第二回戦の三試合目が終り、観客席のヒーローたちが試合の内容……というよりは八百万百の事で盛り上がっていた。
「あの八百万って子、ウチに欲しいな。 あそこまで多彩なアイテムを造れるならどこでも動けそうだ」
「ヴィラン捕縛に人命救助の道具も作れるようになれば暇無しだ、両方こなせる個性は取り合いになるぞ」
「芦戸って子もよかったが、液体系は後始末がなぁ」
「あの子が来れば精密機械を壊しても借金しなくて済むのか……」
後ろでプロヒーロー達によるクラスメイトの話題に、上鳴電気は上機嫌で隣に座っている蛙吹梅雨へ話しかける。
「すげーな八百万ちゃん、注目の的だぜ!!」
「努力の結果ね。 体育祭が告知されてからは休み時間も何かの部品を作っていたし、その作った物を持って放課後にサポート科の工作室に通い詰めていたみたいだもの」
「はぇー、いつも帰るのが早いと思ったらそうだったのか。 でも、たった二週間であそこまでできるようになるもんか?」
上鳴の疑問に蛙吹は頷いて肯定した。
「とても頑張ったのよ。 切っ掛けはわからないけれど、八百万ちゃんは目標を見つけたように、がむしゃらで自分の個性でできることを探していたわ。 水中で救助者を運ぶのに使えそうな道具はどんなものがいいか、私に聞きに来たことがあったもの」
「あー、そういえばオレの所にもサポートアイテムを使うならどんな物がいいかって聞いて来てたな」
上鳴が体育祭の前にあった忘れかけていた出来事を思い返す。
そこに芦戸三奈が頬を掻きながら戻ってくると、クラスメイト達が励ましの声で迎えた。
「あははー負けちゃった」
「お疲れ芦戸!」
「芦戸ちゃん、お疲れさま」
芦戸は椅子に座って両手を握ると、胸の前で小さく振って悔しがった。
「ああー、ヤオモモってば何出してくるかわかんない! 溶かしても溶かしても次が来るし、目つぶしされて耐酸性のシーツっぽいので包まれて縛られて、場外まで引きずられて負けとか悔しいー!!!」
芦戸の嘆きに同じような体験をした常闇踏陰が頷いた。
「同意する。 八百万の個性は知識が必要不可欠な上、万能であるが故に応用力を問われる。 今回は一対一での試合、かつ個性の分かる相手となれば無力化できる最善手を取るのは道理。 俺も対抗策の一つすら思い浮かばず敗退したのは遺憾である」
「常闇ちゃん、今日はたくさん喋るわね」
「……会場の熱気に当てられたようだ」
そっぽを向く常闇を見ながら、芦戸はふとクラスメイト達を見回す。 飯田と百の姿が見えない事に気づいて切島鋭児郎に聞いた。
「緑谷は手術しているって麗日から聞いたけど、飯田とヤオモモはまだ戻ってきてない?」
「準決勝が近いから控室にいるんじゃないか。 第一試合は轟がでかい攻撃でステージ補修に時間がかかったけど、試合の長さはまちまちだからな。 念のためすぐ出られる入場口の近くにいると思うぞ」
そんな話をしていると麗日と一緒に右腕を吊った緑谷出久が戻ってきた。
第二回戦の一戦目で轟との激闘でほぼ自傷ではあるものの、特に右腕がぼろぼろになっていたので試合終了後に緑谷の様子を見に行った麗日お茶子達から様子を聞いており、手術を行うほどだった事も知っている為、爆豪を除いた全員が緑谷を囲む。
騒ぎ出したクラスメイトをしり目に爆豪はステージに目を向ける。 酸で穴だらけになったステージの整備が終わり、第二回戦の最終試合である耳郎響香と庄田二連撃の試合が始まろうとしていた。
ステージに上がった二人が構えを取ったのを確認して、プレゼントマイクが試合開始を宣言する。
『第二回戦最終試合のゴングを鳴らすぜ! 近づく相手は全員シビレさせるパンクガール、耳郎響香! 見た目と個性で翻弄するスピードアタッカー、庄田二連撃! 準決勝をかけた戦いの開幕だ……いくぜぇ!?スリー、ツー、ワン、Fight!!』
開始の合図とともに庄田が響香に向かって走り出す。 イヤホンジャックを持ち上げていつでも突き刺せるように待ち構えている相手に構わず、彼は距離を詰めて接近戦へ持ち込もうとしている。
響香は相手が射程範囲に入ると同時にイヤホンジャックを伸ばす。 それを庄田は払いのけ、攻撃の届く距離まで詰めると正拳を打ち出した。 迫りくる拳を彼女は体を捻って躱し、そのまま回し蹴りを放つ。 その攻撃を庄田は腕で受けながら足へ向かって掌底を放ち響香の体勢を崩す。
響香は自分から転がって距離を取り、追撃せずに態勢を整えている相手を見てプレゼントマイクは包帯にまかれている同僚、相澤消太へ話しかけた。
『第一試合最終戦と同じような光景だが、どう思うミイラマン!』
『耳郎もサポートアイテムが無けりゃほぼ近接主体だ。 同じような殴り合いになるのは仕方ないだろ』
『サポートアイテム前提の個性ってのは今の風潮じゃマイナス評価だけどな!』
世論を述べるプレゼントマイクを相澤がじろりと睨みつけた。
『どれも使い方次第だ。 そもそも耳郎の個性は索敵ならば他よりも一つ頭抜けている補助寄り。 それで矢面に立つヒーローを目指すならサポートアイテムに頼るか体を鍛えるしかない』
『おっと個性はサポート寄りの耳郎だが、思いのほか食らいついているぞ! そろそろ庄田の個性が発動しそうだがリスナー諸君、予想はついたか!?』
実況が流れている間も選手二人のぶつかり合いは続いている。
庄田の攻撃をいなした響香は汗を拭いながら、相手の一挙一動を凝視して攻撃を受けないように立ちまわっていた。
控室に行く前に砂藤力道から貰った助言の言葉を彼女は思い返す。
(唐突な衝撃は攻撃を受けていた場所に起きる。 使用条件は恐らく攻撃を当てる事。 しかも任意発動っぽいとか、砂藤と違って軽いアタシじゃどうしようもないし、あの時のヴィランよりかは目で追えるけど体の反応が追い付かない!)
敵襲撃時に相対したヴィランによって一方的にサンドバックにされた時と比べれば圧倒的に遅い攻撃。 しかし尾白猿夫との訓練でもあしらわれる程度の響香にとって、見えるが反応しきれない状況はもどかしいものだった。
すでに数か所へ攻撃を受けているので、砂藤の予想通りならば響香が攻撃を仕掛けた時に個性を発動して体勢を崩したり、砂藤の時と同じように決定打の起点にされるのは想像に難くない。
予想以上の難敵に響香は眉をひそめながらもイヤホンジャックを刺そうと様子を伺う。 しかし相手の視線は常にイヤホンジャックを視界に収め、決定打になりえる個性を警戒している為に隙が無い。
(使い勝手良すぎるでしょあの個性。 このままじゃ負ける……なら、やってやろうじゃないの!!)
響香は覚悟を決めて拳を耳の近くまで引き、力いっぱいのパンチを繰り出した。 先の読みやすい動作を見て、庄田が一歩身を引いてかわす。 大振りに空ぶった響香の脇腹に拳を放ち体に当たった瞬間、庄田の体が跳ね上がった。
響香は転がり庄田が膝をつく、目の前の展開にプレゼントマイクが立ち上がって目を見張り声を荒げた。
『今何が起こった!?』
原因の瞬間を見逃した彼に代わって、撮影された映像越しに一部始終を見ていた相澤が解説を引き継ぐ。
『一瞬だが、耳郎のイヤホンジャックが直角に曲がっていた。 腕に添わせながら空振りと同時に直角に曲げて突き刺したのか。 焦ってテレフォンパンチをしたのかと思ったが、突き刺すための偽装でわざと大振りに攻撃したな』
『状況が動いたぞ! すぐさま立ち上がる耳郎に対し、庄田は蹲ったままだ!』
響香が止めの衝撃を加えるべくイヤホンジャックを伸ばした。 勝利が目前となった彼女を見て、彼女の個性が届く前に庄田はぼそりと呟く。
「ごめん、でも勝ちたいんだ。 ツインインパクト、
庄田に決定打が届く直前に響香の足が弾かれ、彼女は勢いよく頭から地面へ叩きつけられる。
彼は個性を使うことで起きる結末を予測していたが、危険でもある手段を最後まで使わないつもりだった。 しかし、B組の応援を思い出し、負けると理解した瞬間。 彼は勝ち上がる方を選んで行動を起こした。
「っがぁ!?」
反応できなかった響香は鍛えようの無い場所を強打して痛みに悶絶する。 その間に体を動かせるようになった庄田が構えると同時に、ミッドナイトが間に入って響香の様子を確認すると両腕を水平にして試合終了の宣言をした。
「耳郎選手、戦闘不能。 庄田君の勝利!」
「ア……タシ、まだ戦える……!」
痛みに体を震わせながらも立ち上がることのできない響香。
ミッドナイトは個性の眠り香を使い、眠って脱力した彼女を抱えて庄田に退場するように促すと、庄田も晴れない表情で一礼して入場口へ向かった。 ミッドナイトもロボット担架に響香を乗せてリカバリーガールへ送りだす様子を放送席のプレゼントマイクがため息をついて結果を観客へ伝える。
『庄田、二回戦突破。 さすがにストップ入ったな』
『不意の事故は日常茶飯事だ。 庄田も本意ではなかっただろうが、ヴィラン相手に同じことは言えん。 善戦はしたが、詰めで庄田に負けたのは変わらん』
『ちょっと今日は辛口過ぎない!? せめて自分の生徒くらい善戦したことほめてあげよーぜ!』
騒いでいる放送席を余所に観戦席で一部始終を見ていた上鳴が立ち上がり、クラスメイトの前を通りながら頭を下げる。
「悪い。 ちょっと様子、見てくるわ!」
緑谷も腰を上げて向かおうとすると、障子目蔵が代わりに見てくると言って席を立った。 緑谷は傷に障らないよう座っているべきだと言われて大人しく椅子に座りなおす。
障子の姿が見えなくなってから十五分ほどの休憩を挟んで、準決勝を始めるアナウンスと同時に轟と飯田が入場して準決勝が始まった。
準決勝第一試合は轟が飯田のエンジンの排管をピンポイントで凍結、個性を封じられた飯田は氷漬けにされて敗退した。
とんとん拍子に進んでいくトーナメント。 予想よりも進行が早い行程の消費にプレゼントマイクは手元に置かれている対応マニュアルを見ながら、準決勝二試合目の開始宣言を行った。
『閃光マシーンと化した無傷捕獲ガール、八百万百! 対するは意地でも勝ち上がる、食らえば劣勢は必至の庄田二連撃! 決勝の大舞台に進むのはどちらだ!? スリー、ツー、ワン、Fight!!!』
開始の合図とともに百は遮光グラスを生成して身に着け、続けて造り出した閃光手榴弾を庄田の手前に向かって放り投げて耳を塞ぐ。 決まり切った流れで生み出された筒は地面に落ちると同時に閃光と轟音を周囲にまき散らす。
庄田も同じく後方に飛びながら腕を顔の前で交差して目を庇うが、聴覚は守ることができず耳鳴りによって周囲の音が遮断された。
腕をどかして目を開ければ今度は煙幕。 徹底的に視界を遮った相手を探すも見えるはずがなく、煙から出ようと右に向いて進んだ。
煙から抜け出した瞬間、足元へぶつかる紐のようなものを感じ取った。 同時に庄田は転び、立ち上がろうと地面に手をつくと、腕に何かがべちゃりとへばりついた。
「っやられた!!」
体に張り付く物体を見て、それが鳥もちだという事に気づく。 ワイヤーを張って庄田がかかったのを感知した百が掌から生成し、投げつけたとりもちが見事に庄田へ当たったのだ。
『八百万の十八番、行動を制限してからの捕獲が決まったー! 庄田はもがくが鳥もちが追加ー! ぶっちゃけ八百万の間違い探しを見てる気分だぜ!?』
『通じる定石があるならばそうもなる。 逆にこの定石を崩せなければ八百万を相手にした時の勝ち目はないからな。 特に近接しかできない場合、これで負けが決まるだろう』
相澤の言葉通り、手も足も動けなくなった庄田を見てミッドナイトが続行不可能と判断し勝敗を告げる。
「八百万ちゃん、決勝戦進出!」
自身の個性で相手を押し倒し、攻撃されることなく勝利した八百万百。 観客の反応はあまりにもあっけない試合に文句を言うか、鮮やかに相手を封じた事に感心する者に分かれている。
前者の反応をしたヒーローを見て相澤が眉間にしわを寄せて口を開く前に、プレゼントマイクは校長から念のためと渡されていたマニュアル、時間調整の休憩を入れるべく放送した。
『つーわけで次が決勝だが、ちょっとスピーディに進行しすぎたのでクールタイムが入るぜ! 三年はまだ準決勝が始まったばかりだから今年は早いっての、効率的かよ一年A組! 三十分後に決勝を始めるから、それまで轟か八百万のどっちが勝つか予想しておいてくれよな!!』
騒がしくなる会場で切島は流れるように勝敗が決まった試合を見て、自分の拳を見て深くため息をついた。
「片や氷で拘束、片や創造で拘束。 派手とか地味とか以前に勝てる道筋が見えねぇ」
そんな彼に葉隠が見えない手を一生懸命に動かして励ましの言葉をかける。
「大丈夫だよ、切島君! 私も全っ然勝てる想像できないから!」
「いや、それじゃダメだろ。 っても、俺達じゃ個性を使われる前に倒すくらいしか思いつかないしなぁ。 むしろ葉隠の方が見えにくいからワンチャンあるんじゃね?」
「マジで!?」
おおげさに驚いている葉隠で周りの空気が緩んだ中、準決勝で敗退した飯田が戻ってきた。
「放送があったから急いできたが、本当に八百万君が勝ったのか」
「お、委員長が戻ってきたぞみんなー」
「お帰りー。 遅かったけど、どうしたの?」
峰田実と芦戸が出迎え、飯田は席に腰を下ろして手に持っている携帯電話を見せる。
「準決勝敗退の事を兄さんへ伝えていた所だったんだ。 それと耳郎君が運び込まれたようだけど、上鳴君から大事ないと聞いたよ」
耳郎の無事を知って、クラスメイト達は安堵の息を吐く。 その中で峰田が飯田の成績にかみついた。
「ってか飯田は準決勝、ベスト
峰田は突然の鳥肌が立ったので周囲を見れば、視線で
緑谷は幼馴染の様子に苦笑しながらも、パンフレットのスケジュールに決勝の後が表彰式になっているのを見つけ疑問を口に出す。
「そういえば次が決勝だけど、三位を決める試合は無いのかな」
彼の呟きに飯田が頷いて答える。
「ああ、例年はどの学年でもぶつかり合いが激しいからな。 三位と四位を決める試合は行わないのが通例らしい。 ある意味、今年は異例尽くしとも兄さんが笑って言っていたよ」
「そっか。 体育祭はいつも見てるけど、やっぱり細かい所は知らないことが多いなぁ。 所で飯田君、お兄さんってことはターボヒーローのインゲニウムだよね!?」
急にテンションの上がった緑谷を見てわずかに身を引く飯田。 その様子を気にせず前のめりに緑谷が顔を近づけている。
「うん!? 確かにそうだが」
「実はサインが欲しくて以前に貰いに行ったときは丁度ヴィランを捕まえている途中だったから――」
緑谷の
感想、指摘、誤字報告有難うございます