異世界介入ログ:最上イズモ   作:最上 イズモ

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屋敷に居場所をつくるまで

意識が浮かび上がる。

 

最初に見えたのは、見覚えのない天井だった。

 

イズモ「……ここは」

 

身体を起こす。

 

腹部に手を当てる。

 

痛みはない。

 

確かにエルザの刃は身体を貫いていたはずだ。

だが傷跡どころか、出血した痕跡さえ残っていない。

 

代わりに目の前へ広がっていたのは、豪奢な寝室だった。

 

彫刻の施された家具。

厚いカーテン。

整えられた寝具。

 

どこを見ても高価そうなのに、人の生活音だけがない。

 

イズモ「……誰もいないか」

 

端末を確認する。

 

カエデとの接続は生きている。

 

生命反応にも異常はない。

 

誘拐されたにしては待遇が良すぎる。

 

イズモ「エミリアたちが運んでくれた……とかか?」

 

答えはない。

 

ベッドから降り、扉へ向かう。

 

イズモ「まあ、外に出れば分かるか」

 

廊下へ出た瞬間、足が止まった。

 

イズモ「……駄々っ広いな」

 

左右へ伸びる長い廊下。

 

窓。

扉。

絵画。

柱。

 

建築としては豪華だ。

 

だが、イズモには別の部分が気になった。

 

イズモ「監視カメラなし。赤外線なし。圧力センサーなし……」

 

そもそも電気配線らしきものすら見当たらない。

 

イズモ「警報装置もないのか」

 

この世界の文明水準を考えれば当然なのかもしれない。

 

だが、それにしても。

 

歩く。

 

扉を通過する。

 

また歩く。

 

しばらくして、イズモの眉が寄った。

 

イズモ「……ん?」

 

さっき見た絵画。

 

同じ柱。

 

同じ窓。

 

足を止める。

 

後ろを見る。

 

イズモ「……ループしてね?」

 

物理的に同じ場所へ戻ってきた感覚はない。

 

だが、明らかにおかしい。

 

イズモ「空間系か」

 

面白くなってきた。

 

恐怖より先に好奇心が勝つ。

 

何度か扉を試す。

 

寝室。

 

物置。

 

空室。

 

そして。

 

一つの扉を開いた瞬間、空気の匂いが変わった。

 

紙。

 

革。

 

古いインク。

 

イズモ「……図書室?」

 

壁一面を埋め尽くす本棚。

 

天井近くまで本が並び、その中央にだけ不釣り合いな小さなベッドが置かれている。

 

そして、その前。

 

幼い少女が腕を組んで立っていた。

 

少女「なんて腹立たしい奴なのかしら」

 

イズモ「?」

 

金色の髪を縦巻きにした少女。

 

見た目だけなら十歳ほど。

 

だが、その目だけは子供のものではない。

 

露骨な警戒。

 

そして――不機嫌。

 

イズモ「えっと……ここ、どこ?」

 

少女「ベティの書庫兼寝室兼私室かしら」

 

イズモ「はぁ」

 

なるほど。

 

完全に不法侵入だったらしい。

 

イズモ「それは悪かった。廊下がループしてたから適当に扉を――」

 

空気が変わった。

 

皮膚が粟立つ。

 

イズモ「……」

 

目には見えない。

 

だが、何かが周囲へ集まっている。

 

少女「勝手に入ってきて、随分と呑気なのよ」

 

イズモ「魔法……か?」

 

少女「ベティも限界かしら」

 

小さな手が持ち上がる。

 

少女「少し思い知らせてやるかしら」

 

イズモ「いや待て。話し合――」

 

少女「動くんじゃねーのよ」

 

次の瞬間。

 

イズモ「――っ!?」

 

身体の内側から何かを強引に引き抜かれた。

 

殴られたわけではない。

 

切られたわけでもない。

 

ATフィールドも反応しない。

 

それなのに、全身から一気に力が抜ける。

 

膝が床についた。

 

イズモ「な……なんだ、これ……」

 

呼吸が浅くなる。

 

肺が空気を取り込んでも、身体が動かない。

 

視界の端が白く染まっていく。

 

イズモ「これは……マジで死ぬ……」

 

少女「体のマナを徴収しただけかしら」

 

イズモ「マナ……?」

 

少女の表情から、わずかに警戒が消える。

 

少女「悪意がないことは確認できたのよ」

 

イズモ「なら……よかった……」

 

床へ倒れながら、かろうじて声を出す。

 

イズモ「フレンドリーファイアは……エグい……」

 

少女「意味の分からないことを――」

 

そこで音が途切れた。

 

 

――声。

 

???「目覚めましたね、姉様」

 

???「目覚めたわね、レム」

 

イズモ「……またマナドレインされたか……」

 

数秒。

 

イズモ「……ねーよ」

 

目を開く。

 

イズモ「って、声が違う?」

 

天井が違う。

 

さっきの図書室ではない。

 

匂いも違う。

 

窓から朝の光が差し込んでいる。

 

イズモ「戻されてね?」

 

横を見る。

 

二人の少女が立っていた。

 

青い髪。

 

赤い髪。

 

同じ顔。

 

そして、揃いのメイド服。

 

イズモ「……メイド?」

 

二人「はい」

 

声まで重なった。

 

イズモ「綺麗にハモったな」

 

青髪の少女が小さく頭を下げる。

 

レム「レムと申します」

 

赤髪の少女も続く。

 

ラム「姉のラムよ」

 

イズモ「最上イズモ。よろしく」

 

扉が開いた。

 

聞き覚えのある声がする。

 

エミリア「おはよう、イズモ」

 

イズモ「エミリア」

 

身体から余計な力が抜けた。

 

イズモ「おはよう」

 

エミリア「体の様子、大丈夫?」

 

イズモ「昨日腹をかっさばかれて、今日は知らない幼女に体の何か吸われたけど……」

 

腕を動かす。

 

痛みはない。

 

イズモ「普通に動く。自分でもびっくりしてる」

 

エミリア「ベアトリスに会ったの?」

 

イズモ「名前それなんだ」

 

エミリアは困ったように笑った。

 

イズモ「でも、本当にありがとう。あの傷、自分だけじゃどうなってたか分からない」

 

エミリア「ううん」

 

静かに首を振る。

 

エミリア「お礼を言うのは私の方よ」

 

イズモ「?」

 

エミリア「徽章を探してくれたことも、エルザと戦ってくれたことも」

 

少しだけ視線を落とす。

 

エミリア「イズモがいなかったら、もっと大変なことになってたと思う」

 

イズモ「結果的に刺されてるけどな」

 

エミリア「もう……」

 

イズモ「まあ、生きてるからよし」

 

 

中庭へ出る。

 

昨日までいた王都とはまるで違う。

 

鳥の声。

 

風に揺れる木々。

 

水の流れる音。

 

イズモ「平和だなぁ……」

 

パック「おはよう、イズモ」

 

白い猫が宙から降りてくる。

 

イズモ「おはよう」

 

パック「おはよう、リア」

 

エミリア「おはよう、パック」

 

パックはイズモの周囲を一周した。

 

パック「僕としても感謝してもしきれないよ。何かお礼をしないとね」

 

イズモ「じゃあ」

 

両手を伸ばす。

 

イズモ「もふもふさせて」

 

エミリア「……そんなんでいいの?」

 

イズモ「生物だけは創れないからな。こういうのは割と貴重」

 

パック「仕方ないなぁ」

 

腕の中へ収まる。

 

イズモ「おお……」

 

想像以上だった。

 

イズモ「すげぇ。ふわっふわ」

 

パック「僕をそんな感想で評価した人は初めてかも」

 

エミリアが笑う。

 

その時だった。

 

レム「エミリア様」

 

ラム「当主、ロズワール様がお戻りになりました」

 

柔らかかった空気が、少しだけ変わる。

 

ラム「大食堂へ」

 

 

大食堂は、イズモの感覚からすると無駄に広かった。

 

長いテーブル。

 

高い天井。

 

何人座れるのか分からないほど椅子が並んでいる。

 

そして、その端。

 

ベアトリス「ミーちゃんー」

 

イズモ「……」

 

昨日、自分から何かを吸い取って気絶させた少女が、パックへ抱きついている。

 

イズモ「……こんなキャラだったか?」

 

エミリア「ベアトリスがパックにべったりなのは珍しくないわよ」

 

イズモ「同士討ちしてくるやつが、あんなだったんだな……」

 

ベアトリス「聞こえてるのよ」

 

イズモ「聞こえるように言った」

 

ベアトリス「本当に腹立たしい奴かしら!」

 

奥から、ゆっくり拍手が聞こえた。

 

ロズワール「おやー。ベアトリスがいるなんて珍しいねぇ」

 

派手な服。

 

化粧。

 

独特すぎる話し方。

 

ロズワール「ひさびーさに、わーたしと食事してくれる気になーったのかな?」

 

イズモ「……」

 

昨日までの情報には存在しなかった種類の人間だった。

 

イズモ「あなたがロズワール?」

 

エミリア「そうよ」

 

男は大げさに両腕を広げる。

 

ロズワール「ロズワール・L・メイザース。よろしく頼もーじゃないか」

 

イズモ「最上イズモ」

 

少し考える。

 

隠しても、いずれ説明が必要になる。

 

イズモ「異世界を転々としてる。しばらくこの世界にいることになりそう」

 

ロズワール「ほぉーう?」

 

視線が鋭くなった。

 

イズモ「あと、物を創る能力がある」

 

ロズワール「それはまた、興味深いねぇ」

 

冷製スープが運ばれてくる。

 

イズモは一口。

 

イズモ「……うま」

 

もう一口。

 

イズモ「サイコーだ」

 

レムの表情が、ほんの少し緩んだ。

 

ロズワール「それはレムのお手製だーよ」

 

イズモ「これレムが作ったの?」

 

レム「はい。当家のお食事は主にレムが担当しております」

 

イズモ「やっぱり、人が作った飯はいいな」

 

ラム「自分で作れると言っていたでしょう」

 

イズモ「創れるのと作るのは別だよ」

 

スプーンを置く。

 

イズモ「料理なんて材料と完成品を解析すれば再現できる。でも、それってコピーだからな」

 

レム「……」

 

イズモ「人がちゃんと作ったものの方が面白い」

 

レム「ありがとうございます」

 

イズモ「ちなみにラムは?」

 

ラム「失礼ね」

 

レム「姉様は掃除と洗濯が得意です」

 

イズモ「なるほど」

 

ラム「レム?」

 

ロズワールが、そのやり取りを面白そうに眺めていた。

 

ロズワール「それにしても、不思議な子だーね」

 

イズモ「よく言われる」

 

ロズワール「ルグニカについて、何も知らないそうじゃーないか」

 

イズモ「来てまだ二日経ってないし」

 

そこで姿勢を少し正す。

 

イズモ「むしろ知りたい。今、この国どうなってる?」

 

ロズワール「今のルグニカに、王はいない」

 

イズモ「いない?」

 

ロズワール「先王がお隠れになった後、流行り病によって王族が途絶えてしまってねぇ」

 

イズモの表情が変わる。

 

イズモ「王家全滅?」

 

ロズワール「そういうことになるねぇ」

 

エミリアは黙って聞いている。

 

ロズワール「現在は賢人会が国を支えながら、新たな王を選ぶ準備をしている」

 

イズモ「選挙?」

 

ロズワール「近いものかもしれないねぇ」

 

イズモ「……」

 

視線が自然とエミリアへ向く。

 

ロズワールが笑う。

 

ロズワール「そして君は、その王選に参加するエミリア様と出会った」

 

イズモ「……まさか」

 

エミリアが静かに頷いた。

 

イズモ「王候補?」

 

エミリア「ええ」

 

懐から、昨日盗まれていた徽章を取り出す。

 

エミリア「私は、次代の王を選ぶ王選の候補者なの」

 

イズモ「これが資格証明?」

 

エミリア「そう」

 

イズモ「……じゃあ」

 

昨日の出来事を思い返す。

 

イズモ「これ盗まれたままだったら、普通にヤバかった?」

 

エミリア「……たぶん」

 

イズモ「よかったぁ……」

 

椅子へ身体を預ける。

 

イズモ「ただの高価なアクセサリーじゃなかったのかよ」

 

エミリア「だから、取り返してくれたことも含めて」

 

真剣な目が向けられる。

 

エミリア「イズモは私にとって、すごく大きな恩人なの」

 

イズモ「そんな大げさな」

 

エミリア「大げさじゃないわ」

 

ロズワール「だから褒美を、と考えているんだーよ」

 

イズモ「褒美?」

 

ロズワール「なんでも望みを言いたまえ」

 

イズモ「何でも?」

 

ロズワール「可能な範囲で、だけどねぇ」

 

ほとんど間を置かなかった。

 

イズモ「じゃあ、二つ」

 

ロズワール「ほう」

 

イズモ「ここで働かせてほしい」

 

沈黙。

 

エミリア「……え?」

 

イズモ「あと、屋敷の改築許可」

 

ロズワール「……」

 

しばらく誰も喋らなかった。

 

ロズワール「そんなんで、いーーーのかい?」

 

イズモ「うん」

 

エミリア「もっと何かないの?」

 

イズモ「ほぼ作れるし」

 

エミリア「そうだった……」

 

イズモは室内を見回した。

 

イズモ「それより、まずセキュリティー」

 

ラム「せきゅりてぃ?」

 

イズモ「防犯」

 

指を折る。

 

イズモ「外から屋敷丸見え。侵入検知ほぼなし。空から来られた場合も無防備」

 

ロズワール「そこまで攻め込める者も、そう多くはないけどねぇ」

 

イズモ「ゼロじゃないなら対策する」

 

昨日、死にかけたばかりだ。

 

イズモ「ベアトリスの部屋みたいな空間系の避難場所はある。でも、屋敷そのものが攻撃されたら意味ない」

 

イズモ「特別な条件がなければ、外部から勝手に入れないくらいにはしたい」

 

ロズワールはイズモをしばらく観察した。

 

ロズワール「面白い」

 

イズモ「許可?」

 

ロズワール「わーかったよ」

 

イズモ「よし」

 

ロズワール「それと、働きたいという話も?」

 

イズモ「ここにいるだけだと暇すぎる」

 

ラム「客人として過ごせばいいでしょう」

 

イズモ「それ一週間やったら多分死ぬ」

 

ラム「大げさね」

 

イズモ「暇で」

 

ラム「そっち?」

 

 

その日の午後。

 

屋敷の案内と同時に、仕事を教わることになった。

 

クローゼットルーム。

 

レム「こちらを」

 

イズモ「服、俺のサイズある?」

 

レム「ありません」

 

イズモ「じゃあ作――」

 

レム「仕立て直します」

 

イズモ「……はい」

 

端末を操作する。

 

イズモ「サイズこれ」

 

数値が表示された。

 

ラム「測る手間が省けたわね、レム」

 

レム「助かります」

 

イズモ「こういうところだけ文明差無視できるの便利だな」

 

屋敷を一周する。

 

厨房。

洗濯場。

客室。

物置。

中庭。

使用人用の区画。

 

ラム「屋敷全体の案内は以上よ」

 

イズモ「ありがとう。質問とか注意事項ある?」

 

ラム「ないわ」

 

一拍。

 

ラム「では早速、仕事に移るわよ」

 

渡された仕事を見る。

 

イズモ「……多いな」

 

ラム「働きたいと言ったのはあなたでしょう?」

 

イズモ「言ったけど初日からフルコースとは思わなかった」

 

 

夜。

 

イズモ「疲れたぁぁぁ……」

 

ベッドへ倒れ込む。

 

兵器を作るより、屋敷の仕事の方が疲れる気がする。

 

理由は簡単だ。

 

創造能力で省略しないと決めたから。

 

ノック。

 

レム「入ってもよろしいですか?」

 

イズモ「いいよー」

 

扉が開く。

 

レムが畳んだ服を抱えていた。

 

レム「失礼します」

 

差し出される。

 

黒を基調としたタキシード。

 

イズモ「……もうできたの?」

 

レム「簡単な仕立て直しですので」

 

イズモ「仕事早っ」

 

袖を通す。

 

肩。

 

腕。

 

腰。

 

どこにも違和感がない。

 

イズモ「手抜きって言う割に、めっちゃ仕上がりいいじゃん」

 

レム「ロズワール様のお召し物なら、さらに丁寧に仕上げます」

 

イズモ「これ以上何するんだ……」

 

ズボンも履く。

 

イズモ「こっちも最高」

 

レム「お気に召したようで何よりです」

 

 

翌日。

 

調理室。

 

包丁を握る。

 

イズモ「……今日はここか」

 

野菜を見る。

 

包丁を見る。

 

もう一度、野菜を見る。

 

イズモ「創造なしで料理するの、四年ぶりくらいかな」

 

ラム「言い訳?」

 

イズモ「事実」

 

皮を剥く。

 

厚い。

 

ラム「下手ね」

 

イズモ「うるさいな」

 

レム「ですが姉様」

 

ラム「何かしら」

 

レム「姉様も昨日、野菜の皮剥きを覚えました」

 

沈黙。

 

イズモ「仲間じゃん」

 

ラム「一緒にしないで」

 

イズモ「すまん」

 

結局、料理だけはしばらく補助扱いになった。

 

掃除。

 

洗濯。

 

荷物運び。

 

簡単な修繕。

 

それらは問題なくこなせた。

 

能力を使えば一瞬で終わる。

 

だが、使わない。

 

この世界で暮らすなら、この世界の生活を知っておきたかった。

 

 

夜。

 

中庭。

 

微精霊の淡い光が、エミリアの周囲を漂っていた。

 

イズモは少し離れた場所へ座り、その様子を眺めている。

 

エミリア「見てても、そんなに面白いものじゃないよ?」

 

イズモ「こっちじゃ珍しいんだよ」

 

淡い光が指先へ集まる。

 

科学ではない。

 

少なくとも、イズモが知る科学体系では説明できない。

 

イズモ「セキュリティーも全然進んでないしなぁ」

 

エミリア「急がなくてもいいんじゃない?」

 

イズモ「まあね」

 

空を見上げる。

 

人工衛星の光もない。

 

飛行機もない。

 

ただ星と月だけが浮かんでいた。

 

イズモ「月、綺麗だな」

 

エミリアの動きが止まる。

 

イズモ「……あ」

 

日本語での別の意味を思い出した。

 

イズモ「間違っても告白の意味じゃなくて、純粋に月が綺麗って意味だから」

 

エミリア「?」

 

イズモ「こっちにはない文化なら忘れて」

 

エミリア「イズモって時々よく分からないこと言うわね」

 

イズモ「よく言われる」

 

しばらく沈黙。

 

不思議と気まずくはない。

 

イズモ「明日さ」

 

エミリア「うん?」

 

イズモ「一緒に村行かない?」

 

エミリア「村?」

 

イズモ「せっかく異世界来たのに、屋敷と王都しか知らない」

 

エミリア「でも、イズモの仕事もあるでしょう?」

 

イズモ「気分転換したい」

 

エミリア「私も勉強が……」

 

イズモ「終わってからでいいよ」

 

少し考えて。

 

エミリア「もう……しょうがないわね」

 

微笑む。

 

エミリア「私の勉強と、イズモの仕事が終わったらね」

 

イズモ「決まり」

 

 

翌日。

 

村での時間は驚くほど穏やかだった。

 

子供たち。

 

畑。

 

家畜。

 

小さな店。

 

イズモにとっては、何もないことそのものが珍しい。

 

だからこそ。

 

違和感は目立った。

 

夜。

 

自室へ戻り、テーブルの飲み物へ手を伸ばす。

 

カエデ「イズモ様」

 

イズモ「ん?」

 

カエデ「それ、飲まないでください」

 

手が止まる。

 

イズモ「……何か入ってる?」

 

カエデ「未知の成分を検出」

 

液体の分析結果が表示される。

 

カエデ「既知の食品成分とは一致しません。毒性、あるいはこの世界固有の魔術的物質である可能性があります」

 

イズモ「今日の村か?」

 

カエデ「経路は特定できません」

 

イズモ「……」

 

昼間。

 

子供。

 

森。

 

村の外。

 

頭の中で情報が繋がる。

 

その瞬間。

 

屋敷外周の簡易センサーが反応した。

 

複数。

 

いや。

 

イズモ「多いな」

 

窓を開ける。

 

遠く。

 

村の方向。

 

カエデ「生体反応多数。既知の動物データと一致しません」

 

イズモ「魔獣?」

 

カエデ「可能性が高いです」

 

椅子から立ち上がる。

 

イズモ「カエデ、村へ先行」

 

通信機を渡す。

 

イズモ「これをエミリアに」

 

カエデ「了解」

 

イズモ「村人は避難。戦える人間以外は森から離して」

 

カエデ「イズモ様は?」

 

光が掌へ集まる。

 

ショットガン。

 

イズモ「原因見てくる」

 

 

森へ入って数分。

 

唸り声。

 

イズモ「……いた」

 

角の生えた犬。

 

大きさはドーベルマンほど。

 

一匹。

 

二匹。

 

木々の隙間から次々に現れる。

 

イズモ「普通の犬じゃないな」

 

一匹が飛びかかる。

 

ATフィールド。

 

衝撃。

 

イズモ「魔獣か」

 

さらに十。

 

二十。

 

暗闇の中、目だけが光っている。

 

イズモ「……数多いって」

 

ショットガンを構える。

 

イズモ「来い」

 

銃声。

 

一匹。

 

二匹。

 

近距離へ入った個体だけを確実に撃ち落とす。

 

だが、減らない。

 

イズモ「まだ来るか!」

 

武器を切り替える。

 

パルスキャノン。

 

森を焼かないよう出力を落とす。

 

光が走る。

 

木々の間を抜け、魔獣だけを吹き飛ばす。

 

カエデ『村人の避難、完了しました』

 

イズモ「エミリアは?」

 

カエデ『無事です』

 

イズモ「了解」

 

五十匹近い反応。

 

一つずつ消えていく。

 

やがて。

 

静かになった。

 

イズモ「……終わり?」

 

センサーを見る。

 

違う。

 

森の奥。

 

一つだけ。

 

先ほどまでとは比較にならない反応が残っている。

 

イズモ「ボスは、この中か」

 

奥へ進む。

 

枝が折れる。

 

地面が揺れた。

 

イズモ「……来る」

 

黒い影。

 

小さい。

 

最初はそう見えた。

 

次の瞬間。

 

身体が吹き飛んだ。

 

イズモ「っ――!」

 

地面を転がる。

 

ATフィールドを展開していた。

 

それでも衝撃を殺しきれない。

 

イズモ「小さいが……強い」

 

立ち上がる。

 

魔獣が唸る。

 

光が集まる。

 

長大な砲身。

 

イズモ「なら――」

 

ポジトロンライフル。

 

引き金。

 

夜の森を、光が切り裂いた。

 

直撃。

 

だが。

 

煙の向こうで何かが膨張する。

 

イズモ「……は?」

 

肉体が変形する。

 

巨大化。

 

先ほどとは比較にならない巨体が、木々を押し倒しながら姿を現した。

 

イズモ「なんだよ。第二形態ありか」

 

口元が、わずかに上がった。

 

イズモ「やっぱりボスは、こうでなくては」

 

ライフルを消す。

 

代わりに。

 

高周波ブレード。

 

刃が青白く振動する。

 

巨大な魔獣が跳ぶ。

 

イズモも踏み込む。

 

一瞬。

 

光が交差した。

 

巨体が地面へ落ちる。

 

遅れて、背後の木々が風圧で揺れた。

 

イズモ「……」

 

ブレードを振り、停止させる。

 

森に静寂が戻る。

 

イズモ「さて」

 

周囲を見る。

 

倒れた魔獣。

 

荒れた地面。

 

そして遠くに見える村の灯り。

 

イズモ「これ、説明どうしようか」

 

カエデ『その前に、治療を推奨します』

 

イズモ「怪我してる?」

 

カエデ『しています』

 

イズモ「……マジ?」

 

カエデ『マジです』

 

イズモ「帰るか」

 

夜の森を抜けながら。

 

イズモはまだ知らなかった。

 

この世界で起きている異変が、ただ魔獣を倒せば終わるようなものではないことを。

 

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