異世界介入ログ:最上イズモ   作:最上 イズモ

16 / 19
IF第二話 静止した書庫と、名を持たぬ客人

「……ここは」

 

意識が浮上する。

最初に感じたのは、音の欠落だった。

 

風の音も、遠くの足音もない。

耳鳴りすらしない完全な静寂。

 

目を開けると、視界いっぱいに広がるのは豪奢な天蓋。

金糸の刺繍が施された布は、ほこり一つなく、しかし人の温度を感じさせない。

 

まるで――

使われていないまま、時だけが止められた部屋。

 

「……誰もいないか」

 

身体を起こす。

シーツがわずかに擦れる音だけが、やけに大きく響いた。

 

(損傷なし。異常反応なし)

 

旅装に見える衣服の内側で、

ピースギアが淡々と状態を報告する。

 

異世界の空気。

だが、装備は完全に環境に馴染んでいた。

 

「外に出るか」

 

扉を開ける。

 

廊下は、想像以上に長かった。

 

赤い絨毯が果てしなく続き、

左右に並ぶ装飾柱は、どれも同じ間隔、同じ模様。

 

光源は見当たらない。

だが、影もない。

 

「……広いというより、均一すぎる」

 

足音が、吸い込まれるように消える。

音が反響しないのは、防音か、それとも――

 

「警戒装置も、侵入検知もなし」

 

だが、歩くたびに湧き上がる違和感。

 

同じ柱。

同じ距離。

同じ壁。

 

(空間が……循環している)

 

「……なるほど」

 

無意識に、同じ場所を歩かされている。

 

一つだけ、わずかに違う扉があった。

 

「入る」

 

扉の向こうは、匂いが違った。

 

古い紙と、インク。

長く閉じられていた空気。

 

図書室だった。

 

壁一面に並ぶ本棚は、天井近くまで届き、

背表紙の色は揃っていないのに、不思議な秩序がある。

 

中央には、小さなベッド。

そして――

 

「なんて、はらだだしい侵入者かしら」

 

幼い声。

 

本棚の前に、少女が立っていた。

腕を組み、じっとこちらを睨んでいる。

 

見た目は幼い。

だが、視線は鋭く、空気を押し返す力がある。

 

「……ここは?」

 

「ベティの書庫兼寝室兼私室かしら」

 

声は淡々としているが、

一歩も近づかせないという意思が滲んでいた。

 

「そうか」

 

次の瞬間。

 

空気が、重くなった。

 

圧が、肌を押す。

呼吸をするたび、肺が軋む。

 

(魔力……直接干渉)

 

「少し、思い知らせてやるかしら」

 

少女が指を動かす。

 

世界が、内側から締め付けられた。

 

視界が白くなる。

床が遠い。

 

(致死未満……だが、容赦はない)

 

ピースギアが即応し、

物理的な損傷は遮断する。

 

だが――

体の奥から、何かを引き抜かれる感覚。

 

「……なるほど」

 

「体内のマナを少し徴収しただけかしら」

 

「悪意がないのは、確認できたわ」

 

「……それで済むなら、助かる」

 

視界が暗転した。

 

次に目を覚ましたとき、

最初に感じたのは、人の気配だった。

 

布が揺れる音。

衣擦れ。

 

「目覚めましたね、姉様」

 

「目覚めたわね、レム」

 

天井は白く、

窓から差し込む朝の光が、部屋を柔らかく照らしている。

 

(場所が……変わっている)

 

「……ここは?」

 

「ロズワール様のお屋敷です」

 

落ち着いた声。

事情を詮索しない距離感。

 

「……そうか」

 

余計な説明は不要だった。

 

「おはよう」

 

振り向く。

 

朝の光を背に、銀髪の少女が立っていた。

 

エミリア。

 

「……おはよう」

 

その姿を見て、

張り詰めていた感覚が、わずかに緩む。

 

「体の調子は?」

 

「問題ない。助かった」

 

「よかった……」

 

それ以上、踏み込んだことは聞かれなかった。

 

中庭は、風があった。

 

草木が揺れ、

噴水の水音が静かに響く。

 

「おはよう」

 

宙に浮かぶ白い猫。

 

「……おはよう」

 

「リア、この人には感謝してもしきれないね」

 

「礼はいらない。偶然だ」

 

「ふふ……不思議な人」

 

否定はしなかった。

 

大食堂。

 

天井が高く、

長いテーブルの上には朝食が並ぶ。

 

「ミーちゃんー」

 

先ほどとは別人のような声。

 

「……同一人物とは思えないな」

 

「**ベアトリス**が人に懐くなんて」

 

派手な服装の男が現れ、

興味深そうにこちらを見る。

 

「名は?」

 

一瞬、沈黙。

 

「……今は必要ない」

 

「ふぅん。いいねぇ」

 

深追いはしない。

だが、観察はしている。

 

スープを口に含む。

 

温度、香り、味。

どれも完璧だ。

 

「……うまい」

 

夜。

 

中庭の石畳は、昼とは違う冷たさを帯びていた。

 

「月、きれいね」

 

「……ああ」

 

白い光が、屋敷を照らす。

 

「告白?」

 

「違う。ただの観測だ」

 

「欲がなさすぎるわ」

 

「必要なものは、すでに足りている」

 

しばし、沈黙。

 

「……明日、村に行かない?」

 

「状況次第で」

 

「ありがとう」

 

その夜。

 

「それ、飲まないで」

 

背後から、静かな声。

 

「……」

 

「未知の毒です」

 

(やはり来たか)

 

「皆を避難させて。これを渡してくれ」

 

短い指示。

 

直後、魔獣の咆哮。

 

「……想定内だ」

 

剣を抜く。

ただの片手剣。

 

だが、踏み込みは速い。

 

刃は急所を外し、

確実に機能だけを奪う。

 

森。

 

湿った土。

折れた枝。

 

「……ボスはいる」

 

衝撃。

 

吹き飛ばされるが、

装甲が力を分散する。

 

(問題なし)

 

一歩踏み込み、一閃。

 

夜の森に、再び静寂が戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。