VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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Voice1 ヴィランの産声

 発光する赤児を皮切りに、人類は何らかの特異体質を持つ超人が生まれるようになった。 時代が進むにつれて少数派だった特異体質は人類の八割を超える。 いつの日か特異体質は【個性】と言い換えられ、逆に【個性】の無い者は【無個性】と呼ばれて差別されるまでにその数はひっくり返されていく。

 

 超常は日常に。 架空は現実に。

 

 職業の一つに【ヒーロー】が加わり、悪事を働く者達を【ヴィラン】と呼ぶようになった。

 ヒーローに様々な理由で就いた人々がいるように、様々な理由でヴィランになった者達がいる。 ある者は個性を縛られる世界を嫌い、ある者は復讐を胸に誓い、ある者はただ弱者を踏み潰したいが為に欲望の赴くまま暴れまわる。

 今日もまた、ヴィランの叫び声が何処かで上がる。 愉悦の雄叫びか、暴力におびえた悲鳴か、正気すら失った狂乱か。

 

「〇っくり実況も〇イロ実況もないとかファッキン〇ロアカぁ!」

 

 ヒーローとヴィランが混在するこの世界でまた、悪の産声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 雑誌が乱雑に置かれた、生活感溢れる一室に頭を抱える人影がひとつ。

 薄紫色のショートヘアに大小二つの月を模った髪飾り、ウサギの耳付きフードパーカーを着た少年は唸りながら目の前のパソコンを睨みつけている。 ギリギリと歯ぎしりを上げそうなほど食いしばっている歯の隙間から呪詛のような声を絞り出していた。

 

「いつの間に転生してたとか、何か結月ゆかりの双子の弟の姿しているとか、そんなことはどうでもよくないけどどうでもいいんだ。 現実逃避しようとして、なんで機械音声の実況動画が欠片もないんだ。 というか知ってる動画サイトが無い。 一つも無い。 似てるサイトはあるけど」

「みゅみゅ?」

 

 頭部に猫耳と一本の癖毛の生えた紫色のふわふわ生物を膝に載せながら、カチカチとマウスを鳴らしネットサーフィンをしている少年。 彼の知っているサイトが一つも見つけられられずに眉をひそめる。

 結月紫(ゆづきゆかり)。 彼は転生者であり、ヒーローアカデミアの世界に来る前はサブカルチャー好きの一般市民(その多大勢)。 趣味で機械音声を使う動画を視聴するくらいの人間が何の因果か見ていた漫画の世界に来てしまい、とある理由でこの一室に身を潜めている状態となっている。

 彼こと紫も最初は戸惑ったものの、好きな作品である世界へ関われることに少なからず喜びを感じていた。 しかしながら、現在から逃避したい程のことが現在進行形で起こっている。

 その元凶の一つが外の廊下を走ってくる音が聞こえたかと思えば、入り口の扉を勢いよく蹴破って入ってきた。

 

「マスター! 大丈夫!?」

「葵ちゃん!? ちょっと危なっ!?」

「みゅあ~!?」

 

 勢いそのまま、青い長髪に青い紐の装飾をした少女が紫に抱き着いてくる。 座っている状態で受け止められず、膝に乗っていた生物は地面に落ちて転がり、紫は飛びついてきた少女と仲良く地面へ落ちた。

 美少女に抱き着かれたにも関わらず、紫の顔は青ざめている。 その視線は紫を押し倒したまま周りに眼光を巡らせている、葵と呼ばれた少女の手が握っているRYNO8とプリントされた銃器へ向けられていた。

 

「葵ちゃん、大丈夫だから! 大丈夫だからソレ仕舞って!?」

「……うん、なんともなさそうだね。 マスター、みゅかりさん、ごめんね」

「みゅあ~」

 

 葵が武器を手放し、みゅかりの頭をなでる。 銃器は地面に落ちる前に空中で七色のポリゴンとなって弾けて消えた。

 鳴き声を上げて喉をごろごろと鳴らすみゅかりと葵を眺めながら紫はそっとため息をついた。

 

 個性『VR』。 結月紫の個性であるが、病院などで診察したわけではない。 紫が目を覚ましたのは人気のない裏路地。 すぐ近くでヒーローの活躍を見たことでヒーローアカデミアの世界ではないかと思い、ならば個性が発現しているかと試すと思い描いた武骨な大剣が手の中に現れた。 驚いて放り出すと虹色のポリゴンになって消る所を見て紫自身が名付けた個性である。

 様々なものを作り出せる便利な個性と考えていたが、ふとガラスに映る自身の姿を見て記憶にあるボイスロイドはどうかと思い至った瞬間、彼女たちは現れた。

 さらに個性の許容量をすべて使ってしまっているのか紫自身では新しくものを生み出せなくなってしまい、消そうにも生きているボイスロイドを消す事は彼にとって殺すのと同じであると考えてしまい、彼女達の献身もあって流されるまま現在に至る。 個性の特徴は彼女たちにも引き継がれているらしく、さらにはサブカルチャー関連も紫から影響を受けており、生み出す物はそこから引き出されているようだ。

 

 武器が消えたのを見て紫は無意識に止めていた息を吸い込みため息をつく。 葵に引っ張られて立ち上がった紫はベッドに腰かけて項垂れる。

 その姿を見て葵は頭を下げた。

 

「ごめんなさい、私の早とちりで……」

 

 彼女に悪意はない。 むしろ彼女含めて生み出した存在は献身的に紫を守ろうとしていた。 紫からすれば、自身は彼女からすれば守られるべき存在であることは自覚しており、紫自身もまんざらではないために責めることはできず、苦笑しながらも慰めることしかできなかった。

 

「自分じゃ身を守ることもできないから、気を配ってくれてるんだよね。 いつもありがとう」

「マスター……」

「みゅみゅっ」

 

 紫の言葉に感涙している葵の姿を見て、内心チョロいと思いながらも話題を変えようと話を切り出した。

 

「ところで皆はどうしてる? 他のことは任せっきりにしちゃってるけど」

「皆? えっとね……」

 

 質問に葵は左手の指を頬に当て右手で指を折りながら答える。

 

「えっと、ずんちゃんとイタコさんはお店で働いています。 きりたんはお昼寝、あかりちゃんとセイカさんは散歩、お姉ちゃんとマキちゃんは敵連合の所に行くっていってました」

(ヴィラン)……連合?」

「みゅっみゅみゅっ」

 

 (ヴィラン)連合。 もみあげのような部分を器用に使って跳ねるみゅかりを膝に移しながら、その単語に紫は目が点にして首を傾げた。

 ヒーローアカデミアという作品において、敵連合は悪の支配者AFOを師とした死柄木を頭とする犯罪を犯す無法者達の集団。 主人公、緑谷出久が所有することとなるヒーロー、オールマイトから渡されるOFAの対となる存在であり、作品の主幹であるヒーローとヴィランの構図となっている。

 本来であれば、原作が好きならば味方である二人は敵連合へ殴り込みにいったと思うであろう。

 しかし、紫の頬には冷や汗が垂れており、何度も目を瞬かせて葵を見ている。

 

「……えっと、何しにいったのかな?」

 

 予想はできるが聞きたくない。 予想が外れていてほしいと願いながらも聞いておかなかければ後悔が起きると思い葵に問いかけた。

 

「マスターがヒーロー科A組の活躍していない生徒も頑張ってほしいのを知っているから、敵連合に加わって襲ってくるって」

「ですよね畜生!」

 

 本日二度目の悲鳴が上がった。 転生者である結月紫はヒーローアカデミアという作品のファンでもあり、物語の綻びや設定に不満を持つアンチでもある。 その影響は彼から分裂したに等しい繋がりを持つ彼女達もまた、同じように考えて動く傾向にあるのだった。

 

 

 

 





補足
RYONO8 出典:ラチェット&クランク
八個の超強力なミサイルを同時発射して敵をハチの巣にする兵器




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