イズモ「ここは……」
豪奢な装飾が施された内装の寝室。
だがまるで時間だけが取り残されたような空間だった。
イズモ「誰もいないか」
警戒しながらも、好奇心が勝つ。
部屋を出るために彼は一歩、また一歩と奥へ進む。
イズモ「外に出てみるか」
長い廊下に出た瞬間、その広さに思わず眉を上げた。
イズモ「駄々っ広いな」
視線を走査するが、罠も警報装置も見当たらない。
イズモ「警報装置もないのか」
足を進めるたび、同じ景色が繰り返されている気がした。
イズモ「……ループしてね?」
慎重に扉を一つ開く。
イズモ「入るか」
そこは図書室だった。
壁一面に本が並び、中央には小さなベッド。
そして――十歳ほどの少女が、腕を組んで立っていた。
少女「なんてはらだだしい奴なのかしら」
イズモ「?」
視線が合う。
少女の瞳は鋭く、明確な拒絶と警戒を宿していた。
イズモ「つうか、ここは?」
少女「ベティの書庫兼寝室兼私室かしら」
イズモ「はぁ」
少女の周囲で、空気が歪む。
魔力の流れが肌を刺すように伝わってくる。
少女「ベティも限界かしら。思いしらせてやるかしら」
少女「動くんじゃねー」
次の瞬間、全身を貫く激痛が走った。
肺が潰れ、視界が白く染まる。
イズモ「これは……マジで死ぬ……」
少女「体のマナを徴収しただけかしら」
少女「悪意がないのを確かめられたのよ」
イズモ「ならよかった……フレンドリーファイアはエグい……」
意識が途切れる。
――。
イズモ「はー……」
???「目覚めましたね、姉様」
???「目覚めたわね、レム」
イズモ「またマナドレインされたか……ねーよ……」
違和感に気づき、目を開ける。
イズモ「……って、声が違う?」
天井が違う。
部屋も、匂いも、空気も。
イズモ「戻されてね?」
視線を向けると、そこには二人のメイドが立っていた。
イズモ「……メイド?」
レムラム「はい」
イズモ「俺は最上イズモ。よろしく」
柔らかな声が重なる。
エミリア「おはよう、イズモ」
イズモ「エミリア、おはよう」
彼女の顔を見て、ようやく緊張が解けた。
エミリア「体の様子は大丈夫?」
イズモ「さっき同士討ちにあったり、昨日は腹かっさばかれたのに、すぐ治ってビックリだけどね」
イズモ「本当にありがとう。君の治癒がなかったら死んでた」
エミリアは少し困ったように微笑む。
エミリア「ううん。お礼を言うのは私の方」
エミリア「腸狩りの時や、貴章を取り戻そうとしてくれたり」
エミリア「怪我の治療なんて当たり前だよ」
中庭に出ると、柔らかな日差しが差し込んでいた。
パック「おはよう、イズモ」
イズモ「おはよう」
パック「おはよう、リア。イズモには感謝してもしきれないや。何かお礼しないとね」
イズモ「もふもふさせてー」
エミリア「そんなんでいいの?」
イズモ「生物作れない分、珍しいからね」
パックの毛並みは想像以上に柔らかかった。
レムラム「エミリア様。当主ロズワール様がお戻りになりました。どうかお屋敷へ」
大食堂に通されると、空気が一変した。
少女「ミーちゃんー」
イズモ「……こんなキャラだったか?」
エミリア「メアトリスがパックにべったりなんて」
イズモ「同士討ちするやつが、あんなだったんだな」
派手な服装の男が両手を広げる。
ロズワール「おやー。ベアトリスがいるなんて珍しい」
ロズワール「ひさびーさに、わーたしと食事してくれる気になーたのかな」
イズモ「あなたがロズワール?」
エミリア「そうよ」
ロズワール「よろしく。たのもーじゃないか」
イズモ「俺は最上イズモ。異世界を旅してるけど、しばらくはこの世界かな」
イズモ「ついでに言えば、創造能力持ってる」
運ばれてきた冷製スープを口にする。
イズモ「サイコーだ」
ロズワール「こう見えて、レムのちょっとしたものだよ」
イズモ「やっぱり、自分が創造したのより人が作ったもんがいいな」
イズモ「レムが作ったの?」
レム「はい。お客様。当家の食卓はレムが受けたまっております」
レム「姉様は料理が得意ではないので」
イズモ「親切に教えてくれてありがとう」
イズモ「じゃあラムの仕事は?」
レム「姉様は掃除と洗濯が得意です」
ロズワールは面白そうに目を細めた。
ロズワール「ホントにふしぎだーね、君」
ロズワール「ルグニカ王国の状況、なんにもしらなーいなんて」
イズモ「異世界転生してきて、まだ二日もたってない」
イズモ「国の状況はどんな感じ?」
ロズワール「今のルグニカは王が不在」
ロズワール「王がお隠れになってから流行り病が発症してねー」
ロズワール「王家は根絶やし。現状運営は賢人会」
ロズワール「新しい王の選出に向けて動いてるところなーの」
ロズワール「さーらに、エミリア様に接触し、メイザース家と関係を持った」
イズモ「……もしかして、エミリア」
イズモ「王候補?」
エミリア「ええ」
エミリア「今の私の肩書きは、四十二代目王候補の一人」
エミリア「ロズワール教伯の後ろ盾でね」
イズモ「やはり」
エミリア「驚かせてごめんね。黙ってて」
彼女は貴章を見せた。
イズモ「まさか、これって……」
エミリア「そう。王政参加者の資格」
イズモ「なかったら、やばくない?」
イズモ「よかった。俺がいなかったら、王候補から外れてたな」
エミリアは真剣な目で彼を見る。
エミリア「私にとって、すごく恩人」
エミリア「何でも言って」
ロズワール「褒美は思いのままさー」
ロズワール「なんでも望みをいいたまえ」
イズモ「就労と、ここの改築の許可を」
ロズワール「そんなんで、いーーーのかい」
イズモ「まずセキュリティー」
イズモ「ステルス皆無な屋敷」
イズモ「緊急避難はメアトリスの部屋でいいとしても、砲撃にあえば終わり」
イズモ「だから、特別な条件がない限り、外部侵入を不可にしたい」
ロズワール「わかーたよ」
イズモ「あと、ここにいるだけだと暇すぎる」
イズモ「就労させてくれ」
クローゼットルーム。
イズモ「多分、服はないと思うから作るよ」
レム「いえ。タキシードを仕立て直します、イズモ君」
イズモ「わかった。よろしく」
イズモ「サイズはこれ」
サイズ表を渡す。
ラム「測る手間が省けたわね、レム」
ラムの案内で屋敷を回る。
ラム「屋敷全体の案内はここで終わり」
イズモ「ありがとう。質問、意見はない?」
ラム「そう」
ラム「早速仕事に移るわ」
仕事量を見て、イズモは軽く息を吐いた。
イズモ「多いな」
夜、自室。
イズモ「疲れたーーー」
ノック音。
レム「入っていいですか」
イズモ「いいけど?」
レム「失礼します」
タキシードを差し出される。
イズモ「仕事が早い」
レム「ロズワール様なら丁寧さ重視ですが、イズモ君のなので」
イズモ「細かい所は直すからいいよ」
上着を羽織る。
イズモ「手抜きって言う割に、めっちゃ仕上がりいいじゃん」
イズモ「ズボンも最高」
翌日、調理室。
イズモ「今日はここか」
イズモ「創造なしで作るの、四年ぶりかな」
感覚を取り戻すのに時間がかかる。
ラム「イズモ君は全然だめね」
レム「しかし姉様、野菜の皮剥きも覚えました」
イズモ「すまんね、できなくて」
料理以外の家事は一通りこなした。
夜。
中庭。
エミリアと二人きり。
彼女は微精霊を呼び出していた。
エミリア「見てても、面白いものじゃないよ」
イズモ「セキュリティー、全然進んでないな」
イズモ「月、きれいだな」
イズモ「間違っても告白の意味じゃなくて、純粋に」
エミリア「……欲無さすぎない?」
イズモ「ほぼ作れるし」
イズモ「何もない方が新鮮なんだよ」
イズモ「明日、一緒に村に行かない?」
エミリア「でも、イズモに迷惑かかるし」
イズモ「俺が気分転換したい」
エミリア「もう……しょうがないわね」
エミリア「私の勉強と、イズモの仕事が終わったらね」
寝室。
カエデ「それ、飲まないで」
イズモ「まさか……」
カエデ「未知の毒です」
イズモ「みんなを避難させて」
イズモ「あと、これをエミリアに」
マイクロヘッドセットを渡す。
カエデ「わかりました」
直後、角の生えたドーベルマンクラスの魔獣が襲いかかる。
イズモ「魔獣か」
イズモ「ガトでキル」
次々と現れる影。
イズモ「まだ来るか」
五十匹近い魔獣を、ショットガンとパルスキャノンで薙ぎ払う。
村外れの森。
イズモ「ボスは、この中か」
木々の奥から、異様な気配。
イズモ「こいつがボスだな」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
イズモ「小さいが……強い」
ポジトロンライフルを撃つ。
魔獣は巨大化する。
イズモ「やっぱり、ボスはこうでなくては」
高周波ブレードが閃き、夜の森に静寂が戻った。