VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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轟君周辺、ほとんど触れてないからほぼ原作沿いだった_(:3 」∠ )_
逆に他と関わり合いが少ないから影響範囲も少ないという事実


Voice23  保須市にて 紲星あかりは叫んだ

「お〇ァックですわ!!!」

 

 怒号と共に紲星あかりは両手で持っている武器、自身の身長ほどもある長さの分厚い板チョコを振り回す。 大きい見た目に反して羽のように扱うヴィランを相手に、相対するヒーロー達が打撃と振り回す際に生まれる突風で薙ぎ倒される中、一番小柄な老人だけが足裏から空気を噴出して攻撃を躱す。

 距離を取った老人は黄色いマントをなびかせながら悪態をついた。

 

「とんだ大物が来たもんだ! 脳無よりも厄介な化け物を連れてきやがって!」

 

 少し前にヒーロー殺しが出没し始めた保須市。 今、この町は脳無と同時に現れた化け物が闊歩する混沌へと変わっていた。

 下あごから反り返った二本の牙を持つ鬼のような顔をした二足歩行の化け物が複数現れて人を追いかけまわし、遠くでは槍にも見える巨大な針を持つサソリの上に両手に盾を持っている騎士を乗せたような化け物が丸太の様な尾を振り回し、脳無共どもヒーロー達を吹き飛ばしている。

 幸いなのはその化け物たちが脳無とも敵対しているらしく、時たまぶつかり合っている事。 だが、ヒーローどころか脳無の攻撃すら通っているのか怪しいくらいに忙しなく動き回り、倒れることなく動き続けている。

 

「久しぶりの運動にしちゃ、かなりハードだな!」

 

 ヒーロー・グラントリノは教え子のオールマイトこと八木俊典がOFA(ワン・フォー・オール)を託した相手、緑谷出久の職業体験で東京へとヴィラン退治するために新幹線で移動していた。 そこに脳無が襲撃、騒ぎの中心である保須市へ乗り込んで見つけた脳無をしばいていると、唐突に現れた正体不明の化け物たちを指揮する"頭文字(イニシャル)V"と名乗る女性に目をつけられて今に至る。

 グラントリノは足に力を入れると、圧縮した空気を吹きだして三次元軌道でヴィランへ向かって飛んだ。

 目で追うのも難しい蹴撃を、振り回していた武器が変形したかと思うと渦巻き模様のキャンディが現れて蹴撃を受け止める。 久しい戦闘で加減が調整できていないにも拘わらず、一歩も後退ることなく受け切った上に迎撃の構えへと移行している相手を見て、グラントリノは距離を離して悪態をついた。

 

「一体どんな個性をしているんだ、この小娘は!?」

「秘密です! おっと、距離をとっても撃ち抜きますよ!」

 

 ヴィランの持っているロリポップを模した盾が、今度はショートケーキのような形に変形した。 断面に空いた穴から光弾をばら撒きつつ戦場を駆け回る。 かすっただけで腕が持っていかれそうな威力に、グラントリノは無傷の腕を一瞥しながら一回転して着地すると、弾丸の飛んで行った後ろを確認して舌を打つ。

 

「吹き飛ぶだけで無傷か。 その後が問題だな」

 

 放たれた弾丸は別の場所で交戦しているヒーローや脳無にも当たり、無差別に数メートル以上も吹き飛ばしていく。 唯一、闊歩している化け物たちは当たっても何食わぬ顔で歩き回っている姿を見て、グラントリノは誤射の不安が無い敵の攻撃にため息を吐いた。

 弾幕を張る相手にグラントリノは回避しながら反撃の機会を窺っていると、やりたい放題しているヴィランの横から炎の壁が彼女を飲み込む。 グラントリノは炎の発生源に目を向ければ、厳つい風貌に炎をアイマスクのように体から出しているヒーローが歩いて来た。

 

「無事か、ご老体」

「む、お主はエンデヴァー。 来ていたのか」

 

 グラントリノが手早くヒーロー許可証を見せると、エンデヴァーはそれを一瞥して黒煙が上がるヴィランのいた場所を見た。

 

「ヒーロー殺しの目撃情報があったが、よもや脳無と"頭文字V"も出てくるとはな」

 

 ヒーロービルボードチャート二位、エンデヴァー。 轟焦凍の父であり、トップクラスのヒーローである男は、別の場所で未だに暴れている数匹の巨大なキメラサソリと、十数匹はいるだろう二足歩行の化け物達を憎々しげに睨みつける。

 

「化け物は腹立たしいが、サイドキックに任せた方が無難だ。 焼こうが裂こうがびくともしないが、どのような手段であれ一定回数の攻撃を当てると溶解する。 幸い、脳無やヒーローを追い回すだけで一般人にも傷をつけていない」

「ほぉ、おかしなもんだな。 元凶がすぐそこにいるんだ、聞くとする……!?」

 

 グラントリノは直感で体をのけ反らせ、紙一重で赤色の光線をかわした。

 ヒーロー二人が発生源へと目を向ければ、煙の中からショートケーキを向けたあかりが涙目で愚痴を吐きながら光弾を連射している。

 

「あーもー! マキさん、実はすごく面倒な事になるの分かってたでしょー! やる事が多い! 早く帰ってマスターとご飯食べるー!!」

「騒がしいじゃじゃ馬娘だな!」

 

 グラントリノは弾丸の嵐をよけ続けて接近を試みるながら 近づく事すら容易ではない攻撃の隙間をかいくぐって辿り着いても、相手は即座に武器を変形させてヒーローの攻撃を受け流し、距離を取っては銃撃を開始するいたちごっこ。

 また、エンデヴァーも炎が効かないのでグラントリノの隙を埋めるように近接戦を試みるが、二人で仕掛けた途端に相手は接近戦を拒み、距離を取って遠距離戦を徹底しだすヴィランに舌を打つ。

 

「ヴィラン、大人しく投降しろ!」

「大人しくするなら、最初からこんなことしませんよーだ!」

 

 膠着状態とも呼べる戦場。 不意にあかりの頭上に影が落ちる。 全身を鎧の様なスーツに身に着けたヒーローが真上から現れ、ヴィランを取り押さえようと試みたが、彼女は素早く後方に跳躍してその攻撃を避けた。

 肘に生えている突起物から煙を出しながら、立ち上がったヒーロー・インゲニウムはヴィランを視界に入れたまま、グラントリノとエンデヴァーに呼びかける。

 

「インゲニウム、加勢します! あと、同じようなスーツを着た人はいませんでしたか!?」

「こんなごちゃごちゃした所で分かるか、阿呆!」

「サイドキックの管理程度、しっかりしろ若造!」

 

 手厳しい叱咤を飛ばしながら、直線軌道で上空を飛んでいくグラントリノの返事に合わせ、エンデヴァーは正面からヴィランへ向かい、インゲニウムも弧を描いて挟みこむように走り出す。

 数的不利に陥ったはずのあかりは、インゲニウムの姿を見ると笑顔を浮かべながら、ぐっと拳を握った。

 

「よし、全員揃った!」

「……こいつ、最初からワシらが目的か!?」

「望んだとおりの展開です!」

 

 グラントリノの疑問に、あかりは笑顔で武器を板チョコレートに変形させて迎撃の態勢をとった。

 次の瞬間、彼女は呆然とした顔になり、同時にヒーロー三人の蹴撃が直撃する。 今までの攻防は何だったのかと、確かな手ごたえにグラントリノは相手の見せた隙に目を見張った。

 あっけなく吹き飛ばされたヴィランを見て、エンデヴァーも追撃を止めて様子を窺う。

 

「……動かないな」

「……何だったんじゃ、こいつは」

 

 飛んでいったヴィランは、まるで人形のように道路を跳ねて地面に落ちると、指一本動かすことなく横たわっている。

 あっけない幕切れにグラントリノとエンデヴァーが眉を寄せつつも、しばらく待っても動かない相手に全員が戦闘態勢を解き、一番若いインゲニウムが捕縛するためにヴィランへ向かった。

 インゲニウムがヴィランにあと一メートルで辿り着くという所で、女性の体が不自然に腰から起き上がる。

 

「ヴィランが!?」

「やはり狸寝入りか!」

 

 背骨が折れているのではないかと心配するほどに、仰け反った体を勢いよく起こすと、ヒーロー達の目には奇怪な光景が現れた。

 ヴィランの顔は、肌がツヤのある黒色に変色しており、十を超える赤い目でヒーロー達を見つめている。 さらに体からは無数の触手が伸びて広がり、急速にその体積を膨れ上がらせていく光景を見てグラントリノが叫ぶ。

 

「いかん、早く離れろ若造!!」

 

 忠告通り、インゲニウムは加速してヴィランの隣を通り過ぎ、十分に距離を取って反転する。

 その時には、ヴィランと思われる化け物は十メートルを超え、両腕は複数の触手を束ねた禍々しい姿へと変貌していた。 かと思えば、化け物の頭部にひょっこりとあかりが現れる。

 仰々しい変身かと思いきや、眷属を生み出した事にグラントリノが突っ込みを入れた。

 

「お前じゃ無いんかい!」

「しかし、あの図体。 動き回るだけで面倒だな」

 

 面倒事が増えて顔をしかめるエンデヴァーに対して、ヴィランはどこか焦った様子で周囲をキョロキョロと見回している。

 その視線が一点を見つめると、乗っている化け物の頭をポンポンと叩いてヒーローに別れを告げた。

 

「この子と遊んでいてください。 構ってあげれば何もしませんので。 それでは、急用ができましたので失礼します!」

「な、待て!」

 

 高々と飛んでビル群の中へ消えていったヴィランを追おうとインゲニウムが走り出すが、足元に突然現れた物体に躓いて転倒する。 勢いが消えぬまま、次いで突然現れた壁に激突して止まった。

 その様子にグラントリノがため息を吐きつつも、目の前に鎮座する化け物を見上げる。 エンデヴァーも化け物から視線を逸らさず、着信音が鳴っている携帯電話を手に取り、短い連絡を聞き終えてため息をついた。

 

「どういう意図かは知らんが、ヴィランの目的はワシらの足止めのようじゃな」

「全く、脳無とやらの捕縛は終わったと連絡が来たが、こっちはまだ手間取りそうだ」

 

 触手でできた壁に激突したインゲニウムがエアバックを取り外している姿を見ながら、エンデヴァーは効くかどうかわからない炎を燃え上がらせて巨体へと灼熱を解き放った。

 

 

 

 

 保須市の路地裏。 グラントリノに置いてきぼりにされた緑谷出久は一人、遠くで爆発音と悲鳴が聞こえる道を彷徨い歩いていた。

 

「何なんだここは、どこを進んでも道路にでない」

 

 最初は携帯電話による位置情報を確認しながら進んでいたが、いつの間にか位置情報は同じ場所から動かなくなり、当てにならないと判断してからはとにかく進むことにした。

 ふと、耳に異音が混じる。 叫ぶ声とエンジン音、そして誰かがしゃべる声。 それらが聞こえてくる横道を、緑谷は曲がり角からそっとのぞき込む。

 そこには人影が三つ。 唯一立っているのは赤いマスクにナイフから血を滴らせている不審者。 その人物が向ける視線の先には、壁にもたれかかっているインディアン衣装のヒーロー、そのヒーローの前で倒れているのは鎧のような、学校でも見た事のあるヒーロースーツが見えた。

 

「あれはヒーローと飯田君……それにヒーロー殺し!?」

 

 心当たりのある人物が倒れているのを見て、緑谷は頭の中が真っ白になると同時に、全身に力を込めて駆け出した。

 OFA"フルカウル"。 全身に制御可能な力を常駐させて身体能力を爆発的に上昇させる、グラントリノとの特訓で編み出した彼の個性を応用した技。 尤も、現在は本来の一割も性能を引き出せていないが、それでも今の緑谷にとっては自傷せず個性を活用できる状態なのは間違いない。

 走る音にヴィランが振り向いた時には、緑谷の拳が敵を捉えていた。 吹き飛んだ相手を凝視しながらも、緑谷はクラスメイトである飯田天哉を呼ぶ。

 

「飯田君、大丈夫!?」

「緑谷君、どうしてここに!?」

 

 緑谷は倒れたままで立ち上がらない友人に疑問を浮かべる。 その思案も、吹き飛ばしたヴィランの姿が見えて中断した。

 殴られた頬をさすりながら、ゆっくりと緑谷へ近づくヒーロー殺しのステインは深くため息をつく。

 

「ハァ、また余計な邪魔が入ったか」

 

 壁にもたれかかっているヒーローは光明を得たと言わんばかりに緑谷へ捲し立てる。

 

「こいつの友達か!? とにかくそいつを連れて逃げろ! ヒーロー殺しの狙いは俺だ!」

 

 ヒーローの提言に、緑谷は頭を振って否定した。

 

「逃げろって言われても逃げられないんです! 大通りに向かいたいのに、十分以上も裏道をずっと歩き回ってここに来たんですよ!」

「はぁ!? なんだそれ!? そんな道があるわけないだろ!! とにかく逃げろ!!!」

 

 訳の分からないことを言う相手に、子供たちを逃がしたいヒーローは絶叫した。

 緑谷の言葉にステインは足を止めると、少ない情報から変化していた周囲の状況を推測する。

 

「知覚を狂わせる類のヴィランか? ここに影響が無いとすると、外が騒がしい原因か別の意図か……どちらにせよ、後々で仕留めなくては。 たとえ子供だろうと、邪魔をするならば殺す」

「くっ!」

 

 殺人者の目でステインは緑谷を射抜く。 背中に走る悪寒を感じながらも、緑谷は飯田とヒーローを見て、拳を構えてステインに闘志を向ける。

 その姿に、ステインは少し前に招かれた敵連合、その首魁に見せられた写真の一つにあった姿と同一人物である事を思い出した。

 

(敵連合の標的になる子供か……)

 

 震えを隠しきれていないが、少しだけ怖気づいた後に戦闘態勢をとる緑谷の姿を見て、ステインは僅かに口角を上げる。 戦う姿勢の緑谷を見たヒーローが声を上げて逃げるように叫んだ。

 

「馬鹿! そいつは何人もヒーローを殺して回っている犯罪者だ、学生じゃ太刀打ちできないぞ!」

「だからって、じっとしていればいいんですか!? 目の前で襲われている人がいるのに、見捨てるなんてヒーローじゃない!」

「くそ、どうなっても知らないからな! そいつの個性は血を舐めた相手の体を動けなくするものだ、血を絶対に見せるな!」

「有難うございます!」

 

 ヒーローからの助言を受けて、緑谷が地面を蹴る。 フルカウルによって底上げされた身体能力は常人ならば反応できない速度で、緑谷はヴィランへと向かっていく。

 ステインが牽制のナイフを放つと、緑谷は防刃布製のグローブで弾き飛ばして懐へ飛び込んだ。 すかさずステインが次のナイフを取り出して切りつける。 緑谷はナイフに合わせて横に飛び、建物の壁へ足をつけて着地した。

 そこに間髪入れず、ステインは体を捻って刀を突き出す。 緑谷の顔を狙った致命の一撃。 しかし、僅かに緑谷が壁を蹴る方が早く、髪の毛を数本散らしながらも彼は地面に着地しステインへ向かって飛びこんだ。

 刀を振り下ろすには間合いが短すぎ、ナイフを突き出そうとするヴィラン。 そのナイフが緑谷に届く前に、彼の拳がヴィランの腹部を打ち抜き、ステインは吹き飛ばされた。

 

「おお、やった!」

 

 ヒーローが歓喜の声を上げ、勝利に緑谷も無意識に顔をほころばせた。 同時に緑谷は体に力が入らなくなり、崩れ落ちるように地面へ伏せる。 倒れた彼と反対に、吹き飛んだステインは受け身を取って立ち上がった。 その口元には僅かに赤い色が付いたナイフへ舌を這わせながら、感嘆の息を吐く。

 

「ハァ……良い動きだ」

「ぐっ、何で!?」

 

 緑谷の頭の中が疑問で埋め尽くされた時、脇腹に微かな違和感を感じた。 ステインは腹部に攻撃を受けた際、体を曲げながらもナイフを握っていた腕を伸ばし、緑谷に小さな傷を与えていた。

 彼の視界外で振るわれたナイフによってつけられた僅かな傷。 かすり傷でありながら致命的な攻撃を与えたステインは満足そうに呟きながら、ヒーローに向かって歩を進める。

 

「粗削りだが、生かす価値はあるな。 精々インゲニウムのように、他人の手が無ければヒーロー活動できない贋作にならないよう精進しろ」

 

 ステインの言葉に、倒れていた飯田が目を見開いた。

 

「貴様、兄さんを襲ったのか!?」

「仕留めそこなったインゲニウムの身内か」

「兄さんはヒーローとして多くの人を助け、導いてきた! お前に殺される謂れは無い!」

 

 激昂する飯田を見て、ステインは深くため息を吐く。

 

「ああ、貴様もまたヒーローの成り損ないか」

「貴様も!? 兄さんは立派なヒーローだ!」

 

 反論する飯田を、ステインはゴミを見る目で見下ろす。

 

「贋作に憧れる者も、贋作以上になることはできない。 先に貴様の結末を見せてやろう。 正しき社会の供物を」

 

 そう言い残して壁にもたれかかっているヒーローの前まで歩き、両手で刀を振りかざす。

 

「やめ……」

「やめろー!」

 

 飯田と緑谷が叫ぶ。 我を貫くヴィランの行動はその程度で止まるはずもなく、刀を振り下ろした。

 凶刃は、ヴィランとヒーローの間に水色の物体が現れて受け止められ、標的に届くことはなかった。 目の前に現れた物体を見て、ステインは眉を上げて呟く。

 

「氷……」

 

 刀を受け止めたのは氷壁。 地面伝いに続いている方へ、ステインが目を向けると人影が一つ。 赤と白に分かれた頭髪、左目のやけど跡にある感情の分かりにくい目がこの場にいる人物を見回す。

 周囲を確認するように現れた少年が口を開くと、その声は緑谷と飯田には聞き覚えのあるクラスメイトの声だった。

 

「クソ親父を探していたら、とんでもない所に出くわしたもんだ。 結果論だが、ここに放り込まれてよかったな」

「轟君!」

 

 轟焦凍はエンデヴァーに連れられて保須市に来ていた。 ヒーロー殺しを捕まえる為に遠出をしていたのだが、脳無と化け物が相次いで出現。 悲鳴と怒号が鳴りやまぬ世界と化した街で、轟は白い二足歩行の化け物の相手をしていると、他のヒーローを狙って振るわれたキメラサソリの巨大な尾に巻き込まれ、吹き飛ばされて一人だけ路地裏に放り込まれた。

 すぐに起きてみれば、目の前にはどこかの路地裏。 吹き飛ばしたサソリの影一つなく、進んでも進んでも大通りに出られないまま街を彷徨っていた。 そして、聞いた事のある声が耳に入ったのでそちらに向かうと、不審者が人を害そうとする場面に出くわし、その凶行を止めるべく個性を使った今に至る。

 轟はヴィランへ氷の波を放つと同時に、ヒーローとクラスメイトの足元へ氷の坂を作って全員を自分の後ろへ移動させた。

 刀で氷撃を切り払いながら、絶え間なく現れる邪魔者達にステインは愚痴を吐く。

 

「今日は次から次へと」

「情報通りの姿か。 ダチもヒーローもやらせねぇぞ、ヒーロー殺し」

 

 顔を強かに打ち付けて悶えているヒーローに代わり、緑谷が相手の情報を轟に渡す。

 

「ステインは血を舐めるとその対象の動きを止める個性なんだ。 みんなやられた!」

「なるほど、奴の個性を使うのに刃物を使うと……。 まあ、クソ親父が警戒していた相手だ、全力でいくぞ」

 

 彼がそう言うと、氷と同時に炎を体から噴き出した。 ヴィランに向かって炎を放ちつつ、足元に氷を作ってその上を滑り敵へと向かう。 ステインは横に飛び退いてナイフを構えるが、轟は右手に氷の塊を創り出して即席の投擲物を投げつける。 ステインがナイフで撃ち落とし、刀を構えて轟へ突進、炎に怯むことなく身を投げてその先にいる轟へ刀を振るった。

 

「っぶね!」

 

 間一髪、仰け反って避けると太ももに鈍痛が走る。 ステインから放たれたナイフが数本刺さっていた。 ナイフを掴もうと接近してくるヴィランに、足を守る氷柱を生み出しながら炎を最大出力で猛り狂わせる。 流石にステインでも身の危険を感じたのか、大きく後方に飛んで距離を開けた。

 刹那の攻防。 見ることしかできない緑谷は、ヴィランとクラスメイトの攻防よりも、彼が炎を使っている事に驚いていた。

 

「轟君、炎を……!?」

 

 緑谷の反応は尤もである。 体育祭では頑なに使おうとしなかった……緑谷との対戦でのみ使った炎を惜しげもなく使っている。 その光景に飯田も目を瞬かせていた。

 驚きの声に、轟は振り向かず自分を変える切っ掛けを与えた緑谷に心の中で感謝していた。

 

(体育祭の時、お前に言われた『自分の力』。 意を決して母と会ってみれば、あっさりと赦してくれた。 何にも捉われず進む事が幸せであると、目を見て言ってくれた。 もう迷わねぇ、俺の力でヒーローになる)

 

 新たな決意と共に轟はヴィランを見据える。 ヒーロー殺しと呼ばれる相手は品定めするように轟を見て呟いた。

 

「お前も、良い」

「勝手に言ってろ。 どんな理想を掲げようとも、やってる事が悪事なら他のヴィランと変わんねぇ」

 

 轟は氷の津波をステインへ放つ。 ヴィランは刀で切り払いながら、氷の山を迂回して轟へ接近する。 空中で身動きの取れない相手に炎を放つべく、轟は左手を向けると、ステインはニヤリと笑って数本のナイフを構えた。

 相手の視線は轟の後ろ、倒れているヒーローに向けられているのに気づき、即座にヒーローの下に氷を作り出して移動させた。

 ヒーローが一人だけ離れた場所に移動しながらさらに複数のナイフを投げるステイン。 轟の経験ではどの攻撃が危険であるか判断できず、大雑把に氷壁を作り出し、ヒーローを全ての攻撃から遮断した。

 ヒーローに対応している隙に、刀が届く距離まで接近したステイン。 迎撃に使う個性を、轟は出の早い炎と使い慣れた氷、どちらで迎撃するべきかという一瞬の迷いが出てしまった。 僅かでありながら致命的な間にステインは放たれた炎に曝されながらも、轟に刺さったナイフを抜き取り舌を這わせる。

 

「やられた……!」

 

 崩れ落ちる轟を見ながら、ヴィランは散らばったナイフを回収しつつ全員の血を再度舐めとり、全員の行動を封じてうつ伏せのヒーローに向かった。

 

「動きが大雑把だ。 だが、貴様も資格はある。 今は生かしておこう。 さて、多少時間が伸びたが、やるべきことをこなそう。 まずはそこの贋作からだ」

 

 ヴィランが氷壁を乗り越える。 僅かに顔を持ち上げ、青ざめながらも動けないヒーローを、眺める事すらできない飯田達は必死に体を動かそうと全身に力を込めた。

 

「くそ、動け、動けー!」

 

 学生全員がヒーローを助けようと、躍起になっている姿を遮断している氷壁を背に、ステインが刀を構えて標的を見据える。

 その時、緑色の光が音も無く緑谷達の目の前に落ちたかと思うと、分裂して三人を通り抜けて虚空へと消えていった。 何事かと緑谷が地面に手をついて光の消えた方へ顔を向ける。

 一拍置いて、緑谷は動けることに驚きの声を上げようとした瞬間、轟に口をふさがれて困惑の眼差しを彼に向けた。 その轟は氷壁に視線を向けながら、小声で緑谷へ意図を伝えた。

 

(何だか知らねぇが、奴の個性が解けた。 俺が体勢を崩す。 畳みかけるぞ)

 

 同じく動けるようになった飯田も静かに頷き、三人は手早く態勢を整える。 そっと壁から敵をのぞき込むと、背を向けているステインが何かを言いながら、刀を振り上げようとしていた。

 

(時間が無ぇ、行くぞ)

 

 轟の小声と共に、緑谷と飯田が個性を使って氷の壁を飛び越える。

 

「フルカウル!!」

「レシプロバースト!」

「っ何!?」

 

 異変に気付いたステインは困惑しながらも、冷静に二人を迎撃しようとナイフと刀を構え、足元がグラついて体勢を崩した。 地面には僅かな陽光を反射するほどに張られた、薄く硬い氷。

 咄嗟に地面に手をついて体勢を整えようにも、空しく転倒してるヴィランを轟は氷壁の向こうで不敵に笑う。

 

「足元がお留守だ、ヒーロー殺し」

 

 上の二人へ意識がいっている間に、氷を這わせてバランスを崩されたステインは、それでも迎撃を行った。

 ナイフは飯田の肩を裂きながらも勢いを殺すことはできず、刀は緑谷を捉えながらも防刃布の上から凶器が粉砕され、二人の渾身の一撃をまともに食らい、ステインは地面に叩きつけられた。

 緑谷と飯田は、倒れたままのステインに距離を取って警戒しながらも、動く気配の無いヴィランに誰ともなく安堵の息を吐く。

 窮地を乗り切れたとわかった途端、緑谷は先ほどの奇妙な光が気になり始めた。

 

「今さっきの光は何だったんだろう」

 

 その問いかけに飯田も顎に手を当てて考えるが、結論が出るはずもなく首を振った。

 

「考えてもしょうがない。 それよりも、早くヒーローと合流しよう。 外に出れば、兄さん……インゲニウムが近くにいるはずだ。 ステインはほとんど負傷していない俺が連れて行こう」

「じゃあ、僕がヒーローを担ぐよ!」

 

 飯田がステインを捕縛し、緑谷がヒーローを担ぐと、手持ち無沙汰になった轟は何かないかと二人に尋ねる。

 

「俺は」

 

 緑谷に担がれながらも、そわそわし始めた轟の脚が見えたヒーローが声を上げた。

 

「君は足を怪我しているから、手当が先!」

「……はい」

 

 担がれているヒーローの指示に従って、轟はしょんぼりと自分の手当てを始める。

 簡易手当てが終わり次第に彼らが歩き出せば、緑谷と轟が迷っていたことが嘘のように、あっさりと日の傾き始めた大通りへ出ることができた。

 保須市に残っていた化け物達も、まるで終わりを告げるように溶けて消えていき、街にはただただ脳無とヒーローによる戦闘の爪痕だけが残されている。

 

 

 

 関係者以外立ち入り禁止である、ビルの屋上。 銀色の髪をなびかせながら、あかりは眼下で起きている出来事を見下ろしている。

 ヒーロー殺しが脳無に連れ去られかけた緑谷を救い、立ったまま意識を失う光景を見てほっと胸をなでおろした。

 

「ふぅ、軌道修正完了……完了? まあいいや、帰ってご飯を食ーべよ」

 

 離れた所で双眼鏡を塵にしている、手の形をした装飾品を顔面に張り付けたヴィランを一瞥しながら、あかりはビルの中へ入っていった。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます

以下、補足な蛇足

化け物全般
作品『GOD EATER』に登場するアラガミと呼ばれる敵対種族

・巨大な尾を持つ二足歩行の化け物
オウガテイル……名の通り尻尾に鬼のような模様が見える小型アラガミ
ゲームだと雑魚敵だが、対アラガミ用武器でなければ一般人では傷一つつけられない恐ろしい存在(アラガミ全般の特徴)

・サソリに騎士を乗っけたようなキメラ
ボルグカムラン……巨大なサソリの針と盾を持つ騎士の様な姿が特徴の大型アラガミ
体を回転させて尾で薙ぎ払ったり、巨体で押しつぶしてきたり、槍のように針を突き刺してきたりする。 硬いのでプレイヤーからは嫌われ気味

・複数の赤い目をもつ巨大な化け物
ウロヴォロス……平原の覇者とも呼ばれる、強大なアラガミ
初代の世界観では単独討伐で騒然とされるほど脅威の代名詞だったが、作品が進むと狩り方が確立されてそれほど脅威でもなくなったちょっとかわいそうな子

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