個性を奪い、与える力を持つ存在。 事情を知っている根津校長と
一早く気を取り直したハウンドドッグが根津校長へ疑問を投げかけた。
「それは……個性が現れた背景に秘密組織がいるという、都市伝説の一つでは?」
個性という異能が世界に現れてから現代まで、様々な憶測と空想が飛び交っていた。
特殊な薬品によって体を作り替えられた、大国が秘密裏に作り上げたバイオハザードの一端、果ては神の降臨する前兆等々。
個性因子が発見されて以降は、少しずつではあるが未知が解明されていくにつれて、根も葉もない風説は廃れていった。
あやふやな記憶となって現代まで生き残っている民間記録の一端。 どれが嘘で、どれが真か。 根元すら見えなくなった形無き情報は、いつの時代でも興味を持った人間を躍らせている。
その効果を意図的に私用する者は、効力を噛み締めるように小さく頷いた。
「今回も
根津が塚内に合図を送る。 彼が頷いて取り出したのは一枚の紙きれ。
誰もがどこかで見覚えのある物と思えば、先日の敵連合及び"頭文字V"の会議の時に出てきた、悪口の書かれていたメモだった。
『
提示された物から、教師陣はそこに書かれた意図を察して眉を顰める。
納得していない表情の教員達に、根津校長は言い聞かせるように口を開いた。
「以前に"頭文字V"が持っていたメモ書きの一つ。 これは奴を知っている人間だけが察する事のできる暗号が入っている。 アフォの上に書かれた小さいAFOの文字……オール・フォー・ワンの頭文字さ」
さらに説明を続けようとする校長に、おずおずと手を上げたミッドナイトが言葉をはさむ。
「校長……その、オール・フォー・ワンというヴィランはどのような存在ですか」
彼女の指摘に根津は言葉を止め、小さく舌を出した。
若い世代が、かの邪悪を知っているはずもなく、焦りからか既知を前提で話を進めていた彼は、頬を掻いて不足している説明を始める。
「少なくとも百年以上前から存在した悪の帝王であり、裏の支配者。 個性は他人から個性を奪い、また他人へ移すことができる。 長らく裏から日本を操っていた存在、六年前にオールマイトが倒したと思われた相手が動いている可能性が出てきたのさ」
現実感の無い話に、スナイプが帽子を目深に被り直しながら、疑問に思った場所を指摘する。
「百年以上……寿命が伸びる個性を持っている、と言う事なのですか?」
「確定ではないけれど、その類の個性を持っているだろう。 そして、個性がまだ異能と呼ばれていた個性黎明期の警察が所持していた手記に、AFOであろう情報が残っていたらしい。 その時期ならば、迫害対象だった能力を捨てたいという人は多かったろうね」
架空から飛び出してきたような個性。 想像の外を行く存在に苦虫を噛み潰したような顔の教員達を、オールマイトから聞いていた塚内は彼らの心境に、苦笑しながらも同意する。
個性を移動させるという
ブラドキングが気を引き締めなおすように喉元をさすり、校長に物申した。
「たとえそのようなヴィランがいたとしても、この情報量だけで疑りすぎでは?」
根拠はたった紙きれ一枚。たとえハイスペックという個性によって頭脳が飛びぬけている根津と言えど、他者を説得するには少なすぎる。
しかし……
「かもしれない。 けれど、敵連合という存在が現れ、そのトップらしきヴィランの人物像は『子供大人』とボク達は分析した。 おかしいと思わないかい? 警察の調べでは前科を犯しておらず、連合と名乗る規模の集団を管理できる思考があるとも思えない。 何より……」
根津校長はAFOの脅威を知っている。 平和の象徴とまで謳われているオールマイトに深手を負わせ、彼に手加減を許すことなく戦った戦闘力を持つ悪の首魁。
その可能性を放置してしまえば、ぬくぬくと育っているヴィランはやがて、親と同じ巨悪となって現れるであろう。
「脳無という、死者を冒涜する非人道的兵器を生み出した、人を素材としか思わない
実験体として扱われた過去を持つ根津。 脳無に自身が辿る可能性であった末路の一つを見せられては、その怒りを簡単に静めることはできない。
前回の会議では抑えられていた、根津の小柄な体躯から放たれる重圧が部屋を包み込む。 彼のため込んでいた怒りを初めて直に受けた塚内は、心を落ち着かせるために飲み物を口に含んだ。
そんな彼を横目に、数年に一度は必ず現れるサポート科の問題児が原因で、この重圧を度々受けているパワーローダーが空気を変えるべく話題を出す。
「"頭文字V"も複合個性の疑いがあります。 奴らも、そのAFOと関係があるのでは」
意識がAFOから逸れたのか、校長の重圧が少しだけ軽くなる。 雰囲気は変わっていないが、いつもの明るい口調でパワーローダーの質問に答え始めたのを見て、教員達は静かに息を吐いた。
「勿論、AFOの手下である可能性は捨てきれないのさ。 けれど、そうであったならばおかしい所が出てくる。 守るべき主の存在を仄めかし、保須市に現れた脳無を妨害し、敵である未来のヒーローに強引ながらも成長する機会を与えた。 別の組織を名乗ったことも踏まえて、AFOとは別の勢力であると考えるのが無難なのさ」
机に置いてあった飲み物を一口飲んでから、根津校長は言葉を続ける。
「どちらも警戒するに越したことはないけどね。 "頭文字V"はともかく、敵連合は明確にオールマイト……そして生徒を殺そうとしていた。 普通のヴィランならば、折れない姿勢を見せつつ警察と連携、そして逮捕できれば僥倖だったのさ。 AFOの影さえなければね」
根津は顔を伏せ、間を空けて重い口を動かす。
「
根津校長の重い信頼。
彼の信頼に応えたいのは、この場に集まった全員が一緒である。 しかしながら、果たしてその戦場に上がれるかと言われれば、それはノーとしか言えない。 戦闘では無敵とも思えるオールマイト相手に、生死を掛けた戦いができると自負できるほどの妄言者はここにいない。
力になりたい。 けれど、そうできるほどの実力があるとは思えない。 下手をすれば足手まといどころか足を引っ張ってしまいかねない。
誰もが頷くことを躊躇っている間に、その気持ちを相澤が代弁した。
「オールマイトが倒すことすら困難だった相手に、足手まといが加わる事は合理的ではありません。 ですが、校長ならば俺達を適切な場所に配置できます。 世間からも、校長からもその不安を取り除く為に、使われる覚悟はできています」
彼の言葉に同意する教員達の視線が根津に向けられる。 誰もが根津を信じて次の言葉を待っていた。
根津校長は静かに目を伏せながら、やるべきことを提示する。
「やることはたった一つ。 奴に対抗できるであろう、オールマイトの教務負担を減らす手伝いをしてほしいのさ」
予想よりも呆気ない内容に、誰もが肩透かしを食らって呆けている。
ハウンドドッグもまた、見回りの強化かと予想していた。
彼は固まっていた体が弛緩するのを感じながら、手っ取り早く休ませる方法を提案する。
「……休職させればいいのでは?」
彼の提案に、根津校長は首を横に振った。
「ゴシップを嗅ぎまわっているマスコミにエサを与えたくないのさ。 平和の象徴が弱っていると知られれば、今以上にヴィランを活性化させてしまう恐れがある。 オールマイトは授業を最小限にして、学校で身体回復のための専門家を呼んで、できる限り万全にしてほしいのさ。 それくらいしないと休まないだろうからね、彼!」
根津の言葉を否定する者は誰もいない。 むしろ同意するように頷く者ばかりだった。
既にオールマイトは通勤中にヴィランを逮捕して出勤時間に遅れそうになったり、ヒーロー基礎学でマッスルフォームを維持できなくなりかけたりと、教員としては赤点と認知されている様子に、友人である塚内は乾いた笑いを出していた。
そこで、ここにいる教員達は気づく。 AFOに関しては中心になるはずの人物がいないことに。
十三号がそのことを思わず声に出した。
「……そういえば、オールマイトの姿が見えないのは」
根津校長はぐっと親指を立てる。
「今は検査が終わって、マッサージの時間だろうね!」
「手が早い」
既に校長は先を見据えた行動をしていた。
仕事が増えることに教員全員は先を思いやりつつも、微力ながらもオールマイトの手助けをできることに一同は気を引き締める。
「それと職員会議で決まった、一年の期末試験内容。 既に対人戦の組み合わせは決定しているけれど、オールマイトは休ませて代わりを呼ぶ事にしたのさ」
ついでと言わんばかりに根津校長はあっさりと言い放つ連絡を聞いて、エクトプラズムは難色を示す。
「今、部外者ヲ呼ブノハ ヨロシイノデスカ?」
彼の疑問に、校長は問題ないと手を振って答えた。
「大丈夫。 一人は裏取りは終わっている……というか隠し事がドヘタな子だし、もう一人は君たちと同じく命を預けられるボクの旧友。 準備抜かり無し、なのさ!」
校長の言葉に、パワーローダーは腕を組みながら会議で決定した内容を思い出す。
「二人も必要ですか? オールマイトが抜けるなら、確か爆豪と緑谷のチームだったはず。 他に担当できる教員がいるのでは?」
期末試験の実技テスト。 チームアップによる生徒達に対して、経験と実力共に上を行く教師陣との戦闘試験。
根津校長が導き出したチームの問題点を教員が浮き彫りにし、それを克服できるかという試練とも言い換えられる時間を前に、抜けることが確定したオールマイトの穴を埋める一人は理解できるが、もう一人はどういう理由かという問いに根津校長は笑って答えた。
「オールマイトが担当する予定だった緑谷君と爆豪君のチームアップ試験にね。 戦闘面に対して飛躍的に伸びている爆豪君に合わせると、オールマイト以外を選出するのは難しい。 だから、彼らだけ変則的に対応することにしたのさ。 彼らならむしろ、オールマイトと訓練できなかった!! と嘆きそうだけどね」
そうして、いつもの雰囲気に戻った校長が解散の宣言をする。
一同は役目を果たすべく、会議で聞いた"頭文字V"とAFOの情報を胸に秘めながら、速足で各自の戦場へ戻っていった。
この会議から僅か数分後。 とある研究所と警察関係者がいる場所に、タンポポ色の花が咲き乱れる奇妙な事件が発生。 ヴィランの攻撃かと思われたが、特に何事もなく収束した事から、警察はこの不祥事ともとれる事件を秘匿する事に決定した。
とある薬品についての資料が跡形もなく消失し、誰も彼もが薬品とその記憶を忘れている事すら気づかずに。
感想、誤字報告、内容指摘、有難うございます
今回は文章が突貫気味過ぎる気もしますので、内容も遠慮なく物申してください
出したい情報は出ているはず……
紫「この手に限る(震え声」←この手しか思いつきませんでした
突貫気味な理由は仕事の都合により三日間MyPCから離されるのです
地獄かよ(執筆速度的な意味で)