村の花畑は、昼下がりの光を受けて静かに揺れていた。
淡い黄色。
深い青。
赤に近い紫。
風が吹くたび、花々が一斉に身を揺らし、甘い香りが空気へ溶けていく。
シオン「……きれいだな」
隣を歩くエミリアが、小さくうなずいた。
エミリア「ええ。本当に」
それきり。
しばらく、言葉はなかった。
だが。
沈黙は重くない。
ここには。
怒号も。
血の匂いも。
刃を抜く理由もない。
陽光。
風。
花の香り。
それだけ。
シオン「……こんな場所」
足元。
花を避ける。
シオン「久しぶりだ」
エミリア「久しぶり?」
シオン「ああ」
少し考える。
どこまで話すか。
ピースギア。
異世界介入。
自分が何者なのか。
まだ。
伝える段階ではない。
シオン「向こうにいた頃も」
一歩。
シオン「こっちに来てからも」
もう一歩。
シオン「落ち着く暇がなかった」
エミリア「……そう」
魔獣。
王都。
エルザ。
ベアトリス。
こちらへ来て。
まだ。
ほとんど時間は経っていない。
それでも。
ずっと。
判断を続けている。
シオン「屋敷の仕事をしてる時と」
エミリア「うん?」
シオン「君と一緒にいる時」
一拍。
シオン「それくらいかな」
エミリア「何が?」
シオン「平和だって」
花を見る。
シオン「思えるのは」
エミリア「……」
返事がない。
横を見る。
エミリアは。
花畑の奥へ視線を逸らしていた。
午後の光。
銀髪。
横顔。
頬。
少し。
赤い。
シオン「……」
気づいた。
だが。
何も言わない。
それが。
今は。
一番自然だった。
◆
屋敷。
戻った瞬間。
空気が違った。
シオン「……」
中庭。
竜車。
豪華。
整いすぎている。
紋章。
王都。
シオン「来客か」
近く。
執事。
一礼。
執事「お帰りなさいませ」
シオン「どうも」
執事「王都より」
一拍。
執事「使者の方がお見えです」
エミリア「王都?」
シオン「……」
王選。
恐らく。
その関連。
屋敷内部。
いつもより。
人の動きが多い。
声。
少ない。
視線。
多い。
ラム「エミリア様」
エミリア「ラム」
ラム「王都からの使者です」
エミリア「用件は?」
ラム「王選についてかと」
エミリア「……分かったわ」
シオンは。
一歩。
後ろへ。
シオン「俺は外す」
エミリア「シオン?」
シオン「政治の話なら」
視線。
使者がいる方向。
シオン「俺が入る必要はない」
ラム「賢明ね」
シオン「褒め言葉として受け取っておく」
◆
中庭。
シオンは。
何も作らない。
衛星。
なし。
警備兵器。
なし。
現地社会の。
重要人物。
王都からの使者。
こちらを見る目も。
当然。
増える。
シオン「……」
目。
耳。
人の配置。
屋敷。
入口。
退路。
それだけ。
確認。
カエデ『増設しますか?』
内部通信。
シオン『しない』
カエデ『理由』
シオン『今は』
一拍。
シオン『監視される側』
カエデ『了解』
シオン『こちらの能力を測らせない』
カエデ『合理的です』
シオン『王都の人間は』
使者。
従者。
装備。
シオン『見る目が多い』
村とは。
違う。
ここで。
異物になってはいけない。
◆
応接室。
結果的に。
シオンも同席することになった。
理由。
簡単。
エミリアが。
呼んだ。
シオン「……」
紅茶。
香り。
温度。
正常。
使者。
年配。
落ち着いている。
だが。
見る。
非常に。
よく見る。
使者「どうぞ」
シオン「いただきます」
一口。
毒。
なし。
シオン「……結構な味です」
使者「お気に召しましたかな」
シオン「ええ」
カップ。
置く。
使者「では」
目。
こちら。
使者「この茶をもって」
一拍。
使者「何をお求めで?」
シオン「……?」
意味。
理解。
シオン「特には」
使者「特には?」
シオン「穏便に済めば」
一拍。
シオン「それでいい」
使者「……」
少し。
意外そうな顔。
シオン「何か?」
使者「いえ」
小さく。
笑う。
使者「面白い御方だ」
シオン「よく言われる」
その時。
足音。
軽い。
猫耳の少女「ただいまー、ビル爺」
シオン「……」
猫耳。
明るい。
動き。
軽い。
だが。
身体運用。
普通ではない。
治癒系?
魔法使い。
高位。
恐らく。
猫耳の少女「にゃ?」
こちらを見る。
一度。
二度。
シオン「……」
少女「君が」
エミリアを見る。
少女「例の?」
エミリア「え?」
少女「んー」
すぐ。
興味を失ったように。
肩をすくめる。
少女「まあいいや」
使者を見る。
少女「行こ、ビル爺」
使者「承知しました」
出口。
猫耳の少女が。
振り返る。
少女「王都で会おうね」
シオン「……」
誰に。
とは。
言わなかった。
だが。
恐らく。
自分たち。
シオン「なるほど」
王都行き。
確定。
◆
その日の夕方。
エミリア「シオン」
シオン「うん」
エミリア「王都へ行くことになったの」
シオン「使者の件?」
エミリア「ええ」
少し。
表情が硬い。
エミリア「遊びじゃないの」
シオン「分かってる」
エミリア「王選」
一拍。
エミリア「大事な話になる」
シオン「なら」
即答。
シオン「同行する」
エミリア「……護衛?」
シオン「ああ」
エミリア「でも」
シオン「王都は」
思い出す。
人。
情報。
利害。
騎士。
貴族。
シオン「怖い場所だ」
エミリア「……」
シオン「でも」
一拍。
シオン「だからこそ」
腰。
剣。
触れない。
シオン「剣を抜く場所じゃない」
エミリア「?」
シオン「抜いた瞬間に」
視線。
エミリア。
シオン「負けになる」
エミリア「……どういう意味?」
シオン「力で解決した瞬間」
少し。
考える。
シオン「相手のルールから外れる」
エミリア「……」
シオン「政治の場なら」
一拍。
シオン「なおさら」
エミリア「シオンって」
少し。
驚いたような顔。
エミリア「もっと戦う人だと思ってた」
シオン「必要なら戦う」
エミリア「でも?」
シオン「必要ないなら」
シオン「抜かない」
エミリアは。
少しだけ。
笑った。
エミリア「じゃあ」
一拍。
エミリア「お願い」
シオン「了解」
◆
王都。
人。
声。
匂い。
情報。
すべて。
村より。
数段濃い。
シオン「……」
エミリア「人、多いね」
シオン「多い」
進む。
人波。
一瞬。
離れかける。
シオンは。
自然に。
エミリアの手を取った。
エミリア「……?」
シオン「護衛しやすい」
エミリア「それだけ?」
シオン「合理的だろ」
エミリア「……まあ」
手。
離れない。
シオン「?」
文句は。
言われなかった。
◆
王城前。
騎士。
多い。
視線。
集中。
エミリア「こんにちは」
騎士「これはエミリア様」
形式。
礼。
言葉。
そして。
こちら。
シオン「……」
見る。
だが。
問わない。
名前も。
聞かれない。
それでいい。
聞かれても。
今は。
答えない。
騎士「こちらへ」
エミリア「シオン」
シオン「?」
エミリア「待っててもらえる?」
シオン「分かった」
エミリア「勝手にどこか行かないでね」
シオン「善処する」
エミリア「それ、行く人の言い方」
シオン「……」
少し。
笑う。
エミリア「もう」
城内。
消える。
シオン「……」
待つ。
人。
観察。
騎士。
商人。
貴族。
役人。
ここでは。
人そのものが。
ノイズ。
だから。
逆に。
不自然な動きは。
目立つ。
シオン「……長くなりそうだな」
その時。
視界の端。
腕。
掴まれる。
小柄な人物。
抵抗。
男。
二人。
シオン「……またか」
ため息。
介入。
最小限。
◆
数十秒。
それだけ。
声。
荒げない。
剣。
抜かない。
男の重心を崩す。
もう一人。
壁。
逃走。
終了。
少女「……助かりました」
シオン「気にするな」
少女「お名前を――」
シオン「必要ない」
一礼。
それだけ。
去る。
相手が誰なのか。
興味はある。
服装。
立場。
恐らく。
高い。
だが。
それ以上。
関わらない。
シオン「……」
介入。
完了。
◆
夕暮れ。
王城。
扉。
エミリア。
出てくる。
シオン「終わった?」
エミリア「ええ」
歩き方。
少し。
重い。
シオン「色々あった?」
エミリア「……あったわ」
シオン「顔を見れば分かる」
エミリア「そんなに?」
シオン「少し」
歩く。
城。
背後。
シオン「ここは」
一度。
振り返る。
シオン「花畑じゃない」
エミリア「……うん」
シオン「安心できる場所でもない」
エミリア「そうね」
シオン「でも」
前。
見る。
シオン「逃げる場所でもない」
エミリア「……」
少し。
長い沈黙。
エミリア「シオン」
シオン「うん」
エミリア「ありがとう」
シオン「まだ何もしてない」
エミリア「そばにいた」
シオン「……」
それを。
行動と呼ぶのなら。
確かに。
そうなのかもしれない。
シオン「そうか」
◆
夜。
宿。
王都の灯り。
窓。
人の声。
昼より。
少ない。
シオン「……」
カエデ『警戒レベルを上げますか?』
シオン『いや』
カエデ『理由』
シオン『まだ』
王城。
騎士。
王選。
使者。
そして。
今日。
会った。
複数の人物。
シオン『敵がいない』
カエデ『敵性が不明』
シオン『それでいい』
カエデ『……』
シオン『今は』
剣。
壁に立てかける。
シオン『誰かを敵に決める段階じゃない』
通信。
終了。
窓。
街。
シオン「……嵐の前」
そんな感覚だけが。
残っている。
それでも。
剣は。
抜かない。
力も。
見せない。
ただ。
そばに立つ。
必要な時まで。
動かない。
それが。
今。
最も正しい介入だった。