あのレストランでの出来事以降、俺は加藤中佐と親しくなった。
激しい戦火のなか、彼女との将棋はいつも楽しく、いつの間にかそれが俺と中佐の日課みたいになっていた。
無論、勝敗はいつも俺の負けだった。
「おっと。また私の勝ちね准尉。約束通り間宮の羊羹頂くわよ」
「また負けですか・・・・」
そう言いしぶしぶ守は羊羹を加藤に渡す。
「これで10戦連敗・・・・・本当に強いですね中佐?」
「ま、経験よ。経験よ。空戦と同じ・・・・。ところでこの頃敵の爆撃機がよく来ることが多くなったわね?」
「ええ・・・・しかも護衛戦闘機付き。しかもメッサーではなくフォッケウルフ。かなり手ごわい相手ですよ。それに爆撃機も従来のハインケルからB-17爆撃機をベースとした機体になってる」
「厄介ね・・・・」
「ああ・・・・通常のハインケルなら12・7ミリでも落とせるが、空の要塞相手となると20ミリが必要になる。しかもかなり近づかないとだめだ」
「だけど、それでは相手の銃座にハチの巣にされるよ准尉」
「対策がある。これは俺たちの部隊がよくやる戦法だけど、まず敵の真上を飛びそして反転して急降下し、銃撃を加えて離脱する」
「前上方背面垂直攻撃‥・・第二次大戦海軍エースの菅野直大尉が編み出した戦法ね…そんな危険な技を使っている人たちがまだいたのね。あの技は下手をすると敵機にぶつかる危険性があるからよほどの腕達者かバカしか使わないと思っていたのだけど、准尉も?」
「ええ…まあ、慣れですよ慣れ。中佐は爆撃機の迎撃経験は?」
「ほんの数回よ。でも飛燕の突進力と20ミリならB-17相手でも勝てるわ。後はタイミングよ」
「将棋と同じですね」
「ええ…でも現実と違うのは、しくじれば「待った」はない。」
「ええ…学び損なえば死・・・・・俺たちの戦いはそうですね」
「ええ…そうね」
二人がそう言い沈黙する中、急に空襲を伝えるサイレンが鳴り響いた
「どうやらお客さんが来たようね」
「ああ・・・・団体さんのお着きですね・・・・」
「今日の将棋はここまでね・・・准尉。勝負の続きはまた後日に」
「はい。次こそは勝ちますよ中佐」
そう言い俺と中佐は分かれた。だが俺は知らなかった。これが中佐との最後の会話であり勝負であったということに・・・・・
スクランブル発進したのは海軍は零戦12機、陸軍は四式戦9機、三式戦1機だった。
「梓。大丈夫か?しっかりついてきてるな!?」
「はい大丈夫です!」
守の言葉に二番機についている梓は無線で答える
「今回の指揮は鴛淵大尉ですね」
「ああ、あの人の指示なら問題ないが・・・・」
そう言い守はちらっと4時方向を見ると海軍航空隊で嫌われ者の篠原大尉がいた。無線でも
「篠原大尉!フラップが出てるぞ!!」
と、今回の迎撃部隊の指揮官である鴛渕大尉に叱られている始末だった。同じ大尉でも士官学校から出たばかりの篠原とは違い、鴛淵は開戦時からのベテランだった。そんなベテラン相手に篠原は言い返せずに悔しそうな表情を浮かべていた
「何か見ていてスカっとしますね森さん」
「コラ、今は任務中だ。言いたい気持ちはわかるが、士気にかかわるから慎めよ」
「す、すみません」
軽く後輩を注意する守、そして高度4千にまで上がったところ
「敵機発見!!約11時方向、敵爆撃機7機、護衛戦闘機は10機」
守がいち早く敵機を発見し、鴛淵大尉に無線で知らせる。相手は爆撃機と護衛のbf-109.しかし爆撃機はいつものハインケルではなかった。アメリカのB-17をベースとした4発重爆撃機だった。
「こちらも視認した。第一第二部隊は爆撃機の迎撃に移れ、残りは護衛戦闘機を相手にしろ」
「「「「了解!!」」」
「こちらも了解!第三小隊は高度を上げ敵の真上まで上昇する!!」
守は無線でそう指示をし、上昇、そして守以下、3機の零戦は敵爆撃機の上についた
「相手はB-17クラスの重爆だ。ギリギリ近づいて撃つぞ!!」
「「了解!!」」
「反転!!!」
守が言ったのと同時に三機はくるりと反転し、そして編隊飛行をする爆撃機に向かって急降下する
「適距離五百!!」
「撃っ!!!」
敵が機銃を撃ちまくる中、その中をかいくぐり急降下してギリギリ近づいた瞬間、守ら迎撃隊は重爆撃機に向かい20ミリ機関砲を撃った。そして敵の機銃に当たりにくい敵の発動機の間をすり抜けたのだった。
「やったか!?」
迎撃隊は振り向き撃墜したかを見るとエンジンは煙を吹いていたが、まだ敵は落ちていなかった
「煙を吹かしただけか・・・・・・・いや!」
再度見ると煙を吹いていた重爆撃機の翼が折れ、重爆はまるで木の葉のようにくるくると落ちて行った。
「よし!敵重爆一機撃墜!!」
敵機が落ちたのを確認し、無線機を取り
「こちら、森、こちら森。他異常はないか!」
『はい!中野無事です』
『こちら、香椎。体も機体も異常ありません!!』
列記二人の無事を確認し、守は安堵する。すると
「あっ!准尉。11時方向。味方機がいます……機種は陸軍機です」
香椎の言葉に守はその方角を見ると、飛燕を先頭に陸軍の戦闘機が別の爆撃機体を迎撃していた
「(加藤中佐・・・・なかなかの腕だな・・・)陸軍に後れを取るな!俺たちももう一度迎撃するぞ」
「はい!」
「あ、左前方。一機零戦がいます」
「なに?」
中野の言葉に守は見ると確かに一機でだけ零戦がふらふらと飛んでいた
「あれは・・・篠原大尉の機ですね?」
「あの人、敵戦闘機相手が任務でしたよね?なんでこんなところに?しかもフラップを出したまま飛んで・・・・」
「乱戦で迷子になったとか?」
素人のような飛び方に三人は呆れかえっていた。守は無線で呼びかけるが向こうは無線を切っているのか応答がなかった
「・・・どうしましょう准尉?」
「構うな!敵戦闘機は、向こうさんに任せて!俺たちはもう一度行くぞ!!」
そう言い守ら、三機はもう一度上昇し、また同じ高度で反転急降下し始めようとしたが、爆撃機の機銃が先ほどよりも激しく雨あられと飛んできた
「照準よし!、撃てっ!!」
有効射程距離になり三機は爆撃機に向けて銃撃した。そして急降下しすり抜けた。すると爆撃機の翼が火を噴いた
「よし!」
「准尉!敵の銃座が生きてます!!」
「なに!?」
守が振り向くと、腹部のポールターレットが動いており、守に向けられていた
「まずい!!」
守は撃たれると思ったその時だった。敵が銃撃したのと同時に何かの機影が守を横切り銃撃した。爆撃機は大炎上し爆発したがそれと同時に横切った機影も敵の銃弾を浴びたのか、空中爆発した
「陸軍の戦闘機が突っ込んだ!」
仲間がそう言う中守は突っ込んだ友軍の戦闘機を見た、空中分解し海面へと落ちる戦闘機、そしてその尾翼を見たそれは鶴のマークだった。そのマークに見覚えがあった
「か・・・・加藤中佐!!」
守の悲痛な声が響いたのだった
ラバウル基地に帰還した守。皆、疲れた表情をしていた。そんな中
「今日の俺はついてるぜ、戦闘機の迎撃任務だったが、運よく目の前に爆撃機が来てよ!そいつを銃撃して落としてやったぜ!!」
篠原大尉が部下に自慢気に言う中
「・・・・・・・」
守は篠原大尉を無言で睨みつけ、そして彼に近づく
「・・・・・・」
「おっ!?なんだよ准尉。そんな怖い顔をしやがって、俺に手柄盗られて悔しいのか?」
とニヤニヤしながら言うと
「は?手柄?何を言っているんですか篠原大尉。あんたなんもしてねえだろう?」
「おい。口の利き方に気を付けろよ小僧!今日の俺は爆撃機を・・・」
「その周辺でフラップ出したままふらふら飛んでただけだろうが?」
「そんなわけねえだろうが!俺は敵爆撃機を3機撃墜・・・・」
「してねえだろ!!そのうちに二機は俺たちの小隊が・・・・残り一機は・・・」
そう言うと守は
「日本陸軍!三式戦闘乗員。加藤静江中佐の戦果です!!!!」
胸を張り堂々と言う守。その気迫に、大尉は若干押される。すると
「何を騒いでいる!!」
そこへ上官である鴛淵大尉がやってきて
「あ、大尉。実はこの小僧が・・・」
篠原が何か言おうとすると鴛淵は
「篠原大尉・・・貴様は黙ってろ」
「ひっ!?」
彼の鋭い目つきに篠原はビビる
「森准尉少しこっち来い」
鴛淵に呼ばれ、守は頷き少し離れ場所で
「・・・で、准尉。今の話本当か?」
大尉の言葉に守は静かに頷く
「そうか・・・・それにしても陸軍に取られるとは・・・・」
少し考えこむ鴛淵。そして
「話は分かった。だがこれ以上、あの大尉と揉めればお前の立場が危なくなる。今回はお前が1,篠原大尉が1、そして陸軍さんが1・・・・それで手を打っておけ。篠原の件は俺に任せろ…いいな?」
「・・・・・・わかり・・・ました」
守は納得しなさそうな表情をし、その後その場はお開きになった
「・・・・・・・・」
隊舎のベットで寝転ぶ守。あの後篠原大尉は、鴛渕大尉に思いっきり、なん十発も殴られ叱られていたという。理由は勝手に編隊を離れたことだったらしいが、今も守にはどうでもよかった・・・・
「・・・・」
いつもこの時間なら、加藤中佐と将棋を打っているのだが、もう彼女はいない・・・
「結局…負けっぱなしだったな・・・・」
将棋の腕を上げて、いつかは加藤中佐に勝とうと思っていたのに・・・・その相手がいなくなってしまった寂しさを感じる守。すると
「あ、森さん」
梓がやってきた
「中野か・・・・・どうしたんだ?」
「あの。陸軍の方が来ています」
梓の言葉に守は起き、隊舎を出ると、そこには陸軍の飛行兵の格好した少年が立っていた
「あ、あの森准尉ですね?自分は加藤中佐の部下の寺田と言います」
「加藤中佐の・・・・・何か用ですか?」
「中佐から、森さんについていろいろ聞きました。今日は戦死した中佐の名誉を守ってくれたことも聞いております。そのことでお礼を言いに来ました・・・・ありがとうございます」
「そうですか・・・・・惜しい人を失いました」
「はい・・・・中佐はいつも森さんのことを話していました。『良き、将棋友達』だったと・・・・それとこれを」
と、彼が渡したのは銀色の将棋の駒と手紙だった
「これは・・・・・」
「中佐から万が一自分に何かあったら森さんに渡すようにと・・・・」
「そうですか・・・・・ありがとうございました」
守は寺井に礼を言い、彼女の遺品を受け取った。そして、寺井が帰った後。守は彼女が敵のプロペラで作った銀色の将棋の駒をじっと見ていた
そして、彼女が書いたであろう遺書の手紙も
その内容は
『いろいろとありがとう・・・・・君と一緒に将棋をした時間がとても楽しかった。また機会があれば勝負しよう』
と書かれていた
「・・・・・・」
守は銀色の将棋の駒を握り締め、静かに涙を流していたのであった
「・・・・マー君?…マー君!!」
「え?」
「え?じゃないよ。マー君の番だよ?」
晴風の艦内の中、芽衣に声をかけられ守はハッとする
「どうしたの少し考えていたけど?」
「ああ、いや。この陣形をどう崩そうかなって?」
とそう言うと、艦内から喇叭の音が鳴り響く
「あ、お昼ご飯を知らせる喇叭だ。じゃあ、マー君。勝負の続きはご飯が終わった後で」
「いえ、その必要はありませんよ」
「え?」
「3一金、詰み。ありがとうございました」
「なっ!!ま、負けた~~~~」
まさかの敗北に頭を悩ませる芽衣。そんな中、守は
「(加藤中佐・・・・今俺は異世界で姉に再び会え、今でも将棋を撃っています。今の実力であなたに勝てるかはわかりませんが、たぶん近いうちにあなたに会いに来ると思いますので、その時はあの時の勝負の決着を付けましょう・・・・)」
そう心でつぶやくのであった