あれから後、みんなの俺に対する態度は変わらなかった。いつものような日常、軽く会話したり、たまに西崎と将棋をしたり、機関科のマロンと一緒に機械いじり、ミーナさんや幸子さんに仁義切りについて質問されたりとしたりと、いつもの日常だった
時刻は既に午前零時を過ぎていた。
ある日の夜、守の部屋にましろがやってきて、彼に『一緒に寝よう』と誘ってきた。最初は驚いたが、小さい頃はいつも一緒に寝ることがあったため違和感というか気にはしなかった
一つの布団の上で守とましろが横になっているが、両者は未だ眠っていない。
「‥‥ね、姉さん‥起きている?」
「あ、ああ‥‥」
「‥その‥眠れないの?」
「ああ‥‥守も眠れないのか?」
「うん‥‥」
「そうか‥‥それなら、守」
「ん?」
「その‥‥守の世界の事‥‥話してくれるか?」
晴風でましろと再会した時、二人は9年分ぶりの会話を楽しんだが、6年という歳月を互いに語りつくすのは時間がかかり、あの時は全て語るには時間が足りなかった。そしてましろは彼が戦争に従軍していたことは昨日聞いたが大まかな説明だけで詳しくは聞いていなかった
そして守は、今ここで話すのも眠るまでの暇つぶしになると思い話すことにした
「‥‥それなら、ちょっと変わった体験をした話をしようかな?」
「えっ?変わった体験?」
「うん‥‥あれは俺がまだラバウルにいたころ。戦争が続くある夏の日の事だった‥‥俺達はいつもの飛行訓練を兼ねたパトロールに出ていた。新人を教育するという名目もあって、俺たちはラバウルからブーゲンビルまで飛んで、周囲の海域を警戒しながら飛んでいた。俺の横を林原の奴が飛んでいた。彼は訓練校時代からの友人で、数日前に婚約をしたばかりだったよ」
「えっ?婚約!?」
守の訓練校時代の友人が婚約したときいてましろは驚く。守の訓練校時代の友人ということは年齢も守と同年代の筈‥‥
自分よりも年下の男子がまさか婚約をするなんて‥‥
「ま、守も前の世界に婚約者が居たのか?」
「いや、俺には婚約者は居なかったけど、戦争の影響で若いうちに結婚や婚約をする人が増えていた。林原もそのうちの一人だったんだ‥‥でも、休暇が足りなくてその足で戦場へとんぼ返りしたんだ」
守の脳裏にはあの日のことが鮮明によみがえった。あの頃俺は、負傷し、本土に戻された疾風中尉と、一時的に行方不明になった杉さんの代わりに一小隊を任されていた。そして当時乗っていた52型甲に乗り編隊を組んで飛行していた。この空域はまだ敵がいる可能性のある場であり、敵の本拠地であるポートモレスビーに比較的近い位置にあったからだ。すると、雲の切れ間から複数の航空機が姿を現した。
「前方に機影を確認!!」
「識別を急げ!!」
雲の切れ間から現れた航空機には鍵十字が付けられていた
「敵機識別確認!機種メッサーシュミットのBf109G6。国籍はハーケンクロイツ!ナチスです!!」
「クッソ!奴らめ奇襲をかけてきやがった!」
「もぐりこまれた!ダイブして突っ込んでくるぞ!!」
突然の奇襲だった。穏やかな空から一変して戦場へと変わる。既に捕捉されているからには戦闘は避けることは出来ない。
「増槽捨てろ!敵と交戦する!!」
当時、臨時小隊長だった俺は無線でそう叫び増槽を捨てると他の機体も増槽を捨てて敵と交戦した
南太平洋の上空で日本の零戦とドイツのBf109のドックファイトが開始された。
しかし、もともとは訓練を目的としたパトロールだったので、日本側の零戦の数は少なく、またパイロットの中には飛行時間が少ないパイロットが居り、あっという間にBf109の餌食になる零戦が出始め、そして旋回性の良い零戦に背後を取られ撃ち落とされるメッサーシュミットも出始めた。
その光景は地獄絵図だった
「クッソ!格闘戦に持ち込めば零戦は無敵なのに奴さんそれに乗ってこない!!」
零戦パイロットの一人が言う中、敵は
『ゼロと格闘戦はするな!こっちは天下の一撃離脱戦法を徹底せよ!格闘性能の良い日本機と取っ組み合いをする必要はない!!』
敵の隊長らしきパイロットが無線で指示を出す。bf109は格闘戦に向いておらず、むしろ一撃離脱に向いた機体。速度も零戦より上だった。
だが、零戦もただやられているわけにはいかず、得意の格闘戦に持ち込み敵を撃ち落としていた
「クッソ!ラバウル航空隊をなめるな!ナチ野郎めっ!!」
「林原!!後ろだ!!二機尾いて来る!!機を横滑りさせて逃げろ!!‥‥っ!?くっ、正面から‥‥」
守は操縦桿を目一杯引き、機首を上げて正面衝突を避ける。しかし、その間に林原機は被弾し墜ちていく。
「林原!!急降下をかけて消火しろ!!林原!!」
守がそう叫ぶが林原機は黒煙と火を噴きながら雲の中へと吸い込まれていった
「‥‥る‥‥まも‥‥る‥‥守」
「っ!?」
「大丈夫か?やはり、お前にとって前の世界は‥‥」
「大丈夫だよ‥‥続きを話すね」
「あ、ああ‥‥」
「大混戦で周り中、敵も味方もまるで羽虫のように墜ちて行った。俺は手練れの3機に追い回されて仲間に気を配る暇もなかった。そのうちに味方は俺だけになってしまった。それでも奴らは追いかけてくるから死に物狂いで逃げ回ったよ。手も足もしびれて来て目までくらんでもうダメだって思った。その時、突然目の前が真っ白になったんだ」
「真っ白?」
「うん‥‥光の中と言ったほうがいいかな?妙に明るいんで雲の中だと気がつくまでに随分時間がかかったよ。俺は疲れきっていて操縦する気力も残っていなかった。それなのに機体は勝手に飛んで行くんだ」
あの時、守が乗っていた零戦はまるで雪原を滑るかのように雲の上を飛んでいた。
「あれは雲の平原みたいな場所だった‥‥」
「雲の平原‥‥」
「そこはやけに静かで空が本当にきれいな場所だった‥‥ずっと高い所を不思議な雲がひと筋流れていた」
守は目を閉じ、あの時のことを思い出す。
雲の平原の更に上にある一筋の雲をジッと見ていると、下から自分同様、航空機が上がってきた。
それは先ほどまで戦っていたドイツのBf109もあれば、自分と同じ零戦の姿もあった。
しかし、ほんのさっきまで戦っていた筈のBf109も零戦も戦うことなく、上昇していく。
すると、右方向から昇ってきた零戦には先ほどの空中戦で撃墜された林原の零戦がいた。
「林原!!無事だったのか!?」
守は林原に声をかけるが、彼は守の声が聞こえていないかのように機を上昇させていく。
「林原!!待て!どこへ行く!?林原!!行くな!!婚約者が・・・・武部さんがお前の帰りを待っているんだろう!?俺が代わりに行く!!だから行くな!!!」
守は操縦桿を操作するが機体は上昇せずにその場から動かない。林原の零戦を含む零戦とBf109はあの一筋の雲を目指して飛んでいく。
守がよくよく目を凝らしてみると、一筋に浮かぶ雲は雲ではなく無数の飛行機だった。日本やドイツのもあればアメリカやロシア、イタリアやイギリスに台湾とあの戦争に参加したテロ軍側と連合側の戦闘機や爆撃機が無数に飛んでいた
そして零戦とBf109の合わせた数機はその飛行機の群れの中に入っていく。守はその光景をただ見ていることしかできなかった
やがて、守の乗る零戦は雲海へと沈んでいった。
「気がついたら海面スレスレを俺だけ1人で飛んでいたんだ。最終的に生き残ったのは俺だけだったよ」
「それは、きっと神様が『まだ来るな』って言ったんじゃないか?」
ましろは守になぜ、林原の後を追うことが出来ず、雲海へ沈んだのか?そのわけを推察する。
「俺には『お前はずっとそうして1人で飛んでいろ』…って言われた気がしたよ」
「そんな筈はない!!守は優しくいい子だ」
「いい奴は死んだ奴らだよ。それにあそこは地獄かもしれないしね」
「(そう、・・・・いい人たちはみんな先に逝ってしまった。林原も佐々木も・・・訓練所で同期だった奴もラバウルの仲間もほとんど死んでしまった・・・・そして俺は大勢の人の命を奪ってきたんだ‥‥あそこは間違いなく地獄の入り口だな。姉さんたちは天国行きだが俺は間違いなく地獄に行くだろうな)」
守が自嘲めいた笑みを薄っすらと浮かべる。すると、ましろが守を後ろから抱きしめた。
「ね、姉さん!?」
「私は守がこうして生きて帰って来てくれて嬉しい‥‥守はちゃんと約束を守ってくれたじゃないか‥‥前の世界でどんなことがあったにせよ、お前は私の優しい弟にかわりないんだぞ」
「ありがとう‥姉さん」
守も振り返りましろを抱き返す。
あれだけ眠れなかった筈なのに、こうして互いの温もりを感じていると次第に睡魔が襲い掛かる。
二人は互いの温もりを感じながら眠りについた。