VillainのVはVOICEROIDのV   作:捩花

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Voice24 四足から二足に変わる時

 平日の昼下がり。 白色に光る直管蛍光灯の下で、結月紫はみゅかりを抱えながら天井をぼうっと眺めていた。

 

「やる事が無い、暇だ……」

 

 ゲームアプリもテレビゲームもやり飽きた紫はボイスロイド達が出払っている現在、彼は部屋から外出しないように厳命されている。 みゅかりをいじり倒すことも飽きた彼は、部屋と外を繋ぐ唯一の扉を盗み見た。

 彼女達が言うに、この世界において紫の肉体はまだ安定しておらず、外を出歩くのは危険だと言われている。

 紫はみゅかりに顎を乗せてため息をついた。

 

「ヒロアカの世界、歩いてみたいんだけどな」

 

 様々な個性を持って生まれる世界。 紫の元居た場所ではありえない、多種多様な姿をした人類を直に見てみたかったが、彼女達は扉に近づく事すら過敏に反応し、意地でも外へ出ないよう即座に割って入り、彼が外に出ることを阻止していた。 紫も本気で妨害してくる皆を見て、悔しいが断念せざるを得なかった。

 周囲を見回し誰もいないことを確認して、みゅかりを抱えながら忍び足で扉へ近づいてみる。 扉の前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、腕に激痛が走った。

 

「あいだだだだだ!?」

 

 抱えていたみゅかりが全身の毛を逆立てて彼の腕にかみついていた。 もみあげのような腕でしっかり組みつき、振ろうが引っ張ろうが離れることなくガジガジと噛みつづける。

 

「みゅみゅみゅー!!!」

「悪かったって! だから噛むの止めて!?」

 

 振り回そうとしたい衝動を抑えながら、紫はベッドに駆け寄り飛び込む。 寝具にうつ伏せになると、口を離して一緒に飛び込んだ紫玉を恨めしそうに見つめる。

 一仕事を終えたというように、呑気にあくびをしているみゅかりを見て、ボイスロイドから生まれた存在を連れて外に出ようとしていた迂闊な自分に呆れて、彼は枕に顔を埋めた。

 

「……まあ、みゅかりに負けている時点で、外に出ても敵対している相手に襲われたら終わりだからなぁ」

 

 彼の迂闊な行動は今に始まった事ではない。

 この世界に来た当初、すぐに倒れてしまった自分を看病してくれた彼女達に、朧気ながらも感謝を伝えて「好きにしていい」と言ってしまい、彼にとっては不自由の無い生活を満喫している間に、ある日を境に彼女達はヴィランとして活動し始めてしまった。

 最初は真っ当に世の中へ溶け込もうとしていたボイスロイド達は、ある時を境に目の色が変わってからは東北じゅん狐堂を拠点に活動していたが、原作が始まってからは裏方だと思っていたチームが雄英A組を筆頭に、ヒーロー相手にも手を出し始めた事が頭痛の種となっている。

 記憶を共有している事は知っているがために、アンチである部分を前面に押し出して行動し始めた彼女達を咎めようか迷っている間に、既に戻れない所まで来ていた彼は、自分の優柔不断さに後悔を口にすることしかできなかった。

 

「ああー、もうちょっと皆に気を配っていれば……言うのが遅いってのはわかるけどさぁ」

 

 尤も、彼が放置してしまったが故に行きついた結果であることは理解しており、そうなってしまった事を後悔する程度には自身が悪い事を自覚しているのだが。

 物語の主人公でもなく、ただただ筋書を知っているだけの世界に放り込まれてしまった一般人が、諸手を上げて暴力が荒れ狂う物語の中核へと切り込めるほど、彼は勇敢でも無謀でもなかった。

 

「おまけに最近は、俺にも何かしているのは確実……本編が始まる以前の記憶があやふやだし。 夢だけどUSJの授業や職場体験っぽいの、出てきたヴィランの姿は違ったけれど、あれ皆だよね」

 

 ゴロゴロとベッドの上を転がり回り、天井を見上げて右手を掲げる。

 脳裏に思い描いたのは歯車の形をしたヨーヨー。 すると手の平に寸分違わぬ物が現れた。 紫は体を起こすと、先ほどの後悔から目を背けるように、ヨーヨーで遊びながら少し前に見た夢を思い返す。

 

「八百万が体育祭で二位。 いや、それよりも爆豪が騎馬戦で脱落した方が気になるなぁ。 それにセイカさんが変な表を持ってきたから、また何かしらやっているんだろうけど……この先どうなるやら」

 

 結局、思考は目を背けたい方へ向いてしまい、口をへの字に曲げてヨーヨーを放り出した。 空中で虹色のポリゴンとなって弾けた道具を見ながら、みゅかりを撫でつつ己に言い聞かせるように呟く。

 

「もう後戻りはできない。 犯罪者として裁かれるのは覚悟できた……と思う。 彼女達はできれば穏便に、っていうのは自分に都合がよすぎるよなぁ」

 

 自分が生み出した存在なればこそ、彼女達の罪も背負う事になるという事実に、見えない重りが彼の肩にのしかかる。

 彼自身の記憶の限りでは、根っからの善人ではないものの、進んで犯罪に手を染めるような悪人ではなかった。 特に秀でた能力を持たない彼は、平凡な人生で終わる一生か、場合によっては小悪党止まりの一般人で終わるはずだった。

 誰からの記憶にも残らない物語の主人公。 ありふれた人間の、ありふれた結末はいつ歪んでしまったのか。

 

「元々俺は、あれ? 元々……何だったっけ」

 

 ふと自分の記憶に引っ掛かりを感じ、紫は顎に手を当てて考え込む。 脳裏に浮かぶ、見た事の無いはずの風景を確固たる形にするべく、口を動かして忘れないよう、音で脳に刻み込むように言葉を絞り出す。

 

「夕焼け、目の前に人だかり、肩が熱い、誰かの顔が目の前に、涙が見え……」

 

 既視感を感じる風景。 あと少しで何か大事なものを掴みかけた瞬間、頭部からモフモフした感触と共に激痛が走った。

 

「みゅあ!!!!!!」

「あ痛ったぁ!?」

 

 いつの間にか頭に上っていたみゅかりに咬まれ、紫は痛みに飛び跳ねて正気に戻る。 一仕事終えたと鼻息荒くしているみゅかりをジト目で見ながら頭部をさすっていると、入り口の扉をノックする音が三度鳴り、間延びした声が聞こえてきた。

 

「マスター、入ってよろしいでしょうかー?」

「ん、イタコさん? どうぞ」

 

 白い狐耳に長い白髪を揺らしながら入ってきた東北イタコ。 片手に和菓子を持った彼女は扉を閉めると、中央のテーブルに菓子を置いてベッドにいる紫の隣へ向かって座った。

 

「調子はどうですかー?」

「大分よくなったよ。 ここ最近は倒れることもほとんど無くなったし」

 

 紫は体を軽く動かす。 世界に来た時に昏倒し、しばらくは寝たきり。 半年近くかけて体調が安定するまで、部屋の中で過ごしていた時間を思い出し、彼は苦笑いを浮かべた。

 そんな彼の頬にイタコは両手を添えて自分の方へ顔を向ける。 きょとんとしている紫に、イタコは彼と目線を合わせて口を開いた。

 

「マスターの思うまま、好きにしていいんですよ」

 

 イタコは優しい笑みを浮かべながら、紫を見つめて語りかける。 それは贖罪の勧めか、もしくは悪への誘い。

 

「私達はマスターの能力によって呼び出された存在。 本来であれば、マスターの指示によって動くべき者達です。 マキさんは自由にやっていますが、それもマスターと共有した記憶を元に、喜んでもらえるように行動をとっているだけですわ」

 

 彼女は一呼吸置いて、彼の背中を後押しする。 停滞していては手に入れることのできない未来を、自らの意思で決めて欲しいが為に。

 

「ですから、己の思うままに動いてください。 どのような結末であれ、役目が終わるその日まで、私達はマスターの味方ですわ」

 

 祈るように、願うように。

 言葉を紡ぎ終わり、答えを待っている彼女を、紫は半眼で見つめて呟いた。

 

「知ってる。 いや、知ってた」

「……あらぁ?」

 

 そっと彼女の手をどける紫に、予想外の答えだったのかイタコは首を傾げている。

 そんな彼女に肩をすくめながら、紫は天井を仰いだ。

 

「はぁー……この世界に来る前はただの一般人(その他大勢)だったんだけどなぁ」

 

 紫は頬を掻き、顔を叩いて気持ちを入れ替えた。 彼の目つきは日々を無為に過ごす人の無気力な鈍い輝きではなく、己の欲望に忠実となった悪の光を放ち始める。

 ニヤリと口元を浮かべて脳裏に思い浮かべるのは、自身の介入によって変化する物語の行く末。 元々、この世界が好きで二次創作を読み漁っていた彼は、同時に不満に思っていた部分を修正できるであろう未来に思いを馳せて決意を固めた。

 

「腹、括るか。 どっちにしろ皆がいなければ死んでいただけだし、今まで放っておいた責任を背負うついでに、好き勝手やってやろうじゃないの!」

「ちゅわー!」

 

 自らの意思で動き始めた主を見て、イタコは嬉しそうに頷いた。

 活力に満ちた紫は軽く体を動かしながら、 現状を把握するべくイタコに問いかける。

 

「よし。 悪の親玉ならば、高みの見物で盤面を指すってもんだ。 東北三姉妹と葵ちゃんは拠点維持の為にお店経営をやっているんだよね。 動ける他の子達は今何してる?」

「マキさん、茜さん、セイカさん、あかりさんは敵連合に向かっていますわ」

「……それって」

 

 紫は記憶を掘り起こす。 体育祭が終わり、職場体験も終わり、次に敵連合が関わる事件。 紫にとっても、ヒーローにとっても、敵連合にとっても、世界が大きく動く重要な分岐点(ターニングポイント)

 

「強化合宿の襲撃に便乗参加するためですわ」

 

 英雄と悪の帝王が堕ちる、神野事件の発端となる敵連合の開闢(かいびゃく)行動隊。 彼らに爆豪が攫われ、正義と悪、その頂点が同時にいなくなるという大事件にして、歴史が動乱へと下る坂道が始まる日がすぐそこに迫っていた。

 

「……オーケー。 とりあえず、情報共有しよう。 皆には覚悟を決めたって伝え……一斉に脳内へ直接声を通すのヤメロォ! 嬉しいのはわかったからぁ!」

 

 いつの間にか紫の頭部に現れた、七本のあかり草が「わぁ」と嬉し気に踊り揺れている。 その光景をのほほんと見守っているイタコ、そしてみゅかりは悲し気に鳴いていた。




感想、誤字報告、指摘ありがとうございます


某超重力を放つ加湿器と例えられている二次創作の影響で熱意がそっちに引き寄せられていますが
終着点は決まっているので、週一投稿はキープしたい所存
以下、蛇足な補足

・はぐるまヨーヨー
GBAソフト トマトアドベンチャーより、ギミックと呼ばれる武器
作品に登場する武器は設定されたコマンドの成否、さらに七段階の難易度によって威力が変わる
移動する棒を一定範囲内で止めるギミックで、最高難易度の成功判定は1フレームレートらしい
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