王城の外壁は、朝の光を反射して白く眩しかった。
磨き上げられた石。
傷一つ見当たらない壁。
巨大な城門。
見上げれば威圧されるように設計されているのだろう。
だが。
シオンは見上げなかった。
城壁の影。
人の流れを邪魔しない場所。
そこで、ただ立っていた。
シオン「……もう始まってるな」
城内から音は聞こえない。
怒号。
剣戟。
そんな分かりやすい異常ではない。
それでも。
空気が硬い。
出入りする騎士の歩幅。
伝令の速度。
城門周辺の視線。
昨日までとは違う。
カエデ『内部情報、取得しますか?』
シオン『しない』
カエデ『エミリア周辺の状況確認も?』
シオン『本人に任せる』
短く答える。
中は。
エミリア自身が立つ場所だ。
ここで監視を強めれば。
助けることはできる。
失言も。
対立も。
事前に察知できるかもしれない。
だが。
それを始めれば。
もう。
彼女自身の選択ではなくなる。
シオン『異常な生命危機が出た時だけ教えて』
カエデ『了解』
シオン「……それでいい」
王都という場所は。
声の大きな人間が勝つ場所ではない。
立場。
順序。
形式。
それらを間違えた者から。
静かに。
居場所を失っていく。
シオン「こっちの方が戦場より面倒だな」
◆
石畳。
人。
今日も多い。
商人。
見物人。
役人。
騎士の家族らしき者。
王選。
その言葉だけで。
普段なら城へ近づかない人間まで集まっている。
シオン「……」
誰が。
何を期待しているのか。
見る。
単なる興味。
商売。
政治。
候補者への支持。
あるいは。
失敗を期待している者。
シオン「情報量、多いな」
その中。
一つ。
明らかに。
周囲と噛み合わない動きがあった。
シオン「……?」
青年。
身なり。
この場には。
かなり浮いている。
そして。
声。
大きい。
周囲の人間を気にせず。
何かを訴えている。
シオン「……ああ」
理解。
した。
シオン「一番やらかすタイプ」
カエデ『制止しますか?』
シオン「……」
青年を見る。
止めること自体は。
容易。
声を掛ける。
肩を掴む。
理由を説明する。
それだけでも。
結果は変わるかもしれない。
だが。
シオン『しない』
カエデ『理由』
シオン『俺には』
一拍。
シオン『あいつを止める権利がない』
カエデ『危険行動の可能性』
シオン『生命危機なら別』
今は。
違う。
青年自身が。
自分で。
中へ行こうとしている。
そして。
その結果を。
自分で受ける。
それを。
外から来た自分が。
正しい未来を知っているような顔で止める。
シオン「……それは介入しすぎだ」
本人が。
失敗する自由まで。
奪うべきではない。
◆
しばらくして。
城門。
動き。
騎士。
一人。
二人。
配置変更。
シオン「……」
カエデ『内部の感情反応、急上昇』
シオン『生命反応は』
カエデ『正常範囲』
シオン「ならいい」
だが。
空気。
明らかに変わった。
先ほどまで。
張っていただけ。
今。
何かが。
切れた。
シオン「踏んだな」
誰が。
とは。
言わない。
必要もない。
あの青年。
恐らく。
中へ入った。
そして。
何かを言った。
あるいは。
やった。
シオン「……」
目を閉じる。
怒鳴る。
庇う。
挑発する。
そういう。
感情で前へ出る人間は。
大抵。
一歩遅い。
先に。
場が壊れていることへ。
気づけない。
シオン「遅いんだよ」
小さく。
それだけ。
◆
剣の音。
なし。
悲鳴。
なし。
なら。
まだ。
自分の出番ではない。
シオンは。
壁から離れた。
だが。
城門へは。
向かわない。
逆。
少し。
人の少ない場所。
日陰。
シオン「助けるなら」
城を見る。
シオン「外だ」
中で。
誰かを助ければ。
その人物の立場まで。
こちらが引き受けることになる。
騎士。
貴族。
王候補。
それぞれの。
政治的な関係。
そこへ。
正体不明の異世界人が。
割り込む。
最悪。
エミリアまで。
巻き込む。
シオン「剣を抜く場所じゃない」
昨日。
自分で言った言葉。
今も。
変わらない。
◆
やがて。
扉が開いた。
人。
出てくる。
一人。
また一人。
ざわめき。
声。
冷たい。
そして。
視線。
シオン「……」
いた。
あの青年。
肩。
落ちている。
顔。
強張っている。
歯。
食いしばっている。
周囲。
距離を取っている。
シオン「やられたな」
社会的に。
完全に。
場を失っている。
だが。
青年の目。
まだ。
死んでいない。
シオン「……」
むしろ。
それが。
厄介。
まだ。
何か言おうとしている。
何か。
取り返そうとしている。
自分が。
間違っていないと。
証明しようとしている。
シオン「折れてない」
カエデ『接触しますか?』
シオン「……」
数歩。
近づく。
だが。
声は。
かけない。
青年の隣。
少し離れた位置。
同じ石畳。
そこへ。
立つ。
それだけ。
青年「……」
こちらを見る。
シオンは。
見返さない。
説教。
なし。
慰め。
なし。
正論。
なし。
今。
そんなものを渡しても。
届かない。
王都では。
一人で立っているか。
誰かが。
近くにいるか。
それだけでも。
意味が違う。
シオン「……」
青年も。
何も言わなかった。
それでいい。
◆
少し遅れて。
城門。
エミリア。
シオン「……」
歩いてくる。
顔色。
悪くない。
負傷。
なし。
だが。
目。
疲れている。
こちらを見つける。
少しだけ。
息を吐く。
エミリア「……待たせた?」
シオン「いや」
エミリア「中」
言葉を探す。
エミリア「ちょっと……」
シオン「見てた」
エミリア「え?」
シオン「見える範囲だけ」
一拍。
シオン「それで十分だった」
エミリア「……」
視線。
先ほどの青年。
少しだけ。
揺れる。
エミリア「ごめんね」
シオン「何が?」
エミリア「色々」
シオン「謝ることじゃない」
即答。
エミリア「でも」
シオン「ここは」
城を見る。
一度だけ。
シオン「そういう場所だ」
エミリア「……そういう?」
シオン「正しいだけじゃ」
一拍。
シオン「通らない」
エミリア「……」
シオン「順番」
シオン「立場」
シオン「言い方」
歩き出す。
シオン「全部込みで」
シオン「政治なんだろ」
エミリア「シオン」
シオン「俺は苦手だけど」
エミリア「そうは見えない」
シオン「戦闘より嫌い」
エミリア「そこまで?」
シオン「敵が分かりやすいからな」
ほんの少し。
エミリアが笑った。
◆
城から離れる。
人の流れ。
少し。
穏やかになる。
シオン「今日は」
エミリア「?」
シオン「これ以上前に出ない方がいい」
エミリア「……私が?」
シオン「ああ」
エミリア「どうして?」
シオン「今」
一拍。
シオン「何か言われたら」
エミリアを見る。
シオン「冷静に返せる?」
エミリア「……」
答え。
ない。
それが。
答え。
シオン「一回休もう」
エミリア「……うん」
素直。
シオン「理解早いな」
エミリア「だって」
前を見る。
エミリア「今の私が何か言っても」
一拍。
エミリア「たぶん、ちゃんと伝えられない」
シオン「なら正解」
エミリア「シオンは?」
シオン「何が?」
エミリア「怒ってないの?」
シオン「何に?」
エミリア「……色々」
シオン「状況知らないから」
シオン「怒る材料がない」
エミリア「そういう考え方なのね」
シオン「敵味方決めるのも」
歩く。
シオン「後でいい」
◆
夕方。
王都。
朝。
あれだけ張り詰めていた街も。
今は。
平常へ戻っていた。
店。
開いている。
子供。
走る。
馬車。
行き交う。
まるで。
城の中で起きたことなど。
街全体から見れば。
大したことではなかったように。
シオン「……」
だが。
違う。
今日。
一つ。
線が引かれた。
王選。
候補者。
騎士。
あの青年。
エミリア。
それぞれ。
立ち位置が。
少し。
変わった。
カエデ『今後の予測』
シオン『出せる?』
カエデ『情報不足』
シオン「だよな」
それでも。
感覚。
ある。
今日。
起きたことは。
本番ではない。
シオン「前触れ」
もっと。
大きく。
動く。
政治だけでは。
終わらない。
そんな。
嫌な感覚。
シオン「次に壊れる場所」
一拍。
シオン「もう」
何となく。
見えている。
腰。
剣。
まだ。
抜かない。
特殊装備も。
出さない。
敵。
決めない。
それでも。
備える。
それが。
介入班。
シオン「……」
空は。
見上げない。
視線は。
人の高さ。
世界が変わる時。
最初に壊れるのは。
いつも。
空ではなく。
人の足元だ。
シオンは。
王都の流れへ。
静かに。
歩き出した。