王都へ戻る街道。
竜車の窓から流れる景色を眺めながら、イズモは何度目か分からない確認を繰り返していた。
白鯨。
魔女教。
ペテルギウス。
どれも倒した。
村人も避難させた。
エミリアも無事。
今回は、前回とは違う。
そう思いたい。
それでも。
胸の奥に残った違和感だけが消えなかった。
イズモ「……レム、どうしてるかな」
エミリア「?」
イズモ「別動隊で王都に向かっただろ」
窓の外を見る。
イズモ「無事に着いてるかな」
エミリア「レムって……誰?」
イズモ「……」
音が消えた。
車輪が地面を叩く音も。
風も。
周囲の会話も。
一瞬だけ、何も聞こえなくなる。
イズモ「……何?」
エミリア「だから、レムって誰のこと?」
冗談ではない。
エミリアの表情には、本当に何の心当たりもない。
イズモ「青い髪の」
エミリア「?」
イズモ「ラムの妹」
エミリア「ラムに妹なんていた?」
イズモ「……くそ」
胸の奥が、一気に冷えた。
前回とは違う。
だが。
何かが起きた。
エミリア「イズモ?」
イズモ「間違いない」
端末を開く。
通信。
レム。
応答なし。
位置情報。
消えている。
過去ログ。
存在していた痕跡まで、いくつか欠けている。
イズモ「敵の仕業だ」
エミリア「敵?」
イズモ「魔女教」
拳を握る。
イズモ「まだ終わってなかった」
◆
王都へ入った瞬間。
異変は誰にでも分かった。
イズモ「……」
道の中央。
倒れた人。
馬車。
騎士。
折れた武器。
血。
まだ乾いていない。
エミリア「これは……」
イズモ「止めろ!」
竜車が停止するより先に飛び降りた。
走る。
生命反応。
ある。
ない。
弱い。
イズモ「レム!」
視界の端。
青。
イズモ「いた!」
倒れている。
駆け寄る。
イズモ「レム!」
返事はない。
肩を抱き起こす。
呼吸。
浅い。
首元。
指を当てる。
イズモ「……」
一拍。
イズモ「脈はある」
息が漏れた。
生きている。
だが。
イズモ「レム」
反応なし。
目を開かない。
外傷だけでは説明できない。
イズモ「存在を……消された?」
エミリア「その子がレム?」
イズモ「ああ」
エミリア「でも私、本当に……」
イズモ「分かってる」
責める意味はない。
エミリアが忘れたのではない。
忘れさせられた。
周囲を見る。
少し離れた場所。
鎧を着た女性が座り込んでいる。
イズモ「クリュシュ?」
女性が顔を上げる。
クリュシュ「……」
その目。
先日までの鋭さがない。
クリュシュ「あなたは?」
イズモ「……」
今度は。
本人自身が失われている。
イズモ「最上イズモ」
クリュシュ「申し訳ない」
困惑。
クリュシュ「記憶がないようなのだ」
イズモ「記憶喪失……」
だが。
レムとは違う。
レムは、周囲から存在そのものを忘れられている。
クリュシュは本人の記憶だけが消えている。
イズモ「いや」
周囲の状況を見る。
イズモ「記憶を食われた……?」
エミリア「食われた?」
イズモ「表現は分からない」
イズモ「でも、精神か記憶へ直接干渉した奴がいる」
視線が鋭くなる。
イズモ「こんなことする連中、魔女教以外に心当たりない」
レムを見る。
何度呼んでも。
反応はない。
そして。
気づいた。
視界がぼやけている。
イズモ「……?」
目元へ触れる。
濡れている。
イズモ「……待って」
一滴。
レムの頬へ落ちる。
イズモ「なんで……」
エミリア「イズモ?」
イズモ「涙……?」
自分でも理解できなかった。
悲しい。
怖い。
腹が立つ。
それは分かる。
だが。
今まで。
戦場で仲間を失っても。
誰かが倒れても。
泣くことだけは、ほとんどなかった。
イズモ「俺……」
声が震える。
イズモ「人のために泣けたんだな」
エミリアは何も言わなかった。
ただ。
イズモの肩へ、静かに手を置いた。
◆
翌日。
王都。
イズモ「最低限、状態は安定した」
生命維持装置。
レムを固定する。
意識は戻らない。
それでも。
生きている。
クリュシュも治療を続けることになった。
イズモ「また来る」
クリュシュ「……ああ」
まだイズモのことは分からない。
それでも、クリュシュは小さく頭を下げる。
クリュシュ「では、また今度」
イズモ「うん」
外へ出る。
イズモ「次はロズワールだ」
エミリア「何か知ってると思う?」
イズモ「魔法絡みなら、俺より詳しい」
イズモ「援護も欲しい」
VTOLへレムを収容。
イズモ「ロズワール邸に戻る」
◆
屋敷の前。
着陸。
ハッチを開ける。
イズモ「……?」
見覚えのない女性が立っていた。
長い金髪。
メイド服。
だが。
イズモには。
妙な既視感があった。
イズモ「……本来ここにいた人?」
女性「?」
イズモ「いや」
記憶を辿る。
自分がこの世界へ来た時。
屋敷にいたのは。
レム。
ラム。
それだけ。
だが。
レムの存在が世界から抜け落ちたことで。
空いた役割を埋めるために。
別の人物が戻ってきた?
イズモ「なるほど」
女性「何がでしょう?」
イズモ「パラドックスを埋めるために呼び戻されたか」
女性「……?」
カエデ「敵対反応ありません」
イズモ「ありがとう」
女性は丁寧に頭を下げる。
フレデリカ「フレデリカ・バウマンと申します」
イズモ「最上イズモ」
フレデリカ「存じております」
イズモ「俺は知らない」
フレデリカ「でしょうね」
イズモ「なんか複雑だな」
◆
屋敷内。
レムを寝室へ移す。
フレデリカにも事情を説明した。
エミリアからレムの記憶が消えていること。
レム自身が目を覚まさないこと。
クリュシュの記憶も失われていること。
フレデリカ「なるほど……」
眠るレムを見る。
フレデリカ「魔女教が、彼女の存在意義そのものへ干渉した結果」
フレデリカ「世界がその欠落を補うため、私が呼び戻された……と?」
イズモ「仮説だけどね」
フレデリカ「随分と突飛ですわ」
イズモ「異世界転移してる俺が言うのもなんだけど、俺もそう思う」
フレデリカ「ですが」
レムへ視線を戻す。
フレデリカ「今の状況を説明する仮説としては、理解できます」
イズモ「この芸当できる連中、他に知らないんだよな」
少し考える。
イズモ「フレデリカ」
フレデリカ「はい」
イズモ「聖域って場所、知ってる?」
フレデリカの表情がわずかに変わった。
フレデリカ「……どこでその名を?」
イズモ「ロズワールが行きそうな場所を洗った」
半分は推測。
半分は、前回の時間から得た違和感。
フレデリカ「郊外にございます」
イズモ「案内できる?」
フレデリカ「途中までなら」
一拍。
フレデリカ「あまりおすすめはいたしません」
イズモ「なんで?」
フレデリカ「閉鎖的な場所です」
イズモ「なるほど」
フレデリカ「ガーフィールという人物を訪ねてください」
イズモ「ガーフィール」
フレデリカ「その先は、地竜が導いてくれます」
イズモ「了解」
◆
森。
地竜。
イズモ。
エミリア。
カエデ。
木々の間を進む。
イズモ「この辺、衛星でも見づらいな」
カエデ「空間異常があります」
イズモ「やっぱり?」
カエデ「地形データが一致しません」
イズモ「結界系かな」
その瞬間。
景色が揺れた。
イズモ「っ」
重力。
方向。
距離。
全部がおかしくなる。
イズモ「空間転移――」
次の瞬間。
森が消えた。
◆
目の前。
小柄な少女。
銀色に近い髪。
長い耳。
イズモ「……」
小学生ほどに見える。
少女はこちらを見る。
イズモ「君は……?」
カエデ「イズモ」
声が硬い。
カエデ「やばいです」
イズモ「分かる」
空間がおかしい。
現実の物理情報と。
目の前の景色が一致しない。
少女へ近づこうとした。
その瞬間。
再び。
世界が跳ねた。
◆
白。
空。
地面。
境界が曖昧な空間。
イズモ「……」
先ほどの少女はいない。
代わりに。
成人した女性。
白い髪。
黒い瞳。
白と黒だけで構成されたような姿。
女性「驚かせてごめんなさい」
イズモ「……」
女性「久しぶりに人間と話すものだから」
柔らかく笑う。
女性「少し高ぶってしまったみたいね」
イズモ「誰?」
女性「私はエキドナ」
イズモ「……」
知っている単語。
女性「強欲の魔女」
笑みを深くする。
エキドナ「そう言った方が分かりやすいかな?」
イズモ「魔女」
即座に距離を取る。
掌。
創造――
何も起きない。
イズモ「……?」
もう一度。
反応なし。
イズモ「創造が使えない」
エキドナ「ここでは、少し制限させてもらっているよ」
イズモ「お前が元凶か」
エキドナ「いきなり随分な言われようだね」
イズモ「魔女教」
エキドナ「?」
イズモ「あいつら、魔女を崇拝してる」
イズモ「お前がトップなら何とかしろ」
エキドナ「待って」
イズモ「レムもクリュシュもやられた」
エキドナ「僕は魔女教の――」
イズモ「まあ」
目を細める。
イズモ「お前らが敵ならまとめて潰すけど」
エキドナ「会話というものをしないかい?」
イズモ「してる」
エキドナ「一方的に宣戦布告されているように感じるけど」
イズモ「誤差」
エキドナ「誤差かなぁ」
周囲を見る。
空間。
物質的な反応がほとんどない。
イズモ「ここ」
足元を確かめる。
イズモ「虚数空間に近いな」
エキドナ「虚数?」
イズモ「現実空間の外側みたいなもん」
イズモ「で」
指を折る。
イズモ「帰る方法」
エキドナ「話を聞く気になった?」
イズモ「波動砲」
エキドナ「?」
イズモ「エヴァ暴走」
エキドナ「??」
イズモ「それか」
エキドナを見る。
イズモ「この空間の創造主っぽいお前にキス」
エキドナ「待ちなさい」
イズモ「どれ?」
エキドナ「どれでもない」
イズモ「そっか」
エキドナ「君、もう少し未知への恐怖というものはないのかな」
イズモ「あるよ」
エキドナ「全くそう見えない」
イズモ「慣れた」
エキドナ「……」
エキドナが小さくため息をつく。
エキドナ「まあいい」
椅子。
テーブル。
茶。
何もなかった場所へ突然現れる。
エキドナ「僕には膨大な知識がある」
イズモ「うん」
エキドナ「この世界について知りたいなら――」
イズモ「間に合ってる」
エキドナ「……」
イズモ「AIあるし」
エキドナ「僕の知識を断った人は初めてだよ」
イズモ「必要になったら聞く」
エキドナ「欲がないね」
イズモ「欲しいものは自分で調べる方が楽しい」
エキドナ「なるほど」
少し。
興味深そうに笑う。
イズモ「暇なんだろ?」
エキドナ「まあね」
イズモ「なら今度、話せる空間くらい作ってやるよ」
エキドナ「君が?」
イズモ「俺の世界なら」
エキドナ「面白い」
イズモ「また来る」
エキドナ「では、一つ条件を」
イズモ「何?」
エキドナ「ここで僕と会ったことは、他言無用」
イズモ「理由は?」
エキドナ「面倒だから」
イズモ「分かる」
エキドナ「随分早く納得したね」
イズモ「俺も秘密多いし」
エキドナ「なら契約成立だ」
イズモ「ただ」
エキドナ「?」
イズモ「パラレルワールドで必要になったら情報使うかも」
エキドナ「僕に分かるのは、この世界のことだけだ」
イズモ「なら問題ない」
エキドナ「よろしい」
手を伸ばす。
光。
小さな何かがイズモの中へ入る。
イズモ「何した?」
エキドナ「お土産」
イズモ「お土産?」
エキドナ「試練への参加資格」
イズモ「試練?」
エキドナ「いずれ分かる」
イズモ「ありがと」
エキドナ「そこも警戒しないんだ」
イズモ「害ある?」
エキドナ「今のところは」
イズモ「じゃあいい」
エキドナ「本当に変わっているね、君」
世界が白く染まる。
◆
イズモ「――っ」
森。
戻った。
同時に。
巨大な影。
イズモ「うおっ!?」
反射的に避ける。
地面。
何かが砕ける。
イズモ「敵!?」
獣のような男がこちらを睨んでいる。
???「てめぇ、何者だ!」
イズモ「最上イズモ!」
カエデ「攻撃準備」
イズモ「待って!」
エミリア「イズモ!」
こちらへ駆けてくる。
獣の男が止まる。
エミリア「その人、私たちの仲間!」
???「……」
イズモ「……」
数秒。
男が。
ものすごく気まずそうな顔をした。
???「悪かった」
イズモ「謝るの早いな」
深々と頭を下げる。
イズモ「まあ、こっちも侵入者みたいなもんだからいいけど」
どうやら。
この男がガーフィールらしい。
◆
聖域。
ようやく到着した頃には。
かなり時間が経っていた。
ラム「遅い」
開口一番。
イズモ「ただいま」
ラム「どこのイズモか知りませんが、遅すぎる到着ね」
イズモ「王都で色々あったんだよ」
ラム「言い訳?」
イズモ「事実」
エミリア「まあまあ」
二人の間へ入る。
エミリア「立ち話もなんだし、どこかで話しましょ」
ラム「ええ」
視線だけイズモへ向ける。
ラム「こちら」
イズモ「はいはい」
◆
簡素な建物。
中。
ロズワール。
イズモ「……」
ボロボロ。
包帯。
イズモ「何したの?」
ロズワール「色々あってねぇ」
エミリア「ロズワール」
ロズワール「エミリア様にイズモ君」
少し笑う。
ロズワール「ずいぶん久しぶりの再会だーね」
イズモ「こっちは白鯨倒して魔女教潰して、王都が襲撃されてた」
ロズワール「……」
イズモ「まず」
座る。
イズモ「クリュシュとの同盟は成立した」
エミリア「本当?」
イズモ「ああ」
イズモ「白鯨討伐も共同でやった」
ロズワール「それは素晴らしい」
イズモ「よかったな」
ロズワールの目が細くなる。
ロズワール「君は本当に」
楽しそうに。
ロズワール「待望の拾い物だーよ」
イズモ「そうかい」
褒められているのか。
利用価値を測られているのか。
多分両方。
ロズワール「ああ、そうそう」
イズモ「?」
ロズワール「僕たち」
笑顔のまま。
ロズワール「ここから出られないんだーよ」
イズモ「……は?」
エミリア「結界があるの」
イズモ「軟禁?」
ロズワール「そんなところかなぁ」
イズモ「解除は?」
ロズワール「エミリア様」
イズモ「だけ?」
ロズワール「だけ」
イズモ「面倒だな」
エミリア「試練を突破する必要があるみたい」
イズモ「なるほど」
考える。
イズモ「じゃあ」
手を上げる。
光。
ラム「何を作る気?」
イズモ「汎用性高いやつ」
機械。
人型。
装甲。
対人用マスティマ。
イズモ「警備と非常時対応」
ラム「また物騒なものを」
イズモ「今回は先に用意する」
前回。
備えが足りなかった。
その結果を知っている。
もう。
後手には回りたくない。
◆
夜。
試練が行われるという遺跡。
エミリアと並んで進む。
イズモ「大丈夫?」
エミリア「うん」
イズモ「無理なら戻る」
エミリア「……ありがとう」
内部。
青白い光。
静寂。
エミリアが一歩前へ進む。
その瞬間。
イズモ「エミリア?」
姿が消えた。
イズモ「おい!」
走る。
イズモ「エミリア!」
通路。
奥。
光。
その先。
倒れている。
イズモ「エミリア!」
駆け寄る。
呼吸。
ある。
イズモ「何が――」
触れた瞬間。
頭の奥。
強い衝撃。
イズモ「っ……」
世界が暗転した。
◆
音。
機械。
空調。
電子機器。
イズモ「……」
目を開く。
白い天井。
見覚えがある。
ありすぎる。
イズモ「……は?」
身体を起こす。
モニター。
研究設備。
自動ドア。
窓の向こう。
都市。
イズモ「ここ……」
聖域ではない。
ルグニカでもない。
イズモ「クデュック……?」
戻ってきた。
自分の世界へ。