城の外壁は、朝の光を受けて白く眩しかった。
磨き上げられた石は傷一つなく、近づく者を拒むような冷たさを放っている。
彼は、その影に身を寄せて立っていた。
(……中は、もう始まってるな)
壁の向こうから、わずかに空気が震える。
怒号でも、剣戟でもない。
感情がぶつかる前の、嫌な静けさ。
王都という場所は、
声が大きい者よりも、
“立場を間違えた者”を先に壊す。
「……」
彼は視線を落とし、石畳を行き交う人の流れを読む。
誰が興味本位で、
誰が仕事で、
誰が“何かを期待して”ここに来ているのか。
(あれは……)
少し離れた場所で、騒がしい動きがあった。
身なりの悪い青年。
周囲を気にせず、大きな声で何かを叫んでいる。
(……ああ)
理解した瞬間、彼は小さく息を吐いた。
(今、中にいるのは――
ああいうタイプが一番やらかす)
止めに行く理由は、ない。
ここで口を出せば、
それは“介入”になる。
王都では、
正しさよりも、
順番がすべてだ。
城内から、わずかな気配の乱れ。
騎士の動きが一段階、硬くなる。
(踏んだな)
彼は目を閉じる。
剣を抜く音は、まだしない。
だが、空気が変わった。
(……遅い)
感情で前に出た者は、
いつも一歩遅い。
「……」
彼は、ゆっくりと壁から離れた。
だが、城門へは向かわない。
(助けるなら、
“外”でだ)
やがて、城内から人が吐き出されるように出てくる。
ざわめき。
困惑。
そして――冷たい視線。
「……やられたな」
彼の目に映ったのは、
完全に場を失った青年の姿だった。
肩を落とし、
歯を食いしばり、
それでも何かを叫ぼうとしている。
(まだ折れてはいない)
それが、より厄介だった。
彼は、数歩だけ近づく。
声はかけない。
視線も合わせない。
ただ、同じ地面に立つ。
それだけでいい。
王都では、
誰かが隣に立っているかどうかで、
踏みとどまれるかが決まる。
少し遅れて、城門の向こうから彼女が出てくる。
エミリア。
顔色は悪くない。
だが、目の奥に疲労が見えた。
彼女は彼を見つけ、
小さく息を吐く。
「……待たせた?」
「いや」
「中、ちょっと……」
「見てた」
正確には、“見える範囲だけ”だが、
それで十分だった。
「……ごめんね」
「謝ることじゃない」
彼はそう言って、城を一度だけ振り返る。
「ここは、そういう場所だ」
城から離れ、
人の流れが少し落ち着いた通りへ。
彼は歩きながら、短く言う。
「今日は、これ以上前に出ない方がいい」
「……うん」
エミリアは、素直にうなずいた。
(理解が早い)
それだけで、十分だった。
夕方。
王都の喧騒は、何事もなかったかのように戻っている。
だが、彼の中では、
一つの線が引かれた。
(次は、もっと大きく動く)
今日の出来事は、
ただの前触れだ。
剣は、まだ抜かない。
力も、見せない。
だが――
次に壊れる場所は、もう見えている。
彼は、空を見上げずに歩き出した。