

相変わらず。

 

浮いている。

 

パック「リア、この人には感謝してもしきれないね」

 

エミリア「うん」

 

シオン「礼はいらない」

 

パック「またまた」

 

シオン「偶然居合わせただけだ」

 

パック「それでも」

 

空中を一回転。

 

パック「助かった側には関係ないよ」

 

シオン「……」

 

反論。

 

なし。

 

パック「変な人だね」

 

シオン「それもよく言われる」

 

 

大食堂。

 

長いテーブル。

 

高い天井。

 

広い。

 

だが。

 

今度は。

 

正常な空間。

 

そして。

 

シオン「……」

 

昨日。

 

自分から。

 

容赦なくマナを抜いた少女。

 

ベアトリス「ミーちゃんー」

 

パックへ抱きついている。

 

シオン「……」

 

エミリア「どうしたの?」

 

シオン「同一人物とは思えない」

 

ベアトリス「聞こえてるのよ」

 

シオン「聞こえるように言った」

 

ベアトリス「本当に腹立たしい奴かしら」

 

シオン「昨日よりは穏やかだ」

 

ベアトリス「……」

 

一瞬。

 

言葉に詰まる。

 

奥。

 

足音。

 

派手な衣装。

 

男。

 

ロズワール「おやー?」

 

独特。

 

妙に伸びる声。

 

ロズワール「ベアトリスが食卓にいるなんて」

 

シオン「……」

 

ロズワール「珍しいねぇ」

 

視線。

 

こちら。

 

ロズワール「そして」

 

笑う。

 

ロズワール「君が例の客人かな?」

 

シオン「そうらしい」

 

ロズワール「名前は?」

 

一拍。

 

シオン「……今は必要ない」

 

エミリアが。

 

僅かにこちらを見る。

 

ロズワール「ふぅん」

 

興味。

 

増した。

 

ロズワール「面白い」

 

シオン「よく言われる」

 

ロズワール「何度目かな、その返し」

 

シオン「今日三回目」

 

ロズワールが笑う。

 

それ以上。

 

追及しない。

 

だが。

 

観察している。

 

シオンも。

 

同じ。

 

食事。

 

冷製スープ。

 

一口。

 

シオン「……」

 

レムが。

 

僅かに緊張。

 

シオン「うまい」

 

レム「ありがとうございます」

 

それだけ。

 

シオン「誰が?」

 

レム「レムが担当いたしました」

 

シオン「そうか」

 

もう一口。

 

シオン「いい仕事だ」

 

レム「……ありがとうございます」

 

少しだけ。

 

表情が緩む。

 

 

その日のうちに。

 

最低限。

 

屋敷の構造。

 

住人。

 

周辺の地理。

 

情報を集めた。

 

ただし。

 

何も設置しない。

 

衛星。

 

なし。

 

ドローン。

 

なし。

 

無人兵器。

 

なし。

 

必要な情報は。

 

自分で歩いて取る。

 

現地へ。

 

痕跡を残さない。

 

シオン「……」

 

ロズワール邸。

 

防犯としては。

 

甘い。

 

だが。

 

それは。

 

この世界の基準で見れば。

 

異常ではない。

 

こちらの基準で。

 

一方的に。

 

作り替える理由もない。

 

シオン「介入、不要」

 

記録。

 

それだけ。

 

 

夜。

 

中庭。

 

月。

 

シオン「……」

 

エミリアは。

 

微精霊たちと。

 

何かをしている。

 

小さな光。

 

漂う。

 

エミリア「見てても面白くないよ?」

 

シオン「俺には珍しい」

 

エミリア「魔法が?」

 

シオン「そう」

 

少し。

 

沈黙。

 

エミリア「月」

 

シオン「?」

 

エミリア「綺麗ね」

 

シオン「……ああ」

 

月光。

 

白。

 

屋敷。

 

静か。

 

エミリア「それだけ?」

 

シオン「それ以外に何がある?」

 

エミリア「なんでもない」

 

シオン「?」

 

エミリア「シオンって」

 

一拍。

 

エミリア「欲がなさすぎるわ」

 

シオン「必要なものは足りている」

 

エミリア「そういう意味じゃないんだけど」

 

シオン「?」

 

エミリア「もういい」

 

よく分からない。

 

だから。

 

記録だけする。

 

しばらく。

 

無言。

 

エミリア「明日」

 

シオン「?」

 

エミリア「村に行かない?」

 

シオン「何のために?」

 

エミリア「買い物と」

 

少し考える。

 

エミリア「気分転換」

 

シオン「……」

 

村。

 

情報。

 

周辺状況確認。

 

理由としては。

 

悪くない。

 

シオン「状況次第で」

 

エミリア「それ、行くって意味?」

 

シオン「何も起きなければ」

 

エミリア「じゃあ、ありがとう」

 

シオン「まだ行くとは――」

 

エミリア「行くんでしょ?」

 

シオン「……」

 

否定しなかった。

 

 

夜。

 

自室。

 

テーブル。

 

飲み物。

 

シオンが手を伸ばした。

 

カエデ『それ、飲まないで』

 

シオン「……」

 

手。

 

止まる。

 

通信は。

 

内部。

 

他人には聞こえない。

 

シオン『理由』

 

カエデ『未知成分』

 

シオン『毒性』

 

カエデ『高』

 

シオン「……やはり来たか」

 

偶然ではない。

 

昼間。

 

村。

 

接触。

 

犬。

 

子供。

 

何か。

 

経路。

 

複数。

 

まだ。

 

確定はできない。

 

シオン『全員を安全な場所へ』

 

カエデ『直接介入しますか?』

 

シオン『最低限』

 

小型通信端末。

 

取り出す。

 

シオン『エミリアへ』

 

カエデ『了解』

 

外。

 

音。

 

唸り。

 

シオン「……」

 

窓。

 

暗闇。

 

目。

 

光。

 

魔獣。

 

シオン「想定内」

 

腰。

 

剣。

 

抜く。

 

あくまで。

 

現地製。

 

ただの片手剣。

 

 

一匹。

 

飛び込む。

 

シオン「遅い」

 

横。

 

刃。

 

急所は外す。

 

前脚。

 

機能停止。

 

二匹目。

 

首。

 

ではない。

 

顎。

 

柄。

 

打撃。

 

三匹目。

 

脚。

 

斬る。

 

倒す。

 

殺さなくても。

 

動けなくすればいい。

 

シオン「数が多いな」

 

十。

 

二十。

 

森。

 

方向。

 

シオン「発生源あり」

 

追う。

 

 

夜の森。

 

湿った土。

 

枝。

 

獣臭。

 

シオン「……」

 

反応。

 

大きい。

 

奥。

 

シオン「ボス」

 

一歩。

 

衝撃。

 

シオン「!」

 

吹き飛ぶ。

 

木。

 

接触。

 

RIG。

 

衝撃分散。

 

シオン「問題なし」

 

立つ。

 

大型魔獣。

 

角。

 

筋肉。

 

明らかに。

 

先ほどまでとは違う。

 

シオン「強化個体」

 

魔獣。

 

突進。

 

シオン「……」

 

剣。

 

構える。

 

特殊兵器。

 

不要。

 

火器。

 

不要。

 

RIG補助。

 

最低出力。

 

一歩。

 

すれ違う。

 

一閃。

 

脚。

 

次。

 

腱。

 

魔獣。

 

崩れる。

 

シオンは。

 

剣先を。

 

首へ向ける。

 

止める。

 

生命反応。

 

まだ。

 

ある。

 

だが。

 

戦闘継続。

 

不能。

 

シオン「これでいい」

 

剣を収める。

 

森。

 

再び。

 

静かになる。

 

カエデ『周辺敵性反応、消失』

 

シオン「了解」

 

一度。

 

空を見る。

 

シオン「魔獣」

 

次。

 

毒。

 

次。

 

屋敷。

 

そして。

 

エミリア。

 

シオン「……」

 

偶然にしては。

 

続きすぎる。

 

だが。

 

まだ。

 

情報が足りない。

 

シオン「断定しない」

 

それが。

 

今。

 

最も重要だった。

 

シオン「帰るか」

 

夜の森を。

 

一人。

 

歩き出す。

 

異世界へ来て。

 

二日。

 

この世界の構造は。

 

まだ。

 

ほとんど分かっていない。

 

だからこそ。

 

今は。

 

戦うより。

 

見る。

 

正しさより。

 

順番がすべてだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。