VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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Voice19 職場体験前の一幕

 雄英高校ヒーロー科A組が、担当の相澤から職場体験の内容を聞いたその日の放課後。

 葉隠透と芦戸三奈は八百万百が持つヒーロー事務所一覧の束を眺めている事に気づいて話しかけた。

 

「指名件数第二位のヤオモモは何処に行くか決まったー?」

「あ、それ気になるー! 私は結構いい線行ってたのに指名が無いから受け入れ事務所の中からだし。 何処に行くか決めたー?」

 

 頬が近づきそうな程に寄って事務所一覧を覗こうとしてくる二人に挟まれながら、百はページをワタワタとめくって希望の事務所を指さす。

 

「第一希望はエッジショットの事務所ですわ」

「ほうほう……って、今年のヒーロービルボードチャートJP上半期で五位のとこじゃん!?」

「すっごい所から声かかってる!! 何で何で!?」

 

 賑やかにしてる三人から席一つ離れている砂藤力道と、前の席にいる口田甲司と飯田天哉の三人は芦戸達と同じく行先で話に花を咲かせていた。

 

「口田、良さげな所はあったか?」

 

 しょんぼりと首を横に振る口田の隣で、飯田がロボットのように腕を動かして励ます。

 

「大丈夫、今回はあくまで職場体験。 ヒーローという職業がどういった物か肌で感じる為の授業だ。 たとえ全く関係ない事務所でも、ヒーローという仕事を学べるのだから……まあ、少しだけ峰田君を見習って意欲の出る場所を選ぶべきだと思う」

 

 事務所選びで迷うことなくMt.レディの希望を宣言した峰田実。 不純ではあるが、行動力のある彼を思いだした口田は再び事務所一覧とにらめっこを始めた。

 

「そう言う飯田は……って聞くまでもないか」

 

 集中している口田を見守りながら砂藤が飯田に話を振ると、彼は当然と胸を張って答えた。

 

「勿論、チームIDATENのインゲニウム事務所だ。 兄さんには渋られたが、ぼ……俺の憧れであり目標! どうしてもと説得した!」

「ヒーローの身内がいると、こういう時は楽だな。 個性も似ているし。 となると、轟もエンデヴァーの事務所か?」

 

 砂藤の隣席で帰り支度をしていた轟焦凍の動きが止まる。 たっぷり一分ほどしてから彼が振り向くと、その顔には眉間にしわを寄せながら僅かに頷いて肯定した。

 

「……ああ」

「何でそんな嫌そうな顔してるんだよ」

 

 予想は当たったが、想定外の反応に思わず問いかける。 彼の疑問に轟は数分ほど沈黙してから口を開いた。

 

「クソ親父に教えられるのは癪だが、腐ってもヒーロービルボードチャートJPで二位を維持している。 その事実を見れば……少しは俺も変われるかと思ってな」

「そ、そうか……」

 

 轟の爆弾発言に教室の空気が重くなる。 肉親の呼び方に突っ込みたい砂藤と、踏み込み難い内容に口を固く結ぶ飯田。 偶然聞いていた周囲のクラスメイトも心の中で触れてはいけないと自戒している中、トイレから切島鋭児郎、上鳴電気、峰田実の三人が戻ってきた。

 切島は妙な雰囲気の教室に首を傾げている。

 

「どうしたんだ?」

 

 きょろきょろと教室を見渡している切島の横を上鳴が通り抜け、自身の机に戻りながら轟を見て口を開いた。

 

「ってか、轟ってば雰囲気変わったよな。 なんかこう、険がとれたっつーか、さらにイケメンになった?」

 

 話題を変えた上鳴に便乗して、居心地の悪い雰囲気を吹き飛ばすべく瀬呂範太が会話に加わる。

 

「イケメンは変わってねーと思うけど、確かに前は近づき辛かったよな。 ツンツンしてて、とっつきにくかった。 個性の氷っぽい感じで!」

「……そうなのか?」

 

 瀬呂の言い分に疑問を呈する轟に、峰田がうんうんと頷く。

 

「そーそー。 言葉遣いが丁寧なエンデヴァーっぽい雰囲気だった。 やっぱ親子だよな」

 

 教室の空気が凍った。 事情を知らない三人が周囲の反応に困惑し、峰田に至っては「轟、個性使った?」などと喋っている。

 

「……そんな風に見られていたのか、俺は」

「轟君ー!?」

 

 机に突っ伏する轟。 掛ける言葉が見つからずに叫ぶことしかできない飯田、その隣で砂藤は目に手を当てている。

 止めを刺した峰田は瀬呂のテープで簀巻きにされて吊るし上げられた。

 

「峰田お前なー!!」

「何でー!?」

 

 そんな風に騒ぎ始めた教室の中で、一足早く出ようとしている生徒が一人。 ツンツン頭に目つきの悪い爆豪勝己が教室を出ようとすると、廊下で待ち構えていた人影……ではなく浮遊している生首が目の前に立ちはだかった。

 切り揃えたショートヘア、二重まぶたが特徴のヒーロー科B組生徒の物間寧人が校舎全体に響き渡るような音量で声を上げる

 

「やあやあやあ 誰かと思えば宣誓で一位を取ると豪語したにも拘わらず 最終種目どころか途中で敗退した爆豪君じゃないか 元気にしているかい!!!」

 

 いきなりの大音量に緑谷達が入り口へ目を向ければ、廊下を飛んできた胴体に首を乗せる物間を見て口をぽかんと開けている。

 次いで廊下を走ってくる下半身を胴にくっつけてシャツをしまい直し、人の形になった彼は口を止めることなく動かし続けていた。

 

「一人で目立とうなんて狡いよねぇ 道化になってまで周りを楽しませようなんてできる事じゃないよ 飛ぶ鳥を落とす勢いで脱落するとか ちょっと高度過ぎて常人には理解しにくいからもっと他の人に合わせた方がいいよ 飛んでいる自分を鳥に例えて体を張って慣用句を表すジョークを察するのは苦手でさぁ!!!」

 

 呼吸を挟まず捲し立てるその姿に、A組生徒の大半が絶句している。 全身が揃った物間は、もはや個性と言われても違和感のない言葉の嵐。 さらにそれを目の前で受けているにも拘わらず、微動だにしない爆豪の背中を誰もが戦々恐々と見守っている。

 

「そういえば一年前にヘドロヴィランの事件で捕まっていたのは君だよね 今年もヴィランに襲われているとか疫病神かなやめてほしいな まるで雄英生徒がヴィランを引き付けているみたいじゃない」

 

ドッ

 

 鈍い音を立てて物間の首が7の字に曲がる。 容赦のない手刀を放ったのは、息を切らして走ってきたB組生徒の拳藤一佳だった。 彼女は素早く物間の頭を掴み、地面に叩きつけながら自身も頭を下げた。

 

「っごめん! 謝って済むことじゃないけど、こいつはちょっとどころじゃなくひねくれているだけだから」

「別に怒ってねーよ」

「……へ?」

 

 予想外の言葉に拳藤が顔を上げる。 しかし、目の前にはヴィラン顔負けに目を吊り上げた爆豪の顔。 直近で憤怒の波動を受けた拳藤は小さく悲鳴を上げた。

 頭を下げている二人を通り過ぎながら爆豪は絞り出すように言葉を呟く。

 

「良い練習場を見つけたからな。 思いっきり動けば有象無象の言葉なんざ気にならねぇ」

 

 自分自身に言い聞かせているような台詞を残して立ち去った爆豪。 その光景を見ていた一同の内心を拳藤が代弁した。

 

「……やっぱ怒ってるじゃん」

 

 

 

 爆豪は学校を出ると、すぐ近くにある最高級住宅地へ向かう。

 目的地の東北じゅん狐堂へ入って彼が店の中を見回せば、和菓子を突いている数人のヒーローたちがいた。 ヒーロービルボードチャートJPでも上位に名を連ねているヒーローの姿を見つけたが、爆豪は見向きもせずに店員の一人である刃物の髪飾りを身に着けた小柄な少女のいるカウンターへ向かう。

 予約キャンセル待ちと書かれたプレートを置いてある受付には、胸元に東北きりたんと書かれたスタッフ名札を身に着けている少女が手元を忙しなく動かしている。 顔に影が差したことで爆豪に気づくと、嫌そうな顔を隠すことなく見せつけて口を開いた。

 

「げぇ、今日もですか」

「予約入ってるだろうが。 てか、客にとる態度じゃねえだろ」

 

 爆豪に注意されるも、手に持っていたゲーム機をカウンターの下に置くと、何事もなかったかのように彼へタッチパネルディスプレイを渡してきりたんは案内を始めた。

 

「ご予約の爆豪様、個性使用許可場をご希望ですね。 必要な項目をチェックしてください」

 

 画面には、個性使用許可場で希望する設備の一覧。 街中や部屋の状況、使う小道具、そしてターゲットの項目がずらりと並んでいる。

 手慣れた手つきで項目を選んでいく爆豪。 所要時間はわずか一分。 

 タッチパネルディスプレイを受け取ったきりたんは爆豪に鍵を投げ渡し、奥の部屋を指し示してぶっきらぼうに告げた。

 

「二時間コース、学生かつヒーロー科なので割引して使用料は千二百円。 Aの三です。 料金は入り口の投入口へ、どうぞ」

「接客態度がなってねーぞ未成年かコラ」

「これでも個性使用許可場の管理人ですー貴方より年上ですからねー。 敬いなさい」

「誰がするか、営業態度を教育されろ」

「はっはっは。 ブーメラン投げるの上手いですね、口の悪いヒーロー希望さん」

 

 吐き捨てて部屋へ向かう爆豪に言い返すきりたん。 旧知の間柄のような容赦のないやり取りを見て呆気に取られているヒーローたちを余所に、手をひらひらと動かしながらきりたんは見送った。

 

「あはははは、ごゆっくりー」

(……しっかし、こっちも想定外ですね。 原作よりも強くなってるんじゃないですかアレ)

 

 部屋に入った爆豪を確認してから、きりたんは彼が先日残した使用履歴を見てへの字に曲がる口を手で隠す。 注文されたターゲットの種類は主にヴィラン捕縛率の高い、ヴィラン専門とも言われるヒーローを模倣したロボット群。 既に実力の低いヒーローロボットは軒並み薙ぎ倒し、今日はトップクラスのヒーローに挑戦するという事で、爆豪は駆け足で部屋へ向かっていくほどにやる気に満ち溢れていた。

 

 この店はきりたんの個性と偽り、映像記録が残っているヒーローやヴィランと模擬戦を行える環境を整えていた。 元々は個性の実験で生まれた練習場であり、その有用性から少々内容を変えて東北じゅん狐堂の施設になった。

 個性で作り上げているターゲット達は、入室代さえ払ってしまえば追加料金は発生しないため、体育祭以前は穴場だったここも利用者が増えた。

 どのような轟音すら外に漏らさない充実した施設を見つけ、密かに楽しんでいた目ざとい利用者は予約必須にまでなってしまった東北じゅん狐堂に涙を流すほどの盛況となった。

 総責任者である東北ずん子は、ずんだ商品が目当てでない客に当初は嫌ったものの、同時に商品の売り上げも増えているので施設継続を渋々ながらも容認した。

 

 きりたんはカウンターにキャンセル待ちのプレートを置き直すと、ゲームをやっているような素振りでゲーム機の画面に爆豪の入った部屋の映像を映し出す。 そこには既に事前注文されていたターゲットと拳を交えている爆豪の姿が映し出された。

 ウサギの耳が生えた、彼よりも一回り背の低い女性型ロボットは爆豪をたやすく投げ飛ばし、無傷の体をステップで揺らしながら人差し指を曲げて挑発している。

 

『こいよ弱虫! こいよ弱虫!』

『ミルコの模倣ロボット風情が、死ねぇぇぇぇぇ!!!』

 

 本人の希望で、元となったヒーローに限りなく近い能力を持つロボット相手に爆豪はいきり立って挑みかかる。 何度も放り投げられては挑み、少しずつだが投げ飛ばされるまでの時間が長くなっている様子を見てきりたんは眉をひそめた。

 

「何で爆発ヘッド野郎は学生なのに、近接でもトップクラスの現役ヒーローに食らいつけてるんですかね」

 

 原作でも天才といわれる所以か、倒されるたびに動きが洗練されていく爆豪。 それを目の当たりにしてきりたんは目をひくつかせ、後で録画をみればいいと画面を切り替えてゲームで遊び始めた。

 結局、施設利用時間が終わるまで爆豪はミルコのロボットに投げ飛ばされていた様子で、ぼろぼろになって帰っていった爆豪を見送る。 退出した部屋に向かい、個性を使って部屋を楽々綺麗にしようと赴くと、予想の三割増しでボロボロになっている部屋の壁、そして胡坐をかいている耳の無くなったロボットを見て思わず二度見した。

 




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